全能者の揺籃   作:たわーおぶてらー

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気がついたらここ三話くらいでお気に入りが倍以上になっていて驚きました。お読みいただきありがとうございます





Act-12 Discomfort

 

 

 

 

 聖杯戦争とそれに纏わる話、世界の未来すら絡んでいるとさほど歳の変わらない少年から聞かされた來野巽は燃えていた。もちろん物理的なそれではなく比喩的なもので、しかしながら彼の心は純然たる正義に燃えていた。

 

「手を貸してくれバーサーカー」

 

「それが君の望みであれば」

 

 自身が友達と呼ぶサーヴァントと決意を共有したものの、最初から最後までを鵜呑みにした訳では無い。当然信じられない話もあった。だからこそ昨晩は思わず飛び出してしまったバーサーカーの介入のみで留め、ランサーのマスターを狙うようなことはしなかった。しなかったが、寝て起きてみれば、世界を滅ぼしても構わないなんて言う男を見てしまった。

 

 何処からどう見てもランサーのマスターで、サーヴァントは昨日の今日で疲弊しているはずだ。連れている少女は可憐な花のようで、どうして彼と行動を共にしているのかは分からない。出来れば危害を加えるような事態になりたくはないなと思いながらその後を尾行し続けること数時間、日が暮れた瞬間に無人となった秋葉原の路上のど真ん中で佇む男と少女の前に立つ。

 

「話がある」

 

「……バーサーカーのマスターか」

 

 視線が絡む。敵意すら滲ませた視線に一歩後退りしかけるのを必死に堪えた。隣ではバーサーカーが険しい顔つきで男を見ているが、英霊が放つ気配を直に受けても彼が気にした様子はない。

 

「俺は聖杯戦争を止めたい。アンタも聞いたんだろ、聖杯はこの時代にあっちゃいけないものだって」

 

「それで?」

 

「多くの人が犠牲になるんだぞ!? ただでさえ街は壊れて色んな人が困ってるんだ!」

 

「ここは特異点だ。解決されれば全てなかったことになる」

 

 だから気にしなくていいんじゃないか? なんて至極真面目な顔で言ってくる男の気が知れなかった。

 

「まあでも、それで言うと俺は被害者だよ。降り掛かった火の粉を払ってるだけだし、無関係な人に手を出してはいない」

 

「それは……」

 

「というか俺の前に顔を出してそんなことを言うってことはさ、決裂した時は殺し合いに来たってことだろ? あんまり好きじゃないけど手間が省けて助かるよ」

 

 ほら、バーサーカーをその気にさせろよなどとと平気で言ってくる。取り付く島もない態度、お前と問答するのは時間の無駄だと言わんばかりの姿。そうじゃないんだとそれに腹を立ててつつも冷静なままの状態を維持し、最後まで説得を諦めようとしないマスターをバーサーカーは好ましく思う。

 

 実際、相手の態度はどことなく小馬鹿にしたようなものだが、彼の決意は覆せるようなものでは無いだろう。サーヴァントとまともに張り合えるだけの化け物じみた身体能力、あのランサーをまともに従えるだけの魔力。どちらも規格外と言っていい。ここで争うことは避けるべきだ。

 けれど、坂上真人は明確に殺意を向けている。

 

「何か言うことは無いのか? 世界の平和のためとかそういうの……ないか。ああいや、それならいい」

 

 バーサーカー、ジキルはその言葉が吐き出された瞬間にマスターを押し退け、人間の拳を腹部に受けていた。

 その本領を発揮しておらずとも彼もまたバーサーカーの霊基を与えられた存在。身体能力に枷はあるが頑丈さで言えば人間よりは遥かに固い。その腹部にめり込む拳は固く、生身の人間がまともに受けていれば中身が壊れていただろう。

 

「っ……!」

 

「庇ったか」

 

 バーサーカーが何らかの行動を起こす前に顔面を掴んでガードレールに向けて投げつける。狂化される前にマスターを仕留めんと澱みなく動く真人とは対照に、巽は何かをしようとすることは出来なかった。

 彼の奥の手、唯一にして最後の手段である魔眼は既に発動している。問答無用で動きを停止させる、抵抗できないものに対しては極めて有効な力。

 

 だが既に発動している魔眼の影響下で平然と動き、なんでもないように殺しにくる敵を前に彼は完全に固まっていた。

 

「▪️▪️▪️▪️▪️▪️──!」

 

「やかましいな」

 

 サーヴァントとしての真価を発揮したバーサーカーの拳を防いで数メートル弾かれながら、特にこれといった怪我もなさそうに腕を振って確かめる。罅も入ってないか、と呟く姿は同じ人間だとは到底思えない。

 人間離れした身体能力、人を殺すことに躊躇していない態度、巽を見る目は離れた位置に立つ少女共々冷えきっていた。

 

「カルナ、バーサーカーは任せる」

 

「了解した」

 

 呆然と、自分が友達と呼んだサーヴァントがランサーに吹き飛ばされるのを眺めていることしか出来なかった。

 瞬く間に遠くに吹き飛ばされたバーサーカーの方向で火柱が昇り、それを見てもなお呆けたままの巽の首が掴まれる。足が浮く、呼吸が出来ない。

 

「────!?」

 

「このまま首を折って殺してもいいし、苦しむ様を眺めてじわじわやってもいい。恭順を示すなら生かしてもいい」

 

 さあ、早く選べよ? と続けながらも首に食い込む指が弱まることは無い。万力のような力で締め付けられ呼吸はままならず、吊り上げられる腕を掴んでじたばたと足掻きにならない足掻きを行うことしか出来ない。

 完全に口で言っているだけで殺す気しかない。少しずつ狭くなっていく意識を認識しながら、彼の背後で虫でも見るような目でこちらを見る少女を見た。

 

 

 

 

 

 骨の折れる音がした。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「という話があったんだ」

 

「そりゃまた随分と呆気ないな。最初に脱落するのはアサシンかと思ってたからちょっと驚いたぜ」

 

「マスターが良くなかったな。どこか浮かれてるような感じだったし、元々は巻き込まれただけの一般人だったんだろうよ。その割には魔眼持ちだったが……」

 

 まあ大したもんじゃなかったなー、と軽口を叩きながらサンドイッチを放り込む。実際魔眼は少し鬱陶しかったが無理矢理抜けられる程度だったし、正義感の強い少年だったなぁというのが感想の全てだ。それ以外の全てが欠けていた哀れな被害者でしかない。決意はまあ多少あったのだろう。しかし覚悟と力が致命的に足りていなかった。不退転の覚悟、危機を脱する力、折れない心、立ち上がる強さ。他にも挙げればキリがないほど不足していて、それ故に俺の前に立つべきではなかったと言わざるを得ない。

 

 こちらとしては生身の人間相手に殺しきれるのかどうかの確認にはなったし、人を殺した嫌悪感はあるがそれを後悔したりトラウマにしたりすることは無いのが分かって万々歳だ。ついでに寝床もいいホテルの二人部屋確保出来たのでぶっちゃけめちゃくちゃ気分が良かった。昨晩はビジネスじゃないホテル、最高ー! と叫びそうだった。沙条家の経済事情がとても豊かなことに感謝。

 

「そちらのマスターさんはまだ煮え切らないか」

 

「だから俺だけで会いに来たんだが、いいのか?」

 

 いいのか? という問いはサーヴァントも護衛に付けず、相棒の愛歌をホテルに置き去りにしてこうやって秋葉原で適当にアーチャーと飯を食っていることに対してだろう。仮にも敵対したことのある相手のサーヴァントと直接会うのは確かに危険な行為ではあるが、そこは相手への信頼というべきか信用というべきか。少なくともドンパチやる気はなさそうだし、今回話し合うべき内容的にもこれでいいと判断している。

 

「愛歌は調査で疲れてる。俺と愛歌なら俺の方が襲撃された時に生き残れるし令呪もある。それにアーラシュ・カマンガーはそういうことをするタイプじゃないだろ」

 

「──こりゃ驚いたな。そう言われたら言い返せん」

 

「というわけで本題だ」

 

 アーラシュ・カマンガー。古代ペルシャにおいて生まれ落ちた正真正銘の英雄。その在り方は正しく英雄であり、その英雄譚の終わりは大陸を割く一矢の反動による自壊だったという。なんともデタラメな英雄だ。だが、だからこそ今回こうして話し合うことが出来るというのだから不思議なものだ。

 

「街というか東京の住民が消失する現象を確認した。目の前で消えたから間違いない」

 

「こっちは東京の外がないことを確かめたぜ。出ようとすると境界を越えた瞬間に境界の手前に立ってた」

 

「完全に隔離されてるわけか」

 

「いや、境界の中しか世界が存在しないと言う方が正しいな。この時代、この時間軸の東京全体で特異点として完結してる。出るには解決するしかないと思うぜ」

 

 予想通りの結果と言えばそこまでだが、まだ引っかかるところがある。東京から出られないのはいい。特異点としてここまでは分かっていたことだ。しかし、人が消える現象は意味がわからない。アーチャーに確認するが、唐突に消えて唐突に現れたらしい。仕組みは不明とのこと。

 

「……アーチャーも分からないか。そうなると無理だな、情報が足りない」

 

「お前さんらでも無理となると情報収集からしっかりやらんと無理そうだな」

 

「ああ、こちらとそちらで消えたタイミングが異なるのは解せない」

 

 アーチャー曰く、人が消えたのは午後十時過ぎ頃。俺の視界から人が消えたのは午後八時頃。これまでも似たようなことは多々あったらしいが、どれもこれもバラバラで整合性がない。サーヴァント同士が交戦を始める、または一定の時間になったら消えるのかと推測したがそうでは無いようだし打つ手がない。

 

 昨夜の消えたタイミングに関してはバーサーカーとそのマスターに話しかける五分ほど前だったはずだ。更にいえば、アーチャーがいた方面では普通に人が活動していたという。全地域ではなく局地的に人が消える。アサシンに襲われた時は極めて大きな範囲で人が消えていたが、この差はなんなのだろうか。それとも、昨夜もかなりの範囲で消えていたのか。

 

「……ダメだ、埓が明かん。やってられっか!」

 

 理屈が通らない。そもそも人が消えて何事も無かったように次の朝には現れて世界が維持されてるのがおかしい。特異点は抑止力による修正が成されない世界だ。つまりこの現象を成立させるなら中で帳尻を合わせるしかない。そうなると何者かは今現在もこの閉じた世界を維持し続けているということになるが、今度はそれがどこの誰で何が目的なのかという話になる。

 

「なんかこう、怪しいヤツ見てないか? 如何にも企んでますよみたいなやつ」

 

「見てないぜ。強いて言うならアンタが一番怖いが……」

 

「回りくどいことするくらいなら願い叶えて終わりだよちくしょう」

 

「そうなるとほんとにお手上げだな」

 

 はぁ、と溜息を吐いてストローに口をつける。音を立てて残り少ないコーラを飲み干し、再度ため息を吐いて頭を抱える。藤丸立香は多分違うし、玲瓏館も外れ。バーサーカーの陣営は脱落、アーチャーのマスターはそういうタイプじゃない。ライダーの陣営が一番臭いが、あの偉そうなファラオはそんなことをするタイプではないだろう。

 

 そうなると消去法でアサシンだが、そういえばマスターが不明のままだ。前に貰った資料でも不明のままだったし、明らかになっていれば教えてくれているだろうから今も尚不明なのだろう。つまり一番怪しい。何が怪しいって事ここに至ってマスター不明なのが怪しすぎる。

 

「……今日はアサシンを探すか」

 

「手伝おうか?」

 

「いや、アンタはエルザさんと一緒にいてくれ。まだ正式に同盟を結んだわけじゃないし、あの人がまだ悩んでるならアドバイスしてやってくれた方が有難い」

 

「敵対するようなことを言うかもしれないぜ?」

 

「その時はその時だろ。俺の見る目がなかっただけだ」

 

 これは甘言で主を惑わす類のやからでは無い。至極真っ当に、必要となるであろう言葉を投げかけて心の底にある答えを引き出せるだろう。なぜなら会話していて楽だと感じられるから。察しが良く、必要なことを述べ、悩みの表面ではなく本質を解決しようと語りかける。こういうのはよく相手を見ていてそれを分析できる人間にしか出来ない事だし、そこに邪な雑念が混じらないとなると教授のように人を導くことも出来るのだろう。

 

 力も知恵もあって心もある。まさに完璧な英雄だ。

 

「もう夕方だし、俺のお前への隠しきれない羨望が爆発する前に解散しとくか」

 

「おう、またな!」

 

 たぶんまた明日呼び出すと思うとだけ告げ、そそくさと店を出る。異様に冷えた風が暖かい店内から出た身体を冷まし、なんとなく冬の空を見上げた。

 

 

 透き通るような青い空だった。

 

 

 

 

 

 






バイバイ、來野巽くん


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