日の暮れた街を歩く。人混みはいつもと変わらず雑多で、色んな国籍の人達が歩いているのが視界に映る。そこには酔った者も少なくなく、歳若い男も老いた男も等しく平穏な夜を過ごしていた。平穏、そう平穏だ。サーヴァント同士の争いもなく、危険な気配は欠片もしない平和な街。連日慌ただしくしていたからか、隣に愛歌がいないからか。少し寂しいと感じる。
『特に変わった気配は感じられん』
「やっぱり散歩気分で行くしかないか」
アサシンが釣れるかどうかは完全な賭けだ。そもそも気配遮断のスキルがある以上把握するのは困難な上、単独で動いて釣り出すのはあの宝具を考慮すると選べない。出し渋るタイプではなく、殺せる時に出せるものを出し尽くして確実に殺しにくるタイプの相手に致命的な隙は与えられない。
カルナが霊体で待機している以上アサシンと遭遇できる確率は大きく下がるため、どこかで交戦したのを見つけた瞬間に襲撃する形が理想だろう。ノコノコと姿を見せてきそうなのはセイバーとライダーだろうが、ライダーが自分から出てくるところを想像できない。なんかやらかしたらぶち殺しに出てくる気がするが、そうじゃない限り何処かでふんぞり返って眺めているだろう。たぶん。
前は確かキャスターが煽りまくったから前に出てきたとかそんな感じだった気がするが、今の彼らの関係はどうなっているのか。同盟を組まれていたら極めて厄介なので早めに情報を得たいのだが、如何せん藤丸立香の動向が追えない。キャスターによる妨害があるらしく愛歌でも追い切れないらしい彼の動向が最も危険なので、出来れば早期に始末したい。
『自分の感情に素直に向き合えるのは美点であるが欠点でもある。お前の焦燥が行動に現れることがないように細心の注意を払え』
……ああ、理解した。ありがとう、カルナ。焦ってもいいことがないし、落ち着いて順番に処理していくのがいいだろう。まずアサシン探してそのマスターを暴くこと。その次は状況によって変わるが一騎ずつ落としていって、最後にアーチャーを残す形が理想となる。彼らが必ずしもそこまで残るとは限らないが、可能性は高いだろう。
『今一度お前の願いを問う。お前は聖杯に何を祈り、何を為すのか』
「運命の破却を。彼女の未来の保証を願う」
『その為に幾千幾万の犠牲を払ってもか』
「そうだ」
今更すぎる話だ。きっと大勢殺すことになるだろう。未来で救われるはずだった命が失われることもあるだろう。この世界が特異点となっているというのなら、自分の願いの果てこそが結実してはいけない悪なのかもしれない。願いを叶えた果てに世界が閉じて終わり、なんてオチも有り得るだろう。
でも、それでも、成し遂げなければ何も変わらない。
ここで折れてしまえば沙条愛歌を殺しておしまいだ。全ては恙無く回り、未来は確約されるだろう。邪悪は絶たれ、光に満ちた明日が訪れる。それは唾棄すべき結末だ。それは認めてはならない結末だと、何度だって怒り狂ったはずだ。罪なき者には幸福を、罪ある者には断罪を。その為ならばたとえ獣に堕ちようとも構わない。
「ならば是非もなし。オレはお前の望みの為に何度でも戦おう。たとえお前が死に絶えようと、その屍をお前の望んだ未来に届けるために」
「お前が味方でよかったと心底思うよ」
本当に心の底からそう思う。敵だったら手に負えないほど強いし、味方となるとこれ以上なく心強い。召喚したサーヴァントがこんなめちゃくちゃな人間に真剣に付き合ってくれる物好きでよかった。
「──今の貴様がどれほど罪深いかと思って見に来てみれば、なるほど。それほどまでに愚かであったか」
入り組んだビルの合間、もはやどこの路地裏かも把握できてないこの暗い夜闇の中で輝く男がいる。褐色の肌、黒い髪、黄金の眼光。古きエジプトの王、ファラオと称される者。サーヴァント、ライダー。真名をオジマンディアス。ともすればセイバーを優に凌ぐだけの力を持っているのではないかと思われる超級のサーヴァントが目の前にいる。
「その、身体は……」
だが、完成された肉体は所々がどす黒い染みのようなものに覆われている。外見すら付着しているというよりは侵食しているような印象を受けるそれは、間違いなくサーヴァントである彼を表層から内部に向かって侵して塗り替えようとしている。それをこのオジマンディアスが、傲岸不遜な王である彼が取り払っていないということは抗う術がないということなのだろう。
「……気にすることではない。貴様を殺し、その後に滅ぼさねばならぬものが増えただけのこと」
「俺を殺すのは確定かよ」
「当然であろう、自ら滅ぼされるべき悪に墜ちんとする愚者よ。今ここで余が貴様を討つことは慈悲ですらある」
「死んだら願いが叶えられないが?」
「貴様の願いの果てを思えばここで死ぬのが幸福であろう。貴様にとっても、無辜の民にとってもな」
「そりゃお前の理屈だろ」
「いいや、世界の意思だ。未来へ繋ぐべき積み重ね、死した者たちの軌跡は未来へと届けられねばならない。それは貴様のような邪悪に絶たれて良いものでは断じてない」
ああ、ダメだこいつ。話を聞く気が欠けらも無い。既にあれの中で話は完結していて、今はその決定事項を述べているに過ぎない。あくまでも罪人を裁く神の如く、その罪を見つめて死ねと告げに来ただけだ。どう足掻いても戦闘になるのは避けられないらしい。
冷静に考えてカルナに相手を預け、距離をとって巻き込まれないようにするべきなのだろう。というかそうしないと一瞬で殺されかねないのだが、どうも囲まれている気配がするし背を向けようものなら死ぬまで追いかけ回される気がする。しかも宝具を既に使用しているような気配がぷんぷんするし、割と手詰まりかもしれない。
「覚悟は出来たか? ──では死ね」
黄金の光が空に輝く。ライダーというクラスに相応しい空を駆ける太陽の船。視認した瞬間に降り注いできた黄金の魔力光を回避するために前進し、同時に出現したスフィンクスらしき大型の怪物をカルナに任せ、短剣を片手に持つライダーを視界に入れる。逸話によればあれは単身でも驚異的な実力を保有しているはずであり、精々アサシンと張り合える程度でしかない肉体で立ち向かうべきではない。
「勇猛と蛮勇は異なるものだ、なり損ないの救世主!」
互いの腕が届くまで残り三歩もいらない距離。握った拳を振るう準備動作の段階で怖気を感じ、踏み込んだ右足を軸にして無理矢理横に跳ぶ。跳んだ瞬間に空から黄金の光がこれまでにない速度で突き刺さり、人工物に固められた地面に人二人分ほどの穴が空いた。いつの間にか増えたスフィンクスの攻撃をカルナが払い、俺だけを狙って降り注ぐ魔力光を極力回避して避けられないものだけを手足で砕く。
一つ砕く度に触れた手足に痛みを感じるが、目に見える外傷はない。寧ろ何だかんだと接近を許されないこの状況は極めて拙く、俺が近くにいる為に全力で戦えないカルナのことを考えるとこの場を離れたいのだが、空に輝くあの船をどうにかしない事には離れようにも離れられない。宝具によって撃ち落とすことも可能だが、どうしても生まれる硬直は相手に付け入らせる致命的な隙になりかねない。俺でも届かせられるか、と一瞬だけ空に目をやってから戻せば、視界に移るはずの男がいない。
「……やべっ」
「この身が邪悪に蝕まれようとも、貴様如きなり損ないに遅れはとらん! 太陽の英雄たるランサーも貴様がいては全力を出せまい!」
声の発生源を追えば、ライダーは太陽の船の上にいた。視界から外れた瞬間に駆け上がり、上手いこと移動されたというわけだ。しかも油断も慢心もなく、確実に俺を殺すためだけにカルナの動きを縛りに来ている。そこまでヘイト稼いだ覚えは無いのだが、どうにも知らないところで殺意ゲージが振り切ったらしい。困ったものだ。
魔力が馬鹿みたいに膨れ上がっているし、本気でこの場で決着をつけるつもりだ。あの調子だと霊基が砕けても不思議ではないだろうに、何があれをあそこまで突き動かしているのか。降り注ぐ魔力光を回避しながらスフィンクスによるちょっかいを避けて頭を砕く。即座に再生するが動かれる前に距離をとって安全圏を作る。無限に再生する神獣と当たれば即死する攻撃の雨は少し間違えればそれだけで死を招く為、気は抜けない。
しかしこのまま付き合っていても埒が明かない上に嬲り殺されるが、一息に吹き飛ばすには俺が邪魔になる。割とどうしようもないが、ライダー自体は恐らく弱体化していると思われる。よく分からないがあれだけどろどろしたナニカに霊基への侵食を受けているなら、多少の害はあるはずだ。一瞬でいい。上空すら覆い始めたスフィンクスの群れに穴を開け、そこを突破してあの太陽の船を撃ち落とす。
「カルナ、船に向かって一発頼む」
「承知した」
──魔力を回す。右腕に滾るそれと同時に、カルナへと供給する膨大な魔力を賄うことで肉体が僅かに悲鳴をあげるのを感じ取る。身体の中が焼けるような痛みに襲われるのを堪え、一瞬の停滞にこれまでにない殺意を以て襲いかかる神獣と光の大群を見据える。恐怖はある。一歩間違えれば死ぬという確信もある。だがやらねばならない。
「
上空に向けて放たれる宝具。眼力が視覚可能になるほどの熱線として放たれたそれは重なり合うようにして振り下ろされていたスフィンクスの腕を軒並み吹き飛ばし、その上から更に降り注いでいた光の雨の全てを貫いて上空に輝く太陽の船と激突する。溜めの短さから完全ではないが故にそこで相殺されるが、それだけの隙間があれば十分だった。
太陽の如き船、メセケテットと呼ばれるそれに向けて直線にできた空白地帯を大地から跳んだ一歩で詰める。
「──ぐ、ぅ」
音を置き去りにした代償に身体が軋んだ。それを無視して太陽の船を踏み台にして更に飛び上がり、夜空に身を投げ出す。だが、特等席の夜景を見る余裕はない。右腕に集めた魔力をそのまま掌に出力して束ねる。これは球のような形に整えるとかそんな高等なことではなく、乱雑に拡散しようとするそれを握り込むことで無理矢理束ねているに過ぎない為に、今にも腕が弾けそうになる。
空から落ちながらそれを手に、光の尾を引いて空に浮かぶ太陽に迫る。苛立たしげなライダーが杖を手に立ち上がって迎撃の構えを見せるが、止まらないし止まれない。だが今の出力で勝てると自惚れてはいない。このまま当たれば良くて相殺が関の山だろう。──故に、接触の直前に出力を上げて打ち砕く。
「地に落ちろ、太陽王──!」
「させると思うかァ!」
一枚目の障壁と拳が接触し、抵抗を感じる間もなく粉砕する。即座に二枚目と接触するがそれも粉砕。三枚、四枚と壊したところで、五枚目にて漏れ出るものでは砕けなくなった。──拮抗する。黄金の魔力壁と蒼い魔力が衝突して弾けながら衝撃波を撒き散らす。五枚目の障壁にも亀裂が入る。
「消し飛べェエエエ!」
瞬間、内側にある全ての魔力を絞り出す。ある限りの魔力を腕から出力して蒼き光を束ね、奥にあった六枚目の障壁を砕いてライダーを挟んで太陽の船に拳を振り下ろす。右腕が反動でぐちゃぐちゃになった。
太陽の船が光の粒子になりながら地上へ向かって落ち、短剣を抜きはなったライダーが空中に浮かぶ俺の首を狙ってそれを振るう。使い物にならない右腕を身体を捻って差し出す形で割り込ませ、激痛と引き換えに命を繋ぐ。そのまま胸元を蹴って距離を取り、何とか着地が出来そうかなという所で地上で再生するスフィンクスの群れとそれらを蹴散らしながらこちらに向かって飛んでくるカルナが視界に入った。
そのまま抵抗なく受け止められ、片腕で担がれる。落下中も再生中のスフィンクスを右手に持った槍で掃討しつつ、俺よりも遥かに速い速度でスフィンクスの群れの中に落ちたライダーの前に向かう。これで終わることなどありえない。絶対に何か仕掛けてくるとはわかっているが、背を向けて去るという選択肢はもはやない。
この男はここで仕留めなければならない。引き伸ばせば宝具であろう船を落として獲得した利を失うことになる。奥の手がまだあると見ていいが、ここで仕留める以外に道はない。かなりリスクはあるがそれを踏まえてもここしかないとカルナと共に判断した所で、スフィンクスが覆うように重なり合った下から声が響く。
「全能の神よ、我が業を見よ。そして平伏せよ。我が無限の光輝、太陽は此処に降臨せり!」
カルナが俺を放してスフィンクスの群れに突貫する。辛うじてビルの上に着地したので距離を取ろうと踏み出すが、その瞬間に全身を押し潰すような重圧に絡め取られて足が止まる。
「ここで我が光に焼かれて死ね、なり損ないの救世主!!」
視界を埋め尽くす黄金。歪みに歪んだ今までとは違う空気。取り込まれたと分かった時にはもはや手遅れ。詰んだと、心のどこかで理解した。