全能者の揺籃   作:たわーおぶてらー

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Act-15 Ramessese Ⅲ

 

 

 

 

 

 闇夜に呑まれた東京を照らす黄金の輝き。アーチャーが固有結界たる神殿内部にて戦闘をしている現在は約一名を除いて誰も知る由もないが、二十三区の全てにおいて聖杯戦争に無関係な市民が路上を歩いているようなことはなかった。それこそがこの特異点における重要な要素の一つであると知っていながらそれを敢えて黙ったままの男は、藤丸立香と共にビルの屋上から黄金のピラミッドへと視線を向けている。

 

「オジマンディアス王も本気だ。彼は彼でこの世界の歪さを理解していた。彼は間違いなくランサーのマスターを殺すだろう」

 

 遠くにある黄金の建築物を眺めているように見えるキャスターがそう呟く。彼は千里眼によって内部の出来事まで把握している。既に内部に突入した二騎と取り込まれている一騎に一名。戦況から結末は凡そ見えているが、はてさてどうなるかという段階だった。そこで、取り敢えず後ろに立つ少女に話を振る。

 

「さてお嬢さん、君は不安ではないのかい? 彼は大事な人なんだろう?」

 

「あら、彼なら大丈夫よ。ちょっと心配だけど、何があってもわたしのことを裏切らないもの」

 

 だから不安ではないと言い切る笑顔の少女に、藤丸立香はどこか薄ら寒いものを覚える。可憐という言葉そのもの、妖精のような麗しき少女であるはずなのに。心の奥底にある恐怖という名の感情を拭えない。先程この場に現れた時から終始微笑んでいるが、本来毒気を抜かれるはずのその姿に本能が警鐘を鳴らしている。

 

「あぁ、でもそうね。最近ランサーと男の友情? みたいなので二人だけで分かりあってるのはちょっと不満だわ」

 

「藤丸くん、あれは恐ろしい女の子だ。間違いない。浮気しようものなら相手を殺したあとで手足をもいで飼われる未来が見えるぞぅ……」

 

「いや普通は浮気しないからね?」

 

「女の子を誑かして遊ぶのは貴方くらいじゃないかしら? 早くアヴァロンにお帰りになった方がよろしいんじゃない?」

 

「中々に辛辣なご意見をどうも。しかし僕も理由があって此処に来ていてね、はいそうですかと帰る訳にはいかないんだ」

 

 分かるだろう? とウインクしながら愛歌に告げる姿は普段通り軽薄さに満ちているが、その奥底ではこの小さな少女を警戒しているのが立香には伝わってくる。玲瓏館から契約すら譲り受けた今、マーリンと彼の間にはしっかりと霊的なパスが通じている。魔力はセイバーに吸われ続けているが、念話はキャスターが常に立香に対して愛歌についての見解と警戒の催促で使われている。

 

「わたしはなにもしないわよ? 貴方たちに預けた宝石だって真人に万が一があったら嫌だから渡しただけ。わたしは彼が出した答えを受け入れるわ」

 

「……彼が君を殺そうとしてもかい?」

 

「ええ、もちろんよ。彼がそう決めたならそれでいいわ」

 

 微笑みではなく、咲き誇った花のような笑顔だった。心の底から何の憂いもなく、彼の選択の全てを受け入れると言ってのける。

 

「それは……」

 

「優しい人なのね、カルデアのマスターさん。でもわたし、元々死ぬ運命だったから気にしないで?」

 

「え?」

 

 今、聴き逃してはいけないことを聞いた気がする。

 

「あなたには真人だけを見て欲しいの。彼を見て、彼を知り、彼の敵として最後まで立ち続けてちょうだい?」

 

 笑顔だ。自分が死ぬ運命だと語る姿も。坂上真人と戦えと言う姿も。終始徹底して微笑みと笑顔のままだった。そして彼女はそのまま、何の前触れもなくその場から消えた。最後に一つ、言葉だけを残して。

 

 

 

『よろしくね、カルデアのマスターさん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 日輪の如き炎を纏い、剛槍が振るわれる。たったそれだけの動作で直線上にある全ての物体が蒸発していくが、大神殿の壁は崩壊せずにそれを受け止めている。軋んでいるが、ギリギリ崩壊はしないという程度。衝撃に揺れ、刻まれた僅かな傷は瞬時に再生する。無数のスフィンクスは絶えることなく彼ら三騎の英雄を襲っており、討てど討てども湧き続けて消えない神獣の群れに足を止められている。

 

 そんな中、ただ一人で神王と殺し合う者がいる。

 

 蒼き光の尾を引き、傷だらけの両腕を振り回して黄金の魔力を砕き続ける。死に体だろうが構わず突貫を仕掛けてくるイカれた精神性。限界を容易く越えさせる恵まれた肉体。無尽蔵にすら思える魔力。未だ未完ではあるが、いずれ完成するであろう権能の断片。その全てを正面から受けながら、神王は諦観にも似た感情を抱いていた。

 

 いつか見た光景とは違うが、このままいけばセイバーは星の聖剣を以てこの神殿を砕くだろう。それに合わせて最大の一撃を放てば最後、記憶にある光景の焼き直しのように己は敗北すると確信している。素晴らしい勇者たちだ。たとえ特異点であろうとも犠牲を許容しない高潔な心、その在り方に光を見る。

 

「お前の! 相手は! 俺だろうが!!」

 

 怒鳴り声と同時、肉体に数度当たるだけで全身が砕けるような光が叩きつけられて再生する。神殿は健在である今、裡に神を宿す神王としてある彼は死なない。傷をつけようともそれは傷になりえない。ただ、愚かにも獣に落ちんとする救世の器が心を刺す。己が獣を滅ぼす未来を否定して、その果てに世界を壊さんとする者。

 

 それは嘗てない大悪である。犯してはならない禁忌である。魔術王による人理焼却よりも尚タチが悪い。だが、その心の在り方はきっと、どんな人間よりも人間として正しいのだと理解している。今も尚、心を燃やして戦う肉体は光に焼かれ貫かれ、刃によって無数の傷を負っている。その全てを心一つ、不屈の闘志で支える姿のなんと眩しいことか。

 

「──だがそれ故に、赦すわけにはいかんッ!」

 

 殴られるのをノーガードで受けながら短剣で首元へと刺突。当然のように回避された瞬間にさらに深く踏み込んで左の拳で鳩尾を穿つ。

 

「っ、ぁアアアアアッ!!」

 

 木っ端の英雄であれば霊核諸共砕きかねないそれを受けてなお、救世の器は砕けない。叫び、衝撃による横隔膜の痙攣から胃の収縮に肉がひしゃげる音まで何もかもを無視して踏み込んでくる。身体が浮かんだ瞬間に顔面を掴んで叩きつけ、そのまま拳を振り下ろす。再生されようが構わず殴り、蒼い光を撒き散らしながら何度も何度も拳を上げては振り下ろす。

 

 その程度の攻撃で揺らぐような神殿ではなく、それ故に神王たるオジマンディアスは無為な暴力を振るい続ける愚者を眺めている。このまま何もしなければ決まりきった結末を迎えるだろう。デンデラの大電球はセイバーが聖剣を解放できるようになるのと同じタイミングで充填され、己は三騎と一名を前に敗退する。これを覆す術は眼前の男をその手で殺すことだけ。だがそれを為すだけの出力は確保できない。眼前のこれはもうサーヴァントと同等の領域に踏み込んでいる。

 

「この状況で救世主に近づいているとは何たる矛盾か! 違和感を感じぬか? 感じぬのならば、自ら望まぬものに成り果てるその歪な願いの果てを自覚せよ!」

 

 言葉を投げ掛けながら振り下ろされる拳を掴む。壊れていた肉体が再生されるが攻撃するのではなく防御へと回し、空いた拳を受け止める。踏みつけを無視してその瞳を見つめる。理性の色は薄い。順調に、神王の肉体を蝕むものの望むように完成しつつある。それは赦しておけぬものだ。

 

「それでは何も救えまい! 貴様はただ壊すだけの者、世界と共に沙条愛歌すらも壊す狂った獣に過ぎん!」

 

 喝破と共に押し倒されているのを力技で押し返す。純粋な膂力で瞬間的に上回り立ち上がるがそれ以上は続かず、両者は直ぐに拮抗した。投げた言葉に対する返答はない。たとえあったとしても互いの決裂は見えている以上和解の道はなく、僅かな凪の後に最後を迎えるだろう。

 

「何度繰り返そうと結末は変わらん! 貴様は何度でも過ちを犯し、何度でも同じ願いを抱く! その絶望の果てに人理までをも滅ぼすことなぞ赦されんわ!!」

 

「──あぁ、頭痛てぇからゴチャゴチャ喚くなオジマンディアス。いちいち言わなくても分かってんだよ」

 

「ならば言われずとも自我を保てなり損ないめが! 余の敵対者であるならばアレに呑まれるような無様は許さん!」

 

 どこまでも傲岸に。たとえ互いが同じものに蝕まれようとも、堕ちることは許されない。この決戦はあくまでも、神王と救世主のなり損ないのそれでなくてはならないから。そうでなくてはこれまでの何もかもが無に帰してしまう。

 

「ここが分かれ目だ。これより放つ一撃が後の全てを分かち、未来を決めるものとなるだろう」

 

「……それがどうした」

 

「全霊を以て挑め。これは余が世界を救う戦いである。この戦いの後、余は余が統べるためにあらゆる敵を灼き尽くそうぞ」

 

 小悪党を滅ぼして世界を救うならば誰でも良い。だが、大いなる悪を討つのは英雄の役目。ならば偉大なるファラオ、神王オジマンディアスたる彼が討つべき敵は強大なるものでなくてはならない。そして目の前の男は赦してはならないが、認めなくてはならない敵である。その全霊を正面から打ち砕かずして勝利とは言えない。

 

 互いを拘束していた腕を離し、距離を取る。スフィンクスたちによる足止めは未だ破られておらず、カルナですらも不死の軍団によって覆われている。セイバーが宝具を解放する為になにやら仕込んではいるようだが、未だそれは成っていない。故に勝負を決するのは今この瞬間を置いてほかはない。

 

 

「──アメンの愛よ(メェリィアメン)!」

 

 デンデラの大電球が帯電する。本来ならば有り得ぬ速度で充填された魔力はそれでも尚臨界点に達している。今この場にいるものであれを打ち破れるのはカルナの宝具のみだが、溜めと周囲への被害を考えればもはや手遅れだった。スフィンクスの群れを突破していない彼らはそれが放たれるのを見守る他ない。

 

 大電球に込められた太陽光の向く先はそれを仰ぎみるだけの男。彼は武具を持たず、両手を下ろし、その威光を見つめるのみ。──だが、その瞳に絶望はなく。

 

「── 繧「繝エ繧。繧ソ繝シ繝ゥ、起動」

 

 言語がブレる。自分が起動したものも口にしたことも理解出来ていない。ただ蒼き極光のみが手に握られた。

 

『カルナ、相殺するからあとは任せる』

 

『承知した。ただし、最悪の場合は令呪でオレを盾にしてお前は逃げるがいい。オレだけならばどうとでもなるだろう』

 

 念話による会話を済ませ、真人は感じるがままに拳を掲げる。そのまま手を開けば蒼き光は膨張し、黄金の天井を貫いて空へと伸びる塔となった。立ち上った光は次の瞬間には螺旋を描きながら元の位置へと収束していく。それは宝具か、或いはまた別の何かか。

 

軍神(セト)戦いの女神(アナト)、我が両腕に宿るがいい! 豊穣の女神(アスタルテ)、我が勝利の栄光の後にはお前こそが戦いに血塗れた地を言祝げ! 最愛なりしネフェルタリよ、ハトホルとしてオジマンディアスの光臨を祝福せよ!」

 

 宣言と同時、固有結界たる神殿内へと焦点を定めた大電球からの熱投射が行われる。それはオジマンディアスが行使できる最大熱量、すなわちは太陽面爆発にさえ及ぶであろうものだった。ならばそれは究極の神罰。人体では視認することすら叶わぬ灼熱である。それを、

 

 

「終焉を超えて輝け、─────」

 

 

 

 それを、蒼き光が貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

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