短いけど冗長にやると永遠に完結出来ないので走ります。許してください
暗く、昏い世界に浮かんでいる。
──▪️はお前を選んだ
それは聞き覚えのある声だった。それは聞いた事の無いはずの声だった。それは聞いてはいけない声だった。それは聞かなくてはいけない声だった。それに耳を貸してはいけない。それに耳を傾けなくてはいけない。それの望みを叶えなくてはいけない。それの望みを叶えてはいけない。それのことを考えてはいけない。それのことを考えなくてはいけない。それに従わなくてはいけない。それに従ってはいけない。それは沙条愛歌を殺そうとしている。それは沙条愛歌を殺そうとしていない。それは獣を討つべきだと言っている。それは獣を討ってはならないと言っている。それは世界を救えと言っている。それは世界を救えと言っていない。それは救世主を求めている。それは救世主を求めていない。それは終わりを求めていない。それは終わりを求めている。それは人類の破滅を予言している。それは人類の破滅を予言している。
──どうあれ、人類は滅ぶ。その為のお前であり、その為のアレである
いつか必ず訪れる破滅を回避する為に。いつか必ず迎える終焉を超えるために。この肉体は必要なのだろう。正確にはこの肉体に宿った最後の光、終わる世界を救うに足る大権能。零れ落ちた欠片一つを破壊に使えば容易く東京を更地に出来てしまうような、あまりにも強大な最後の希望。人類の悪を生み、それを殺すことで完成する救世主の形。反吐が出る。唾棄すべき願望だと切り捨てた。けれどそれはもう、遠い昔の話だ。人は神と訣別し、人として歩くべきだと悟っている。
──視点が変わる。泣いている少女がいる。
涙を流す少女に手を伸ばす。壊れてしまいそうな少女の頭をそっと撫で、縋るように伸ばされた腕を受け入れて抱き締める。小さく幼いその姿はあまりにも哀れで、憐憫という名の情を抱かざるを得ない。その行いは許されたものでないと誰かが叫ぶのを聞いた。その行いは間違っていないと叫ぶ誰かの声を聞いた。ただ、独りぼっちの少女の涙を拭う。そこに善悪の観念は関係などなく、己の意志の示すままに彼女を抱き締める。しばらくして落ち着いたらしい少女が顔を上げ、その瞳に残る涙を拭う。何かを話して頭を撫で、指切りをした所で現れた父親らしい人物に引き渡した。
──視点が変わる。洞窟の中のように見えた。
重たいと、まるで全身に怪我を負ったまま歩いているような感覚を感じながら、暗闇の中を前に向かって歩く。一歩踏み出す度に水を踏んだような音が鳴り、脳味噌に直接何かされているような不快感に襲われる。ノイズが正常な思考を許さず、視界すらも埋め尽くさんと拡がって来る。抵抗しても無意味だと分かっていてもこれに呑まれた果ては不明で恐ろしく、ただ踏み出し続ける己の足に意識を向ける。
どれだけ進んだかなんて分からないが、相当に歩いただろうその先には広大な空洞があり、空洞の大地に空いた大穴の底から
──景色が変わる。白いベッドに赤い花が咲いている。
それは死体だった。紛れもなく、疑いようもなく。微笑みながら、まるで生きているような姿のまま死んだ少女の姿だった。それを見て嘆く誰かの姿を見て心に浮かんだのは怒りでも絶望でも憎悪でも悲哀でも憐憫でもなければ歓喜でもない。ただ、自分はこの光景を知っているというデジャブへの嫌悪感。デジャブ、既視感。見覚えのある光景だ。いつか夢に見た光景だ。いつか起きたはずの光景だ。いつか起きたはずのない光景だ。いつか起こさせなかったはずの光景だ。
血の香りはいやに鮮明で、抱き上げた冷たい身体の重さは覚えのあるものだった。口元から流れた血が青いドレスを彩っているのはいっそ美しく、鏡に映る姿はまるで悲劇の一幕のようですらある。心が固く、凍っていくような感覚を覚える。それが過去に起きたことなのか、或いは未来に起こることなのか。そのどちらかすら定かではなく、しかしただの夢と切って捨てることは許されない。たとえ記憶が掠れ、彼方へと忘却しようとも。この魂に刻まれたナニカが叫ぶのだ。許すな、と。救世主などというモノに成り下がるなと吼えている。
──景色が変わる。見覚えのある地獄に立っている。
崩れ落ちた街並みは渋谷のように見えるが新宿のようでもあり秋葉原のようでもあり上野のようでもあり、どれだけ目を凝らしても東京のどこかの街並みのように見えるとしか認識できない。自分の意識に従って足が動いている。燃え盛る街並みの中、不自然に拓けた道を肺を焼かれながら歩く。誰かの死体があった。誰かの遺した武具があった。誰かの焼けた痕があった。誰かの食われた痕があった。そして、その地獄の先にあるものを見る。
それは獣に乗る女だった。金の御髪、蒼い瞳、青いドレス。無垢な笑み、涙を流した痕のある愛らしい顔。そのどれもが坂上真人が覚えのあるものであり、訪れてはならぬと断じた姿だった。獣と成り果て、人理を壊して滅ぼす
────景色がズレる。雪の降る公園のベンチにいた。
吐き出す吐息は白く染まり、冷えた空気が身体を震わせる。寒いな、と単純にそう思えるほど感覚は働いていて、どうにもこれを夢だと思うことが出来ない。そう思うには鮮明すぎて、現実にしては有り得ない事だらけだった。この後に来るのはきっと考えている通りなのだろうと思う。この景色はきっと自分の記憶を元に構築されているから、きっとこれから起きるのは自分もよく知っていることのはずだ。目の前には雪の中を歩く妖精のような少女がいた。
『──ねぇ、あなたのお名前は?』
「坂上真人だ。君は?」
『わたしは沙条愛歌よ。揺籃に眠る者、あなたの討つべき獣の女』
「違う、君は幸福になるべきだ」
記憶と違う会話、思うように動く口。身体のどこにも不自由はなくて、この夢のカラクリは分からなくてもやるべき事だけは心のどこかが教えてくれる。誰かの決めた運命なんてものに従う必要は無い。全能は全能のまま少女となればいい。断じて、獣の咎を背負う必要などない。なぜなら獣とは人類の滅ぼすべき悪、人類が産んで滅ぼすマッチポンプ。自滅機構でありながらそれを超克せんとする愚かな意志の末路に過ぎない。──そんなものを産むのなら、大人しく滅びてしまえばいいのだ。
『優しい人、わたしのために全てを捨てる人。あなたは本当にそれでいいの? わたしを救って後悔しない?』
「──ああ、しないとも。するはずがない。だって俺は……」
続く言葉は出てこない。何かを言おうとした事だけは確かなのに、その何かが分からない。それが大切なことだとわかっているのに思考が強制的に打ち切られ、視界に靄が現れる。時間切れなのか、それとも何かがきっかけとなったのか。何もかも分からないし、この夢だって意味不明がすぎる。それでも、大切なものはこの胸に。たとえ思い出せなくとも分からなくとも関係ない。この胸の奥底で燃える炎が自分を自分にしてくれる。
『ええ、ええ、それでいいの。何も分からなくていい、何も知らなくていい。ただあの時あなたの伸ばしてくれた手が、わたしには何より嬉しかっただけだから』
「そっか」
笑顔のままに彼女は消えた。残ったのは雪の降る街並み。空に浮かぶ月と太陽。宙に煌めく星々。そして、目の前に立つ相棒。それは白い髪に幽鬼のような立ち姿の男。サーヴァント・ランサーとしてこの聖杯戦争に呼ばれたカルナという英傑。
今こうして、自分を夢に叩き落とした張本人。
「夢は見れたか」
「既に覚えてないけどこの感じだと見れたんじゃないか? ──うん、きっとそうだ。胸が、熱い」
心地よく、それでいて苛烈な熱さ。成し遂げよと叫ぶ心、慈しめと諭す心、そのあり方でいいと認める心。よく分からないし意味が不明なのが殆どだが、この聖杯戦争を終わらせる覚悟だけは出来たと断言出来る。
目覚めは真実に向き合い、終わりを迎える旅路の始まり。カルデアに続く良き未来を否定し、人理を喰らい、己を獣とする悪逆を成す覚悟を抱く。
「是非もなし。お前のその消えぬ焔こそ尊ぶべきもの、オレがお前に見た光に他ならない」
「たくさん殺すことになる。お前も紡いだ人類史の終わりすら齎すかもしれない」
「今更だろう。力を求め、未来を求め、それを切り拓かんとするお前に光を見たからこそ、オレは今もここにいる。故に我がマスターよ、決して止まらず進み続けろ。お前にはその責務がある」
「お前、割とおしゃべりだな」
ついでに発破をかけるのがちょっと上手い。責務、責務と言われればその通りなのだろう。そもそも特異点なんてものに至ってしまった元凶として、世界を滅ぼすことになろうと止まることは許されない。己には、救世主に成り下がらないと決めた男には、立ち止まる権利など無いのだから。
「よし決めた、目が覚めたら愛歌とデートするわ。護衛よろしく」
「心得た。陰ながらお前のエスコートを見守ろう。数多の女で遊んだお前の力量、存分に拝見するとしよう」
「うーん、その言い方はちょっと罪悪感が刺激されるなぁ……」
こいつ、わかってて言ってるんじゃなかろうかと思うが、まあどうせ天然なんだよなぁと勝手に納得してしまう。表情は動いていないが、あれ何か変なこと言ったか? みたいな雰囲気を醸し出しているので当たりだろう。割と一言多いから拗れるんだろうなぁ、なんて呑気に考えてたら空が崩れ始めた。雪が降るのはそのままに、太陽と月が共存していた不可思議な空がぽろぽろと崩れて奥にある真っ暗闇が見え始める。それに伴って周りの家々も光になって溶け始め、あっという間に残るのはこの公園だけになった。
真っ暗な世界を眺める。そこには何の星もなく、光もない。じわじわと最後の足場まで崩れていく光景を他人事のように眺めながら、どこまでも続く暗がりの中に落ちていった。