忙しすぎて体力がゴールデン!!!!!!
逢い引き、或いはデート。それは男女の遊び。何をするかは千差万別多種多様。手練手管は無数に存在するがしかし、共通するのは相手の女性をけっして不快な気持ちにさせてはならず楽しませなくてはならないというもの。これは全人類共通の常識であり、男である以上妥協してはならない点であると言えるだろう。
まず身嗜みは重要な要素の一つだ。常よりも整えた髪と気合を入れた衣服。まあ格好が変わった訳では無いが普段適当に着ているクソダサTシャツとジーパンよりはいいだろう。実際合コンでの女受けは圧倒的にいい。まあ適当に気飾れば女は基本ほいほい釣れたので実は一周回ってファッションセンスは滅亡しているかもしれない。
そんなことを考えつつ、一応デートということでお着替えタイムを確保した愛歌を部屋を出てすぐの位置で待つこと二十分。ドアが開いて恐る恐るといった様子で出てきた彼女に大きな変化はない。ないが、しかしこの肥えた目と鼻を以てすれば普段との違いなど一目瞭然。髪はそれとなく目立たぬように、しかししっかりと整えられているしなんなら数ミリ内巻き気味だ。服もいつも以上に皺がないし何なら今の短時間でクリーニングしたの? となるくらいには輝いて見える。更に普段の甘い花のような香りではなく、なんというか蠱惑的な香りがした。
「ど、どうかしら?」
「ああ、可愛いよ。よく似合ってるしいい匂いだ」
感想は正直に言う。ここで変に吃ったりつっかえたりするのはよろしくない。ストレートに伝えたらほんのり赤かった顔がより赤くなるのが見える。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
「あまり似合ってないわ」
「自覚はあるなぁ」
手を繋いでエレベーターに乗り、無人のエントランスを抜けて外に出る。今日は土曜、世間一般だと一応休日にあたる日。スーツ姿の人間よりも私服の人間の方が比率が大きくなるのが世の常だが、何故か平日と何ら変わらない比率でほとんどの人間がスーツを着て歩いているのを見ながら駅へ向かって歩く。
見た覚えのある景色だった。通り過ぎる街並みもすれ違う人の顔も、乗り込んだ電車に座る人々も。ただ隣に座る愛歌だけがその異常から外れていて、既視感も違和感もない存在だった。
まあその辺は置いておいて、デートしようぜ! と誘って何となく電車に乗って移動しているのはいいが目的地も何も決めていないのが最たる問題だった。完全な不覚である。
それもこれも壊れた世界が悪いのだ。見ないふりをしているが通り過ぎる人の顔は次の瞬間には忘却してしまうし、店舗の中もコンビニや飲食店を始めとした接客必須な所ですらレジに寄らないと店員が現れないのは雰囲気が壊れる。というかレジに寄ったらいきなり出現するのほんとに宜しくない。
「なんだか不思議だわ」
「なにが?」
「あなたとこうして電車に乗ってること。特異点で束の間の平穏をすごしてることも、こうして手を繋いでいることも」
それは本来与えられることの無かった未来だ。どちらともなく無言になって、山手線に乗ってくるくると無意味に東京を回る。愛歌が目を閉じて腕に凭れ掛かった。今はもう乗客は俺たち以外にはおらず、時折響くアナウンスが電車の揺れ動く音以外に聞こえる唯一と言ってもいいものだった。
気がつけば、カルナは霊体化したまま車内から移動する電車の上に立っている。朝にホテルを出てからまだそんなに時間は経っていない。昼には早すぎるが、このまま無人の電車に揺られ続けるのも何だか問題があるような気がしてならない。時計を見れば時刻は午前十時過ぎ、様々な店が開店して混み合っている頃合だろう。
さて、どうするか。渋谷新宿池袋の辺りがこの子の好みに合うのだろうか。昼食を想定して動くなら小洒落た喫茶店があるのがベターな選択肢だと思うが、出来るならベストを選びたいところではある。困った時の焼肉は匂いが着くし昼からはこの子には重そうだから除外して、なんとなくだが寿司も除外。そうなるとこの飲み屋お持ち帰り合コン魔王的にはイタリアンかフレンチしか思いつくものがない。
「愛歌はなんか食べたいものとかあるか?」
「特に食べたいものはないわ。ハンバーガーも食べれたし……あとはそうね、ファミレスか居酒屋に行ってみたいわ!」
「もしかしてファミレス行ったことない?」
「そうよ?」
「マジかァ……」
マジかァ……と思わず天井を見た。居酒屋はまあ行く機会無いだろうなというのは分かる。しかしファミレスも行ったことないと来た。これは割とビビるが、よくよく考えたら沙条家は裕福だし愛歌の料理スキルも考えると全て家で済ませていたか外食しても良いとこに行っていたに違いない。となればファミレスに行くのが安牌だろう。居酒屋は夜からだし、夜に愛歌を連れて居酒屋に入るのも何となく気が引ける。
「せっかくのデートなんだし、そろそろ降りて歩きましょう? お店なんてどこでもいいもの」
「お前がそれでいいならそうするか……」
上手くエスコートしてやれないことに若干の罪悪感というか引け目のようなものを感じるが、それを振り払って差し出された手を取る。それからどこに行くわけでもないのに電車を降りてホームに立ち、無言のままどちらともなく階段に向かう。年頃の女の子なら秋葉よりも新宿とかで降りれば良かったものを、どうしてここで降りてしまったのか。気にしても仕方が無いので、とりあえず電気街側に出ることにした。
こっちに行こうと軽く手を引けば少し驚いたような顔をしたが、特に抵抗することも無く歩き出した。
「どこに連れて行ってくれるの?」
「ごーごーかれー」
「ごーごーかれー?」
「カレーのチェーン店だよ。意外と美味いんだこれが」
お手軽な値段、そこそこ食べれる味わい。愛歌の服装で行くのは少し躊躇われるが、四六時中この格好だし汚れくらいなら魔術でイチコロなのでその辺を気にするのはやめた。駅を出て少し歩き、交差点を越えれば直ぐに辿り着く。
いらっしゃいませを聞きながら店に入り、手頃な席に座ってメニューを見せる。カツカレーが最高なので俺はカツカレーの一択だが、素人の愛歌がどれを選ぶのかだなぁ、などと呑気に考えている矢先、何となく見覚えのある顔が店内に見えた気がした。見なかったことにして届いたカレーに向き合う。
「見た目は普通ね」
「見た目からやばい店はほとんどないだろ」
「でもやっぱりほら、こう、あるじゃない?」
「相当変な個人店にいかないとないだろ」
チェーン店とか大通りにある店でそんなことがあるはずが無い。料理は味が大切だが、それと同じくらいかそれ以上には見た目も大切だ。美味そうに見えて味は並以上というのが一番売れる。売れなければ廃業に追い込まれる以上、見た目と味の良さを競うのが飲食店というもの。前に来た時と変わらない味付けのカレーを食べられるこの現状こそ理想なのである。
「……普通だわ。ちょっと感動したかも」
「お前の中でこの店の評価どうなってたんだ??」
やはりナチュラルボーンプリンセスなのか。金持ち、才覚天元突破、超絶美少女とくれば仕方ないことなのか。いや、この数日の付き合いで愛歌は割と抜けたところが愛嬌なのは理解しているし、この生粋のお姫様感がまた堪らんところも否定はできない。そうなるとこの無垢さを維持するのもまた俺の役目だったのではなかろうか。ここに連れてきたのはもしや人生最大の過ち……?
「真人は普段こういうお店でご飯を食べてたのかしら?」
「んー、まあ作るのめんどくさい時はそんな感じだな。でも割合としてはやっぱ牛丼が多かったかなぁ」
そこそこ安い、かなり美味い、まあまあ早い。この三拍子揃った完璧なる牛丼はチェーン店が複数種類存在するのでとてもよろしい。食べ過ぎると飽きてしまうので、こうやって不定期でカレーとか違うものを食べるのも大切だ。見覚えのある顔がこちらをガン見してる気がするのを無視してルーと米を口に放り込む。褐色の肌に黒い髪と馬鹿みたいに整った顔。年齢不詳のスーツの男がこちらをガン見したまま近寄ってきた。
「上司と目が合って挨拶しないとは驚きだよ。ボクはそんな君の将来が不安でならないなァ?」
「…………きょ、教授?」
いや研究室に所属だから上司も部下もなくね? なんて言ったら人生最後の日になりそうなので言葉を吟味する。不幸中の幸いと言うべきか、愛歌に目をつけて幼女誘拐犯! とか叫ばれなかったので良心の欠片ぐらいは残っているはずだ。聖杯戦争について知っているようだし、確かになんらかの会話はしておくのがいいのかもしれない。
でもこの人、愉快犯だしなぁ……。
「まぁ、挨拶は許してあげよう。可愛らしいお嬢さんもいるようだし、むさ苦しい男など見なかったことにしたかったという心境は理解できるものだ」
「……じゃあそういうことで」
「しかし! あの坂上くんが連れている女の子だ! しかもロリ!! 興味が湧くね!?」
「お願いだから帰ってください」
他のお客さんは触らぬ神に祟りなしというように無関心を貫いているが、こちらの精神はゴリゴリ削られている。張本人はニヤニヤと煽るように見てくるのが始末に負えない。彼こそが我らが研究室の教授。名前は気がついたら忘れているので通称を幽霊教授。心理学の研究者らしいが、民俗学や各文学にも精通した多芸な男。見た目だけ二十代。中身すけべ親父。まあ割と散々な言われようだが、優秀なのは確かなのだ。聖杯戦争について知っているらしいし、もしかしたらこの特異点とやらに関しても何か知恵があるのかもしれない。
とはいえ、頼りたいかと言われるとそれはまた別だった。
一口が小さいからか未だに食べ終えない愛歌がカレーを懸命に口に運んでいるのを眺めている様子は、門司や妙蓮寺がやらかすのを見守っていた時の姿によく似ている。締めるところは締めるし基本的には規範を守る正しい人間だが、精神の根っこが愉快犯過ぎて頭がおかしいのがこの男だ。出来れば今からでも見なかったことにしたい。
それに、どこか違和感がある。
「まあまあ、落ち着いてボクの話を聞きたまえよ坂上くん。我が親愛なる愛弟子よ」
誰が弟子だボケ、などと悪態を吐きたいところではあるがそれをしたら拳が飛んでくるので口を噤む。
「今回の聖杯戦争について色々と話しておきたい事があったんだよ。ほら、あの未来から来たらしい藤丸立香くんだっけ? 彼のこととか君のこととか、君に話をしておくのが実はお仕事だったんだよねボク」
「……は?」
「要は聖杯戦争の監督役だったんだ。そういう役割を
聖杯戦争の監督役。通常、奇蹟ということから聖堂教会より派遣される神父が務めるはずのそれに、その信仰とは無縁の男が就いている。その事実に思考が止まりそうになるが、お構い無しに次から次へと教授が言葉を投げてくる。
「色々理由はあって接触が難しいからこの特異点というのは有難い状態でね、今日まで会えなかったのは君のために手を回していたからなんだ。ああ、大学に来なくていいと数日前に伝えさせたのもその一環でね? どうせ特異点が壊れたら消え失せるものに時間を割くのは無駄というわけさ」
どうしようもない違和感があった。食べ終えた愛歌が何も言わないこと。あくまでも淡々とした様子を崩さない教授のこと。振り向きもしない他人、静まり返った店内。決められたように進む外の景色。自分が知らないはずのことを聞かされても、最初から知っているかのような感覚。まるで、脳に直接情報をぶち込まれているような異物感。或いは、初めから知っていたような錯覚か。
「ゆっくり逢い引きして明日まで、なんて出来ると思ったかい? ──残念ながら不可能だ。時計の針が止まらないのと同じく、聖杯戦争は進行する。ボクが話をしている内にアサシンは脱落し、残るは四騎。内二体は未来より来た
「……教授?」
顔は教授だ。声も教授だ。妙蓮寺鴉郎や臥藤門司と共に彼の元で学んだ頃と何も変わらない。何も変わらないのに、致命的な何かがズレている。知らない何かがそこにいる。知らない誰かが教授という皮を被っている。
「もしかして記憶に混濁があるのかな? だとしたらそれはボクの問題ではなく君の問題だ。思ったより状態は良くないらしいが、聖杯を手にする迄に解決すればいいし、解決しなくてもまあ別に支障はないだろう。大切なのはこれから起こる争いで君と沙条愛歌が迎える結末だけだ」
「何を言って……」
「ボクはただの監督役だ。この捻れて狂って壊れた世界で救世主の器を見守る者。君のよく知る教授その人であり、君の末路を哀れんだ男の残滓に過ぎない」
気がついた時には、店内にいた人が消えていた。窓から見える人も、街に溢れていた筈の気配も全て。
「さて、時間だ。定められた役割から逸脱したボクが最後に、ボクとして君に言葉を贈ろう」
あまりにも一方的だった。会話をするというより、発言をしに来ただけという方が余程しっくりくる。頭の中はぐちゃぐちゃだし、愛歌との穏やかな日常なんてものが幻想だったのだと自分の中の何かが納得していた。それが、腹立たしくて仕方がない。
「
「何を、今更……」
とても今更なことを言って、満足気に笑っている師の気が知れない。とはいえ、足元から光の粒子になっていく彼の姿に何かを言うことも出来ず、呻くように漏れた言葉だけが空気に溶けて消えていく。隣に歩み寄ってきた愛歌の瞳は悲しげで、晴れ晴れとした目をした彼と妙に対照的だった。
「──二度と会わないことを祈るよ、バカ弟子」
だから、救世主にだけはなるんじゃないと残して、彼は消えた。
窓の外は赤く染まっていて、終わりが訪れたのだと否が応でも理解させられた。
更新、がんばり、マス