全能者の揺籃   作:たわーおぶてらー

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指が動いたので投稿します。



AD.1991 極東終末領域シャンバラ
旅路の終わり①


 

 

 

 

 

 

 

 西暦一九九一年、▪️▪️。新宿御苑にて。

 

 昼下がりの穏やかな陽射しを受けながら歩く人々の姿があった。それは常日頃から見られる光景であり、様々な庭園のあるここは人気の観光スポットでもある。

 

 その一角にある喫茶店で窓際に陣取る男が二名。互いにスーツ姿であり双方共に若々しさを感じさせるものの、褐色の肌をした男はどこか外見にそぐわない老いを漂わせている。

 それもそのはず、彼らは大学の教授と学生。正装であるのはここに来るまでに予定があったからであり、それ以上でもそれ以下でもない。食事を共にしているのも、教授から学生への労いに過ぎない。

 

 そのはずなのだが、当の本人である坂上真人は嫌な予感を感じざるを得なかった。

 彼は愉快犯かつ自由人であり、坂上真人にとって最も苦手な人物であることを考慮すればそれも当然か。そして、教授が未だかつてない程に上機嫌である理由などここに至るまでの過程では存在してないという点が、致命的なまでに彼の直感に訴えてきている。

 

「……今日は何を悪巧みしてるんですか」

「おいおいおい、悪巧みとは失敬な」

 

 失敬なとか言うならそのニヤついた顔をやめろ、とは口が裂けても言えない。どの道分かっていてやっている上に、下手に逆らうと課題が増えたり興味のない合コンを強要されたりすることになる。

 何が真人にとって最悪かと言えば、それはもちろん興味のない合コンである。別に女嫌いという訳でもないが、彼はどうにも誰かを好きになることや誰かに性的な興奮を覚えることが出来なかった。

 

 不能というわけでも同性愛者というわけでもない。ただどこか、記憶の端に引っかかる誰かがいるような。ぎりぎり思い出せない、けれど確かに覚えている何かがあった。

 

「お前の救世主病を治してやったのはボクだぜ? そのボクをもう少しくらい、信用してもいいんじゃあないかい?」

「……それはそれ、これはこれでは?」

「うん、まあそうだね。非常に冷たい教え子でボクは悲しいよ」

 

 目元に手を当てて泣き真似をする姿は滑稽だったが、そんな動作すら様になっていた。役者として食っていけるのではと思えるほどの身振り手振りに真人は内心で呆れながら感心した。

 インドの裕福な家庭に生まれ育ち、そのまま学者として渡ってきたという彼の本性は恐ろしい何かだ。理由になるものは幾つかあるが、強いてあげるならば真人に取り憑いていたナニカを祓ってしまったことだろうか。

 

 生まれたその瞬間、気がついた時には聞こえていた誰かの声。世界を救え獣を討てと叫ぶそれは、四年前に目の前で薄く笑う男によって祓われた。

 この世には魔術なるものが存在するらしいと聞いたのもその時だ。神話や伝承や物語、神に天使に魔獣に精霊。そういったものが実在すると説かれ、否応なしに理解させられたことを彼は忘れないだろう。

 

 そうして、欠けた記憶も、夢の断片も、幻などでは無かったのだと知ったのだ。故に、胸に灯る火は、偽りのものではない。

 

「さて、成り損なった我らが救世主に朗報があるんだ」

「……なんです?」

「ボクの記憶が正しければだが、君は魔術師との伝手を求めていたね?」

「そりゃあまあ、欲しいですよ。妙蓮寺も臥藤も居なくなったんで困ってますし……」

 

 彼の元で共に学んだ友人たちは行方を晦ました。妙蓮寺鴉郎は旅に出ると告げてから消えたからまだいいものの、臥藤門司はある日気がつけば消えていたので大問題である。

 一応、どうせ発作で修行の旅に出たのかもしれないとは思うものの、勢いで自殺した可能性も捨てきれないとも考えている。真人から見た臥藤門司はそれほどに葛藤し、絶望していた。

 

 とはいえ、それはそれでこれはこれである。

 

 友人たちがいない寂しさはあれど、魔術に関わりがあったらしい妙蓮寺が行方を晦ました現在、真人には自分の知りたいことを知る手段がない。教授はお祓いの一件以来、そういった内容を伝授するつもりは無いと教えてくれないのである。

 それが伝手の話をするということは、つまりそういう事なのだろう。

 

「もしかして、紹介していただける?」

「もしかしなくても紹介するとも。そこから先は君次第だけどね」

「俺次第ですか」

 

 魔術師には偏屈が多い。彼らの殆どは人非人であり、根源に至るためならありとあらゆる手を行使する。それが真人の知識であり、魔術師としては些か異端であった妙蓮寺鴉郎から得た知識だ。

 だからこそ、お前次第だと言われても特別何を感じることもない。大切なのは互いのメリットとデメリットを考慮した上での話し合いであり、差し出してもいい対価である。

 

 魔術師ではなく、特別金がある訳でもない真人が対価に差し出すものは一つしかない。とはいえ、それを必要としていなければ成り立たない交渉でもあるので、ほぼ確実に成立すると見ていいだろう。

 教授はどう足掻いても無理な伝手を持ってくるほど外道ではない。必要だと思えばかなり厳しい男ではあるが、それでも無理難題の無茶無謀を押し付けてはこない。

 

「東京には現在、主に三つの家が有力な魔術師として存在している。これを玲瓏館、伊勢三、沙条という。はいそこ、玲瓏館と伊勢三は有名だから知っているだろうけど、沙条は初耳だろう? うんうん、そういう顔をしているね。大変よろしい」

 

 頻りに頷く姿に溜め息を吐きつつ、真人はそれ以上を語ろうとはしなかった。今回では初めて聞く名だが、それを覚えていないはずがない。それを知っていてそう言っているのだからタチが悪い。

 うんざりした様子を見て、笑みを深めた男は心の底から祝福している様子で口を開く。何を祝福しているのか、何を喜んでいるのかはさっぱりだが、この男は確かに今この瞬間を喜んでいるらしい。

 

「喜ぶといいさ、我が弟子よ。このパラシュラーマの名にかけて、君を姫君の元へとお連れしよう」

「パラシュラーマ?」

「うん、パラシュラーマだとも我が弟子よ」

 

 知らなかったかい? ととぼける姿に唖然とする。開いた口が塞がらないというのはこのことであり、数年来の交流を通じて初めてそれを耳にした真人はなんとも言えない感情に支配されていた。

 

 確かに納得できる名であり、理解出来る役回りだ。パラシュラーマ、インド神話に語られる聖仙の一人。ヴィシュヌ神の六番目の化身(アヴァターラ)にして、破壊神シヴァの直弟子にあたる者。

 それが最後の救世主としての役割を与えられた真人の前に現れているのは、特別不思議なことではない。それは定められた役割であり、定められた運命であるから。

 

 この世界はそういう風に出来ていて、そのようにして巡っている。運命も未来も、来るべき終わりの刻を待っている。

 

「さあ、そろそろ約束の時間だ。君の姫君に会いに行こうか」

 

 だから、それが終わりの始まりであっても止まらない。坂上真人は運命に出会い、眠る獣は目を覚ます。何度も繰り返した世界を、最後にもう一度だけやり直す。救世の器が完成していようとも、獣が既に抜け殻に過ぎなくとも、目指すべき終わりがそこにあるならば止まらない。

 

 そのための一歩は■に知られることもなく、聖仙によって呆気なく踏み出された。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 それは、少女の形をしていた。

 

 金の御髪、青の瞳。妖精と見紛う可憐な姿。それは小柄な体躯も相まり、触れれば壊れてしまいそうな儚さを内包している。向けられる眼は熱に浮かされたようであり、その美しい瞳の中には同じように目を奪われた男の姿があった。

 

「……あー、えっと、そのだな」

「……?」

 

 なんとか言葉を紡ごうとするものの、上手くいかない。自分よりもかなり年下らしい少女に対して何を話せばいいのかが分からない。いや、分からないことはないのだが、どう話せばいいか悩んでしまう。

 まるで初恋に浮かれる子供のような話だが、少しでも良い印象を与えるためにはどうしたものかと考えてしまう。既にこうして言葉に詰まっている時点で問題ありだが、どう挽回すればいいだろうか。

 

 純粋な疑問を抱いているらしい綺麗な瞳に魅入られた。恐ろしい程に美しい青の瞳で、目を離すことが出来ない。視線が絡み、頬を染めて僅かに微笑む少女の姿に顔が熱くなることを自覚する。

 これはまずいと思うものの、すっかり茹で上がった脳みそは彼女から視線を離すことを許してくれない。

 

「名前を、聞いてもいいだろうか」

「沙条愛歌よ。あなたのお名前は?」

「俺は真人。坂の上に真実の人と書いて、坂上真人だ」

「まあ、素敵なお名前ね! わたしは愛を歌うと書くの」

「……君の方こそ、とても素敵な名前だと思う。ピッタリだ」

 

 言葉の一つ、仕草の一つから注意が逸らせない。

 記憶の欠片が一致する。僅かな灯火でしか無かった心に油が注がれる。彼という人間の原点、人として持つ心の在り処。

 

「愛歌、よければあとで食事でもどうだろうか」

「……もちろん!」

「…………私を忘れてはいないか、二人とも。仮にも父親の目の前なんだが」

「「……あ」」

 

 夢中になったこちらに対し、あくまでも父親として語りかけて会話を中断された。

 流石に気恥しいというか、がっついた自覚はある上で父親である彼の存在を忘却していたことは普通に恥なのではなかろうか。

 

「……食事は好きにしなさい。真人くんは私と教授からの契約について話をしよう」

「すみません、ありがとうございます……」

「わたしも一緒にいい?」

「綾香と一緒にいてあげなさい。あの子は寂しがり屋だろう?」

「それもそうね。わかったわ」

 

 とてとてと擬音でもしそうな小走りで屋敷に戻る彼女の後ろ姿に、なんとも言えない感情を覚える。─嬉しくて楽しくて、悲しくて許せなくて、何よりもどうしようもなく愛おしい。

 間違いなく初めて見る姿だ。嘘偽りなく、今日この日が初対面の、幾つも年下の少女。

 

 だが、決して知らない訳では無い。分からないはずがない。覚えていない道理がない。

 たとえ彼女が全てを忘れていても、自分が忘れるわけがない。

 

 それはきっと、目の前の彼も同じことで。

 

「……書斎へ行こう、真人くん。成り損なった我らの王よ」

 

 ならばこそ、これより世界を滅ぼそう(救済しよう)

 

 

 

 

 

 

 

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