全能者の揺籃   作:たわーおぶてらー

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ACTー4 WarFront

 

 

 

 

 

 

 ──炎が溢れる。

 

 

 

 振り下ろされる剣をその槍で受け止め、炎を纏う男がセイバーを打ち払う。

 徐々に炎そのものの様な姿が人になる。現れるのは白い髪に白い肌の痩身の男。纏う覇気はセイバーのそれを凌駕するほど圧倒的で、揺らぎがない。

 

「サーヴァント、ランサー。召喚に応じ参上した。お前の道に立ち塞がる悉く、この槍で打ち砕こう」

 

 宣誓する姿は堂々と。ランサーのサーヴァントは気負いする様子もなく、背後にマスターと少女を庇ってセイバーの前に立ち塞がる。

 大槍、黄金の鎧、胸の中心に煌めく紅玉。赤い衣。そのどれもが上質な神秘を纏っている。一挙手一投足から目が離せない。目を離せば殺されると分かる。

 

「──さぞ名高き英雄とお見受けする」

 

「世辞は不要だ、セイバー。お前の決意は誰が相手であろうと揺らぐものではあるまい」

 

 世界が軋むようだった。僅かに舞う火の粉が気温を上げ、騎士を中心に風が動く。

 ランサーは倒れ伏した男を癒す少女が脇目も振らず、一心不乱に魔術を行使しているのを一瞥する。

 

 ──槍が奔る。

 

 軌道は直線。何の衒いも工夫もない愚直な一刺。音を置き去りして放たれたそれをセイバーは辛うじて受け流し、反撃しようとした瞬間に迫る二撃目を飛び退いて回避する。

 凄まじい技量だと驚愕し、開いた距離を瞬く間に詰めきったランサーが掬い上げるように槍を振るうのを受け止める。

 

「場所を変えるぞ、セイバー」

 

 僅かに身体が浮かんだ瞬間に顔面を掴み、投擲。ガラスを破り夜空を舞うセイバーに一閃。鈍い金属音と共に弾け飛ぶ。沙条邸から離れ、住宅街のど真ん中に軽やかに着地。

 両者ともに住宅街での戦闘行為は好ましくないと認識しているのか、どちらともなく屋根を伝って付近の林に向かって走る。

 

 その間にわずかでも隙を見せれば後手に回り、素直に林に辿り着いても敏捷で優るランサーが恐らく先手を奪うだろう。故に先手必勝、選択肢は無い。たとえ防がれるのがほぼ確定であったとしても、部の悪い賭けを行う以外に選択肢はなかった。

 

 振るわれる刃は並の英霊であれば防御も許さず、一刀の元に斬り捨てるだろう。だが、彼の相手はそのように脆弱では無い。

 受け止めるのではなく弾き、炎と化した魔力を解き放ちながら薙ぎ払う。雑木の林が燃え上がるのではなく、熱量によって消し飛ばされて風景が変わった。もはや戦略兵器といえる次元の一撃は宝具でもなんでもないただの攻撃だった。

 それを、セイバーは正しく認識する。

 

 尋常ならざる英雄。間違いなく超一級のサーヴァントであり、あの青年から瀕死のはずでありながら供給され続けているのであろう潤沢な魔力。間違いなく燃費が悪いはずのランサーが十全に動いているのは、果たしてどういう絡繰りなのか。

 セイバーにそれを知るすべはなく。煙に紛れて思考を巡らせる時も終わる。その剣を中心に渦巻く大気が煙を払いながら刀身に収束する。

 

 マスターから無断で魔力を吸い上げていることに心中で謝罪し、しかし世界を救わねばならないのだと言い聞かせる。必ずやランサーを打ち破り、沙条愛歌を殺さねばならないのだと。

 

「ほう、俺を前にしておきながらその瞳に映るのは俺ではなく別の誰かか。それは俺のマスターか、或いはあの少女か」

 

「………」

 

「答えは不要だ。俺はただ、マスターの意思に従うのみ。俺の命ある限り、貴様は指先の一つさえ彼らに触れられぬものと知れ」

 

 言葉と同時、炎を纏う一閃が唸る。直撃すれば即死、受けても余波で大きく形勢を握られる。狙わなくてはならないのは相殺か回避。しかしこの距離で放たれたこれを回避するのは不可能であるが故に、残された選択は相殺しかなかった。

 暴風が炎とぶつかり大地が抉れ木々が飛ぶ。続く二合で大地が割れる。三合で割れた大地が隆起し、四合でそれが両断される。極小規模の天変地異が人の形をとってぶつかり合っている。

 

 ぶつかり合う中で互いに浅くだが徐々に傷が生まれ始める。技量はほぼ伯仲、能力も大差はない。故に戦闘の最中で適応していくお互いの動きに合わせて被弾が生まれていく。だが、そことは別に間違いなく宝具とスキルに隔絶したものがあるとセイバーは推察した。

 セイバーが浅く受けた傷を癒すことも出来ず、その必要も無いからと放置しているのに対してそもそもランサーはその全てが瞬く間に癒えている。しかも余りにも浅い一撃はなにかに阻まれて届かない。

 

 常時発動型の宝具、治癒と防御を兼ねる間違いなく神話に語られているであろう強力な神秘。高位の英霊であると推察していたが、よもやこれほど強力な英霊であるとは思わなかったとセイバーは内心で戦慄する。人類史の中でも限られた超級のサーヴァント、破格の大英雄に違いない。

 今もなお打ち込まれ続ける神速の槍はその全てが必殺であり、返す刃は不可視の鎧に阻まれて有効打になり得ない。仮に風の鞘から解き放ったとしても足りない。彼を斃すには宝具の解放が必要となる。

 

「剣に迷いが見えるぞ、セイバー」

 

 暴威が加速する。僅かに受け損なった瞬間に肩口を浅く抉られ、呻きながら次に備えようとした瞬間に顔に蹴りを受けて飛ばされる。ここに来て蹴撃を見舞ったランサーは追撃を加えるのではなく、何かを放つ予備動作を見せている。

 明確な魔力の収束。解き放たれれば一帯は消し飛ぶであろうあれは、もしや宝具か。不味い。受ける手段がない。相殺を狙うにはあまりに遅い。間違いなく雑木林を越えて無辜の民草を巻き込むあれはセイバーには許容し難い。

 加速した思考には世界が遅延したかのようだった。その右眼に滾る魔力の奔流が放たれるまでもはや一秒と無い。その名とともに解放された一撃が多くの命の喪失と共に決着を齎すだろう。

 

 だが、これほど大規模に戦っていれば妨害が入るのは当然の結末だった。

 

 解放の直前で鏃の雨が降り注ぐ。それはセイバーもランサーも纏めて葬らんとする死の雨。尋常ならざる技量によるものか、回避しようと次の鏃が間違いなく命を奪うだろう。セイバーは上空の雨を暴風によって瞬時に打ち払い、ランサーとの距離を詰めて斬る為に雨の隙間に一歩踏み込む。

 進めと言わんばかりに絶妙な隙間があるのはそういうことだろう。間違いなくランサーは強敵、サーヴァント二騎が本格的に協力しても戦力的に拮抗出来るかどうかと言ったところ。技量で並べど宝具で離され、宝具で並べど隔絶した技量は生半可な相手を寄せつけない。ならばこそ、この不意を打つ機会が最大の好機だった。

 

 

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)

 

 

 ──瞬間、鏃の雨が消し飛んだ。熱線が空を穿ち、月夜に浮かぶ僅かな雲が消える。衝撃が空気を叩き暴風を生み、音が遅れて破裂する。大軍すら一撃で滅却し得る一撃を放ったランサーの周りは高温によって地面が融解していた。

 セイバーの足が止まる。鏃の雨が止んだ。槍を軽く払いながら歩くランサーの姿は圧倒的だった。無傷、無表情、無感動。どうしたこの程度なのかと言わんばかりに悠々と振る舞う彼を相手に被害がどうとか考えている場合ではない。

 

「──ほう」

 

 剣が煌めく、聖剣が輝きを纏う。それを見てランサーが僅かに瞠目する。

 

「星の聖剣、ならばお前はブリテンの騎士王か。なるほど相応しい高潔さだ。お前ほど騎士の王に相応しい男はいないだろう」

 

 挑発とも取れる言葉に歯を食いしばる。答えを発するような余裕はもはやない。全ての神経を彼に向け、アーチャーが放つ矢を抜けながら聖剣で不可視の鎧の上からランサーを斬る。それだけに集中しろ。聖剣を見て真名を知り、それでもその余裕を崩さない彼はやはり尋常ではない。

 先の宝具、梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)。ブラフマーストラといえばインド、ヒンドゥーにおける奥義の名前だ。そして太陽の如き炎と不可視にして頑強なる鎧、右手に握る大槍。真名を確定させることは出来ないがある程度絞り込むことは出来る。

 

 だがしかし、それがなんだと言うのか。彼は紛れもない大英雄。神話に語られる英傑の一人。特定の武具や伝承が致命傷になろうとも構わずそのまま猛威を奮うであろう。鏃の雨を炎の放出によって妨げ、セイバーと打ち合いながらその尽くを打ち払っているのがその証左だ。

 数の不利など些事に過ぎない。遠距離と近距離の二人による即席かつ無言の連携ですらない共闘など苦でもない。打ち払い、燃やし、砕くのみ。

 

 何者であろうとも、我が歩みを阻むに及ばず。雑木林の大半が更地と化し、燃え上がる周囲に目もくれず聖剣の担い手を追い詰める。如何に優れた騎士であろうともその攻撃が致命とならないのであれば恐るるに足らず。技巧を以て宝具の発動を許さず、ただひたすらに致命となる攻撃を繰り返せばいいだけだ。

 鏃の雨が消えてからというもの、アーチャーの矢は初手ほどの苛烈を見せず的確に隙を狙い、時に隙を生むように挟み込んでくるのみ。たしかに卓越した技巧であり驚愕すべき威力ではあるが魔力の放出が炎の形となるランサーはその放出のみで威力のほとんどを打ち消せる。恐れる道理などなく、必然的に初手のような明確な必殺になり得るもののみを意識して払えばいい。

 

 青い騎士の衣服は泥によって汚れ、フードはとうに剥がれている。金の御髪も所々汚れ、整った顔には幾らかの切傷が見える。今も尚続く猛攻によって徐々に削られていく彼の瞳に宿る闘志はしかし消えることなく。僅かな隙を逃さないと獰猛に輝いている。恐らくランサーは今、宝具を打てない。それはアーチャーの牽制もあるが、それでも放つ機会は幾らかあった。つまり魔力に問題があるのではないか。

 打ち合う最中、幾度か致命的な隙を見せたセイバーに対してあの熱線を打って来なかったのが釣りでなければ間違いない。まあ、だからといって勝ち目がある訳では無いのだが。

 

 ──槍が脇腹を抉り咄嗟に身を捩れば顔面に槍が突き刺さる直前で飛来した矢によってランサーの動作が強制的に止められる。セイバーが瞬時に体勢を建て直した時には硬直から復帰したランサーの刺突が首を狙って迫り、打ち払った瞬間に横に飛んで背後から飛来してきていた矢をランサーに受けさせる。それすら打ち払って振り回せる剛槍にあえて踏み込み、競り合う形に持ち込んだ。このまま形を崩して形勢を傾ける為にもアーチャーの矢を正確に認識し、次の手を構築しようとした瞬間に悪寒がして全力で飛び退いた。

 

 直後に放たれた炎はこれまでの比では無い出力であり、もはやランサーを起点に火柱と化すほどのそれは接近した矢を灼いて消滅させる。如何に対魔力に優れるセイバーであってもあの中に入ればタダでは済まないだろう。窮地だから力を振り絞ったわけでも今まで手加減していた訳でもない。ただ必要と判断したから使ったのだろう。それだけ丁寧に戦い、時間を掛けても確実にセイバーを落とすつもりでいる。

 

 それは心底恐ろしいことだった。絶対に宝具を解放させないように立ち回り、それ故に生まれている隙を力技で潰して戦うなどという出鱈目を押し通す。少々雑だが関係ない。彼我の間には絶望的なまでに性能面に差がある。この分だと宝具も使えないのではなく敢えて使っていないと見ていいだろう。意図は不明だが、そうした方が有利になると確信しているのだろう。そこに油断や慢心がないことが厄介だった。

 

 日が昇るには未だ早く、騒ぎを聞き付けて無関係の民草が現れることは無いことから魔術による隠匿は成立しているのだろう。何者によるものかセイバーが知る由もないことだが、今だけはその働きが彼にとって裏目に出ている。

 仮に人目に付くような自体になれば、ランサーとて即座に撤退するだろう。事実、彼はその宝具による被害以外は雑木林があった地形の範囲内に収まるように立ち回っているし、流れ弾が溢れないように配慮しているような素振りさえある。それはセイバーやアーチャーも同様だが、数の不利を背負ったランサーが事も無げにそれを実行しているのはやはり恐ろしいものがあった。

 

 今は僅かな間を維持しているが、ここで聖剣を解き放つ動作を見せれば妨害されて終わるだろう。アーチャーによる援護も途絶え、無言で向き合ったまま燃える大地で佇んでいる。魔力切れを疑うが、その堂々たる姿を見れば未だ潤沢なの魔力によってその全てが維持されているのが分かる。何故動かないのか分からないが、それ故に警戒を解くことができない。

 

「騎士王よ、お前は聖杯に何を望む」

 

 だから、その問いに即座に答えられなかった。見つめる瞳は真っ直ぐで偽りの一切を許さない力があった。この問答によってもしかすれば和解の道があるかもなどとは思わないが、しかし誠実に答え言葉を交わさないのは騎士道に反する行いでもある。

 

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「ならば何を願う。お前はその決意を以て何を成す」

 

 答えれば間違いなく、再び戦端が開かれるだろう。しかし偽ることなどありはしない。戯言と切り捨てられようとも進む。例え自身のマスターに断りを入れず独断で動き、その結果叱責されようとも構わない。

 

「私は世界を救わなくてはならない」

 

「その在り方は過去を見つめ、世界に囚われた虜囚だな。お前は思考を放棄し、愚かしくも自らの道を狭めている蒙昧の輩のように思える」

 

 それ以上の言葉は無かった。セイバーにも、ランサーにも。それ以上語るべきことばを彼らは持たなかった。構え、再び打ち合う中でセイバーの脳裏を過ぎったのは涙を流す少女の姿。それは苛烈な戦闘において不必要なものであると切り捨ててしまうとしているのに、どうしてか。十全に動作する肉体とは乖離して心が重くて仕方がなかった。

 

 

 

 

 鏃の雨が空を覆い、炎が舞い、聖剣が煌めく。陽は昇らず、夜は未だ明けない。

 

 

 

 

 







台詞がむずかしい



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