全能者の揺籃   作:プロメテア

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ACTー5 Blasting

 

 

 

 ──眩しい。陽の光を浴びて眼球に痛みすら感じながら目を覚ます。

 知らない天井だった。ベッドは普段使っているものよりも数段上のものなのか、柔らかで身体にフィットするような感触だ。腹に何かが乗っている気がするが、ちらりと目をやれば赤が混じった金の髪が映ったのでそっと体を起こす。

 

 記憶にある限りならば悶絶しながら血反吐を吐いて彼を呼び、そのまま気を失った。ランサー、カルナ。インドの大英雄、太陽神スーリヤの息子。絶大な力を持つ彼は確かにあの忌々しい騎士を退けてくれたのだろう。彼女が傷つけられた様子はなく、俺の血で汚れてしまったまま椅子に座ってベッドに倒れるように眠る頭をそっと撫でる。血が固まってしまっている、起こして風呂に入るように言うべきだろうか。

 

 少し悩んでいれば、扉が開いて痩身の男が入ってくる。白い髪に鋭い眼光。幽鬼と見紛う白い肌。死地に於いて助けてくれた命の恩人であり、これから聖杯戦争を共に戦うサーヴァント、ランサー。彼は部屋に入るなり神妙な顔でこちらを見つめ、何かを見定めるような目で俺と彼女の間で視線を彷徨わせる。何かあったのだろうか。納得するように頷き、そのままベッドの脇まで近づいた。

 

「サーヴァント、ランサー。真名をカルナ。今更だがよろしく頼む、マスター」

 

「坂上真人だ。よろしく頼むよ、カルナ」

 

 手を差し出し、握る。硬い掌は鍛えられているのだなと感じさせ、同時に目の前に立つ彼がとんでもない英雄だという情報を伝えてくる。視界に映る奇妙な文字は彼の能力を分かりやすく伝え、彼の持つ宝具の詳細を読み取ることが出来る。なるほど、怪物だった。分かりやすくシンプルに、彼は英雄だった。無敵の鎧、神より与えられた槍。師より受け継ぎ、呪われた奥義。()()()()()()()()()()。そのどれもが常識を笑うほど破壊してくれた。

 

 セイバーに浅くはない手傷を負わせ撤退させ、アーチャーはある程度の実力を把握したに過ぎないが直接戦闘ならば間違いなく勝利出来る。ランサーは冷静にそう分析し上で、しかし相手はそれを覆してくるだろうと伝えてくる。ランサーがそうであるように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。油断も隙も不要。常に全霊を賭けて討ち取る覚悟でいるべきだと彼は言う。

 

 なるほど確かに、それは道理だと納得した。自分など羽虫と変わらない力を持つセイバーを基本性能で上回るだろう彼がそう言うのには説得力がある。それに、今回の戦闘でセイバーは宝具を使っていない。カルナがその猛攻で使わせなかったというのもあるが、使用にはそれ相応に隙があるからだろうと分析する。星の聖剣、ブリテンの騎士王。ならばあれこそがエクスカリバーだとか呼ばれる有名なあれだ。どんな力なのだろうか。

 

「ん……」

 

 愛歌の手がベッドに下ろされていた手を握った。暖かで柔らかい手を解こうとは思えず、どうしたものかと思案する。

 

「マスター、彼女はつい先程までお前を健気に看護していた。今はその微睡みを脅かすべきでは無いはずだ」

 

「そっか」

 

 ならこのままでいよう。せめて横にしてあげたいが、それで起こしてしまっては悪い。起きてこなさそうなタイミングで抱き上げて横にしよう。それまではこうしてカルナと話をしていようと思う。改めて視線を向け、その静かな瞳と視線を交わす。

 目付きは悪いが綺麗な目だ。話していると何でもかんでも見透かされるようで少し気味が悪いが、確か経路(パス)といったか。これを通じて伝わってくるのは決して悪感情ではなく、好感情であるのが伺えるのでそういう人物なのだろう。

 

 良くいえば表裏なく率直に言葉を口にする人物であり、悪く言えば素直すぎる上に言葉選びが最悪に悪い。セイバーにたいする発言も微妙に刺々しい感じがしたが、たぶんあれも褒めてるつもりであったのだろう。まああの場面で褒めても煽ってんのかという感じはしそうだ。

 

「瀕死にも関わらず戦闘を覗き見るのはあまり褒められた行為ではないだろう。なぜ安静にしていなかった」

 

「いや、なんか痛みとたぶん失血で意識飛んだらお前の視点で見てたんだよね。よく分かんねぇや」

 

「マスター、一度己の内に声を投げかけ潜むものを見定めるべきだ。お前に不足しているのは自己理解のように思える」

 

「そうかぁ……?」

 

 あまりやりたくない行為だ。瞑想とかしてみたことはこれまでの人生の中で何度があるが、毎回毎回叫び回る声に意識を持っていかれそうになって気合いで戻って来ていた。たしかに声が聞こえてこない現状ならばそういった行為をやり直すのもありかもしれないが、眠っている間にランサーの視点で多くのことを知れたのはとても良い収穫だったように思われる。確かによく分からないが、これを深く理解しようとすれば地雷を踏むような気がするのだ。

 

 というか、深く意識に潜るとまた◼に干渉される気がする。意識を分解して仮眠する方法とか瞑想を通じて仏に通じる的な修行を一通りは体験しているから分かるのだが、今やるべき行為ではないと頭ではなく直感で感じるのだ。だから有難い提案ではあるがやらない。きっと聖杯戦争において足を引っ張るものでは無いはずだからいいだろう。

 

 そう伝えれば彼も納得してくれたのか、一度頷くだけに終わった。

 

 部屋を静寂が支配する。思い返せばまだ二日程度だ。聖杯戦争がどの程度の長さで終わるかなど知らないが、先は長いと見るべきだろう。早々に大量に血を吐いたり認めてはならない相手を見つけたりしたが、まあ生きているし殺す相手が決まってよかったと思おう。殴り飛ばされてあれだけ血を吐いたのに、貧血の症状もなく元気になっているので気にしないことにする。

 

「不思議なものだ」

 

「お前もそう思う?」

 

「ああ、不思議なものだ。この平和な時代にあって苦難を約束され、数奇な運命を辿ることを約束されている。それに抗う様はとても好ましい」

 

「……ん?」

 

 会話が微妙に噛み合わなかったがそこはいい。苦難を約束されているとか数奇な運命を辿るとかも、まあいい。世界を救えと聞こえるくらいだし、そこは認めざるを得ないものがある。だが、なぜ、カルナにそれがわかったのか。マスターがサーヴァントのことを知ることが出来るだけでなく、サーヴァントもまたマスターのことを知れるのだろうか。そうであるならば、或いは彼はこの声の主を知っているのだろうか。

 

「カルナ」

 

「どうした」

 

「お前は世界を救えと叫ぶ声の主が分かるか?」

 

「それは俺の知るところではない。だが世界を救えとお前に声をかけるならば答えは限られてくるはずだ」

 

 しかし俺はそれを知らない。禅を組み、深く意識の中へ潜っても見つからない。愛歌はきっと知っているのだろうけれど、彼女に聞くべきではない気がする。世界を救って欲しいと人に声をかけるような存在といえば──、

 

「ああ、そうか。神か」

 

「ありえない話ではない。俺の時代にはよくあったことだが、お前ほど縛られていた者もまた珍しい」

 

 カルナの時代にもいたのかと驚くが、少し考えれば納得した。それはそうだ。彼の時代は神の時代、当たり前に神様が世界を運営する時代だったのだ。きっと今よりも身近に神様はいたんだろうし、確かカルナ自身も父親が太陽神だ。多神教、複数の神が闊歩する時代において神の声を聞いて導かれる者は珍しいものではなかったのかもしれない。落ち着いて考えてみれば変な話だ。フランスの聖女、ジャンヌ・ダルク。彼女は神の啓示を、声を聞いて祖国を勝利に導いて処刑された。

 

 なぜ、そんな類似存在に気づかなかった。

 

 どうして、神の声だと思わなかった。

 

「……なんだ、そりゃ」

 

 意識しなければ◼だと認識できない。こうして指摘されなければ気がつけない。声で囁き、叫ぶだけではない。アレはこちらの行動に干渉し、意識に干渉して操り人形に仕立てあげようとしている。お前はただ従っていればいいと。導いているのではなく、操作している。世界の在るべき姿はこうなのだと、勝手に決めつけて動いている。だが、本当にそうだというのなら。俺は、俺は──

 

「落ち着け、マスター。お前はお前の意思でここにいる」

 

「……どうしてそう言える」

 

()()()()()()()()()()()

 

 嘘偽りなどないと真っ直ぐにこちらを見る瞳に気圧される。ふざけた根拠だと反論しようとして声が出ない。

 

「俺は確かにお前の声を聞いた。死の淵に有りながら、輝く魂から零れ落ちたお前の意思を受け取った」

 

 

 だから、胸を張れと彼は言う。

 

 

「あの輝きは何者にも穢せないもの、誰かを守るためにどこまでも立ち向かう勇者のものにほかならない。誇れマスター、お前は俺が尊敬するに値する人物だ」

 

「……おう」

 

「理解したならば覚悟を決めろ。これより先、悩んでいる暇も立ち止まっている暇もない。お前がその少女の未来を思うならば立ち上がれ。聖杯戦争とはそういうものだ」

 

「おう」

 

 乱れた心を落ち着ける。精神を乱す要素を無視して統一する。少し崩れたくらいならば取り繕える、まだ立ち上がれる。ずっと付き纏ってきた声のお陰で精神面は強くなっているのだから皮肉なものだ。穏やかに眠る愛歌の髪を気がつけば解放されていた手でそっと撫で、起こさないようにベッドを出る。肉体の調子を確かめる。手は動く、足も違和感はない。壊されたと思われる内臓も身体を折ったり伸ばしたりしても何も感じないことから完治していると思われる。

 

 眠る愛歌を抱き上げる。思ったよりも軽い。よく見れば青く綺麗だったドレスが血で汚れている。髪だけでなく全身の至る所に乾いた血の跡がある。しこたま吐いた俺の血だろう。これをベッドに寝かせるのも些か問題があるような気がした。しかしどうしたものかと頭を捻っていれば、控えめなノックの音がした。

 

「はい、どうぞ」

 

「……もう立てるのか」

 

「思ったよりも頑丈だったようで」

 

 軽く笑いながら広樹氏に腕の中の愛歌を見せれば彼は驚いたように目を見開き、少し声の大きさを落として受け取ろうと言った。続いて、綾香に任せればこの子も文句は言うまい、と。やはり愛歌も年頃の娘らしくお父さんと同じ洗濯機は嫌とか言うのだろうか。少しそういったことが気になったので、起きたら聞いてみようと思う。

 

「替えの服をリビングに用意してある。出かけるならそれを来ていきなさい」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

「構わないさ」

 

 愛歌を渡し、部屋を出る。廊下で別れて霊体化したカルナ共にリビングへ向かう。心做しか身体が軽い。覚悟を決めろと発破をかけられたからか、それともなにか別の理由か、あるいは気のせいなのか。ほんとのところは分からないけれど、心は間違いなく軽かった。

 迷っている暇はない。立ち止まっている余裕もない。後悔している時間はない。進め、進め、進め。今はただ前に進む時だ。腹を括った、覚悟を決めた。その先に何があっとしても、聖杯を手に入れて俺は願いを叶えよう。

 

 

 

 

 くそったれの神に唾を吐いてやる。

 

 

 

 

 

 

 







あんまりモタモタしてると死ぬから早くしろよな(意訳) byカルナ



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