ジカンガ……!?
───▪️▪️▪️、▪️▪️▪️、▪️▪️▪️!
いつからか、同じ夢を見る。
世界を救う夢。命を奪い、尊厳を踏み躙り、悪を討ち、世界という不明瞭なものの未来を守る。
▪️▪️の声なんて聴こえないと耳を塞いで生きて、目を逸らして進み続けた。
結局、沙条愛歌という運命に出会うあたり努力は無駄だったのかもしれないけれど、今はまだ耐えられる。
──けれども毎夜、夢を見る。
その首をへし折る夢を見た。胸を貫かれた彼女を見た。首だけになった彼女を見た。血に塗れた彼女を見た。彼女に殺される夢を見た。眠る彼女を殺す夢を見た。手足を貫き炙る夢を見た。腹を掻き回して殺す夢を見た。息絶えた彼女を抱き締める夢を見た。死体を貪る夢を見た。犯しながら殺す夢を見た。死体を喰らう夢を見た。生きたまま食い殺す夢を見た。嗤いながら踏み殺す夢を見た。水に沈めて殺す夢を見た。首を食いちぎって殺す夢を見た。殴り殺す夢を見た。心臓を食われる夢を見た。頭を潰して殺す夢を見た。泣き叫ぶ彼女を殺す夢を見た。笑顔のまま死ぬ彼女を見届けた。
何度も、何度も、何度でも、夢を見る。
▪️
「なるほどなるほど、やはり君がランサーのマスターというわけだ。いやぁ、何度見ても恐ろしいね」
「──あ?」
真昼間からそんなことを行ってくる相手に心当たりはない。愛歌を伴わず、カルナも愛歌の傍に置いて用事を済ませるために外出していれば、そんな戯言を後ろから投げられたので反射的に振り向く。
視界に映る黒いスーツ、白い長髪、紫の瞳。胡散臭いことこの上ない表情を貼り付け、その異様な存在感を漂わせるのは玲瓏館のサーヴァントに違いなかった。
サーヴァント、キャスター。真名は不明、その出自も願いも何もかも不明。玲瓏館のサーヴァントであることは判明しているが、それは同時にセイバーの同盟者である可能性もあるということであり、必然的にカルナを呼ばなければ不味い状況に陥ったことを意味する。
令呪を使ってカルナを呼び出して街と人の被害を考えずに一撃。それで終わらせることは可能だが、あまり取りたい手段ではない。街の被害は今更とはいえ、無関係の命を無作為に散らすのは倫理的に駄目だろう。
「まあまあ、私は君と争うために来たわけじゃないから落ち着き給え」
「なら何をしに来たキャスター。馴れ合いはセイバーとやっていればいいだろう。それともランサーとも同盟を組みたいのか?」
「まさか。可愛らしい女の子と覗き見してきていたし、こちらも君を見定めておきたかったのさ。私は聖杯戦争で勝つことは出来ないし、最も勝者に近い存在が如何なる者かを気にするくらいは許されてもいいだろう?」
勝つことはできないという言葉に眉を顰めるが、嘘を言っているようには見えない。諦めているというよりは事実を淡々と述べている姿に言いようのない気色の悪さを覚えるが、まあ悪意はないようだし話くらいは聞いてもいいかもしれない。
ため息を吐いて上機嫌なキャスターの横を歩く。この容貌で悪目立ちしないのは魔術による隠匿なのだろうが、やはりなんというか胡散臭い。
なんというか、現代に慣れている感じがする。カルナは割と物珍しいという様子で色々と視線を動かしていたものだが、これにはそれが無い。そこにそうあるのが当然といった様子で歩いている様はなんというか、そう──単純に気持ちが悪かった。
「立ち話もなんだし、カフェでゆっくり話そうじゃないか」
人混みを掻き分けて歩く。害意の無い相手を無駄に警戒するのも馬鹿らしいし、まあ個人的な所感は抜きにして考えると別陣営の情報を得られるのは悪いことではない。
まず、セイバーとそのマスターについてはあまりにも謎が多い。
愛歌曰く少し魔術を齧った一般人らしいが、遠見で視認した時に感じたのは言葉には言い表せないズレだ。バーサーカーのマスターらしい少年とは違う。アーチャーのマスターとも違う。自分とも違う。
どこか根本が違う、ズレている。そんな違和感。
「お待たせ、連れてきたよ藤丸くん」
「藤丸くん……?」
カフェのドアを開けて店内に入ればキャスターが大袈裟に手を振り、奥の方の席に腰かけた少年に声をかける。黒い髪、少し特徴的な黒いシャツと白いズボン。この季節、割と寒さに強い自分がコートまで着込んでいるのにシャツと壁にかけてあるシャツだけで動いているのだろうか。いや、考えるのはそこではない。
藤丸、藤丸でこの容姿といえばセイバーのマスター。見れば見るほど何かがズレている。隣の席に腰掛けるセイバーよりもずっと、この少年は特異な存在な気がする。ああ、だがそれ以上に──、
「キャスター」
「なんだい?」
「今ここで死ぬかあとで死ぬか、好きな方を選べ」
身体の内側で魔力が唸る。背中の令呪が熱を帯びる。返答次第ではこの場でカルナを呼んでその瞬間に宝具を解放させる。店内に人がいる気配はなく、周辺からすらも人の気配が無くなっているこの状況。間違いなくこそこそと手を回している。
この場でその手の小細工が弄せるのはキャスター以外にはおらず、セイバーが待機しているこの場に招き入れたのはそういう事なのか。恐らく戦闘を望んででは無いのだろうが、それでも万が一はある。
欠片でもやる気があるなら殺す。キャスターを殺して聖杯に焚べることで一歩、そのままセイバーも殺して更に一歩。予定が少し変わるだけで、隠蔽する役割の人間が困る程度だ。いや、そう考えるとどう答えようがここで終わらせるのが早いのではないだろうか。
ニヤニヤとこちらを見つめるだけのキャスターを見て、それでいい気がしてきた。
「ちょっと待って二人とも、ストップストップ!」
「あ?」
「こちらに争う気はないんです。マーリンが紛らわしくてすみません。でも、今日は本当に話がしたくて待っていたんです」
その言葉に嘘があるように思えなかった。その瞳に揺らぎはなく、ただ誠実なだけであると見るだけでわかってしまう。ああ、なるほど。セイバー、騎士たちの王。ブリテンに語られる英雄譚の主人公を従えるのも納得だった。
「……聞こう」
「ありがとうございます」
一つ、奇妙な確信があったから頷いた。頭を下げる少年の前に腰かけて、隣に腰かけてきたキャスター、マーリンを横目に見る。
「話っていうのは? 玲瓏館と同盟を結んだ上でこちらとも結びたいとかいう話ではないんだろう?」
「えっと、その、これから話すことを落ち着いて聞いてもらえますか……?」
「よく分からん質問だけどわかった。取り乱して遮らないと約束しよう」
嫌な空気が場を占めている。セイバーは我関せずと言わんばかりの姿勢を崩してこちらを見ており、マーリンは目の前のカップをつついて遊んでいる。
「俺は藤丸立香って言います。端的に言うと未来から来ました」
「なるほど、坂上真人だ。よろしく頼む、未来人殿」
未来、彼は未来から来たというか。なるほど。
「えっと、信じてもらえるんですか?」
「知らん。話を聞く上で君が未来人であることを認めておくだけだ。ほら続きを話してくれ」
未来から来たなんて世迷言、信じられるはずもない。ましてや敵対状態にあるマスターの言葉なんて聞く耳を持つべきではないことくらい、素人の自分でもわかる。
けれど、どうしてだろう。この少年は嘘を吐くような人物ではないと自分の中で確信と納得がある。
不思議な感覚だ。頻発するデジャブとは違う何か。自分の中で未知を既知と感じるのではなく、既知の物ごとをそのまま確認しているような言いようのない感覚。
端的に言って、気持ちが悪かった。
「この聖杯戦争は未来を捻じ曲げてしまうんです。何があるのかとか何が悪いのかまではまだ分からないんですけど、このままいけば確実に未来が変わって、最悪人類史がそのまま滅びます」
「───人類史が滅ぶ?」
「はい。きっとこんな風に説明しても伝えきれる自信はないし納得するのは難しいと思うんですけど、このままこの特異点があると人理が保てないんです」
それはおかしな話だ。人類史は人理によって、抑止力によって守護される形で歩んでいる。今この瞬間でさえ、人類は安全なルートを歩んでいるはずなのだ。
そもそも、彼が未来から来たというのならば一つ、有り得てはならない矛盾がある。
「仮に君が未来から来たのであれば、この時代は既に過去のもの。過ぎ去り、踏破したものであるはずだ。その過去が未来に牙を剥くのはおかしいと思うが」
「疑問は最もだと思います。でも事実としてこの東京は異常な事態に陥っていて、放置することはできません。でも、未来から何かを誰かが過去を改変する為に何かを送り込んだなら話は別だと思いませんか」
「……それが聖杯だと?」
「おそらく」
「頭の痛くなる話だ」
つまり聖杯は異物らしい。未来から過去に現れ、過去から未来を脅かすもの。それを彼がどうするつもりなのかは、まあ聞かずともいいだろう。
問題は聖杯を手に入れるに当たって発生するデメリットだ。
未来が危ういということは愛歌の未来を何とかしても世界そのものが危ういということだ。本末転倒と言ってもいい。
しかしなぜ未来が滅ぶほどの変化が訪れるのだろう。
聖杯戦争そのものが発生するはずがない事象であったとして、まだ結果は確定していないはずだ。仮に確定しているならおかしな話であり、確定していないにしてもおかしな話だった。
未来が滅ぶような事象を抑止力が見逃す道理はない。
「……特異点?」
彼は特異点と言っていたはずだ。特異点、抑止力の働かない地点。歴史に本来存在しない何か。
ならこれを解決されればどうなるかなんて考える必要は無い。
「藤丸立香くん、君は聖杯戦争をどうするつもりなのかを聞きたい。勝ち抜くのか、止めるのか、或いは別の何かか。その話次第で俺たちは手を組めるかもしれない」
「聖杯を回収、最悪破壊して聖杯戦争を終わらせます」
「……そうか、それなら決裂だ」
席を立って背を向ける。
藤丸立香、未来から来たという少年。正しい未来を守る役目を果たさんとするカルデアの善き人。こうして背を向けても刃を向けてこないのは本当に、善人らしくて吐き気がする。
気持ちの悪い感覚が消えない。耳元で何かが喚いているが聞き取れない。
今はとにかく、愛歌のところに帰りたかった。
新cmも来て五周年、fgo楽しみですね