グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い 作:自由の魔弾
校内の治安に責任を負う風紀委員の一人。わずかな違反も見逃さない苛烈な取り締まりで生徒達から恐れられている。校則違反さえしなければ無害で優しいお姉さんなのだが、違反のハードルが低すぎる…怒られたい人向け。JCとは奉仕活動の際に補佐役を担当した縁での顔見知り。
「ハァ…ハァ…ハァ……ングッ…こ、心ちゃん…今度からはいきなり走り出さないで、せめて一言ちょうだいな。僕、もう息上がっちゃってる…」
僕は漸く足を止めてくれた心ちゃんに苦言を呈する。でも、当の本人は全く気にしないまま少し周りを見渡して目的の人物を見つけたのか、すぐに僕の方に振り返ってその方向を指差した。
「え〜と…あっ、ほらお兄ちゃん、あそこ!あのお姉ちゃんたちの着てる服、お兄ちゃんのと同じじゃない?」
「んぇ?あっ、本当だ…ってか、あの人知ってるぞ?」
乱れた息を整えながら心ちゃんが指差す方向を見てみると、そこには何故か見知った人物がいた。なので、僕はすかさず声をかける。
「紗妃ちゃ〜ん!」
大きく手を振ってアピールしていると、こっちに気がついたのか大げさに手招きをし返してくれた女生徒は風紀委員の氷川紗妃ちゃんだ。何故知り合いなのか詳しい説明は省くけど、要約すると罪と罰の関係である。
ほら、僕の姿を見てこんなにも喜んでくれて痛だだだだっ!!
「あっ!JCさん!貴方、こんなところで一体何をしているんですか!どうしてこう問題が起こる度に決まって貴方が居るんですかァ?説明してください〜!」
「さ、紗妃ちゃん!折れるぅ!?それ以上は折れるから!?」
僕の手を掴んでそのまま捻り上げて締め上げてくる紗妃ちゃん。照れか!?これ照れてるんだよね!?
「いじめちゃダメっ!」
「…へっ?」
僕と紗妃ちゃんが格闘していると、後ろでその所業を見ていた心ちゃんが紗妃ちゃんの腰のあたりに抱きついて抗議しだした。
「お兄ちゃんのこと、いじめないで!いじめちゃ悪い人だよっ!」
「あ、い、いえ…私はいじめてるつもりでは…ほらJCさん、ちゃんとしてください」
子どもながらに純粋な指摘をされてバツが悪くなったのか、すぐにパッと掴んでいた手を離してくれた紗妃ちゃん。未だに痛みが引かない手を振っていると、ふと僕の側に近づいてきた心ちゃんが僕の手をとって、そのままその手を自身の頰に添えるように動かした。
「こうすると、痛いのなくなるってママが言ってた!どお?」
「え?あ、あぁ…うん。そうね…ちょっとだけ楽になってきた、かな…?」
「えへへ〜っ、それならよかった!」
そう言って、僕に屈託のない笑顔を向ける心ちゃん。でも、僕の方はと言えば、掌から伝わってくる心ちゃんの頰の温かさだったり柔らかな感触のおかげで、気が気じゃなかった。その所為で受け答えが変な感じになってしまったし。
「じ、JCさ〜ん…?貴方、こんな幼い女の子にまで手を出しているんですか!?ふ、不潔ですっ!破廉恥ですっ!」
「えぇ!?い、いやちょっと待ってよ!それは誤解だって!?ほら、心ちゃんからも言って聞かせてあげてよ!」
何故か僕たちの光景を見ていた紗妃ちゃんがあらぬ疑いをかけてきた。そんなことあるもんか!僕は身の潔白を証明する為に、唯一事情を知っている心ちゃんに助けを求めた。
「どーなんですか?貴女、この変質者に何かされたのではありませんか?」
「えっと…お兄ちゃんは心を悪い人たちから守ってくれたんだよ。そのときのお兄ちゃん、すっごく強くて…カッコよくて…もう、心の気持ちはお兄ちゃんに夢中です…きゃっ!い、言っちゃった…」
自分の頰に両手を当てて、恥ずかしそうに身体をくねらせる心ちゃん。でも、その所為で紗妃ちゃんが鬼のような形相を浮かべて、こっちに振り向いてきた。やべっ、逃げよ逃げよ。
「何処へ行くつもりですか?しっかりと説明してもらうまで逃がしませんよ」
そしてすぐに捕まる僕。後ろから羽交い締めにあい、そのままあっけなく地面に伏せられる…しかも歳下の女の子に。側から見ればなんて不甲斐なくカッコ悪い姿だろう。
最近こんな扱いばっかり…はぁ〜。
「うぅ…ありがとう、本当にありがとう転校生くん…君がいなければ今頃紗妃ちゃんに八つ裂きにされていたところだよぉ…」
あれから少しして合流できた転校生たち一行になんとか紗妃ちゃんを宥めてもらって、漸く事なきを得たところだ。もう少し出会うのが遅ければ、僕は間違いなく紗妃ちゃんに殺されていただろう、比喩なしで。
「ひ、人前で抱き合ったりしないでくださいっ!男の人同士でも…は、破廉恥な行為は許しませんよ!?」
紗妃ちゃんが顔を真っ赤にして、僕と転校生くんを怒ってくる。そんなに目くじら立てて怒んなくてもいいじゃないか。転校生に至っては完全に巻き添えだし。そんな転校生に謝罪の念を込めて見つめてみる。
「……」←“気にしないで”と言っている。
な、なんて度量の大きな男、いや漢なんだ…!その漢気に惚れたぜ!って、ネットで調べたらそう言うんだよね?この前見たよ。
そんなことを考えていると、さっき転校生くんたちの一行に加わっていた面識のない女生徒の1人と目が合った。すぐに目を逸らされてしまったけど、何かを決心したのかすぐに近づいてきて、おどおどしながら話しかけてきた。
「あ、あの…す、すみませんっ!実は…貴女が助けてくれたあの女の子は、わ、私なんです…。い、いきなりこんなこと言っても信じてもらえないですよね!?」
目の前で突然土下座をしだすこの女生徒に気負いしつつも、少し離れたところで子ども時代の紗妃ちゃんと遊んでいる心ちゃんに目を向ける。こんなこと思っちゃ失礼かもしれないけど、同じ人間には見えないんだよなぁ…。そんなことを考えていると、目の前の少女の雰囲気が一瞬で変わったかのように話しかけてきた。
「…お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。少しお時間よろしいですか?」
「えっ?あ、うん…それはいいけど」
先程とはまるで別人のような振る舞い方を見せる心さん。その豹変具合に戸惑いながらも、僕は彼女の後をついて行き、周りの人たちには聞こえないほどの距離間を保ちながら話し始めた。
「突然のことでさぞ驚かれたでしょう?でも、あの子の言葉は本当なんです。“霧の嵐”というのをご存知ですか?」
「“霧の嵐”…?何ですか、それ」
全く聞き馴染みのない単語が聞こえてきて、思わず素で聞き返す。
「裏世界へのゲートが局地的に短期間開いたことにより霧が噴出する自然現象、とされています。そして氷川さんの証言から推察すると、ここは10年前の風飛市…そして『風飛市連続児童誘拐事件』が起こったとされるクリスマス時期…らしいのです」
「10年前…本来なら8歳の頃の僕がいる時代、か…。どうしてそれを僕に…?」
この心さんという得体の知れない少女は、何故初対面のはずの僕にそんな情報を与えてくれるのか?そんなことをして一体何の得があるのだろうか…。
「…残念なことに、この時代の彼女の中には“私”が存在しませんでした。最も重要なはずの自分自身の存在が。今まで裏世界は総じて表世界よりも悪い歴史を歩んでいると思われていましたが、この世界は少し違うようです」
「心さん…」
少し物悲しそうな表情でそう語る心さんの声が、やけに僕の胸に染み渡る。僕自身も自分の存在が無いということにシンパシーを感じたのかな…?
「…話が脱線してしまいましたね。つまり何が言いたいのかというと現状、唯一信用されている貴方に私たちと彼女たちを繋ぐパイプ役をお願いしたいのですよ。裏世界の自分とはいえ、みすみす目の前で誘拐なんてされてほしくありませんから」
「…わかった。転校生くんみたいに上手くできるかわからないけど、頑張ってみる」
自信はなかったけど、想いだけは強く持って僕はそう答える。すると、心さんは僕の手を握って、そっと耳元で囁いた。
「…えぇ、期待していますよ。ではくれぐれも、“心ちゃん”を宜しくお願いしますね?それでは………ふぇ?あ、あれ?私は何を…ひょわああ!?す、すみませんすみません!こんな近くに!?」
最後に意味深な言葉を漏らして目を閉じると再びあのおどおどした心さんに戻った。なんかそそっかしいというか見てて不安になるような今の心さんと、何処か凛々しくとても頼り甲斐のあるさっきまでの心さん。こんなことを考えるのは少し変かもしれないけど、まるで心さんが2人いるような感覚に支配されてしまう気がする。
「あ!お兄ちゃんとお姉ちゃん、こんなところでなにやってるのぉ?って、あー!ちょっとぉなんでお姉ちゃんと手繋いでるの!?お兄ちゃんの“かいしょーなし"!」
そこに僕たちを探しにきたのか心ちゃんがこっちに駆けてくるも、何故かぷりぷり怒った様子で僕たちを咎めてきた。そう指摘されお互いに手を離して慌てて距離をとる僕と心さん。
「それにお姉ちゃんも!お兄ちゃんと手ェ繋いで良いのは心だけなの!」
「ひぃ!?そ、そうなんですかぁ!?勝手にお手を触れてしまい申し訳ありません〜っ!?」
「ご、ごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど…ほら、これで良いかな?」
このままだと道端で心ちゃんに土下座する心さんが街行く人々の好奇の目に晒されてしまうので、早急に事態を収拾させる。僕は未だにぷりぷり怒っている心ちゃんの手を握ってみせる。
「あっ…えへへっ♪お兄ちゃん、意外と強引だね」
「…うっせ」
突然のことに驚きつつも、すぐに嬉しそうな顔を見せてそのまま腕に抱きついてくる心ちゃんに、何となく気恥ずかしさを感じてぶっきらぼうに返してしまった。相手は6歳の女の子なのに…。
「そういえば、紗妃お姉ちゃんが探してたよ?なんか、他の学園生?を見つけたから、そっちと合流するって」
「他の学園生…心さん、誰か知ってる?」
「ふぇ?えっと…確か近くに冷泉さんと博士がいたと思いますぅ…」
冷泉さん、という人は面識が無いからよくわからないけど“博士”という言葉が誰を指しているかは嫌でもわかった。多分、今は会いたくない人物の内の1人だろう。でも、それは僕1人のわがままであることはわかってるし、何より他の学園生や子供たちを巻き込んでまで通すのは何か違う気がした。
「…そっか。じゃあ、急いで向かわなきゃだね」
「…っ、はい!それでは、行きましょうかっ」
「あーっ!また心のこと仲間はずれにするぅー!?お兄ちゃんは心のなんだから!」
「ひぇっ!?わ、私はそんなつもりじゃ…ごめんなさい〜!?」
「あ、あははっ…本当に同じ人なの、君たち?」
「と言うわけで、私たちは今日起きようとしている事件を止めなくてはならない。上手くいけば次の裏世界探索に影響を与えられるかもしれないから」
あの後、合流したのはやっぱり結希さんと冷泉さんという学園生だった。そこには当然この時代の2人も一緒にいるわけで、冷泉さんはともかく結希さんとはまだ蟠りは解消されていないから、なにぶん話しづらい。現に合流してから1度として結希さんと言葉を交わせていない。
何となく居心地悪く感じている僕はというと…
「お兄ちゃんってば、心っていう存在がいるのに他のお姉ちゃんと仲良くしてるんだよぅ…酷くない?」
「なっ!?そんなの…ふ、ふけちゅですっ!やっぱりこの方だけでも“つーほう”しなければ…」
「ふぁあ…わたくし、知ってます!そういった殿方を世間では“ぷれいぼ〜い”というのですよね!」
「ひとまわりも歳の離れた異性を誑かす……変質者と見てまず間違いないわね」
この時代のミニ学園生たちに絶賛罵られ中であります…。というか、完全にこの子たちの世話を押し付けられたってことだよね?どうやらこの時代の僕と転校生くんには遭遇出来なかったし、そもそも誘拐事件があったことすら知らなかった僕は基本的には蚊帳の外であるわけで、今頃転校生くんたちが事件を止めるための対策を考えているのだろう。それまで僕の仕事は目の前のお子様たちから目を離さないこと。たとえ目の前で蔑まれていても。
「違うの!お兄ちゃんはそんな人じゃないもん!お兄ちゃんはカッコよくて強くて心を悪い人から護ってくれて、でもちょっとだけ強引で乙女心もわからなくてデリカシーもないけど…とってもステキなんだからっ!浮気は男の人のかいしょーだから、いいの!」
心ちゃんが力説してるけど、多分それ間違ってる。浮気はダメ、ゼッタイ。それは世界共通のルールだと思う。心ちゃんが言いたいのは多分『ウチの人はこんなにモテるのよ、でも1番は私。残念だったわね、バイバイ“2号さん”♪』っていうニュアンスなんだろうな。まぁ僕は心ちゃんのモノではないんだけど。
そんなことを考えていると、この時代の冷泉さんがトテトテと僕の前まで走ってきて、なにかを決心したかのように話しかけてきた。
「あ、あの…お兄さんは“まほうつかい”なのでしょうか?」
「え?あー、まぁ一応そうなるかな。と言っても、特にこれといった魔法は使えないけど」
「つい先程、まほうつかいのお姉さんに聞きました。まほうつかいは出会ったばかりのわたくしたちのことを、なんでもおみとおしだと!それは本当でしょうか?」
「うっ…そ、それは…」
これは弱ったなぁ。多分冷泉さんの言ってることを鵜呑みにしてるんだろうけど、それはあくまで本人だからってことを伏せてるのの言い訳だと思うし…かと言って、ここで変に取り繕ってボロが出てしまうと、せっかく言いくるめた冷泉さんたちに迷惑かけることになるし…ここは話を合わせておくか。
「…あぁ、そのとーり。僕たち魔法使いには何でもお見通しなのじゃ、うぉっほん」
僕はそう言って、生えてない髭をなぞる仕草をして誤魔化してみる。って、こんなで騙せるわけないか。
「ふぁあ…まほうつかいさん、やっぱりすごいですぅ!なんということでしょう…まさかわたくしがいま着けてる…し、下着の色なども…?」
「…僕の口からそれを言わせるつもりかい?」
「は、はふぅ…お、お恥ずかしいかぎりですぅ…」
自分で言って恥ずかしがるなんて、本当に素直というかドのつくM気質というか。思わず僕も罪悪感からそっぽ向いてしまったよ……それに僕は一言も知ってるとは言ってないぞ、誓ってもいい。
「…ねぇ、あなた」
冷泉さん(子ども)がすっかり現実と空想の向こう側へ旅立ってしまったところで、今度は後ろからくいっと制服の裾を引っ張られる。振り返ると結希さん(子ども)が警戒の念を込めた視線を僕に送っていた。
「結希…さん、な、何かな?」
「…なぜ敬語をつかうの?あなたはわたしよりも歳上でしょう。この場合、それは不適切よ」
「…常識がなくて、悪かったね」
子どもに正論かまされる僕って、どういうこと…?
「まぁ、それはいいわ。単刀直入に聞くけど、あなたと向こうのわたしの関係は何?ただの顔見知り?クラスメート?恋仲?」
「…どれもハズレ。正解は研究者とモルモットの関係さ…あっ、モルモットはもちろん僕ね」
結希さんとの関係なんて、側から見ればそんなもんだろうと皮肉めいたことを口にしてる。よく考えれば最初からわかってたはずなのに、誰が素性もわからない見知らぬ人間を進んで保護したがるお人好しがいると信じていたんだ?
そんな僕の考えとは裏腹に、結希さん(子ども)は別の答えを口にした。
「そうかしら?わたしには別の答えを感じられたけど。たしかにあのわたしはなかなかに気難しい女みたいだけど、それでもすこしだけ“人間”であるところを見せてくれたわ」
「えっ?それってどういう…」
「向こうのわたしは自分が未来のわたしであることを証明するために、他の誰も知り得ない自らの“恥”を晒したわ。あなた、夜尿症って知ってる?」
「……や、やにょーしょー?」
「…あなた、本当に大人なの?いわゆる“おねしょ”のことよ。わたし、これでもいちおう女の子なんだから、あまり恥かかせないでよね」
「…ついでに学とデリカシーも無くて悪うございましたっ」
もうやだこの子ども。話せば話すほど自分の馬鹿さ加減が露呈されていく。それもほとんど無表情で淡々とチクチク責めてくるから言い返せないし…。
見るからに肩を落としている僕の滑稽な姿が面白かったのか、結希さん(子ども)は少しだけ頰を緩めた様子で“ついでの話”をしてきた。
「…えぇ、そうね。それにさっきのあなたの推察は間違ってるわ。実はもう1つ、自分の恥を話してくれたの。何か知りたい?」
「えぇ…?いや、もうそういうレベルになってくると逆に知ってることの方が少ないくらいだし…因みにヒントとかは?」
「…仕方ないわね。あなたは特に頭の出来が悪いみたいだから、特別に教えてあげる。ヒントは同世代の女性との違いよ」
なんかすっごく残念なものを見る目で僕のことを小馬鹿にされた気がするけど、今のでなんとなくわかったと思う。
「もしかして、もっと女の子らしく…とか?」
「…まぁ、おまけの合格ってところかしら。流石にあなたでも心当たりがあるみたいね」
おっ、なんか一応正解っぽい。でも、自分で言っておいてその中身までは僕も把握できていないのが現状だ。すると、その様子を察したのか詳細な情報を補足してくれた。
「正確には“もっと人間らしく”だそうよ。自分がもっと人間らしく生きていれば、心の機微にも敏感に反応できただろうし、“ヒト”を造るという願いもより早く達成できるかもしれない。そしてなにより、あなたとの関係を修繕させることが出来るのに…ってね」
「えっ…!?」
僕は驚きと混乱を隠せなかった。あの研究にしか目がなかった結希さんが、僕との関係を戻したがっている?そんな、そんなことがあり得るのか…!?だって、今まであの人は…そんなこと1度だって言ってくれなかった。あの日僕が結希さんの元を離れてから、今の1度も…。
「…信じられないって顔ね。わたしだって本当かどうかたしかな証拠は1つも持ってないもの。でも、あの人の顔をを見て、多分嘘は言ってないと思うわ。これは…おんなの感、ってやつかしら」
「おねしょしてるのはわからないのに、それはわかるのかい?」
「…やっぱりあなたって、嫌い」
むすっとした視線を僕に向ける結希さん(子ども)。今のはちょっとからかいすぎたかな?でも、それ以上は多分僕が自分で気がつかなきゃいけない気がするんだ。
「ごめんな。僕は君みたいに頭のいい人間じゃないから、答えに辿り着くのに沢山時間がかかるんだ。だから今はこれで許してくれよ」
僕はしかめっ面の彼女の頭に手を乗せる。てっきり拒まれると思ったけど、意外にもその手が払われることはなく僕の手には彼女の柔らかな髪の感触が確かにあった。一頻り終えたところで手を退けると、結希さん(子ども)は元の無表情に戻っていた。
「…わたしが28になったとき、そっちのわたしが必ず会いにくるといった。そっちにはその手段があるんでしょ?だからあなたも来て。そのときまでに答えを出せなかったら、このしかえしをしてあげるから」
「…あぁ、必ず」
僕たちは奇妙な約束を交わす。それは来たるべき遠くない未来の裏世界、そして表世界へ希望を繋ぐために。
あの後、結希さんたちの作戦通りに無事に連続誘拐事件を起こそうとしていた男たちを逮捕することができた。結局犯人は最初に心ちゃんを攫おうとしていた間ヶ岾とその仲間で、しびれを切らした結希さん(子ども)がわざと彼らの前に現れて自分を誘拐するよう挑発したんだとか。一歩間違えれば彼らに危害を加えられていたというのに、本当天才の発想っていうのは僕みたいな凡人には理解し難いよ。
無事に警察に犯人たちの身柄も引き渡し、各々子ども時代の自分たちに別れを告げ、僕たちは再び現れた霧の嵐に飲み込まれた。
「…戻ってきた、わね。全員いる?」
「はい、今回は転校生さんもちゃんと…あら?JCさんの姿が見えませんが…?」
「彼だけ違う場所に出てしまったのかしら…?」
「そんなはずは…。デバイスで連絡を取ってみます!」
紗妃さんが僕のデバイスへ連絡を試みる。でも、そのデバイスに僕が出ることはなかった。なぜなら今僕のデバイスを持っているのは僕じゃないからだ。
『…はい、冬樹です』
「ふ、冬樹さん!?どうして貴女がそのデバイスに…っ!」
『訳あって、JCさんのデバイスを拝借してました。あと、先程から彼の姿が見えないのですが…』
「えぇ!?彼は霧の嵐に巻き込まれて裏世界に…私たちと一緒に帰ってきたはずですよ!!」
『…それは、本当ですか?彼が消えたとされるこの図書室から、出入りした形跡はありません。常に私が居ましたから』
「そ、そんな…じ、じゃあJCさんは、まさか…!」
紗妃さんのひどく怯えた様子を察した心さんが、隣にいた結希さんにことの重要性を認識させる。
「…博士、彼はもしかして…」
「えぇ、再び霧の嵐に巻き込まれた可能性が極めて高い…!それにゲートと違って年代や場所が特定できない以上……こちらから探して見つけ出すのは、不可能に近いわ」
【
政界に幅を利かせている冷泉家の箱入り娘。家から一歩も出ないという恐るべき過保護で育てられたため、家庭教師に教えられたこと以外、世間の常識を何も知らない。本当に何も知らない。好奇心が強くなんにでも興味を持つので、優しく教えてあげよう。立場は違えど育ってきた境遇は全くと言っていいほど同じJCとは、変な意味で同胞の関係。