グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い 作:自由の魔弾
【ヴィアンネ教司会】から派遣された魔物退治のエキスパート、らしい。正確には生徒ではないが、みんなと一緒に授業を受けて魔物討伐にでかける。狂信者っぽい一面を垣間見せることもあるが、異教に対しておおらかな面もある。気分で変わるのか、それとも…。とにかく胸は凶器(B98)
「じーっ…」
「ねぇお兄ちゃん。なんでこのお姉ちゃんはお兄ちゃんのこと、睨んでるのぉ?あっ、もしかしてお姉ちゃんに何かしたんでしょ!」
「さ、さぁ〜何でだろうねぇ?あは、あはは…」
薫子さんの鋭い視線を向ける僕に何の気なしに問いかける薫子ちゃん。その問いかけに対して、僕ははぐらかすしかできなかった。
ここで僕たちの状況を確認しておこう。僕たちは今、ガールスカウトで来た子ども時代の薫子さん(呼び分けるために薫子ちゃんとする)から話を聞くために近くのキャンプ場に訪れていた。他にもこちらに飛ばされた人がいないかそれとなく聞いてみたけど、直前まで一緒にいた虎千代さんと聖奈さん以外はわからないらしい。というよりそれ以上は怖くて聞けない。ただ、会ってからずっと小さく唸って恨めしそうに僕を睨んでいる薫子さんは……可愛い。
そんなことを考えていると、本人からきつ〜い言及が襲いかかってきた。
「ちょっとJCさん。“何で”ですって?貴方、ある日突然私たちに理由も告げず避けるような行動をとった。そんなことをされて私たち…いえ、私がどんなに悲しい思いをしたか分かりますか?」
「…えっ、あぁ、それは…」
口元をキュッと強く結び潤んだ瞳で僕にそう訴えかける薫子さん。きっとそれは本心から出た言葉であり、ずっと前から言いたくても言い出せなかった言葉であることを理解してしまい、思わず返答に困ってしまう。だがしかし、少なくとも生徒会や結希さん、アイラさんは初めは僕を意図的に管理しようとしていたはず。だから尚更のこと、生徒会側であるはずの薫子さんの心が理解し難いのだ。
すると、そんな問答を間近で見ていた薫子ちゃんが、突飛な発言を繰り出した。
「?…あーっ!かおるこ、わかっちゃった!お兄ちゃんとお姉ちゃん、恋人さんでしょう!」
「…どこを見てそう思ったのでしょうか?ぜひ教えて下さい」
薫子ちゃんの突飛な発言にげんなりしつつも、心なしかさっきより表情に花開いた様子の薫子さん。今のどこにそんなきっかけがあったのだろう…?
「えっとね、かおるこ、いろんな大人見てるけど不思議なの!だってね、けんかしてる人のほうが仲良さそうなんだよ!それでお兄ちゃんとお姉ちゃんも今けんかしてるでしょ?だから仲良いの!」
そう言ってニヘヘ〜っと屈託のない笑顔を見せる薫子ちゃん。何というかこの子は、本当に怖いもの知らずというかおませさんというか…薫子さんも「意外と勘が鋭いみたいですね」ってちょっと驚いているし。でも、前のパターンから他の学園生と合流した場合に、僕たちが恋人だ〜って感じで騒がれても困るから、ちゃんと訂正しておこう。
「あのね、薫子ちゃん。僕たちは別に喧嘩してるわけじゃないんだよ。ただちょっと色々あってすれ違ってたってだけで」
「そ、そうです。私はJCさんを心配していただけで決して怒っているわけじゃありませんし。ま、まぁ…学友としてお慕いしているのは、間違っていないですけど…」
「えっ、何ですか?後半ちょっと聞き取れなかったんですけど」
「…やっぱりちょっと怒ってますっ。JCさんは反省するべきだと思います!ふんっ」
えぇっ?!薫子さんが急にゴニョゴニョしだしたんじゃないか!あの声の小ささは緑の状態じゃないと聞き取れないだろうに…理不尽すぎて泣けるぜ、まったく。
「な、何で怒ってるんですかぁ!?あ、あぁ…どうしよう?!機嫌なおしてくださいよぉ…」
ツーンとそっぽ向いてすっかりご機嫌斜めの薫子さん。久々にこの姿見たけどこうなると結構長いんだよな…ってなことを思っていると、不意に僕の右手が掴まれた。
「えっ、薫子ちゃん…?」
「一体何を…きゃっ!?」
同様に薫子さんの右手を掴んで引っ張って、二つの手を近づけあいお互いの小指を立てて組み交わそうとする薫子ちゃん。不審に思い薫子さんと視線を交わすも回答は“様子を見る”だった為、特に抵抗することもなく彼女の思うようにさせてみた。すると、彼女によって絡み合わさった僕と薫子さんの指の形はある意味を成すものになっていた。
「薫子ちゃん…これって」
僕の問いかけに対して、薫子ちゃんは満面の笑みを浮かべながら答えた。
「"仲直りの指切り”だよっ!けんかしたあとは小指と小指を結んで、ちゃんとごめんなさいするんだよ?そしたら、もっとも〜っと仲良くなっちゃうのっ!」
その言葉に暫くの間呆気にとられる僕と薫子さんだったが、顔を見合わせると不意にどちらからともなく笑いが込み上げてきてしまった。相手に対する不信感とか気まずさとか、そんなのを気にする前にもっと簡単でわかりやすいことがあったじゃないかと。喧嘩をしたらごめんなさいと謝る、ただそれだけでいいのだ。
「薫子さん…すみませんでしたっ!僕はいつからか誰もかれもが信じられなかなってました。みんなが僕に優しくする度に、戦うためだけの魔法使いにする為に洗脳してるんじゃないかとさえ考えるようになっていって…」
僕は日頃から猜疑心を感じていたことを打ち明けた。最早幻聴・幻覚まで現れる段階に発展してしまっているこの症状から打開するには、一刻も早くその原因を潰して心の均衡を保つことが先決だからだ。僕の独白を全て聴き終えた薫子さんは、次第にその重い口を開いた。
「…そうだったのですか。確かに貴方の目には、私たちの思惑や行動はそういう類のものに見えても不思議ではありませんわね。実際、私たちは当初、JCさんの力を利用しようと暗躍していました。そのことはどれだけ謝罪しても足りません。ですが…」
薫子さんは組み交わしていた指を離し、そのまま僕の身体を強く抱きしめた。
「よく、帰ってきてくれましたね…私にとって本当に、これ以上にない幸せです。うぅ…うわぁぁあん…っ!」
肩越しに大粒の涙をボロボロと流して、抱きしめた腕により一層力を込める薫子さん。子どものようになりふり構わず大声で泣き喚く薫子さんの身体を、僕はそっと優しく抱きしめ返す。きっと顔は涙で濡れていて、せっかくの美人も台無しになるくらい酷い顔をしているだろう。でも、それは僕と薫子さんがどれだけの時間を欠落させてきたかを表していると思えば、彼女が気の済むまで泣き続けるのも僕がそれを秘密として胸に秘めるのも当然の権利なのかもしれない。そう考えれば、さっきまで暗雲立ち込めていた僕の心は優しさに満ち溢れ、彼女が泣き止む頃には嘘のように晴々としたものになっていた。
「お〜い!JC!薫子!アタシをどうにかしてくれ!」
暫く経って、僕たちの居るキャンプ場に見知った人物の助けを求める声が聞こえてきた。声の聞こえた方向に視線を向けると、何やら追われてる様子の虎千代さんとその後ろから虎千代さんを追いかけ回している小さな子どもの姿があった。
「まぁ、勇ましい…会長は幼い頃から凛としていたのですね」
僕の横で薫子さんが微笑ましい光景を見ているような柔らかい笑顔で子どもの虎千代さんを褒めていた。いやいや、虎千代さんが珍しく助けを求めてるんだからそんな悠長なこと言ってる場合じゃないって。
「かっこい〜…」
更にその薫子さんの横で、ぽぅ〜っとした表情で子どもの虎千代さんに見惚れていた。そ、揃いも揃ってこの女の子達は〜っ!!
二人ともほのぼのしててまったくと言っていいほど動く気配がないので、消去法で僕が止める羽目に。
「しゃーなしだなぁ……こらっ!」
僕はこっそりと忍び寄って首根っこ掴んで軽々とつまみ上げた。吊るし上げられた子どもの虎千代さんは空中でジタバタ暴れまわっているけど。
「後ろからなんて卑怯だぞ!正々堂々戦えっ!」
ガルルル〜っとこちらを睨んでいる子どもの虎千代さん。これどうすればいいの?と視線で訴えてみると、虎千代さんは少し落ち着いた様子で答えてくれた。
「ふぅ…ありがとうJC、助かった。しかし、なんとか騒ぐのをやめてもらわないとな。前回のように誘拐犯と間違えられても面倒だ」
「そうですわね…せめて私たちの話を信じてもらえれば話が早いのですが、正直に名乗り出ても恐らく信用してくれないでしょうし…」
虎千代さんと薫子さんが頭を捻って唸る。そういえば毎回この説得には苦労させられてるんだっけ。僕自身はまだ過去の自分と会えてないから、その感覚はわからないけども…あれ、そういえば薫子さんの話だと転校生くんもこっちに飛ばされてきたらしいけど、まだ合流出来ていないから少し心配だ…。
そんなことを考えていると、近くの草叢の中からなにやら蹲った様子の転校生くんが這って出てきた。
「て、転校生さん?!一体何が…」
薫子さんが慌てて駆け寄るも、転校生くんの状態は明らかに異常だった。全身の至る所に怪我を負っている様子はなく、ただ青ざめた顔で股間を手で押さえている…んっ、股間を?
「すきありっ!」
一瞬反応が遅れた。僕が思慮深く考え込んでいる最中で、手中に収まっていた子どもの虎千代さんが拘束を解き、間髪入れずに僕の急所を目掛けて大きく蹴り上げた。
ズドンッ!!
その時世界は止まった。いくら肉体強化が施された魔法使いと言えど、子どもの蹴りひとつでどうこうという問題はない。しかしながら、初めは鈍い痛みだったその一撃も次第に強烈な痛みに変わっていき、最終的には声にもならない声でその場で蹲ってしまった。
…早い話が“金的”である。この痛みは僕にとって空前絶後の一撃であるのだ。ぁああああっ!!?痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいぃ!!?ま、まさか…転校生くんも奴に?
そう思い僕はなんとか首だけを転校生くんのほうに向ける。すると、アイコンタクトが通じたのか彼は僕に意思表示をしてきた。
「……」←青ざめた顔で冷や汗を垂らしながらサムズアップしてる。
あ、あの悪魔ガァアアアア!!
「どうだっ!悪の手先を二人も倒したぞ!この虎千代がいる限り、悪い奴の好きにはさせないっ!」
子どもながらに堂々とファイティングポーズをとっている子どもの虎千代さん。その後ろで地面に倒れ伏している僕と転校生くんがまるで引き立て役のようだ。すると、さっきまで惚気ていた薫子ちゃんがとてとて〜と近づいてきて、激痛で動けない僕に対してとんでもない暴挙を繰り出した。
「お兄ちゃん、ここが痛いの?かおるこが触って治してあげるっ!だから脱ぎ脱ぎしてっ」
『っ?!』
こ、この子は何を言ってるのか分かってるのか?この子は僕に対して公衆の面前で下半身を晒して僕のアソコを触診するって?そんなことしたら警察に捕まっちゃうでしょーが。とは言え今も尚激痛でまともに言葉をかわせない僕は抗議のメッセージを送れないし、そして同じく激痛で動けない転校生くんにも期待は出来ない。となると、もう頼みの綱は良識ある生徒会の長たる虎千代さんと薫子さんに賭けるしかない。賭けるしかないんだけど…。
「だ、大事に至ってはいけませんものね。ここは適切な処置を施さないと…仕方なくです、仕方なく。その子では適切な対応が出来ないので、多少なりとも知識を有している私がやるしか…け、決してJCさんの…が見たいという訳では…!」
「JC…すまん!こうなった薫子はアタシでも止められない。せめて見えないようしてやるから…許してくれ」
「…?なにみんなして固まってるんだよ。こらっ!無視するなっ!」
お、おいおい…じゃあ何か?僕は便宜上同年代と歳下の女の子たちに自分のナニを見せろって?そんでもってそれは転校生くんも同じ条件であるわけで、同様にブツを晒されると?グリモアの数少ない男子生徒が二人揃って晒し者?冗談じゃない。
「薫子ちゃん…ちょっとちょっと」
「なぁに〜?」
本人にだけ分かるように軽く手招きして呼び寄せると、薫子ちゃんの耳元で囁いてみる。
「(どうやって治すつもりなの?まさか本当に触るつもり?)」
すると、急に可愛らしい声色で驚いた様子の薫子ちゃん。どうしたんだろう?
「ひゃっ!?あっ、ごめんなさい…お兄ちゃんの息が耳にふーって当たったからびっくりしちゃった。えへへ…」
さっきまでの余裕のある薫子ちゃんの姿はなく、代わりに少し恥ずかしそうに頰を赤らめた薫子ちゃんの姿があった。もしかしてこの子は…?
「(薫子ちゃん、もしかしてきみ……“耳が弱い”の?)」
その言葉にビクッと体を震わせた薫子ちゃん。よく見るとうっすら冷や汗をかいているみたいだけど…これはまさかの展開だ。
「そ、そんなことないよぉ!いきなりだったからびっくりしただけ「へぇ〜…かぷっ」ひゃう!?い、いじわるしないでくださいぃ…!」
強情張るもんだから軽〜く甘噛みしてみたら顔を真っ赤にしてすぐに白状した。最初から素直に認めれば良いのだ、まったく。しかし、こうなってくると立場は逆転するなぁ。さっきまでの行為は他の人たちには立ち位置的な意味でバレていないみたいだし、ここで上手く交渉すれば僕と転校生くんの命は助かるかもしれない。責任重大だな。
「(だったら何もしないでいてくれる?そしたらここは攻めないであげるよ)」
薫子ちゃんの頰に手を添え、何回か指先でその小さな耳に触れたり時折摘んでみたりして半ば脅迫のように囁く。そうする度に「あうっ!」とか「ぴゃっ!」とか最早ちょっとしたおもちゃと化していた。すっかりと頰を紅潮させて目を潤ませながら懇願するようにこっちを見つめていた。心なしか僕が触れるのを待っている…?そんなわけないか。
「(いい子だから、おとなしくしてくれるよね?)」
こくこくと頷く薫子ちゃん。完璧に力関係が逆転したな、これ。僕は詐術の方法を耳打ちで伝えると、薫子ちゃんはその通りにやってくれたさ。
「い、いたいのいたいの…とんでけ〜っ」
その行為自体に治癒的な意味は無い。でも、気持ちとしてはこれ以上ないほど癒された感は否めない。あと、うちの愚息が晒されずに済んで良かった。
「さんきゅ、薫子ちゃん。おかげで助かったよ」
僕は薫子ちゃんの頭の上にぽすっと手を置いた。ちゃんと言うこと聞いてくれる素直ないい子にはご褒美をあげないと。
「あっ…」
身を起こしてゆっくりと手を伸ばすと、薫子ちゃんはまた悪戯されると思ったのかビクッと目を瞑るけど、すぐにそうじゃないと分かるとゆっくりと目を開いて僕の方をジッと見つめた。
少し乱暴に撫でまわすと、それに合わせてなのか目を細めたり気持ちの良さそうな声を漏らしていた。
「むむむ〜…っ!」
「お、おい薫子…何唸ってるんだ?」
…なんか薫子さんがこっちを見て不穏なオーラを放ちながら睨んでる?のを虎千代さんが宥めていた。やっぱり過去の自分とはいえ、安易に触れられるのは嫌だったのかな?仲直りできたからってちょっと調子に乗っていたか…反省しなきゃだ。
僕は薫子ちゃんの頭からパッと手を離すと名残惜しそうに目で訴えてくるので、転校生くんにも同じことしたらきっと撫でてもらえるよと伝えると渋々といった様子で転校生くんのところに向かっていった。
「さてと、虎千代さん!ちょっと手加減できそうにありませんけど、やっちゃってもいいですか?」
必死に薫子さんを宥めていた虎千代さんに確認をとる。
「えぇ?あ、あぁ…可能なら怪我だけはさせないでほしいのだが、なんとか出来そうか?」
「…ちょっと泣かせちゃうかもしれませんよ」
すると、構わんというメッセージを目で訴えてきたので、さっきの恨みも込めて俄然やる気で子どもの虎千代さん(もう面倒だから虎千代ちゃんと呼ぼう)の前に立ちはだかった。
「な、なんだよ…虎千代の正義の拳を受けてみろっ!てやぁ!」
ほいっ。
「はぁっ!」
そらっ。
「くっそーっ!これでどうだっ!」
ぼすっ。お腹に軽い衝撃が襲ってくるもまったく痛くない。やっぱりただの子どものままなのか…よし、今度はこっちの番だ。
「うわっ!?な、何するんだっ…うひゃ!?」
鍛え上げた腹筋で受け止めた虎千代ちゃんのパンチを逆手にとって、そのまま体の後ろに腕を回すようにして拘束する。もちろん最低限の力を込めて怪我をさせないように気をつけながら背後から虎千代ちゃんの身体を抱き抱えるように腕を回して、そのまま虎千代ちゃんの脇腹を徐ろに擽り始めた。
「あははは!あははははははっ!!や、やめろーっ!!」
威勢の良い声を上げているけど、僕の擽り攻撃にやられっぱなしの虎千代ちゃん。男の大切な部分を攻撃した罪は重いのだ。それも二人分もだ。
「どうだ!まだ負けを認めないか?」
「だ、だれが悪にくっするものか「よっしゃ!フルパワーで擽り攻撃続行じゃああ!」えっ、ちょ、ちょっと待っ「おりゃおりゃおりゃああっ!!ここか!ここが気持ちいいのかぁ!」あははっ!?ぎ、ぎぶ!ぎぶあっぷ!だからもうやめてぇ〜っ!!」
僕、WIN。虎千代ちゃんは身体をひくつかせながら仰向けで大の字になって倒れた。素直に負けを認めればこんなに苦しまずに済んだのに。ワンサイドゲームだと少し悪い気もするから、ちゃんとノーサイド精神で介抱しましょうね。
「おらっ、寝てないで早く起き上がりんしゃい」
「うーっ…」
僕が倒れてる虎千代ちゃんに手を差し出すも、やられたことがよっぽど悔しかったのか一向に手を取ろうとしない。こ、この子はまぁだ強情張ってるな?よぉし…。
「…へっ?うわぁ!」
僕は虎千代ちゃんの両脇の下に手を入れて身体ことヒョイと持ち上げると、寝転んだ時に汚れたのかズボンのお尻のところに土汚れがついていたので、手で払ってあげた。
「うひゃあ!?ど、どこ触ってんだよ!ちょ、やめろって?!痛っ!痛いからっ!」
「こらっ、暴れるなって!汚れ払えないだろ!」
スパンスパーンっと小気味の良い音が虎千代ちゃんのお尻から鳴り響く。お仕置きのため絶対に逃がすわけにはいかない、それほどまでに虎千代ちゃんの罪は重いのだ。その光景を見ていた虎千代さんたちがドン引きしているけど、だからといってお仕置きの手を緩めたりはしないぞ。何度もお尻でビートを刻んでいると、それが終わる頃には虎千代ちゃんのお尻は薫子ちゃんがズボン越しに触れた時の反応から紅蓮に染まっていることが分かったので、これで今回の件は水に流そう。
とにかく今回の件で僕も周りもわかったことは“大人子ども関係なく僕は怒ったら手加減なし。倍にして仕返しされる”
「えっ、春乃さんが?」
「えぇ、どうやら彼女もこちらに飛ばされてきたようです。それと何故かディオールさんも…と言うか、過去の私にとはいえあのような非道な真似をするなんてっ!まだ許したわけじゃないんですからねっ!」
あの後、学園から連絡を受けた僕たちは再び学園生捜索にかられていた。その道中の薫子さんとの会話で春乃さんが過去の世界に飛ばされてしまったことを聞かされたんだけど、なぜかまたさっきの出来事に話が戻ってしまう。よっぽど根に持ってるんだなぁ、薫子さん…。
「そ、それは本当にごめんなさいです…。それにしても、薫子さんの弱点が耳だったなんて知りませんでしたよ」
そう言いながら依然としてご機嫌斜めの薫子さんにバレないようにそ〜っと耳に触れようとすると、気配を感じ取ったのかバッと手で両耳を覆って僕の方をキッと睨む薫子さん。
「JCさん…その手はどうするつもりなんですか?まさか私にも同じことをする気じゃ…」
…ちっ、運の良い人だ。まぁせっかく話せるようになったのに、嫌がることしてまた不仲になりたくないもんな。ここはおとなしく引き下がろう。
「冗談です。だからそんなに警戒しないでくださいよ。僕だっていきなりそんな馴れ馴れしくできませんから」
僕があっさり引き下がったのが意外だったのか、少し残念そうな顔をする薫子さん。大丈夫ですよ、そのやりきれない気持ちは今も僕を背後から狙っている虎千代ちゃんにぶつけますから。
「あははははははっ?!やめっ、やめろぉ〜!!」
僕、再びWIN。後ろから狙うなんてフェアじゃないよって虎千代ちゃんが言ってたのに。そんな悪い子にはお腹擽りの刑じゃ。ぐりぐりぐり〜。
すると、その様子を横で見ていた薫子ちゃんがま〜た突拍子もないことを言い出した。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!かおるこにもやって!」
まるでアトラクションの順番待ちの如く、地面に突っ伏している虎千代ちゃんの後ろに立ってわくわくしている薫子ちゃん。しかし、それを良しとしないもうひとりの薫子さんがじとーっとした目で僕を見ているので、おいそれと簡単に許諾なんてできない。
「…そんなことしたら今度こそ薫子さんに殺されちゃうよ〜。それに薫子ちゃんは虎千代ちゃんと違って後ろから奇襲とかしない良い子だから、そんな子に悪戯できないよ」
そう言いながら僕は薫子ちゃんの頭の上に手を乗せて何とか誤魔化す。最初のうちは撫でられて気持ち良さそうにして上手く誑かされていたけど、すぐに目的を思い出して可愛らしいしかめっ面をしながら僕に抗議する。
「ぶ〜っ!今お姉ちゃんは関係ないでしょ!それにかおるこ、お兄ちゃんが思ってるほど良い子じゃないもん!えいっ」
ぽすっ。虎千代ちゃんよりも更に力のないパンチが僕のお腹に決まる。えっ、これどうすればいいの薫子さん?
「(…わかってますよね?JCさん、わかってますよね!?)」
うん、何言ってるか全然分からないけどすごく必死で訴えてきてる!たぶん、何もするなってことだよね。よしっ、こうなったらテコでも動かないぞ。
「えいっ、うぅ…やぁ!」
ぱすっ、ぽすっ。ふはははっ、そんなへなちょこパンチじゃ僕は倒せないぞ。おっ、今度は助走をつけて殴る気だな?よーし、しっかりと受け止めてや…って、何で何もないところで転ぶ!?
「ち、ちょっと大丈夫!?怪我してない!?」
慌てて駆け寄って倒れてる薫子ちゃんの身体を抱き起こす。パッと見た感じだと手とか足とか擦りむいたりはしてないみたいだけど…。
「うん…たぶんへいきだとおも…痛っ!」
「だいじょうぶかぁ?うわっ、これひどいな〜」
虎千代ちゃんが薫子ちゃんの右足を見てそう呟く。それにつられて確認すると、どうやら転んだ拍子に右足を捻ったらしく患部が赤く腫れてしまっていた。
「だ、だいじょうぶ!かおるこ、じぶんでちゃんと歩けるもんっ!」
僕の手から離れて意固地になって自力で歩こうとする薫子ちゃんだったけど、当然痛みでまともに歩けるはずもなく再び転びそうになる。しかし、今度はちゃんと直前で受け止めて事なきを得た。
「簡単な処置ですまないが…薫子、回復魔法を!」
虎千代さんの正確な指示を受けて、薫子さんが回復魔法を使って足の怪我を治癒させていく。すると、先程までの腫れが嘘のように消えていった。
「ふぅ…これで痛みは消えたはずです。しかし、初歩の回復魔法なので効果はかなり薄いと思います。大事をとって暫くの間、自力での歩行は控えて後でお医者様にちゃんと診てもらったほうがいいでしょう」
「なら、アタシの出番だな。よしっ、背中に乗るといい。おぶってやろう」
虎千代さんが自ら進んで薫子ちゃんを背負う役目を買って出るように、その場で腰を下ろす。しかし、薫子ちゃんは一向に虎千代さんのところに向かう気配はなく、僕のシャツの裾を掴んで離そうとせず、ただただ僕の顔をジッと見つめて訴えていた。もしかして、これは僕に責任を取れってことか…だったら。
「虎千代さん。その役、僕に務めさせてください」
気づけば自然とそう言葉にしていた。どういう形にしろ本当に悪いと思っていて更に原因に僕が絡んでるのなら、その責めはちゃんと負うべきだ。
「ほら…おいで?」
僕は薫子ちゃんに背中を向けて屈む。すると、少し遅れて背中に小さな重みを感じ、そのすぐ後に首に腕が回された。
「…遅れて申し訳ありません。さぁ、早く春乃さんたちと合流しましょう」
僕の合図を受けた一行は再び学園生との合流を目指して歩き出した。虎千代さんと転校生くんが先行して捜索を続けてくれていて、僕の背後には過去の自分を心配してなのか薫子さんがしんがりを務めてくれていた。すると、僕に背負われている薫子ちゃんが唐突に閉ざしていた口を開いた。
「…お兄ちゃん、ごめんなさい」
それは謝罪の言葉だった。きっと僕に背負わせていることに多少なりとも罪悪感を感じているのだろうか。もしそうならばそれは間違いなくお門違いだ。
「何言ってんの、謝らなきゃいけないのはこっちだよ。こんな怪我させちゃって…本当にごめん。だから薫子ちゃんが責任を感じる必要なんてないよ」
「お兄ちゃん…」
表情に陰りが見えていた薫子ちゃんだったけど、そんな顔はしてほしくない。“ニコニコ笑顔はいい子の証”って言うじゃないの。なら本心からこの子を笑顔にさせてあげないとな。
「薫子さん、笑って!」
「えっ?私、ですか…?」
「いいからっ!ほら、めっちゃ笑顔してみてください!」
「は、はぁ…えっと、じゃあ……にこっ」
僕に急かされて渋々はにかむ薫子さん。うん、元々美人さんだからものすごく可愛らしいけどそうじゃない。見たいのは微笑む程度じゃなくてがっつり笑顔なんだ。でも予想通りの反応をしてくれてありがとう!おかげで話が持っていきやすくなったよ。
「違〜う!!恥ずかしがっちゃ駄目ですっ!笑顔は素敵に麗しく!薫子ちゃん、お手本見せちゃれ!」
「にこにこーっ」
僕に促されて満面の笑みを見せる薫子ちゃん。それに対して気圧されるように顔を引攣らせる薫子さん。
「ほらっ、薫子さんも一緒に!にこにこーっ!」
「にこにこーっ!」
僕と薫子のWニコニコ攻撃にたじろぐ薫子さん。きっと心の中で素直にやるべきなのかプライドが許さないのか葛藤してるんだろうなぁ。でも絶対に逃がさん。
にこにこーっ!にこにこーっ!にこにこーっ!にこにこーっ!
暫く続けていると、漸く折れたのか深〜くため息を吐いて降参の意思表示をする薫子さん。僕たちの粘り勝ちじゃ。
「…はぁ〜、わかりました。やりますよ、やればいいんでしょう………に、にこにこ〜」
顔を真っ赤に染めて羞恥の限りを尽くし最高の笑顔を見せる薫子さん。それを見た僕と薫子ちゃんは一切の言葉を失った。創り上げられた完璧な笑顔、しかしそれはプライドの全てを投げ捨てた代償に完成した笑顔でもあった。それを笑おうものなら即座に殺すと念押しされているも同然だった。
…とりあえず写真に収めておこう。パシャパシャ。
「なっ!?なんで撮るんですか!すぐに消して下さいっ!!」
鬼神の如く迫ってくる薫子さんに生命の危機を感じた僕は、脱兎の如く逃げ出した。
「やばい!?薫子ちゃん、走るからしっかり掴まっててよ!」
「はーい!お兄ちゃん、がんばれ〜♪」
激走、開始ですわ。
「…で、あんたいつから子持ちになったの?」
春乃さんとの合流後、開口一番のセリフがこれである。もっと他にも言うべきことはあると思うんですが…本当に秋穂ちゃん以外のことは眼中にないんだな、この人は。
「この道中に色々あって、僕が面倒みてるんですよ。ほら、右足を怪我してるでしょう?」
「はぁ…?どこよ、それ」
僕は背中に背負っている薫子ちゃんの右足部分が見えるように春乃さんの方に向ける。でもその痕跡は見当たらず、そういえば回復魔法を使って治したことを思い出す。いや、だってずっと肩口で痛くて歩けな〜い、おんぶして〜って囁かれ続けたから…。
「ふ〜ん、そうなの……えいっ」
「にゃーっ!?」
あっ、春乃さんが薫子ちゃんの右足を思いっきり握ってる……って!?ちょっと待ちんしゃいよ?!
「は、春乃さん?!そんなことしたら薫子ちゃんに激痛が………来てない。あれ?」
待てども待てども薫子ちゃんから悲鳴は聞こえてこなかった。代わりに小刻みに震えながら必死に笑うのを我慢していた……えっ、なんで?
と思ったら、春乃さんが薫子ちゃんの足を擽っていた。ま、まさか…!?
「そ、この子の仮病にあんたは騙されてたのよ」
か、薫子ちゃんめぇ〜…僕を騙したのかぁ!もう許さん!
「へぇ?うわぁ!?」
僕は薫子ちゃんを空中に投げ飛ばすとその場で後方宙返りをして、落ちてきた薫子ちゃんを体の前で抱きとめると、贖罪という名のお仕置きを開始した。
「なんで嘘をついた〜?このこのこの〜っ!!」
「きゃ〜っ!?耳は!?耳だけはぁ!?」
片方の腕で逃げられないようにガッチリとホールドし、もう片方の腕で弱点である薫子ちゃんの耳を撫でたり摘んだり擽ったりの地獄攻め。そして、今回はもひとつおまけじゃ。
「特別にさらなる地獄を味あわせてあげよう!喰らえ!裏世界で毎日恋に喰らわされ続けて会得した…“秘技・
薫子ちゃんの耳にかかっていた髪の毛を退けて、その露わになった小さな耳にかぷっ…と噛みつく(はむはむする)。
「うぁ…お、お兄ちゃん……それ、だめぇ!?」
本当に耳弱いんだな、薫子ちゃん。だが、やめない!はむはむはむーっ!
「あぁ…い〜やーっ!」
「あっ、そうでした。春乃さんに言っておかなきゃですね」
薫子ちゃんがぐったりするまで散々弄り倒して満足したので再び背負い直して、その一部始終を心底どうでもよさそうに見ていた春乃さんに次の裏世界探索に参加する際に実験施設へ向かうチームメイトとして同行してもらいたいと懇願したところ…。
「そう…まぁ、早い段階で話をまとめたのには礼を言うわ。その分だけ秋穂を霧の侵食から解放する準備が整えられる」
その言葉と同時にグッと拳を強く握り締める春乃さん。待ちに待った展望が漸く見えてきて、俄然気合いが入っているみたいだ。
「一応、僕の他に最低三人以上ってのが条件なんですけど…春乃さん以外の残りの人選はどうしましょう?誰か推薦する人は居ますか?」
「そんなの宍戸結希でいいじゃない…あぁ、すぐに名前が挙がらないのには理由があるのね」
うぅ…流石春乃さん。秋穂ちゃんが絡まなければこれほどまでに冷静に話し合いができるとは。
「そうね…ある程度秋穂の現状を把握していて、尚且つあんたに対して協力的な奴っていえば、やっぱり遊佐鳴子かしら?」
「えぇ、それは僕も最初から考えてました。裏に関しては遊佐さんの協力無しにはいきませんから。まだ直接頼んではいませんけど、絶対について来てもらうつもりです」
「となると他には…東雲アイラか」
その人物の名前を聞いた途端、脳裏に最後に会った時の記憶が蘇る。あの時僕はアイラさんが言葉巧みに騙して利用したことを一方的に責めてしまった。勿論それは変わることのない事実だし、故意にしろ偶然にしろ自分たちの言動がそういう結果を招いたことはさっき薫子さんから聞いて裏付けも取ってある。ただ、僕はあの時裏切られたショックからアイラさんの言い訳の一切を聞こうとしなかった。一言でも違う、そうじゃないと理由を僕にぶつけてくれてさえいたら、結果は違ったものになったかもしれない…その後悔だけがずっと心残りだったけど、今が取り戻すチャンスなのかもしれないという思いが沸々と湧き上がっていた。
「…そう、ですよね。わかりました、ならアイラさんには僕から伝えておきます。承諾を得たらまたその時に連絡しますので、これ僕の連絡先ですので登録しておいてください」
僕はデバイスに記録されている個人情報を提示して差し出す。が、春乃さんはそれを一瞥すると、すぐにデバイスを突き返した。
「あんたの連絡先はもう遊佐から貰ってるから大丈夫よ。それより、東雲アイラとの蟠りはこの際しっかりと解消しなさい。それだけじゃない…あんたが今関係を絶ってる人間全てに対してもね」
春乃さんの言及に思わず心臓が跳ね上がるような感覚を覚える。まさか、全部知られてるのか…?
「勘違いしないで。別にあんたの心配をしてるんじゃない。元々仲違いする必要のない奴らばかりなのに、それを見てただでさえ優しい秋穂が心配して胸を痛めるのが許せないだけだ」
それだけを言い放って、虎千代さんたちのところに合流する春乃さん。僕はその言葉の意味に改めて気づかされる。
「(そうか…僕一人の問題だとばかり考えていたけど、それは知らず識らず関係の無い誰かにまで及んでしまうのか。よし、大丈夫、きっと大丈夫。それが分かったんだから、今度はちゃんと分かり合えるはず…分かり合ってみせる!)」
そう決心したその時、突然後ろからシャツの裾をくいくいっと引っ張られた。薫子ちゃん…はまだ背中でのびてるから違うとして、それは誰?
「あなたは、神を信じますか?」
綺麗な金髪のちっちゃいシスターさんだ。薫子ちゃんと同じガールスカウトの服を着ているから参加者なのかな…って、それより質問に答えてあげないとな。
「あぁ…あんまり信じてないかも。ご利益ないし」
「むっ…それは“いたん”ですね。なぜ主の教えに従おうとしないのでしょう?」
むっす〜といった顔で眉をひそめる小さなシスターさん。えぇ〜、宗教のことなんか全然わかんないのに……ん?なんか前にも同じようなことが…。
「はぁ…はぁ……シ、シャルロットさ〜ん!お待ちください〜…はぁ…!」
すると、このシスターさんを追って来たのか、同じく金髪の大人のシスターさんが息を切らしながら走ってこちらに近づいてきた。けど……なんだろう、あのぶるんぶるんと縦横無尽に揺れる二つの球体は。“巨と言うより爆”って感じだと思うけど、言葉には形容しがたい迫力が確かにそこにはあって、自然と凝視してしまっていた。
「?…はっ!なにやら邪な思念を感じますっ。えっと、たしか…ぼんのうたいさんっ!」
「いや、それ仏教じゃん!?うおっ、危なっ!」
目の前の小さなシスターさんが、突然持っていた十字架を胸の前で握りしめて、何かの祈りのポーズをし出した。その際大げさに手とか振り回すもんだから、危うくぶつかりそうになったけど…とりあえず背中の薫子ちゃんに被害が及ばなくてよかった。というか、今更気づいたんだけど…後から来たシスターさん、知ってる人じゃん。
「あの、もしかしてだけど歓談部のシャルロットさん…ですよね?」
「はぁ、はぁ…やはり、JCさんでしたか。あの、すみません…息を整えますので、今しばらくお待ちください…はぁ、はぁ…」
膝に手をついて大きく肩で息をするシャルロットさん。その際にも前傾姿勢になったことで、シャルロットさんの大玉ビッグバンが強調されてとんでもないことに…うぅ、なんかクラクラしてきた。
「ふぅ…お待たせして申し訳ありません。まぁ、JCさん鼻血が…!」
「…へ?うわっ、本当だ!?」
突然の流血に慌てふためく僕はポケットの中に拭くものが無いか探そうとするも、薫子ちゃんを背負っているために両手が塞がっていて身動きがとれないことに気づく。かと言って、どこかに下ろせる椅子やベンチなども近くになく、当然地面に寝かせるわけにもいかないので完全に八方塞がり。どうしようかな困っていると…。
「JCさん、少し失礼致しますね」
シャルロットさんが自前のハンカチを手に取って血を拭ってくれた。あぅ…鼻がこそばゆいな…。
「シャルロットさん、わたくし達と同じ制服を着た大人の方が近くに居ると思います。その方々に“JCさんは暫く動けないと一緒にいるシスターが言っていた”とお伝えして下さい」
「な、何故わたくしがそのようなことを…その方は主に対する信仰心がまるでないのですよ?神を信じぬものに救いの手を差し伸べるべきとは思えませんっ」
これは…すごく排他的というか身内びいきというか、とにかく仲間以外は全部敵!みたいな強い考えを宗教に素人の僕でもかなりピーキーだと思った。それは宗教の専門家であるシャルロットさんの方が思うところがあったようで、小さなシスターさんに必死に諭していた。
「近視眼的な考えはいけません。神は信じぬものも助けてくださいます。我々の教えは人々が疲弊してしまった時の支えであり、救いでなければなりません。それにはまず対話が必要です。あなたもJCさんとしっかり対話をすれば、この方の考えや思想を誤解することなく理解できるはずですよ?」
「それは、そうかもしれませんですが…」
小さなシスターさんは僕の方をちらちら見て、何か言いたそうにしている。そうか…さっきのでは少し言葉が足りなかったのか。これは僕の反省点だな。
「あー、ごめんね。さっきは神様を信じてないって言ったんだけど、実は僕ってあんまり頭良くないから宗教のことってよくわからないんだ。だから、もし良ければ…君が僕に教えてくれないかな?」
相変わらず鼻から血を流しながら、なんとか笑顔で説得を試みる。暫く考え込むと、ゆっくりとその重い口を開いた。
「…わかりました。悩める人々を導くのも務めですから。戻ったらあなたにも主の教えを説いてあげましょう」
「ありがとう…あっ、薫子ちゃんも一緒に連れて行ってあげて。今起こすからちょっと待ってて」
シャルロットさんに手伝ってもらいながら地面に下ろすと、薫子ちゃんの耳にふ〜っと息を吹きかけてあげる。すると、身体をびくびくっ!と震わせて変な声を上げながら覚醒した。
「…ぴゃあぁっ!?あふぅ…あ、あれ?かおるこ、どうして…って、お兄ちゃん 血が!!」
「うん、だからこの小さなシスターさんをさっきのお姉ちゃんたちのところに案内してあげて。僕、そろそろ貧血で倒れそう…あぁ〜…」
額に手を当て、ふらふら〜とおぼつかない足取りで地面に倒れそうになったけど、間一髪のところをシャルロットさんに抱きとめられる。さっきまでの勢いがまるで無いことに驚いていたけど、薫子ちゃんはすぐにシスターさんの手を引っ張って走り去っていった。
「…行きましたね」
「流石に子どもの扱い方も手慣れていますね。それにしても、JCさんも中々お人が悪いです。あの年代の子どもなら出血だけでもかなりショッキングだったでしょう。それなのに倒れる演技まで…」
「……いや、血ィ止まんなくて倒れそうなのは本当…あぁ…」
なんとか子どもたちが視界から消えるまで頑張ってみたけど、遂に我慢の限界を迎えてしまった。全身に全く力が入らなくなり、抱きとめてくれていたシャルロットさんの腕からすり抜けるように地面に身体を打ちつけた。
「JCさん…!?J…さん……C…さ……」
シャルロットさんが必死に何か叫んでいるみたいだけど、意識がどんどん遠のいているのか全然聞こえない…そういえば、ここのところずっと精鋭部隊との訓練に入れ込み過ぎたのが効いてるのかな…あっ、もう駄目だこれ。
「……う、うぅん………?あれ、僕は…冷たっ!」
目を覚ますと、目のところにひんやりとした感触があった。手に取って確認すると、シャルロットさんが血を拭う際に使っていたハンカチと柄違いのものだった。水で濡らしてあるのか、照りつける日差しによって火照った顔を拭うのにある種の爽快感を感じるほどだ。そういえば、倒れる直前までシャルロットさんが居たと思うんだけど、さっきから一向に見当たらない。先に合流してしまったんだろうか?
「血は、止まったみたいだな。僕も早く、合流しないと…うわっ!?」
僕は未だ自由の効かない身体を起こして立ち上がるが、もつれた足が引っかかって躓いてしまう。
「JCさん、いけませんっ…!」
突然、背後から聞こえた声とともに伸びた腕に身体を掴まれ、そのまま強引に引っ張られた勢いで倒れ込んだ。頭と顔にとても柔らかな質感を感じるのと同時に、視界はブラックアウトし窒息死しそうになる。
「ーーー!ーーー!?」
呼吸をするために慌てて顔面を覆っていた“巨大な何か”を手で掴んで視界を確保する。すると、視線の先にはあら不思議……どういうわけかシャルロットさんの綺麗な顔が……顔?なんで?そして、その顔はみるみるうちに赤くなっていき、表情も険しいものに変わっていった。
「…じ、JCさん。これはどういうことですか?」
シャルロットさんの言葉には明らかに怒気が込められていた。僕は恐る恐る両手で掴んでいるものが何であるかを視認する……うわぁ、やっちゃった。
「こ、これはその……すみませんっ!?でも、あの…できればシャルロットさんの方も…」
「…へ?何のことです…か……ーーー!?」
シャルロットさんが声にならない声を上げながら、自分が掴んでいる手の先にある“モノ”を確認してしまった。倒れた時に変な体勢になっちゃったのがマズかったんだな。端的に言えば、シャルロットさんの右手が僕の“モノ”をしっかりと掴んでいたのだ。男性の象徴たるアレを、ガッチリと。そして、もっと言うと僕はシャルロットさんの胸を掴んでしまっていて、更にはそれを自覚してしまったので、僕のモノは更なる生理現象を引き起こしていた。
その結果…。
「えっと、その……お元気になられて、なによりです…///」
「…えぇ、まぁおかげさまで…///」
お互いにすぐ手を放したもののめっちゃ気まずい雰囲気になってしまったので、このことは綺麗さっぱり忘れて今後一切口にしないことを誓い合って一応の決着をつけた。
いや、本当にもう忘れよう…うん…けどまぁ、ばいーんって感じだったなぁ。
「えっ、もう帰るんですか?」
前回同様役立たずの僕がミニ学園生を巻き込んでミニシスターさんことシャルロットちゃんに神様の信仰について親切丁寧な講義(9割以上理解不能でもう眠くなってきた)を受けていると、虎千代さんたちしっかりした大人たちが対策を練ってたら、話がまとまったのか僕のところに虎千代さんが報告に来てくれてさっきの台詞に戻る。その途中、シャルロットさんと視線がガッチャンコしてしまうと、慌てた様子でバッと顔を逸らしていた。前に一度会った時は宗教の勧誘をされてちょっと怖い印象を受けたけど、ちゃんと話してみればとてもお淑やかな女性で可愛らしい人だって感じた。そして、それを横で見ていた薫子さんがどういうわけか不満気な視線を僕に向けてきてくるけど…えぇ、僕何もしてないじゃん?
そんなことを考えていると、近くで聞いていたミニ学園生たちが口々に僕に言葉を投げかけてきた。
「おいっ、虎千代から逃げるのか!まだ勝負はついてないぞ!」
「お兄ちゃん、帰っちゃうの…?やだやだっ!かおるこ、お兄ちゃんと一緒にいたいもん!」
「ふむ…まだ信仰の初歩的な部分しか話せていないのですが…」
「えっと、えっと…あたしもそう思うっ!」
「だぁああーっ!!うるせぇ!!一度に喋られても聞き取れんわぁ!」
僕の一喝によってミニ学園生たちは静まり返る。全く…主張を通すなら相手の立場を考えねばならんというのが分からんのか。あと、最後のミニ春乃さん。特に言うことないなら無理して合わせなくてもいいんだよ!春乃さんから接近禁止命令受けたからほとんど接点無いんだし。
とは言え、また一人一人に話しても時間かかるし言いたいことは同じだから一度に言ってしまおう。
「えー、じゃあ僕から君たちへ一言。次はいつ会えるかはわからないし、もしかしたらもう会えないかもしれない。そうなったら僕たちのことはキッパリ忘れて未来に進むんだ。でも、もしいつかまた会えたら……その時は目一杯喜ぼう。以上!」
悲しい別れの中に一つの希望。さよならだけどさよならじゃない。いつかまたどこかで…そう思えばほんの僅かな希望でも消えやしないのだ。
そして、無事に帰還したその翌日…学園では一波乱巻き起ころうとしていた。
それは早朝から全校生徒がグラウンドに呼び出され、目の前のお立ち台の上にあの子ども学園長が何か考えた様子で言い放ったことから始まった。
「えー、今日はみんなの魔法使いとしての絆を確かめるために…え〜っと何だっけ?て、てきせいけんさ?を行いま〜す!」
【ヴィアンネ教司会】
正式名称は「ジャン=マリー・ヴィアンネ教司会」である。
魔法という奇蹟は神から賜ったものであり、神の御業である。魔法が科学の一分野に指定された今、この考えは薄れてきている。
日本では存在があまり知られていないが、世界で最初の魔法使い育成機関であり、グリモアの親とも呼べる。
近年になって各学園に使徒を派遣している。(理由は謎)