グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い 作:自由の魔弾
特級危険区域。ゲートがあるため、一般には立ち入り禁止区域と言う事になっている。
ゲートから湧き出る霧の影響で、空間がゆがみ、地形が常に変化し現在では北海道程の大きさになっている。
選抜戦の優秀生徒は特級クエストを依頼される。内容は大垣峰の特級危険区域の調査。
裏世界探索から少し月日が経過し、現在俺を含む学園生たちは大垣峰の特級危険区域へ赴いていた。なんでも区域内の中心部にあるゲートを解放することが目的らしい。しかし、解せないのは今回の攻略に際して生徒会、風紀委員、精鋭部隊、遊佐 鳴子や生天目 つかさに東雲 アイラといった錚々たる面子が揃っているにも関わらず、学園にとって目の上のたんこぶであるはずの俺までわざわざ招集されたことだ。それに、危惧している問題はそれだけではなかった。
「こら、何ボケーっとしてんの!もう魔物は目の前まで迫ってるよ?」
後ろから頭を小突かれて、俺はこのやりとりに既に飽きているにも関わらず、恨めしい視線を何度となく向けた。
「…何であんたがここにいるんだ、“我妻 梅”。まだ学生気分が抜けてないのか?もう10年も前の話だろうに」
「はっ倒すよ?」
お互いに視線をバチバチ交わしていると、先に諦めたのは我妻 梅の方だった…か、勝ったぞ。
「ゲートの周りには相変わらず魔物だらけでね、それも小型のものからタイコンデロガまでずら〜り。だから持てる戦力は出し惜しみ無しで取り返したいってさ。私とネテスハイムの子と君も含めてね」
「…あぁ、ゲートから魔物が発生してるのはさっき緑の力で確認した。だが、あの程度の魔物ならあんた一人でも何とかなるんじゃないのか?何で俺まで…」
俺の問いかけに対して、我妻 梅はやけにあっけらかんとした様子で答えた。
「そんなの、みんな君のことが好きなんでしょ?」
「おい、それ本気で言ってんなら俺はもう帰るぞ」
俺が語気を強めると、それが面白くなかったのか“ジョークのつもりだったのにぃ〜”と口を尖らせる我妻 梅。こいつ、歳上のくせに何でそう子供じみた真似ばかりしやがる。だが、今ので何となく上の人間の思惑に検討がついた。奴らは俺が学園にとって使えるか使えないかをこの作戦で見極めようとしているんだろう。当然、奴らの言いなりになるつもりは毛頭ないが。
「あっ、ゲートが見えてきたよ。私たちの仕事は後から合流する学園生が到着するまで、あそこを制圧すること。一応向こうには生天目 つかさがついてるから大丈夫だと思うけど、こっちは時間無制限だから途中で倒れないでね?」
「…はぁ?お、おいアレ全部か!?見渡す限り魔物だらけじゃねぇかよ!」
俺は眼前に広がる魔物の大群を見て思わず声を上げる。北海道でやり合った光景が脳裏に浮かび、身体を強張らせる。が、その様子を見た我妻 梅は突然俺の背中を叩いて鼓舞した。
「あははっ!そう緊張しないのっ。リラックスして力抜かなきゃ…それに心配しなくていいよ。お姉さん、ちょっとだけ本気出しちゃうからねん♪」
そう言い切った瞬間、我妻 梅の様子が明らかに豹変した。体内から溢れ出す膨大な魔力が我妻 梅を包み込み、その力を何倍にも開放させたのだ。俺との訓練の時なんか比じゃない程の圧倒的なパワー…俺は、この人に勝ちたい。
「んじゃ、行こっか。一応、私の弟子ってことになってるんだから、負けて帰って来ちゃ駄目だぞ?終わったらまたご飯でも食べに行こうよ! 好きなだけ奢ってあげるからさっ♪」
そう言って、魔物の群れに向かって走り出した我妻 梅。あの人は、どうしてあんなにも強くいられるんだろう?普通、こんな大勢の魔物を前にすれば少なからず恐怖の念が湧いてくるもんだろうに…いや、そうじゃない。それすら掻き消す強い心が自分を突き動かす原動力になっているのか!初めから負けた時のことなんか考えない、絶対に成功させると信じる気持ちが力に変わるんだ。それなら、俺にも出来るかもしれない…信じるんだ、自分を。
そう深く胸に刻みつけたその瞬間、俺の中でこれまでにない程の強い意思を汲み取ったのか自然と赤の力が発現していた。
「…やれる。これなら、最後まで…よしっ!」
俺は胸に焼き付けた覚悟と共に、魔物の大群へ駆け出した。
「ふんっ…我妻 梅め、もう始めたか。それに、もう一人…JCか?おい契約の魔法を急げ、私もすぐに魔物を殺しに行くぞ」
「へっ?ち、ちょっと急かさないで下さいよっ!?ほら、これで済みましたから!」
…おや?氷川の奴、生天目 つかさと何をやり合ってるですかねぇ。いなくなった隙に氷川に聞いてみましょーか。
「今のは何ですか?」
すると、氷川がどこか困惑した様子で答えました。
「委員長…それが、生天目さんが契約の魔法を要求してきて…我妻 梅との訓練の際に邪魔になる可能性があるからと解除していたのですが、それをまた再契約しろと迫ってきたんです」
ほぉ〜、生天目 つかさのことを少し誤解していたのかもしれないですねぇ。生天目 つかさは学園への貢献と引き換えに優先的に裏世界に行ってましたから、また行くつもりなんでしょうか?
「それに、不可解なことも仰っていましたし。作戦に参加していないはずのJCさんがここに来ているなんて、そんなことあるはずないのに…」
「あっ、それは本当ですよ。と言っても権限を持つ一部の生徒にしか伝えられてませんが」
「ち、ちょっとそれどういうことでしゅかぁ!?」
氷川、あんたさんテンパり過ぎてちゃんと発音できてねーですよ。
「今回は申請が間に合わなかったんですよ。それでうちの生徒じゃ都合つかなかったんで、学園外の裏技を使わせてもらいました」
うちの言葉を勘繰って、深い深ーい思考という名の迷宮に入ってしまいました。そして、暫く唸った後…はっ!とした表情でその答えを口にしました。
「まさか…我妻 梅をJCさんの護衛に指名したんですか!?」
「それはちょっと違ぇ〜ですね。IMFの特別任務にJCさんが指名されたというのが表向きの理由になってます。なので報酬がクエストなんか比じゃないほど高額なんだそーですよ?おそらくは0が6つか7つほど」
すると、見るからに目を¥にした氷川。おやおや、欲に眩んでますねぇ…おっ、何とか正気を保ちましたね。
「まぁ、それだけ命の危険があるからこその金額ですが…それよりも、今回の一件で上にも不信感って奴が芽生えてきましたよ。よりにもよって、最も魔物が発生していて危険なゲート付近にJCさんを送り込むなんて…解せねーですよ、全く」
「それって、JCさんを“消そうとしてる”ってことですか!?それじゃあ本当にJCさんが言っていたとおりに…すぐに彼を保護しましょう!」
焦る氷川をうちは何とか落ち着かせねーといけませんね。今、勝手に動かれてボロを出されると逆にこっちが動き難くなってしまいますからねぇ。
「今はまだ無理ですね。少なくともうち等がJCさんに信用されるまでは、何をしても逆効果ってもんです。それまでは陰ながら信頼回復に努めましょ?」
「…はい、申し訳ありません。気が動転してしまって…私も、彼の為に出来ることをやりますっ」
あの堅物だった氷川が…こりゃ、本人も気付いてないところで心境の変化ってやつが起こっているんですかねー?JCさん、あんたさんという人はどういうわけか惹きつけられる魅力ってやつがあるんですかねぇ。
「ハァアアッ!!」
俺は目の前のタイコンデロガを渾身の力を込めた拳で打ち倒す。そこはかとない高揚感と絶えることなく滞留している闘志がどんどん溢れ出て、その勢いが衰えることはなかった。俗に言うHigh状態というものなのかもしれないな。とはいえ、先ほどから増殖を続けている魔物と延々と戦い続けるのも心労絶えないのも事実。俺はまだ続けられる気力に満ちているが、我妻 梅の方は如何だろうか?
俺はふと視界の端で魔法による連続攻撃を放っている我妻 梅にピントを合わせる。
「…はぁ、はぁ…こんなに動いたのは久しぶり、ちょっと準備運動が足りなかったかなぁ…?」
拙いな…我妻 梅の魔力量が底を尽き始めているのか?ゲートから出てくる魔物の数が討伐速度を上回ってやがる。軽口叩けるくらいならまだ心配することはないが、かと言って俺にも援護するだけの余裕は正直無い。このままだと学園生が到着するまでに俺も我妻 梅も共倒れしちまいそうだ…どうすればいいんだ!?
胸中で焦燥に駆られていた俺は気付いていなかった。ゲートより出現する魔物の数が時を追うごとに増加していること、それによって背後に大量の魔物が迫ってきていることに。
…っ!ま、拙い…間に合わない!?
一瞬の反応の遅れ、振り返れば既に眼前に広がる魔物の巨大な腕。到底防御なんか間に合わないと確信した俺が致命傷を覚悟したその瞬間、とんでもない光景を目にした。
「くっ…魔物が、いない?どういうことだ…」
つい先ほどまで俺に襲い掛かってきたはずの魔物の集団が、見る影もなく消し去っていた。だがそれは、俺でも我妻 梅でもない第三者による攻撃によるものだったと判明する。
「…不甲斐ないぞ、この程度の魔物に苦戦するなど…貴様も我妻 梅もな」
「…っ!な、生天目 つかさ!?どうして…」
援護に入った人物の正体は、学園内で最も予想外の行動をとっている生天目 つかさだった。何故だ、何故ここに奴がいる!?
「我妻 梅が魔物に押されていると連絡を受けた。だが、貴様もいるとは思わなかったぞ」
「今の攻撃はあんたが…それより我妻 梅についてやってくれ!魔力量が底を尽きかけてるんだ!」
あの生天目 つかさにこんな要望が通るだろうか?だがこの期に及んで私情を挟んでいるほど俺たちに余裕はない。何かの間違いで素直に言うことを聞いてくれ!
「…そうか、だが一つ聞かせろ。貴様、過去に国軍の兵士を助けたことはあるか?」
な、何だ突然…そんな質問に何の意味があるって言うんだよ。
「早く答えろ。返答によってはすぐに消えてやる」
むぅ…何だってんだよ。まぁ、こんなことで時間食っても辛くなるだけか…別に聞かれて困ることでもないし、さっさと答えようか。
「…前に霧の嵐に巻き込まれた時、第6次侵攻の最中の北海道で出会った女の子を国軍の兵士に保護してもらったことはあるけど、それだけだ。そんなことを聞いてどうする?」
「……分かった。我妻 梅の所に行く、虎千代のホワイトプラズマでゲート付近の魔物を消し飛ばす算段になっている。それまでは自力で耐えろ」
それだけを言い残すと、生天目 つかさは我妻 梅の加勢に向かって走り去っていった。一体、何だったのだろうか…ただまぁ、余計ないざこざを起こさずに済んだからオールOK…なのか?
「とはいえ、目の前の敵に集中せにゃならんよな。合流までの残り時間…何としてでも耐え抜いてやる」
そう決心した俺は緑の力を発現させて、懐に忍ばせていた拳銃を手にして念じる。すると、手にした銃は次第に形を変化させて緑の弓へと変貌を遂げた。
「これが、新しい武器か…よしっ!」
俺は再び魔物の群れに向かって飛び込んでいく。すれ違いざまに放たれた一射が魔物を貫き、更にその後続の魔物たちにまで一直線に撃ち貫いていった。それからのことは詳しくは語らないが、武田 虎千代・松島 みちる・音無 律による広範囲魔法攻撃によってゲート付近の魔物の一掃、東雲 アイラと朱鷺坂 チトセ両名による時間停止の魔法を発動。これにより大垣峰のゲートの確保に成功した。尚、今回の作戦によって生天目 つかさ・我妻 梅・俺が負傷した…とはいえ全員が保健室に搬送されればそこは戦場と化すため、暫くの間はIMFの管理する医療機関で療養する羽目になった。それに加えて学園側から俺に対して一ヶ月間の謹慎が言い渡された。その理由はクエスト参加の規定人数不足ということになっているが、多分こじつけだろうな。このことで学園を咎めるつもりは無いが、何か後ろめたい思惑を感じるのは俺の気のせいではないはずだ。ともあれ、これで学園ないし国が俺のことを疎ましく思っていることが明確になった訳だ。わざわざ俺を死地に送り込んで、帰ってきたら一方的に拒絶されたんだからなぁ。その件については我妻 梅も復帰次第IMFに確認すると言っていたが、はっきりとしたことは後になってみなければ分からないな。それよか、ご飯連れて行けなくなってごめん…と見るからに落ち込んでいたしな。そんなこと一々気にしないでいいのにと思ったが、わざわざ言葉にするのも野暮ってもんだ。軽くあしらっておいたが後まで気にしてなければいいんだが…俺なんかよりもべらぼーに強いくせに、そういうところは常識人なんだから調子狂うぜ。まぁ暫くは傷を癒すことに専念させてもらうか…緑の力、もっと上手く扱えるようにならないとな。
「…よ、よしっ。気持ちの準備も出来た、祝いの品もある!では行くぞ…行っちゃうからな…えいっ!」
コンコン、妾は男子寮のとある一室の扉をノックした。その部屋の主は特級危険区域におけるゲート確保の作戦に秘密裏に参加し、大怪我して何処ぞの病院に入院しておったとんでもない馬鹿者じゃ。つい昨日退院して帰ってきたのは良いんじゃが学園から一ヶ月の謹慎を言い渡されおって、それがまた12月の末までという何ともタイミングの悪いこと。危うく年始まで会えんことを悲観した妾は、授業免除である身分を利用してこうして白昼堂々と足を運んできたという訳じゃ。最近、JCにほの字の女子が静かに増えてるみたいじゃったからこの辺で本妻(自称)の立場を知らしめてやらねば…妾ってば頭良いのぉ〜。
「…誰だ、鍵は開いている」
若干の不機嫌そうな声が部屋の中から聞こえてきたわい。ちと心配じゃがここは突撃あるのみじゃわいな。
妾はやけに上機嫌な態度でずかずかと室内に入っていった。
「なっはっは〜!妾が退院祝いを持ってきてやったぞ……って、な、何故貴様がここにおる!?」
妾は今、自分の目に映っている光景が信じられん。いや、JCがおるのは当然じゃぞ?問題はその横におる人物じゃ。
「は〜い、どうもありがとね。でも、少し遅かったみたいじゃない?」
「と、朱鷺坂 チトセ〜…!!お主は呼んでおらんぞ!それに妙に其奴との距離が近いんじゃ!今すぐに離れろぉ!」
妾は一目散にJCの横で腰掛けている朱鷺坂を引っ剥がして、その位置に座る…当然、JCの右腕に絡みつきながらじゃ。その様子を見て諦めたのか、朱鷺坂は深〜い溜め息を吐いて近くに備えておる椅子に座り直しておった。ふっふっふ…この“べすとぽじしょん”は誰にも渡さんぞ。
そんな妾たちの攻防を傍で見ていたJCが、呆れたような態度を見せて状況説明を始めおった。
「朱鷺坂 チトセは俺が呼んだんだ。それを言うなら東雲 アイラ、お前のことを呼んだつもりはないんだが?」
「んなっ…!?」
「あらあら、そんな他人行儀な呼び方はよしてって言ってるのに…昔みたいに“チトセさん”って呼んでくれて良いのよ?」
「にゃにゃ!?」
「…その話はよしてくれ。もう昔のことだ」
「んもぉ…いつの間にか大人になっちゃって、ふふっ♪」
「な、なっ…なっ…!?」
な、何じゃこの彼氏とその元カノにしか分からん会話に入れん今カノの様な気持ちは!?というか、完全に蚊帳の外なんじゃが…うぅ〜!も、もっと妾と構えっちゅーの!
妾の媚びるような視線に耐えかねたのか、朱鷺坂の奴が改めて本題に入るよう促した。
「とまぁ、お巫山戯はこのくらいにするとして…それでJCくんは一体何を聞きたかったの?」
すると、朱鷺坂の問いかけに対してJCは少し神妙な面持ちで話し始めた。ま、マブいのぉ…此奴は男じゃが。
「大垣峰のゲート…その先の世界に行ったそうだな。そこは、どんな所だった?」
むっ、此奴一体どこからそんな情報を…じゃがまぁ、此奴になら話しても問題なかろうか?すると、朱鷺坂の奴もまた妾に視線を向けておった。流石自分なだけあって、考えてることは同じということらしい。妾は小さく息を整えた後、あくまで仮説という名目で話し始めた。
「…ゲートの先にあったのは、およそ300年前のイギリスのロンドン…つまりは第1次侵攻の真っ只中じゃった。とはいえ、その頃の魔物はまだ出始めで一緒にくっついて来た間宮や音無ですら簡単に倒せるレベルじゃったがの」
すると、妾の話を捕捉するように朱鷺坂が語り部を受け継いだ。
「私たちの目的はその時代に生きる魔導科学の基礎を作った”アイザック・ニュートン”に会うことだったの。長い時間をかけて収集した今の知識を彼に与えれば、きっと奇跡を起こしてくれる、そう信じてね……あっ、これ美味しいっ」
「そうか…だがその口振りから察するに、あまり良い結果は得られなかったみたいだな……ふむぅ、意外といけるな」
「だぁーっ!!お、お主等それ妾が購買で買って持ってきた祝いの品のチョコ!何勝手に開けて食っておるんじゃあ!?」
こ、此奴等話半分でどっかに視線をチラチラ向けとると思ったら…朱鷺坂、こらっ貴様!無言でJCに“あ〜ん”とかやるな!そういうのは持ってきた妾の役目じゃ!
妾は朱鷺坂からチョコの箱を引ったくって、そのまま中身を口の中に放り込む……んん〜っ!こりゃ美味じゃわい!
「まったく、意地張っちゃって…えっと、何処まで話したかしら。あぁ、アイザックに会ったけど良い結果は得られなかったってところまでよね。でも、実はちゃんと収穫もあったんだなぁ」
「…収穫?何だそれは」
朱鷺坂の奴…まぁいいわい。お主が話したいと思ったのなら気の済むまで話してやるが良い。
「彼によれば“霧の魔物は天からやって来た”そうよ。文字通り最初に太陽が欠けて、その後すぐに霧が空を覆って…そして魔物が出現した。要するに霧がやってきたのは本当は宇宙だったってわけよ」
「冗談を言っている、わけではなさそうだな。もしその説が正しいなら、魔物が地下から発生しているという既存の説は間違いだった…そういうことか?」
JCが確認すると、朱鷺坂も静かに頷いた…長い年月をかけて培った説がこの何ヶ月で転々としてしまったのじゃ。それも300年も前の老人によって…もう何も言えんわい。
「私たちとしては、その事実を受け止めた上で二つの選択肢を取ることができるようになったの。一つはこのまま霧と戦い続けること、そしてもう一つは霧を駆逐する方法を見つけて、過去のロンドンに飛んで霧をどうにかすること」
「人類の繁栄を願うのじゃったらまだ南半球が無事な頃を救って、今後二度と魔物が発生しない世界を手にするのが一番手っ取り早いじゃろうな。じゃが、それが最善手と言えばそうでもないんじゃな、これが。何故か分かるか?」
妾はJCに問うてみる。既に結論は出ているが、此奴の考えも聞いておきたいからのぅ。
「そうだな…俺には詳しいことはよく分からないが、とにかくそうしないってことは何か悪い影響があるってことなんだろ?歴史が変わるとか…」
ほぅ…此奴、やっぱり地頭が良いらしい。物事の本質をちゃんと捉えておるわい。
「えぇ、御名答よ。少なくとも私と立華さん、それにパルチザンには何かしらの影響を与えることになるかもしれないわね。というよりも、実際に歴史改変をしてみないとどうなるか分からないのが本音なのよ。前に裏世界の技術をこっちに持ち込んだ時は自ずとそうなるって見当がついていたから心配してなかったけど、今回はそうじゃないもの」
「…おい、ちょっと待て。“今回は”ってどういうことだ?それに前にもやったことがあるって…」
…うぬ?なんか話が噛み合っておらんな。まさか朱鷺坂の奴、まだ自分の正体を明かしておらんのか?
「あっ、ごめんなさい。JCくんにはまだ言ってなかったわね…今、幻惑魔法を解除するから」
そう言った瞬間、朱鷺坂の身体は光に包まれ…その光が消えた頃には妾と瓜二つの姿に変身を遂げておった。何回も見ておるが慣れんのぉ…。
「…これでどうじゃ?わかるかの?」
少し小っ恥ずかしそうに制服の裾を摘んだり指で髪を弄ったりと、どうも落ち着かない様子の朱鷺坂…自分のことを良く言うつもりは無いんじゃが、本当にマブいのぉ…妾って。
すると、まだ信用していないのかJCの奴が徐に立ち上がり、朱鷺坂の目の前に移動する。な、何をする気じゃ…?
「…正直、まだ信じられない。確かめてもいいか?」
「えっ?う、うむ…別に構わないんじゃが」
お、おいJCよ…貴様、まさか…!
「じゃあ遠慮なく…ほい」
「ひゃん!?ち、ちょっとJCくん!?いきなり何を…ひゃっ!?そ、そこ弱いからぁ…!」
朱鷺坂の台詞だけじゃとなんかやらし〜ことをされておると勘違いされそうじゃが、断じて違うぞ?JCの奴が朱鷺坂の頬を摘んだり手を握ったり髪や首筋を撫でておるだけじゃ…朱鷺坂の奴、やけに嬉しそうな反応をするでないかぁ。
「凄い…まるで本物の質感だ」
「本物じゃと言っておろうに!それに妙に手つきが慣れておってこしょばゆいんじゃ!もう元に戻るからなっ!?」
朱鷺坂が遂に耐え切れなくなって、元の姿に戻りおったわい。おぅおぅ、顔真っ赤にしおって…初心じゃのぉ〜。
「んもぅ…JCくんがこんなに積極的だなんて思わなかったわっ!おかげで変な汗かいちゃったわよ」
「わ、悪かった…だが、見れば見るほど信じられないくらい綺麗に出来てるな」
「…次はもっと優しくして頂戴。君だからこの姿を見せたってこともあるんだからね?」
むっ…朱鷺坂の奴め、わざわざ見えるように焦って着崩した制服を直して急に色気づきおってからに。まぁJCにそんな小細工が通用するはずないわい、恋愛のれの字も分からん男じゃからな…だからこそ周りの女どもが苦労しておるのに。
「とにかく、私は今から50年先の裏世界からゲートを通ってデクの技術を始め、色んな知識を授けたの。そのおかげで科学は進歩して魔物を倒す手段もある程度確立することが出来たでしょ?それが私が裏世界の人間である証拠よ」
「始めこそ不信感しかなかったあんただったが…別にもう疑ってなんかねぇよ」
「ふふっ、ありがと♪さぁ東雲さん、後はあなたに任せるわ」
朱鷺坂は満足したのか話題の主導権を妾に戻しおった。此奴、自分の言いたいこと言って大風呂敷広げおって…しゃーないのぉ。
「話を戻すが、色々な可能性を考慮した結果…妾たちが取るべき選択肢は二つに一つじゃ。今すぐ過去のロンドンを救うと立ち上がる連中に待ったをかけて暴走せぬように足並みを揃えさせる…今月末から年明けにかけてニュージーランドで開かれる臨時の国連総会でグリモアの代表として武田 虎千代にそう宣言させるつもりじゃ」
「…俺には関係ないな。政治のことは頭の良い奴らだけでやってくれ。どうせ謹慎中の身だ、この機会に暫く学園から離れてみようと思う」
『…っ!?』
な、何じゃと!?JCの奴、一体何を考えておるんじゃ…?
「それは、どういうことなのかしら?学園が許可するとは到底思えないけど…」
「許可なんて要らないさ。次の裏世界探索には戻るつもりだ…約束だからな」
そう言って、静かに拳を握りしめるJC。うむぅ…此奴には此奴の考えがあるということなのじゃろうか?
「また…何処かに、行ってしまうのか?」
気がつけば、妾はJCの腕に込めた力を強めていた。此奴はそういう男じゃ…普通の人間とは出生も生き方も根本的に違う、一瞬でも目を離せば此奴は煙のように消えてしまう。あの研究施設で見たデータが真実ならば、此奴の正体は国が秘密裏に研究・実験を施した謂わば強化人間ということになるんじゃが…そんなことより本心から心配なんじゃ。伝わるかどうかは定かではないが、本当に心配なんじゃよ。
「…今はまだ学園のことが信用出来ない。この前の作戦も俺を人知れず消すための罠だったとしか思えねぇしな。それにそれだけ大事なはずの会議ってやつに俺が呼ばれていない理由も何かありそうだしな。単に興味が無いのか、それとも他の奴らに知られちゃまずいことでもあるのか…どうだろうな?」
「うぅむ…それは、確かにずっと気掛かりじゃったが…朱鷺坂、お主はどう思う?」
妾は裏世界の事情に詳しい朱鷺坂に知恵を募る。先日の研究所のデータのことは既に話してある故、妾の考えをわざわざ言葉にせずともある程度共有できておるのが救いじゃ。
すると、暫く静観を続けておった朱鷺坂が可愛らしく口元に指を添えてまるで考察するように話し始めた…あれは多分無自覚でやっておろうなぁ。
「そうねぇ…向こうではJCくんのことは全く知られていなかったのよね。普通こんなに強い魔法使いなら真っ先にグリモアへ保護されるはず、なのに知らなかった。国が把握してなかったとは考え難いし、JCくんの言い分も無視できるものじゃないと私もあの時のことを後から聞いて思ったもの…多分、国家レベルでの隠蔽工作が行われていたんじゃないかしら?」
「…だろうな、そんなことだろうと思ったぜ。俺だっていつまでも馬鹿じゃないし、それにこの学園全体が敵だなんてはなっから考えてないんだ。だが国の圧力に屈するような学園のままなら…もう此処には居られない」
「お、おい!何を言っておるのじゃ!?」
妾は思わず立ち上がり、JCに詰め寄る。
「お、落ち着けよっ!仮の話としてそういう可能性もあるってだけだ……俺だって、お前等と離れたくなんかないんだからな…あっ、今のはそういうんじゃなくて!えっと、その…」
………はっ!い、いかんいかん!JCがあまりにも可愛い反応を不意に見せるもんじゃから、意識が“とりっぷ”しておったわい。朱鷺坂に至っては歓喜のあまり鼻血が出とるのに、全く気づいておらん!早ぉ拭かんか!
「ちょ、おまっ…部屋汚すなよ!これ使え!」
「ぐすっ…あ、ありがとぅ…」
見かねたJCがベッド脇の棚に備えているティッシュボックスを朱鷺坂に投げ渡す。全くだらしのない奴じゃ…。
「…おい、東雲 アイラ。何故お前まで鼻を弄っている…?」
「妾もちょっと血ぃ出して貧血気味になったら、お主に介抱してもらえるかなぁ〜なんて…」
「帰れ!!」
ぶーぶー!ちょっと揶揄っただけなのに部屋から追い出されてしもうた。じゃがまぁ、良い頃合いじゃったし…新しく用事も出来たしのぉ。
「さってと、宍戸のところに行ってJCのデータでも見せてもらうとするかの。以前と変化がなければ良いのじゃが…」
そんな心配事を胸に抱きつつも久しぶりに触れたJCの感触に笑みを抑えられない妾…直近では考えられないくらいその足取りは軽いものであった。
「………」
「うわぁ…凄い手際の良さ。まるで職人さんみたいだねぇ」
あんまり状況を説明したくはないんだが、そういう訳にもいかなさそうなので手短に。12月も終盤にかかってきたこのタイミングで扉の隙間に謎の手紙が差し込んであることに気がついた俺は、刺客の可能性を疑いながらも呼び出された調理室へと赴いた。表には大きく“果たし状”と銘打ってあり、その中身の文章も何故か所々文字が滲んでいてハッキリと解読できた部分はといえば…【J○くんへ、突然のお手○で申し○ありま○ん。実は以前からあなたの○○を詳しく知りたいと考えており、是非この機会に親睦を深められればと○い立った次第です。そこで突○ではございますが…私と一緒に○○子作りをしませんか?何故○○子作りなのかとお思いでしょう、実は私の故郷のイギリスでは、今○○子作りが流行っているそうです。そこで私もあ○○って是非JCくんとご一緒出来ればと思います。と言っても、私も○○子作りに関しては嗜む程度であまり上手じゃないんだけど、そこは君がサポートしてくれると嬉しいかな…。そうそう!後で歓談部のみんなとも合○して久しぶりに色々○○できたらいいな。長々と書いてしまってごめんなさい。じゃあ明日の放課後、調理室で待ってます!】という怪文書を受けた俺は、一体どうしたものかと小一時間頭を悩ませていたが…結果としてその人物と同じ空間で菓子作りをしている。
「おい、ブルームフィールド…見てないで手伝ってくれ。流石に手が疲れてきたんだが…あとつまみ食いもいい加減やめてくれ」
「あ、あはは…私は食べる方専門だから…駄目?」
今もまた作業している俺の対面でデコレーション用のチョコレートに手を伸ばそうとしているエミリア ブルームフィールド…こいつが今回の怪文書を送りつけてきた張本人らしいが、それにしても俺にわざわざコンタクトを取ろうとしてきた理由がわからない。以前歓談部に出入りしていた際に多少会話を交わす程度の付き合いのはずだが、何か魂胆があるのか?
「…使う分の材料だけ残してくれれば別に構わん。ところで、俺は今手渡されたメモを見ながら自分でも何を作っているのか分かっていないんだが…?」
「えへへっ…それは完成してみてのお楽しみです!」
「…この怪文書を学園中の奴らに晒してやろうか」
「か、勘弁して下さい〜っ!?」
手紙には一緒に出来ればと謳っておきながら最初から全く手を出す気がないことや、何を作るかすら教えてくれないくせに何故かドヤ顔で誇ってくることにイラっとしたので脅しておく。共同作業とは?因みにメモの内容を一部抜粋して目を通してみる。
1.耐熱ボウルに無塩バターを入れラップをし、600Wの電子レンジで40秒、バターが溶けるまで加熱する。
2.卵、牛乳を加え、泡立て器で混ぜ合わせる。
3.グラニュー糖、バニラエッセンスを加えてよく混ぜ、ホットケーキミックスを振るい入れ、ゴムベラでサックリと混ぜ合わせる。
4.ひとまとめにしたらラップに包み、冷蔵庫で30分程寝かせる。
5.台に打ち粉をし、麺棒で5mmほどの厚さになるように伸ばす。コップの縁でくり抜き、中央をペットボトルのキャップでくり抜く。
6.鍋の底から5cmほどの高さまで揚げ油を注ぎ、170℃に熱する。こんがりと色づくまで両面を2分ずつ揚げ、油を切る。
7.皿に盛り付け、グラニュー糖をかけて完成。
「…長ぇよ!」
「うわっ!?な、何なの…突然おっきな声出して…」
あー、俺疲れてんのかな…メモ相手に全力でツッコんでら。だが、これではあまりにも効率が悪すぎるな…端折れるところはトコトン端折るか。
俺は材料全てをボウルに入れ、青の力を発現させて超スピードで掻き混ぜていく。こういうのはスピードがモノを言うって昔から相場が決まっているもんだ。ミキサーなんかより自分で混ぜた方が圧倒的に早い上、ダマが無く混ざる正に一石二鳥。まぁ、冷やすのとかは流石に機械に頼らざるを得ないんだがな…こういう時に魔法が使えないのは不便だな。
「さぁて…上手く出来るかな」
俺は自分の持てる力を最大限発揮して謎の菓子作りに挑んだ。時には緑の力で味覚を研ぎ澄ませて最適な分量を見つけ出し、青の力で高速で掻き混ぜ、紫の力で力強く生地を伸ばし、赤の力は…特に何も無し。その間もブルームフィールドのつまみ食いは止まることはなかった。そんなことしてるからいつまで経っても体重計乗る時に憂鬱そうな顔する羽目になるんだぞ。先月から1kg増えたって嘆いてたのはどこの誰だったか?
そんなことを考えていた俺だったが、まぁなんやかんやあって謎の菓子が無事に完成した…って、これは…。
「もしかして、これってドーナツか?」
「はいっ!うわぁ〜、凄く綺麗に出来てる!やっぱり思ったとおり!」
円形の揚げ物、そしてほのかに香る甘い匂い。そしてブルームフィールドのテンションの上がり様…まぁ途中から何となくそんな気はしていたが、これもしかして利用されたのか?
「んん〜っ!美味しい!駅前のお店の味そのものだよ〜!」
そう言って一つ、また一つとドーナツに手を伸ばしてはむはむさせているブルームフィールド。俺にはよく分からないが恐らく本当に喜んでいるようで、その表情にも晴れ晴れとした笑顔が溢れていた。
「それで…どうしてこんな機会を設けたのか、そろそろ教えてくれないか?ただ俺に会いたかった…なんてことはないんだろ?」
すると、そこでドーナツへと伸ばしていた手を止めるブルームフィールド。真面目な話、なのか…?
「実は…折り合って相談がありまして、以前国に帰った時のことを憶えていますか?あの時は友人の国葬に出席するためだったのですが…その時改めて、自分たちが戦っている魔物の恐ろしさを再確認させられました。そして、もっともっと強くなりたいと考えるようになりました。それで是非あなたと手合わせ願いたいと思いまして」
「…ただ強い奴ならこの学園に他にもごろごろいるだろう。何で俺なんだ?」
すると、少し困った様子を見せるブルームフィールド。
「それは…何ででしょうね。自分でもよく分からないんです。ただ何となく、真っ先に頭に浮かんだのがあなただった…というのは駄目ですか?」
「…そういうことを簡単に口にするな。勘違いする輩が出てくるだろ…ほれっ」
「うむぅ!ん〜っ!ぅん〜っ!?」
俺は手に取ったドーナツをブルームフィールドの口へと乱暴に放り込む。突然のことに困惑しつつも律儀にはむはむしてやがる…真面目だねぇ。
「気が向いたら、コロシアムに来い。いつもは大抵そこにいる…じゃあな」
慌てふためくブルームフィールドをよそに、そそくさと部屋を出る。これを幸運と呼ぶべきかどうかは知らないが、エミリア・ブルームフィールドが敵である可能性はかなり減ったと思う。もし仮に故郷であるイギリスの命を受けて俺をどうこうしようというのなら、わざわざ手紙を寄越すなんてあまりにも杜撰すぎる。よって、彼女個人は大丈夫…というのは楽観的すぎるか?
「…ただ、あの笑顔に嘘は無いと思いたい。考えが甘過ぎるか、このドーナツみたいに……うわっ、甘っ」
俺は自分で作ったドーナツを一口含む。それは俺の考え同様、これでもかってくらい甘過ぎるものだった…作った人間の性格が見事に表現されてるわ。次は…もっと上手くやろう。
【エミリア ブルームフィールド】
イギリスの魔法学園からの留学生で下級貴族の出。正義感溢れる騎士見習いだが、楽観主義が強く、本物の戦場を知る生徒にたしなめられることも多い。もともとの実力は高いので、ある程度経験を積めば化けるはず。JCとは以前から歓談部での交流があるがそれほど深い親交は無く、JCの性格も激しく変わってしまったと学園中で誤認識されている中で意外な手段を使ってJCを呼び出すことに成功したが…?