グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い   作:自由の魔弾

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岸田 眞吾(きしだ しんご)
岸田 夏海の父。表世界では魔物に襲われ死亡扱いとされていたが、裏世界にて生存を確認している。
ジャーナリストをしており、夏海のカメラは眞吾の形見である。
遊佐 鳴子と知り合いである事が判っており、過去に表世界の遊佐 鳴子と共に一時的に表世界に帰還するも、天文学的な確率で再度霧の嵐に巻き込まれ、裏世界に飛ばされていたことが判った。裏世界の遊佐 鳴子とは異なる調査をしていたと口にするが…。


第参拾七話 禊祓よ 魔法使い

「俺もこの国連総会をきっかけに表舞台に復帰か…んっ、あれは…?」

 

…んっ、冒頭から俺が語り部として登場するのは初めてか。なら、先ずは自己紹介からだな。

俺は神宮寺(じんぐうじ)(いつき)。神宮寺家の次男でJGJフューチャーの社長を務めている。若造が社長なんてって裏で陰口叩かれることも少なくないが、これでも一応妻帯者だ…期待させてしまったら悪いな。

一時期は霧の護り手に拉致されたり、フューチャーを襲撃されたおかげで左腕が金属製の義手となっちまったりと、中々波瀾万丈な人生を送らせてもらっている。とまぁ、俺のことはこれくらいでいいか…それよりも俺の部屋の扉の前で御老人たちが交わしている会話の内容を聞き流すことが出来なかった。

 

〈…おい、聞いたか?例のグリモアの魔法使い、今回は出向いて来ていないようだぞ?〉

 

〈そうか…何、我々が心配することはない。たとえ奴が現れたところで、覚醒しきっていない今の状態では何も出来んよ。何よりその為の“グリモア”だろう?〉

 

〈そう、だな。違いない…我々は間違ったことは何もしていない、していないんだ…〉

 

何だ、この意味深な会話は…それにグリモアだって?まさか転校生くんに何か…いや、それはないか。今回の国連総会はグリモアにとっても最重要案件のはず、そこに支柱的存在の転校生くんを同行させないわけがない…ならば、彼等の指し示していた奴とは一体誰の事だ?

俺は扉の隙間から部屋の前に誰もいないことを確認すると、誰に聞こえるほどでもない声量で呟いた。

 

「…葉黒、いるか?」

 

「御側に」

 

俺の問い掛けの次の瞬間、背後から何処からともなく現れたのは俺の従者の葉黒だ。あまり詳しいことは言えないが、神宮寺に付き従ってくれる頼れる奴だと思ってくれればいい。

 

「グリモアの生徒の中で今回の国連総会に出席していない、且つ在籍年数が少ない生徒の経歴を至急調査してくれ」

 

「御意」

 

俺の依頼を受けて、一瞬で姿を消す葉黒。仮に俺の知り得た情報が正しいなら、今グリモアに通っている生徒の中に日本或いは世界の根幹を覆す何者かがいる…のか?

分からん、分からんこと尽くめだ。ならば、こういう時にやることは一つ。

 

「…しゃーない、俺からも少し探りを入れてみるか」

 

日本の権力者たちとグリモアという組織、そしてそこに通う魔法使い“X”の正体…はてさて一体どんな子なんだろうねぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度、お願いします!」

 

目の前の少女が俺に向かってそう叫ぶ。少女の名はエミリア、前回の菓子作りの一件でコロシアムで相手をすると口を滑らせてしまったが為に、まさか年明けの早朝から付き合わされるとは思っていなかった……どうも彼女の都合の良い時間帯が初日の出を見終えて友人たちと初詣に行くほんの数時間のみだったらしく、彼女自ら男子寮に乗り込んできてそのまま拉致され今に至る。

 

「もう勘弁してくれ「駄目ですっ!」えぇ…」

 

くっ…即刻拒否されたか。こうなると予想出来たのなら俺に一太刀浴びせてみろなどと安易に言わなければよかった…おかげでムキになって諦める素振りが全く見えなくなってしまった。

 

「まだ貴方に一撃を与えられていません!騎士の誇りにかけても誓いを違えることは致しません…ハァアッ!」

 

意気込んだ彼女の一撃が俺の身体に向かって放たれる。しかし、その突きは目で追えない速さではあるがその軌道はあくまで直線的…これは恐らく西洋の剣撃であるが故の事象なのだろう。俺は僅かに上体を後ろに反らし回避、同時に剣先を蹴りで弾いて一旦距離を取る。油断できねぇな…そもそも一太刀入れられていないのは決して彼女の実力が低いわけではない。寧ろ今のように一瞬でも反応が遅れた場合には致命傷になりかねないが故、こっちも本気で避けなくてはいけないのだ。

 

「むぅ…また外したぁ。 でも今度こそっ!」

 

再び突きの構えを見せるエミリア。マズいな、このままじゃジリ貧だ…こうなりゃ一か八かだ。

 

「これで決めます…ヤァアアッ!!」

 

より一層気合いに満ちた一撃を放つエミリア。避けることに徹していてもいずれ追い付かれしまう。ならば逆転の発想で“避けなければ”いい。

俺は紫の力を発現させて、真っ向からその一撃を受け止める…ぐぅッ!?も、持ち堪えてくれよォ!

 

「クゥウッ!?いツァ…紫でもこんなにダメージが、けど…フンッ!!」

 

左肩に剣先が刺さっているが紫の力のおかげで痛みで意識が飛ばないでいてくれた。その隙に体表から露出しているサーベルを右手で掴み、痛みに目もくれず強引に引き抜いた。

 

「…グァアアアアッ!?いっツァ〜…っ!?こ、これは…!」

 

肩に走る激痛より、サーベルを引き抜いた傷口から血液が止めどなく溢れていることより、思わず目を見張る現象が目の前で起きていた。一方、エミリアの方はそうでもなく俺の出血の様子を見て慌てて駆け寄ってしゃがみ込む。

 

「JCくん、ごめんなさい!私ったらムキになって…血がこんなに出てる…早く手当しないと「ちょっと待て!」えっ?きゃっ!?」

 

俺は立ち上がろうとするエミリアの腕を掴んで引き戻す。これは…これは凄いぞ!

 

「血なんかいつか止まる。それより見ろよ、これ…」

 

俺に促されてエミリアはサーベルに目を向ける。すると、それを見た彼女も思わず感嘆の声をあげた。

 

「うわぁ…私の剣が、変化した!?」

 

そう、俺に突き刺さっていたエミリアの剣は姿を変え、俺の目の色と同じ紫の剣へと変貌を遂げていた。緑の時に銃が変わったのと同じ、今度は剣か…!

 

「これは俺の…これが俺の武器だ!く、くくっ…くははははっ!」

 

俺は体の奥底から湧き上がる衝動を抑えきれなかった。この力があれば、俺は今よりももっと強くなれる…さら達との約束を守れる。

俺は体を震わせながら鋭利な刃物のように口角を上げた笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ」

 

「むっ…馴れ馴れしいぞ、ウィリアムズ。私は貴様と余計なお喋りをしに来たわけではない」

 

「へー、へー。それで、生徒会の会計が訓練所までわざわざ何の用だよ。まさか待機命令無視してでもアタイらに裏に行けってんじゃねーだろうなぁ?」

 

私の目の前でだらしなく椅子に座りながらハンバーガー片手に鬱陶しそうに話を聞くウィリアムズ。こいつ、制服の裾を捲って腹など出して…私より少しスタイルが良いからと見せびらかして……不公平だッ!!だが、それは一旦忘れよう。

 

「次の裏世界探索で転校生にはデクを使用させることが決まった。そこで国連軍歩兵師団に所属していた貴様の意見を聞きたい」

 

私の言葉を受けて一瞬、ウィリアムズの雰囲気が変わる。普段のおちゃらけた様子から兵士の顔になる、とでも言っておこうか。

 

「…ほぉ〜、またロクでもねーこと考えたもんだな。けどまぁ、案外いいタイミングなんじゃねーのか?」

 

「そうか、ならこのまま報告させてもらう。邪魔したな」

 

意外にも肯定的な意見を聞くことが出来た。ふむ、やはり第一線で戦っていた兵士の目線から見ても魔物が知性を身につけたとされるこのタイミングでのデク投入は良い頃合いなのか。

特に意見の相違もなく終わり、そのまま訓練所を後にしようとしたその時、背後にいるウィリアムズから呼び止められた。

 

「あー、ちょい待ち。そっちの聞きたいことに答えたんだ、今度はアタイの言うこと聞いてもらうぜ?」

 

「むっ、内容にもよるが…まぁ いいだろう」

 

こいつ、一体何を言うつもりだ?

 

「次の裏世界探索、参加するメンバーの人選が妙なことになってる気がすんな。もーちっとマシなメンツの方が良いんじゃねぇのか?まともにやれんのは遊佐とあのメイドくらいだろ?」

 

「秋から年末にかけて精鋭部隊も生徒会もフル稼働だったんだ。有事に備えて一旦休ませなければならないだろう?」

 

「とは言えなぁ…まぁ どうせJCの野郎(クレイジーマン)は無条件で参加してくるから、それだけでも戦力比300%増しくれぇだろうけどな。アタイの銃弾食らって倒れても、ケロッと起き上がっちまうよーな奴だからな…それもハナっから攻撃食らってねーよみてぇな顔でよ。マジでぶっ壊れてるぜ、アイツ」

 

それは…そうかもしれない。JC自らが望んでいることとはいえ、裏世界探索やゲート確保に加えて霧の嵐にまで巻き込まれている現状の中、転校生以上に休息を取らず日々強さを求める様に自身を痛めつけていると聞く。本来なら一般生徒であるJCにここまでの負担をかけることはあってはならないのだが、頼らざるを得ないのが現状だ。せめて、その心の重荷を軽くする方法は…今の私たちには無いのだろうか?

そう考える度に、何故か私の心に妙な痛みが走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの…先輩っ!一緒のクエストは初めてですね!あたし、ちょっと緊張しちゃいます…」

 

「…そうか」

 

「えっと…ほ、本日は大変お日柄も良く…その、まさに探索日和ですねっ!」

 

「…この灰街は霧の影響で年中雨が降り続いているらしいが?」

 

「…あっ、そうなんですねぇ〜。あ、あはは…」

 

あぅ〜…緊張し過ぎて全然上手く話せないよぉ!?このままだと先輩に変な子だと思われちゃうよぉ!?

内心テンパっていると、不意に先輩が小さく呟きました。

 

「…マズいな、囲まれてる。桃世、俺の後ろに隠れてろ」

 

「えっ!?ひ、ひゃいっ!」

 

先輩が危険を察知して、あたしを庇うように手で手繰り寄せてくれます。ち、近い…こんな強引に先輩に近づけるなんて…ドキドキしちゃいます!?

 

「桃世、俺が合図したら来た道を戻って別班の遊佐 鳴子たちと合流しろ。その間に俺が奴らを引きつける…恐らく、狙いは俺のはずだからな」

 

「で、でもそれじゃ先輩に危険が…んむっ!?」

 

あたしが思わず声を上げてしまいそうになってしまい、先輩が手で強引に口を塞いで、そのまま真っ直ぐあたしの目を見据えて諭す様に告げました。

 

「俺を…“信じろ”」

 

はっきりと先輩の想いが込められた言葉。みんなは先輩は変わってしまったと言うけれど、あたしにはいつまでも優しくて真っ直ぐな先輩です。その先輩が言うんだから、間違ってるなんてことは絶対あり得ません!あたしは、先輩を信じてます。

 

「…分かりました。でも、もしも危なくなったら…その時は…」

 

あたしはきっと今、ものすごく不安な顔を先輩に見せていると思う。先輩がものすごく強いことは分かってる。でも、それ以上に何とも言えない不安定さが拭いきれません。

 

「俺はやられない。こんな所で、やられてたまるか…!」

 

先輩はどこか遠い目をしながら、小さく呟いていました。先輩にはきっとあたしには分からない景色が見えているのでしょうか…あたしには、一緒にその景色を見ることが出来ないのが…辛いです。

 

「合流するまで絶対に振り向くな…じゃあ行くぞ。1・2・3!!」

 

先輩は合図と同時にあたしの背中を軽く押すと、そのまま逆の方向へ駆け出しました。勿論、先輩の背中を追いたくなる気持ちに駆られました。でも、先輩の“信じろ”という言葉が頭の中から離れなくて…。

 

「先輩…先輩…っ!早く、早く遊佐先輩に伝えないと…!」

 

あたしは無我夢中で走りました。一分でも一秒でも早く先輩を助けるために…そして少し経った頃、漸く遊佐先輩たちを見つけて事情を説明し終えたその時…

 

パァンッ!パァンッ!!

 

乾いた銃声が二度、遠くで響きました。それもあたしが走ってきた方向から…それからのことはぼんやりとしか憶えていません。ただ、はっきりと憶えていることは…先輩と別れた場所から少し先の路上で雨に紛れて地面に滴っている大量の血、その周りで痛みを訴えて蹲っている多くの人の姿、そしてその血を垂れ流している原因…さっきからピクリとも動かないで地面にうつ伏せで倒れている“先輩”の姿。

 

「あ、あぁ…嫌ァアアアアアアッ!?!?」

 

あたしは思考の一切を失くして、その場に立ち尽くしてしまいました。あたしの悲痛な叫び声は降り続いている雨音に混じって、今にも消えてしまいそうでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、大丈夫?動ける人は他の負傷者をMOMOYAに連れて行ってちょうだい。奴の始末は…あたしが責任持ってするわ」

 

あたしは奴との戦闘で負傷したレジスタンスの仲間に指示をして、眼前で倒れている仇に再び銃口を向ける。仲間の協力もあって奴に銃弾を浴びせることに成功したけど、まだ致命傷には至っていないはず。またいつ襲いかかってくるか…。

 

「や、やめてくださいっ!!」

 

あたしの向けた銃の射線上に割り込む様に立ちはだかった少女…これは過去のあたし?幻覚の魔法を受けたのではないのなら、向こうの学園生ということになるけど…?

あたしは警告の意味を込めて語気を強めた。

 

「退きなさい、あなた達に危害を加えるつもりはないわ。用があるのはそこで倒れてる男だけよ。あなた達がもう一つの世界の学園生だということは分かっているし、必要な情報も提供する…でも、その男だけは許せない!!」

 

「そんな…何で、何でみんな先輩のことっ、苦しめるんですかぁ…!先輩は何も、悪いことなんかしてないのに…うぅ…」

 

向こうのあたしは涙で顔を濡らしながら倒れている男の身体を仰向けにして、奴の着ているシャツを捲って銃創のある箇所を探す。この娘、全然物怖じしてないの…?

 

「胸部右側と左の脇腹から大量に出血している…桃世くん、傷の手当てを」

 

「遊佐先輩…で、でも先輩にあたしの回復魔法は…」

 

向こうのあたしが陰りのある表情も見せる。奴に魔法が効かないことを知っているのね…なら、益々ここで見逃すわけにはいかないわ。

 

「あぁ、分かってるよ。だから君の保健委員としての知識が役に立つんだ。止血のやり方は分かっているね?」

 

「待ちなさい、今すぐそいつから離れなさい。これは警告よ」

 

あたしはあの男に駆け寄る遊佐 鳴子に銃口を向ける。きっと彼女たちもまた、さら達と同じようにあの男に騙されているに違いない。だから、彼女たちに非はない…先輩たちや仲間、私たちの全てを奪った元凶であるこの男を殺せば…全て終わる!!

 

「それは聞き入れられないな。彼は僕たちの要だからね…こんな所で死なすわけにはいかないんだよ」

 

「あなた達が欲しいのは私たちの持つ情報と“キー”でしょう?なら交換条件としてその男の命を差し出しなさい」

 

あたしの突き付けた条件、きっと彼女たちなら受け入れるはず。あの男一人を捧げれば自分たちの欲している物が手に入る…断る理由がない。そう思っていた。

 

「そうか…なら、その条件は飲めないな。彼なくして魔物の脅威を払うことは不可能だ。それにこれは君たちの遊佐 鳴子が出した結論でもあるんだよ」

 

「んなっ…!?あなた、正気なの!?」

 

あたしは驚きを隠せなかった。彼女たちにとって最も重要なはずの情報とキーを蹴ってでも、その男を選ぶという決断を。いい加減に、目を覚ましなさいよ…!

 

「…あなた達はその男の本性を知らないみたいだから、この際はっきりさせておくわ。その男は魔法使いでありながら第8次侵攻の時に魔物に手を貸してあたし達に攻撃を仕掛けてきた!その上、何の抵抗も出来ない人達まで巻き込んで…そのせいで何千何万という被害者が出たのよ!そしてそれは…今も続いている!だからあたしはこれ以上の犠牲者が出る前に…この男を「桃世くん、やめなさい」っ!?」

 

再び持っていた銃に力を込めようとした矢先、背後から伸びた手が肩に置かれる。振り返ると、そこには暫く身を潜めていたはずの岸田(きしだ) 眞吾(しんご)さんが立っていた。な、何でここに…?

 

「約束に間に合う様に急いで切り上げてきたんだが、着いた途端にのっぴきならない状況になってるもんでね…打ち砕いてみた」

 

「岸田さん…ご無沙汰してます。約束通り、夏海を連れてきました」

 

「…そうか。だが、今はそこで死にかけてる彼をどうにかする方が先決だ。彼をMOMOYAまで移動させるぞ…君たちも手伝ってくれ!」

 

岸田さんがあたしの承諾を得る前に遊佐 鳴子たちとあの男を担いで行ってしまった。何で、何であんな男に手を差し伸べるの!?あたし達の全ての日常を奪っていった忌まわしいあの男が…魔物殲滅の要?冗談じゃない!!あれは悪魔、またあたし達の前に現れて奪っていくに決まっている!今度こそ、あたしがこの手で…!

その思いが支配した瞬間、あたしはあの男の後を追った。今度こそ仲間たちを、あたし達の日常を守るために…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ、んっ…俺は…」

 

深い眠りから覚めた俺は身体に走る鈍い痛みと未だにはっきりしない意識の中、可能な限り眼を見開いて視界を確保する。すると、俺が寝かしつけられているであろうベッドの横で座っているももちゃんと視線が合った。

 

「…っ!せ、先輩っ!!」

 

すると、ももちゃんは俺を見るや否やとんでもないスピードで駆け寄って、そのまま抱きついてきた…うぐっ!?く、苦しい…!

 

「良かった…本当に良かったですぅ!!あたし、もうこのままずっと起きないんじゃないかって気が気じゃなかったんですよぉ…う、うぅ…」

 

ももちゃんは大粒の涙を流しながら、本気で俺の身を案じてくれているようだ。こんな俺なんかの為に…相変わらず優し過ぎる良い子だ。

 

「俺は今まで何を…この怪我は一体…?」

 

俺は身体を起こして上半身の至る所に包帯が巻かれている状況を見て、思わず困惑してしまった。すると、何故か恥ずかしそうな素振りを見せて急に口数が少なくなるももちゃん。な、何なんだ?

 

「え、えっと…憶えてませんかもしれませんけど、胸とお腹を撃たれてしまいまして…その時に怪我の処置をした際に、その…先輩のは、裸を…あぅ///」

 

ボンッ!という効果音が聞こえてきそうな程、顔を蒸気させているももちゃん。だが言わんとすることは何となく理解した。非常時だったとはいえ、見たくもないものを見せてしまったことになる…それは、ちゃんと謝っておくべきか。

 

「あぁ…それは、その悪かった。処置のためとはいえ、見たくもないもの見せられて嫌な思いさせただろう?」

 

「い、いえ!そんなことありません!寧ろ、先輩のそういった所も初めて間近で見れて役得というか…あぁ!別にただ先輩の裸体を見たかったというわけじゃなくてですね!?服の上からじゃ華奢に見えても実は中々に筋肉質で腕周りも意外と太くて頼り甲斐がありそう〜とか、割れた腹筋を枕にして寝てみたい〜とか思ったりなんかしたみたり!り、理想は先輩の腕枕で一緒に…は、恥ずかしい!!」

 

俺が頭を下げて謝罪すると、何を思ったのか急に両手をわたわた振り乱してとんでもないことを口走るももちゃん。これは…きっと血を見た所為で軽くショック状態になってしまったのだろう。少なくとも俺の知るももちゃんはこんな変な子じゃない。

 

「…それより、今はどういう状況になってる?雨音が聞こえるってことは、まだ灰街なんだろ?」

 

俺は意識を失っている間に何か進展はなかったかを尋ねる。

すると、ももちゃんも流石に茶化せない空気を感じたのか一生懸命ピリッとした雰囲気を纏って、自分たちの状況を説明してくれた。

 

「は、はい…先輩と別れた後、遊佐先輩たちと合流したんですけど“向こうのあたし”が…何というか凄く怖くて、あたしと同じとは思えなくて…って、そんなことはどうでもいいですよね。えっと、そうだ!行方不明だった岸田先輩のお父さんが見つかったんですっ!岸田先輩、本当に嬉しそうで…その姿を見てあたしも思わず感極まってしまいましたよ」

 

夏海ちゃんの、お父さん?その人も裏世界にいたのか…前に一度、夏海ちゃんにそのお父さんの話を聞いたことがある。確かその時は亡くなったと聞いたけど、どうやら事実は違ったようだ。

 

「そうだったのか。夏海ちゃ…ウゥン!岸田の親父さんが…それでこっちの桃世は「あたしがどうしたって?」っ!?」

 

突然、扉のほうから声をかけられる。振り向くと、そこにいたのはたった今話題にしていた裏世界の桃世 ももだった。扉にもたれかかって不機嫌そうにこっちを見ている彼女…俺は意識を失う寸前の出来事をフラッシュバックする。俺は何人もの大人に強襲されて必死に抵抗している最中、突然背後からの発砲音が響き…俺の身体をいとも簡単に貫いた。そして、それを撃った人物は…目の前にいる桃世 もも。

 

「な、何ですか…また先輩を襲うつもりですか!もしそうだとしたら、あたしは…!」

 

ももちゃんが俺の前で庇う様に立ち上がる。同じ人間とはいえ、12年という歳月の違いはここまで人を変えてしまうのか?やはりこちらの世界の俺はさらやこの桃世 ももの言う通り“仇”と呼ぶべき存在に間違いないのか?だとしたら…

 

「用があるのはあなたじゃないわ、そっちの男よ」

 

「あたしは、あなたのことを信用してません。先輩を傷つけたあなたのことは…!」

 

二人の桃世 ももが互いに睨み合って、今にも一触即発という雰囲気を醸し出している。これは、止めるべきか…?

俺は立ち上がりももちゃんの肩に手を置いて、静止の言葉を投げかけた。

 

「桃世、もうそれくらいにしておけ」

 

「せ、先輩!?でも…!」

 

「俺は大丈夫だから…アンタの話を聞く。だから彼女のことは…」

 

「…えぇ、いいわ。貴方が要求に従ってくれるのなら、この子の非礼は水に流してあげる。あたし達にはそれくらい言う権利があること、分かってるわよね?」

 

俺が視線を送ると、妙に素直に快諾した桃世 もも。くっ、結局のところ主導権は向こうが握っているという現実を改めて突き付けられる。

 

「…あぁ。桃世、俺が話をつけるから部屋から出てろ。俺が指示するまでは誰も部屋に入れるな」

 

「えっ!ちょ、先輩っ!?」

 

俺は困惑したままのももちゃんの背中を押して、強引に室外へ追い出して施錠する。こうでもしないと、ももちゃんは意地でも部屋に居座ると言うに決まっているからな。さて、ここからどう出るか…。

 

「あなた、自分の置かれている状況がまるで理解できていないようね。疑惑を持たれている中であたしと密室で二人きり、それも部屋に誰も入れるなですって?お前を殺せるこの好都合な状況をみすみす逃すと思っているわけじゃないわよね?」

 

そう言って、忍ばせていたナイフを徐ろに見せつける桃世 もも。残念ながら、俺が意識を失っている間に彼女の考えは変わらなかったようだ…期待はしていなかったが。

 

「お前が仲間を呼んで駆けつけるまでのおよそ3秒間、それだけあればお前の心臓を確実に刺し貫くことが出来る。それとも逆に…あたしを殺す?」

 

「そんなことしたって状況が好転しないのは分かってる。何よりも彼女たちにはアンタの助けが必要なんだ…その為なら俺をどうしたって構わない。アンタの好きにしろよ」

 

俺は既に諦めの意思表示をして開き直る。この際、俺の生き死になんて二の次だ…。

 

「…あたしがやらないって舐めてるの?それともこの状況でもあたしを殺せるっていう余裕?」

 

「そんなんじゃないさ。アンタにどう思われようが、俺にとっての最善手はコレだ。気の済むまで刺して、殴って、撃ち抜いてくれ。ただ、一つだけ聞かせてくれないか?」

 

「…頼み?」

 

「さら達は、ちゃんと生き残って…その、今も無事でいるのか?」

 

突然の俺の頼みに困惑の表情を見せる桃世 もも。しかし、意外にもそれを払いのけることはなく返答してくれた。

 

「…えぇ、少し前までここに居たわ。“JCという人間がどれだけ真っ直ぐで正しい存在なのか”そんなことを力説していたけど、あの子も過去のあたしも可哀想に…お前に誑かされて目の前の真実を見失ってしまうなんて」

 

「…そうか。それが聞ければ十分だ…さぁ、一思いにやってくれ」

 

俺は両手を広げて、無抵抗の意思を示す。目の前の桃世 ももの顔に一瞬の翳りが見える…きっと彼女の中で過去から今に至るまでの様々な思いや葛藤が湧き上がっているのだろう。真実がどうであろうと彼女の中の仇である俺にはそれを受け止める責任がある…俺が表と裏を繋ぐ礎になってやる。

 

「…言われなくても。ふぅ…みんなの、仇ィイイッ!!」

 

遂に決心した桃世 ももが持っていたナイフに力を込め、助走によって肉迫した俺の身体に突き刺した。

 

「うぐっ…!?く、くはっ…!」

 

皮膚を貫き、体内に刃が侵入するごとにブチブチと肉を切り裂く鈍い音が聞こえてくる。気を抜けば激痛で今にも意識が飛びそうになるが…まだ、彼女の怒りはこんなもんじゃ収まらないだろう。

 

「んぐっ…へ、へへっ…!どうした…?こんなんじゃ、俺は死なねぇぞ…?」

 

俺はあえて気丈に振る舞って桃世 ももを挑発する。こうなったらもう止まらない…俺も彼女も行けるところまで突き進む以外、この悲し過ぎる惨状に終わりを告げることは出来ないんだ。

 

「…っ!?こ、このォオオッ!!」

 

怒りに支配された桃世 ももは一旦ナイフを引き抜き、そして再び助走の勢いに乗せて俺の腹の深くまで刺しこんだ。

 

「うぐっ!!か、かはっ…!?」

 

半ばタックルの如く勢いに乗った一撃を受け止めきることが出来ず、床に倒れ込んだ俺の上に桃世 ももが馬乗りになる形で着地し…そして、再び彼女の呪怨を込めた追撃が始まった。

 

「先輩たちを…!仲間たちを!何の罪もない人たちを…お前が殺したァア!!」

 

引き抜いたナイフを逆手に持ち替え、渾身の力を込めて俺に何度も振り下ろす。刃が肉を切り裂く度に傷口から鮮血が勢いよく噴き出し、激痛と共に俺の意識をどんどん不明瞭なものにしていく。

だが、これでいいんだ。俺が彼女の恨みを受け持つことで、ももちゃんたちとの関係が良好になるのなら…それにこれは俺にとっての試練でもある。彼女たちの恨み辛み一つ受けられなくて、何が幸せになってもらいたいだ…耐えてみせる。耐えて耐え抜いて、そして俺は…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ、ここは…?」

 

目を覚ますと、俺の視界に映ってきたのは真っ白い天井だった。それも何処か見覚えのある景色だ…そうだ、この場所は…!

すると、突然何かが落下した音が聞こえてくる。俺はその方向に目を向けると、扉の前で俺の方を見て立ち尽くしている人物の姿があった。

 

「…優子、さん?」

 

俺は微睡む意識の中、彼女の名前を発した。すると、目の前の彼女は有無を言わずに俺の側に駆け寄って、そのまま俺の身体を優しく抱き締めた。

 

「JCくん、良かった…本当に良かったよぉ…!!」

 

涙ぐみながら俺に安堵の言葉を投げかける優子さん。俺は…どうなったんだ?

 

「ゆ、優子さん…俺は一体…?」

 

「ぐすっ…JCくん、全身に30箇所以上も刃物で刺されて血だらけの状態で搬送されてきて、その上二週間も寝たきりで…私もう心臓が止まりそうだったんだよ?」

 

涙を拭いながら俺が運び込まれた時の様子を話す優子さん。全身に30箇所以上…その数で納得したのか、それとも途中で止められたからその数なのか。いずれにせよ、桃世 ももの怨みはそれほどまでに大きかったんだな…だとしたら、彼女はこちらの助けになると約束してくれたのか?

 

「優子さん、悪いけどデバイス取ってもらってもいいかな?確認したいことがあるんだ」

 

「えっ?うん、いいけど…はいっ」

 

棚の上に置いてあるデバイスを受け取った俺は、すぐにとある人物に連絡をとる。数コールめで出てくれたよ。

 

《よかった…意識が戻ったら僕から連絡をとろうと思っていたところだよ》

 

「遊佐 鳴子、単刀直入に聞く。今回の説得は…やはり失敗だったのか?」

 

声色に恐怖が混じり、微かに声が震えてしまう。さら達に理解してもらえていただけに、あそこまでダイレクトに憎悪の感情をぶつけられるとこんなにも堪えるとは考えが及ばなかった。

遊佐さんは一拍置いた後、優しく諭すように語りかけた。

 

《…大丈夫、ちゃんと手応えはあったよ。それに国連の決断についても伝えたし、彼女たちが裏世界に固執する理由とその解決が提示できた。理論的にこちらに来ることを拒否する選択肢はないはずだよ。それに…》

 

…ん?何故そこで言葉に詰まる。誰かと話しているのか?

 

《あぁ、ごめんごめん。それより、君の容体を詳しく聞かせてほしいんだけど…“傷口の具合”はどうだい?》

 

傷口?傷口って…どの傷口のことだよ?多過ぎてどれのことかわからない…というか、身体の何処を見てもそんなの見当たらないんだが…?

 

「傷口の縫合が上手くいったのか何だかは知らないが、随分と綺麗なもんだぞ?30箇所以上も切れてたなんて言われなきゃ分からんレベルだな。それがどうかしたのか?」

 

《…いや、少し胸騒ぎが収まらなくてね。君が元気なら僕も嬉しいよ。時間が出来たら君の退院祝いも兼ねて食事にでも行こう。勿論、君の独占取材をさせてもらうけどね♪あぁそれと…桃世くんのことは許してあげてくれ、彼女なりに君のことを考えてのことだと思うからさ。それじゃあね》

 

むっ…言いたいことだけ言って、切りやがった。それにももちゃんがどうとか言い残してったな、何だったんだ…うおっ!?

 

「JCくん、一体どーいうつもり?緊急搬送されるような生活を送ってるのに色んな女の子にデートに誘われるなんて…許せないっ!」

 

「えっ、何で?」

 

「…だってぇ〜!ぷいっ」

 

優子さん…嫉妬してくれるのは嬉しいけど、せめてその理由までちゃんと教えてください。あと、そんな可愛らしい不満顔で逸らされると他の患者さんとか先生方にまた口説かれちゃいますよ。

そんなことはおくびにも口にすることなど出来ずにいると、急に身を乗り出して何処から取り出したのかも分からないチラシを不満顔のまま俺に見せる優子さん。

とりあえず内容に目を通してみようか。

 

「えっと、“風飛デザートフェスタ”?二月は聖戦であり祭典…月末まで全品20%オフ。優子さん、もしかして駅前の店のコレに行きたいの?」

 

「ーーーッ!」ブンブンッ

 

う〜ん、凄い勢いで頷いてる。っていうか、仕事中もそういうの持ち歩いてるのか。

 

「行くのは構わないんだけど、俺あんまり金持ってないし…それに優子さん、年末年始関係なくずっと出勤だったの知ってるのに、そこに全乗っかりするのは申し訳ないよ…」

 

「ゆ、有給取るからっ!!お金も気にしなくていいよ!残業代でいっぱい稼いでるからっ」

 

「結構リアルな話!聞きたくなかった!」

 

優子さん、急に現実的な反応やめてよっ。月末までは残り10日弱くらい…明日速攻退院して、何とかして金を作らないといけないな。

 

「優子さん、お金の心配はしなくていいよ。だから月末の最終日は絶対に休み確保してよね…約束っ」

 

俺は右手の小指を立てて、優子さんの前に突き出す。すると、さっきまでの不満顔は見る影もなく消え去り満面の笑みで約束の指切りに応えてくれた。

 

「うん、楽しみに待ってるから!絶対行こうねっ♪」

 

俺、多分一生この人に逆らえないんだろうな…という思いが生まれた瞬間であった。さてと、明日から金策しないとな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【調査結果の報告】
ICレコーダー ON

ーー …おっ、急に電源入れたね。別に聞かれて困ることは言うつもりはないんだけどさ。

「岸田さんの教えを守ってるだけですよ。拾える情報を根こそぎ拾う、その為にはあらゆる手段をもってぶつかるべし…ってね」

ーー はははっ、師匠冥利に尽きるってこういうことを言うのか?まぁそれは置いておくとして、そろそろ本題に入ろうか…“インドのゲートが何者かによって閉じられた”。

「っ!?それは、興味深いですね…時間停止の魔法とは全く異なる方法が存在して、それを使えばゲートを消滅することが出来るのか…んっ、デバイスから…JCくん?岸田さん、すみません」

ーー あぁ、構わないよ。そうだ、彼の容体について詳しく聞いてもらってもいいかな?

「分かりました…んんっ、もしもし僕だよ。ハハッ、ごめんごめん…でもよかった。意識が戻ったら僕から連絡をとろうと思っていたところだよ。うん、うん…」

ーー じゃじゃ馬な子供だと思っていたけど、いつの間にかちゃんとした女性に成長したじゃないか…あっ、今のはオフレコで頼むぞ。

「…いや、少し胸騒ぎが収まらなくてね。君が元気なら僕も嬉しいよ。時間が出来たら君の退院祝いも兼ねて食事にでも行こう。勿論、君の独占取材をさせてもらうけどね♪あぁそれと…桃世くんのことは許してあげてくれ、彼女なりに君のことを考えてのことだと思うからさ。それじゃあね…ふぅ、岸田さん。あんまり人の顔見てニヤニヤしないで下さいっ」

ーー ハハッ、悪い悪い。あまりに嬉しそうに話すもんだからなんだか微笑ましくてね……それで、彼はどうだった?

「…俄には信じられないですが、彼は“傷は無かった、看護師に言われて初めて知った”と」

ーー何だって?それは変だな…少なくとも僕たちが桃世くんに襲われている彼を発見した時には、部屋中が血の海と化すくらい出血していたんだぞ。それもおよそ人間の致死量を遥かに越えていた…普通の人間なら間違いなく助からないはずだ。まさかあの仮説は本当だったのか…?

「岸田さん…“あの仮説”って何のことですか。まさかJCくんの出生について何か知っているんですか?」

ーー これはあくまで噂なんだが、過去に日本政府が秘密裏に研究していた生体兵器…つまり“霧に順応した魔法使い”の製造をしていたらしい。おかげで本来届出が出されるはずの魔法使いが何人も行方不明になっていた、それも何十年にも渡って行われていたようだ。恐らく彼はその研究の数少ない成功例だ。そして、僕は裏世界で彼以外のその研究の成功例と思われる魔法使いを見たことがある。

「…何ですって!?それって、まさか…」

ーーその魔法使いを僕たちはこう呼んでいる…“スレイヤー”とね。

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