グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い 作:自由の魔弾
「ク〜ン…」
「ジーっ」
ふうびきっずの警備という名目で職業体験のクエストを受けたわけですが……何故私が警察犬の訓練士なのでしょう?警察官やCAといった人気のある職業とは程遠いような気がしますし、何より今回ペアとなるこの犬…さっきから私に怯えているように見えるのですが?
「もう一度いきますよ?待てっ」
「ク〜ン…ワンッ、ワンッ!」
「…やっぱり駄目ですね。躾の仕方が悪いのでしょうか?」
「…っ!?ク〜ン、ク〜ン!」
見るからに媚びてきましたね。少し毒を吐いた途端に擦り寄ってくるとは、現金な性格をしてますね。それにこの表情、目つき……何処となくあの人に似てる気がします。
「………」←無言で犬の頬を摘んで引っ張っている。
「キャン!キャン!?」
うむむ〜…何故か段々とムカついてきました。どうしてあなたはいつもそうなのですか?何で黙っていなくなってしまうのですか?そんなことして私が心配しないとでも思っているのですか?何とか言ってみなさい。えいっ、えいっ。
「ク、ク〜ン…」
…何ですか、急に弱々しい態度を見せて。それで反省したつもりですか?今更そんな態度を見せたって許してあげないんですから…。
(…薫子さん、ごめんなさい)
「っ!!JC、さん…?」
そんな、まさか…私も相当疲れてるのでしょう。いるはずの無いJCさんの幻聴まで聞こえるなんて。でも、もし幻聴だとしても私はもっとその声を聞きたいと思い、耳を澄ませました。
(…僕は、僕を受け入れてくれる居場所に、行きたい。生きてても良いよって、認めてもらいたい…)
これは、本当に幻聴なのでしょうか?それにしては、やけに生々しいというか…まるで本当にJCさんが心の内を伝えてくれているような…ん、まだ続きがあるみたいですね。
(…あと、動物には優しくしてあげて)
…これ、絶対何処かで見てますよね?見ながら言ってますよね!?一体どういうことですか……あっ、逃げましたね!?もぅ、分かりましたよ。優しく、優しくしてあげれば良いのでしょう?うりうり〜!
「…っ!?ワンッ、ワンッ!!」
「………」
俺はベッドの上で上半身を起こして、ふと窓の外を眺めながら自分の中で変わりつつある“何か”を思い起こしていた。心ちゃんからの衝撃の告白を受けたあの日を境に、俺を取り巻く環境は変わってしまった。それは一体どんな告白かって?ふふっ…聞いたらきっと驚くぞ。
俺、既に死んでるんだってよ。それに最低でも“二回”は…ハハッ、もう訳わかんなくって笑えてくるよな。本当…俺って何なんだ?
そんなことを考えていると、不意に部屋のドアがノックされそのまま開かれた。視線を向けるとお盆に二人分の朝食を乗せた心ちゃんが少しそわそわした様子で立っていた。
「あ、あの…よかったら一緒に食べない?ほ、ほら!お兄ちゃん、起きてからずっとご飯食べてなかったからお腹空いてると思って…だから、その…」
チラチラと俺の方を見てそう誘ってくる心ちゃん。最初のうちは意地を張って拒んでいたけどもうそんなことをする気力すら湧いてこないし、それにもうそんなことをする理由も無くなった。
「…分かった、一緒に食べよう」
「…っ!う、うん!すぐに用意するね!」
俺の返事が意外だったのか始めから断られると勘繰っていた心ちゃんだったが、俺が申し出を快諾したことで急いでテーブルの上に運んできた料理を並べていく。その表情は何とも晴々とした様子だ。
「さぁ、遠慮しないでドンドン食べて良いからね!」
「…いただきます」
テーブルの前に座った俺は目の前に並べられた白ご飯、お味噌汁、焼き魚とサラダと次々に箸を伸ばして口に運んでいく。どうやら心ちゃんは和食派らしい…因みに俺は特に拘りは無い。美味しければ和でも洋でも中華でも。
「どうかな?お口に合うと良いんだけど…」
普段の勝気な態度とは裏腹に、その豊満な胸の前でお盆を抱えたまましおらしく俺の感想を待っている心ちゃん。もう俺の中で遠慮することは無くなっている、故に答えは決まっていた。
「…あぁ、すごく美味しいよ。心ちゃんは料理が上手いんだなぁ…良いお嫁さんになると思うよ」
「えっ!?そ、そうかなぁ?頑張っていっぱい練習したからそう言ってもらえると嬉しい…でも恥ずかしいよぉ〜!?」
僕が褒め言葉を口にすると、それを受けて心ちゃんは自分の頬に両手を添えてブンブン振り乱して悶えていた。そんな様子を見て心が温まる反面、よくもそこまで思ってもいない言葉をつらつらと並べられる自分を卑下した。もう全てがどうでもいい、だって俺はもう死んでるんだから。
「もっと自信を持っていいと思う。俺は好きだよ、心ちゃんの味付け…って、何やってんの?」
「へ…?なんか急にお兄ちゃんのこと撫で撫でしたくなっただけだから、気にしなくていいよ」
言葉の途中で急に隣に移動してきて、俺の頭を撫で始める心ちゃん。もう何とも思わないよ、だから俺は気にせずに飯を食う。でも不思議と嫌な感じはしなかった、寧ろ何処か懐かしい感覚を覚える。
そんなことを考えていると、心ちゃんがふと俺の左手の“ある部分”を見ながら心配そうな声を上げた。
「…傷、やっぱりまだ痛む?心が代わりに持ってあげよっか?」
「いや、もう傷口は塞がってるし傷自体もそこまで深いものじゃなかったから大丈夫。心配してくれてありがと」
俺は左手の傷を隠すように遮って、空いてる右手で心ちゃんの頭を撫でる。すると、途端に幸せそうな声を漏らす心ちゃん。それを尻目に俺は左手の傷を眺めながら感慨にふけていた。
端的に言って、この傷は刃物を左手首の静脈を狙って切りつけた所謂“リストカット”の傷だ。あの衝撃の告白からの数日間は今まで感じたことのないくらい強い感情を呼び起こして、恐怖する、泣く、怒る、叱責する等の感情を短絡的に示すようになった。そして、それらの感情が全て無意味なものと感じ始めたある時、俺の心の中に安堵の感情が入り込む余地など無く、又心理的な苦痛から一瞬でも早く抜け出す為…場当たり的な心痛の緩和の意味を求めた末、心ちゃんの目を盗んだ一瞬の内に部屋の中に置いてあった包丁を使い自傷行為に走ってしまった。目論見通り刃は血管を深く傷つけ一瞬の内に傷口から血がとめどなく溢れ出したことで俺は気絶した。再び意識を取り戻したのはそれからひと月ほど経った頃、自分では致命傷のつもりだったがまた生き長らえてしまったようだ…もう死んでるはずなのに。
「あっ、そうだ。心、これからまた裏世界に…そっちで言う表世界に行かなきゃいけないの。お仕事しなきゃいけないんだ」
「仕事?一体何の…もし危ないことなら」
「あ、いやそんな難しいことじゃないんだ。でも多分何日かお家を空けちゃうかもしれないんだけど…それまでここで待っていられる?」
表世界、俺が元いた世界か…戻ったところで俺が安心できる居場所なんかどこにも無い。敵の正体が誰かも分からないまま命を狙われるだけだ…それに、もう誰かを疑ったりする気力も起きない。疲れたよ、戦いたくもない。
「分かった、俺はここで心ちゃんが帰ってくるのを待つよ。でも、なるべく早く帰ってきてほしいな」
「…可愛い」
顔を紅潮させて即座に抱きしめてくる心ちゃん。顔に柔らかい感触が直に襲ってくるのでもうやめて。君はもう立派な大人なんだから。
「お邪魔しま〜す。おひさ、武田さん」
「国連会議以来だろう。そこまで時間が経っていないじゃないか」
「ふふっ、その偉そうな喋り方…懐かしいわね。ちゃんと伝統を守ってるんだ」
「あなたのように飛び抜けた実力があれば、不要なのだろうがな」
会長と我妻 梅が互いを認め合うように言葉を重ねます。世界で二番目の実力を持つと称されている彼女が学園に来た理由は、イギリスの特級危険区域内に存在するヘリオットのゲートの調査に際し、協力を要請するためです。今度の作戦はネテスハイム・グリモア・IMFの共同作戦となるため、IMFの代表として我妻 梅に同行してもらう必要がありました。
「ふ〜ん…それってもしかして、私がグリモア出身で学園に有利なように動くからって誰かが言ったんじゃないの?」
「そこまでの考えはない。だがこちらの事情によってはできれば今年中に、霧攻略の目処をつけたいと思っている」
「随分と忙しないんじゃない。それって本当にあなた達の導き出した答え?それとも…誰か違う奴がそう提言しろって脅してるの?」
この人、一体何を勘繰っているのでしょう。会長が権力に屈すると?そんなことは断じてあり得ません!少なくとも、私の知る武田 虎千代という人間は誰よりも気高く誇り高い人間です。
「我妻さん、あまり不躾な物言いはおやめ下さい。貴女が考えているようなことはありませんし、例えそういう輩がいたとしても会長が言いなりになるなど「執行部」…?」
私の言葉を遮るように放たれたその言葉。私には一体何のことかさっぱり分かりかねますが、会長だけは何故か面食らった様子でした。
「…やっぱりか。でも今の感じからして武田さん以外のメンバーには内情が伝わってないのね。またお得意の隠し事ってことは、今でも学園生を意のままに出来ると思ってるんだ……本当、成長しないよね」
「あの、我妻さん…宜しければどういうことか説明をして頂いてもよろしいでしょうか?」
何かを嘆くように吐き捨てた言葉の真意が理解出来なかった私や聖奈さん達は、唯一その真意を理解している彼女に説明を求める。
「先に言っとくけど、そのヘリオットのゲートの調査には参加してあげる。でも、それから先のことは正直言って快諾は出来ないかな…少なくとも、行方不明になってるJCくんの安否を確認するまでは学園からの案件を受けるつもりは無いし、政府の息が掛かってる執行部も信用しない。まぁ、武田さんもたぶん分かってると思うけど、私たち“魔法使い”の敵は霧だけじゃないんだよねぇ」
我妻 梅の言葉に私は衝撃を受けました。何故今ここでJCさんのことが話題にあがるのか、それが執行部とどう関係があるのか、そして会長が黙認し続けた理由が何なのか…既に私の理解の範疇を超える謎へと変貌していきました。
「…あたしは、JCを守りきれなかった。どう言い訳したところでその事実が変わることは無い。唯一あたしだけはJCを守れるだけの力を持っていたというのに…くっ!」
「会長…」
会長は怒りの感情に任せて壁に拳を叩きつけます。それはJCさんを救えなかった自分の無力さを憂いての行動だとすぐに理解出来ましたが、会長だけというのはどういうことなのでしょう…?
意外にもその問いに答えてくれたのは、我妻 梅でした。
「生徒会長ってさ、立場上普通の生徒が知らないようなことも知っちゃうし、それを知ったところで強大な権力に守られてる相手に一人じゃ出来ることも限られてるんだよね。私が国軍じゃなくてIMFに入ったのもそれが一番の理由…一つの立場だけで物事を判断してると、偏った見方しか出来なくなる。去年の夏くらいから第6次侵攻の時に北海道に残ったJCくんをすぐに助けられなかった記憶が混ざっててねぇ…だから、もう誰も失いたくないんだ」
「それは、去年の今頃JCが霧の嵐に巻き込まれたという…まさか今回も!?」
「まぁ、その可能性もあるよね。もし裏世界にいるならゲートの先の世界に行って保護しなきゃだし、それと並行でもう一つやらなきゃいけないことがあるの」
やること、ですか?それは一体…。
「始祖十家のマーヤー・デーヴィーが学園のセキュリティネットワークに侵入した形跡を見つけたわ」
「邪魔するわ」
私は表世界での仕事を済ませるため、霧の護り手の本部を訪れていた。中でも幹部クラスのみが存在を知る隠し部屋に入ると、共生派でタカ派の筆頭である間ヶ岾、JGJ三男坊の神宮寺 光男くん、そして全身を黒いフードで纏った“スレイヤー”の二人……おかしいわね、一人足りない。
「奴のことは気にしないでいい。我々の仕事とは別件で動いてもらっている……それより、君の“想い人”は一緒じゃないのかね?てっきりここへ連れて来てくれるとばかり思っていたのだが」
「…っ、彼はもう戦うことを望んでない。それに彼の処遇は私に一任する約束でしょ?その為に私はあなたの野望に手を貸したんだから」
「ふふっ、分かってるさ。君とはビジネス上での関係、ギブアンドテイクの条件を逸脱するほど互いを干渉しないルールだったからね。興味本位で一目見ておこうと思っただけさ…それより、双美くんも来たことだしこれからの話をしよう」
間ヶ岾は仕切り直すように再び光男くん達の方へ向き直す。私が来る前にも何か話していたみたいね……まぁ、私とお兄ちゃんには関係ないことだわ。
「ついさっきも話したが、魔法使い共がヘリオットのゲートの先にある世界を見たようだ。光男くんと見た魔物が完全に消え去ったあの世界だ」
「将来的に霧が無くなることが約束されているのに、それを世間に公表しないなんて…無益な争いはすぐに止めるべきだ」
「光男くん…その話はもう解決したはずだ。年明けの国連総会で魔物は殲滅すると決断し団結しようとする人類に対して、君は要らぬ一石を投じようとしているのだよ。共生派、というより穏健派としては至極真っ当な意見だが勘違いしてはいけない。人類全体で見れば我々は少数派であり“異端”なのだ」
間ヶ岾は見るからに呆れた様子で光男くんを諭している。最近ずっとこのやりとりを見てる気がする、というより光男くんが間ヶ岾の思想に反抗し始めたのね。
「どうでもいいけど、私が呼ばれた理由は何?早く済ませて帰りたいんだけど」
「双美くん、少しは欲を抑えてくれないか…ともあれ、近々キネティッカを使ってテロを起こすつもりだ。世界情勢を混乱に陥れる為、君には“ある映像”を流してもらいたい。簡単な仕事だろう?」
ある映像…確か裏世界でJGJの軍隊が調査か何かしてたって奴だっけ。でもあんなもの流出させた所で一体何のメリットがあるのかしら?
「何だねその顔は…一応説明しておくが、奴等は自分たちが知り得た情報を世間に秘匿していた。そんな奴等が一方的に魔物を殲滅すると宣言したところで人類を騙していたとなれば、自ずと民衆は殲滅派へ不信感を抱くという算段だ。それに加えて、グリモア内で始祖十家の魔法使いが騒ぎを起こしているという情報も入っている。学園の一生徒を殺すとか…どうやら行方不明をいいことに君の想い人に成りすまして学園に潜入していたらしいじゃないか?」
「…あまり気分の良い話じゃないわね。でもいいわ、もう少しだけ貴方の理想に手を貸してあげる…けど、時期を過ぎたら私は手を引かせてもらうわよ。光男くんもそろそろ身の振り方を考えた方が良いよ?」
「そんな…僕は、ただ争いたくないだけなのに…」
そうだ。私には何があっても守らなきゃいけない人がいる。22年という長い月日を経てやっと再び巡り会えたお兄ちゃんを、今度こそ離さない為に。その為にお兄ちゃんを脅かす敵は全部排除しないと。
それにしても、このフード姿の無機質な魔法使い…不気味ねぇ?
「はぁ…はぁっ…学園生が、こんなにも強いなんて…でも、この一撃で終わらせる!!」
私は目の前で対峙するグリモアの魔法使いの実力を前に、取り繕うことなく本音を漏らす。それは自分が始祖十家という他よりずば抜けた実力を持っているからこそ、その過信を改めなければいけなかった。
そもそも本来ならこんな騒ぎになるはずじゃなかったんだ。私は始祖十家の特権を行使して風飛市の市街地に魔物が出現したという誤情報を流し、対応として市民を街の外に逃がして封鎖する。そして学園から程遠い駅前に構えて私が最も得意とする魔法による超長距離攻撃で“転校生”と呼ばれる生徒を暗殺するだけのはずだった。それが裏世界から持ち帰った人類にとって唯一の希望…魔物化する前に“ムサシ”を倒すことだった。
それなのに現実は非情で、私の目の前には彼を守るために多くの仲間が立ち塞がる。その中には同じ始祖十家の梅とコズミックシューター改め世界最強の魔法使い“ジェイソン”の姿もあった。同じ立場である彼等とも考え方の違いから道を違えてしまったのね…本当に人類のためを思うなら、その行いはきっと後悔に変わるわよ。
「…っ!せ、先輩!?来ちゃ駄目です!」
目の前の学園生の一人があの転校生と呼ばれる生徒に向かって制止の言葉を投げかける。学園から出てきたのは予想外だったけど、こうして他の魔法使いが私に向かってきている状況を考えれば納得がいく。この距離なら外しはしない!!
「死になさい!!」
私は目の前の魔法使いを振り払い、最大限に威力を高めた
「…!?させない!」
梅がいち早く反応し、転校生の前に立ち塞がる。例えあなたでも本気の一撃をまともに受けて無事じゃ済まないわよ!?
「うぐっ……何でって顔してるね。こう見えても私、結構怒ってるんだよ?」
「…怒る?」
「そうだよ。何の相談も無しにこんな騒ぎ起こして、後輩の命狙って…でもね、一番許せないのは…“あの子”に成りすまして帰りを待ってた子たちを欺いたこと。それだけで、私はあんたを引っ叩かないと気が済まないの!」
梅、あなたがそこまで後輩思いだったとは知らなかったわ。確かに数日間、行方不明の男子生徒に認識させる幻覚の魔法を使って学園に潜入していたけど…他の生徒の時より反応が違ったのよね。殆どの生徒から恐れられていたり、それでいてごく一部の生徒からは明らかに好意を持った視線を向けられていたりとかなり謎の多い生徒のようね。でも、それが梅と何の関係が…?
「どういう事情があるにせよ、それと今回のことは関係無い!次は容赦なく撃ち貫くわ…分かったら彼の前から退きなさい」
「そんなことしていいと思ってるの?始祖十家同士が争ったら、それこそ魔法使いの信用は地の底まで堕ちることになるよ」
「…こうなった以上、覚悟は出来てるわ。本当に間違っていると思うなら、私を殺してでも止めるべきだったのよ。梅もジェイソンも…その覚悟が無いなら邪魔をしないで!」
私はそう吐き捨てて、もう一度転校生に狙いを定めて魔法で狙撃する。手負いの梅はもう防げない、ジェイソンも梅同様“不争の誓い”で私に手を出さない。残ったのは学園生の障壁の魔法とデクの装甲のみ…今度こそ!
私の思いを乗せて放った魔法は確かにその身体を貫いた。
「…えっ、嘘…!?」
梅の困惑した声が聞こえてくる。しかし、それは私も同じだった…何故なら私の魔法が貫いたのは転校生ではなく“私が成りすましていた行方不明の男子生徒”だったのだから。
胸の辺りに焼けつくような痛みが広がる。どうやら魔法によって拳程度の穴が空けられ、そこから大量の血が流れ出してしまったようだ。
「JC、くん…どうして」
背後で我妻 梅が酷く困惑した様子で俺を見る。あんただって同じことをしてたくせに、何でそんなに怯えてる?
「教えろ。マーヤー・デーヴィーってのは、どいつだ?」
すると、我妻 梅は俺の対面にいる奴を指差した。あいつか…俺の身体に穴空けた奴は。
「マーヤー・デーヴィー、転校生を殺すのはやめろ。さもないと、俺がお前を殺すぞ」
「貴方は…たしかJCって言ったわね。退きなさい、例え“スレイヤー”が相手でもこれだけは果たさなければならない!」
「…それだと俺が困るんだが、この身体に空いた穴に免じて勘弁してくれないか?」
冗談めかして言ってみるが、反応はあまりよろしくない。まぁ、そんなことで引き下がってくれるとは思わんが。
「やむを得ないか…なら、実力行使させてもらう」
俺は紫の力を発現させ、一歩ずつマーヤー・デーヴィーとの距離を詰めていく。その間にも俺に魔法を放ってくるが、紫の状態である今の俺に効果は無い。それが例え始祖十家が相手だろうがそこに例外は無い。
「くっ…何で、全弾貫通してるのに…何で倒れないのよ!!」
相当焦ってるな。そりゃ目の前の奴が魔法何発も喰らってるのに、気にせず迫ってくるんだから怖いか。だが、そんなの一々気にしてたら大事なことを見逃すぞ。
「おら、捕まえた。それで…降伏か続行か、好きな方を選べ」
全身血だらけになりながらもマーヤー・デーヴィーの腕を掴み拘束する。最後のチャンスのつもりで聞いてみるが、多分意にそぐわない回答なんだろう。その時は、容赦なく潰す。
「私は、やめるつもりは無い…人類を救う為には彼を殺すしかない!!」
拘束されても尚、空いている方の手から魔法を放とうとするマーヤー。俺は急いでその手を掴み俺の方へ強引に引き寄せ、再び俺の肉体を吹き飛ばさせる。その際に間近で大量の返り血を浴びたマーヤーは次第に魔法の使用不能状態へと移行した。これでもはやマーヤーの戦闘能力は皆無となった……だが、こいつが諦めない限りまた命を狙う恐れもある。
「あんたが諦めない以上、ここで見逃すわけにはいかない。悪いが…ここで死んでもらう」
『…っ!!』
周囲にいる奴等が尚も息の根を止めようとする俺に衝撃を受けているみたいだ。振りかぶった俺の拳はマーヤーの顔……の直前で止められた。勿論、俺が自分で止めたのではなく、いつの間にか横に来ていた見知らぬ第三者によって受け止められていた。
「トドメを刺すのは待ってくれないか。彼女にはまだ聞かなきゃならないことが沢山あるんだ」
「…あんた、誰だ?」
如何にもヒーローという風貌の筋肉質な西洋男…だが、あのタイミングで紫の状態で放った拳を見事に受け止めて見せた。この男の実力はあの我妻 梅と同じか或いはそれ以上と見えるが…?
「俺はジェイソン・デラー、世間で言うところの“コズミック・シューター”ってヒーローだ。君はJC、だったかな?」
「そうだが…早くこの手を退けてほしいんだが。じゃないとこの女を殺せないだろ」
「それだと俺が困るんだ。彼女にはもう敵対の意思は無い、それは彼女と旧知の仲である俺が保証する」
「あんたにいくら保証されようが、俺の知ったことじゃないな。みすみす逃して転校生が殺されるようなことがあり得ない状況じゃないだろ。そうなると、俺が困るんだよ。だから“今すぐ”手を離せ」
「残念だがその提案は呑めない。どうしてもというなら俺が“相手”になる」
無言で交わされる視線、側からみれば一触即発の雰囲気に包まれているだろう。そんな最悪な空気に割って入ったのは我妻 梅だった。
「ちょっとあんた達、ストップスト〜ップ!!こんなところで戦争始めないでよ!」
「梅…俺はただマーヤーを助けようと」
「…けっ、冷めちまったよ。どうしてもその女を殺したくないなら転校生を殺させないと確約させろ。そしたら見逃してやる」
「うぅ…分かったよ。マーヤーは私が責任持ってIMFに連行するから…ねっ、お願い?」
そう言って年甲斐もなく可愛らしくお願いしてくる我妻 梅。あんたのそういう姿は望んでないんだ、見るに耐えないからやめてくれ。
それにしても、この場に集まっている魔法使い…かなりの数だな。緑の力で学園内の会話を聞くと、それ以上に転校生を心配する声があるな。それだけ転校生という人間に人望があって重宝されてるってことか。俺の命が狙われてる時、俺の周りにいてくれた人は…誰もいなかったのに。
「転校生…あんた、良い仲間に恵まれたな。これなら俺が来る必要も無かったな」
気づけば俺はそう呟いていた。多分、本心から出た言葉だったんだろう…自分と違って誰からも必要とされてる、信頼されてる転校生が羨ましく思えたんだ。そこに、俺の居場所は無い。
「JC、くん…?」
俺の意味深な言葉の真意を感じ取ったのか、我妻 梅がいち早く反応する。だが悪いな…もうそこに俺はいないし、これが“最後”なんだ。
「あんたを信じて、あの女の身柄を渡す。これで終わりだ…俺も帰らないといけない。じゃあな」
そうだ、俺の帰る場所はここじゃない。俺が帰る場所は戦うことを強制しない心ちゃんが待ってくれているあの場所だ。彼女の為に出来ることは何でもしてあげたい…たった一度の出逢いをずっと大切にしてくれていた彼女。そして、長い年月を掛けてまた逢いに来てくれた心ちゃんを…俺は絶対に幸せにしてみせるよ。
「マズい、マズいぞ!まさかこのタイミングでJCくんが学園と決別するなんて!?」
僕は柄にもなく焦っていた。今現在身の回りで起こっている諸々の問題が全て最悪の状況へ向かっている所為だ。始祖十家による転校生くん暗殺未遂に始まり、繰り返しの魔法の解除、霧の護り手の扇動によるテロ行為も本格化し始め、極めつけはJCくんの学園離反だ。全てが悪い方向へ向かっている…何故だ!?
「随分カリカリしてるみたいだな。そんなんじゃ大事な情報も見落としてしまうぞ?」
不意に背後から声をかけられ、思わず背筋が凍る。しかし、すぐにそれは見知った人物であると認識し、その緊張を緩和させる。
「岸田、さん…どうして学園に…って、僕が呼んだんでしたね」
「…どうやらだいぶお疲れらしい。とりあえず立話も何だから、コーヒーでも飲んで一旦落ち着こうじゃないか。君も飲むだろう?」
「…はい、頂きます」
力無い僕の返事を受けて、報道部の部室に備え付けられているコーヒーメーカーをやけに手慣れた様子で使う眞吾さん。踏み込み過ぎないくせに妙に察しが良いのはジャーナリストの才能なのか年の功なのか…?
「それで、珍しく荒れてる原因は何かな?思い当たることが色々ありすぎて絞り込めないんだ」
「…正直なところ、僕もこんなになるまで追い込まれてるとは思いもしませんでしたよ。裏世界のことも時間停止のことも魔物のことも、全部対処出来てると思ってました。でも、そんなのは僕の思い上がりでした…たった一人の心を繋ぎ止めることすら出来ませんでした」
僕の中でかなりの割合を占めているとは、こんな事態になるまで気付きもしなかった。初めは子どもみたいに素直な彼を揶揄ってやるつもりで色々ちょっかい出していたけど、次第にそれが何というか心地よいというか快感というか……あぁ〜!!こんな時に何を考えてるんだ、僕は!?
「言葉と考えてることが一致してないのは側から見てると面白いもんだな。特に普段ミステリアスであまり感情を面に出さない美人が百面相をしてるのが絵になる」
「岸田さん、こんな時まで巫山戯ないで下さいっ。僕は真剣に悩んでるんです!」
「ははっ、悪い悪い。だが、実際に話してみて少しは胸の痞えが下りたんじゃないか?」
相変わらず軽い雰囲気で話を受け流す眞吾さん。わざと戯けて見せて油断させて相手に本心を話させる…昔から眞吾さんが使っている尋問の方法だ。僕に恥ずかしい台詞を吐かせるつもりだな…?
「まぁ、そんな君に人生の先輩からアドバイスだ。男って生き物はどういうわけか揃いも揃って面倒くさい奴ばかりでね、頭では理解出来ても実際には言葉にするまでは確信しないのが大半だ。特に他人からの好意にはめっぽう鈍い。本当に大切に思ってるなら、迷わず包み隠さずに伝えるべきだ」
「岸田さん…」
真剣な面持ちで僕にそう伝える眞吾さん。確かにそうなのかもしれない…今まで明言は避けてきたのは、何となくこの関係が壊れるのが怖かったんだ。だが、そうやって偽ってきた所為で彼の心は離れてしまった…それを取り戻すには、方法は一つ。
「…とまぁ、偉そうなことを言ってみたが何年も妻や娘を放っておくような奴の台詞なんか心に響かないか?ははっ…」
「そーですね。岸田さんはもっと奥さんや夏海に優しくしてあげて下さいっ。じゃないと、夏海が彼氏を連れて来た時に父親の面子が丸潰れですよ?」
「うぐっ…痛いところを突いてくるなぁ。それはこれから努力するしかないな」
気づけば僕の心は軽口を叩けるくらい身軽になっていた。こうしてみると自分がまだまだ大人になりきれていないことを実感させられる。誰に支えてもらって立ち直るんじゃない、僕が支えになって助けるんだ。そうして彼の心を立ち直らせることが出来た時、初めて僕の本心を君にぶつけよう。
【マーヤー・デーヴィー】
インドの始祖十家で数学者の側面を持つ。裏世界に壊滅的な被害をもたらしたムサシの正体を明らかにした彼女は、転校生に敵対し暗殺を試みるも学園生や始祖十家、JCの妨害に遭い未遂に終わった。長距離からのスナイプが得意で“最も慈悲深い魔法使い”という異名を持つ。