グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い 作:自由の魔弾
全世界で3人のみ確認されている大変貴重な魔法。レネイ女史、アンクル・ツォフ、そしてグリモアの西原ゆえ子の3人のみが使える。
レネイ女史、アンクル・ツォフはその正確な的中率から預言者と呼ばれているが、ゆえ子の魔法は覚醒してから日が浅く、近い未来を具体的に予知するには不向きである。
「…へ?お、お兄ちゃん…今、何て言った?」
お兄ちゃんとのラブラブ(死語)同居生活を始めてはや五ヶ月、相変わらず落ち着き払った様子で心の必死のお色気攻撃にも屈しなかったお兄ちゃんが、突然耳を疑うような台詞を言い放った。
「うん、もし良ければ今度一緒に出掛けられないかなって。ほら、前に何かしたいことあるか聞いた時に言ってたでしょ?二人で何処か遊びに行きたいねって話」
…か、神様ありがとぉ〜!!あのデリカシー皆無で名を馳せたお兄ちゃんが心を誘ってくれるなんて……まさに奇跡だよ!間ヶ岾の嫌な仕事を終えて戻ったらちゃんとご褒美を用意してくれてたなんて、益々お兄ちゃんのこと好きになっちゃった!!愛してるもん!!
でも、ここは一応歳上の余裕を見せなきゃだもんね。お兄ちゃんがどんなエスコートプランを用意してるのかお手並み拝見させてもらうんだから!
「一応、心ちゃんがお仕事してる間に色々考えてみたんだけど…季節的なことも考えて海か山に行きたいかなって思ってさ。分からないなりに頭使って色々調べて計画立てようとしたんだけど、やっぱり一人じゃ上手くいかなくて……要領悪くて、ごめん」
そう言いながら、本当に申し訳なさそうにしてしょんぼりするお兄ちゃん。あぅ…なんて可愛い姿なのかしら!許されるなら今すぐにでも抱きしめて大丈夫だよと諭してあげたい!でもこれは記念すべき初デートを決める運命の瞬間、やっぱり大事なところはお兄ちゃんにビシッと決めて貰いたい!だから心は…お兄ちゃんに究極の質問をするよ!
「ねぇ、お兄ちゃん…今からする心の質問に正直に答えて。直感で答えて良いから嘘ついちゃ駄目だよ?」
「えっ?う、うん…分かった」
少し困惑気味だけど多分心の言葉の意味は理解してくれたみたい。よしっ、後は心が恥ずかしさに打ち勝って“あの台詞”を口にすれば…うぅ〜!?やっぱ恥ずかしいよぉ!?でも、お兄ちゃんが一生懸命考えて準備してくれてたのを考えたら、こんなの一時の恥なんだから!
「こ、心の水着姿……見たい?」
ザッパーン…!ナンクルナイサ〜…メンソーレ…うり!くり、カメー!カメー!
それからあれよあれよと言う間に計画は実行に移されて、この未知の言語が飛び交う秘境へと旅行に来た心とお兄ちゃん。ほ、本当に来ちゃった…!
あの後、お兄ちゃんの“心ちゃんの水着姿、見てみたいな…”という超絶ふわとろ囁きボイス(心目線)によって海行きが決定した。でも心もお兄ちゃんも表世界では派手に動けない立場になっちゃったからひとまず正体がバレないように変装して、日本の沖縄に向かった。因みにこの沖縄、後で魔物が襲撃する予定があるんだけどそこはお兄ちゃんたっての希望。ハワイには軍隊が常に駐留してるからちょっと危険だし、辺境の方に行き過ぎても言葉通じなくてストレスになっちゃうもんね。それにお兄ちゃんにとっては久しぶりのお出かけ、つまらない思い出にしたくないもん!
「うぅ…それにしても、お兄ちゃん遅過ぎっ!着替えたらビーチで合流って言ってたのに……この水着、ちょっと大胆だったかな?なんかさっきから周りの視線が痛い…早く来てぇ〜!」
心の水着は所謂“オフショルダービキニ”で、ピンクのフリフリが付いた可愛らしいタイプの水着。ちょっと子どもっぽいって言われるかもしれないけど、こっちの世界の方がまだ文明は栄えてるし可愛いものも多い。そういう面では表世界も捨てたもんじゃないのかもしれない…お兄ちゃんの扱いに不満さえなければ永住してもいいかもなんて思う時もある。まぁ、冗談だけど。
「お〜い!心ちゃん、遅れてごめん!」
「もぉ〜!お兄ちゃん遅過ぎるよ!レディーを一人で待たせるなんて最低、だよ…」
背後からお兄ちゃんの声が聞こえて、少し不満気に言葉を投げかける。でもその姿を見た瞬間、心の言葉はピシャリと遮られた。だって、お兄ちゃんの水着姿…すっごくカッコいいんだもん!上から長袖のパーカーを着てるから上半身はほとんど隠れてるけど、前のファスナーを全開にしてるおかげでお兄ちゃんの立派な腹筋がチラチラ見えちゃってる!そっちの方が逆にエロいよぅ!?
「どう、かな?言われた通りに出来たと思うんだけど」
お兄ちゃんは心の反応を欲しがってウズウズしてるみたい。そういうところが本当に可愛くてしょうがないよ、全く!
「えっと、その……す、すごく似合ってる…と思う…」
内心では強がりながらもいざ口にすると、ものすごく恥ずかしくて尻すぼみに褒めてしまう。うぅ〜!これじゃ全然伝わらないよ!
「そっか…ありがとう。心ちゃんも水着、すっごく似合ってて可愛いよ」
お兄ちゃんはそう言って満面の笑みを浮かべて心に笑いかけてくれる。やけに清々しい表情は心の体温をみるみる上昇させるのに十分すぎるくらい輝いていた……本当にズルいなぁ、お兄ちゃんは。
「そうだ、ビーチパラソルとかビーチチェアを借りてきたんだった。やっぱりこういうのは雰囲気が大切だからね。早速場所取りしに行こう?」
心はお兄ちゃんに促されて、やけに大荷物を持ったまま他の旅行客と被らないスペースの確保に向かう。暫く歩き回ってそれほど時間をかけずに良き場所を見つけて、パラソルだったり長椅子だったりシートだったりを設置し終えた。
「…くっは〜!!こりゃ気持ちいいや!空気も澄んでるし、波も穏やか。ロケーションも最高だね!」
お兄ちゃんはそう言って、砂浜の上に敷いたシートに寝転ぶ。ふふっ、すっかりはしゃいじゃってる。やっぱりまだまだ子どもなんだから。
「ほら、お兄ちゃん。向こうより日差しが強いんだから、ちゃんと日焼け対策とサンオイル塗っておかないと後で全身が痛い痛いになっちゃうよ?」
「あっ…そうだね。その為に日除け用のデッカい帽子とサングラス買っておいたんだった。手が届かない部分は後で塗ってもらってもいいかな?」
「んふふ〜、お任せあれ♪」
お兄ちゃんはすぐにパラソルの中に戻って、パーカーを脱いでサンオイルを塗り始めた。その時、ふとお兄ちゃんの背中のある部分が目に留まった。心の視線に気づいたのか、お兄ちゃんが少し苦笑気味にその部分について言及し始めた。
「…んっ、あぁこれ?まだ治りきってないから目立つと思ってさ、見た人が気分悪くなると思ってパーカーで隠してたんだ。折角の楽しい旅行がこんな気持ち悪い傷跡なんて見たら台無しだろう?」
お兄ちゃんが気にしているある部分…それはお兄ちゃんを保護した時に初めて見た広範囲に及ぶ酷い熱傷。それもただの熱傷ではなくて、何らかの化学薬品によるものに思えた。それから五ヶ月経った今では傷自体は塞がったけど、その背中には大きく痕跡を残してしまっていた。お兄ちゃんは周りの人たちへの配慮をとにかく気にしてて、明るく振る舞ってはいるけど多分心の底から楽しめてはいないんだろうな……よしっ!
「お兄ちゃん!今日は心とい〜っぱい楽しい思い出、作ろうね!まずは…サンオイルの塗りっこだぁ〜!!うりゃうりゃうりゃ〜!!」
「心ちゃん!?ちょ、やめ…うひゃひゃひゃ!?く、くすぐったいから、やめて〜!!」
旅行中は目一杯笑わせてあげるからね、お兄ちゃん!
「はぁ…」
「何しみったれた顔してんのよ?魔物討伐の為とはいえ、このクソ暑い時期に沖縄に行けるなんてラッキーじゃないの」
「ツクちゃん…それはまぁ、そうなんだけど」
「…だぁああ〜!!もう!何がそんなに気に入らないのよ!もものくせに生意気〜!」
「うにゅ!?ひ、ひたいよぉ〜!?ほっへひっはらはいへ〜!?」
沖縄に向かう高速船の船内で隣に座っているツクちゃんにほっぺを摘まれてしまいました。うぅ…痛いよぉ〜!ちょっと生返事しただけなのに〜!?
「全く…最近多いわよ、そういうの。ももが元気ないと周りが心配するんだから気をつけてよね!」
「ツクちゃん…あたしのこと心配してくれてるんだね。ありがとう!」
あたしは嬉しさのあまりツクちゃんに抱きついちゃいます!ぎゅ〜っ!!
「うひゃあ!?も、もも!いきなり何だってのよぉ!?離れなさい〜!!」
「やだやだ〜!絶〜対、離さないもん!今、すっごい嬉しいんだから〜!」
「な、何なのよ〜…全然元気じゃない。心配して損したわ…」
うふふ、ツクちゃんはやっぱり優しくて可愛いなぁ♪あたしの都合でツクちゃんの笑顔を曇らせちゃダメだよね。あたしは大袈裟に明るく振る舞って見せて、ツクちゃんを安心させます。とはいうものの、やっぱり自分の気持ちとはしっかりと向き合わないと問題は解決しないよね。よしっ、頑張ろう!
(先輩に、会いたいよぉ〜!!)
ふぅ…心の中とはいえ大声で叫んで、ちょっとだけスッキリしました。でもこれが今のあたしの率直な思いです。先輩の姿が最後に確認されたのは始祖十家のマーヤーさんの事件が起こった時です。あの時、マーヤーさんに命を狙われていた先輩(転校生)を守ってくれたのと同時にマーヤーさんの逮捕を確約させてくれたと同じ始祖十家の我妻 梅さんが学園に報告してくれました。でも、それと同時に先輩はまた行方をくらませてしまって、学園に帰ってきたのは先輩のデバイスだけでした。我妻さん曰く、これが“学園との完全な決別の証”だそうです。実際、それ以来日本は勿論のこと、海外でも先輩の目撃情報は一件も入ってきていないようです。
先輩、覚えてますか。もうすぐあたしの誕生日なんですよ?今年こそ、今年こそは勇気を出して先輩を誘うつもりだったんですよ?ささやかでもいい、気持ちを伝えられなくてもいい。ただ先輩に一言、おめでとうって言ってもらいたいんです。それだけできっとあたしの心は幸せで満たされるんです。なのに、今年も先輩は居ませんね。悲しいです、悔しいです。最後に会った時、話をした時、先輩が助けを求めてきた時…あたしは何もしてあげられませんでした。何となく感じていた居心地の良さが自分のエゴで壊してしまう気がして、一歩が踏み出せずにいます。あの時、役に立てなかったあたしを責めないで笑いかけてくれた先輩。裏世界のあたしに襲われても、その恨みごと受け止めてくれた先輩。戻りたい、初めて会ったあの日に戻りたいです。もし戻れたら、今すぐにでもこの想いを先輩に伝えたい。あたしは、貴方を“愛しています”と…。
そんな儚い願いを胸に抱きつつも、それは叶わぬ願いだと受け入れている自分に腹が立ちます。今までだって決してチャンスが無かったわけじゃない、でも伝えられなかった。だから例え今先輩が突然目の前に現れたとしても、今までの非力な自分のままでは気持ちを伝えられるわけがないんだ。そう自分に言い聞かせていた時もありました。そう、あの“偶然”を引き起こすまでは……。
「もう…お兄ちゃんってば初心なんだから。心にもサンオイル塗ってって頼んだだけなのに、顔真っ赤にして逃げちゃうんだもん……お兄ちゃんになら、触られても良いのになぁ」
そんな独り言を言っていても仕方ないので、お兄ちゃんが居ない間にPCからネットワークに接続して沖縄に侵攻中の魔物の現在位置を確認する。もし目の前に魔物が現れたら、その性格からお兄ちゃんは十中八九また戦ってしまう可能性が高い。折角戦い漬けの日々から抜け出すことが出来たのに、こんな所で負担を強いるわけにはいかないよね。だから何としてもお兄ちゃんから魔物を引きあわせないように誘導しないと……ん?誰かが私の回線に侵入してるわね。これは…こっちの私?いや違うわ、私ならこんなあからさまに侵入の形跡を残したりしない…なら一体誰が?
「ふ〜ん…どこの誰か知らないけど、私の領域で勝手に探し物なんていい度胸してるじゃない。少し遊んであげるわ」
私はすぐに操作して、妨害プログラムを実行させる。これで大抵のハッキングは遮断出来るはず…もしもこれをすり抜けてくるとすれば、それは魔法使いが相手という証明になるけど、それにしたってこいつの目的が何なのかしら…?
そんなことを考えていると画面が一瞬暗転し、そしてすぐに通常の画面に戻った。どうやら侵入者さんは諦めて逃げたらしい、ざまぁないわね。
「全く、ネットで私に勝てるわけないじゃないの。まぁ、丁度いい暇つぶしになったわ。魔物も午後一くらいまでは来なさそうだし、それまでお兄ちゃんとのデートを楽しませてもらおうかしら。んっ〜!」
私は椅子に座ったまま大きく伸びをして、再びサングラスと麦わら帽子を目深に被る。日除けの意味もあるけど、メインは私の正体がバレない為の変装だからね。
「心ちゃ〜ん!お待たせーっ!いや、海の家ってのに行ったら色々あってさ。とりあえず美味しそうなの手に持てるだけ買ってきちゃった!食べよ食べよ」
さっきまでのことなんかちっとも気にしない様子で駆けてくるお兄ちゃん。そういう切り替えの早いところは素直に称賛するけど、本音を言えばもっと意識してくれてもいいんじゃないの?
「朝出るの早かったからお腹空いてると思ってさ。ちょっとそこでやってる“海の男 力自慢大会”で軽く優勝してきたら、海の家のフードメニュー全品無料券(一回限り)っての貰ってきちゃった!どれから食べよっか?」
お、お兄ちゃん…それ反則。魔法使いは普通の人間より筋力が何倍にも発達してるんだから、軽くやっても優勝出来るって。っていうか、それにしてもこの量はどうだろう。かき氷に焼きそば、ラーメンやカレーライス、焼きとうもろこしにたこ焼きイカ焼きフランクフルト…控えめに言ってフードファイターみたい!二人で食べるにしても、ちょっと多過ぎないかな?
「?」
うん、この顔は多分何も分かってない顔だよね。お兄ちゃん、時々そういう顔するもんね。そんなうさぎさんみたいなキョトン顔したって、ただただ愛おしいだけなんだから!
まぁ、結局は許しちゃうんだけど。私って結構甘々なんだなぁ…。
「…っ!!流石裏世界を牛耳っていただけのことはある…手強いわね、双美 心」
やはり多少知識を身につけた程度じゃ太刀打ち出来ないわね。でも、こっちに集中してくれたおかげで卯衣の方までは手が回らなかったようね。
「卯衣、そっちはどう?何か収穫はあった?」
「…はい、現在位置から半径200キロ圏内に声紋認証をかけたところ、南西方向に反応がありました。間違いありません、JCくんです」
やっぱり彼はこっちに居たのね。少し前に議員会館に現れた裏世界の間ヶ岾と双美 心こと“ウィッチ”の存在から、もしかしたら彼も身柄を拘束されていて強制的に連れまわされている可能性が高いことは予想できた。だからこそ魔物による沖縄の襲撃が予知されたものなら、それを人為的に操っている黒幕がいて尚且つJCくんも一緒に……!
「あの、マスター…私、今度こそJCくんを連れ戻したいです。でもそれが命令だからというだけじゃない、上手く言葉に形容出来ません。これは、一体…?」
卯衣は胸に手を当てて、困惑の表情を浮かべている。日々の生活の中で様々な生徒との交流によって、色々な経験を積み重ねている卯衣にもまだまだ理解しきれていないことがあるようね。まぁ、研究にしか興味を示さない感受性皆無の私が育てている以上、その辺の期待は初めからしていないけど。
「そう…卯衣、私はまだその答えを貴女に教えることは出来ないわ。意地悪でも試しているわけでもなく、私自身がその感情を正確に認識できていない。ただその鍵を握っているのがJCくんだと考えているわ…貴女も、彼に特別な魅力を感じているんじゃないかしら?」
「?」
はぁ…その気の抜けた顔、精神的に幼い頃の彼にそっくりね。私の手が空いていない時によく彼に相手をしてもらっていたから、その頃の癖が移ったのかしら?
でも、妙に可愛らしいからとりあえず頭を撫でておこう。撫で撫で。
「うわぁあっ!?こ、こんな街中にまで魔物が襲ってくるなんて…」
突然の爆発となだれ込む人の波の勢いに圧倒されて、思わず尻餅をついてしまった。あまりの勢いに呑まれてしまいそうになったけど、咄嗟に心ちゃんが腕を掴んでくれて無事に事なきを得た。
「お兄ちゃん、大丈夫?ここももうすぐ危険だから、心たちも早く避難しなきゃ。ほら、走るよ!」
俺はそのまま心ちゃんに手を取られて、なし崩し的に避難を始める。その際に視界の端々に見える魔物や恐怖に支配されてまま逃げ惑う人々の姿が嫌なくらい鮮明に脳裏に焼き付いてしまって、遂には堪えきれずその思いを口にしてしまった。
「ねぇ…心ちゃん。俺は、戦わなくていいのかな…?」
「えっ…あ、そう、だね……お兄ちゃんなら多分そう言うかなって思ったけど。でも、こればっかりは辛いかもしれないけど我慢してくれないかな?」
心ちゃんは少し心苦しそうに俺にノーを突きつける。何か理由があるのかな…?
「あっ、えっと…勘違いしないでね。戦えない人々の代わりになりたいっていうお兄ちゃんの考えはすごく立派だと思うよ?でも今は状況が悪いの……ここにグリモアの魔法使いが来てる」
「…っ!ここに、皆が?」
そう、だったのか…でも、それがどうして良くない状況になるんだ?
「どういうわけか分からないけど、アイツら魔物の襲撃を知ってたみたい。じゃなきゃ、こんなに早く襲撃地点に到着出来るはずないもん!もしかしたら、お兄ちゃんが生きてることもバレてて今度こそ命を奪いに来たのかも…!?」
「そんな、まさか……いくらなんでも飛躍しすぎなんじゃ「そんなことないっ!!」こ、心…ちゃん?」
突然声を荒げて俺の言葉を強く否定する心ちゃん。こんな心ちゃんを見るのは初めてだ……だからこそそれがすごく異様に思えた。
「…あっ、ごめんなさい。怒ってるんじゃないの。ただお兄ちゃんが心配で…」
「俺を殺した奴のこと、知ってて教えてくれないのにも理由がある?」
俺は少し意地悪な質問を心ちゃんにぶつけてみる。勿論確証があるわけじゃない、でも何となく今までの心ちゃんの言動でその犯人の正体は俺が知れば悲しむ人物、らしい。
「あぅ…今それを言うのは、ズルいよ…」
案の定、困り顔を見せる心ちゃん。ここで彼女を責めるのはお門違いか…少なくとも俺を助けてくれてるのは彼女なりの優しさだと信じている。そう思えば、俺はいつの間にか今にも泣き出しそうになっている彼女の頬に手を添えていた。
「ごめん…今のは意地悪だったね。折角親身になってくれてるのに、心ちゃんを責めたってしょうがないもんな。今のは忘れて」
「お兄ちゃん……うぅん、気にしないで。当然の反応だもん」
心ちゃんは俺の不躾な態度を責めなかった。ごめん、こんなしょうもないことで時間を費やしちゃいけないよね。今信じられるのは、心ちゃんだけ。
「…急ごう、すっかり出遅れちゃった。避難所までの最短ルートの算出は?」
「…っ!うん、もう計算済み!このルートなら誰にも見つからないで避難所に行けるはず……こっちだよ!」
俺は心ちゃんに手を取られたまま、襲撃の最中の街中を走り抜ける。街の至る所に魔物の襲撃によって損壊した建物、崩落した際に起こった火災、それに伴ってごった返した人流によって予定していたルートの大半が塞がれてしまい、到着までにかなり時間がかかってしまった。途中、誰にも見られてないよね…?
…えっ!?う、嘘…これって幻じゃないよね?ほっぺつねっても消えたりしないよね?えいっ、えいっ!
「うぅ…やっぱり痛い〜!って、そんなこと言ってる場合じゃなかった!先輩……なんでまた知らない女の人と一緒に居るんですかぁ〜!?」
魔物の襲撃によって逃げ遅れた人々の手当てと避難誘導を担当していたあたし、桃世 ももはとんでもないものを見てしまいました。その姿を最後に発見されたのがおよそ二ヶ月前まで遡る必要がある“あの”先輩が崩落した建物の瓦礫を挟んで目の前に居るんです!でも、その隣には恐らく先輩よりも歳上でしかもスタイルの良い女の人がぴったりと付き添っていました。思わず隠れちゃいましたけど、よくよく考えてみるとそんなことをする必要なんか無くて、寧ろあたしがあの人に気を遣って覗く方が変ですよね?むぅ〜!そこはあたしのポジション!…になる予定なのに!先輩も先輩です!先輩が優しいのは分かってますけど、それにしたってデレデレし過ぎです!あっ!ほっぺたなんて触っちゃダメです!良い雰囲気になっちゃダメですぅ〜!?
「ぐぬぬ…やっぱり見てるだけなんて我慢出来ないよぉ!こうなったら魔法で瓦礫を退かして今すぐ先輩を連れて帰らないと「もも〜!探したわよ!」つ、ツクちゃん?いきなりどうしたの?」
いざ先輩を取り戻すために動き出そうとしたその時、背後からツクちゃんがあたしに呼びかけていることに気がつきました。振り返ると、やけに息を切らした様子のツクちゃんが膝に両手をついていました。その手には何かを持っているみたいです。
「今時間あるでしょ!誕生日のお祝いに来たわ!」
あっ、もしかしてそのために急いで来てくれたのかな?運動苦手なのに走って来たからすごいぜぇぜぇしてる……って、そうじゃなかった!
「ツクちゃん、ごめん!ちょっとだけ待っててくれないかな?あのね、先輩見つけたんだ!」
「はぁ、はぁ…先輩?そんなの居たっけ……あっ、もしかしてそれってJCのこと?」
こくこくっ!凄い勢いで頷いたら、ツクちゃんにちょっとびっくりされちゃった。
「て言うか、前からずっと思ってたんだけど…JCってももより全然後輩よね。それなのに何で“先輩”って呼んでるの?本人からもそれで何か言われてなかったっけ?」
「うっ…そ、それは、その……は、恥ずかしいから。先輩のこと、名前で呼ぶの……うぁ〜///」
多分あたし今、すっごい顔真っ赤になってると思う。だ、だってこんなこと自分以外に知られたくないもん!!あっ!ツクちゃん、すごい悪戯っぽい笑顔になってる!?な、何で〜!?
「ももってば、顔見るだけで何考えてるか分かりすぎるわよ!…それで、愛しの“先輩”は何処に居るの?」
「ツクちゃん!?もう〜!揶揄わないでよぉ!?ほら、この先の建物の瓦礫の向こう側に……って、あれ?」
あたしが再び指差した先に、もう先輩の姿はありませんでした。ど、何処に行ったんだろう?
「もも、JCの幻覚見てたんじゃないの?そもそもこんな都合よく沖縄に居るのなんておかしいじゃない」
「う〜ん、そうだったのかなぁ…?」
「そー、そー。それよりも向こうでももの誕生祝いする為に集まってるんだから、早く行きましょ」
あたしはツクちゃんに背中を押されて、後ろ髪引かれる思いを胸に抱きつつもその場を後にしました。もしかしたらツクちゃんの言う通り、あたしの願望が見せた幻だったのかもしれないと考えに終止符を打った。でも先輩、もし本当に居るのなら……あの女の人にぺたぺた触ってた理由を納得がいくまで説明してもらいますからね?
「ハァ…ハァ…!不味ったな、こんなに早く見つかるなんて!?心ちゃんともはぐれちゃったし、これからどうすれば…」
現在、夜の十時半過ぎ。場所は宿泊しているホテル内で俺は窮地に立たされていた。本来泊まる予定だった旅館が魔物の襲撃によって数日間営業不可能の状態になってしまったことで、観光協会側が手配してくれたホテルに泊まることになったのが騒動の発端である。そのホテルは偶然にもグリモアの生徒たちが泊まっているホテルであり、そしてつい先ほど一部の生徒と運悪く鉢合わせしてしまったのだ。当然、彼女たちは逃げる俺を追いかけてきて必死の追いかけっこが繰り広げられた。
今は物陰に隠れて何とかやり過ごしているけど…この間にも俺がここを訪れていることはどんどん知れ渡っているようで、状況は刻一刻と悪くなる一方だった。
「心ちゃん、心ちゃん聞こえる!?」
俺は以前手渡された小型通信機で彼女に連絡を試みる。幸いにも見つかったのは俺が単独の時だから、心ちゃんはまだ存在を確認されていないはずだ。この見知らぬ土地で上手く立ち回るにはまず彼女を安全な場所に避難させて、そこから上手く脱出ルートに乗せてもらうしか手はない!
「もしもし、お兄ちゃんどうしたの?何かさっきから部屋の外が騒がしいみたいだけど…」
「…っ!よかった、まだ心ちゃんは無事みたいだね。まず、落ち着いて聞いてね。俺、グリモアのみんなに今追われてるんだ!何とか撒きたいんだけどホテルの中が入り組んでて上手く逃げられそうにないみたい。心ちゃんは安全な場所に先に逃げて、出来れば脱出の手助けをしてくれると嬉しいかも」
「えっ?えっ?何かよく分かんないけど、とりあえず緊急事態ってことだよね。分かった!情報操作はお任せあれ、だよ!」
こんな非常時でもすぐに対応してくれる心ちゃん、なんて出来た大人だよ。すると、心ちゃんが流してくれたであろう誤情報によってすぐ近くを徘徊していた追手が別の場所に散って行った。これでかなり状況は好転するはずだ。出来ればこのままみんなが誤情報に惑わされてくれればいいんだけど……っ!?
「目標、発見……久しぶり、JCくん」
突然、背後から気配を感じて咄嗟に飛び退いた。振り返ると、そこにはまるで後ろから何かを抱きしめるような動作をしている卯衣ちゃんが佇んでいた。
「…そうか、俺と同じで君にはあぁいった類の魔法は効かないんだったね。やっぱり、俺を捕まえに来たの?」
「…捕まえる、のとは少し違う。私は取り戻しに来た……ほら、ぎゅってしてあげる。おいで?」
そう言いながら、俺に向かって両手を広げている卯衣ちゃん。捕まえるんじゃなくて取り戻しに来た……どういうことだ?
「それ、ジョークのつもり?少し見ない間に随分と人間らしくなったじゃん」
「冗談は、よく分からない。これは私の考え……私は、JCくんに帰って来てほしい」
胸の前できゅっと小さく拳を握ったまま、俺を見据えている卯衣ちゃん。彼女は普通の魔法使いとは根本的に違い、所謂“人造生命体”である為に人間にとって当たり前の感情を表現することが苦手だ。それ故に人間にとって当たり前である“嘘”が吐けないはず……だったら可能性は二つ。本当に俺を心配してくれているか、そういう命令を受けているのか?
「それは…君のマスターにそう言えって命令されたから?俺をあくまでも戦力として捉えてるから?」
「マスターにも、同じ質問をした。でも、答えは出なかった。鍵はJCくんが握っている、そう言っていた気がする……ねぇ、貴方が教えてくれる?」
卯衣ちゃんは俺の眼前まで距離を詰めて、俺の手を握ったまま懇願する。真っ直ぐに俺を見つめる卯衣ちゃんの艶やかな瞳には恐らく嘘偽りは無いんだろう。その端正な顔がほんの数センチまで迫り少しドキドキしてしまうが、その思いは彼女の異変と共に消え去った。
「あっ…」
急に全身の力が抜けたかのように倒れ込む卯衣ちゃん。突然の出来事に驚きつつも、俺は咄嗟に抱きとめて彼女の安否を確認する。
「卯衣ちゃん!?おい、大丈夫か!?呼吸が浅い……まさか、魔力切れか!どうして…」
彼女には絶対的な寿命が存在しない。例え身体を真っ二つに切断されたとしても、魔力さえ充分に補充できれば半永久的に活動できるというのが結希さんの見解だと聞いたことがある。だからこそ彼女自身活動中は魔力の節約を常に心掛け、無駄な行動はしないのだ。そんな彼女が一日一回の補充とメンテナンスを怠ることは、少なくとも俺が学園に居た頃は考えられなかった。
「…朝からずっとセンサーで、JCくんのことを探してた。これは私がしたいと思ったこと……それは決して無駄なことじゃない、でしょう?」
「だからって、倒れるまで探し続けるなんて……はっきり言って、大馬鹿野郎だよ!?」
「…それって、人間らしくなったって褒めてくれてるのかしら?だとしたら、とても嬉しいわ」
「…変なこと言ってないで、安静にしてるんだ。デバイス借りるよ?」
半ば叱責のような口調で言及してしまったが、儚げな笑顔を向けられた途端に何も言えなくなってしまった。そこには確かに一人の少女が居て、どういう理由があるにせよ俺の身を案じてくれていた。その事実が無性に嬉しかった。
途中、証拠写真を撮って添付する過程で何故か卯衣ちゃんから謎の指示をされて彼女を抱き抱える形でのツーショット写真を撮る羽目になったが、無事に結希さんへ魔力切れの為に卯衣ちゃんが活動不能になりかけている旨をメッセージで伝えた。きっとすぐに転校生くんを引き連れてここに来てしまうが、これで卯衣ちゃんの問題は解決するはずだ……あとは俺が抜け出せるかだな。俺は近くのソファに卯衣ちゃんを運び、着ていた上着を毛布の代わりとして掛けてあげる。
「もう少ししたら結希さんたちが来てくれるはずだ。悪いけど、それまで付き添ってあげる訳にはいかないんだ……俺はこんなところで訳も分からず殺されるつもりはないんだからな。俺を追いたければその時は好きにしなよ」
俺はそれだけを伝えてその場を去ろうとすると、背後から思いがけない言葉が聞こえてきた。
「…その先の非常階段、今は誰もいない。外に直接通じてるから、ホテル内の監視カメラにも映らない。そして、私は誰も見ていない」
それは彼女にとって初めての“嘘”だった。一体何故、何のために卯衣ちゃんを突き動かしたのか…ただ、それは俺にとっては正しく追い風と受け取れるものだ。俺の身勝手な行動に理解を示してくれた彼女には、気づけば感謝の心で満たされていた。
「…さんきゅ、卯衣ちゃん!」
俺は彼女に敬意を表して、学園時代と変わらぬ呼び名を口にした。現状、敵であるはずの彼女にそこまでの念を抱いたのには理由があったのかもしれない。いや、きっと心の奥底では何となく理解していたのかもしれない……学園生は“敵”ではないということを。
卯衣ちゃんの助言の通りに非常階段を駆け降りて一気に地上へ降り立つ。途中、通信機で心ちゃんに連絡を取り何とか合流を果たした俺は、予め心ちゃんが手配していた最終便の飛行機に乗り込んでそのまま沖縄を脱出し、難なく裏世界へ帰って行った。
「どうやら学園生も落ち着きを取り戻したようね。良くも悪くも彼のことを噂する生徒は少なくなったのかしら…?」
沖縄から帰ってからの数日後、委員長から学園内の見回りを頼まれた私は生徒たちの様子を観察していた。魔物の襲撃から身を粉にして戦った生徒たちが十分に休息を取れているかを確認すると同時に、その夜突如として現れて再び消えたJCくんの行方を知る者が居ないかを調査するためだ。あの夜、突然ホテル内のカメラ類の一切が使用不可になったことから、外部から何らかの力が働いたとされている。それにこれは委員長にも報告していないことだけど、私はあの夜…一度JCくんに会っている。ならば何故報告しないかって?それは、この私があんな古典的なトリックに引っかかってみすみす彼を取り逃したなんて知られたら、私への信頼性は地の底まで落ちるでしょう。あぁ、今思い出すだけでも無性に腹が立ちます。少し考えればそんなことあるはずないのに。
「ノエルが複数のむさっ苦しい筋骨隆々の男たちに乱暴されてあられもない姿に……ですか。人の弱みに漬け込んだJCくんも褒められたものじゃないですが、それを嘘と見抜けなかった私も私ですね。それにしても他の生徒はとっくに私とノエルの仲は修復不可能だと見切りをつけているというのに、彼はそれでも私を騙せると分かっていたのでしょうか……んっ、あそこにいるのは?」
目線の先に見覚えのある人物が物陰から何か様子を伺っていることに気が付きます。あの挙動不審さは……間違いなくノエルですね。一体何をしようと考えているのかしら…?
「そんなところに居られると通行の邪魔なのですが?」
「…えっ?ぴゃああっ!?お、おおおお姉ちゃん!?ななな何で急に!?」
私の姿を見て恐らく三メートルは飛び退いたであろうノエル。いくら仲が良くないからってそんなに驚かなくてもいいじゃない…。
「風紀委員として校内を見回っているだけ。それより、貴女さっきからずっと挙動不審だったわね……もしかして、何か隠してるの?」
「えっ!?えぇ〜っと、それはその……う〜ん、お姉ちゃんになら話してもいいかな。じゃあ教えるけど、他の人には絶対秘密だよ?」
ノエルはそう言って、私だけに聞こえるようその内容を耳打ちしてきました。それを聞いた私は、思わず愕然としてしまいました。もしノエルの言うことが冗談でないならば、私は……いえ、私たち魔法使いはJCくんを罰しなければいけないからです。
「JCくんが…裏世界の双美 心と行動を共にしていた!?テロリストである彼女と…?」
どうやらこの世界全体が、彼の抹殺を今か今かと心待ちにしている……そんな雰囲気を感じ始めていました。
【待ち受け】
「…ふふっ」
「卯衣、なんだかとても嬉しそうね。沖縄での一時は良いリフレッシュになったかしら?」
「あっ、マスター…はい、今までの活動時間の中で最も充実した時間を過ごすことが出来ました」
「そう…天も珍しく研究を止めて素直に休息を取っているみたい。恐らく、沖縄の気候にやられたのだと思うけど……これでお終いね。卯衣、定期検査は済んだわ。魔力切れの連絡を受けた時はかなり焦ったけど、大事に至らなくて良かったわ」
「はい…ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「いいえ、貴女自身が考えて行動した結果だもの。責めたりなんかしないわ……ところで話は変わるけど、卯衣を保護した際に身体に掛けられていた上着は卯衣の物じゃないわよね。一体誰のかしら?」
「あっ…あれは、その…し、知りません」
「知らない?そう…誰かが寝ている貴女を見かねて掛けてくれたのかしら。データは全て取り終えたからもう部に戻っていいわ。お疲れ様」
「はい、失礼します…マスター」
「卯衣…あれで上手く隠せていると思ってるのね。それにあの表情と計測したデータ…主に感情面に大きな変化が出てるのね。学園に戻ってからデバイスを見る回数が格段に増えたと思っていたけど、何かあったのかしら…?」
「私とJCくんだけの世界……ふふふっ♪」