グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い   作:自由の魔弾

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【間ヶ岾の演説】

「…中々に集まっているな。今後は双美くんの力が借りられないと思うと心許ないが、幸運にも彼女が遺してくれた置き土産がある。さて、そろそろ始めるとしよう」





「皆さん、私は共生派政治団体“霧の護り手”日本支部代表の間ヶ岾 昭三です。本日はご多忙の中お集まり頂きありがとうございます。今日私が皆さんにお話ししたいことはただ一つ……“日本政府、いや国連が皆さんを騙している”という事実です!テロ組織キネティッカによって暴露された映像は偽物(フェイク)ではありません。人類は既に魔物による脅威を恐れる必要は無いのです!その証拠に我々は遂に魔物と意思疎通を図ることに成功しました。あちらをご覧下さい」

「うわぁああ!?ま、魔物だぁ!?」

「グリモアの生徒はいないの!?」

「…皆さん、どうか落ち着いて下さい。この魔物は私たちを襲うつもりはありません。こちらが攻撃する意思を示さなければ、決して襲われる心配は無いのです。ほら、このように……“後ろを向き、座り込むのだ”。どうでしょうか?あなた方の目にはどんな景色が見えていますか。そうです、魔物が私の言うことに従っている姿が見えるでしょう」

「…魔物は、俺たちを襲わないのか?」

「信じられない…」

「過去の経験から魔物を許し難いと思う方々もいるでしょう。ですが、現実に魔物は私たちの意思次第では共に生きていけると感じていただけたはずです!しかしながら、政府も国連もこの事実を知りながら未だに戦い続けて命を散らしている事実、決して見過ごすわけにはいかない。何故彼らはこの事実を公表しないのか、何故彼らは戦うことをやめないのか。理由は簡単です……彼らは戦うことで利益を生み出し、敵を作ることで民衆を抱き込み意のままに支配できると考えているのです!……むっ、警察が到着したか。そろそろ頃合いだな……皆さん、ご静聴ありがとうございました。皆さん1人1人がよき理解者となってくれることを切に願っております!」




「……あぁ、私だ。頃合いを見てあの魔物は霧散させておけ。私はこのまま退却する……途中、魔物の様子がおかしかった。旧科研の技術……この操作方法ではもう駄目なのか?」


第四拾弐話 契れ 魔法使い

間ヶ岾による突然の演説を受け、生徒会室にはあたしと薫子に加えて風紀委員長の水無月が集まっていた。とは言うもののクエストが発令されていない以上、学園としては勝手に現場へ出向く訳にはいかない……例えその場に魔物が同席していたとしてもだ。

 

「くっ……これは、どうすればいいんだ…」

 

「落ち着いてくだせー。生徒の長ともあろうアンタさんが慌てふためいてちゃ、後からくっついてくる生徒達に示しがつかないでしょ?もっと自信満々でいてもらわねーとですよ」

 

「うっ…た、確かにそうだな。すまない、取り乱した」

 

「…まぁ、だからといって状況から見てこっちが不利なのは変わりませんがね。とりあえずウチらとしては間ヶ岾が同様の活動を続ける間、どういう対策をとるべきか…それを決めましょ?」

 

水無月に促され、あたしも動揺していた気持ちを引き締める。駄目だ駄目だ!こんな弱気になっていては生徒達を守ることなど……守る、ことなど……うぅ。

 

「か、会長!?何故急に泣き始めたのですか!?このハンカチを使って下さい!」

 

「が、がおるご〜!!あだじはだいじょぶだぁ〜!!」

 

「はぁ…いや全然大丈夫じゃありませんから!涙とか鼻水やらでお顔がとんでもないことに……ほら、ちーんってして下さい!」

 

「これはもしかしなくても人に見せられる顔じゃねーですね。虎さん、情緒不安定過ぎるでしょ」

 

薫子や水無月に呆れられてしまったか……だが脳裏にJCのことを思い出してしまうと、平常心を保っていることが出来なくなってしまう。それはあたしの心が弱い所為なのか、はたまた別の理由があるのか…自分のことのはずなのに、まるで分からん。

 

「ですが、このタイミングで間ヶ岾が出張ってくれたのはある意味嬉しい誤算だったかもしれませんねー」

 

「嬉しい誤算…それはどういう意味ですか?」

 

水無月が含みのある笑みを浮かべたままそう口にする。あたしも薫子もその真意を理解していない…ということは、風紀委員の情報網か!

 

「いや実はですね、ウチの冬樹が沖縄でのホテル騒動の時に遭遇してるんですよ……行方不明の寝坊助さんに」

 

「JCさんにですか!?何ですぐに知らせてくれなかったんですか!!」

 

薫子が水無月に詰め寄るように問い詰める。だが、水無月が弁明するよりも先にその問いに答えた者がいた。

 

「それはJCくんがどちら側についたのかを知る必要があったから……そうだろう水無月くん?」

 

「遊佐…!例えそうだとしても、それがJCとどう繋がってくるんだ?」

 

いつの間にか部屋の中に入ってきていた遊佐が得意げに推察の根拠を話し始める。

 

「簡単なことだよ。沖縄で目撃されたJCくんは恐らく誰かと行動してるはず……それも兼ねてからずっと訴えていた“命の危険”の疑惑を持たない人物と一緒に。少なくとも僕たち学園生やIMFに対してはあまり良い印象は抱いてないだろうね」

 

「それでしたらパルチザンと行動している可能性の方が高くないですか?裏世界にいたのであればこちらで目撃情報が一切無かったことも納得できますし…」

 

「いや、それは無いでしょ。仮にパルチザンの誰かしらと一緒にいたのであれば通信の際にでも情報交換してくるんじゃねーですか。それに以前裏世界の桃世 ももに殺されかけたって聞いてますよ。普通、そんな相手の下に向かおうと思いますかね?」

 

「そうか…なら、一体誰と一緒にいるというんだ?パルチザン以外に裏世界の知り合いはいないはずだろう…」

 

「実はこの条件に合致する人物が一人だけいる。その人物の名前は……“双美 心”だ。恐らく彼女がJCくんを間ヶ岾から引き離して、同時にテロにも加担していたんだろう。尤もJCくんを手に入れた今も間ヶ岾のテロに加担しているかは甚だ疑問ではあるけどね」

 

遊佐の推理には並々ならぬ説得力を感じさせる。恐らく表には見せないが必死に考察の材料をかき集め、尋常じゃない程裏取りを繰り返した上での結論なのだろう。いつにも増してやけに自信たっぷりな顔をしているのはその証拠なんじゃないか?

すると、話の区切りをつける為か水無月がこれからの方針を打ち出した。

 

「とりあえず間ヶ岾のことは追って指示が出るまでは国軍と警察に任せるとして、まずはJCさんを保護するのが先決じゃねーです?そちらさんの推察が正しいなら、今は双美 心と一緒にいるんでしょ。どのみち間ヶ岾と双美 心が共謀している可能性が少しでもある以上、こちらとしても正当性は証明されますし」

 

「それについては僕も同意見かな。それにさっき仕入れた情報によると、フィンランドの始祖十家が近々来日予定らしい……恐らく今回の間ヶ岾の声明を受けて、いてもたってもいられなくなったんだろうさ」

 

「ちょ、それどこから盗んだんですか!ウチが知ったのだってついさっきなのに……あっ」

 

そう言いかけて何かに気づいた様子の水無月と逆に不敵に微笑んでいる遊佐。あたしには一体何のことやら…?

 

「…もしかして、お二人とも“執行部”からお聞きになったんですか?」

 

薫子が妙に怪訝な顔をしてそう漏らした。その言葉を受けてかつて我妻 梅が口にしていた執行部の黒い噂を思い出した。確か“まだ生徒を裏から操れると思ってるんだ”と言っていたな…まさか!

 

「執行部が以前よりJCの近辺を彷徨いていた…前にそう言っていたよな、遊佐!」

 

「えっ?あぁ…あの時はまだ状況証拠しか無かったから断定は出来なかったけど、今度はいけると思うよ。こっちにはJCくんのデバイスがあるからね、きっとその中に執行部とのやりとりの証拠があるはずだって宍戸くんが躍起になって解析してくれているよ。今回のこともあって改めて思ったけど、なんだかんだでいろんな人間に好かれているんだねぇ、彼は」

 

「当たり前ですっ!JCさんのことは“私”が育てたと言っても過言ではありませんから。彼が道を踏み外すことなく真っ直ぐ育つようにあらゆる手段を持ってして…」

 

遊佐がJCのことを褒めたはずなのに、何故か薫子が自分のことのように誇っていた。いや、生徒会で面倒見てたのは最初の何ヶ月かだけだったじゃないか。

 

「おや、そうでした?ウチがスカートを摘んで目の前でひらひら〜ってやってみせたら、思いっきりスカートの中ガン見してましたけど。それに以前JCさんの部屋に入った時には何やら如何わしいゲームが山のように積んであった記憶が…」

 

「……何ですって?」

 

か、薫子が微かに震えている…!こ、これは本気で怒っている時のやつだ!恐ろしくて顔を直視できん…。

 

「こらこら水無月くん。それじゃまるでJCくんが年中無休で女の子に興味があるみたいに聞こえるじゃないか」

 

「ウチはそんなこと言ってませんよー。実際に手ェ出さなければ全然問題ねーですし、聖人君子より多少女子にだらしない方が人間らしいじゃねーですか」

 

遊佐と水無月がJCを小馬鹿にするように軽口を叩く。当然、本心で言っている訳もなく言葉尻を捉えてただ巫山戯あっているだけなのだろうが、それを良しとしない者が意を唱えた。

 

「…か、彼はそんな自堕落な性格ではありません。確かに女性に対して少し甘々な所もあるかもしれませんが、根は真面目ですしどんな些細なことにも真摯に向き合ってくれます!」

 

薫子が必死にJCの肩を持つように弁明する。その様子がこれまた印象的だったのか、面食らっていた遊佐と水無月が互いに顔を見合わせて次第に笑い始めた。

 

「えっ…な、何ですか二人して…私は真面目に言ってるんですよ!」

 

二人の態度に困惑した様子を見せる薫子。だがそれは悪手で特にこの二人にとっては恰好の餌食でしかなかった。

 

「ふふっ…いや、君は本当にJCくんのことが好きなんだな〜と思っただけさ。水無月くんもそう感じたんだろう?」

 

「えぇ、そりゃもう。あそこまでハッキリ言われちゃうと聞いてるこっちが恥ずかしーくらいですよ。ごちそーさんです」

 

二人に揶揄われ次第に頬や耳、果ては顔全体まで赤く染め上げる薫子。自分の発した言葉の意味を後から理解したのか、半ば錯乱した様子で手をブンブン振って否定し始めた。

 

「んなっ……そ、そんなんじゃありませんよぉ!!ただ彼はよく誤解されがちな言動を取ることがあるので、しっかりと訂正しておかないと在らぬ疑いをかけられてしまうというだけで、あくまで友人として彼の身を案じているだけで……って、二人ともニヤニヤしないで下さいよっ!!もぉ〜!?」

 

普段は冷静で落ち着き払っている薫子の豹変ぶりが面白かったのか、引き続き結託して煽っている遊佐と水無月。それに対してあたしは何故か胸の内に騒つく感覚が芽生えていることに気がついた。薫子がJCに対して以前よりも前向きな感情を抱いていることは何となく理解しているし、JC自身も薫子に同様の感情を向けていることも知っている。あたしにとって大切な二人が良い関係性を築いていることに喜びを感じているし、友人として誇らしいことだ。でも、それなのに何故こんなにも気持ちが曇るんだ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ!」

 

突然、思考の中に一瞬だけノイズが混じった感覚に襲われた。その際に思い描いたのは街中に突如出現した今まで見たこともないくらい巨大な魔物の姿。恐らく前に智花ちゃんが話していた悪夢の中の魔物と同じものかもしれない……確証はないけど、何となくそう思えた。

 

「…お兄ちゃん?どうかしたの……もしかしてお料理の味付け、間違ってた!?あぅ〜、心のバカバカァ〜!」

 

俺の横で何か盛大に勘違いしている心ちゃんのことは一旦置いておいて、俺は胸の内に発生した疑問を解消するためにある事を聞いた。

 

「ねぇ、心ちゃん……今日って“何月何日”?」

 

「んぇ?えっと、今日は……9月27日だよ。それがどうかしたの?」

 

パタパタとカレンダーの前へ走って行って俺に日付を教えてくれる心ちゃん。そうか…今日がその日だったか。原因が判明したおかげで胸の支えがさっぱり消え去った。

 

「……いや、なんでもない。ここは何も無い代わりに静かで過ごしやすいなって思っただけだよ」

 

「む〜…居心地良いのは心が居るからでしょ!こんなに可愛いレディーが尽くしてるんだから、もっと感謝してもいいんじゃないのかな!」

 

はぐらかされたのが不服だったのか、風のような勢いで近寄ってきて身を乗り出してくる心ちゃん。一体何を望んでいるんだろうか…。

 

「…具体的には?」

 

「うぇ!?そ、それは……もっと心のこと大事にしてほしいし、でもたまには強引に引っ張ってほしいし……そしたら、念願の赤ちゃんも……あはははっ!ダメダメ〜、心まだママになりたくな〜い♡」

 

そう言いながら、顔を手で覆って左右にブンブン振っている心ちゃん。言葉と行動が合致してないんだけど本心はどっち?

 

「そっか……なら、もっと心ちゃんに感謝の気持ちが伝わるように頑張らなきゃいけないな」

 

俺は未だご乱心中の心ちゃんを背後から優しく抱きしめる。突然の行動に心ちゃんは一瞬驚いたみたいだけど、すぐに落ち着きを取り戻してそっと俺の腕に両手を添えてきた。

 

「…もう、甘えん坊さんなんだから。大丈夫だよ、お兄ちゃんのことは心が絶対守ってあげるからね♪」

 

いつにも増して優しい声色で語りかける心ちゃん。歳上の余裕の中に子どもの頃から変わらない純粋さが垣間見えた気がするのは、俺の考え過ぎではないと思う。

 

「ありがとう……よしっ、色々スッキリしたしそろそろ寝ようかな」

 

「あっ、うん。じゃあベッドに行こっか?」

 

「……心ちゃん、俺はベッドに行こうかと思ってるけど君は何処に行くつもりなんだ?」

 

「へぇ?お兄ちゃんのベッドだけど」

 

「今すぐ自分の部屋に戻るんだ。分かったね?」

 

「やだやだ〜!心はお兄ちゃんを側で感じてないと安心して眠れないのぉ〜!お願ぁい〜♡」

 

「可愛く言っても駄目なものは駄目。食器とかは全部洗っておくから先にお風呂入ってきなよ」

 

「うぅ…お兄ちゃんのいじわるっ!いいもん……後でこっそり潜り込んじゃうから。お兄ちゃんの寝顔……くふふっ♪」

 

漸く諦めてくれたのか浴室に向かって歩いていった心ちゃん。全く、油断も隙もない…彼女は少し盲目的なところがあるようだ。

 

「さてと、今のうちに記憶の整理でもしておくかな。確か9月27日は第8次侵攻が発生した日だったよな……裏世界の結希さんから聞いたことだからまず間違いないはずだ。そして、その日には“ムサシ”が出る…パルチザンの話の通りなら裏世界の俺はムサシの混乱に乗じて何万人という犠牲者を生み出した戦犯、ということになるけどその日以降姿が確認されていないらしい。初めて裏世界に来た時、さらが俺を見つけたのが唯一の接触なんだとか。一体何処に行ったんだか……こっちの俺は」

 

洗剤で手洗いする食器とは裏腹に未だ解明されない想いはどんどん曇っていくばかりだった。

 

「あっ、そうだお兄ちゃん。シャンプー変えてみるから後で乾かしに来る時に感想教えてね……って、何で手で目隠ししてるの?」

 

「…分かったから、下着姿で歩き回らないで。色々見えちゃうから」

 

純粋すぎる彼女のおかげで深刻なムードは一転し、相も変わらずわちゃわちゃ騒ぎで気苦労絶えない。でも、この空気が俺はどうしようもなく好きでたまらない程この時間がずっと続けば良いことこの上ないと噛みしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪白、里中も……無事でよかった。過去の風飛とはいえ大なり小なり自分の記憶と違うところがあるようだ。既に海老名が試みているんだが、二人にも過去の自分と話して違いを探ってもらいたい。頼めるか?」

 

「分かりました。裏世界のことはわたくしより風紀委員の神凪さんや何度も経験している転校生さんの方がお詳しいでしょうから。ですが、上手く聞き出せるでしょうか…?」

 

「んだべ。それにただでさえ昔のおら達は元気過ぎてとんでもねぇんだわ。神凪には悪いけど素直に言うこと聞くわけねぇべな。すねぐれやるけどあんまり期待せんでけろ」

 

「うっ…そうだな。難しいとは思うが何とか頑張ってくれ。ゲートの移動と違って霧の嵐はまたいつ巻き込まれるか分からないからな。なるべく短い時間内で頼む」

 

私から霧の嵐に巻き込まれた事情を聞いた雪白と里中は渋々ながらも過去の自分との対話を承諾してくれた。私が言うのもなんだが、表と裏では自分の歴史が同一でない可能性が大いにある。私の場合が特にそうだった。記憶から逸脱した育ち方をしているわけではないが、それにしたって臆病すぎる。確かに昔の私は今よりもずっと怖がりではあったが、大人の一挙一動に対して異常なほど敏感に反応するなんてことは無かったはずだ。一見些細なことだと見過ごしがちだが、後々大きな歴史改変に関わってくるかもしれないという報告を受けている。私と一緒に飛ばされた海老名は薄々気づいていたのか、いち早く状況を把握して警戒されないように過去の自分と話をしていた……私も見習わなくてはな。

 

「あっ、そういえば過去のわたくしに会った時のことなのですが…」

 

「むっ、どうした雪白。何か気になることがあるのか……というか、さっきまで羽織っていた上着はどうしたんだ?」

 

少し考え込んでいると、何か思い出したことがあるのか雪白が話しかけてきた。その際に何故か制服の上着を脱いだ状態で私の思考は混沌を極めていた。

 

「えぇ、その……どう言う理由なのかは分からないのですが、すごくグリモアの制服に興味を示しまして貸し出し中なんです。自分ではそんな趣味は無いつもりなのですが……これも関係あるのでしょうか?」

 

「あれまぁ、でったらそったらもんに。物珍しいってことなんだべか?」

 

「さぁ…本人にも明確な理由は分かっていないみたいです。ただ、すごく愛おしそうに抱きしめていて……もしかしたら何か特別な想いがあるのかもしれませんね。まぁ、私の考え過ぎかもしれませんが…」

 

「うむ…それはどうなんだろうか。過去の事例とは明らかに別だとは思うが何かの手がかりになるかもしれない。一応報告しておくから、二人とも引き続き宜しく頼むぞ」

 

私が発破をかけると、二人は過去の自分との会話を再開した。何が有力な情報に化けるかも分からないからな、報告出来ることはもれなく書き留めておこう。

そんなことを考えていると、離れて話をしていた海老名が帰ってきた。

 

「神凪さ〜ん。わたし、なんだかすごく重要なことを聞いてしまいましたわ〜」

 

「あらあら〜。わたし、なんだかすごく重要なことを教えてしまいましたわ〜。うふふ…」

 

「海老名と過去の海老名か……見た目だけでなく話し方までこうもそっくりとはな。それでその重要なこととは何なんだ?」

 

私がそう聞くと、海老名は周りに聞こえないようそっと耳打ちしてきた。その内容は私の予想の範疇を超えたとんでもないものだった。

 

「何……警察内部に共生派のテロリストと繋がっている者がいる、だと……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、今日もご協力頂きありがとうございます。今年になって殲滅派の勢いが増したことで共生派の活動が難しくなってきましたが、だからこそ我々は声を上げなければいけません。必要以上に戦わずとも近い将来、魔物の脅威は必ず消え去ります!戦いのために大切な生命を失ってはいけないのです!」

 

僕は間ヶ岾の暴走を止める為、自ら代表を務めるライフストリームの活動を盛り上げる街角演説を行なっていた。殲滅派の筆頭である神宮寺家の中で唯一の共生派思想である僕は、間ヶ岾の考えに共感し今まで行動を共にしてきた。その中でおよそ500年後のゲートを越えた世界では霧の魔物は完全に消滅し、同時に人類も歴史から抹消されたことを知った。未来で何があったのかは知らないが魔物が勝利したか人類が勝利したかは重要なことではなく、このまま争いを続けた未来の先に残るものは何も無いという事実が突きつけられただけだった。それを知っても尚、間ヶ岾は殲滅派に纏まりかけた人類に対して制御不能なはずの魔物を使役するパフォーマンスを披露し、再び人類を混乱に陥れようとしている。駄目だ……今の間ヶ岾は殲滅派でも共生派でもない。彼にとって人類など眼中に無いのだろう。

だったら僕が、彼を近くで見てきた僕が止めるしかない。

 

「あ、あの……こんにちは。えっと、神宮寺 光男さん……ですよね?」

 

背後から突然誰かに声をかけられる。振り返るとそこには何故かグリモアの制服に身を包んだ少女が立っていた。一瞬呆然としてしまったが、JGJと同じく殲滅派筆頭のグリモアの生徒である彼女がこの場にいる意味を理解してしまい、すぐに声を荒げた。

 

「君は、グリモアの……っ!ここは共生派団体の集会だぞ!?中にはグリモアに良い感情を持っていないメンバーもいる!すぐにここから離れるんだ!」

 

「えっ……でもうち神宮寺のお兄さんとお話したいなって…」

 

僕の言葉に困惑した様子の少女。更にその声を近くで聞いた共生派のメンバーが集まってきてしまった。

 

「神宮寺さん!グリモアの学園生が何故こんな所にいるんだ!?」

 

「まさか、俺たちの活動を妨害しに来たんじゃないのか!」

 

「何か企んでるなら俺たちが相手になるぞ…!」

 

「ち、ちょっと待ってよ!うちがそんなことするわけないじゃん!用があるのはこの人だけだっての!」

 

共生派のメンバーとグリモアの少女がもはや一触即発の雰囲気と化してしまいそうになり、僕は慌ててその間に割り込んだ。

 

「皆さん、やめて下さい!!僕たちは暴力に頼らず言葉で訴えることを誓ったはずです!すみませんが、今日のところはお引き取り下さい。そうですね……後日改めてアポイントを取ってもらえれば、時間を確保できるでしょう。僕の連絡先をお教えしますので、ぜひそちらにご連絡下さい」

 

「えっ……あっ、はい!ありがとうございます!やった〜!うふふ…」

 

話の折り合いをつける為に連絡先を交換すると、少女は満足そうに去っていった。危うく共生派のメンバーが暴力事件の当事者になるところだった……ここまで人間の心理状態が緊迫しているとは思っていなかったな。

 

「皆さん、これからも同じようなことがあるかもしれません。その時は今日のことを思い出して下さいね。我々は言葉で訴えるだけです、そこには理不尽な暴力は必要ありません」

 

「しかし神宮寺さん、奴等にはあまり良い噂は聞きませんよ。情報を秘匿して自分たちの都合の良いように事を運ぼうとしているんじゃないかって……中でも有力な説が“魔物と戦って死亡した生徒の存在を今も隠して、殲滅派の勢いが削がれないように工作している”とか」

 

その噂は何度か聞いたことがある。しかし、間ヶ岾と共に行動することを優先するあまり、いつしか頭の片隅に追いやったことで忘れてしまっていた。その時は殲滅派に対して波風を立てたいが為についた数多の嘘の中の一つだと思っていたけど……もしかして!

 

「あの、その噂が流れ始めた時期はいつ頃か分かりますか?」

 

「さぁ、正確な時期までは……でも、そこまで昔の話じゃないと思いますよ。多分今年中の何処かでしょう。それより、我々は引き続き活動を続けましょう」

 

共生派のメンバーから聞いた話を整理すると、噂が流れ始めた時期は丁度双美さんのところに“彼”が現れた時期と被る。まさかその死亡した生徒というのがその“彼”なのだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ろちゃ……こ…ろ…ちゃ……心ちゃん!」

 

「……っ!?あ、あれ?どうしたのお兄ちゃん、そんなに顔くっつけて」

 

少し考え事をしていると、いつの間にか目の前にお兄ちゃんの顔がいっぱいに広がっていた。でも、その顔はいつもの優しいお兄ちゃんじゃなくて、いつにも増して危機迫った様子に見えた。

 

「どうしたの…じゃないよ!何話しかけても全然反応ないし、もしかして何処か具合でも悪いんじゃないかって心配で……心ちゃんに何かあったら俺、どうにかなっちゃうよ」

 

「…そっか、でも全然そんなんじゃないよ。ちょっと考え事してただけ……心配してくれてありがとっ」

 

私はお兄ちゃんに愛おしさを感じて、お兄ちゃんのほっぺに軽くキスをする。すっごく恥ずかしいけどこれが私の気持ち……お兄ちゃんも顔を真っ赤にしてまんざらでもないみたい。こういうのを気持ちが通じ合ってるって言うのかな?

 

「んっ……もう心ちゃんったら。でも本当に辛くなったら言うんだよ?心ちゃん、気づいてないかもしれないけど最近ぼーっとする回数が増えてるからさ。丁度沖縄から帰ってきてからだったかな、なんか気になっちゃって…」

 

「お兄ちゃん……本当に大丈夫だよ、ちょっと昔のこと思い出しちゃっただけ。お兄ちゃんは心と初めて会った時のこと、憶えてる?」

 

私に問いかけられて思い出そうとするお兄ちゃん。うふふっ……考えてるところも何か可愛い♡

 

「…確か、街で迷子になってたら心ちゃんを追いかけてた人達と戦うことになって、その後俺と同じグリモアの学園生の所に連れて行ってくれたのが初めて会った時だったよね。あの時の心ちゃん、すっごい目をキラキラさせてたよね?」

 

「あ、あれはその……お兄ちゃんが強くてかっこよすぎるのがいけないんだよ?女の子なら自分を助けてくれた男の子のこと意識するのは当然なんだから」

 

お兄ちゃんに痛いところを突かれて少しそっけない態度をとってしまう。こんな時でも意地悪してくるんだもん、ちょっとくらい我儘になってもいいよね?

 

「でも、いきなりどうしたの?あの時のことと何か関係があるの?」

 

むぅ……ちゃっかり追及してくる。本当に真面目なんだから。分かったよ、ちょっとセンチな話になっちゃうけどお兄ちゃんには特別に教えてあげるね。

 

「……心のママとパパはね、所謂“共生派”っていう考え方だったの。でも心が魔法使いに覚醒したことを知った瞬間、心を殺そうとしたの。ずっと魔物と仲良くしなきゃ駄目だって言ってたけど、結局は魔法使いが憎くて仕方なかっただけだった。だから魔法使いになった心はもう家族じゃないって」

 

「それは……なんて言うか、その……あんまりだよな」

 

お兄ちゃんは苦悶の表情を浮かべて私の苦しみに共感しようとしている。でも、そんなことしなくてもう大丈夫なんだよって伝えなくちゃ。

 

「でもね、心は絶望しなかったよ。だって、その時にはもう心の気持ちはお兄ちゃんで埋め尽くされてたから。お兄ちゃんのことを頭の中に思い浮かべれば、どんなことだって頑張って乗り越えられたしこれからもずっと……心はお兄ちゃんと一緒にいたい。お兄ちゃんだけが心の“家族”になって…!」

 

「えっ……うわっ!?こ、心…ちゃん?」

 

私はどんどん昂る感情を抑えきれなくなって、お兄ちゃんの身体ごと押し倒してその上に跨った。お兄ちゃんはまだ状況が理解出来ていないのか顔を真っ赤にしたまま呆然としている。私もこうなったらもう後には引き下がれない……一線を越える準備はあの日お兄ちゃんを追い求めた時からとっくに出来ているから。

 

「ねぇ、お兄ちゃん……心と“家族”になってよ……駄目?」

 

多分、今ものすごく顔真っ赤になってると思うな…私。でも、ずっと前から望んでたことだもん。お兄ちゃんにとって相応しい大人の女になって、最高の状態で“初めて”を捧げるの……きっと今がその時だよね?

 

「あの、心ちゃん……俺、どうしたらいいのか分からないよ」

 

お兄ちゃんは精一杯声をあげる。この反応は……そっか、お兄ちゃんも“初めて”なんだ。ちゃんと守っててくれたんだね…。

 

「お兄ちゃんも心も、もう立派な大人なんだよ?だから“そういうこと”をしても全然おかしくないんだよ。心とお兄ちゃんが本当の家族になる為には絶対しなきゃいけないんだ。怖がらなくても大丈夫……心がちゃんとリードしてあげる。だから……しよ?」

 

ごめんね、お兄ちゃん……私はお兄ちゃんの弱い所を知ってるから、こういう言い方しか出来ないの。でも本当に嫌だったら、ちゃんと拒否していいんだからね?

 

「……下手くそでも、笑わないでよ?」

 

目線を逸らしてあくまでぶっきらぼうに言葉を漏らすお兄ちゃん。その言葉を聞いた私はもう溢れ出る情動を止められなかった。お兄ちゃんの唇に自身の唇を深く重ね合わせて、永遠とも錯覚するほど長い時間何度も何度も熱い口付けを交わす。お互いに火照った身体は人間の本能に突き動かされるように求め合い、次第にお兄ちゃんの“準備”も整っていた。

 

「うふふ……“こっち”のお兄ちゃんはもうやる気満々なんだね♡じゃあ心もそろそろ欲しくなってきちゃったから……ベッドに行こっか?」

 

私はお兄ちゃんの身体から退くと寝ていたお兄ちゃんの手を取って起き上がらせる。どんなに感情が昂っていてもやっぱり初めてはムードが大切なの。私だって怖くて不安でどうにかなりそうなんだから……でも、漸くお兄ちゃんと繋がれるんだからこれ以上の幸せって無いよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くっ、こんなに沢山の魔物が押し寄せてくるなんて……皆さん、落ち着いて行動して下さいっ!現在、国軍とグリモアの学園生が魔物と戦ってくれてます!今のうちに搬送用のヘリまで避難して下さい!」

 

それは突然の出来事だった。何の前触れもなくただ一報が届いた……“私の勤務する等々力総合病院の周囲が大量の魔物に攻め込まれている”と。最近風飛の街中によく魔物の大量発生が起こっているってニュースでも見たけど、まさか他県であるうちの病院が襲われるなんて思わなかった。ここは大きな病院だから入院してる患者さんの数も多いし、中には重病を患っている人も少なくない。自力で動くことができる人は既に避難誘導によって安全区域に逃げられたけど、まだ病院内には私たち医療従事者をはじめ自力じゃ逃げられない患者さんが大勢残っている。グリモアの学園生ってことは……JCくんも来てるのかな?んっ、あそこに誰かいる…?

 

「………ふふっ♪」

 

視線の先に一瞬、女の子の姿が見えた気がしたんだけど私の見間違いなのかな?でも、もし魔物に追われて迷い込んじゃったのならきっと怖い思いをしてるはずだよね……JCくんなら絶対見捨てない!

 

「ねぇ、君!待って!そっちは危ないよ……って、あれ?おかしいな。ここって一本道じゃなかったっけ?」

 

女の子が走っていった後を追いかける。でも、すぐにその姿を見失ってしまった。途中に別れた形跡はなく、まるで魔法によって消えてしまったようだった。

 

「だからって、ほっとけないよね。私だけがあの子に気づいたんだもん……何が何でも助けなきゃ!」

 

私は女の子の行方が分かるものがないか周囲を探す。すると、足元に何か落ちていることに気がついて拾い上げてみる。

 

「ペンダントだ。これは……月桂樹?何でだろう、すごく懐かしい気分……「嫌ぁああああっ!!誰か、助けてぇーっ!!」えっ、これさっきの子の悲鳴!?結構近いかも…!」

 

病院内の何処かからさっきの女の子の悲鳴が聞こえてきた。私は目に見える全ての扉に手をかけるけど、普段は使われていない病棟の所為なのかどれも施錠されていて開く気配がない。私は立ち止まって施設内の構造を頭に思い浮かべて、そしてある一つの結論に至った。

 

「この先って……そうだ、旧庭園!もしかしたらそこにいるかも!」

 

考えに至った私は通路の先にある旧庭園に向かってすぐに走り出した。あそこは普段から人の出入りが禁止されていたから、もし迷い込んだら誰にも気付かれない可能性だってある。早く保護しないと…!

初めて足を踏み入れた旧庭園……そこは表向きの大病院のイメージとは打って変わって少し薄暗く、でも天井に空いた空間から差し込んだ太陽の光によって神々しく照らされていて……まるで神様や妖精がいてもおかしくない雰囲気に包まれていた。そしてその光条の中心にあの女の子が横たわっていた……よかった、気を失ってるけど見たところどこも怪我してないみたい。

 

「とにかく急いで運ばないと……よいしょ!」

 

私は女の子を背負うともと来た道を戻る……その時、私の目の前に本来ここにいるべきじゃない人の姿があった。

 

「JC、くん?何でここに…」

 

「優子さん……今すぐその子から離れるんだ。でないと、取り返しのつかないことになる!」

 

久しぶりの再会なのにそれすら許さないほど、JCくんの表情は鬼気迫っていた。どうしたの?何でそんなに怖い顔するの…?

 

「JCくん、この子気を失ってるの!魔物に襲われて逃げてきたのかもしれないし、私ほっとけないよ!」

 

「違う、そうじゃないんだよ!今回の魔物の襲撃全てを指揮していたのはその子……いや“スレイヤー”!!お前の仕業だろうッ!!」

 

JCくんは背負っているこの子目掛けて駆け出し、そのまま大きく振りかぶって渾身のパンチを放った。あ、危ない…っ!?

 

「……っ!?うぐっ…!うわぁああああ!!?」

 

「…えっ?JCくんが、何で…!?」

 

私は目の前で起こったこと全てが信じられなかった。確かに攻撃を仕掛けたJCくんの拳は届くことなく、反対にJCくんの身体ごと吹き飛ばして壁に激突してしまった。この子がやったの……えっ、微笑ってる。

 

「……あ〜あ、折角楽しんでたのに厄介なのが出張ってくるんだもん。ボク、冷めちゃったよ」

 

私の顔の横で唐突に不機嫌そうに呟いた女の子。この子、ついさっきまで気絶してたはずなのにいつの間に起きたの!?

 

「ぐっ……優子さんから離れろッ!!」

 

JCくんは激しい痛みに耐えながら、一気に跳躍して私のもとに降り立つ。それと同時に女の子は私の背中から飛び退いて空中で一回転して着地すると、こっちに向かって不敵に微笑みを見せた。

 

「うわっと……へへっ♪結構やるね、“こっちのJACKAL(ジャッカル)”も」

 

「…ジャッカル?何のことだ?」

 

JCくんが私の前に立って庇うように手を添えてくれる。もう訳がわからないよ〜!あの子は一体何なの!?

 

「…あれ、ボク余計なこと言っちゃった?じゃあ今のは聞かなかったってことで一つよろしく」

 

「……ねぇ、JCくん。あの子って知り合いなの?」

 

「存在は前から知ってた。でも詳しくない……そういう関係だ」

 

むむっ!何その関係は…!?お姉さん的にはちょっと引っ掛かっちゃうよ、今の言い方は!

 

「うーん……今はキミの相手をしたくないんだよね。用があるのはそっちのお姉ちゃんの方だからさ」

 

「えっ……わ、私!?でも私、君のこと知らないよ?」

 

まさかの狙いは私!?何で!?さっきまであの子とJCくんだけの話だったじゃん!

 

「うん、そりゃ当然だよ。だってボクとお姉ちゃんが会うの、これが初めてだもん……よく知ってはいるけどね」

 

「まさか、魔物がここを襲ったのも……お前の差金か!」

 

「あら、てっきりそれを知ったからわざわざ裏から追ってきたんだと思ってたけど。どうせあのパソコンオタクの魔法使いから情報貰ってたんだろ?あっ…それとも致すことばっか考えてて忘れちゃったのかな?あははは!」

 

「…テメェ!!」

 

JCくんが怒りに任せて女の子に殴りかかる。でも、JCくんの拳が届く前に女の子の身体は煙のように消えてしまった。これも魔法、なの…?

 

「出て来い!!まだ近くにいるのは分かってるんだぞ!!」

 

大声をあげて叫ぶJCくん。すると、それを受けてなのかやけに気怠げな女の子の声だけが返ってきた。

 

《…あー、キミの緑の力でバレちゃうんだったね。でも引き上げるのは本当だよ……どうやら外の魔物たちはキミのお仲間たちが全部倒してしまったらしいからねぇ……あっ、“元”お仲間か。まぁいいや、どうせ今日は顔合わせだけのつもりだったし……そこのお姉ちゃんに忠告しておくよ。お姉ちゃんが生きている限り、お姉ちゃんのいるその場所が地獄になる。ボクがそうするからね……せいぜい恐怖に心を蝕まれないように強く生きるんだね。あははははッ!!》

 

そう言い残して女の子の気配は完全に消えてしまった。その事実に驚いていると、少し前まで女の子がいた場所を調べたJCくんが何か気づいた様子で戻ってきた。

 

「…幻術だな。それも最初から最後まで偽物に相手させられてたらしい」

 

「ねぇ、JCくん。私、これからどうしたらいいのかな……今回の病院の襲撃が本当に私の所為で巻き込まれただけなら、もうどんな顔して病院のみんなに会えばいいのか分かんないよ……うぅ」

 

私は堪えきれず泣き出してしまう。だって、私の大好きな病院が……大切な患者さんや先生たちが私の所為で怪我したり、怖い思いをしたんだ。それにあの子、私が生きている限り周りの人を含めて命を狙うって……それじゃあここに居られるわけない。

 

「魔物を操ることは不可能だ。だから今回の病院襲撃だってきっと偶発的に起こったんだろう。でもあのスレイヤーが優子さんを狙ってるのは本当だ。だから、今すぐここを離れるべきだと思う……どうしても不安ならグリモアに匿ってもらうしかない。一緒には行けないけど俺の名前を出せば少なくとも身の安全は確保してくれると思うよ」

 

「えっ……JCくんは?グリモアに戻らないの?」

 

今の言い方……もうグリモアに居ないみたいな感じだったよね。JCくん、何かあったの?

 

「……俺は、グリモアに命を狙われている。いや、狙われているかもしれないという言い方の方が正確かな。そういう疑いがあるってことなんだ……だから、グリモアには行けない。行ったら、殺されるかも」

 

「そんな……じゃあ、今まではどうやって生活してたの?何でそんなことになっちゃったの?ねぇ、教えてよ!」

 

私はたがが外れたように心の内から湧き出でくる不安や恐怖をJCくんにぶつけてしまう。人間ってこんなにも脆い生き物なんだ、1人じゃ生きて行けないよ…。

 

「私のお母さん、少し前に死んじゃったんだ。子どもの頃はすごく明るい性格だったのに……お父さんが事故で死んじゃって妹も行方不明になってそれからずっと2人で暮らしてきた。本当はずっと辛かったはずなのに、私の前では泣かなかった……でも、やっぱり孤独と恐怖には耐えられなかったんだ。それは私も同じ……JCくん、お願い。私を、1人にしないで……1人は嫌だよぉ…!」

 

私は堪らずJCくんにしがみついて離さないように腕を回す。図々しい女と思われてもいい、情けないと貶されてもいい。私はもう目の前の男の子に縋らなければ生きていけないんだ。

 

「……優子さん、顔を上げて」

 

JCくんがそっと私の頭に手を置いてそう促した。私を見つめる視線には悪戯っぽい笑顔も憐れんだ心もなく、ただ純粋に私の力になりたいと願うJCくんの強い眼差しがあった。

 

「一緒に行こう……俺が優子さんを守ってみせる。絶対に1人にしないから」

 

「…っ!JC、くん……うぅ、うわぁああああん…!!」

 

私の中で必死に抑え込めていた感情が一気に崩壊したのを感じた。多分、私が1番求めていた言葉だったんだと思う。大人なのにまるで子どもみたいに周りも気にせず大泣きしてしまった。でも、いいんだ……漸く答えが見つかったから。私の大好きな男の子がやっぱり私を救ってくれるヒーローだって分かったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【忘却の依頼】

「海老名せんぱ〜い。もしかして休憩ですか?私も休憩時間なのでご一緒したいです〜♪」

「…あら、ちひろちゃん。えぇ、いいわよ……はぁ…」

「あっ、また溜息〜!シャルロット先輩たちも海老名先輩が元気ない〜って心配してましたよぉ」

「…えっ、わたし溜息なんてついてた?いやだ、気づかなかったわ……」

「何か悩み事ですかぁ?よければわたしに話して下さいっ」

「…そうね、こういうのは誰かに聞いてもらった方がスッキリするかもしれないし。この前、私が霧の嵐に巻き込まれたのは知ってる?」

「えっと、過去に行ったってやつですよね?」

「うん、そう。それでね、わたしが小さい時のことを色々思い出してたんだけど、その頃に憧れてた人から何か頼まれてたんだけど、それがどうしても思い出せないの。連絡を取るにしても今どうしてるか、そもそもどこにいるかもわからないのに……向こうも急に連絡されてもわたしのこと覚えてないかもしれないし……って、考え始めると止まらなくなっちゃって」

「はぁ……あれぇ?分かった!その人って海老名先輩の恋人ですかぁ!?」

「…えっ?えぇ!?ち、ちがうわよ〜!その人、女性だし……でもそれに近いくらい憧れてはいたかしら。人懐っこくて誰とでもすぐお友達になってみんなを癒してくれる……そんな存在だったわ」

「へぇ〜……何かその人、先輩みたいですね。JCさんとは正反対かなぁ…」

「…えっ?どうしたの急に?」

「だってぇ先輩はみんなから頼りにされてるし〜、JCさんっていっつもムス〜っとしてて近寄りづらいって思われてて可哀想じゃないですかぁ!それでずっと学園を休んでるってみんな噂してますし……本当はすっごく可愛い笑顔なのにぃ!だから本当は今日の魔法祭、JCさんに図書委員のカフェを手伝ってもらいかったんですぅ!折角のイケメンフェイスが泣いてるって海老名先輩も思いますよねぇ?」

「えっ、えぇ……そうねぇ。確かにあの顔でニコニコ笑って接客したら、女の子はほっとかないでしょうけど……あっ」

「…海老名先輩?どうかしましたかぁ?」

「……そうだ、思い出したわ“頼まれごと”」

「本当ですかぁ!わたしにも教えてくださいよぉ」

「んふふ、それはダメよ〜。これはわたしと“アイダ”と……あの人との約束なんだから♪」

「え〜!何なんですか、それぇ!?いじわるしないで教えてくださいよぅ〜!?」





「“どうしようもなく不器用だけど優しい人、いつかあなたの前に現れる男の子を助けてあげて”か。多分あなたがそうなんですよね……JCさん♪」
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