グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い 作:自由の魔弾
参加者:
ローズ…水瀬 薫子
リリィ…シャルロット・ディオール
サンフラワー…桃世 もも
「さて、借り物競走の指定物はと………な、何ですか…これは!?」
「副会長さん、レース中につかぬことをお聞きするのですが……この“ラマン”というのは一体何のことを指しているのでしょう?私、まだ日本の文化に疎くて…」
「ディオールさんのお題もそのようなものなのですね…?これは、そのつまり……好きな人という意味だと…しかも殿方限定の…」
「……へっ!?ど、どうしましょう…私が愛するのは主のみ!仮にもその様な間柄の男性はおりませんし、かと言って主をこの場にお連れするなど未熟な私には不可能……一体どうすれば…?」
「私に聞かれても……ならばせめて“気になっている男の子”というニュアンスで捉えてみるのは如何でしょう?それならば該当する人物がいるのでは?」
「は、はぁ……ですが私にその様な感情を抱く人物は………あっ」
「…ディオールさん?急にお顔が真っ赤に…」
「なっ、何でもありません!見つかるかは分かりませんが、少し探してきます!それでは、失礼いたしますっ」
「あっ、ディオールさん!走って行ってしまいましたわ……上手く説明出来なかったのは私の落ち度ですわね…もっとしっかりしないと!んっ、あれはサンフラワーの桃世さん?何か困っているみたいですわね……生徒会として困っている生徒を見過ごせませんわ。桃世さん、何かお困りですか?」
「ひゃっ!?あっ、副会長さん……あの実は“好きな人”ってお題が出ちゃったんですけど…どうやって先輩の居場所を見つけようか迷ってて…」
「…あぁ、転校生さんのことですね。でしたらさっき運営本部のテントの所に居ましたわ。それでゴール出来ますわ、おめでとうございます〜」
「へっ!?ち、違いますよぉ!確かに先輩は素敵ですけど、でも違うんですっ!」
「……でも、今確かに先輩と言ったのは桃世さんでは…」
「あの、だからその……先輩は先輩なんですけど、そっちの先輩じゃないんです!その…あたしが、大好きな先輩は…」
「…?はて、そのような方グリモアにいらっしゃったかしら…?兎に角、私もディオールさんも恐らくゴール出来そうにないので、桃世さんがゴールして下さい。それでこのレースは終わりますから」
「そ、それどうゆうことですか?」
「あら、事前に説明を受けたでしょう?この借り物競走は2位以降の結果は公表されず、1位のみがその借りて来た内容を発表されるという一体誰が得するか分からないルールです。まぁ、私も人数合わせで参加させられたので知ったのはついさっきですが…」
「えぇ!?学園中のみんなに知られるのなんてぜ、絶対に嫌です〜っ!?」
「あっ、こら桃世さんお待ちなさい!あなたがゴールしないと私達が辱めを受けることになるのですから、ここは大人しく犠牲になって下さい〜!!」
「嫌です〜!!そんな恥ずかしい思いするならビリで良いですよぅ〜!!」
結果、水瀬 薫子と桃世 ももが借り物競走そっちのけで学園内にて追いかけっこを開始したため両者失格。シャルロット・ディオールに関してはなにを血迷ったのか学園外に逃走、本人曰く、指定されたものを探しに行っていたと弁明していたが、競技時間内に帰ってこなかったためこれも失格。よって、全くもって意味のない借り物競走の時間となってしまった。来年以降はこの競技自体を廃止する副会長の思念が逆巻いているとの噂。
「今日は〜お兄ちゃんの大好きな〜カレーの日〜♪心の料理で〜虜にしちゃう〜♪うふふっ♡」
私がいつにも増してご機嫌なのには幾つか理由がある。中でも最大の理由は何日か前に表世界へ行ってしまったお兄ちゃんが今日帰ってくるの!疲れて帰ってくるお兄ちゃんの為に大好きなカレーを用意して待ってるなんて、私ってばなんてできる女かしら!そしたら……この前の“続き” してもらえるかな?
「……ただいま」
あっ、噂をすればお兄ちゃんの影!むふふ〜、あとは煮込むだけっと……今、迎えに行くからね!
「お〜兄ちゃん、お帰り〜!心、ずぅ〜っと震えながら待ってた…よ……っ」
ぱたぱたと走って玄関に向かった私はそこで信じられない光景を目にした。何故ならそこにはお兄ちゃんと……もう一人私の知らない女が連れ添っていたから。
「ほら、優子さん……遠慮しないで上がってよ。心ちゃん、彼女は佐伯 優子さん。優子さん、彼女は双美 心ちゃん。お互いに挨拶して」
お兄ちゃんがいつもの淡白な口調でそう促してくる。むむむ……ちょっとだけ納得いかないけど、お兄ちゃんに頼まれたら嫌とは言えないよ。でもあくまで“表面上”は仲良くしてあげるだけなんだから。
「ふーん……私、心。よろしくね」
「あっ、こちらこそ宜しく。私は佐伯 優子です……って、あなたなんて格好してるの!?」
「…料理するんだから、エプロンするのは当然でしょ?」
「だ、だからって……それ“裸エプロン”じゃない!!せめて下着はつけておいてよ!」
「えー?それじゃお兄ちゃんが喜んでくれないもん。ねー、お兄ちゃん?」
「…えっ?あ、あぁ……まぁ、そうね」
お兄ちゃんが若干上の空状態で返事するけど、そんなの関係なし!お兄ちゃんも男の子だもんね〜。
「でしょ〜!心ってばお兄ちゃんと以心伝心だから、何も言わなくても好みが分かっちゃうの〜♪」
「で、でもでも!やっぱりこういうのは良くないと思う!だってほら、JCくんはまだ未成年だし教育上将来悪い影響を与えるかもしれないじゃん!?うん、お姉さん絶対そうだと思います。だから見ちゃ駄目なの〜!」
そう言いながら、両手でお兄ちゃんの目を塞ぐ目の前の女。ぐぬぬ……お兄ちゃんに密着しすぎ!ちゃっかりお兄ちゃんの背中におっぱい押しつけて誘惑してる!許すまじ…!
「あんたの意見なんてどーでもいいの!それに……お兄ちゃんは心の裸なんてもう見慣れちゃってるから全然問題ないもん。だよね、お兄ちゃん?」
「えっ!?ち、ちょっとJCくんどういうことなの?それって話が違う…!?」
ふふん、流石に動揺してるわね。所詮ぽっと出のあんたなんかとは経験も覚悟も違うのよ!長い間追い求めた末に漸く結ばれた私とお兄ちゃんの絆は切っても切れないんだから!
「…心ちゃん、早く服を着てくれ。別に俺は誰の身体も見慣れてなんかないし、寧ろ目の毒だよ。その間に俺は優子さんを空いてる部屋に案内しておくから、それが終わったら夕飯にしよう。優子さん、左に見える扉が優子さんの部屋になります。とりあえずこのまま目隠しした状態で俺をそこまで誘導してください」
「えっ?あっ、うん…分かった。じゃあまず靴脱いで……段差あるから足元、気をつけてね?」
そう言い残してお兄ちゃんはあの女に付き添われながら、空き部屋の中へ入って行った……な、何よあれ!?お兄ちゃん、私というものがありながら他の女にも手を出すなんて………はっ!まさか、あの女に何か弱みを握られてるんじゃ!?そうよ、きっとそうに違いないわ!じゃなければお兄ちゃんが私を放っておくはずないもん!おのれ……私のお兄ちゃんに手を出すなんて良い度胸してるじゃないの!!良いわ、その挑戦受けてあげる。あんたなんかより私の方がお兄ちゃんに愛されてるって証明してあげようじゃないの!
そう、これは……“戦争”よ!!
「よいしょ…っと。はい、着いたよJCくん。じゃあ納得がいく説明をしてもらうわよ」
私は指定された部屋にJCくんを誘導すると、手で覆っていた目隠しを外してあげる。いきなり開けた視界に驚いているJCくんが、ちょっとだけ可愛かったのは内緒です。
「ありがとう……まぁ、そのなんて言うか……心ちゃんのことはあまり責めないであげてほしい。彼女は幼い頃、両親に命を狙われた経験から親しい人への接し方がよく分かっていないんだ。だから偏った知識や憶測に従って行動しがちで……決して悪気がある訳じゃないのは分かってほしい」
縮こまってまるで自分のことみたいに謝るJCくん。もう……そんな風に言われたら、私もあんまり怒れないじゃん。ずるいなぁ…。
「…でも、だったら私よりも彼女のことを守ってあげなくちゃ駄目だよ。だって私の所に来た時もあのおっきな門みたいなの通ってきたんだよね?さっきだって苦しそうに通ってたのに、わざわざ何時間もかけて来てくれたのに……ちょっとでも期待した私が馬鹿みたいじゃん」
そう、あの瞬間あの場所に来てくれたJCくんは私のことが好きだから……そう思っていたのに、実際にはあの心ちゃんという女の子がそばにいる。それはあの場に居合わせたのは偶然で意味はないことになってしまう。そう、全ては私の思い込みだったのね…。
「ごめん……確かにあの病院が襲撃されるって情報を聞いたから、俺は向かった。でも、俺が行こうと思ったのは優子さんが居るって知ってたからなんだ。俺、今は訳あって心ちゃん以外誰も信じられないけど……でも優子さんのことが頭に浮かんだ時、行かなきゃって思ったんだ。この気持ちは嘘じゃない……信じてはもらえないかもしれないけどさ」
苦笑しながら私から視線を逸らすJCくん。もう……この子はいつもそう。自分で勝手に決めつけて、答えも聞かずに完結させようとする。言って聞かせなきゃ分からないのなら、はっきり言ってやるわよ!
「私って、そんなに物分かり良くないし頭も悪いしおっちょこちょいだしいつも何か忘れるし失敗ばっかりだし!でもね、これだけははっきり分かるよ!私はJCくんのことが好き!だからあの時、JCくんが来てくれて本当に嬉しかった…!JCくんに想ってもらえる人間になれて良かったの!だって、そうじゃなきゃあの女の子に殺されてたもん……人知れず誰にも看取ってもらえないまま、孤独に飲み込まれてたと思う」
「優子、さん…」
私の独白を聞いて、じっと私を見据えているJCくん。大丈夫、私はいつだって君の味方なんだから。
「だから、ありがとうとごめんなさいが入り混じってるの。私を助けてくれたのは嬉しい、でもそのことでJCくんを悩ませちゃってるのは苦しい。だから、私はJCくんを信じるって決めたの!それじゃ、答えになってないかな?」
私が問いかけると、少し考え込んだ後に短く答えが返ってきた。
「…ありがとう、優子さん」
その言葉を聞いた瞬間、私は無意識のうちにJCくんに抱き着いていた。多くを語らなくても分かる、その証拠にJCくんも優しく私を抱き返してくれているから。
「じゃあ、ご飯食べに行こっか……あっ、それとJCくん」
「んっ、何かな?」
気を良くしたのか柔らかい口調で受け答えしてくれるJCくん。
「あの子と……“エッチ”したの?」
「……えっ」
途端にビクッと身体を硬直させるJCくん。無言は肯定と見做すわよ……正直に答えなさい。
「もう一度だけ聞くよ。あの子と“エッチ”したの?」
「………1回だけ」
ほ〜ら、やっぱりそうだ。あの距離の近さは男女の仲以外あり得ないもん。そっか…JCくん、初めてじゃないんだぁ。でも……1回なら、まだ許容範囲よね?
私は震えるJCくんの耳元で囁いた。
「(じゃあ、本気で悪いと思ってるなら……私とも“シテ”よね?)」
「岸田眞吾が動いたようね」
「博士、ウィッチが活動を始めました。でも今回はダイヴの形跡はないみたいです……でもこの短調なコード、本当に彼女なの?」
グリモアの研究室では双美さんが電脳の魔法を使って、ウィッチこと裏世界の双美さんの痕跡を探っていた。その横でモニターを監視していた私は間ヶ岾の演説の最中に、彼の根強い支援者である警視庁副総監の実崎という男が今まさに
「…っ!博士、ウィッチの反応が急激に低下します!このままじゃJCさんが!?」
「何ですって…!?どうにかして!このままだとまた逃げられる…!」
「わ、分かってます!せめてJCさんの居場所だけでも……!!」
感情的になった私の言葉を受けて、双美さんも必死にネットワークへ接続を試みる。お願い…届いて!
「ーーーっ!?かはっ…!はぁ…はぁ……ウィッチの反応、完全に消失しました。これ以上の追跡は不可能です」
「…っ!?JCくんの居所は!?」
必死の攻防を繰り広げた双美さんはすっかり憔悴しきっていた。でも彼女の表情は微笑みを浮かべていた。
「……えぇ、最後の最後に尻尾を掴ませてくれましたよ。これでウィッチのPCのGPS情報から場所を特定出来るはずです……うっ…!」
「っ!双美さん!?大丈夫!?」
言葉の途中で双美さんが目眩を起こしたように床に座り込む。彼女の魔法の負担がこんなにも大きなものだったなんて……。
「すみません……やはり10年の差は簡単に埋められるものではないですね。今の私ではこれが精一杯でした……データは既に博士の方にも送信済みですし、遊佐さんの“電子の妖精”に協力を仰げれば必ずJCさんを見つけられるはずです……申し訳ありませんが、私はこれ以上の協力は出来そうにありません…」
「…何を言うの、これだけの成果を挙げられたなら充分過ぎるくらいよ。後のことは私に任せて、双美さんは身体を休めてちょうだい。卯衣、双美さんを保健室まで送ってあげて」
「分かりました。双美さん、行きましょう」
「…保健室なんて大袈裟ですよ、自分の部屋で少し寝ればすぐ元気になりますから。立華さん、私の部屋にお願いします」
「…そう?分かったわ」
卯衣が双美さんに肩を貸して寄り添いながら研究室を後にする。その間に私は双美さんの助言の通り、遊佐 鳴子に連絡を入れて協力を仰ぐ。彼女は予期していたのか数コール目で応答してくれた。
《やぁ、宍戸くん。そろそろ連絡してくる頃だと思ってたよ。要件は分かってる……JCくんを取り戻すために僕の“電子の妖精”が必要なんだろう?》
「…どうしてそこまで知ってるのかはこの際気にしないわ、話が早くて助かるから。双美さんの力が借りられない以上、JCくんに辿り着くかは私達に掛かっているわ」
《そうか……フッ、望むところさ。以前の僕と同じではないということを見せてあげるよ》
「そう。なら、すぐ研究室に来てもらえるかしら?今度こそJCくんを取り戻すわよ」
《了解だよ。年末には裏世界探索も控えているみたいだからね。僕たちが霧に打ち勝つには彼の協力が不可欠だ……というのは建前で、本音は今すぐJCくんに逢いたいだけなんだけどね》
私が強く念を押すと、デバイス越しでも分かる程に彼女は自信に満ち溢れていた。普段私情を感じさせない彼女がここまで意気込む理由は……もしかして私と同じなのかしら?
「…あら、意外と早かったわね……っ!!」
「……心ちゃん?どうかしたの?」
優子さんが一緒に住み始めてから数日後、ほんのついさっきまで優子さんと
「あっ…ううん、何でもないよ〜……って!?ちょっとあんた、心が画面見てる間に何お兄ちゃんに抱き着いてるの!?お兄ちゃんは心のなんだからあっち行ってよ!!」
「ふっふ〜ん!戦いの最中に獲物から目を離すからいけないんだぞ〜!JCくん、心ちゃんは忙しいみたいだから一緒に私の部屋に行こ?」
「あ〜!!だ、駄目だよぉ!そんなの許さないんだからっ!お兄ちゃん、心のお部屋に行こうよ!?」
前から心ちゃん、後ろから優子さんに抱き着かれる形で俺の身体は別々の方向に引っ張られる。思っていたのとは大分違うけど、両手に花とはこういうことを言うのだろうか?尤もこんな終末的な愛情表現しか出来ない3人が集まって羨ましがられることも無いか……お互いに共依存の関係だもんな。
「ちょっと待って。それはそれとして……心ちゃん、何か言いたいことがあるんだよね?隠し事は良くないよ」
「うっ……そ、そんなことないよぉ?心は別に隠し事なんて……」
俺が言及すると、さっきまでの元気っぷりが嘘みたいに無くなって狼狽する心ちゃん。それは優子さんも感じた様で、背後から俺の肩に顔をちょこんと乗せたまま心ちゃんを諭していた。
「心ちゃん、JCくんはこうなったら話すまで諦めないよ?ここは素直になったほうがお互いのためだと思うなぁ」
「む、むぅ……2人とも、何か意地悪だよぉ!本当に何でもないのっ!何でもないったら何でもないんだから〜!?」
心ちゃんは明らかに何かを隠した様子で逃げる様に自分の部屋に行ってしまった。何か不味いことになってなければ良いんだけど……そんなことを考えていると、俺の心情を察したのか優子さんが思いがけない言葉を投げかけてきた。
「…行かなくていいの?心ちゃんはJCくんの大切な人なんでしょ?だったら困ってる時は考えるよりまず手を差し伸べる!私の時もそうしてくれたじゃない…ね♪」
「優子さん……ごめん。少し心ちゃんに時間割いちゃうけど、絶対解決してみせるから!」
俺は優子さんの後押しを受けて、すぐに心ちゃんの部屋へ向かった。
「心ちゃん、中に居るんだろう?さっきのはちょっとやり過ぎだったよ、反省してる。でも心ちゃんの助けになりたいのは本当なんだ!君が何か困ってるのなら、俺は力になりたい!そのためにもまずは話を聞かせてくれないかな…?」
扉越しに心ちゃんに向けて言葉を投げかけてみる。返事してくれるまでは無理に部屋に押し入る様なことはしたくない。力で強引に話をつけることは簡単だけど、それじゃ根本的な解決にはならないことを知っているからだ。暫く部屋の前で待っていると、鍵の開いた音が聞こえてゆっくりと開かずの扉が開いた。よかった……扉の前で歌とか踊りとかやらずに済んで。
「………お兄ちゃん、1人?」
静かに顔を覗かせてこっちの様子を伺っている心ちゃん。そんなに聞かれて困る話なのか?
「うん、そうだよ。話してくれる気になった?」
「……分かった、じゃあ部屋に入って。先に言っておくけど、凄く重要な話だからびっくりしないでね?」
「えっ……あっ、あぁ……」
普段は見せない真剣な表情で念を押されて、思わず身震いしてしまった。直感だけど、今からとてつもないことを聞かされるような気がする。俺はぐっと一息飲んで、心ちゃんの部屋の中に備えてあるテーブルの前へと足を運んで座り込む。程なくして対面に座った心ちゃんがお茶を用意してくれて俺に差し出す。そして自分の分を一気にぐいっと飲み干すと、意を決したように話し始めた。
「結論から言うとね……お兄ちゃんがここに居ることがバレた。だからすぐにここを出ないといけないの」
「なっ…!?どうして、そんなまさか……もしかして、この間の優子さんを狙ってたスレイヤーに…」
「あっ、ううん違うの……バレたのはそっちじゃなくて、グリモアのほう。心の“子機”を人に貸してたんだけど、それをお兄ちゃんの方の心が見つけちゃったみたいなの。その子機って親元の心のPCと魔法でリンクしてるから芋づる式に辿られたみたい」
グリモアが心ちゃん、ひいては俺の居場所を突き止めた。記憶が間違っていなければ、心ちゃんは霧の護り手として指名手配されていて、未だに俺も命を狙われているはず……遅かれ早かれここを棄てる以外に選択肢は残されていないという訳か。俺はその考えをぐっと押さえ込むように心ちゃんから差し出されたお茶を口に含む。
「でも、スレイヤーの方も全く心配無いとは言えないんだよね。だから心から提案があるの」
「……提案?それってどんな…」
俺はそう口では言っておきながら、内心それ以上の言葉を聞きたくなかった。何故ならもう心ちゃんの気持ちや考えが一筋の涙として彼女の表情に伝ってしまっていたからだ。
「……心がお兄ちゃんとお別れすれば良いんだよ。心だけが悪者ってことにすればグリモアはお兄ちゃんを守ってくれるし、きっとあの子も一緒に保護してくれるから。心はこっちで数え切れないくらい人を殺しちゃったから良くても終身刑だし、それに……結局どれだけネットワークにアクセスしても肝心の“お兄ちゃんをグリモアが殺した”って証拠が出ないの!じゃあ、心は今まで何のために……」
「な、何だよそれ……第一、君が最初に言ったんじゃないか!?グリモアが俺を殺した、その犯人を知っているって」
俺が責める様な口調で心ちゃんに追及しかけたその時、心ちゃんは今までにないくらい激昂した様子で声を荒げた。
「だから!その証拠が出なかったの!!心が知ってるのはこっちのグリモアがお兄ちゃんの遺体をどこかに遺棄したってことだけで、肝心の犯人が誰とかどうやって殺したとかは全然分からなくて、だからとりあえず分かってる“グリモアが犯人”って前提だけで調べてたの。でもいくら調べても犯人分かんないし、お兄ちゃんのデバイスに仕込んだ盗聴器から向こうのグリモアの魔法使いも確実に潔白って証明されちゃったし……もう最悪だよ……うぅ…」
心ちゃんは大粒の涙を流して独白を続ける。そうか……今まで俺に誰が犯人か教えなかったのは本当に知らなかったからなのか。それにグリモアのみんなが犯人じゃないと聞いて……俺は心の底から安堵してしまっていた。あれだけグリモアのみんなが犯人だと啖呵きっていたのに実は疑いが晴れて嬉しいと感じているのは矛盾しているか……何だろう、急に意識が遠のいてきた…?視界が霞んで見える……?
「…そうだとしても、心ちゃんだけを犠牲にするなんて俺は絶対に嫌だ。もし心ちゃんの言ったことが正しいのなら、優子さんだけでも、保護してもらって……俺も同じ罰を受け……うぅ、受け…るか、ら……あぁ…」
遂に耐え切れなくなった俺は、言葉の途中でテーブルに倒れ込んでしまった。そのすぐ後に頭に柔らかい感触と甘い匂いが俺を包み込んだ。
「…お兄ちゃんってばタフ過ぎるよ。ほとんど致死量の睡眠薬を溶かしたお茶飲み干してるのに、全然おねんねしてくれないんだもん。お兄ちゃんって魔法以外も強いんだね。後は心が何とかするから、ちゃんとみんなに謝るんだよ?………ぐすっ、じゃあね……お兄ちゃん…」
「……くん……Cく……JCくん!……起きて、起きてよぉ……」
微睡む意識の中、誰かが俺を名前を呼んでる気がする……あれっ、俺なんで倒れてたんだっけ?確か心ちゃんと話をしてて、それでそのまま……そうか、俺は心ちゃんの策略にまんまと嵌められたのか。漸く覚醒してきたのか、ゆっくり目を開けるとそこには涙で顔を濡らした優子さんが俺を見据えていた。
「…優子、さん?」
「…っ!JCくん……よかったぁ!部屋の外から何度も声掛けたのに全然返事なくて、心ちゃんも急に荷物持って出てっちゃったし……何かあったのかなってこっち来たら、いきなり倒れてるんだもん。そりゃそうだよ、致死量の睡眠薬の入れられてた袋の中身がごっそり消えてたんだから!?」
優子さんは俺が倒れた後の状況を詳しく教えてくれる。心ちゃんもすぐに出て行ったってことは、初めから俺が認めないことを予測していた上で尚且つ睡眠薬を盛ったのだろう。例え普通の人間なら致死量でも俺なら耐えられると踏んだのか。だったら、すぐに心ちゃんの後を追わないと取り返しのつかないことになる…!!
「優子さん、すぐに心ちゃんの所に行かないと…!じゃないと、心ちゃんは全ての罪を被って死ぬつもりなんだ!!」
「えぇ…!?で、でも行き先も何も言わずに出てっちゃったし、もう1時間以上経ってるからどこ探したら……!?」
「…大丈夫、今見つけるから……ハッ!!」
俺は緑の力を発現させて、心ちゃんの足跡を辿る。これは……ゲートに向かったのか?でも、何でわざわざ表世界に………まさか、心ちゃんが前に話してくれた場所に居るんじゃ…!!
「優子さん、すぐに支度するからいつでも出られる様にして!向こうに戻らないと……心ちゃんを死なせてたまるか…あの子は俺が……俺が守らなきゃいけないんだっ!!」
「……くっ!あぅ…!?やっぱり、今の私じゃ勝てなかった……これで、良かったんだよね……うっ!?頭が、割れる…!?お兄ちゃんのこと、もうじき思い出せなくなっちゃうんだ……また、ひとりぼっちになるの?」
私はお兄ちゃんをグリモアに保護してもらうため、グリモアにいる過去の自分に向けて電脳空間を創り出して、そこで決着をつけることを望んだ。その結果、私は過去の私に……しかも今までで一番負けたくない、負けちゃいけないと意気込んで臨んだ戦いに敗れた。勿論、普段の私ならあんな小娘同然の過去の自分に負けるはずはなかった。でも、少し前から感じていた異変が遂に私の身体を蝕み始めたのか、電脳の魔法が突然使えなくなったことで攻撃手段を失った私は見るも無惨なまでに叩き潰されてしまったわけ。それに私の魔法は特別で、例え電脳空間でのダメージだろうとその痛みはしっかりと現実の肉体にフィードバックされてしまうの。最後の最後に電脳空間の中で頭を吹き飛ばされた私は……ふふふ。でもね、私全然悔しくないの。だって魔法が使えなくなったってことは私の一世一代の“賭け”に勝ったことを意味していたんだから……って、言ってることと思ってることが違い過ぎて、向こうの私のこと笑えないわね。
「…でも、お兄ちゃんの命を守るためならグリモアに恩を売るくらいなんてことないよね。多分向こうの私なら送ったデータ、気づいてくれるかな?」
私は自分を鼓舞するように言葉を並べる。でも、現実の孤独感からなのか段々と視界が霞んできた……あ、あれ?何でなんだろ……頑張って泣かないって決めたのに…。
「…どうして……これでお兄ちゃんを助けられるって、だからそれまで泣かないって…決めたんじゃん………ぐすっ、嫌だよ………死にたくないよぉ……助けてよぉ…お兄ちゃん…!」
気づけばお兄ちゃんの名前を呼んでる自分がいた。だってしょうがないじゃん……お兄ちゃんのこと、自分でもどうしようもないくらい好きなんだもん。お兄ちゃんのことを薬で引き止めたのは私の提案を否定するって分かってたから、でもそれよりもお兄ちゃんの顔を見たら折角の私の決心が揺らいでしまいそうだったのが一番の理由なのは秘密。だから行き先も告げずに急いで行動を起こした。いくらお兄ちゃんでもまさか私が表世界の科研にいるなんて思わないよね……でも、私の最期の我儘を許してくれるなら………ほら、やっぱり来てくれた。
「心ちゃん…!!やっぱりここにいたんだ」
「…っ!?お、お兄ちゃん……お兄ちゃん…!やっぱりお兄ちゃんは、心の願いを叶えてくれる魔法使いなんだね……えへへ…」
一体どんな魔法を使ったのか分からないけど、お兄ちゃんとはやっぱり気持ちが繋がってるんだね。そんな喜びを伝えたくて持てる力を出してお兄ちゃんに笑いかけるけど、もうどんなに頑張っても力無い笑顔になってしまった上にそのまま身体ごと倒れてしまった。でも、床にぶつかる直前にお兄ちゃんが抱きとめてくれた……お兄ちゃんの腕の中、すごくあったかいんだね。
「これ以上喋っちゃ駄目だ!!あぁ…頭から、こんなに血が……何で、何でこんな無茶なことを……う、うぅ…!」
「…当然だよ、電脳空間の中とはいえ……頭、砕かれちゃったから……心ね、多分もう助からないけど……これ、お兄ちゃんに渡しておかなきゃ…」
お兄ちゃんは悲痛な表情で涙を流して私に言葉を投げかけてくれる。もぅ……こんな血まみれで死に損ないの姿なんかお兄ちゃんに見せたくなかったのに、だからわざわざ眠らせたんだよ?やっぱりお兄ちゃんは乙女心、分かってないなぁ。でも、ちゃんと来てくれたから……最期にサービスしてあげるね。
「…な、何なの、このUSBメモリは…?」
「…ふふっ。それの中には、心が一生懸命集めた“お兄ちゃんのデータ”が入ってるの。だから、もし他の誰かにその中身を知られたら……世界中が大変なことになっちゃうから、もう一つだけ保険をかけておくね…」
私はお兄ちゃんに手渡したUSBメモリに、持てる力を振り絞って最期の魔法をかける……これでもう、思い残すことはないかな…?
「…よしっ、これでデータを見る時に、お兄ちゃんの声紋認証が必要になった。最低限だけど、セキュリティは保たれると思う……ねぇ、お兄ちゃん。心ね、今すっごい幸せな気持ちでいっぱいなんだ…」
「な、なに言ってるんだ…?今、優子さんが救急車を呼んでるから、もう少しだけ頑張るんだ…!こんな所で死ぬなんて、俺は許さないぞ!?」
必死の形相で私に叫ぶお兄ちゃん。もう本当に真っ直ぐ過ぎるんだからなぁ……折角、悪者になってあげるんだからそれなりの追い出し方をしてくれないと……してくれなきゃ駄目じゃん…!聞き分けの悪いお兄ちゃんには……こうしてあげる。
「んっ…!?んんっ、んちゅ…ちぅ……ぷはぁ…!こ、心ちゃん…いきなり、何を…!?」
「…何って、大人のキスだよぉ……恥ずかしいんだから、言わせないで…!次、お兄ちゃんの番……んっ」
私は目を閉じてお兄ちゃんからの“お返し"を必死にせがむ。もう体力的にこれが最期の会話だよね……悪党だってせめて最期くらい、大好きな人に看取られて逝きたいと思うのはいけなくないよね…?
「…馬鹿野郎だよ、それくらい……いくらでも、何度でもしてやる…だから、だから死ぬな…!!」
お兄ちゃんはそう言って強引に私の唇を奪う様に深いキスをしてくれる……お兄ちゃん、がっつき過ぎだよぅ。それじゃ2人とも息が出来ないじゃん……でも、すっごく幸せ♪いつも私からしかけしかけなかったのに、今はお兄ちゃんの方から積極的に求めてくれてるんだもん。お互いの感触を確かめ合うように長い時間触れて、どちらからともなくそっと離す。お兄ちゃんの悲哀と熱情が入り混じった顔を見つめながら、私は最期に伝えたいことを口にした。
「世界で一番……大好きだよ……心の、お兄ちゃん…♡」
「…っ!?こ、心ちゃん…?おい、目覚ませよ!?駄目だ…死んじゃ駄目だ…っ!!頼む、頼むから死なないでくれ……っ!なぁ、心ちゃ……くっ、うぐぅ……!?うぅ…うぅぁあああああああっ!!?」
不思議なことに絶命するほんの一瞬だけ、お兄ちゃんの声が聞こえた。これは誰かの魔法なのか、もしかしたら神様の粋な計らいなのか……多分、聞こえないと思うけど最期にお別れを言うね。
バイバイ、お兄ちゃん……。
【魔女の遺産】
ウィッチと交戦した私達は、戦闘中にウィッチが双美さんに送りつけた何らかのデータを元に指定された場所へ向かった。そこは以前、霧の護り手によって襲撃されて以来封鎖されていた科研だった。何故彼女がここを指定してきたのか始めは理解出来なかったけど、実際に向かってその理由が判明した。私を始めとする捜索隊のメンバーが到着した時、施設の深部にてウィッチの遺体を抱き抱えたまま悲しみに暮れているJCくんと、そのすぐ側でじっと2人を見守っている女性を発見。ウィッチは死に際に2人の居場所を教えてくれたのかしら…?それにしても私達がウィッチとの戦闘中に見た彼女の異変は何だったのかしら?途中から明らかに魔法が使えなくなっていた様に見えたのだけれど、魔力の枯渇が原因ではなさそうだった……兎に角、今は無事だったJCくんと女性を連れて帰らないと。学園に帰ったら、JCくんに今までの無礼な態度を謝らないといけないわね……そしたらもう一度、私を結希さんと呼んでくれるかしら…?