グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い 作:自由の魔弾
心ちゃんも亡くなってしまって、きっとJCくんも絶望してるはず。こんな時、私が出来ることは何だろう?今、何か声を掛けたらかえって傷つけてしまうように思えて……グリモアに保護されたのはいいけど、それで喜んでるのは私だけだよね。JCくんは内心苦しんでるはずだよ…だったら、私が側に居てあげないと…!
あれ、今どこからか鈴の音が聞こえた…?気のせいかな…?
「………検査の結果、あなたの健康状態におかしな所は無いみたいね。お疲れ様、もう身体を起こしていいわよ」
「そうか……まぁ、病院でも検査されたから分かってはいたが。何の断りも無しに起きしなにこっちでも検査検査…いい加減にしてくれって感じだ」
数日後グリモア内の結希さんの研究室に備えてある検査台の上で、検査を終えた俺はゆっくりと身体を起こしながら軽く悪態をつく。疑いが晴れたとはいえどう接して良いのか分からず、それはまた向こうも同じらしく学園に戻ってから会った生徒の何人かは俺に話しかけることすら躊躇っている様に見えた。きっと結希さんも他の生徒と一緒か或いは俺のデータが目的なのだろうと勘繰っていたが、意外にもその考えは彼女の弱々しい態度と言葉によって打ち砕かれることになる。
「あっ……ごめんなさい、気を悪くしたのなら謝るわ。この話し方が誤解を招くのね……信じてはもらえないかもしれないけど、私はあなたのことを心配しているの」
結希さんの意外な反応を受けて思わず“そりゃ貴重なサンプルが脱走したら研究に支障をきたすだろうからな”という言葉が出かかったが、どういう訳か言ってはいけない衝動に駆られぐっと堪える。少なくとも心ちゃんからグリモアの疑惑が晴れたことを教えられなければ迷わず言い放っていただろうに。
すると、唐突に研究室のドアが開いて誰かが入ってきた。少し気にはなったけどそれよりも早く検査のために脱いだ上着を着なきゃだな。グリモアに在籍する生徒の大半は女子生徒だ、そこに上半身裸の男がいたら顰蹙を買うこと間違い無しだもんな。
「博士、おはようございます」
「おはよう。今日は何か研究の手伝いを頼んでいたかしら…?」
背を向けているから声しか聞こえないが、当人の声色からどうやら結希さんの手伝いに来た訳ではないようだ。
「いえ、そうではなくてですね。実はJCさんがこちらに居ると聞きまして、何と言いますか……私、もなのですが“心ちゃん”がどうしても彼と話したいと言ってまして」
「そう…JCくんならさっき検査を終えて、もう起きているわ。私は引き続き研究データの分析作業が残ってるから後は任せるけど、でもあまり長い時間彼を引き止めないで」
「分かりました。でもそれは心ちゃんも心得ているので心配ありませんよ。それとも…“博士の願望”ですか?」
「…っ!?」
一体何を言い合っているのだろう?だが、長い時間話し込んでくれたおかげでシャツまで着ることが出来た。上着は紛失したままだからいいとしてあとはネクタイを着けるだけなのだが……中々上手くいかない。
「ふふっ…苦戦してるようですね。もし良ければ私が結んであげましょうか?」
「えっ?あ、あぁ頼む………っ!!」
背後から声をかけられ、何の気無しにその提案を呑んでしまった俺。振り返ってその声の主を確認した俺は……言葉の一切を失ってしまった。何故なら俺の目の前に立っていたのはこの腕の中で確かに消えていった生命……心ちゃんと瓜二つの少女だったからだ。
「ネクタイくらい自分できちんと結べる様にならないと格好つかないですよ?はい、これで終わりです。ほら、いつものカッコいいJCさんですよ♪」
慣れた手つきでネクタイを結んで俺に微笑みを見せる少女。その笑顔はほんの何日か前まで見ていた心ちゃんのものと寸分違わない、でもそれはあり得ないことだ。何故ならその笑顔は俺の目の前で喪失しもう永遠に見ることは叶わないのだから。
「突然押しかける様な真似をしてすみません。あなたとどうしても話がしたいと心ちゃんが聞かなくて……今、替わりますね」
全身から噴き出す冷たい汗が逃避しようとする俺の意識をこれでもかという具合に鮮明にさせる。目の前の少女は心ちゃんであって心ちゃんではない。なら一体誰なんだ?そんなことは分かってる、彼女はグリモアの双美 心だ!決して俺のよく知る双美 心ではないことぐらい!なのに、なのにどうして心ちゃんの存在がちらつくんだ!?
「……はぅ…?あ、あれ?わたし、何で研究室に……って、もう忘れてませんからね!心さんの時の記憶も引き継げるようになったんですからっ……ひょわぁああ!?あ、あなたは…えっと、JCさん…ですよね?目の前でいきなり奇声をあげてしまって申し訳ありません〜!!今すぐ土下座するので許してくださいぃ!?」
涙目になりながら他に頭を押し付ける様に土下座を決め込む彼女。その際の困り顔というか泣き顔が妙に心ちゃんを彷彿させる……俺に何か伝えようとしているのか?
「えっと…その、何て言えば良いのか分からないんですけどぉ……こ、心さんと……裏世界のわたしのことで、お礼を言いたかったんですっ!その、2人のこと…助けてくれて、ありがとうございますって…」
助けた…?俺が?違う。何もかもが違う…そうじゃない、そうじゃないだろっ!?心ちゃんは俺が殺してしまったようなものだ!それを勝手に美談に変えて終わりじゃないだろうが!!自分を慰めるのはもうやめろ、俺はそんなことまでして綺麗に生きたくない!もっと罵倒しろよ、さぁもっと俺を淘汰する罵詈雑言を浴びせてみろよ!それが心ちゃんを死なせてしまった俺が受ける罰であって償いだろうが!小綺麗な願望は捨てろ、彼女が伝えたい本心を感じ取るんだ。そう自分に暗示をかけて改めて精神を研ぎ澄まして心ちゃんの思念を探る。その結果、俺がひた隠しにしてきた心ちゃんの真実が目の前の少女を通して一気に押し寄せてきたんだ。
オニイチャン……ナンデココロヲヒトリニスルノ?ズットイッショニイヨウッテヤクソクシタジャナイ。ネェ、ココハスゴクツメタイシ、ヒトリダトサビシインダヨ?オニイチャン、ココロヲタスケテ。ハヤクコッチニキテ、イッショニタノシクスゴソウヨ?ホラ、ネェハヤク…!オニイチャン、オニイチャ……オニ…チャ………プッ、クフハハハハッ……ハハハハッ……アハハハハハハ!アーッハハハハ!!?クケケケケケケッ!?!?
「……っ!!?うっ、うぅ…!?か、カハッ…!?そ、そんな……ゼハァ、ゼハァ…ゼハァ!ガハッ!?へハァ、ヘェハァ…!?」
「…!?JCさん?ど、どうしたんですかぁ!?もしかして…わ、わたしなんかとお話した所為で気分を害してしまったのではぁ〜!?……心ちゃん、今はそんな悠長なことを言っている場合ではありませんよ。宍戸博士!JCさんの容態が急変しました!!」
目の前にまるで生気を宿していないドス黒い瞳、淡い桃色の髪は頭部から噴き出す鮮血によって所々赤黒く染まってその輝きを完全に喪わせている。溢れ出る血は額を通って目や頬に流れ落ちていて、心ちゃんの言葉も相まってまるで血の涙を流しているみたいだったし、口も鋭利な刃物の様に口角が鋭くなって三日月の様な狂った笑顔を俺に見せつける。そんなこの世のものとは思えない醜悪な姿を見てしまった俺に正気を保つことは最早土台無理な話で、今すぐ卒倒しないことだけが唯一無二の行動だった。しかし、それはあくまで内面の話であって体表の状態とリンクしているとは限らない。現に俺は今、呼吸困難や激しい動悸や眩暈、全く焦点があっていないことや全身に及ぶ痙攣から何らかの精神病の類を疑われているんだからな。
「これは……双美さんは椎名さんに連絡をお願い!私はどうにかして彼を宥めるわ。JCくん、JCくん聞こえる…きゃっ!?」
「博士!」
俺の意思とは勝手に動く手足が俺の身体を必死に抑えようとする結希さんを突き飛ばしてしまう。でも、もう自分じゃ制御がきかないんだ……目の前の心ちゃんの幻影が俺の身体的・精神的自由を支配していくのが手にとる様に分かる。やっぱり心ちゃんは俺を許してなんかいなかったんだ…当然だ。俺に出会うことがなければテロに加担することも無かったし、それによって死ぬ必要なんか全く無かったはずだ。その事実は不変のもので同時に俺という存在が心ちゃんを追い込んだことを意味する。そんな相手を許せるなんて誰が出来るだろうか?いや、そんなことは誰に聞かなくても分かっている……答えは“ノー”だ。
「博士、こうなっては仕方ありません。魔法が効かない以上、実力で彼を拘束するしか…!」
「…っ、それは駄目!彼はグリモアの生徒で研究材料のモルモットじゃない人権のある人間よ、決して暴力を振るって鎮圧してはいけない!」
「しかし、それではこちらが先に……くっ、分かっています。分かってますとも……きゃああっ!?」
俺が振るった腕に当たって壁の側まで弾き飛ばされる双美さん。ずっと眼を見開いていた所為なのか乾きによる痛みでどんどん涙が溢れてきた。それでも身体の異変は止まるところを知らず、悪化の一歩を辿っていくばかりで最早俺の意思など皆無に等しくなりつつあった。
「ゼェハァ、ゼェハァ……うっ、が、ガハッ…!こ、ここ…ろちゃ……ご、ごめ……さ、い……ご…んな……さ…い…うぅ、グハゥ…!?」
俺は持てる力の限り必死に心ちゃんへの謝罪の言葉を絞り出す。虚になっていく心ちゃんの幻想に向かって、ただひたすら声を上げるのだ。それが俺に出来る唯一の贖罪であり、期限は無い。この呪われた身体では自分で死を選ぶことすら叶わない。だからこの重い十字架を一生背負って苦しみながら生きていく以外に道は無いんだ…!
そんな考えに突き動かされる最中、俺の目の前に心ちゃんとは違う別の何かがそっと俺の頭を包み込んだ。これは…何て温かいんだろうか…?
「JCくん……大丈夫、あなたは滅んだりなんかしないわ。確かに自分の人生を常に間違いなく生きることは難しいけど、例え間違いを犯したとしても私たちはそれに気付ける。そして、気付いたのなら正すことが出来るの。だから…最後まで自分を見失わないで、私がずっと側にいるから…」
暗黒の思念の中でやけに響音する優しい声……誰だ?いや、それはもういい。とにかく今はこの居心地の良い空間に身を委ねていたい気分だ。そう、このままずっと……。
「……以上が宍戸さんからの報告になります。尚、現在もJCさんは自室で療養を続けていますが既に日常生活を送るまでに回復しており、年末の裏世界探索には予定通り参加してもらうそうです………っと執行部はJCさんにまた無理強いするつもりでしょうけど、私はまだこの決定に納得していません」
生徒会室にてアタシは薫子の報告を受けていた。尚この場に同席しているのはアタシと薫子、聖奈に朱鷺坂…それに水無月のみだ。一般の役員に出払ってもらっているのは彼らにとってあまり馴染みのないJCに関する話であることと、執行部の疑惑について外部に漏らさない為だ。
「とは言ってもねぇ……今度の裏世界探索は時間停止の魔法以外のゲートを閉じる方法っていうのを教えてもらう重要な目的があるんでしょう?それに行くのは裏の大垣峰……表の大垣峰ですら魔物があんなに強力だったことを考慮すると、やっぱりJCくんの協力が必須になって当然じゃないかしら?」
「そんなことは分かっている。これは心情的な問題だ……魔法使いのポテンシャルを最大限引き出す転校生や始祖十家の力を借りても尚、執行部の思惑通り未だJCに頼らざるを得ないことが悔しいんだ…!」
薫子の意見に賛同しつつも現状を見てJCに協力を仰ぐべきだと提言する朱鷺坂に対して、そうせざるを得ない現状を嘆くように吐き捨てる聖奈。どっちの意見も正しくて、同時に執行部の思い描いたシナリオに沿って物事が進んでいるというジレンマに頭を悩ませる。すると、それまで静観を保っていた水無月がボソッと一言呟いた。
「…ってゆーか、アンタさん方……ぶっちゃけ“JCさんに惚れてる”でしょ?」
『…ッ!?』
水無月のぶっ込み発言によってアタシ以外のメンバーがそれぞれ三者三様の動揺っぷりを見せている。な、何だ……もしかして、お前たちそうなのか?
「な、ななな何を仰っているのか、わ…分かりかねますわ!?私はあくまで“副会長”として彼を気に掛けているだけで、個人的な好意だけでは……全てにおいて不器用過ぎるJCさんがいけないんですっ!」
「同感ですね。私も奴の金銭感覚が常人とかけ離れていると強く感じた為に“会計”として矯正を試みているだけです。そこに決して他意がある訳では…」
「…ふ〜ん、2人ともそうなんだぁ。じゃあ私がJCくんを好きにしても別に問題ないわけね。だって私はそういう役職関係なしに、ただ純粋にJCくんに興味あるんだから……今日あたり夜這いにでも行こうかしら?」
『絶対駄目です(だ)!!』
朱鷺坂の淫行予告に対してアタシを含めた生徒会メンバーが即座に全力で声を揃えて否定する。ぶーぶーと不貞腐れる朱鷺坂を他所に水無月が何かを確信したように笑みを浮かべる。
「こんなにも気に掛けてくれる人がいるってのに、JCさんという人は……でも、これで漸くハッキリしましたわ。どうしてJCさんがグリモアに対してあんなにも拒否反応を示したのか」
「水無月、どういうことだ?アタシにも分かるように説明してくれ」
1人確信に迫った様子の水無月にアタシは説明を求める。きっとこれはアタシたちが知っておかなきゃいけないことなんだ。
「何、簡単なことですよ。人間って本音を知られるのが恥ずかしい時ってどうしても建前を並べる生き物でしょ?今言ってた“○○として” “仕事だから”みたいなやつです。恐らくですけど、JCさんにはそういう本音と建前って概念が存在しないお陰で文言をまんま受け取っちゃう稀有な性格なんですよ。例えば本音を隠したいが為についた嘘がJCさんにとっては本音になってしまうみたいな。この前の電脳空間でのウィッチの件はウチも報告は受けてます、彼女相当子どもっぽい性格だったらしいですよ?それこそ裏表が全く無いってくらいに、全てをJCさん基準に行動してたとか」
「だが、それがJCの疑心とどう関係するんだ?我々生徒会は全生徒の模範にならなければいけないのだ。一個人だけを特別視する訳にはいかないのは当然だろう」
聖奈の指摘に水無月も珍しく弱腰になる。水無月も風紀委員長として別の角度から生徒を束ねることが多いから、その難しさが痛いほど分かっているのだろう。
「…まぁ、そーなんですよねぇ。特にウチらみたいな組織だって動く必要があるグループがそんなことしたら贔屓だの何だのバッシングされますからねー。だからこそウィッチの一見異常ともとれる一途さがJCさんの荒んだ心を繋ぎ止めたんでしょうね。全く、ウチもこんな面倒な立場じゃなければよかったんですけどねー…」
「水無月さん…あなたもしかしてJCくんのこと…?」
朱鷺坂が何か気付いた様子で水無月に探りを入れる。すると、水無月は特に包み隠すこともなくあっさりとその気持ちを吐露した。
「えぇ、好きですよ。何もなければ今すぐにでも付き合いたいくらいです……それが何か?」
『んな…っ!?』
あまりにも唐突に告白するものだから、アタシまで思わず動揺してしまった。いや、別にそれが悪いことではないんだが、こうもあっさりと言われると……そんなことを考えていると、何故か言い放った本人が必死に笑いを堪えている姿が目に止まった。な、何だ…?
「ぷっ……ふふっ、ジョーダンに決まってるじゃねーですか。本人が寝込んでるってのに、そんな尻軽なこと言えねーですよ。あー、可笑しい」
発言に目を丸くするアタシたちに対して、1人ツボに入っている水無月。むぅ…あまり冗談には聞こえなかったのだがなぁ。
「さてと、話が随分と逸れてしまいましたが……このまま執行部の思惑通りってのも面白くねーですね。いい加減JCさんの悩みの種を取り除いておきたいんですが、もし時間停止の魔法が切れたら学園から卒業しちまう方々が大勢いますから護り手根絶にも支障が出ます……こればっかりはもっと偉い人にどーにかしてもらわねーと」
「…偉い人?それってどういう…」
水無月がふと溢した言葉に薫子が反応する。すると、水無月は含みのある笑みをアタシたちに見せた。
「まぁ、それは追々…ですが、悪い様にはしないつもりです。その辺はウチと学園長、それと我妻 梅なんかが対策を講じてるんで、アンタさん方は直近の裏世界探索の方に集中してくだせー。JCさんは病み上がりです、くれぐれも傷物にしたら駄目ですよ?」
「……あの時、確かに目の前に心ちゃんの幻影があった。でも、それは俺の知る心ちゃんとは見るからにかけ離れていた“恐怖”そのものだった。あれが俺に見せたイメージの意味は……んっ?」
結希さんの研究室で意識を失った俺は、その後自室にて療養を命じられ基本的に学生寮から出ることを禁じられた。これは嫌がらせでも何でもなく、再びあの発作が起こった場合に周りに誰も居ないことがないように…だそうだ。俺自身あの時自分の身に一体何が起こったのか未だに把握していないというのに。というわけで部屋に縛り付けられている俺だが数日後、唐突に部屋の扉がノックされたことで場面は現在に戻る。
「やっほーっ!お兄さ〜ん!1人で暇してると思って、ノエルちゃんが遊びに来たよ……って、何で扉閉めちゃうの!?開けてよぉ〜!!」
「な、何だよ……あの元気娘は!?今更俺に何の用だよ…って、おい!ドンドンバンバン扉叩くな!ぶっ壊れるだろうが!」
「あぅ…ご、ごめんなさい!でもでも、いきなり扉閉めたお兄さんの方が悪いんだよぅ!押しかけたのは謝るから、ここ開けてよぉ…!」
ぐっ、発作とは別の意味で気が狂いそうだ……だがまぁ、本人に悪気は無いだろうことはその性格から知っているし、扉越しでも分かるくらい声が落ち込んでるのを見過ごせっていうのもな……しゃーなしだな。
俺は静かに扉を開けると、隙間からノエルちゃんの様子を伺う。案の定、いきなり閉め出されたのが効いたのか扉の前で三角座りをしていた。そんなことされるとこっちがいたたまれない気持ちに襲われるだろうに。
「…悪かったよ、いきなり閉め出す様なことして。だからそんなに落ち込まないでくれよ。部屋、入っても良いからさ」
「……っ!う、うん!えへへっ、お邪魔しま〜す♪やっぱりお兄さんって優しいよね。いつも難しい顔ばっかりしてるから、みんな勘違いしてるんだよ。うん、きっとそう思う!」
俺が先に折れると、さっきまでの落ち込み具合がまるで嘘のように消え去り、代わりにノエルちゃんの晴々とした笑顔を浮かべて難なく部屋の中に入った……この子はこういう娘だったな。
「そりゃどうも……それで、わざわざ俺に何の用だ?遊びに来たなんてのは何かの口実だろう?」
「あぅ…ちょっとは余韻に浸らせてよっ。よっと……くは〜っ!お兄さんのベッドがフカフカだよぉ…。おっ、そうだそうだ…お兄さんの秘蔵のエッチな本はどこかな〜?枕の中?シーツの下?それともベッドの下かぁ〜!って、いひゃい いひゃい いひゃい!?お兄ひゃん、ほっへ引っ張らないへぇ〜!?」
この娘は人の部屋に押し入ってまで何をしているんだ?大体そんな本は持ってないっての……年中金欠野郎なのをお忘れか?とりあえず少しムカついたのでノエルちゃんの頬を摘んで引っ張ってみる。ほう、これはまたよく伸びるわ……あっ、離れた。
「むぅ〜!!お兄さん、乙女の柔肌に気軽に触り過ぎだよぅ!ノエルちゃん、こう見えても女の子なんだけど!?お嫁に行けなくなったらどう責任とってくれるの!?」
「いや、今のはノエルちゃんの自業自得だと……ほら、お詫びのコーヒー」
俺は冷蔵庫に(何故か)入っている紙パックのコーヒーをノエルちゃんに手渡す。これでも客人をもてなす気概は持ち合わせている……一応確認したけど賞味期限が割と最近の物ばかりなのは気にはなったのだが…?
「あっ、ありがとう……お兄さんって飴と鞭の使い方、意外と上手だよね?そういうのは女の子をドキドキさせちゃうから、あんまりやっちゃ駄目だよっ!」
「んぁ?じゃあコーヒー返せ。文句言う奴にはやらん」
「あぁ〜っ!!嫌だよ、取らないで〜!?」
そんなやりとりを繰り広げつつ、俺は漸くノエルちゃんから部屋に出向いた理由を聞き出すことに成功した。早い話、つい先日のとあるイベントにて双子の姉であるイヴちゃんとの長年にわたる確執を解消することができたということらしい。いや、それを何故俺に報告してくるのかは分からないんだが……?
「…ちょっと待ってくれ。仲直り出来たのは素直に俺も嬉しいが、話を聞く限り尽力したのはそのイベントに参加した生徒や転校生だろ。それなのに何で俺に報告しに来る?」
そう、この話の最大の謎はこの姉妹のいざこざに全くと言っていいほど関わっていない俺に対して、如何様の理由があって話しておきたかったのかだ。正直なところ、俺には皆目見当もつかないんだなこれが。
「うぇ…!?だ、だってそれは、その……あたしとお姉ちゃんが仲直りするきっかけを作ってくれたのがお兄さんだったから…!」
んっ…?益々分からん。俺が仲直りのきっかけ?いやいやそんなはずはない。第一そんな大事なことは頼まれてもいないし、自分から率先して手助けしていたなら覚えているはずだ。俺にその記憶が無いのならそれはやっていないことになるだろう。
「仲直りした時にお姉ちゃんと話したの。もしお兄さんがあたし達の両方にお互いの情報を交換してくれてなかったら、多分今も気持ちがすれ違ったままだったって。それにお姉ちゃんも言ってたもん。お兄さんがどうしようもないくらい初心だから、自分が追われてる立場なのにあたし達の姉妹の関係が修復出来ると信じて疑わないのが迷惑だって……あっ、今の迷惑ってのはお姉ちゃんが言うところの嬉しいって意味だからねっ!」
「いや、俺にはそうは聞こえなかったんだが……どうせあの仏頂面で蔑むように言ってたんだろ?普段から死ねばいいだの消えろだの鬱陶しいだの平気で言ってくるような奴だからな」
「ち、違うんだよぉ!?それはお姉ちゃんがすっごく照れ屋さんで頑固な性格だから思ってることと逆のことを言っちゃうだけで、本当はお兄さんにすっごく感謝してるはず「誰が照れ屋で頑固ですって?」えっ?ぴゃあぁああ!?お、お姉ちゃん…いつの間に…?」
ノエルちゃんが必死に弁明している背後からぬぅ…っと現れたイヴちゃん。いや、俺には普通に部屋に入ってきたのは見えてたよ。今日はいつにも増して冷たくて鋭い目つきだこと…。
「…前からずっと思ってたけど、人の部屋に許可無しでズカズカ入ってくるのは風紀委員としてどうなんだ?まるで品性を感じないのだが」
「…あら、あなた居たの?てっきり未だに世界中を彷徨っているのかと思っていたわ。だって、あなた臆病者ですものね」
まるで俺を見下す様に鋭利な視線で見据えるイヴちゃんに、俺も負けじと挑戦的な目線を向ける。相変わらずだな、この女は……今の態度を見る限り、ノエルちゃんの言うような感謝の気持ちだとか申し訳なさとかが微塵も感じられないのだが?どうして姉妹でこうも違うのかねぇ?気分は虎と龍……勿論のことだけど俺が龍だ、格好いいからな。
「あわわ、あわわわわっ!?お姉ちゃんもお兄さんも喧嘩しないでよぉ!今日は折角の記念日なんだからっ」
「記念日…?一体何の?少なくとも俺はイヴちゃんに祝われる様なことは無いはずだぞ」
「それについては同感ですね。私もこの人を祝うことも、逆に祝われることも考えつきません。そんな光景を考えるだけでも悪寒が走ります」
「……おい、言いたいことがあるならハッキリ言えよ。遠回しに侮辱しやがって、いい加減イラついてきたぞ」
「…何ですか?図星を突かれたからといって逆上しないで下さい。暴力を振るう素振りを見せた瞬間、風紀委員の権限であなたを拘束しますよ?」
側から見ればその光景は一触即発、お互いに銃口を向けている状態だろう。正直俺も何でこんなにイヴちゃんと言い争いをしてるのか分からなくなっているけど、売られた喧嘩は買わない訳にはいかない。
それにしても、どうしてイヴちゃんはこんな酷いことを俺に言うのだろう?俺、自分でも気づかない内にイヴちゃんを傷つけるようなことを言ってしまったのだろうか……こんな言い争いみたいなことでしかやりとり出来ないなんて悲し過ぎるよ。本当はもっと素直に仲良くなりたいのに…。
「ふ、2人ともストップ!ストォ〜ップ!!駄目だよ、今日だけは喧嘩は無し!折角今までギスギスしてたあたし達の関係修復記念日なんだから……ほら、お兄さん!パックのコーヒー、お姉ちゃんの分も用意して!」
「えっ……でも「いいから!お姉ちゃん、コーヒー好きだから!」あ、あぁ…分かったよ。ほら、受け取れよ」
間に割って入ってきたノエルちゃんに催促され、何故か俺がイヴちゃんにもコーヒーを渡す羽目になってしまった。いや、これ俺の取り分なんだけど……っていうか、どうせ受け取ってもらえないだろうな。多分“どうしてあなたのような野蛮人から恵んでもらわなければならないのですか?”とか何とか嫌味を言われるに決まったらぁ。
と思ったら、どういうわけか素直に受け取ったじゃねぇか。どういうこと風の吹き回しだ?
「……何ですか。私だって他人の好意を無下にするほど冷酷な人間じゃありません……な、何で笑うんですか?私、変なことを言いましたか?」
プフッ、フフッ…あれだけの論争を繰り広げておきながら自分は冷酷な人間じゃない、か……やっべぇ、これは面白すぎるわ。どうやらノエルちゃんにもその思いは伝わったらしく、静かに肩を震わせながらも必死に笑うのを堪えていた。当の本人であるイヴちゃんは俺たちが笑っている意味を計りかねているのか、今までの険悪な表情ではなく困惑の表情を見せているのがかえって彼女の不器用さを体現していて、それがよりイヴちゃんの面白さを引き出していた。
「いや、もう本当に仲直り出来たんだなって思ったら何でか嬉しくてさ……俺、何にもしてないし直接関係もないんだけどな」
「JCさん…」
「そんなことないよっ!お兄さんがずっと信じてくれてたから、あたしもお姉ちゃんも諦めないでいられたんだもん!そうだよね、お姉ちゃん?」
ノエルちゃんに話を振られて、渋々ながらも同意するイヴちゃん。
「…悔しいですが、確かに一端を担っていたかもしれませんね。ですが、あまり調子に乗らないで下さい。今回はあくまで私たちがお互いに歩み寄った結果であって、あなただけの功績では決してありませんから」
「お姉ちゃん!?もう…お兄さん、本当にごめんね。お姉ちゃん、素直じゃないからお兄さんにお礼言うのが恥ずかしいんだよぅ。ここは妹のあたしに免じて許して!お願いっ」
頑固な姉の横で素直に謝る妹、この構図は確かに今までの冬樹姉妹には無かったものだよな。失われていた時間を漸く取り戻せるんだから、外野である俺が腹をたてていても仕方がないか……よし、ここで一旦チャラにするか!
「…分かったよ。だったら今までの蟠りを全部チャラにする意味も込めて、コレで乾杯しようぜ。そしたらこっからは何の気兼ねもなく接していけるだろ」
「うん…!良いね良いね!ほら、お姉ちゃんも…!」
「えぇ…!?ちょっと待って、私はまだ…」
俺の提案を快諾したノエルちゃんと反対に渋るイヴちゃん。この期に及んで抵抗するなんて往生際が悪いぞ。
「おいおい、頼むぜ。それなら妹の為だけに乾杯してくれよ。それなら良いだろ?」
「……それなら、別に構わないですけど」
ふぅ…相変わらず手間の掛かる。だがこれで漸くスタートラインに立った訳だ、後はどんな風に過ごすかはこの姉妹に掛かってるわけだ。俺が言えることじゃないけど、もう間違えんなよ?喧嘩別れ程度ならいつか修復出来るだろうが、本当の意味で別れちまったらそこで何もかもが終わっちまうんだからな……。
そんな思いを胸に抱きつつ、俺達はお互いに持ったパックのコーヒーを突き合わせて場違いとも言えるくらい壮大な祝杯をあげたのだった。
そして、時間は年度末まで進み……俺はまた裏世界へと足を踏み入れる。時間停止の魔法以外の方法でゲートを閉じる手段を確立させる為、かつて出会った裏世界の武田 虎千代、そしてもう1人の因縁の相手と邂逅することになった…。
【USBの秘密】
ノエルちゃんとイヴちゃんの関係は最早極々ありふれた家族そのものだった。本来はあの姿が当たり前だったんだろうけど、どういう訳か拗れていってしまい最終的には取り返しのつかないところまで……という夢を見たことを教えてもらった。不思議なことにお互いに示し合わせたわけでもなく、更には2人の両親までもが同じ夢を見たという。きっとそれは裏世界での2人の結末で、最後まで分かり合うことなく第8次侵攻の際にお互いを庇って死亡した。何でこんな詳しいかって?それは俺が今閲覧している“ある物”に事細かに映し出されているからだ。そう、心ちゃんが死に際に俺に託したUSBメモリの中身だ。あの日以来、心ちゃんの存在を感じ取れるものは極力避けてきたけど、2人の話を聞いている内に俺にも家族と呼べる存在が羨ましくなったのだと思う。とはいえ俺には親兄弟はおらず恋仲の相手も居ない。唯一家族と呼べる相手といえば既に亡くなっている心ちゃんくらいだ。その一抹の寂しさから逃れる為に俺は開かずの扉とされてきたUSBメモリの中身を覗いてしまった。最初は彼女がどれだけのことを調べてくれているのかを知りたいだけだった。しかし、中の膨大な量のファイルを読み進めていく内に俺はとんでもない事実に到達してしまう。
被験体No.0903 type−N “JACKAL”
霧の魔物に対抗するべく日本政府が極秘で推し進めていた“スレイヤー計画”によって生み出された個体。当初は他の才ある被験体の養分になるべく能力を授けつつ頃合いを見て処分する予定であったが、実験中にその対象者を殺害及び能力の暴走の兆候が見られた為に大垣峰研究所の地下施設にて凍結処分。数年後の第8次侵攻後に生存した人類が研究所内部を捜索した模様、しかし被験体の存在は確認されておらず現在も行方が分かっていない。