グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い 作:自由の魔弾
「…そうか、まだJCの意識は戻らないか」
「はい、JCさんに協力をお願いしたかったのですが……いえ、本当ならそんなこと関係なく意識を取り戻してほしいです」
「んふふ、水瀬さんはJCくんにラブラブですものね〜」
「んなっ!?そ、そそそんにゃことありましぇん!?と、朱鷺坂さ〜ん!!」
「きゃ〜!怖い怖い。逃げろ〜♪」
「お、お待ちなさい!この非常時にそんな軟弱な態度とは許せません!先にあなたをお説教します!こらっ、校内は走ってはいけませんよ!」
「んふふ〜。大丈夫、これ魔法で浮いてるだけだから♪」
「校内で魔法を使うことも禁止ですぅ〜!!」
「あ、あはは……薫子も朱鷺坂もリラックス出来ている様で何よりだよ。聖奈、お前は大丈夫か?」
「えぇ、問題ありません。それに例の3人がJCの護衛を務めてくれているのです、私たちは間ヶ岾に集中しましょう」
「それが終わったら、今度こそJCくんにいっぱいお世話してもらうんだものね〜、結城さん?」
「ふぉ!?な、何故それを貴様が知っている!?それは私とJCしか知るはずのない…」
「あら、あなた偶に寝言で喋ってるわよ?“JC、そんなところ触っちゃ駄目だぁ…!”とか“は、激し過ぎるぅ〜!?”とか“もっとだ……もっとめちゃくちゃにしてくれ。JCの好きなように動いてくれ……はぅ!?”とか、ね♪」
「うわぁああああ!?ち、違う!違うんです会長!!副会長も!!これはその日々のストレスから来る悪夢で……そう!朱鷺坂の陰謀なのですよ!だから、決してそういうことではないんです!!」
「う、う〜む……しかし、こう具体名を出されるとなぁ……あながち真実やもしれんし」
「結城さん?間ヶ岾の件が終わったら、朱鷺坂さんを含め私と一度ゆっくり話をしましょう。その時あなた達をどうするかは判断致しますわ……うふふ♪」
『(うわぁ……すっごい良い笑顔だ)』
「おいおい、どうなってるんだよ!?あいつら、外に出てった神凪たち無視して学園に突っ込んでくるじゃんかよぉ!?さっきまでの統制取れてた動きはどこにいったんだよ!思考ルーチンぶっ壊れてるんかよ!キーッ!」
ボクは宍戸の研究室からモニター越しに学園へ侵攻してくる間ヶ岾の魔物手下の様子を見て堪らず憤慨する。だっていきなり行動パターン変えてくるとかハード過ぎるって!しかも急にパワーアップしやがって……無理ゲーだろこれ!!
「楯野さん、あまり興奮しないで。学園生はあなたの立案した戦術通りに動くのだから」
「わーってるよ!くそっ…魔物が強すぎるんだよ。てか、何で転校生が待機なんだよ!普通前線で戦ってる奴の魔力回復させる為に真っ先に出張ってくるだろ!?」
「それは間ヶ岾の襲撃の狙いが転校生くんだと判明したからよ。それに以前科研で対峙した時に転校生くんを殺害しようとした事実もある。対応としては妥当だと思うけど?」
「だーかーらー!それがそもそもおかしいって話だろ。一度は殺そうとまでした転校生を何で欲しがってるんだよ?間ヶ岾はあんな化け物みたいな魔物になっちゃったし、今さら必要ないだろ?」
「………」
ボクの問いかけに対して、何でか沈黙を保っている宍戸。あれ、ボク何か変なこと言ったか?
そんな妙な空気感が伝わってなのか、唐突に研究室の扉が開かれた。入ってきたのは何故かぷりぷり怒った如月 天だった。何怒ってんだ、こいつ。
「あぁ〜っ!もうっ!!何だってんのよあの化け物は!?共生思想が強すぎて魔物になるって誰が予測出来るのよ!?」
「天、間ヶ岾のデータは採れた?」
「……えぇ、実際に現場まで出てってちゃんと確認してきたわよ。スキャニングの結果、やっぱり体組織の殆どが霧と同化してるみたいね。どういう原理なのかは知らないけど、霧が体内に入ってないのに魔物に変化した……世界中の何処でもそんな症例は初めてなんじゃないの?」
「うわっ、えげつな〜…」
ボクは自分の身体が魔物に変わる想像をして、思わず嫌悪感が溢れた。いや、だってあんな気持ち悪い身体になりたくないだろ普通。
「そう……それでもう1人の魔法使いはどうだった?」
「スレイヤー、だったかしら?正直言って、あれは謎だらけなのよね……私よりアンタの方が詳しいんじゃないの?JCの身体のことは文字通り隅から隅まで調べ尽くした筈でしょ」
「んえっ?何それ初耳なんだけど。おい宍戸〜?」
何やら面白そうな気配を感じ取ったボクは下品な笑みを浮かべて宍戸に向き直す。へっへっへ〜、いいこと聞いちゃったぞ。
「別に深い意味は無いわ。それに随分前のことだもの、JCくんは日々成長していると言っても過言じゃないでしょうね。それくらい彼の実力は未知数なの」
むぅ〜、顔色一つ変えないで面白くないなぁ!てか、さっきから気になってたけど、いい加減聞かなきゃ駄目だよな。
「それよりも!JCだよ、JC!何であいつ居ないんだよ。こういう時決まってボコスカ殴ってただろ!?」
「そういえば最近は見てなかったわね。結希、アンタ何か知ってるんじゃないの?」
「それは……あっ、ちょっとごめんなさい」
丁度良いタイミングで宍戸のデバイスが鳴り始めた。ちくしょー、上手く言い逃れたなぁ?
「えぇ……分かった。こっちは引き続きデータの解析を急ぐ、2人のことは任せたわ」
「おっ、何だって?」
「遊佐さんからの連絡。神宮寺さんが呼んだJGJの新型デク部隊が到着したから、一旦学園生を退がらせて応急処置を施すみたい。その間に私達は間ヶ岾のデータ解析を進めるわよ」
ちぇ、また仕事か……まぁ、いっか。戦闘が続けばあいつも出てくるだろ。全部終わったら、久しぶりにまたゲームしようぜって誘ってみるかな?
「ふむ……この身体にも漸く慣れてきたぞ。天下のグリモアといえども所詮は子供の集まりか。彼女達の相手は私1人で十分だよ、だから君は君の目的を果たすといい」
霧と同化した今の私はまさに敵無しだった。今まで幾度となく私の邪魔をしてきたグリモアの魔法使い共が、今となっては足元の蟻同然……もはや私の障害ですらない。わざわざスレイヤーの彼の手を煩わせることもないだろう。
「良いのか?油断は時に最悪を招く…… “獅子は兎を狩るにも全力を尽くす”と言うが?」
「ふふふ……それは物事の本質を捉えることが出来ていない者が言うのだよ。私には確固たる意志がある故に負けはしないさ。さぁ、早く行きたまえ」
私が促すと、彼は特に何かを告げることもなく学園内へ進んで行った。無愛想な彼の思考は理解できんよ。
「間ヶ岾ァアアア!!」
そんなことを考えていると、死角から覇気のある叫び声と共に強力な拳による攻撃が私の体を襲う。だが、それは今の私には効かんよ。
「ふふふ……これは生徒会長の武田くん、だったかな?グリモアで最も強いと名高い君の攻撃がこんなものだとは……少々ガッカリだよ」
「何っ!?うわぁああ!?」
私は巨大化した腕で薙ぎ払う様に周囲の魔法使いを吹き飛ばす。所詮はあの転校生というイレギュラーな存在に頼り切った戦い方しかしてこなかった連中だ。その特異的な存在を排除してしまえば本来の実力しか出せないだろう。それが如何に実力者であろうと個人の限界という枷がある限り、いずれ魔力は底を尽きるのだ。そうなれば魔法使いはもはやただの人間に過ぎない……霧という存在が人類に進化を齎した恩を仇で返した報いだ。
「君たち殲滅派が悪いのだよ。霧は我々を新たな段階へ引き上げてくれたにも関わらず、その霧を恐怖の対象と忌み嫌い迫害し淘汰しようとする。何故魔物が人間のみを襲うか一度でも考えたことがあるか?」
私の問いかけに答える者は居ない。当然と言えば当然か……でなければ殲滅派になど傾いたりはしない。宜しい、どうやらこうしている間にも役者は揃った様だな…。
「…やぁ、待ちかねたよ。君はもう出てきてくれないかと思っていたからね。それでもう答えは決まったかな……転校生くん」
私の攻撃によって倒れ伏すグリモアの魔法使いたち。その光景を見て我慢出来なくなったのか、護衛の浦白くんの制止を振り切って私の眼前に姿を現した転校生くん。宜しい…同じく霧に選ばれた者同士、真の共生について語らいを始めようじゃないか。そして君は選ぶことになる……裏世界で辿った“ムサシ”への道をね。
「…っ!この強烈な咆哮は……虎千代さん、結城さん。お二人に私の強化魔法を発動します。これで全盛期までとはいきませんが、かなりの力を発揮できる筈です」
学園地下の魔法使いの村にて待機していたアタシたちは、突然揺れる様な感覚に襲われる。どうやら地上で戦ってる学園生と間ヶ岾たちに動きがあった様だ。その証拠につかさが普段はあまり使いたがらない“他者への強化魔法”を有無を言わずに使ってきた。これはつかさにとって有事と判断した時のみ対象者の能力を強制的に底上げするある意味では禁じ手の様な魔法だ。普通の強化魔法と違い、何度も重ね掛けした効果を一度に発揮させるのが所以だがな。
「生天目、これはどういうことだ?私たちの任務はJCの護衛な筈だ。それなのに強化魔法を今使ってどうするつもりだ?」
「いいえ、今でなければ駄目なのです。地上の魔物は恐らく陽動、敵はもう目の前まで迫って来ている筈……っ!来ます!!」
聖奈が真意を確認しようとつかさに問いかけた次の瞬間、アタシたちの目の前に何かが墜落してその途轍もない衝撃波が一気に襲い掛かった。
「……漸く見つけたぞ “ジャッカル”よ。さぁ、我と戦え」
土煙が舞う中、静かに声が聞こえてくる。そして、それ以上に全身を射抜く様な圧倒的なプレッシャーがこの魔法使いの村全体を包み込んでいた。こいつ……強い!
「貴様、間ヶ岾の仲間だな?真っ先に私たちの前に姿を見せるとは、不運だったな」
「不運?ふっ、ふふっ……それは違うな。確かに我の狙いはそこに眠るジャッカルただ1人だ。だが、準備運動として貴様等の様な実力者と手合わせするのも悪くない」
「何…?」
目の前の男の言葉に怪訝な表情を見せる聖奈。こいつにとってアタシたちは“肩慣らしの相手”としか認識出来ないのだろうか?ふふふ…何故か無性にやる気が出てきたぞ。
「そうだな、貴様等3人の実力なら………5分で終わらせる」
不敵に微笑んでアタシたちを見据える男。くっ、なるほど……アタシたちはあくまで前座というわけか。そこまでコケにされたら俄然やられる訳にはいかなくなったぞ!
「くくくっ……アタシたちも舐められたものだな。つかさ、聖奈!遠慮は要らん……全身全霊をかけてこいつを倒すぞ!!」
『えぇ!!(はい!!)』
アタシの号令に2人が強い意志を持って答えてくれる。この男相手に出し惜しみは無しだ、持てる力の全てを発揮して止めるんだ!アタシ達がJCを守らなければ…!
「くぅ…!咆哮一つで生徒会長たちが吹き飛ばされるなんて……」
魔物化した間ヶ岾の咆哮によって発生した衝撃波を受けて、間ヶ岾の周囲に展開していた学園生やJGJの私設部隊の多くが吹き飛ばされてしまいました。幸い大事には至らない様ですが、すぐに戦線に復帰出来そうにありませんね。現状戦えるのは私と委員長、そして始祖十家のジェンニさんしか……あれは、精鋭部隊?えっ、何で2人しか居ないんですか!?
「オラオラァアア!!魔物はとっとと死に晒せやぁああ!!!」
「待て、上空にいるマスコミのヘリに共生派差別に繋がる発言として拾われる可能性がある。その辺で控えろ」
精鋭部隊のアメディックさんとウィリアムズさんが間ヶ岾を挑発しながら負傷した学園生から引き離そうとしていました。でも2人の火力だけじゃ間ヶ岾の注意を向けるにはまだ足りない……委員長?
「……なるほど、そういうことですか。氷川、作戦変更です。ウチらも精鋭部隊の2人に混ざって間ヶ岾を拘束しますよ。間ヶ岾のデータを解析した所、その戦闘力は“タイコンデロガ”、もしくはそれ以上に匹敵するという結果が判明しました」
「なっ…!?そ、そんなまさか……タイコンデロガ以上ってことは“ムサシ”!?あ、あり得ません!」
ムサシとは第1次侵攻の際に初めて現れた魔物の中でも最上位に位置する存在で、その大きさは江戸城並みとも言われるほど……そして、裏世界の第8次侵攻で最も甚大な被害を齎したとされる悪魔の様な魔物です。そのムサシに間ヶ岾がなろうとしているのですか?させません、そんなこと絶対にさせません!この学園は私が守らなきゃいけないんです。だって、あの人が起きた時に帰って来れる場所が無いと……きっと悲しんでしまいますから。
「えぇ、てな訳で絶賛間ヶ岾を挑発中のエレンさんからメッセージか送られて来たので読み上げますよ。現在、浦白・転校生による対間ヶ岾用の即席魔法を屋上にて準備中だ。動ける者はそれまで間ヶ岾の注意を逸らす為の時間稼ぎを頼みたい……とのことです。ウチは重力の魔法で間ヶ岾の動きを物理的に止めますので、その隙に氷川は契約の魔法で強制的に間ヶ岾を縛り付けちゃって下さい」
「…っ、はい!」
そう言って、委員長は得意の重力魔法で間ヶ岾の捕縛を試みます。タイコンデロガ級ならば容易に抑え込める魔法ですが、強化された間ヶ岾にどこまで通用するか……戦闘を長引かせない為にも私の契約の魔法で間ヶ岾の動きを封じるしかありませんね。
「ウグッ……身体が、動かん…!?これは、重力の魔法か……くはははっ、このグリモアにもまだこれ程の実力者が残っていたとはな…」
「くっ…!とか言って、今にも動き出しそうじゃねーですか…!」
委員長と間ヶ岾が気力を振り絞ってお互いの力をぶつけ合っています。ですが、委員長が少し押され気味です。契約の魔法は使用に時間がかかる上に対象者の意思が優先されるため間ヶ岾を追い込む必要があります。しかし、今委員長に加勢してしまえばその準備を終える前に間ヶ岾が消滅する可能性が非常に高いです。どうすればいいのでしょう……。
その時、間ヶ岾の身体に異変が起こりました。
「……グゥッ!?くっ、まだ無駄な抵抗をするか!!グリモアの魔法使い共がぁああ!!」
間ヶ岾の悲鳴とも取れる叫び声によって、委員長に抵抗していた力が一瞬弱まり一気にその体躯を拘束されました。その視線の先を見据えると、つい先程間ヶ岾に吹き飛ばされたはずの生徒会長と生天目さんが肩で息をしながら佇んでいました。
「くっ……魔力を抑えたとはいえ流石にホワイトプラズマは身体に堪えるな…」
「鯨沈を食らっても尚健在か……面白い、それでこそ“ムサシ”というものだ」
2人の攻撃を受けても間ヶ岾の勢いは止まらず、途端に周囲に向けて手当たり次第破壊活動を再開します。
「…くっ、これじゃ手がつけられない!?きゃああっ!?」
「委員長!」
間ヶ岾の常軌を逸した底力によって、委員長の重力魔法による捕縛が解かれてしまいました。委員長ほどの実力を持ってしても間ヶ岾を抑えることは不可能なのでしょうか…?かと言って、未だに学園中で魔物と戦闘を続けている学園生に応援は望めません。ねぇ……いつものあなたなら、こんな時だって颯爽と駆けつけてくれるじゃないですか。誰かが助けを求めていたら危険を顧みずに助けてくれるじゃないですか。私は、そんなあなただからきっと……。
そんな願いを込めて目を閉じる。あなたの状況はこの目で見て来たから知っている、とても戦える様な状態じゃないことも。それでも心の何処かでは信じているんです……次に目を開けた時にはこの絶望的な状況ですら誰かのために敢然と立ち向かうあなたの姿が一番最初に見えるってことを。
「……っ!氷川、避けてくださいっ!!」
委員長の叫び声が間ヶ岾の魔の手が私に迫っていることを知らせてくれます。でも、私は逃げません……だってあなたは絶対に戻って来てくれると確信していますから!
「グゥウオオオオオアアッ!!?」
次の瞬間、何かがぶつかり合った様なものすごい衝撃と間ヶ岾の叫び声が響き渡りました。ですが、私の身体に何か起こった感覚が無いことから間ヶ岾の方に異変が起きたとすぐに直感しました。恐る恐る目を開けると、そこには私が待ち焦がれていた光景が飛び込んできました。もう……あなたはどうしていつも遅刻してくるのですか?
「ウグッ……ま、また私の邪魔をするか……この餓鬼ガァアア!!!」
間ヶ岾の威嚇の様な雄叫びを受けても尚、全く怯む様子を見せないあなた。周りを見渡してグリモアの惨状を感じているみたいです。そして、静かに間ヶ岾に向き直して一言だけ呟きました。
「……潰す」
次の瞬間、姿を消したJCさんと何故かその巨体ごと吹き飛ばされる間ヶ岾の姿がありました。えっ…一体、何が起こったのですか…?私には一瞬のことで何が何だか………JC、さん?あなた、どうして髪が赫く染まって……。
「グゥッ…!こ、こんな筈では…「遅い」何ッ……グァアッ!?」
私が、切れ端たるこの私がどうしてこんな魔法使いの餓鬼1人に追い詰められている!?霧の力を纏った今の私はあのムサシにすら勝るとも劣らない程の力を得たはずだ。なのに何故、私の攻撃をいとも簡単に避けられる?的確に反撃出来る?分からない、目の前の少年の何処からそこまでの力が湧き上がるのか見当もつかない!?
「…ふっ、ハァッ!!」
「ブッ…!グォアア!?な、何故だ……霧の力を得た私に敵は無い……だがこの底無しの絶望感は何だ!?貴様の姿を捉えた途端、全身が凍る様な感覚に襲われる……貴様、一体何をした!!」
目の前の少年が跳躍と同時に放った拳が寸分の狂いもなく私の体躯に抉り込む。その攻撃になす術もなく吹き飛ばされる私は何て呆気ないのだろうかと自分を卑下してしまう。グリモアの学園生共は私の敵ではなかった、これは事実だ。なのにこの少年にとって私はまるで赤子も同然、本気で向かって敵う相手ではないとすら思えてくる。これは本能的な恐怖なのか、或いは……。
「知るか……だが、あんたは心ちゃんを自分の勝手な都合に巻き込んだ。それによって招いた死の運命に変わりはない。だから俺はあんたを討つ……それだけだ」
そう吐き捨てた少年は数歩下がって、まるで気力を高める様に特異な構えを見せる。緊張の時が流れ、僅かに少年の瞳が赤く光を放った様に見えた。そして一気にダッシュを開始し最大限にスピードに乗ったその瞬間、少年は跳躍、空中回転をして力をためる。本能的にその行為に危険を感じ取った私はこの巨大な剛腕から繰り出したパンチでその動作ごと相殺を試みる。だが、次の瞬間に少年から繰り出された急降下キックが私の拳とぶつかり、そのまま腕ごと砕きながら私の頭に炸裂させた。
「グゥッ…!?ば、馬鹿なっ……この私が、たった1人の餓鬼に……だが、まだだ!まだ私は……!?」
少年のキックが炸裂した箇所から光の筋の様なものが全身に走り、私が周囲の霧を集めて損壊した身体を修復を試みるもすべからく無に還していく。馬鹿な……そんなことがあり得るのか!?霧で構成された身体に干渉してくるなど不可能………まさか、この少年がそうなのか!だとすれば双美くんが私から引き離したことも説明がつく。霧を殺す者、即ち“スレイヤー”……かつてその資料を見つけた時はとんだ眉唾物だと嗤ったが、まさか我が身をもってそのメカニズムを体験することになろうとは……人類の負の遺産、これがその研究成果か!!
「これで終わりだ…!」
目の前の少年が再び拳を振り上げ、私にトドメを刺す体勢に移行する。そして、一気に振り下ろし私の身体は無残にも砕け散る……その筈だった。あのスレイヤーが再び介入してくるまでは。
「漸く覚醒したか……待ちわびたぞ “ジャッカル”……フンッ!!」
「…っ!グゥッ…!?」
少年のパンチが炸裂する直前、その手を掴み上げ動きを封じたスレイヤーはそのまま無防備な少年の身体ごと蹴り飛ばす。突然現れたスレイヤーの蹴りに反応出来ず、少年は軽々と吹き飛ばされた。私を、助けに来た……のか?
「君は、どうして……あの少年以外興味は無かった筈では…?」
「あぁ、その通りだ。それ故に貴様の霧を貰いに来た」
「……はっ?何をーーー」
スレイヤーの言葉の真意を計りかねた私は、一瞬の内に視界がブラックアウトしたことに遅れて気付く。だが、次の瞬間にはスレイヤーの右腕が私の腹部を貫通していた。痛覚は全く無かった……妙な言い方だが、身体を貫かれた後も暫くの間は何ともなかった。それ程までに鮮やかな行為だった。
「貴様は魔物に成り果てた。その瞬間から貴様は我々スレイヤーにとって養分に成り代わったのだ。せめてもの報いだ、我の中で共に生きよ」
スレイヤーが腕を引き抜くと、空いた箇所から集めた霧が残照の様に噴き出す。そして、次の宿主に従うかの様にみるみる吸収されていくのがわかる。それは私の命の灯火が消えることを意味していた。
「……カハッ!?ウグッ……お前、誰だ…?」
スレイヤーに危害を加えられた少年は血を吐きながらゆっくりと立ち上がる。まるで何事もなかったかの様に立ち上がったこの少年も、スレイヤーと同質の存在ということか。問いかけられたスレイヤーは静かに少年へ向き直して、自分の証明を始めた。
「我は強さを求める者……それ以上知る必要は無い。肩慣らしを終え互いに条件は揃った。さぁ……我と戦え」
「邪魔をするなら、先に相手になる………っ、ぐっ!?くぅ…」
勇ましく立ち向かう素振りを見せた少年だったが、突如として苦しみもがき始める。スレイヤーが何か攻撃した気配は無かった。ならば何故…?
「貴様……そうか、霧が身体に順応しきっていないのか。だが、その状態で強化した間ヶ岾を打ち倒したか……中々やるな」
「ぐぅ…!くっ、身体が……うぇあっ!?」
苦しそうに呻き声を上げる少年。無理もない、切れ端に選ばれなかった人間が霧を取り込むことは猛毒を食らうことと同義だ。いずれ霧に全てを飲み込まれ人としての死を迎え、そして魔物として再び命を宿すのだ。そう、それこそが真の共生である……くっ、ふふっ…ふはははっ!
「悪くない。貴様は必ずやその霧と順応するだろう……だが忘れるな。その時貴様は我が軍門に降ることになる。フンッ…!!」
スレイヤーは蹲る少年を掴み上げ空中に放り投げると、落ちてきた無防備な背中に渾身の力を込めて振るった拳を炸裂させる。それをまともに受けた少年は勢いよく飛ばされグリモアの校舎内の壁を砕き貫く様にその身を衝突させて破壊していく。もはや戦意は欠片程も存在しないだろう。
スレイヤーは満足したのか、踵を返すと一気に跳躍してグリモアから去って行った。もう私は用済みということか……おや、浦白くんが何か私に話しかけているみたいだが、もはや何を言っているのか分からないよ。例え聞こえたとして私は君たち殲滅派の考えは理解できん。それに私には楽園へと誘ってくれる霧の魔物がこんなにもいる。私の生死は問題ではない、霧を尊重し身を委ねる意思があればそれだけで……。
間ヶ岾の襲撃から既に半月が経過しようとしていた。時間が経つのは早いもので、学園中の平和を脅かしたあの戦闘からは考えられないくらい修繕作業が捗っていた。その所為であの出来事自体がまるで無かったのではないかと思える程だ。戦闘によって崩落した校舎はまるで新築の輝きを放ち、それを見た生徒たちにも僅かながらに笑顔が戻っていた。そんな空気に何となく居心地の悪さを覚えた俺は、もはや定番となった学園内の芝生に寝転び物思いにふけていた。
「(あの時、俺は確かに今までにないくらいの力を発揮していた。だからこそ強化した間ヶ岾を圧倒出来た……でも、その後に出てきたあの魔法使いには手も足も出なかった。もっと強い力じゃないと駄目なのか…?)」
あの時の傷はもう完全に癒えている。でも今のままではまたあいつと戦うことになったとしても、きっと勝てない。力が足りない……もっと強い力が欲しい…!
「…ねぇ、君。隣、座ってもいいかなぁ?」
そんなことを考えていると、突然誰かに声をかけられる。ふと視線を向けるとそこには見知らぬ女子生徒が俺の返事を待つ様に立っていた。誰だこいつは…?
「……好きにしろよ。別に俺だけの芝生って訳でもねぇし」
「っ…う、うん。良かったぁ〜!えへへ♪」
そう言って妙に嬉しそうな素振りで隣に座り込む女子生徒。何かこいつの一挙一動が胡散臭い様に思えるのは俺の気のせいなのだろうか?
「う〜んっ!風が気持ちいいよね〜。あたし、ここがこんなに良いスポットだなんて知らなかったなぁ」
大袈裟に伸びをしながらやけにデカい独り言を喋っている女子生徒。別に俺の横でやらなくても他所でやってくれよ。こっちは真面目な話、結構塞ぎ込んでるんだからよ。
「あっ、そういえば皆君のこと心配してたよ?意識が戻った途端に、何処かに行っちゃったって。男の子だから身体は丈夫かもしれないけど、心配かけちゃダメだよっ」
「……はっ?」
「いや、はっ?じゃなくて……もっと色々な人を頼らなきゃダメだってこと!1人で頑張り過ぎてると自分でも気付かない内にガタが来ちゃうよ?」
「……何でこっちの話に入って来てるのかは知らねぇけど、干渉するなよ。これは俺の問題だ」
「もぉ〜、意固地だなぁ!そういうのが良くないのっ!君が考えてる以上に君のことを想ってる人はいっぱい居るんだからね?」
「馬鹿か……そんな奴、居るわけねぇだろうが」
「居るもん!」
「居ない」
「居るんだもん!」
「居ねぇって」
「絶対絶対居る筈だもん!」
「五月蝿ぇな!居ねぇったら居ねぇんだよっ!!」
「っ……ぐすっ、絶対居るも〜ん……ふえぇぇん…!」
うわっ、こいつ急に泣き出しやがった。何でだよ。
「ちょ、おま……くっ、何で泣く!?これで涙拭け!あとコレやるから泣き止め!」
こんな光景(俺が女子生徒を泣かしている)を誰かに見られてあらぬ噂を立てられたくなかった俺は、咄嗟にポケットからハンカチと未開封のコーヒーを女子生徒に差し出す。あっ、素直にストローでちゅーちゅー吸ってる。
「ぐすっ、ちゅ〜……おいしっ」
マジで何がしたかったんだこの女は。いきなり見ず知らずの俺に話しかけてきたかと思えば、勝手に泣き始めてこの有様。とはいえ、この女子生徒の言い分にも幾つか納得のいく点はある。誰かを頼る、か……多分今までの特訓まがいのことじゃ駄目だ。その場凌ぎの力じゃなく本気であいつを倒す為の力を得るには…!
「とにかく俺は行くからな。それやったんだからもう泣くんじゃねぇぞ。あと、その胡散臭い喋り方……似合わねぇからやめた方が良いぞ。じゃあな!」
「あっ……うん、バイバイ♪初めてだよ……君みたいに心の中が全く見えない子は」
俺は見知らぬ女子生徒に別れを告げて足早にその場を離れる。考えるだけでは駄目だ、俺は俺に出来ることをやるしかない。それがこの力を完全に引き出すことに繋がるなら何だって…。
その考えに至った俺は真っ先にある人の元へ向かった。それは何処かというと“歓談部”だ。此処に俺を強くしてくれる人が居る。その人の名は……。
「邪魔するぞ。突然だが、あんたに俺の特訓を手伝ってほしい。頼む、あんたにしか頼めないことなんだ」
「……あら〜?珍しいお客さんですわぁ♪」
その人の名は海老名 あやせ……またの名を“矯正の鬼”だ。
【
アイドルユニット【Magic☆Star】に所属する、歌って踊れる魔法少女。誰にでも愛想よく振る舞うアイドルの鑑で、学園でもそれは健在。間ヶ岾のグリモア襲撃後、若干の自暴自棄に陥っていたJCの元に現れ、何気ない言葉を投げかけたことが強敵への打開のヒントを授ける。尚、彼女がどうやってJCの居場所を突き止めたかは……?