グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い 作:自由の魔弾
「はぁ〜……やる気出な〜い…」
「お前なぁ……まぁ今回ばかりはあたしもなんだよな〜。自分が死ぬ夢だもんなぁ…」
「はふぅ……お二人とも、お待たせしました。やはり季節限定ケーキというのは時間が掛かりますねぇ」
「先生、別に席で待っててもよかったのに。自分で取りに行かなくても、お店の人が運んでくれるよ?」
「いいえ、楽しみで待ちきれません。それに自分で運んだ方がきっと幸せも倍増ですよ」
「西原はどう思うんだ?転校生が言うにはこの前霧の嵐に巻き込まれて第8次侵攻の真っ最中に連れてかれて、そこで本当は死ぬはずだったあたしと千佳と合流して逃げたんだと」
「はぁ…それはまた興味深い話ですねぇ。霧の嵐ということは、ゲートと違って確認が出来ないのが悔やまれますが」
「でもさ、転校生の話だとまた出てこなかったんだよね……JC」
「千佳の奴、さっきからそればっかなんだよ。確かにこっちじゃ第7次侵攻の時にはJC見つかってたもんな。それなのに違う世界じゃ誰も知らねぇって絶対変だよなっ!そこんとこ西原の魔法で何か分かったりしねーの?」
「ゆえの予知魔法でも他の世界のことまでは流石に分かりかねますが……でも一つだけ判明したことがありますですよ」
「おっ、何だ何だ?」
「間宮さんがJCさんのことをとてもお慕いしているということです。それも自分の命よりも優先するくらいに……お熱いですねぇ♪ひゅーひゅーです♡」
「千佳が…JCを?おいおい、そりゃねぇだろ〜。だって、前に千佳言ってたぜ?あんな中身お子様野郎なんて全然タイプじゃないし眼中にないって。そうだよな、千佳?」
「………。あぅ…///」
「……えっ?千佳、お前…マジなのか?えっ?ど、どうなってんだぁ!?ちゃんと説明してくれよぉ、千佳〜!?」
「………むむっ!これは、また新たな火種の予感が……相変わらずJCさんの周りには災厄が付き纏う運命のようですねぇ。はむっ……ん〜!おいひいれす〜♡」
「…中国ぅ?おいおい、何だそれ聞いてねぇぞ?」
新年度早々何やらクラスの中のあちこちでそんな話題が飛び交っていた。割と直近まで海老名のゴーレムと拳を突き合わせてたからな……そういえば随分前に捨てたデバイスが戻ってきたぞ。渡す時に結希さんが“不要な連絡は全て遮断する様に再設定しておいたから”って珍しく笑ってたんだよ。何だこれ怖っ……って思ったぞ、うん。
「……って、そんなこと考えてる暇なかったな。さら達も一旦裏世界に戻っちまってるし、海老名もこれ以上酷使する訳にはいかんとなると……大人しく身支度でもするか?」
聞くところによれば、出発までもう1ヶ月を切っているらしい。周りの学園生は各々準備を進めているだろうが、たった今それを聞いたばかりの俺はまだ何の準備も出来ていない。さて、困った困った……誰かに頼るといってもそんな人脈ねぇしな。
まぁ、そんな思惑を巡らせつつ気づけば俺は購買の前まで歩みを進めていた。うおっ…!いつにも増して盛況過ぎるだろって、おい。皆考えることは同じってか?
「わっ、わわっ!?み、皆さ〜ん!落ち着いて下さい〜!?十分な数の品物をちゃんと用意してますから〜!?」
ももちゃんがやけに忙しなく接客している様子が購買の前にいる俺の所にまで痛い程伝わってくる。慣れてるはずのももちゃんですら捌き切れないのか。だったら俺に出来ることは無いだろうな……多分。
「だからって、見て見ぬふりなんて出来るもんか。大して力にもなれやしねぇだろうが、居ないよりかマシだろ」
ここでついさっきまでの自分に喝を入れる。見ず知らずの相手ならともかく、優しさの塊みたいなももちゃんなら誰だって手を差し伸べるだろうさ。それにしても最近俺の頭の中で意見が分かれることが多々あるんだよな……メタ認知的なことなのか?
「はいは〜い!ちょっと通してくれぇ!うおっぷ!?ほら、好き勝手に押すんじゃないよ!あい、あぁい!オラオラ道を開けんしゃいって、コラァ!」
俺は意を決して人混みの中へ飛び込んでいく。こ、この学園生共が……遠慮なさ過ぎだろ!?いや、ちょお前ら、そんな強く押すなって……おわぁああっ!?
「痛っ〜!?くっそぉ、好き放題しやがって……んっ、何だこれ?妙に柔らかい感触が右手に………はっ!」
人の波に襲われあれよあれよと流される内に、店の奥まで押されてしまったところで漸く止まった。だが、不思議なことに壁やら棚やらにぶつかった形跡は無く、代わりに得体の知れない柔らかいものが俺の右手の中にすっぽりと収まっていた。恐る恐るその主の方向へ視線を移すと、そこには羞恥によって顔を真っ赤にし、ぷるぷると身体を震わせているももちゃんの姿があった。それもそのはずだ。何故なら俺が触れてしまっていたのは彼女の……。
「せ……先輩?あの、いきなりこういうのは……その、困りますぅ…///」
「っ!?わ、悪いっ!!これは、その……いや、何言っても言い訳になるな。弁解の余地は無さそうだな……このまま俺を警察に突き出してくれ」
「そ、そんなことしませんからぁ〜!?そ、それに先輩から触ってもらえて、ちょっと嬉しかったですし……」
俺が素直に身を差し出すと、ももちゃんは嫌な顔一つせずに穏便にことを済ませてくれるという。エプロン越しとはいえ女性の胸に触れてしまった事実は変わらないし、人によっては心に傷を負うことも当然ある。不可抗力とはいえ、俺も責任を感じざるを得ない……やっぱり俺に出来ることは手伝わないといけないな。
「それについてはまた後でお詫びするってことで、それよりも俺に何か出来ること無いかな?今のこともあるし、ももちゃん何か困ってそうだったから…」
俺は嘘偽りのない心の内をももちゃんに伝える。許してくれるかどうかはともかく、俺自身は罪を告白して禊を済ませる必要があるのだ。
ももちゃんは俺の言葉を聞いた後、少し考える素振りを見せてすぐに俺にテキパキと指示を出した。
「……分かりました。見てもらったら分かるかもですけど、皆さん今度の中国行きの準備の為に足りないものをこぞって買い込んでるんです。普段はまちまちだから混み合うこともないんですけど、新年度早々に開店っていうタイミングが被ってしまったことで、想定以上の客足で……レジ打ちだけならこの人数でも何とかなるんですけど、品物が何処にあるかとか在庫はどうなんだとか聞かれてしまうとそっちも対応しなくちゃいけなくて……先輩にはお客さんの案内をお任せしたいんです。この紙を見てもらえれば、何処に何があるか分かるようになっているので……どうかよろしくお願いしますっ!」
ももちゃんが綺麗にお辞儀をしながら、そう俺に懇願する。でもな、それは違うぜももちゃん。俺がそうしたいからするんだ。ももちゃんから紙を受け取った俺は、その期待に応えるべく意気揚々と名乗りを上げた。
「…あぁ、バッチリ任せてくれ!あ〜い、商品のことを聞きたい奴はこっちに来てくれ〜!ももちゃんの所には会計だけで頼む〜!うおっ、ちょ、一気に押し寄せてくんなって!?どわぁああ!?」
「……ったく、暫く見ない間に随分仕上がってるじゃないの。何の相談も無しに勝手に準備整えて…」
あたしはついさっきまで自分の身に起こっていたことを思い出しながら、部屋に備えてあるベッドに寝転ぶ。要件は当然秋穂のことだ。日に日に霧に侵される秋穂を救う方法、図書館の書物も遊佐の情報源も目新しいものは無かった……アイツが秋穂の霧を吸収する方法を提示してくるまでは。
「アイツ、自分の身体に霧を取り込むってことがどういうことか分かってんの!?霧を取り込むってことは最悪ミスティックに変貌するのよ?それなのに何で嬉しそうにこんな残酷なこと……」
あたしは天井を見つめながら、屈託のない笑顔のままこんな報告をしてきたアイツのことを思い浮かべる。確かに秋穂を救う手立てを見つけたことには感謝してる、それに今までよりも格段に成功する確率の高い手段だ。ハッキリ言って飛びつかない理由がない。いや、以前のあたしなら有無を言わさずに今すぐ実行しろと食ってかかっただろう。
「“やっと秋穂ちゃんを助ける方法が見つかったんだ” “俺って霧に順応する体質なんだって” “だから俺が秋穂ちゃんの霧を吸収すればもう霧の恐怖とは別れられるんだよ”か……秋穂とアイツの命を天秤に掛けろっていうの?」
漸く見つけた治療法も万能じゃなかった。仮にアイツの言うようなことが現実に起こるとしてもまず無事でいられる保証はないし、何よりそれでどうにかなったら秋穂が心を痛めるに決まってる。でも、秋穂を霧から救うにはこれしか……あぁ〜!一体どうしろっていうのよ!
「少し前のあたしならこんなこと一瞬でも迷ったりしなかったのに……いつの間にかあたしも絆されたってことか?」
あたしはふと棚の上に置いてあった秋穂の人形に手を伸ばして、顔の前まで持ってくる。何か困ったことがあれば、いつもこの手作り秋穂人形に聞いてもらうの。だって秋穂の言うことは絶対だもん、間違ってるはず無いわっ!今回だって秋穂を苦しみから救う為ならってアイツも自分から提案してきたんだし、ちゃんと説明すれば秋穂だって分かってくれるはずだもんね!アイツには悪いけど、秋穂が助かるための生け贄に……そこまで考えを巡らせた瞬間、ふと裏世界の研究施設で見たアイツと瓜二つの“何か”を思い出した。確か廃棄処分って言ってたけど、もしかしたらそいつも誰かの犠牲になって…?
「あぁ、これって本人に言うべきなのかしら?でも遊佐に口止めされてるし、東雲もそれに関しては絶対に情報漏らしてないのよね。それに霧に順応したって話もあながち嘘じゃないみたいだし……アイツを信じて秋穂に打ち明けてもいいのかな?」
あたしが問いかけても何も返事してくれない秋穂の人形を、今だけは小憎らしく思えた。こればかりは本人に直接伝えなきゃ駄目なのかしらね。
「ほい、ももちゃん。ようやっと落ち着いたよねぇ…」
「あっ、コーヒー。ありがとうございます、先輩!そうですねぇ、こんなにあたし一人で回らないのは久々でしたからね。だから、先輩が手伝ってくれて本当に助かりましたっ」
いつにも増して忙しかったMOMOYAでしたが、偶然近くを通りかかった先輩が手伝ってくれたおかげで何とかお客さんを待たせることなく切り抜けられました。先輩からいきなり胸を触られたのはちょっとびっくりしましたけど……弁解しようと焦ってる先輩もなんか可愛かったなぁ♡
「いやいや、でも流石の接客スキルだよね。正直後半からももちゃんだけでも何とかなったんじゃないのって感じてたけど?」
「そ、そんなことありませんよぉ……でも、先輩が来てくれていつも以上に頑張れたのは、本当なんですけどね…」
「へっ?それってどういう…」
「……あっ!と、特に深い意味はないんですよ!?先輩と一緒だから頼もしいとか、一生懸命お仕事手伝ってくれて嬉しいとか……はっ!いや、これはその…」
ど、どうしよう……話す度に先輩への気持ちが溢れ出ちゃうよぅ!?本心なだけに隠せないし、どんどんあたしが恥ずかしい思いをしてるんだけど〜!?
「ふふっ……そんなに慌てなくても大丈夫だよ、ももちゃんが転校生くんを好きなことはちゃんと分かってるから、それくらいで勘違いしたりしないよ」
「やっぱり全然分かってないですよぅ……先輩の鈍感っ」
むぅ……先輩ってやっぱり鈍感さんです。何とも思ってないならこんな恥ずかしいこと言ったりしませんよぉ!あぅ…またよく分からない顔してます。アンニュイですねぇ〜。
「まぁそれはそれとして、先輩が購買部に来るなんて珍しいですよね。コーヒーの定期的な箱買い以外で何か用事が……はっ!も、もしかしてあたしの顔が見たかった……な〜んてことありませんよね!たはは…」
「……ももちゃん、どうしたの?いつもならそんなこと言わないでしょ。熱とかあるん?」
「へっ?ひゃう!?」
なんとなく沈黙が居た堪れなくなったので話題を変えようと少し戯けて見せると、あたしの挙動不審な様子を心配した先輩がおでこに手を当ててくれました!あぅ…冷たくて気持ち良いですぅ。先輩ってば、意外と積極的なんですね……あっ、離れちゃった。
「ふむふむ……熱は無いみたいだね。でも顔が赤いな…?」
「だ、大丈夫ですっ!全然問題ありませんから!」
あ、危なかった……もう少しで完全に蕩けちゃう所だったよぉ。でも、あたしばっかりドキドキしててちょっと嫉妬しちゃいます。先輩だって少しくらい意識してくれてもバチは当たりませんよ?
「ふ〜ん、そう……まぁ用事っちゃ用事なんだけどね。ほら、今度中国に行くでしょ?俺それ知ったのさっきだったから何も準備してなくてさ。だから購買部で分からないなりに色々買い揃えようかなって思ってたんだけど……まぁ何も残らなかったよね」
「はい、おかげさまで大盛況でしたね。今回で在庫が一気に減ったので、多分また補充されるまで暫くかかると思います」
「…そっか。ん〜っ、困ったなぁ。前のイギリスの時は行けなかったからさ、今回はちゃんと準備したかったんだけど…」
そう言って、見るからに落ち込む先輩。あぅ…そんな顔しないでくださいよぅ。先輩が悲しい顔をしてると、あたしも落ち込んじゃいます。あたしに何か出来ることは無いかな………あっ、そうだ!
「あの、先輩っ!その、もし良ければ今度のお休みの日……街までお買い物に行きませんか?あたしも付き合いますので…」
うぅ……い、言っちゃった!あたしから先輩を……デ、デートに誘っちゃった!!いきなりこんなこと言ったら、変な子だと思われちゃうかな?でも、あたしのお手伝いに先輩を巻き込んじゃったんだし、お詫びしなきゃいけないって思うのは普通だよね?うん、きっとそう!
そうこうしてる間に、あたしの誘いを受けた先輩は少し考えています。流石の先輩でも女の子と一緒に出かけるのには、少し抵抗があるのかな?
「……分かった。今度の休みの日に、寮の前で待ち合わせにしよう。ももちゃんの準備が出来たらデバイスで連絡くれると嬉しいな。じゃあ俺このまま精鋭部隊とのトレーニングに行くけど、そのつもりで宜しくね」
あ、あれ?何かすっごいサラ〜っと承諾されちゃった様な気がするんですけど…?もっとこう恥ずかしい!とかドキドキしちゃう〜!とか無いんですか!?むぅ〜!何故かちょっと悔しいです!こうなったらデート当日、先輩を魅了してドキドキさせてみせます!頑張るぞ〜っ!
「少年め、平気な顔をしておるが…本当に異常は無いのか?まぁ、どう足掻こうとムサシ化の問題は少年一人の力ではどうにもならん故、クエストによるストレス発散が機能してるのならそのまま逃げてもらおうぞ」
「……どぉ?彼、あれから進展あったかしら?」
屋上で寝転びながら物思いにふけていると、扉から妾を呼ぶ声が聞こえた。もはや誰が来たかなど見んでも分かるわい。なんせ妾自身なのじゃからな。
妾は其奴に視線を移さず、つい先日発見したムサシ関連の資料について意見を述べた。
「朱鷺坂か……人形館で見つかった資料の中にムサシについての記述があったぞ。それも“人間がムサシに変化した”っちゅ〜新情報付きでな」
「ちょ、何よそれ!?サラッと重要な情報言わないでよっ!びっくりするじゃない…」
ふふふ、妾の方が一枚上手じゃったな。まぁ、正直運もあったんじゃが……そこは言わぬが花というもんじゃろ。
「でもその口ぶりだと、あまり価値のある情報じゃなかったみたいね。仮に有力な情報だったら今頃生徒会室がてんやわんやになってるはずだもの」
「…流石に妾なだけあるな。ちゃ〜んと意思疎通出来とるわい。じゃがまぁ、不確かなりにも前例があると分かっただけでも儲けじゃ」
妾はそう口にするも、内心ではそこまで楽観視は出来ん。結局は完治の方法は見つかっておらんのじゃからな。まぁその辺はまだ第8次侵攻まで時間がある故、分析を進めていこうぞ。それよりも問題はもう一人の方じゃな…。
「……もぉ、あなたなんて顔してるのよ。JCくんが心配で心配で堪らない〜!って顔に出てるわよ?」
「っ!ばっ、お前!な、何を言っておるか!?妾をそんじょそこらの女子と一緒にするでない!年中惚けておるわけではないぞ!」
むぅ…朱鷺坂め、痛いところを突いてくるわい。図星なのがムカつくわい…。
「この前霧の嵐に巻き込まれて倒れたとはいえ、転校生くんの方はまだ第8次侵攻っていう明確な時期が判明してるから幾らか猶予があるし……それよりも危惧しなきゃいけないのはやっぱりJCくんよね。前に間ヶ岾と一緒に襲撃してきたスレイヤーの存在も気になるし、そいつが言うにはそのスレイヤーとJCくんが同じ……かもしれないんでしょう?」
「そんなことあるはずなかろう!!JCが奴等と同じ存在など……じゃが、お主が疑うのも頷ける。今まで散々な目に遭ってきた妾たちにとって、喉から手が出るほどに欲した“霧に対する完全な耐性”をJCが持っておる。恐らくあのスレイヤー共にも……妾たちにとってはまさに夢の様な話じゃな」
そう言って苦笑して見せるも、動揺は隠せないでおるのは朱鷺坂にもきっと伝わっているはずじゃ。300年も霧の呪いをこの身に受けた妾たちにしか理解できないだろう……とうに諦めていた矢先、それをものともしない者たちが何の前触れもなく現れたのじゃ。縋りたいと思うのは当然じゃろう?最初にJCに近づいたのもそれが理由じゃ……まぁ、あの当時はそんな大それた存在とは知らんかったが。
「でも、本当はそんなの関係なしにJCくんを救いたいんでしょ?」
「朱鷺坂……もしやお主も?」
「…まぁね。私はあなたでもあるわけだし、大体の思考パターンは同じような答えに行き着くはずだけれども。それに最近不気味なほどに静かでしょ、執行部。だからこそ迷ってるんでしょうけど……“このまま無害なJCくんでいてくれるのを願うのか、それともあのスレイヤーみたいに人類に牙を剥く前に殺すのか”を」
むぅ……朱鷺坂の奴、平然と恐ろしいことぬかしおる。いや、若干拳が震えておるな……此奴も自分の立場と感情の板挟みになっとるわけか。無理しおってからに。しゃーないのぉ、ここらで決意表明しとくかの。
「あのきな臭い執行部とそれを裏から操っている者たちのくだらない思惑はさておき…無論、答えは決まっておる。妾はどんな手を使ってでもJCと一生を添い遂げるつもりじゃ。それを邪魔する輩はどんな奴だろうと消し炭にしてくれるわ!な〜はっはっは〜っ!!」
「……あら、そんなに上手くいくかしら?自信満々なのはいいけど、意外なところで足を掬われるわよ。だって今日も夜這いに行くつもりだしぃ♪」
「んなっ!?ちょ、お前!妾のコレなんじゃからちょっかい出すな!!」
何じゃ朱鷺坂の奴、急に色気を出してきおってからに……はっ!ま、まさかこいつも本気でJCを好いておるのか!?前にカマかけた時はさほどそれほどでも無かったはずじゃったのに……いつからじゃ!?一体いつからそんな面倒なことになっておった!?
「ふふ〜ん♪それはどうかしらぁ?最近あまり元気無いみたいだし、サービスでおっぱいでも触らせてあげようかしら♡」
「あぁ〜っ!?駄目じゃ駄目じゃああ!!色仕掛けなんぞさせて堪るかぁ〜!もう我慢ならんぞ!妾も乗り込んで徹底的に邪魔してやるわい!!JCは妾だけのものじゃあああ〜っ!!」
くぅ〜!!他の女子たちも勿論じゃが此奴にだけは絶対負けん!!ロリボディの恐ろしさをとくと味わわせてやるとするぞ!!それまで待っていろJCよ〜っ!!
「……よし、ももちゃんから連絡もきたしそろそろ行くかな」
そんでもって約束の休日がやってきた。時間にして9時前、なんか“お洒落してきて下さいっ”とか言われたけど……普通に着こなせてるよな?
そんなことを考えていると、寮の扉を開けてすぐのところで何かをずっと呟いているももちゃんの姿があった。何してるんだろう?
「大丈夫、大丈夫……今日の為にいっぱい練習したんだもん。これなら先輩だってトキめいちゃいます!そして、その後はあたしと先輩の甘〜い日々が「独り言は誰にも聞かれないようにしなきゃ駄目だよ」へっ?うひゃああ!?せ、せせせ先輩!?盗み聞きなんて酷いですよぅ!!」
うおっ、ももちゃんポカポカ叩いてくるなって!今日のももちゃん、なんだかアグレッシブだな……こんな調子で本当に買い揃えられるんだろうか?ちょっと心配になってきたぞ。
「もぉ……あ、あの先輩っ!それはそれとして、ですね……えっと、今日はビシッと決まってますね!爽やかなコーデがとってもお似合いだと思います!」
ありゃ?ついさっきまで怒ってたと思ったら、今度はいきなり誉め殺し?一体どういうことなんだ……まぁ悪い気はしないし、とりあえずこっちも誉めておくか。
「あぁ、ありがとう。ももちゃんもお洒落してきたんだね。服のことはよく分からないけど、似合ってると思うよ」
「っ!!ほ、本当ですか?あたし、可愛いですか!?えへへっ、嬉しいなぁ♡」
あれま、顔真っ赤にしちゃって……いや待てよ。これ後で転校生くんに見せるつもりだったとかなら、今はあまり誉めない方がいいのか?ていうか、そもそもただの買い物なのにお洒落してくる理由なんて無くないか?よくよく考えたらこのやけにかしこまった装いも買い物とは不相応に思えてきたな。もしかしてこの後の予定の為か!それだ、きっとそうに違いない!俺に感想を求めたのはあくまでデモンストレーション、反応を見る為だったのか。ふふふ…冴えてる、今日の俺は冴えに冴えまくってらぁ!となれば恐らくタイムリミットは昼前くらいと見た。それまでに買い物を済ませてももちゃんを解放してあげなければいかんな!
〜数時間後〜
「はふぅ……流石に買い過ぎちゃいましたね。ちょっとあそこのベンチで休憩しましょうか?」
「んっ……あ、あぁ。そうしようか…」
既に時間は15時を回っていた。あれから街へ繰り出し買い物を済ませ、ももちゃんのバイト先の店で昼食を食べて、その後ブティックで小物を見繕いつつ新しい服装を模索したりと……もはや当初の目的とはだいぶかけ離れてしまったような?
「よいしょ……こうして先輩とゆっくり過ごすのは初めてですね。もう何年も前から同じ学園生として過ごしているのに、ちょっと不思議な感じがします」
「たしか時間停止、だったっけ?同じ1年を何度も繰り返してたっていう。体質なのか何なのかよく分からないけど、あまり実感無いんだよな。ほら、俺って学園に入学して1年くらいはそれ以前の記憶が無かったりしてたのよね。今年で4年目だから……体感22歳?」
「ふふっ♪それじゃ先輩じゃなくてお兄さんですね。“JCお兄さん♪”」
「おいおい、俺はまだ18歳だ。君と2つしか違わないぞ…勘弁してくれ」
そう言いながら楽しそうに笑うももちゃん。ももちゃんってこんなに悪戯っ子だったか?
「あーっ!まほうつかいのおねーちゃんだ!」
「えっ?あぁ〜!君は確か……あっ、先輩。この子はよく家族でお店に来てくれる子なんです。小さな常連さんですね」
ほーん、そうなんか。この子は多分普通の子だよな?海老名が言ってた通りなら一般人は魔法使いをよく思っていないはずだが……んっ?この子、ももちゃんに何か用があるみたいだな。ちょっと融通を利かせるか。
「なぁ、君。もしかしてももちゃんに何か用があるんじゃないのか?」
「へっ?あたしに?そうなの、ボク?」
少年に問いかけると、静かに頷いた。んっ、やっぱりか……よし、ここは2人きりにしてやるとしよう。
「ももちゃん、行っておいでよ。俺はここで暫く休んでるからさ」
「えっ?でも…」
流石にはいそうですかとはならないか。でもこの少年の名誉と勇気をなかったことにはできないな。
「大丈夫。それにこの少年の勇気を応援したいと思うのは、同じ男なら当然だろう?」
「は、はぁ…じゃあ少しだけ失礼しますね。ボク、向こうに行こっか?」
俺の後押しもあって渋々少年とももちゃんはベンチから少し離れたところへ向かった。うんうん、良い眺めだ。一般人である少年と魔法使いであるももちゃんが仲睦まじい様子で遊んでいるのは、見ていて心が和む……。
「本当に良い光景だよね。一般人と魔法使いが仲良くしてるのはさ」
その時、突然背後から俺の思いに同調する声が投げかけられた。それ自体は何の問題もなかった……声を掛けられるまで俺がその存在すら認識出来なかったことを除けば。
「やぁ…ここ、座ってもいいかい?“JCくん”」
「っ!?お、お前……何で俺の名前を!?」
「まぁ、そんな些細なことはいいじゃないか。今日はね、君の考えを聞かせてもらいたくてはるばるこんな所まで来たんだ」
無断で俺の隣に腰掛けた男は問いかけに答えず、さらに話を続けてきた。俺の考え?この男、一体何を企んでいる……だが、俺の本能がずっと危険信号を出しているんだ。一瞬でも気を抜けば……“殺られる”!!
「…生憎だが、見ず知らずの人間に自分のことを話し過ぎるなって釘打たれてるもんでね。何を聞かれたって答えてやんねぇよ」
「素直じゃないなぁ。まぁ、だからこそこうしてまだしぶとく生きてられてるんだろうけど」
なっ……こいつ、俺のことを何か知ってやがるのか?カマかけたって訳じゃねぇ、何か確信がある言い方だった。
「…仕方ない、君の疑問を1つ解消してあげよう。人間と魔法使い、そして霧の魔物との共存は“不可能”だ。何の力も持たない人間は魔法使いを恐れ、魔法という力を得た魔法使いは自ら驕り、霧の魔物はその生命を絶やさぬよう人類を貪り続ける。この三すくみの関係に終焉は来ないよ」
「…呆れたな。言うに事欠いて、そんなこと」
口ではそう言ったものの、俺は思わず震えちまったよ。この男、俺の中で最も危惧している疑問の核心を突いてきやがった。表に出さずに済んだ俺を褒めてやりたいくらいだぜ…。
「君にも思い当たる節があるんじゃないかな?利用、拒絶、誘殺…そんな悍ましい人間のエゴの被害に遭ってきたのは君じゃないか。僕はね、そんな可哀想な君を助けたいんだよ」
助けたい?この男は俺をどうしたいんだ?分からねぇ、この男の目的も考えも何もかもが読めねぇぞ!?
なら……こっちから仕掛けてやる!
「…ほ〜ん。で、具体的にはどうしてくれるつもりだ?」
さぁ、これでお前の思惑を突き止めてやる。凡その予想は科研か政府の人間ってとこだろうよ。悪いがそんな手に乗るほど馬鹿じゃねぇんだ。
「君を……いや、君たち同胞の命を守ってみせる。全ての並行世界の兄妹たちを、死に行く運命から救い出す。それがあの研究所で唯一生き残った僕の使命だ」
「っ!?お前……なっ!?」
俺は男の耳を疑う言葉によってその真意を確かめようと向き直したが、隣に座っていたはずのその男の姿は一瞬の内に消えてしまっていた。魔法?幻術?いや、そもそも本当にその男がいたのか?周りを見渡したがもはや形跡すら残っていない男の言葉が今も頭の中にこびりついている。あの研究所?兄妹?並行世界?どういうことなんだ……だがこれで確定した。あの男は俺のことを深く知っている!俺自身も知らない俺のことを…。
「せんぱ〜い!遅くなっちゃってごめんなさい……って、どうかしました?」
「ももちゃん……いや、なんでもない。それよりあの少年は?」
俺は思わずあの男のことを秘匿してしまった。別にももちゃんに聞かれたって困る話じゃないけど、何故か悟られてはいけない気配がした。何でだろう…?
「あの子ならさっきお母さんが迎えにきて帰っちゃいました。そういえば帰り際に“大きくなったらあたしと結婚する〜”なんて言われちゃいましたけど」
「おぉ、そりゃまた大胆な……将来に期待しつつ、転校生くんと揺れるわけだ」
「だから〜!そんなんじゃありませんって言ってるじゃないですかぁ!もう……あれ?先輩、もしかして熱っぽいです?おでこ触りますよ」
うおっ、ももちゃんのひんやりなおててが……って、ぺたぺたし過ぎじゃないか?
「う〜ん、何ともないみたいですねぇ。あたしの見間違いかな?」
「俺はいきなり触ってくるももちゃんにびっくりだよ……おわっ!?」
俺の言葉を遮るように、今度は抱き着いてくるももちゃん。な、何だ急に…!?
「先輩……あたし、怖いんです。先輩の身体の中に入った霧のこと、裏世界の人たちから聞きました。一時はその所為で意識不明だったけど、今度はその霧のおかげでまた強くなったって。でもそんなことして大丈夫なはずありませんし、どんどん霧を取り込んで力を使って……今度こそ命がなくなるなんて可能性、ありませんよねぇ!?」
そう言いながら、身体を震わせるももちゃん。多分、本気で心配してくれてるんだろうな……本当に優しい子なんだよ、この子は。
こんな子を悲しませたりしちゃいけないよな。
「…大丈夫、俺は何ともならないから。結局あれから俺の中の霧も馴染んだみたいだし、もし危なくなっても霧に詳しいアイラさんやチトセさんがいる。それに始祖十家や裏世界のグリモアの支援も受けられるなら……俺はスレイヤーだけに専念してこの力を使う。約束するよ」
俺はそう言いながらももちゃんの背中に腕を回し……たりはしない。セクハラで訴えられちゃうからな。それでもあやすように背中をポンポンと触れるくらいは良いだろう?
俺の言葉を無言で聞いていたももちゃんだったが、暫くすると漸く安心したのか不意に俺の身体に回していた腕を解き、その表情を悟られまいと少し距離を置いた。だけど、そのすぐ後に振り返ったももちゃんの表情は笑顔に満ち溢れていた。
「…先輩っ!あたし、先輩のこと……信じてます!また不安になって先輩を困らせたりするかもだけど、その時はあたしに“俺を信じろ”って叱って下さい!そしたら…あたしも、前に進めるような気がします…なんて♪」
そう宣言するももちゃんの瞳には何か強い意志が宿っているように思えた。まるでこの一瞬で少女から大人の女性へと成長したみたいだ……こんなこと小っ恥ずかしくて本人には言えないけどな。
ももちゃんの新しい一面にときめきつつも、俺たちは帰路につく。あの男のことは結局謎のままで終わってしまったが、それより今は完敗したスレイヤーに勝つ方法を探して今度こそ奴を…!
そして、翌月……中国へ飛び立った俺の思いを実現させる人物と出会うことになる。
【お膳立て】
「…いよいよ明日カ。グリモアの行く先に魔物有りネ。事前に聞かされた話では、転校生とかいう生徒を狙ってるのカ。なら明日もきっと……んっ、こんな時間に誰ネ?
「おっ、もしもし〜?こちら、梅ちゃんだよ〜ん♪万姫とサシで話すのは結構久しぶりじゃない?」
「梅…生憎だガ、こっちは暇潰しのお喋りに付き合ってる余裕無いネ。悪いガもう切るヨ?」
「あぁーっと、駄目!流石の梅ちゃんも明日客人を迎え入れる予定が分かってるのに、茶化すほど意地悪じゃないよ〜。その客人について話しておくことがあんのよ」
「話?一体何ネ」
「明日そっちに行くグリモアの生徒の中にJCっていう男子生徒がいるんだけど……もし魔物が現れて戦闘が始まっても“絶対に戦わせないで”」
「…どういうことネ?魔物が現れたら魔法使いが戦うのは当然のことヨ。まさかそのJCって奴は目も当てられないくらい弱いのカ?」
「ううん、めちゃ強いよ。単純な戦闘能力だけなら今のグリモアの中でも確実にトップ3には入るだろうね。マーヤーにも一対一で勝ったことあるし。だからこそ戦わせちゃ駄目なの」
「梅、ちゃんと説明するアル。そんなに強いやつが何で戦っちゃ駄目ネ?」
「……その子ね、身体の中に霧が混入してるの。でも体質のおかげなのか4ヶ月経った今でも魔物化せずに、なんならその霧ごと自分の力に変えながら戦ってるみたいなの。嘘みたいだけど現実の話」
「…そんなの聞いたこと無いネ。でも梅がお巫山戯でこんなはた迷惑な話しないって知ってるネ、だから信じるヨ。でも梅には悪いガ、魔物が現れた時はやはり戦ってもらうヨ。手を抜いてちゃ大切な祖国は守れないヨ」
「……そっか。そうだよな〜!万姫って国のことになると意地でも譲らない性格だったもんね〜。じゃあ、これだけお願いして!前にそっちで私がやった“特別めにゅ〜・梅の巻“、あれJCくんにやってあげて!」
「えっ!あれ、本当にやっても大丈夫アルカ?後でグリモアから苦情殺到するとか無しアルヨ!?」
「あはははっ!大丈夫大丈夫。JCくんなら問題無いだろうし、それに……見てたら分かると思うけど、多分万姫も震えるよ?とにかくグリモアの方には私から話通しておくから、そっち着いたらJCくんのこと頼んだよ〜。ばいちゃ〜っ♪」
「んなっ!?ま、待つよろし!くぅ…相変わらず梅は自由人ネ!あの特別メニューを一般生徒に?下手すれば死んでしまうヨ……こうなったら直接確認する他無いネ!JC…その実力、しっかり見極めてやるから覚悟するアル!アイヤーッ!!」