Hero   作:巻波 彩灯

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第三章

「あ~、もう何て日よ! 別にあたしは悪くないってのに」

「だったら、逃げる必要はなかったんじゃないかな……」

 結局、二人は警備兵たちに取り押さえられ――特にエルゼは男性と殴り合ったことを厳重に注意されてしまった。

 そのため買い物が終わる頃合いには、すっかり日が暮れてしまっていた。人気もなくなっている。

「ったく、あのナンパ男、きっと警備兵に気付いて逃げ出したのね」

「それもあるけど、お姉ちゃんの攻撃が原因じゃないかな……?」

「そうだろうけど、アイツさっさと逃げた理由が……」

「ああ、確かにそうかも」

 エルゼの言いたいことを察して、リンゼは納得し頷く。

 姉の攻撃はかなり破壊力はあるし、実際男性も戦意を失っていた。だが、逃げる時の表情が姉への恐怖ではなく、警備兵に見つかってしまう焦りを浮かべていた。

 だから、猛スピードで逃げて行ったのかと思うと納得できる。

「まぁ、でもやっぱりアイツと比べたら、強くなかったわ。あたしの拳をあんだけもらってるし、パンチも速くなかったし」

「あの人と比べたら、駄目じゃないかな……だって、二十四連勝している人だよ?」

「そりゃ、そうよね」

 曲がり角を曲がり、人気がない道を通る二人。彼女たちが泊っている宿への近道で、夜も近くなっていることから先を急ぐ。

 しかし、彼女たちは帰ることばかりに囚われすぎていて周囲への警戒心が薄れていた。

 次の瞬間、鈍い音が鳴る。

 エルゼは背後から殴られ、そのまま地に伏してしまう。後頭部から鈍痛が走り、脳が揺れているのか視点も定まらない。

「お姉ちゃッ!」

 倒れた姉を介抱しようとリンゼは駆け寄ろうとするが、後ろから羽交い絞めにされ身動きが取れなくなる。非力な彼女では拘束を解くことは不可能に近い。

「よぉ、さっきぶりだなぁ」

 背後の声に気付き、リンゼは見上げた。そこには先程リンゼをナンパしていたブロンドの髪の男性が軽薄な笑みを浮かべて、愉快そうに喉を鳴らしている。「やっぱり諦めきれねえんで、探したんだぜぇ」碧眼の双眸はエルゼに対する侮蔑とリンゼに対する欲情が入り混じっていた。

「おいおい、こっちの長い方も良いモンだろ?」

 もう一人の男性が口を開く。茶髪を短く刈り込み、筋骨逞しい屈強な体で手にはエルゼを殴ったものであろう棍棒があった。

「あん? そっちは闘技場でよく見かける女の皮を被ったゴリラだよ。昼間、ひでぇ目に遭ったぜ」

「ああ、なるほどな……ゴリラなら納得だわ。そりゃ、そっちの方が都合が良いな」

「だろ? 行く行くはイイ女になるぜ、こいつは……」

 ブロンドの男性はリンゼに対して再び口の端を吊り上げる。その瞳からはもはや悪意しか発せられない。

 男性たちの悪意を直に受けたリンゼは、守られてばかりの自分の無力さをただ痛感するしかなかった。

 そんなリンゼに追い討ちをかけるように男性たちは動く。

「でも、一発ぐらいはお返ししねえと腹の虫が収まらねえわ」

「良いぜぇ、女は預かるから一発キツイのお見舞いしちまいな!」

 リンゼはほんの一瞬だけ拘束が解かれる隙に逃げ出して反撃を試みようと思ったが、その一瞬も屈強な男性が許さない。「ちょい待ち、お前の大切な人を置いて逃げても良いのかぁ?」男性の言葉に足が止まり、逞しい腕に抱かれては再び動けなくなった。

 せめて時間を稼ごうと口を開くが音が伴わず、ただパクパクと動かしているだけ。無力感と恐怖が入り混じり、いつの間にか目尻に涙が溜まっている。

「さぁて、準備は良いよな? ゴリラ女」

 ブロンドの男性はエルゼを見下し侮蔑の笑みを浮かべた。そして、エルゼの横腹を思いっきり蹴り上げる。

 男性の蹴りは日頃モンスターや人間と戦っている者よりも威力はないが、まだ十二になったばかりのエルゼの体には十分すぎるほどの一撃だ。

 男性に蹴られたエルゼは為す術もなく転がり、勢いよく近くの壁に激突。体全体から空気という空気は抜け、力を失っては痛みが激しく主張する。

 だが、痛みよりも人に蹴られた衝撃の方がエルゼの思考を遥かに鈍らせていた。人を何とも思わない瞳が彼女の心に突き刺さる。

「止めてッ!」

 リンゼの口からようやく出た言葉は制止だった。いや、懇願というべきか。「お姉ちゃんを傷付けないで!」目尻に溜まっていた涙がポロポロと流れ落ちる。

「止めて、ねぇ……やぁなこった、コイツはオレを殴ったんだ。だから、オレが蹴り返したって文句は言えねえだろ」

 と言いつつエルゼを蹴り続けるブロンドの男性。「悔しかったら、強くなるんだなぁ」茶髪の男性もせせら笑う。「もっとも、そんな機会はなんざこねえだろうよぉ」二人の男性は嘲笑し、少女を傷付けることを楽しむ。

「お願い……お願い、止めてぇ……な、何でもしますからぁ……」

 涙声で訴えるリンゼだが、その言葉だけは言ってはいけなかっただろう。けれど、目の前で愛しい姉が永遠と傷付けられていく様は、彼女の心を折るに剴切だ。

 止めどなく溢れる涙はリンゼの足元を濡らす。もう止める術は分からない。

「ふ~ん、何でもするかぁ……良いこと聞いたなぁ」

 リンゼの言葉を聞き、ブロンドの男性はにやりと笑う。悪意に満ちた碧眼は品定めするようにリンゼをじっくりと見つめる。

 しばしの沈黙の後、男性は口を開いた。「なら、もう帰るか。オレも大分スッキリしたことだし」もはやエルゼに興味を向けない。「この女なら姐さんも気に入ってくれるだろうしな」踵を返し、向かうべき場所へと足を運んでいく。

「んじゃ、退散ってことだな」

 屈強な男性は言葉を言い終えるか終えないかの内に、リンゼを担ぎ上げブロンドの男性の後を追う。

 もうリンゼには抵抗の意思はないため、簡単に担ぎ上げられた。そして、足取りは軽いままその場を立ち去る。

 

 残ったエルゼは暗む視界の中で、リンゼを助けようと必死に目を見開き手を伸ばしていた。だが、その手は届くことはない。

 意識は途切れ、視界は暗転。手も力を失い、地に着く。

 最後に見たのは涙を流しながらもエルゼに向かって、懸命に笑顔を作っていた愛しき妹の顔だった。

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