Hero   作:巻波 彩灯

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第六章

 エルゼたちが再会していた頃、惟真はヴァンと激戦を繰り広げていた。

 ヴァンの右足が惟真の眼前を通り過ぎ、空気が灼ける匂いを感じる。間隙を縫って惟真は詰め寄り、次々と拳を突き出していく。

 躱すのが不可能だと感じたのかヴァンは捌くことだけに専念。一発もまともには当てさせない。

 惟真は左膝を蹴り上げるが、これも読まれていたのか受け止められる。それでも構わず、パンチと膝蹴りを混ぜてヴァンを攻め立てていく。

 これらも全て避けられたり、捌かれたりと決定的な一打を与えることができずにいた。

 惟真の足が一瞬だけ止まる。その一瞬間だけでヴァンは足を折りたたんで抱え込み、惟真の鳩尾目掛けて腰を前へと出して足を突き出した。

 まともに喰らうわけにはいかないと判断した惟真は、咄嗟にバックステップを取ることで空を切らせる。

 下がった分だけ距離を縮めようとするが、それをヴァンの左足が阻むように鋭利に円を描いて襲いかかる。――狙いは胴だ。

 避けることはせず、惟真は右腕一本で受ける。並の者ならば右腕ごと壊している蹴りを右腕は何事もなく受け止めた。

 普通だったら、驚愕するところだがヴァンにはそれはない。そのぐらい当然だという想定があるからだ。もちろん、惟真もヴァンの蹴りには驚きなどしない。

 お返しと言わんばかりに惟真も左足で蹴る。下段と見せかけて内から回り、ヴァンの上段を狙う。

 意識が一瞬でも下へ向いていたら、確実に入っていただろう。だが、それもヴァンに防がれた。

「ったく、性が悪いぜ」

 惟真の蹴りを受け止めたヴァンは辟易するどころか不敵な笑みさえ浮かべている。

 素早く蹴り足を戻した惟真は距離を取って返す。いつでも飛び出せるようにしながら。

「お前と違って、頭使わないと戦えないんだよ」

「俺だって、頭使っているけどな」

「駆け引きなんて言葉、お前の辞書にあるのか?」

「ねえな、俺にあるのは相手を叩き潰すことだけだ」

 互いの言葉は後ろへ流れる。同時に駛走するが、先に拳を伸ばしたのは惟真だ。

 しかし、ヴァンにダッキングで躱される。そしてヴァンからも右拳が飛んでくるが、内受けで軌道を逸らしてやり過ごした。

 そして速やかにヴァンの左手側に体を捌き、左足を抱え込んでは右足を軸にして彼の胴へと蹴り込むでいく。

 ヴァンはバックステップを行いつつ左手で流すように捌くことで直撃を免れた。

 再び距離が空いて、一瞬間静寂が訪れる。

 が、間に入るかように風を切る音が二人の耳元に届いた。

 音を頼りに惟真とヴァンは次々と迫り来る得体の知れないものを躱していく。彼らがいた場所は切り刻まれ、粉塵を上げる。

 出処を探る惟真は避けながら辺りを見渡した。すると、エントランスの奥から両手を蠢くように扱いながら女性が現れる。

 年を重ねているようだが艶美な笑みを浮かべ、気品溢れる佇まいも合わさって妖艶な美しさが際立つ金髪の女性。真っ赤なドレスを身に纏い、その上に黒いカーディガンを羽織っては、ドレスと同じぐらい鮮やかな赤いヒールを履きこなしている。

「おい、ババア! 邪魔すんじゃねえよ!」

 ヴァンは彼女の手元から織りなす不可視な攻撃を躱しながら怒鳴りつける。「契約と違うだろ!」手放した愛剣に近づこうとするが、中々近づけない。

「事情が変わったから、契約は破棄よ。あの御方はもう……」

 一瞬だけ悲しみの色を琥珀の双眸に映す。「だから、あなたにも死んでもらうことにしたわ。Mr.ヴァン」すぐさま殺意を宿した。

「へっ、上等じゃねえか! 叩き潰してやるぜ!」

 強気な姿勢を崩さないヴァン。藤黄色の瞳は炯々と輝き、さらなる闘志の昂りを表している。そして少しづつ大剣の方へ近づいていた。

「そう……なら、そこの男と一緒に逝きなさい!」

 女性はさらに両手を激しく動かす。風を切る音が不規則ながらも速くなっていく。

「くそったれっ!」

 避けるだけでは対処しきれないと決断した惟真は速やかに腰に収めてあるトンファーを抜き、次々と迫り来る不可視の攻撃を弾く。

 金属同士がぶつかり合ったことを示す甲高い音と激しく散る火花。

 女性が操る不可思議な物体は鋼糸だと知る。

「とんでもないものを扱いやがる!」

 これには惟真も呻きに近い声を出すしかない。使う者が少ないとされる鋼糸を易々と扱う女性は相当の手練れだと認識したからだ。

「ふふ、イーシェンの里で手に入れた技術よ……バラバラに切り刻んであげるわ!」

「それは流石に御免だ。まだやり残したことがあるからな」

 と言いつつ、惟真は女性に接近していく。飛来する鋼糸を弾いていくが、それだけに集中力を割くわけにはいかず、体のあちらこちらを撫でられては血が溢れる。

 それでも臆せず飛び込んでいく惟真。だが、女性に一撃を入れようとした瞬間、咄嗟に距離を離す。

 彼のいたところからほど近い場所にある壁の装飾が細かく切り刻まれ、床は深く傷を付けられては絨毯の繊維が舞い上がった。

「あら、やるわね」

 女性は額に汗を浮かべながらも口元は余裕を表していた。手元はまだ妖しく蠢いている。

 彼女が織りなす鋼の波に惟真は小さく舌打ちしながらもこれをトンファーで防いでいく。彼の表情はやや焦りの色が帯びている。そのせいか度々肉を削がれ、血を出していた。

 着実に惟真を追い込む女性だが、数秒間だけ彼に集中していたのが仇となる。

 猛烈な勢いで大剣を持った深紅の弾丸が彼女へと迫り来たのだ。女性は驚愕し、それを止めようと慌てて左手で阻む。

 そのまま直進すれば、ヴァンの肉体はたちまち分解され人の形を成すことはできないだろう。

 だが、ヴァンは止まることはせず左手を伸ばす。直後、彼は体は切り離され――ることはなかった。

 代わりに耳を劈くような女性の悲鳴が部屋一帯に響く。注視すると女性の左腕が肉どころか神経まで引き裂かれているだろうと言わんばりの深い裂傷が生まれ、明らかに使い物にならなくなっていた。

「……糸剥がしか、お前どこで覚えた?」

 惟真にヴァンへ静かに問いかける。ヴァンは左手の指を軽く動かしながら「それは企業秘密だ」と返し、「久々にやったもんだが、上手くいくもんだな」独りごちる。

「さてと、アンタ……まだやるのか?」

 それ以上は問いただす気がない惟真は女性の方へと振り向く。双眸は激しい敵意もなければ殺意もない。

「当然よ……あの御方の為に私はこの身を捧げようと決めて……だから、あなたたちも道連れに」

「面白くねえ冗談だな、耳障りだ」

 一瞬の出来事だった。女性が右手を動かすよりも先にヴァンが右手で持っている剣を振るい、女性の首を切り落とす。鈍い音がした後、先程まで惟真たちを苦しめた女性の体は力を失い、膝から崩れ落ちる。鮮やかな赤が周辺を染め上げていく。――実にあっけない最期だった。

「おい、殺すことはなかっただろう!」

 珍しく声を荒げる惟真を尻目にヴァンは興味なさそうに女性を見つめる。「ったく、いきなりつまらねえ話しやがって……興が醒めちまっただろうが」先程と打って変わって辟易した様子で呟く。

「お前なぁ……いい加減にしろよ」

「あん? アイツの気持ち悪ぃ信念に付き合いたくねえんだ。あんなバケモンに心酔する方がどうかしている」

「……化け物?」

 怒る気持ちが消え失せたわけではないが、惟真はヴァンが発した単語が引っかかり、眉を顰める。

「お前も聞いたことあるだろう? この娼館の主がバケモンだって噂」

「ああ、あるな」

「ありゃ、マジだぜ……しかも、ここにいた娼婦全員を食いやがった」

 惟真はヴァンの話に鼻白む。だが、腑に落ちるところがあり、「だから、ここが妙に静かだったのか」と納得した。

「ああ、まぁお前の連れも食われなきゃ良いけどな」

 その言葉に惟真は再び焦る。彼女たちの身が危ないと今さら気付く自分に苛立って舌打ちしながら、彼の傍らを通り過ぎようとした――が、その必要はなかった。

「何これ、どんだけ暴れたのよ?」

「つ、土谷さんたちのが戦った後、なのかな?」

 銀髪によく似た顔立ちの少女たち――シルエスカ姉妹が無事な姿でエントランスへやって来る。その様子に惟真はほっとため息を吐いて、胸を撫で下ろした。

「よく無事……って、お前。その血どうしたんだよ?」

「ああ、これ? 金髪の吐いたのをそのまま浴びちゃったのよ。アンタこそ、傷だらけじゃない」

「まあな。少し手こずった」

 惟真とエルゼが言葉を交わしている間、リンゼもヴァンへ話しかける。

「あ、あの、さっきぶりです?」

「テメェは確か地下にいた奴だな。隣のちんちくりんはお前の姉ちゃんか妹か?」

「は、はい……私の、お姉ちゃんです」

「ふーん、顔よく似てんな」

「よく……言われます」

 程よく話せたところでこの場から離れようとした四人。しかし、それを許さない存在がまだいた。

 エントランス内が揺れる。まるで地震が来たかのように。同時に獣の咆哮と呼べるものが四人の耳元へと入ってくる。

 咆哮が徐々に近くなっていると感じた時には、巨大で筋骨隆々の右腕がエントランスの壁を突き破り、次々と壁を壊していき姿を現した。

 灰色の体毛、鋭く研ぎ澄まされた爪、布切れや血がこびりついた牙と人の形に近い異形の生物が二本の足を地に着けている。目は血走り焦点が合っていないことから、正気は失われている様子が見て取れる。

 彼らは直感した――その存在こそ、“魔女の館(ウィッチーズ・パレス)”の主だと。

 ワーウルフは高らかに吠える。そして彼らに襲いかかった。

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