DDS 真・がっこう転生 MythLive   作:想いの力のその先へ

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 こんばんは作者です。今回は前後編なので二話同時更新となります。
 そして今回はあまり多くを語りませんので、そのまま第十八話をどうぞお楽しみください。


第十八話 出会いと別れ、そして『あめのひ』 前編

 唯野=アレクサンドラは、巡ヶ丘高校の屋上で膝を抱えて俯きつつ、床に座り一人物思いにふけっていた。

 

 アレックスにとってこの数日は、嫌な意味でとてつもなく刺激的な毎日だった。

 アウトブレイク初日に起きたかれらの襲来から始まり、偶然助けることになった先輩である貴依とともに数少ない生存者がいた屋上に避難し、そこでもまた結果的に彼女が助けた先輩である胡桃が背負っていた男性のかれら化と同時に、胡桃自身がその男性に介錯を施し。

 そして翌日にはアレックスの提案で三階、二年生の教室や職員室などの奪還のために行動し、そこで彼女はかれら化した、かつて自身を慕っていた女生徒を自らの手にかけ地獄から開放すると、途中休憩のために屋上の生存者の下に戻りながらも、なんとか三階の奪還を成功させた。

 

 その翌日からも、アレックス、胡桃、貴依の三人を戦闘班として校舎を少しづつ、少しづつ()()してなんとか彼女たち自身の手によって二階まで奪還することに成功していた。

 

 そのことは良かった、とアレックス自身思っている。しかし同時に彼女には一つだけ拭いきれない疑問が自身の頭から離れない。それは──。

 

(なぜ、私はこんなにも冷静でいられるの……?)

 

 彼女の疑問、それは彼女自身に関することだった。

 

 なぜ、かれらが襲来した時に、すぐに武器の調達と避難場所の選定なんて思考に移れた?

 なぜ、二日目朝に起きた後、すぐに周囲の安全確認と、さらにはかれらが少ないだろうと結論付けることができた?

 そして、なぜ私はいくら【かれら】とは言え、人の形をしたものに対して、なんの躊躇もなく屠れて、なおかつ倒したことについて良心の呵責を全く感じないどころか、かつての知り合いだったにしても、淡々と処理できるのか?

 

 これではまるで私はサイコパスのようでは──。

 

「──違うっ!」

 

 そこまで考えてアレックスは自身の思考を否定する。

 少なくとも私はかれらを殺すことを楽しんではいないし、何よりもあの娘の時()()は、なにか特別な感情を感じた気がした。

 

 アレックスはそう考えるが、これ以上思考すると深みに嵌まり抜け出せなくなると思い、別のことを考え始める。

 

 それはこの数日、彼女が見る夢についてだった。

 夢の中のアレックスは一人、よくわからない空間を只管に歩いていた。

 その空間は、戦場で、遊園地で、ショッピングモールで、公害汚染の進んだ地で、とまるで雑多な統一性のない世界を只管に、誰に言われるでもなく自身の考え、覚悟のもとに行動しているのだけは確かだった。

 そしてもう一つ。確かなのは私一人で歩いているはずなのに時折男性の声が聞こえること。夢の中の私はその男性を相棒(バディ)と呼び、信頼していること。

 そして夢の終わりには、自身の父である【唯野仁成】と出会う場面で必ず目が覚めるのだ。

 

 最初は父や母に会えぬ寂しさからこんな夢を見ているのかと思ったが、この数日見たことでそれは違うということが理解できた。

 なぜなら夢の中の私は父であるはずの仁成に憎悪の感情を向けていたからだ。

 なぜあの私が優しい父に対して憎悪の感情を向けているのかはわからないが、しかしながら夢を見ている時の私はそれが当然のことだと思ってしまう。

 なぜ、なぜ、なぜ──?

 

 

 

 

「──ちゃん、どうしたの?」

 

「……え? わひゃあ!」

 

 そこでアレックスは初めて自身の眼前に人の顔、とある一人の少女が自身を覗き込んでいることに気付き素っ頓狂な声を上げる。

 そして彼女はバクバクと暴れる心臓を鎮めるように胸の上から押さえながら件の少女を見ると、呼吸を整えながら彼女へ話しかける。

 

「ゆ、ゆき部長(・・)、ビックリさせないでくださいよ。……それでどうしたんですか?」

 

「ううん、別に何も? ただ、あーちゃんが難しい顔して悩んでたみたいだから、何かあったのかなって思って」

 

 にへら、と人好きのする笑みを浮かべる彼女こそ、学園生活部の発起人にして、生活部部長に就任した丈槍由紀その人だった。

 しかし次の瞬間、由紀は真面目な顔になると自身の人差し指をアレックスの唇に突きつけて、彼女にメッと叱るように問いかける。

 

「それで、あーちゃん? 悩むのは良いけど、それを一人で抱え込んじゃダメだからね? そんな時はわたしやめぐねえ、りーさん(悠里)でも良いし、もしもわたし達に言い辛い時は、くるみちゃんたちに相談すること!」

 

 由紀から急に説教をもらうと思っていなかったアレックスは、彼女の真剣な表情と言葉に気圧される。そしてアレックスは由紀に気圧されて呆然とした表情のままコクコクと頷く。

 アレックスが同意するように頷いたことに気を良くしたのか、由紀は先ほどのように柔らかい笑みを浮かべると、先ほどまでアレックスに突きつけていた指を立てたままの状態で自身の顔の横にまで持ってくる。そして──。

 

「学園生活部心得第四条、部員はいついかなる時も互いに助けあい支えあい楽しい学園生活を送るべし、だよ」

 

 アレックスには彼女のその笑顔が、まるで聖母の微笑みのように見えた。

 

「……は、はい」

 

「よろしい」

 

 呆然と返事を返すアレックスに由紀は一言だけ告げる。

 そしてそのまま彼女の手を取るとアレックスを引っ張って彼女を立たせようとする。

 そのことがわかったのかアレックスは抵抗せずにそのまま立つと、由紀はにっこりと微笑みアレックスを先導して屋上を降りようとする。

 

「あ、あの、ゆき部長?」

 

 彼女の強引ともいえる行動にアレックスは目を白黒させる。

 そんな彼女の様子に由紀は動じることもなく、そのままアレックスを引っ張っていくと同時に彼女に声を掛ける。

 

「ほらほら、あーちゃん急いで。皆あーちゃんが来るのを待ってるんだから」

 

「え、あ、え?」

 

 混乱しているアレックスを見た由紀はどこか呆れたように告げる。

 

「あーちゃん、ごはんの時間だって忘れてたでしょ」

 

 その言葉を聞いたアレックスは慌ててあたりを見渡して日が完全に昇りきっている。つまりは今が正午であることを確認する。

 

「え? あ……! すみません!!」

 

 そのことに気付いたアレックスは慌てて謝るが。

 

「気にしない、気にしない。あーちゃんだって疲れてるんだから。それじゃ、行こっか」

 

 由紀はアレックスが罪悪感を感じないように、笑いかけながらそれだけを告げる。そしてそのまま二人は屋上を後にするのだった。

 

 

 

 

 由紀はアレックスを先導する傍ら、この頃自身が感じている思いに馳せる。即ち。

 

 ──最近学校が好きだ。

 

 ということを。

 

 そもそもにおいて今回のアウトブレイクが起きる以前、由紀にとって学校、ひいては自身の取り巻く環境は苦痛でしかなかった。

 

 と、言うのもそれには彼女自身の出自が関係してくる。

 彼女の一族、丈槍家はこの巡ヶ丘、正確にいうなればその前身となった男土という地名の時からこの地に存在する古くからの名家であり、それ故に巡ヶ丘にもかなりの影響力を持っていた。

 それこそ、この巡ヶ丘に住む人間であれば誰もが理解し、腫れ物を扱うかのように敬遠される程度には。

 事実、彼女自身の高校の制服が、丈槍家の出であるとわかるように他者と差別化されているのがその典型例だ。

 そしてその結果、由紀にはまともな友人や真の意味で彼女を慮る人間は、当時不良扱いされている柚村貴依や、外から巡ヶ丘に赴任してきた佐倉慈が彼女に関わるまでは誰ひとりとしていなかった。

 それもそうだろう。君子危うきに近寄らずと言うように、わざわざ自分から危険に近づく人間はいない。慈のように外から来て、巡ヶ丘の風習を知らない人間でもない限りは。

 その中に置いて巡ヶ丘生まれで、なお由紀と普通に接する貴依は稀有な存在だったと言える。

 

 それほどまでに彼女はその存在を尊重されているようでいて実際のところは居ない者、一つのいじめと言える状況にその身を置いていた。

 だからこそ由紀は、本来勉学のできる身でありながら、国語の成績のみ()()()赤点を取って(めぐねえ)と一緒になれる時間を作ろうと行動していたし、貴依に対しては生来の明るい性格を見せていた。

 故に慈が、かつて巡ヶ丘高校の教頭に由紀のことを言われた時に反発した結果、教師の間で孤立しそうになった時は、本来頼るまいと決めていた実家の権力を持って彼女を庇い立てるように行動したこともある。

 その時の教頭の狼狽して自身の半分以下も生きていない小娘(わたし)にヘコヘコと頭を下げる様を見た由紀は、彼の情けない姿に侮蔑と、何よりもそんな覚悟もない人間が自分と慈の中を引き裂こうとした事実に怒りを覚えていたが、それも今となってはどうでもいいことだ。

 そんな人間はもうこの学校には存在しないのだから。

 

 そのことで関して言えば彼女自身、不謹慎であるがこの状況、そして今、手を引いている後輩に感謝しているぐらいだ。

 

 ──この大規模災害が起きたからこそ、わたしを、丈槍家の由紀ではなく丈槍由紀という一人の人間として見てくれる学園生活部という、一つの新しい家族とも呼べる繋がりが出来た。

 

 ──この後輩がいたからこそ、自身の無二の親友である貴依が生き延びることが出来た。

 

 もし、学園生活部がなければ、慈や貴依が助からずに死んでいたのであれば、このような感情を抱くことはなかっただろう。それどころか、たらればの話になるが、もし二人が死んでいたのならば自身は壊れていたかも知れないと由紀は思う。

 

 だからこそ由紀はこの後輩に、唯野=アレクサンドラという少女に感謝している。

 彼女が貴依を助けてくれたからこそ、そして自ら率先して危険に身を投じて慈の負担を軽減してくれるからこそ、今の状況があると理解しているから。

 尤も、貴依を危険な場所に連れて行くのはできればやめてほしいのが本音であるが、それが貴依自身の望みである以上、由紀がどうこう言うのは筋違いでしかない。

 それはともかくとして、そんな状況を生み出してくれた彼女には感謝しているからこそ、由紀は自分ができる限りのサポートをすると決めている。

 それが結果的に自身にとってもプラスになるだろうということを理解しているし、そして彼女自身、この生真面目な後輩に貴依たちほどではないが好意的な感情を抱いているというのもある。

 

 そんなことをつらつらと考えているうちに二人は目的地の、現在学園生活部の部室となっている教室にたどり着く。

 そこで由紀はドアを開けると満面の笑みを浮かべて元気よく声を出す。

 

「たっだいまー! みんな、かえったよー!」

 

 その声を聞いた学園生活部副部長の若狭悠里は配膳の手を止めると、微笑みながら二人を見て声を掛ける。

 

「おかえりなさい、ゆきちゃん。あら、アレックスさんを呼んできてくれたのね、ありがとう」

 

 その二人のやり取りに、他の面々も一様に騒ぎ出す。

 

「おう、遅かったじゃないかアレックス。大丈夫か?」

 

「そう言ってやるなよ、くるみ。アレックスだって疲れてるんだ。なぁ、アレックス?」

 

 貴依のその言葉に胡桃はへぇへぇ、と気のない返事をした後にからかうように声を掛ける。

 

「本当お前はアレックス大好きっ子だな、たかえ」

 

「なんだとっ、そんな生意気なことを言うのはこの口か、このっ、このっ」

 

「うわっ、ちょっ、やめろって」

 

 胡桃のからかいに、半分冗談、半分本気のお仕置きのために彼女の頬を引っ張ろうとする貴依と、それを阻止したい胡桃によるじゃれ合いがはじまる。

 その二人の光景を微笑ましそうに見る()()の人物。そのうちの一人が、自身の横にいる女性、学園生活部顧問の佐倉慈に話しかける。

 

「呵々っ、仲良きことは美しきかな、ですな。佐倉先生」

 

 声を掛けられた慈は、驚きにビクリと肩を跳ね上げながら声の主に振り向いて返答する。

 

「っ! え、えぇ、そうですね。()()()さん」

 

 彼女の視線の先、そこにはシワシワのまるで木乃伊のように骨と皮だけになった老僧が、同じく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 なぜ、学園生活部の女性たちと縁もゆかりもない老僧がこの場に居るのかというと、身も蓋もない言い方をするのならば、ただ偶然に、否、必然というべき事態により、彼がこの巡ヶ丘学院高校を目指していたからだ。

 その老僧が現れた日は、彼女たち学園生活部が二階の奪還に成功した翌朝だった。

 

 その日、巡ヶ丘高校に現れた老僧は、曰く法力と呼ばれる尋常ならざる力で校庭と、未だ制圧していなかった一階のかれらを一掃すると、そのまま彼女たちの元へ辿り着き、悠里に一つの質問を投げかけた。

 

 ──お主の親類縁者に、同じ御守を持っているものは居るかね、と。

 

 その事を聞かれた悠里は、自身が妹である瑠璃の安否の確認を怠っていたことに気付き、一時パニック状態に陥り、あの子を助けに行かないと、と一種暴走状態になっていたが、その時、大僧正と名乗った老僧が一言告げることで大人しくなった。即ちそれは。

 

 ──お主も知っていはずだが、その御守の本来の持ち主である蘆屋晴明の元に保護されておるよ、と。

 

 その言葉を聞いた悠里は一言、るーちゃんが生きている、とだけ呟くと安心してその場に泣き崩れる。

 泣き崩れた悠里の代わりに、胡桃がその発言は確かなのか、と大僧正に問うと彼は、自身が元々その少女、瑠璃の安全を確保していたこと、晴明が訪れた際に彼に瑠璃を託したこと、そしてその後、彼女が持っていた御守と同じ波動を感じた場所であるここ、巡ヶ丘高校を目指していたことを告げる。

 

 その時、悠里が胡桃に対して、その老僧は嘘をついていないと告げると同時に、その理由をぽつりぽつりと話し始める。

 

 曰く、あの日、下校時に自身の不注意で妹が車道に飛び出し、あわや大惨事になりかけたこと。

 曰く、その時一人の青年が妹を助けてくれて、その青年は蘆屋晴明という名を名乗ったこと。

 曰く、蘆屋と名乗った青年は自身と妹に、霊験あらたかな御守として、この御守り袋を託してくれたこと。

 

 その全てが、大僧正が話した内容と一致しており、そして先ほどのかれらを相手取った無双を見る限りは、助けることも不可能ではないと筈と告げると、胡桃自身も確かに、と納得する。

 

 その一連の流れを見た大僧正は呵々と笑うと、今後しばらくはここに留まる事を告げる。

 その発言を聞いた悠里は、もう一人の恩人だからという理由で特には反対せず、また戦闘班の内、胡桃と貴依も、悠里が信用したことと単純に戦力として頼れることから諸手を挙げて賛成。

 その中でアレックスだけが大僧正になにか良くないものを感じる、と消極的反対に回るが、中立を保っていた由紀が突如賛成に回りアレックスと、もう一人反対意見を持っていた慈を説得。

 由紀の説得を受けたことで二人も、まぁ由紀が言うなら、と迎え入れることに賛成する。

 

 ……尤も由紀自身も心の中では、二人と同じように大僧正から良くないものを感じたので、迎え入れるのは反対だったのだが、現実問題として反対した場合、大僧正がどういった行動を取るかわからないこと。そして、打算として彼が戦線に加わることで、他の学園生活部の、主に戦闘班の負傷する可能性がぐんと下がるために、学園生活部部長として断るという選択肢が取れなかったという背景がある。

 

 だが、そんな由紀の心配をよそに、実際のところは何の問題も起きず、むしろ大僧正に関しては好々爺と呼ぶべき状態で、生活部の面々は久々に穏やかな日々を過ごすことが出来ていた。

 

 

 

 

 ──ここまでの事で、お気付きであるとは思うが、大僧正と名乗ったこの老僧の正体は、晴明の仲魔のうちの一体である【魔人-大僧正】が、人間に化けた姿である。

 なぜ魔人である彼がこのような回りくどい方法をしているかというと、単純にこのほうが面倒が少ないということだった。

 

 もし単純に通常の木乃伊状態で会いに来た場合どうなるか?

 それはもう火を見るよりも明らかに、全員が恐慌状態に陥り護衛だの何だのと言える状態ではなくなるだろう。

 

 だが本来、護衛など行う必要がないはずの大僧正が、なぜこんなに彼女たちに心を砕いているかと言うと、それにも勿論理由がある。

 一つは単純に悠里が瑠璃と同じように、大日如来の御守を手にしていること、これに尽きる。大僧正にとって大日如来はまさに雲の上の存在であり、かの存在の力を、仮初とは言え宿しているものを見捨てるという選択は取れないし、取るつもりもない。だからこそ瑠璃の時も晴明が現れるまで彼女のことを守護していた。

 

 そしてもう一つ、これは彼自身には、さほど重要ではないが由紀の存在が挙げられる。

 なぜ大僧正が由紀に興味を持ったのかと言うと、彼女の内なる才能に中に少し心惹かれるものがあったのだ。もしも彼女が育てば切り札たる存在になるかもしれない。そんな可能性を見た彼は、すぐ側でそれを見るのも一興、と思える程度には由紀に対して興味を唆られている。

 

 だからこそ大僧正は、多少面倒なことをしてでも直接護衛という手段をとったのだ。

 しかしその中で彼女たちと触れ合ううちに、大僧正はもう一人、気に入った存在を見つけた。それは恵飛須沢胡桃だった。とある理由で彼女が抱えている感情を知った大僧正は、一つだけ彼女にお節介をしようと思い、他の面々にもある程度信頼されるまで行動を控えていた。そして、彼女たちからある程度信頼を勝ち得たと考えた大僧正は、今日行動に出る。その行動とは……。

 

 

 

 

 

 由紀がアレックスを呼びに行って帰ってきた後、彼女らは昼食を食べ終わった際に、大僧正は胡桃に話しかける。

 

「胡桃お嬢ちゃんや、ちょっと良いかの?」

 

「うん? どうしたんだ、爺ちゃん?」

 

 大僧正に話しかけられた胡桃は、スコップを磨いていた手を止めて彼の方に向き直る。

 胡桃が聞く態勢に入ったことを確認した大僧正は、彼女に一つの提案をする。

 

「ちと逢引、俗世の今の言葉ではでぇと、と言うんじゃったかな? それをしてくれんかのぅ?」

 

 その言葉を聞いた胡桃は、しばしの間自身の耳の穴をホジったり、ボケっと考え込んだ後にようやく意味が頭に浸透してきたのか、顔を赤らめると素っ頓狂な声を上げる。

 

「………………はぁっ?! いやいやいや、爺ちゃん何言ってんだよ!! いきなりデートだなんて!」

 

 その胡桃の絶叫に他の面々は何事かと、集まってくるが大僧正は気にした様子もなく飄々としたままにさらに告げる。

 

「ほほっ、そんなに驚くことでもあるまいて」

 

「いや、驚くだろっ! あたしと爺ちゃん、いくら歳が離れてると思ってるんだよ!」

 

 と、胡桃が突っ込むが、実際の所、彼は魔人であると同時に即身仏となった身なので、彼女が考えている以上に歳の差は離れているが、それを彼女は知る由もない。

 それはともかくとして、話の流れで何が起きているのかの見当が付いた慈は猛烈に反対する。

 

「大僧正さん! いくら何でも、いきなりそういったことは流石に駄目です!」

 

「呵々、そう怒らんでくだされ。佐倉先生」

 

「なんと言おうと、駄・目・で・す!!」

 

 なんとかなだめようとする大僧正だったが、慈は一切聞く耳を持たずに困り果てる。

 

「ほほっ、これは困ったの。こうも取り付く島がなくてはどうしようもないわ」

 

「そもそもおじいちゃん、なんでそんなことを言いだしたの?」

 

 純粋に疑問に思った由紀が大僧正に質問する。

 その質問に大僧正は。

 

「いや、なに。これも胡桃お嬢ちゃんのためになると、愚僧なりに考えた結果なのじゃが、やっぱり駄目かのう?」

 

 その大僧正の質問に慈は自身の胸元で両腕をクロスさせて、大きくバツ印を作り出す。

 それを見た大僧正は。ガックシと肩を落とすと。

 

「こうまで拒絶されると、流石に傷つくのぅ。……先生や。お主が監視についても良いからどうにか認めてくれんかのぅ」

 

 そこまで頼み込む大僧正を哀れに思ったのか、胡桃は慈の説得に入る。

 

「あ~……、めぐねえ。あそこまで落ち込むと、流石に可哀想だから、さ? それに爺ちゃんも、めぐねえ同伴で良いって言ってるし。めぐねえが来てくれるんなら、あたしはそれでいいと思うんだけど……」

 

 保護者同伴のデートなんて、それはそれでどうなんだ、って話なんだけどさ。と、告げる胡桃に慈はしばらく胡桃と大僧正を交互に見つめるが、二人が意見を退けるつもりがないと察すると、やがて仕方ないと諦めたように嘆息する。

 そして、顔に不安の色が見え隠れするものの、胡桃が決めたのなら、と許可を出す。

 

「でも、先生も着いていきますからね。良いですね、大僧正さん?」

 

「呵々、構わぬよ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()。そこまで心配することもなかろうよ」

 

 改めて大僧正に確認を取る慈だったが、その大僧正は何やらおかしな事を言いつつも、心配ないと告げる。

 その事に少し疑問を覚える慈だったが。

 

「それでは、お二人とも、拙僧の後に」

 

 と、大僧正が語ると同時に歩を進めたために、二人はその後を慌てて追うのだった。

 

 

 

 

 ギィ、という音と主に屋上への扉が開かれると、その影から大僧正たち三人が現れる。彼らの、正確には大僧正がデートの場所として、この屋上を選んだことに疑問を覚えた胡桃は彼に問いかける。

 

「なぁ、爺ちゃん。なんでここに来たんだ? なにか珍しいものがあるわけでもだろ、ここ」

 

 胡桃の疑問に大僧正は笑いながら。

 

「呵々、果たしてそれはどうかのぅ? 少なくとも、胡桃お嬢ちゃんには()()()()()だと思うぞぃ」

 

 と、胡桃からすれば意味がわからない返答が返ってくる。それを聞いた胡桃は頭に疑問符を浮かべながらも、デートについて問いかける。

 

「それで? あたしはここで爺ちゃんとデートすれば良いのか?」

 

 その胡桃の質問は、大僧正からすると的外れも良いところの話だったようで、彼は心底おかしいとばかりに呵々大笑する。

 それを見て、なぜ大僧正が大笑いするのか、その理由がわからない胡桃と慈は不思議そうな顔をする。

 その二人の表情で大僧正は、ようやく二人が勘違いしているということに気付く。そして大僧正は二人の勘違いを訂正するために語りかける。

 

「ふぁっふぁっふぁっ。なるほど、胡桃のお嬢ちゃんと佐倉先生は、ともに勘違いをしておったのじゃなぁ」

 

「勘違い、ですか?」

 

 大僧正の言葉に首を傾げながら告げる慈。彼女の疑問に左様、と答えながら大僧正は更に告げる。

 

「お主らは拙僧とでぇとをしてほしいと言っていたと勘違いしておるようだが、拙僧はその様な事は一言も言っておらぬぞ?」

 

 大僧正の発言を聞いた胡桃は、意味がわからないとばかりに大僧正に問いかけようとするが、その前に大僧正が手に持った金剛鈴を鳴らす。

 

 ──リィィ……ィン。

 

 そして鈴を鳴らし終えた後に、大僧正は胡桃に後ろを振り向くように言う。

 

「さて、胡桃お嬢ちゃん。後ろを振り向くと良い。そこにでぇとをしてもらいたい()が居るでな」

 

「……え?」

 

 大僧正に告げられるままに後ろを振り向く胡桃。そこには半透明な肉体、思念体と呼ぶべきか。ともかく、そのような状態の男性の姿があった。

 その男性の思念体を見て、驚愕に目を見開く胡桃。

 胡桃にとって男性は見覚えがある、どころか彼女が恋い焦がれ、同時に自身の手によって介錯した、本来ここに居るはずのない男性。

 

「なんで……、葛城先輩っ!」

 

 胡桃に葛城先輩と呼ばれた思念体の青年は少し躊躇う様子を見せたが、そのまま彼女に話しかける。

 

『久しぶり……、と言うほど時間は経ってなかったはずだね。でも、くるみが元気そうで良かった』

 

 胡桃に話しかけながら笑顔を浮かべる葛城。その姿を見て、自身が幻覚を見ているのではないかと思い慈の方を見るが、彼女もまた驚きの表情を見せていた。

 そして次に大僧正を見る胡桃だったが。

 

「呵々、安心するが良い。お主が見ているのは幻覚でも何でもない。彼の者の魂魄よ」

 

「魂魄、って……。幽霊ってことかよ」

 

「左様、わかりやすく言えばそういう事じゃよ」

 

 と、胡桃に言葉を告げると同時に、大僧正は慈に話しかける。

 

「さて、佐倉先生。では拙僧らはここで御暇いたしましょうぞ」

 

 しかし、慈は突然の事態に混乱しているようで。

 

「……え、あの。大僧正さん? 御暇って……?」

 

 オロオロとしながら、大僧正に聞き返す。

 大僧正は慈を安心させるように、温和な笑みを浮かべると、彼女を諭すように語りかける。

 

「なに、後は若い者同士で、と、そういうことですじゃ。」

 

 そして大僧正は次に胡桃を見ると。

 

「胡桃お嬢ちゃんも、その者とはろくに最後の言葉を交わせなかったのであろう? ならば、せめてこの逢引はたんと楽しむと良い。これが最後となるのじゃからな」

 

 大僧正の()()という言葉に肩を震わせる胡桃。そして大僧正に綴るように話しかけようとするが、その前に。

 

『くるみ、ダメだよ?』

 

 葛城に話しかけられたことで、なんで、と困惑した表情を見せる胡桃。

 その彼女の表情を見た葛城は、罪悪感と焦燥感を併せたような表情を浮かべると。

 

『大僧正さまは、本来聞く必要がないお願いを叶えてくれたんだ。だからこれ以上あの方にご迷惑を掛けてはいけない。どうか、わかってくれないか?』

 

「でも……!」

 

『胡桃が辛いのはわかってる、ごめんね。でも、頼むよ、僕からのお願いだ』

 

 心底申し訳無さそうに胡桃に謝罪とお願いをする葛城。それを見た胡桃は息を詰まらせると同時に、再び大僧正を見るが。

 

「残念ながら、その者は既に終わった存在じゃ。生きておるのであればともかく、そうでないのならば拙僧は、その者を救う方法は彼岸に送るしかあるまいて。それとも胡桃お嬢ちゃんは其奴を苦しめたいのかね?」

 

「そんなのっ……!」

 

 大僧正の言葉に咄嗟に否定の声を上げる胡桃。それを聞いた大僧正は。

 

「納得せよ、とは言わぬ。しかし、其奴の心意気も汲んでやってもらえんかの?」

 

 その言葉に胡桃はどうやっても葛城を救うことは不可能である。と理解したのか、掌で顔を覆うと涙を流す。

 葛城はそんな彼女の側に寄り添うと、胡桃を抱きしめるような仕草をする。尤も彼は今思念体なために、本当に抱きしめることは出来ないのだが……。

 そんな二人の姿を見た大僧正は最後に一言。

 

「では、拙僧たちは約定通りに退散するでな。後の事は委細任せるが、お主もわかっておるな?」

 

 と、葛城に告げる。その言葉に葛城も。

 

『はい、大僧正さまもお願いを聞いてくださりありがとうございます』

 

 と、返答する。それを聞いた大僧正は。

 

「良い、良い。迷える衆生を救うことこそ、我が責務よ。ではまた後ほどじゃな」

 

 葛城にそう告げると大僧正は慈の腕を掴み、今度こそ屋上を後にするのだった。

 

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