DDS 真・がっこう転生 MythLive   作:想いの力のその先へ

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第二十九話 神話覚醒

 

 

 

 その日、微睡んでいた由紀は不思議な夢を見ていた。

 その夢とは、彼女自身が今まで見たこともないような、以前訪れたベルベットルームとはまた違う、光が溢れる神々しい場所に一人で立っていた。

 そして由紀の対面には後光であまり見えないが、それでも赤い鎧のようなものを着込んでいた女性が立っていた。

 不思議な女性が由紀に向かって話しかけてくる。

 

「……こうして話すのは初めてですね」

 

 包容力のある、しかし同時に威厳を感じさせるソプラノボイスを聞いた由紀は、どこか他人と思えない女性に対して不思議そうな顔で問いかける。

 

「あの、貴女は……?」

 

 由紀の不思議そうな声を聞いた女性は、後光で顔が見えないはずなのに人好きのするような笑みを浮かべているのがわかるように、くすくすと笑いながら告げる。

 

「今はわからなくていいんですよ? いずれ、わかる時が来ます。ただ──」

 

「ただ……?」

 

 彼女の言葉に疑問符を浮かべる由紀に対して、女性は慈しむような音色で語りかけてくる。

 

「これだけは忘れないで。私は貴女であり、貴女もまた私の、そして彼女の写し身だということを──」

 

 と、由紀にとっては聞き捨てならないことを告げる。

 そのことに対して由紀は、どういう意味なのか、と問おうとするが、その前に彼女の視界が徐々に歪んでいく。

 現実の由紀が起きようとしている結果、夢の中にいる由紀の意識が混濁したのだ。

 そしてそのまま由紀は質問をする暇もなく意識は堕ちる、もしくは浮上していく。

 

「……ハッ! あ、あれぇ~?」

 

 今まで以上に不可解な夢を見たことで布団から驚いてガバリと飛び起きると同時に首を傾げる由紀。

 そんな彼女の様子を不思議そうに見ている瑠璃だったが、その時、常人よりも遥かに鋭い由紀の聴覚が異音を、ここでは聞こえるはずのない音を拾う。

 その音とは──。

 

「えっ? ヴァイオリン? それに、この呻き声……。っ! まさかっ!」

 

 聞こえた音がなにか気付いた由紀は焦った様子で学校の校門が見える窓枠に飛びつく。

 そして限界まで目を細めて遠くを見渡そうとする由紀。

 その由紀の視界には、本人にとっては外れて欲しかった現実、先日の【あめのひ】以上の数がいる、かれらの団体が微かに見えた。

 それを確認した由紀は、慌てた様子ながらも一度深呼吸して自身を少しでも落ち着かせると、瑠璃を不安にさせないように努めて普段のまま彼女に向き返り、優しく告げる。

 

「るーちゃん、お願いがあるんだけど。みんなを、まずはめぐねえ、りーさん、透子さん、あーちゃんを呼んできてくれる?」

 

「りーねえを? ……うん、わかったっ!」

 

 頼み事をする由紀に何かを感じたのか、瑠璃はそれだけを告げると、とてて、と小走りで部屋を出ていく。

 彼女を見送った由紀は、再び窓から外を見ると、先ほどの優しさが溢れる表情がまるで嘘だったように、苦虫を噛み潰したような忌々しげな表情を浮かべると独りごちる。

 

「まさか、あの人がいない、こんな時に……。あーちゃんや大僧正のおじいちゃん、アリスちゃんだけであの数を防げるの……?」

 

 そこまで心中を吐露した由紀は、嫌な考えを追い払うように首をぶんぶんと横に振る。

 そして気合を入れるように自身の頬をぱちんと叩く。

 

「今はそんな悲観的なことを考えるよりも、何ができるか考えないと……。みんなで生き残るって決めたんだから……!」

 

 そんな決意のこもった言葉を吐くとともに、気炎を上げる由紀。

 そんな彼女を一羽の、()()()がまるで見守るかのように天高くから見つめていた。

 

 

 

 一方その頃、祠堂圭は見回りのためにジャックフロストとともに校舎の三階から散策していた。

 その中で圭とともに行動できることが嬉しいのか、ジャックフロストは見回りと言うよりも遊びのような感覚で腕を飛行機のように伸ばして走り回っていた。

 

「キーンだホー!」

 

「もう、ヒーホーくん。廊下を走っちゃ駄目だよ?」

 

 そんなジャックフロストの様子を見た圭は彼を嗜める。

 それを怒られたと思ったのか、ジャックフロストはしょんぼりした様子で彼女に謝る。

 

「マスター、ごめんだホ……」

 

 しょんぼりしたジャックフロストを見た圭は、苦笑を浮かべながら彼の頭を良い子、良い子と撫でる。

 圭に撫でられることが気持ちよかったのか、ジャックフロストは目を細めて気持ちよさそうにすると、彼女に抱きつく。

 ジャックフロストの抱きつきに驚く圭だったが、ひんやりと冷たい彼の身体が気持ちよかったのか、しょうがないなぁ、と言いたげな表情をするとさらに頭を撫でる。

 その時、ジャックフロストでも圭でもない第三者、優しげな音色の()()の声が聞こえてくる。

 

「ふふふ、仲良きことは美しきこと、かな」

 

 その声に驚いた圭は、ジャックフロストをかばいつつ、声が聞こえた方向を見る。

 なぜなら、その男性の声は、彼女が知る限り晴明でも大僧正の声とも違っていたからだ。

 そして警戒しつつ声の主を見た圭だったが、その場にいる人物を見て目を見開く。

 

 その人物、赤いスーツにカッターシャツ、眼鏡に瞳が隠れていたがそれでもどこか優しげな雰囲気を醸し出す紳士だったが、なによりも圭の視線を釘付けにしたのかが彼の座っている()()()だった。

 車椅子の紳士は、警戒する圭に向かって気さくに話しかけてくる。

 

「そんなに警戒しなくてもいいよ。……と、言っても無理だろうね」

 

 声を聞いた圭は、何故か彼が言うように警戒を解きたくなったが、頭をぶんぶんと振ると、彼に何者なのかを問いかける。

 

「貴方は一体……。生存者の方、ですか?」

 

 少なくとも学園生活部、由紀やめぐねえからそんな話は聞いていないはず、と思いながら彼の返答を待つ圭。

 

 そんな彼女の問いかけに車椅子の紳士は、これは失敬、と言いながら自己紹介を始める。

 

「それじゃあ、改めまして。僕の名前はSTEVEN(スティーヴン)、しがないプログラマーだよ。詳しく知りたければ蘆屋晴明くんが帰ってきた時に、僕のことを聞いてみるといい」

 

 車椅子の紳士、STEVENの言葉を聞いた圭は、幾分か警戒を解くと同時に、晴明と知り合いなのかを問う。

 

「蘆屋先生に……? スリルさんと同じように、貴方も先生とお知り合いなんですか?」

 

「ふふ、これは難しい質問だ。……僕たちは知り合いじゃないけど、僕は彼のことを知っているし、彼も僕のことは知っているだろう」

 

「……は、はぁ?」

 

 STEVENの知り合いじゃないけど知っている、と言う謎掛けか、頓知のような返答に困惑する圭。

 そんな彼女を見ながらSTEVENは困惑している圭に対して、そんなことは関係ないと自身の用件を告げる。

 

「そんなことより、()()()君。今日、僕がここに来たのは、一つ忠告を与えるためだ」

 

「……忠告?」

 

 STEVENの忠告という言葉に首を傾げる圭。そんな圭に対してSTEVENはそうだ、と一言発すると、彼の言う忠告を口にする。

 

「君は近々、選択を迫られることになるだろう。その選択は君にとって苦しいものになるだろうが、気を強く持って後悔しないような選択をとってほしい」

 

「……選択」

 

 STEVENの言葉に凄みがあったからか、圭は緊張した面持ちで彼の言葉を反芻する。

 圭の様子に、何か満足するものがあったのか、STEVENは頷くとそうだよ、と告げる。

 満足げな様子のSTEVENに圭は質問しようとするが……。

 

「それは、いった──」

 

「──圭!」

 

 そこで自身の名を背後から告げられて出鼻をくじかける圭。

 そして何事かと振り向くと、そこには息を切らせながら彼女に駆け寄ってくる美紀の姿があった。

 美紀の様子にどうしたんだろう? と、思った圭は彼女に問いかける。

 

「どうしたの、美紀? そんなに慌てて……」

 

 彼女の側まで駆け寄った美紀は、肩で大きく息をしながら呼吸を整えると、どうしたの? じゃないよ! と鬼気迫る勢いで彼女に詰め寄る。

 

「外! なんでか知らないけど、かれらがいっぱい来てるの! だから今、皆で持ち場に付いてるから圭も早くっ!」

 

「ええっ!」

 

 美紀の言葉に驚いた圭は慌てて校庭側の窓ガラスに駆け寄り外の様子を見る。

 そこには美紀が言うようにかれらの、もはや津波と形容すべき移動の波があった。

 

「こうしちゃいられない。行こう、美紀!」

 

「うんっ!」

 

 そう言って二人は駆け出そうとするが、その前にSTEVENのことを思い出した圭は彼に話しかけようとするが──。

 

「あ、そうだ。STEVENさ、……え?」

 

 そこにはSTEVENの姿は影も形も存在していなかった。

 美紀とのやり取りも一分も経っていないのに一体どこに、と思う圭は美紀にSTEVEN、車椅子の紳士がいなかったかを確認する。

 

「ねぇ、美紀。私に話しかける時にSTEVENさん、車椅子に乗った男の人を見なかったっ!」

 

 そんな圭の問いかけに怪訝そうな顔をする美紀は、そんな人はいなかったし、なによりもありえない、と告げる。

 

「ねぇ、圭、しっかりして。ここは()()なんだよ? しかも、かれらが直接上がってこれないように()()()()()()()()()()()でしょ? それなのに、()()()()()が来れるわけないじゃない。めぐねえ達もそんな事は言ってなかったし」

 

 そんなことよりもさっさと行こう、と圭とジャックフロストの手を引っ張る美紀。

 美紀の言葉に圭はようやく自身が彼を警戒した理由に思い当たると同時に、幻覚を見ていたのだろうか、と思ってしまう。

 しかし、それにしては自身の脳裏に嫌なほどこびりつく彼が言った忠告、選択という言葉。

 そして同時に、そう言えば彼は私の名前を呼んでいたが、そもそも自己紹介をしただろうか? と疑問に思う圭。

 だが、今は気にしている状態ではないと思い直し、圭は美紀とともに皆がいる場所に急ぐのだった。

 

 

 

 

 美紀と圭がバタバタと走って現場にたどり着いた時、既に戦闘は激戦の様相を呈していた。

 数多くのかれらがバリケードに殺到し、それを胡桃や貴依、そしてアレックスが殲滅していた。

 特にアレックスは、かつての地獄(シュバルツバーツ)の記憶を思い出したこと、ジョージや新型デモニカスーツをまとっていることなどの影響で他の面々よりも、はるかに多くのかれらを討伐していた。

 

「アレックス! 先輩たちも無事ですかっ!」

 

 美紀が焦った様子で彼女らに語りかけた時、ちょうどアレックスはバリケードから飛び出して、攻撃してくるかれらの突撃をゆらりと柳が揺れるような動きで回避すると、右手に持つレーザーブレイドを使い次々と返す刀でかれらを斬り捨てていた。

 

《アレックス、次は左方からくるぞ》

 

 相棒であるジョージの言葉を聞いたアレックスは、反射的に左手に持つレーザーガンの引き金を引いてかれらを撃ち抜いていく。

 そして、彼女に遅れる形で援護するように胡桃と貴依も飛び出して、スコップと鉄バットでかれらを一体一体確実に始末していく。

 それを見た圭は、彼女達の動きに感化されたのか同じように前線に飛び出そうとする。

 そんな圭に美紀は焦った様子で引き留めようとするが。

 

「大丈夫っ! ヒーホーくんだっているんだからっ!」

 

「そうだホー!」

 

 ジャックフロストが自身に任せろとばかりに肯定すると、ぴょんとバリケードを飛び越えると同時に密集しているかれらに対して魔法を発動する。

 

「マハ・ブフだっホ!」

 

 彼の力ある言葉とともに、小さいながらも数多の氷の礫がかれらに襲いかかり、ある者は氷にその身を食い破られ、またある者は直撃した氷の礫を中心に氷漬けになっていく。

 それを見た胡桃と貴依は驚きで一瞬止まるが、アレックスだけはそれがジャックフロストが引き起こしたものであると理解しているがゆえに、そのまま追撃してさらに戦果を広げていく。

 その光景に遅まきながら正気に戻った胡桃と貴依も、アレックスに続けとばかりに自身の得物で次々とかれらを討ち滅ぼしていく。

 

 そんな中で圭だけは、常に晴明に守られる立場で実戦経験がない彼女だけは、先ほどまでの自信が嘘のように思考停止していた。

 

 それもそうだろう。

 

 いくらかれらが自身の命を脅かす敵とはいえ、その姿形自体は人とほぼ変わりないのだ。

 これがもし正史の、守護者がおらず自身の力で生き残るしか道がなかった彼女であればこのような失態は起こさなかっただろう。

 だが、実際には晴明という守護者がいたことで、彼女や美紀は終末世界に近しい場所にいながらも平和を謳歌し、結果として今回の災害がどこか他人事のように感じてしまっていた。

 そのことから常にかれらと身一つで戦っていた学園生活部とは違い、真の意味で覚悟が出来ていなかった。

 

 ──その結果を、覚悟が出来ていないのに出来ている、と嘯いてしまった彼女は己が罪を贖うこととなる。

 

 茫然自失になっていた圭の側で、学園生活部の戦闘班、彼女達が取りこぼしていたかれらが彼女に襲いかかる。

 

「────ァァ!!」

 

 そのことにいち早く気付いた美紀が圭に向かって叫ぶ。

 

「けいっ! 逃げてぇ!」

 

「……え?」

 

 美紀の言葉にようやく自身が危機に陥っていることに気づいた圭は目を見開いて襲いかかってくるかれらの姿を見る。

 しかし、彼女にできるのはそこまでで、急激な事態の変化に思考停止した状態で、なおかつ死の危険を感じたことで硬直した肉体は動くことはなかった。

 

(……あ、これは、だめ、だ)

 

 死の危険を感じながら、圭の頭の片隅に残っていた冷静な思考がもう助からない、と残酷な現実を告げる。

 そして、美紀の叫び声で圭の危機に気付いたアレックスたちだったが、流石に既に襲いかかられている彼女を助けるには、距離が離れすぎていた。

 アレックスたちが間に合わない以上、圭は自力で危機を脱する必要があるが、()()()()()()で、この状態から危機を脱するのは不可能だった。

 

 ──もしも、このままなにも乱入することがなければ、であるが。

 

 圭自身、もう助からないと思い、まるで走馬灯のようにゆっくりと流れる光景を見ているだけだったが、その時、彼女の耳に馴染みのある鳴き声が聞こえてくる。

 

「うぅ、わぅんっ!」

 

 その鳴き声と同時に圭に襲いかかってくるかれらに対して小さな影が突撃してかれらを怯ませる。

 それを好機と見た何者かが圭に向かって叫ぶ。

 

「けーちゃん! 今だよっ!」

 

 何者かの言葉を聞いた圭は反射的に跳び下がって、かれらから間合いを取る。

 そして、九死に一生を得たことでバクバクとなる胸を押さえながら、自分に向かって叫んだ人物に視線を向ける。

 そこには学園生活部部長で、小柄で可愛らしい姿ながらも頼もしい先輩である、丈槍由紀の姿があった。

 

「ゆき先輩っ!」

 

 彼女の姿を見た圭は、なぜアリスや大僧正と同じエリアを守っていたはずの彼女がここにいるのか疑問に思いながらも、それでも、自分を助けてくれた彼女に感謝するように声を弾ませて名前を呼ぶ。

 由紀も圭が助かったことに安堵した表情を見せるが──。

 

「ぎゃぅん!」

 

 次の瞬間、圭を助けた一番の功労者であるかれらを怯ませた小さな影、太郎丸の悲痛な鳴き声を聞いて焦った表情で鳴き声が聞こえた方向を見る。

 そこには、かれらを怯ませたのは良いものの、その怯ませたはずのかれらのひっかきを受けて血を流しながら吹き飛ばされる太郎丸の姿があった。

 かれらに吹き飛ばされた太郎丸は床で一回、二回とバウンドして壁に叩きつけられる。

 

 そして壁に叩きつけられた太郎丸はピクリとも動かなくなる。

 それも仕方がないことだろう。

 もともと太郎丸は子犬であることから一般的な犬よりも身体が脆いこともそうだし、なによりかれら化した存在は通常よりも遥かに強い膂力を持っている。

 いくら怯ませ、バランスを崩していたとはいえ、そんな存在からの攻撃をまともに受けてしまえば良くて大怪我、当たりどころが悪ければ即死するだろう。

 

 そして今、巡ヶ丘に医者と呼べる存在は恐らくいなくなっている。

 

 その状態では、大怪我をすること自体が死に直結しかねないことになる。無論これは太郎丸だけではなく、人間、学園生活部や圭達にも言えることではあるが──。

 

 そんな中で太郎丸が叩きつけられたことで激昂する者が二人いた。

 一人は圭の仲魔であるジャックフロスト。

 

「オ、マ、エぇぇぇっ!! オイラの友達に何してくれてんだホぉ!!」

 

 そういうと怒り狂ったジャックフロストは、怒りの感情で一時的に限界を突破したのか物理スキル【メガトンパンチ】を発動させると、下手人であるかれらを一撃で血煙に変える。

 それほどまでに凄まじい一撃を放ったのだった。

 

 そしてもう一人、それは、太郎丸を保護した圭でも、皆に隠れて太郎丸のことをわんこ、と可愛がっていた美紀でもなく、太郎丸を見てガタガタと震えている丈槍由紀だった。

 尤も由紀が激昂している相手は太郎丸を傷付けたかれらではなく、皆で生き残ると誓ったのに、それを守ることが出来なかった自分自身に対してであった。

 

 そんな自身の無能さを悔やむ由紀だったが、そんな中で彼女の意識の中に、かつての夢で出会った人物、イゴールやリディア、赤い鎧の女性、それにベルベットルームなどの風景が現れては消えていく。

 次々と現れては消えていく情景に酔ったのか、由紀は痛む頭を抑えるように両手で抱え込む。

 

「……ゆき先輩っ!」

 

 太郎丸のことで呆然としていた圭だったが、由紀の様子がおかしいことに気付いて悲鳴のような叫び声を上げるが、次の瞬間に驚きの声を上げると息を呑む。

 

「……先、輩。なん、で」

 

 その驚きの声の意味。

 頭を抱えている由紀の周りに渦巻く力の奔流、それを圭は、そして美紀も知って、同時によく見ていたからだ。

 

「なんで、ゆき先輩からMAGが噴き出して──!」

 

 それは緑色の力の奔流、人が持つ命の煌きである生体マグネタイトだった。

 すると次に由紀は、頭の痛みがなくなったのか両手を下げる。

 が、今の由紀はまるで何者かに操られているかのように、いつもの陽気で人を安心させるような温和な表情ではなく、すべての感情を削ぎ落としたかのような無表情だった。

 そして彼女は口ずさむ、本来であれば彼女が知るはずのない力ある言葉、【ペルソナ(心の仮面)】と。

 

 

 

 痛む頭を抑えていた由紀だったが、次第に頭の中がクリアになっていく。

 それと同時に彼女の意識の中に今朝、夢に現れた女性の声が響いてくる。

 

 ──我は汝。

 

 その彼女の言葉に引き摺られるように、由紀もその可愛らしい口から言葉を口ずさむ。

 

「────ペ」

 

 口ずさむと同時に彼女から溢れ出る生命の輝き(MAG)が増していく。

 

 ──汝は我。

 

「────ル」

 

 すると彼女の前に一つのカードが現れる。

 

 ──我は汝の心の海より出でし者。

 

「────ソ」

 

 そして由紀の背後、そこには女性らしき幻影(ビジョン)が浮かび上がる。

 

 ──今こそ発せよ。

 

「────ナ」

 

 由紀は目の前に現れたカードを、まるで敬虔な信者が祈るように両手で包み込むと、そのまま握り砕く。

 

 ──我の、そして貴女のもう一つの名を!

 

「……ガブリエル!」

 

 彼女は発したガブリエルと言う名とともに、背後の女性の幻影が明確な形になっていく。

 それは由紀とどこか似た顔立ちの、しかし赤い鎧に右手に剣、左手に薔薇を一本持った女性の天使だった。

 

 自身のペルソナたる【ガブリエル】を呼び出した由紀。

 そして彼女は、ここにいるはずがないベルベットルームの住人であるイゴールとリディアの笑った姿を見た、ような気がしたのだった。

 

 

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