DDS 真・がっこう転生 MythLive   作:想いの力のその先へ

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 前書きの方ではお久しぶりです、作者です。

 今回の話では、残酷な表現、並びに一部、人によっては胸糞悪くなるような表現がありますので、それらを了解した上で閲覧をお願いいたします。



第四十二話 チカラガ、欲シイ/選バレタ者

 アウトブレイク発生後、初めての帰宅において思わぬ再会をして動揺する胡桃。

 そんな胡桃のことはいざ知らず、胡桃の母親は嬉々とした様子で胡桃に話しかける。

 

「あらあら? くるみちゃん、帰ってくるのが遅かったわね?」

 

 そう言って胡桃を迎え入れるかのように両手を広げる胡桃の母親。

 

「ほら、いらっしゃい。くるみちゃん」

 

「ママ……!」

 

 自身の愛娘を抱きしめようとする母親の姿に、胡桃は感極まって涙を流しながら駆け寄ろうとするが──。

 そこで、彼女の肩が何者かに掴まれる。

 今、この場に居るのは胡桃たち母娘以外にはただ一人。

 

「ゆきっ! なんで邪魔するんだよっ!」

 

「……ダメだよ、くるみちゃん」

 

 唯一の部外者である由紀は、胡桃の肩を掴んで無理矢理止めると、首をふるふると振りながら彼女をいさめる。

 そのことに激昂しそうになる胡桃だったが、その前に由紀にとある指摘を受けることによって冷静になった。それは──。

 

「ゆきっ! 離さないと、いい加減あたしも──」

 

「くるみちゃん、待って。おかしいと思わないの?」

 

「……なにが、だよ?」

 

「あの人、くるみちゃんのお母さんの格好。あんなことがあった後にしては()()()()()()んだよ」

 

 そう由紀に告げられて、胡桃は改めて母親をまじまじと見る。

 そうやって母親を見た胡桃は、いつもの母親と変わらない格好じゃないかと感じて、そして、それこそがおかしいと思う。

 

 それもそのはず、今回のアウトブレイク、バイオハザードが起きて約二週間。

 その間に胡桃たちも学校の購買部を制圧してある程度の制服などの備品や、晴明たちとの合流時に彼が手土産として持ち込んだ下着などの生活必需品があるとはいえ、やはり絶対数が少ないことからある程度着回しつつ戦闘などを行っていた。

 そのことから、服などは多少とはいえ擦り切れ始めている。

 

 然るに、目の前にいる胡桃の母親はどうか?

 先ほどの寝室の様子でも相当な難事があったにもかかわらず、さらに言えばリビングも寝室ほどではないとはいえ荒れ果てた様子なのに対して、彼女は()()()()()()のだ。

 

 先ほどの例に言えば、いくらここに彼女や胡桃の服が大量にあるとは言え、それがそのまま綺麗なままというのはあり得ない。

 なぜなら、まずはインフラが破壊されている──巡ヶ丘学院や聖イシドロスのように自活できる設備があること事態がまれである──ために、洗濯等が出来ない状態なのに、汚れが一切付いていないというのがまず一つ。

 そして、さらに寝室の惨状を鑑みるに、仮に彼女が怪我をしていなかったとしても、それならば返り血の一つぐらい付いていないとおかしいのだが、それすらも付いていない。

 

 さらにおかしい点として、この家で暮らしているというのならば、なぜ彼女は()()()()()()()()()()()()()()()

 本当にここで暮らしているというのなら、最低限、怪我をしないようにガラス片くらいは掃除しておくべきだろう。

 しかし、現実にはそれすら行っていないのだ。

 

 疑念が一つ浮かび上がってくる度に胡桃は背から冷や汗が流れ、心臓がバクバクと激しく鼓動しだす。

 ただ、ただ、目の前に居る人は間違いなく大好きな母親のはずなのだ。

 

 その時、胡桃の中で天啓が閃く。これなら、間違いなく母親だと確信できる。

 その胡桃の中で閃いた質問を彼女へぶつける。

 

「ね、ねぇ。ママ? パパは今、どこに居るの?」

 

 その質問に、目の前に居る彼女、胡桃の母親らしき人物は──。

 

「うん? 変なくるみちゃんねぇ。()()()()()()()、早くこっちにいらっしゃい。寂しかったでしょう?」

 

「…………ひぃっ!」

 

 ──あり得、ない、ありえない、アリエナイアリエナイッ!

 

 胡桃の質問をまともに返さないどころか、自身の夫を、胡桃の父親のことを、どうでも良いと言いたげな目の前の女性を前にして、胡桃はとうとう引きつった悲鳴をあげる。

 そもそも、二人の、両親のおしどり夫婦ぶりはご近所でも有名で、胡桃自身も辟易とした反応を返しながらも、内心は羨ましく、それこそ、将来の夢は可愛らしいお嫁さんになりたい。と願うほどに二人の関係に憧れを抱いていたのだ。

 

 ──それなのに、それなのに、それなのにっ!

 

 今、目の前の女性(ヒト)はなんて言った。

 自身の愛する、場合によっては愛娘よりも優先しかねない夫を、どうでも良いものとして扱ったのだ。

 その時点で胡桃は、目の前に居る人物は母親によく似た別のなにか、という存在になった。

 

 そんな、よく分からないものが、自身に対して母親のふりをして接してくる。

 そのことに恐怖を感じた胡桃は思わず後退る。

 そんな胡桃に対して、目の前のなにかは、にこにこと笑いながら、再度こちらに来るように催促してくる。

 

「ほら、くるみちゃん。ママですよ、こっちにいらっしゃい?」

 

「ひぃっ! ──違う、違う違うっ! あんたなんか、ママじゃないっ!」

 

 なおも母親のふりをするなにかを見て、胡桃は悲鳴をあげると、ついに大声で否定の声を出す。

 すると、目の前のなにかは、一瞬だけ悲しそうな顔をすると俯く。

 そして、次に顔を上げたとき──。

 

「げひゃひゃ、大正解っ! よく分かったねぇ、くるみちゃぁん?」

 

「…………!!」

 

 おおよそ人ができるはずのない狂貌を浮かべていた。それを見た胡桃が声なき悲鳴をあげて震えていると、なにが楽しいのか、母親のふりをしていたモノは嬉々として胡桃に話しかけてくる。

 

「あぁ、残念だぁ。実に、残念だぁ。せっかく、くるみちゃんにも、ママと同じことを味わってもらおうと思ったのにねぇ……?」

 

「ま、ママに、何をしたんだよ!」

 

 母親に似た何かの言葉が聞き捨てならなかったのか、胡桃は恐怖で震える体を無理矢理抑えると、そのまま問い詰めようとする。してしまう。

 そのことになにかは、くつくつと嗤いながら──。

 

「いやぁ、お前のママは本当に【美味しかった】ぜぇ? 悲鳴をあげながら、『くるみちゃん、あなた、助けてっ!』ってなぁ」

 

 そう言いつつ、げひゃひゃ、と下品に嗤うなにか。

 それを聞いた胡桃の中で何かがぷつり、とはじけた。

 

「てンめぇっ!」

 

 怒りのままに背負っていたシャベルを引き抜くと、なにかに殴り掛かろうとする。だが──。

 

「おいおい、いいのかよ? この体はお前の大好きなママのモノなんだぜぇ?」

 

 なにかが放った言葉に思わず攻撃の手が止まる胡桃。

 そんな胡桃に、なにかは彼女にとってトドメとなる言葉を吐き出しつつ、凄惨な行動に移る。

 

「まぁ、この体はもう()()()なんだがよ」

 

 その言葉をともに、胡桃の母親の体は歪な風船のようにぶくぶくと膨れ上がっていく。

 そして──。

 

「くるみちゃ──、逃げ──」

 

 なにかが胡桃の精神を揺さぶるためか、あるいは、本物の胡桃の母親が、最後の力を振り絞って愛娘を助けようとしたのか、胡桃に対して逃げるように告げようとしたところで、体に限界が訪れ、そのまま、ボンッ。と()()した。

 胡桃の母親だったモノの肉塊と、臓物と、血飛沫が辺り一面に広がっていく。

 その惨状、己が母親の最後を見た胡桃は絶叫する。

 

「あ、ァああァァァあァッ!」

 

 そして、破裂した中心には、げひゃひゃ、と嗤う胡桃の母親に憑りついていた深緑の肌をした異形、鬼のような角を生やして、痩せ細った体躯の悪魔、【邪鬼-アマノサクガミ】が姿を現した。

 

 もともと胡桃の母親を名乗る人物を警戒していた由紀だったが、目の前の惨劇に対して、流石に予想外すぎたようでほんの少しの間、呆然とする。

 しかし、すぐに正気に戻ると彼女はアマノサクガミに対して自身の異能を、ペルソナ能力を行使する。

 

「──きて、ペルソナ!」

 

 彼女の力ある言葉とともにMAGを活性化させ、幻影(ビジョン)を顕現させる。

だが、彼女のもとに現れた幻影(ビジョン)は、彼女が覚醒したときに顕現したガブリエルではなく──。

 

「おねがいっ、ヒーホーくん。ブフーラ!」

 

 彼女の背後に現れた幻影(ビジョン)。それは、彼女たちの友人であり、太郎丸を助けるために逝ったジャックフロストであった。

 そして、ジャックフロストの幻影(ビジョン)は、由紀が言ったように、由紀のMAGを媒体に人の胴体ほどの大きさの氷塊、氷結系中級魔法のブフーラをアマノサクガミに放つ。

 

「ぺ、ペルソナ使いだとぉっ!」

 

 由紀のことをおまけ、取るに足らない存在だと思っていたアマノサクガミが驚きのあまり、硬直する。

 そして、それが決定的な隙となり、由紀が、ジャックフロストが放ったブフーラが直撃する。

 すると、アマノサクガミに当たった氷塊から悪魔の体に冷気が送られ、氷漬けになっていく。

 

 アマノサクガミが氷漬けになったことで安堵のため息を吐きそうになる由紀だったが、氷漬けにしたはずのアマノサクガミを見て息を呑む。

 

 かの悪魔の目がギョロリ、と動いたのだ。

 

 そして、それと同時にアマノサクガミをおおう氷から、ピキ、ピキと不吉な音が聞こえてきた。

 その音を聞いた由紀は、咄嗟に胡桃の手を掴むと。

 

「くるみちゃん、逃げるよっ!」

 

 そのまま母親の惨劇を間近で見たことによって放心している胡桃を引っ張って、無理矢理にでも逃走を開始した。

 その直後、アマノサクガミをおおう氷からさらに大きな音が響いて、最終的にはガシャァンと氷が割れる音とともに、アマノサクガミが氷漬け、氷結状態から解放される。

 

「きひっ、今度は鬼ごっこかぁ。どこまで逃げきれるかなぁ?げひゃひゃひゃ!」

 

 アマノサクガミは、独り言のように呟くと扉や家具、壁を一切合切を破砕して、二人の後を追いかけていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 胡桃たちが彼女の家に入った後、学園生活部と透子は、周囲を念のため、車の窓越しに警戒しながらも、雑談に花を咲かせていた。

 そんな中で、一人ぼぅ、と窓の外、胡桃の家を眺めていた瑠璃が、胡桃の手を引きながら慌てた様子で建物から出てくる由紀を見つける。

 

「あれっ? ゆきおねーちゃんと、くるみおねーちゃんが出てきたよ?」

 

「えっ? ほんとう、るーちゃん?」

 

「りーねえ。……うん。だって、ほら」

 

 瑠璃の言葉に、まだ彼女らが建物に入って間もないのに出てくるのはおかしい、と感じた悠里は瑠璃に本当か、と問いかけるが、瑠璃は百聞は一見にしかず、と言わんばかりに外を指差す。

 瑠璃が指差した先を悠里と、二人の話が聞こえたほかの面々も見つめる。

 すると、なるほど。そこにはひきつった表情の由紀と、能面のような無表情に、涙を一筋流している胡桃が出てきているのが見て取れた。

 

 その様子に何事か、と互いを見つめる面々だったが、そんな中、由紀が余裕のない様子で乱暴に車内に入ってくる。

 そして、由紀はそのまま透子に早口でまくし立てる。

 

「──とーこさんっ! 出発して、今すぐにっ!」

 

 そんな由紀の余裕のない様子に困惑する透子は、わけもわからず変な声をあげる。

 

「えっ、えぇっ? どうしたの、急に?」

 

「いいから出てっ! 訳は後で言うからっ!」

 

「わ、わかったわ。それじゃ、行くわね」

 

 困惑した透子は出発せずに由紀を見ていたが、そのことに由紀は再度出発するように強く要請する。

 由紀の剣幕に押された透子は、彼女の言うままに車を発進させた。

 車が発進して、胡桃の家の玄関先から離れた直後、玄関が、正確に言うなら建物の一部が轟音とともに吹き飛ぶ。

 その音に驚き、車を運転している透子と、音の主が何者か知っている由紀、そして、茫然自失の状態になっている胡桃以外が振り返る。

 

 そこには建物が吹き飛んだ衝撃で、もうもうと土煙がたちこめていた。が、次の瞬間には、土煙が何者かに吹き飛ばされる。

 そして、先ほどまで土煙があった場所に立っている深緑の異形、アマノサクガミ。

 

 アマノサクガミはすんすん、と鼻を鳴らすと由紀たちの匂いを感じたのだろう。獲物を見つけた、とばかりににたり、と笑みを浮かべる。

 

「見ぃつけたぁ」

 

 アマノサクガミは喜色満面にそう告げると四つん這いになって、ケモノのように両手、両足を器用に使って疾走する。

 それを見た貴依は悲鳴をあげる。

 

「な、なんだよ、あれぇ!」

 

 その悲鳴が聞こえたのか、アマノサクガミがげひゃひゃ、と嗤いながら車に追い付こうと加速する。

 それを見て、さらに悲鳴を上げる学園生活部。

 その中でアレックスはレーザーブレイドと光線銃を握りしめて透子に車を止めるように声をかけようとするが、ふと、胡桃の様子がおかしくなっていることに気付く。

 

 顔を俯かせてぶつぶつと何事かを呟いている胡桃。

 彼女が何を呟いているのか、耳を澄ませるアレックスだったが──。

 

「──シテヤル」

 

「くるみ、せんぱい……?」

 

「コロシテヤル、コロシテヤルッ、コロシテ、ヤル──!」

 

「……っ! 先輩、駄目です!」

 

 顔を上げた胡桃の表情は憤怒と憎悪に染まっており、そのまま走行中の車から飛び降りようと暴れる彼女を、アレックスは武器を手放すと、慌てて拘束する。

 

「離せ、アレックス! あたしが、あたしがアイツを殺すんだっ!」

 

「……っ! 先輩、落ち着いてくださいっ! ──なんで、こうも、力が強い……!」

 

《アレックス! 今、彼女からとんでもない量のMAGを感知した。クルミは完全に暴走しているっ! しかし、彼女にこれほどの素養があるとは──!》

 

 新型の、未来世界で作られたデモニカスーツを着込んだ自身の拘束を振りきりそうな胡桃の力に、アレックスは苦戦している。

 そして、ジョージもまた、胡桃から発露するMAG、最早、暴走と言っていい程の量が出ていることに驚愕していた。

 

 そも、恵飛須沢胡桃という少女。彼女は原作の、聖典世界では学園生活部随一の武闘派であり、彼女が感染、行動不能に陥るまでは、ほぼ全てのかれらの処理を単独で行っていた。

 この世界でこそ、晴明や彼の仲魔たち、アレックスに貴依という他の戦闘員がいたことから、彼女の活躍は隠れがちになってしまっていたが、それでも持ち前のセンスで陰ながら活躍していた。

 

 その中で彼女は、多くのかれらを倒したことにより、戦闘経験を、そしてなによりM()A()G()を獲得できたことが大きい。

 かつて、晴明が圭たちに、いずれ力を得られると告げたことがあるが、その方法の一つが、今回の胡桃の方法になる。

 

 即ち、他者を滅ぼし、そのMAGを奪う。以前悪魔が人間の踊り食いをすると言ったが、それの人間バージョンだ。

 と、言っても流石に悪魔のように踊り食いをすることはできないので、空気中に霧散したMAGを少量づつ取り込んで己の器を拡張、言い方を変えればレベルアップする、という寸法だ。

 

 そして、さらに言えば、ジョージが驚いたように彼女にデビルバスターとしての才能もあったために、他の、貴依たちよりも効率よくMAGを回収し、その結果、学園生活部の誰よりも、それこそ、ワイルドたる由紀や、魂だけで言えば歴戦の勇士であるアレックスにもひけをとらない身体能力を持つに至っていた。

 それに加え、今の彼女は憎悪の、憤怒の感情によってMAGを強化、暴走と言っていい程の出力で出しているのが、今回、アレックスが彼女を止めるのに四苦八苦していることの真相だ。

 

 尤も、そんなことを知らない面々は胡桃の豹変ぶりに驚き、なにより彼女を無惨に殺させないために止めようと悪戦苦闘している。

 透子も運転中のために参加こそできないものの、胡桃のことが心配で注意力が散漫になっている。

 

そしてそのことで、彼女はとあることに気付いていなかったが──。

 

「とーこさん! 前っ!」

 

「──えっ? あぁっ!!」

 

 事前に由紀に注意されたことで前を見て、驚きながら急ブレーキをかける。

 

「きゃっ!」

 

「うわぁっ!」

 

 透子が急ブレーキをかけたことでバランスを崩し倒れる面々。

 透子自身もハンドルに突っ伏していたが、すぐに起き上がると前方を見る。そこには、先ほどまで居なかったはずの、金髪に黒いスーツをまとった白人の美丈夫が立っていた。

 白人の美丈夫が無事だったことに安堵のため息を吐く透子だったが、すぐに現状を思い出すと、運転席の窓を開けて、目の前の生存者らしき人物に話しかける。

 

「そこのあなた、危ないから車に──」

 

 その時、車のドアが乱暴に開かれて一人の少女が飛び出す。

 

「──殺して、やるっ!」

 

「くるみ、せんぱいっ!」

 

 飛び出した少女、それは胡桃だった。

 そして、胡桃を追うように飛び出そうとするアレックスに美紀、そして由紀だったが、生存者らしき人物を見て、違和感を、とてつもないほどの生命の危機を感じて立ち止まる。

 

「やれやれ、忙しないことだ。それに──」

 

 そんな二人にはお構いなしに生存者らしき白人の美丈夫は独りごちると、こちらに向かってくる影、アマノサクガミを見て、面白くなさそうに吐き捨てる。

 

「せっかく()()()()()()()()()()というのに、無粋にも程がある」

 

 そう告げたあと、彼からあまりにも、本当にあまりにも異質なプレッシャーが放たれる。

 そのプレッシャーに触れた面々、学園生活部はもとより、鉄火場を経験しているはずのアレックスや、悪魔であるアマノサクガミでさえも、なにか、見えないものに押さえ付けられたかのように、地面に、車の床に平伏している。

 

「な、に、これっ」

 

「う、ぐ。せんぱい……」

 

 特にひどいのが由紀で、あの白人の美丈夫を相手にした場合、勝つ、勝てない以前に生き残ることが出来ない、と本能的に理解しているのか、顔を青ざめて震えている。

 そんな由紀を見た白人の美丈夫は、彼女に対して興味を失ったのか一瞥すると、自身のプレッシャーに触れながらも、なおも立とうとしている胡桃に、そしてアマノサクガミに近づく。

 その白人の美丈夫が近づいてきたことに胡桃は気付いていなかったが、アマノサクガミが近づいてきた存在を見て驚愕する。

 

「う、うぅ。立てよ、あたし! 仇が、ママの仇が目の前に居るんだぞ……!」

 

「だ、れだ。オレの邪魔を──!! あ、なた様は……!」

 

 そして、白人の美丈夫は胡桃を興味深そうに見た後に、アマノサクガミに語りかける。

 

「さて、間に合ったから良かったものの、私の楽しみを奪おうとは、随分と偉くなったものだね?」

 

 その白人の美丈夫の言葉に、アマノサクガミが冷や汗を流しながら、弁明しようとするが。

 

「私めがそのようなことっ! ただ──」

 

「言い訳は結構。()消滅()えたまえ」

 

「な、なにを──! ぎぃやぁぁあ…………」

 

 言い訳は聞きたくない、とばかりに白人の美丈夫は腕を掲げると不可視の波動が放たれる。

 その不可視の波動を受けたアマノサクガミは、瞬く間に塵にまで分解されて、この世から消滅した。

 それを胡桃は目を見開いて見ていたが、アマノサクガミが消滅すると俯き、悔しげな声を絞り出す。

 

「──なんで、だよ。なんで、今さら……」

 

 胡桃の悔しそうな声が聞こえてきた白人の美丈夫は、彼女の方に振り返ると再び興味深そうに眺めている。

 それに気付かず、胡桃は雫を、涙を地面に溢して、さらに、血反吐を吐くように言葉を絞り出していく。

 

「アイツは、あたしが殺さないと、そうしないとママの仇を討てないのに……、なんでっ!」

 

「くくっ」

 

 胡桃の独白を聞いていた白人の美丈夫は無意識のうちに嗤い声をあげる。

 嗤い声が聞こえた胡桃は顔を上げると、涙を流しながらも気丈に美丈夫を睨み付ける。

 その胡桃の行動に美丈夫は、さらに笑みを浮かべると彼女へ話しかける。

 

「悔しいだろう、悲しいだろう、恵飛須沢胡桃」

 

 男の、美丈夫の口から自身の名前が出てきて驚く胡桃。

 

「なんで、あたしの名前を……」

 

「そんなことより、なぜ君がこんな理不尽な目にあうか、その理由の方が重要じゃないかい?」

 

「な、にを──」

 

 白人の美丈夫の言葉を受けて、胡桃は動揺して瞳が揺れる。

 そんな胡桃の様子を見た白人の美丈夫は彼女に近づき、彼女の動揺した精神に、甘い、甘い誘惑()を染み込ませていく。

 

「それは、君に力が無いからだ」

 

「──!!」

 

「最初に襲われたあの時に、君に力があれば、葛城紡(愛しい先輩)を助けることができた」

 

 白人の美丈夫の言葉に体を震わせる胡桃。

 

「あの『あめのひ』に、君が力を得ていれば、結果的に助かったとは言え、若狭悠里を危険な目に遭わせることはなかった。そして──」

 

 そして、白人の美丈夫は、胡桃の精神に傷を残す、決定的な言葉を耳打ちする。

 

「──君に、丈槍由紀のようなワイルドの力が、蘆屋晴明のように何者であろうと薙ぎ払えるだけの力があれば、君の大好きなママを、助けることだってできた」

 

「……あぁ、うァァああぁ──!!」

 

 美丈夫の、男の、胡桃自身の力の無さを責めるような囁きを聞いた胡桃は慟哭する。

 なぜ自分に力が無いのか、なぜ自分じゃなくて由紀が力を得たのか、と。

 

 ──あぁ、妬ましい。あの力があれば今も先輩とともに居ることもできたし、りーさんを見捨てて逃げるようなこともなく、ママも助けることができたのに。そして、今、ママの仇すら討てずに、こんな惨めな思いをすることもなかったのに、と。

 

 本来の彼女であれば、思い浮かべるはずもない、八つ当たりにも似た、由紀に対する憎悪の感情が鎌首をもたげたとき、目の前に居る美丈夫から、悪魔の囁きがもたらされる。

 

「だが、安心するといい。恵飛須沢胡桃。私なら君にチカラを与えられる」

 

「チカラを……?」

 

 美丈夫の言葉に思わず聞き返してしまう胡桃。

 そんな胡桃に、男は彼女を安心させるように微笑みを浮かべると、さらに囁きかける。

 

「そうだ。君は太郎丸とジャックフロストが悪魔合体した時に、こう思っただろう?【これ(悪魔合体)をすれば、あたしも強くなれる】と」

 

 美丈夫の言葉に、胡桃はごくり、と唾を呑む。

 確かに、太郎丸が魔獣-ケルベロスに転生した時に彼女は、これならば、と思ったのはその通りだった。しかし、同時に、本当にそれができたとして、合体した後の自分が、本当に自分のままなのかわからず、躊躇したのも事実なのだ。

 

「そして、私なら君の意識を残したままヒトを超えた力をもって新生させることができる。どうかね? それなら、躊躇することもないだろう?」

 

「ほん、とうに…………?」

 

「本当だとも。我々は、契約に対しては誠実だからね」

 

 天使どもとは違って、ね。と、吐き捨てるように告げるルイ=サイファー。

 

 胡桃は美丈夫が、なぜ天使を毛嫌いしているか分からなかった。

 だが、少なくとも胡桃には彼が嘘を付いているようには見えなかった。

 そして、彼の言うとおりにすれば自身も由紀や、晴明と同じような力を得ることができる。と考えた胡桃は──。

 

「…………行く。──あたしは、アンタに着いてく」

 

「よく決断した。なら、私の手を取りたまえ」

 

 そう言いながら男は胡桃に手を差し伸べる。

 その手を掴もうとする胡桃を見た由紀は。

 

「だめっ、くるみちゃん!」

 

 彼女に考え直すように叫ぶ。そんな由紀に胡桃は、少なからず罪悪感を感じているのか、どこかよそよそしい顔で。

 

「……ごめん、ゆき」

 

 一言、彼女に謝ると男の手を取る。

 その胡桃の行動に美丈夫は満足げに笑いながら、自身の名を名乗ると同時に別れを告げる。

 

「そう言えば、名を名乗っていなかったね。──私の名はルイ、【ルイ=サイファー】だ。では、学園生活部の諸君、また逢えることを期待しているよ。じゃあ、行こうか。胡桃」

 

「……うん」

 

男の、ルイ=サイファーの言葉に胡桃は小さく頷く。

すると、ルイ=サイファーと胡桃の体が蜃気楼のように霞んでいく。

そのことに由紀は、彼女を引き留めるように手を伸ばす。

 

「くるみちゃん、まっ──」

 

 だが、胡桃は由紀を一瞥すると、拒絶するように顔を反らす。そして──。

 

「……じゃあな、ゆき」

 

 胡桃の別れの言葉とともに、胡桃の、ルイ=サイファーの姿が掻き消えていった。

 胡桃の姿が消えたことに、由紀は信じられない、信じたくないという感情を爆発させる。

 だが、胡桃が居た場所にカラン、と落ちたシャベルが彼女に否応なしに、仲間が、恵飛須沢胡桃が去っていったという現実を突きつける。

 

「──くるみちゃぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 

 そのことに、認めたくない現実を、まざまざと見せつけられた由紀の叫びが、辺り一帯に響き渡るのだった。

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