DDS 真・がっこう転生 MythLive 作:想いの力のその先へ
学園生活部の部室に夕焼けの光が差し込む中、貴依の話、エトワリアに召喚され、そして帰還するまでに起きた出来事を聞いた晴明たち。
その中で気になることがあったのか、圭は挙手しながら貴依に質問する。
「あの、たかえ先輩。その時、大僧正さんやアリスちゃんはどうしてたんですか?」
「あ~、それなぁ……」
そう言いながら気まずそうに顔を反らす貴依。
そして、彼女は当時の大僧正たち二人の所在について話す。
「あの時は、二人にここ、巡ヶ丘に残ってもらってたんだ」
「えぇっ?! なんでですかっ!」
貴依の話に驚きの声をあげる圭。
そんな彼女に対して、貴依はどこか言いづらそうに話す。
「ほら、蘆屋さんも含めて、お前ら居なくなっちゃたろ? 特にジャックちゃんとかも一緒に居なくなっちゃったから、もしかしたらあの二人もそうなるか、それか、本調子じゃないかもだからって、念のために残ってもらったんだよ」
どのみち、ここを
それを聞いた圭は、それはそうですが……。と、言いつつも、それでも迂闊過ぎる、と貴依に言おうとするが……。
その前に、晴明が圭を遮るように手をかざす。
「圭、そこまでだ」
「晴明さ──。蘆屋先生」
晴明に止められたことで、圭は不満げな表情を見せるが、そんな彼女に対して晴明は首を横に振ると。
「もともとの原因で言えば、不可抗力とはいえ急に居なくなった俺の方にあるんだ。それに、大僧正たちについても、キチンと説明していれば起こらなかったことでもある。……済まなかった、柚村さん」
そう圭に告げると、次に貴依に頭を下げる晴明。
そのことに貴依は驚いて、晴明に頭を上げるように言う。
「ちょ、ちょっと! 蘆屋さん、そんなことしなくていいからっ!」
貴依の慌てた様子に、晴明は申し訳ない様子で上げる。
「あぁ、本当に色々と迷惑をかけた。済まな──いや、ありがとう」
頭を上げた晴明は、謝罪を受け取ってくれた貴依に感謝の言葉を述べる。
晴明から謝罪と感謝の言葉を受けた貴依は、照れ臭そうにして、恥ずかしさを誤魔化すために強引に話題を変える。
「そういや、けい。さっき、蘆屋さんのこと名前で呼び掛けてたけど──」
「えぅっ! ──あわ、わぁぁぁぁぁぁっ!」
貴依のからかいにも似た強引な誤魔化しに、圭は顔を真っ赤にして、彼女の声を遮るように大声を出す。
それを不思議そうに見やる晴明は一言。
「いや、別に名前ぐらい好きに呼べばいいと思うんだが……」
「────はぁ?」
そんな晴明の言葉に、貴依は、なに言ってるんだこいつ。と、言わんばかりに呆れた顔をする。
だが、晴明はそんなことは関係ないとばかりに自身の考えを述べる。
「ま、なんだかんだで、圭の姉弟子になる朱夏にも名前呼びを許してるんだし、それこそ今さらだろう」
「あ、いや。えっと、それって…………」
尤も、その考えを聞いた貴依は、その朱夏なる人物の真意を察して、憐れみの表情を浮かべる。
しかし、逆に圭はというと喜びを噛み締めるようににやけながら晴明に話しかける。
「やたっ! ……ふふふ、それじゃあ、晴明さんって呼びますねっ!」
そのまま圭は鼻唄でも歌い出しそうなほどのご機嫌さを隠さずににこにことしている。
それを見て貴依はなんだかなぁ、と言いたげな微妙な表情になり、晴明も晴明でなんでそんなに喜んでいるんだ? と困惑顔になっている。
しかし、関係ないことで悩んでいても仕方ない。と思った晴明は貴依に、彼女が先ほど話した内容で気になる部分があったために、そのことについて問いかける。
「まぁ、それはそれとして。柚村さん、一つ確認したいことがあるんだが」
「へっ……? なにかおかしいところ、あっ、りました、か?」
あまりにも晴明が真剣な面持ちのために、貴依は自身が話した内容になにか不備があったのか。と思い、緊張により変な敬語が出てしまう。
そんな彼女の様子に晴明は、話自体に問題があったわけじゃないよ。と苦笑しながら告げると、改めて質問する。
「さっきの話の最後、恵飛須沢さんを連れていった男は、本当に【ルイ=サイファー】と名乗ったんだね?」
「あ、あぁ。なんだ、そのことか。私がちゃんと聞いたわけじゃないけど、ゆきからそう聞いたんだ」
そう言いながら貴依は慈に抱きついて、泣き腫らしている由紀を見る。
その貴依の視線に気付いたのか、由紀も彼女を見ると未だに流れる涙をハンカチでごしごし、と乱暴に拭ってこちらに歩いてくる。
「……どうしたの、たかえちゃん?」
「あぁ、いや、ちょっと、蘆屋さんから質問があってな」
「はーさんから……?」
由紀はそう言うと、不思議そうな顔で晴明を見る。
彼女に見つめられた晴明は、先ほど貴依にした質問と同じ事を問いかけようとするが、その前に貴依が由紀に質問の内容を告げる。
「ほら、くるみが着いていった男、そいつの名前を聞きたいんだってさ」
「えっ……? ルイ=サイファーって名乗ってたけど……! もしかして、はーさん。あの男の人のこと知ってるの!」
貴依から聞いた晴明の質問に答えた由紀だったが、今までの経緯からもしかしたら件の男について、彼がなにか知っているのかと思い、今度は彼女から問いかける。
しかし、晴明は敢えて彼女に質問には答えず、というよりもさらなる確証を得るために、もう一つ質問を告げる。
「いや、まだ俺が知る
晴明の質問を聞いた二人は、あまりの不明瞭さ──なぜ男と言ったのに、老人や、子どもといった話になるのか──に目が点になりながら、それでも取り敢えず彼の質問に答える。
「えっと、オールバックの白人男性だけど……? それがどうかしたの、はーさん?」
「そうか、そうかぁ……」
由紀の答えを聞いた晴明は、彼女の答えで最後のピースが揃ってしまったのか、得心すると同時に深々とため息を吐く。
そして、ため息を吐いた晴明は先ほどの由紀がした質問に答える。
「……恐らくは、ということになるが俺が知る
「……! なら、はーさん。はーさんなら、その人の居場所も──」
そんな由紀の問いかけに、力なく首を横に振る晴明。
晴明の態度に、なにか違和感を感じた由紀は、訝しげな様子で晴明に問いかける。
「……はぁ、さん?」
「……今の状況、いや、たとえ世界が平和であったとしても、彼女を救出に向かうのは不可能に近い」
「なん、で……!」
晴明の言葉に絶望した表情で言葉を詰まらせる由紀。
そして彼の話に聞き耳を立てていたのだろう。美紀も険しい表情を浮かべて話しかける。
「どういうことなんですか、蘆屋先生」
「どういうことかを説明する前に、まず、皆の勘違いを訂正する必要がある、かな?」
「……勘違い、ですか?」
「あぁ、そうだ」
そこで晴明は言葉を切ると、ここにいる全員。主に晴明たちとの会話に参加していなかった学園生活部の面々がこちらに注目していることを確認して、まず結論から述べる。
「そもそもルイ=サイファー、アイツは人間じゃあない」
晴明が放った人間じゃない発言に、美紀は凄みを感じて、それが比喩表現ではないかということを確認しようとする。
「その、人間じゃない、というのは人の皮をかぶったケダモノだとか、外道だとか、そういった意味合いじゃないんですよね……?」
「そうだ」
美紀の質問に答える返答した晴明は、同時に大僧正を見やる。
その視線に釣られるように他の面々も大僧正を見る。
「皆も、大僧正が老僧の姿に擬態していたことは覚えているだろう」
「えぇ、まぁ。────まさかっ!」
晴明の大僧正についての発言に対して、悠里は無意識のうちに肯定するが、そこで彼が何を言いたいのかを察して驚きの声を上げた。
その彼女の考えを事実だと認めるように晴明はルイ=サイファーの正体についての話を続ける。
「ここまでの話で分かるように高位の悪魔は人間に擬態する能力を持っている。そしてヤツはその中でも最上位の存在であると同時に様々な呼び名がある」
そこで言葉を切った晴明に対して、彼に助けられた美紀や圭、透子などは彼のあまりにも重苦しい雰囲気に思わず息を呑む。
そんなことは関係ないとばかりに彼は話の続きを、ルイ=サイファーのその正体、かの存在に対しての数々の呼び名を口にする。
「【明けの明星】【光を掲げる者】【堕天使】【悪魔王】など様々な呼び名があるが、やはり一番有名なのは【大魔王】だろう」
そこまで晴明が言いきった時点で正体を理解した美紀や悠里、慈はあまりにも強大な、そして有名過ぎる存在に恐怖を感じて冷や汗を流す。
そして、美紀は緊張でからからに乾いた喉から絞り出すようにルイ=サイファーの正体、その答えを告げる。
「──ルシ、ファー。【大魔王-ルシファー】……!」
その美紀の答えに、晴明は正解とばかりに重苦しく頷く。
そのことに気付いていなかった面々すらも、とてつもないビッグネームが出てきたことに息を詰まらせる。
そして全員が答えに行き着いたことを確認した晴明は、今現在胡桃が居るであろう場所と、それに付属した情報を告げる。
「そう、だな。そして、彼女がヤツに着いていったというのなら、十中八九魔界に、それもルシファーの居城にいる可能性が高い」
「…………っ!」
晴明が断定するような言葉を告げると、由紀はあの時感じた命の危険に納得するとともに、胡桃を助けることができない自身の力の無さを悔いるように顔を歪ませる。
しかし、圭は、それでも、それでも晴明なら何とかできるんじゃないか、と一縷の望みを託すように、顔をひきつらせながらも彼に喋りかける。
「──でも、それでも晴明さんなら、くるみ先輩を助け出す方法があるんじゃないですか……?」
だが、晴明は圭の望みを否定するように首を振ると不可能な理由を告げる。
「いいや、無理だ。先ほども言ったように、恵飛須沢さんが魔界の、ルシファーの居城に居るとして、その場合はルシファー以外にも側近の魔王たちや、他の悪魔たちともことを構える必要性が出てくる」
「……側近の魔王」
晴明の魔王という言葉を聞いたアレックスは、前世におけるシュバルツバースの魔王たちを思い描くが、彼はそれを否定するように言葉を紡ぐ。
「恐らくアレックスさんは、かつてシュバルツバースにいたモラクスやミトラスなどを思い浮かべているのかもしれないが、残念ながらかの存在の側近たちはそんな生易しいモノたちじゃあない」
「……では、その、側近たちというのはどんなモノたちなんですか?」
晴明の否定の言葉を聞いたアレックスは、ならばどんな悪魔たちがいるのか。と問いかける。
その問いかけに晴明は少し息を吐いて自身の精神を落ち着かせて、ルシファーの立場と、そして、側近たちについて話す。
「……あぁ、その前に話しておくこととして、そもそもルシファーはガイア教、いや、カオス陣営の頭目として数々の、聖書陣営以外の、かの陣営に悪魔として貶められた神々すらも束ねる立場にいる。そして、彼の側近としては──」
いよいよ晴明の口から側近の存在が語られる、と感じて息を呑む面々。
「有名どころで言えば、【高き館の主】【気高き主】【蝿の王】などと呼ばれ単純な力ではルシファーをも凌ぐと言われる魔界のNo.2【魔王-ベルゼブブ】それに、【魔王】の語源ともなった【第六天魔王波旬】【殺すもの】などの異名を持つ【魔王-マーラ】」
晴明の口から出た側近の名前、アレックスからすれば前世で仲魔にした【魔王-アモン】すらも凌駕しそうなビッグネームたちに思わず顔をひきつらせる。
だが、晴明の話をまだ終わりではなく、彼の口からまだまだ名前が告げられていく。
「他にも【魔界の宰相】である【魔王-ルキフグス】や、【天魔-アスラおう】など、はっきり言って名を列挙するとキリがないほど数多くの悪魔たちが存在する」
アスラおうに関しては、こちらではヴィローシャナ、あるいは大日如来と言った方が通りがいいかもしれないが。と補足説明する晴明。
それを聞いた悠里は、思わずといった驚きの様子で晴明を見る。
それもそのはず、以前彼女が晴明に譲ってもらい、かれらの襲撃から九死に一生を得ることになった要因のお守りについて聞いたとき、彼はお守りには僅かなりとも大日如来の力が籠められている。と言っていたのだ。
その時も、後に大日如来の由来を図書室で調べて驚いたのだが……。
まさか、その大日如来がここで繋がってくるとは思わずにさらに驚くことになった悠里。
しかし、そこで悠里はふと一つの可能性を思い付く。それは──。
「あの、蘆屋さん。あのお守り、大日如来様の力が籠められていた、というものを持ってたということは何らかのツテがあるということですよね……? それを使うことはできないんですか?」
悠里本人にとっては名案とも思えた提案を晴明にぶつけるが、当の本人は流石に無理だ。と即座に否定するが……。
「いやいやいや、無茶を言わないでくれ。いくら多少なりとも繋がりがあるとは言っても──。……待てよ。こちらから救出に向かうのは無理でも──。いや、しかし」
「どうしたの、晴明さん?」
悠里の提案を否定する途中でなにか考え始めた晴明を心配して話しかける透子。
そんな透子の言葉に、思考の渦から帰って来た晴明は一つの可能性を思い付いたことを告げる。
「いや、何でもないんだ透子さん。ただ、一つ、もしかしたら、って程度の話でしかないが、何とかできる可能性が出てきたから恵飛須沢さんについては、こちらで動いてみるよ」
「ほんとうっ、はーさん!」
晴明が言った言葉に身を乗り出して確認する由紀。
由紀の急な行動に、晴明は気圧されるように仰け反る。
そして──。
「あくまで可能性でしかないし、それに今回鍵になるのは俺じゃなくて──」
そう言いながら晴明は由紀から視線を反らし、別の人物を見つめる。
その人物とは。
「……アリスちゃん?」
晴明の視線を追うように由紀も振り返ると、そこには友人である瑠璃を慰めようとしている魔人-アリスの姿があった。
そして、皆の視線を急に集めることになったアリスは、どうしたの? とでも言いたげに首をコテン、と傾げていた。
晴明たちが帰還しての情報共有のしばらく後、一度は解散していた面々であったが、その中で一部、晴明とアリス、アリスの友人である瑠璃、そしてその瑠璃の姉である悠里の四名は再び、今度は放送室に集まっていた。
しかし、なぜこの四名なのかが分からない悠里は困惑した様子で晴明に問いかける。
「あの、それで、なんで私とるーちゃんまで呼ばれたんでしょうか……?」
その悠里の質問に、瑠璃もまた訳が分からないと言わんばかりにこくこく、と頷いている。
そんな二人を見て、晴明は安心させるようにふんわりと笑うと、アリスの頭を撫でながら二人に優しげに語りかける。
「さっきも言ったように今回はアリスに頑張ってもらうんだけど、二人にはこの子の手伝いをしてもらいたいんだ」
「手伝い、ですか? でも、私たちは何をすれば……」
晴明の手伝いという言葉を聞いた悠里は、しかし、彼女らの今までの活躍を知るからこそ自信なさげに、本当にできるのか、と暗に言う。
だが、晴明はそんな二人を安心させるように、あるいは心配が杞憂であると断言するように、彼女らにとって予想外の言葉を告げる。
「別に何も? 君たちには普段通りにしてもらえればそれで良いよ」
「……はぃ? えっと、はぁ……?」
「意味が分からないとは思うが、まぁ、気負わずに、な」
「えっと、分かり、ました?」
晴明との受け答えに本当に意味が分からない、と困惑の度合いを深める悠里。
晴明はそんな彼女を苦笑しながら見つめると、今度は逆にうきうきとしているアリスに話しかける。
「それじゃアリス、準備は良いかい?」
「うんっ! 良いよ、ハルアキ。……赤おじさんと黒おじさん、二人とお喋りするの久しぶりだから、楽しみだなぁ」
「赤おじさん……?」
「くろおじさん?」
アリスが喋るのが楽しみといった赤おじさんと黒おじさんという名称を聞いて、不思議そうに首をかしげる若狭姉妹。
そんな二人を尻目に、晴明はガントレットを操作しながら、通信を繋げるぞ、と告げる。
すると、直後にアリスの前にバロウズを媒体としたホログラムが浮かび上がり、そこには赤いスーツを着た小太りの白人男性と、隣には黒いスーツを着て、全体的にすらりとした黒人男性の姿があった。
[ふむ、デビルサマナーよ。アポイントメントもとらずに急に通信など──! アリス、アリスではないか! 元気でやっていたかね! なにか困ったことは──、何をする、黒男爵!]
[ええいっ! 黙りたまえ、赤伯爵! 目の前にかわいい、かわいいアリスがいるのだぞ! そのような些事に拘るでない! ……それよりもアリス、急にどうし、あ痛っ!]
通信が始まった当初こそ威厳のある声で小太りの男性だったが、アリスの姿を見つけた途端猫なで声で彼女へ喋りかけようとするが、彼のアリスという名を呼んだことで後ろにいた黒人男性もアリスがいることに気付く。
そして、小太りの男性をまるで邪魔者扱いするかの如く引きずり下ろすとアリスに喋りかけようとするが、そこで小太りの男性に腕を噛まれて悲鳴を上げる。
その後二人は、アリスが見ていることも忘れて、彼女の目の前で大人げない取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。
それをまざまざと見せつけられているアリスは、恥ずかしさからか、あるいは二人の不甲斐なさに怒りを覚えているのか、青白い肌を朱色に染めてやるせない声を上げる。
「赤おじさん、黒おじさん……」
「えっと。……あの、蘆屋さん? これは一体……?」
アリスの手伝いということで緊張していた悠里は、あまりにもあんまりな、ある意味においては予想の斜め上をいく光景を見せつけられ、先ほどとは別の意味で困惑していた。
そして、晴明に説明を求めるように話しかけたが、件の晴明も彼らの醜態に顔をひくつかせて、あーだの、うーだの呻いている。
一頻り現実逃避をしていた晴明だったが、流石にこれ以上彼らの醜態を晒すのは、彼らの威厳的にも、何よりアリスの精神衛生的にも良くないと思い、悠里の質問に答えると同時に二人を諌める。
「あぁ……、なんというか、あの二方はアリスの保護者みたいな方たちでなぁ……。──あなた方もそこまでにしないと、アリスに嫌われますよ?」
はたしてその言葉の威力は絶大だったようで、今の今まで喧嘩をしていたことが嘘のようにぴたりと動きを止める二人。
喧嘩をやめた二人は恐る恐るとアリスの方を見るが、そこにはハムスターもかくや、と頬を膨らませて涙目で二人を睨み付けているアリスの姿があり、その後しばらく二人を相手に烈火の如く叱るアリスと、その声を聞きながら縮こまる大人たち、というなんとも情けない光景が広がるのだった。
アリスの激怒からしばらく後、ようやく彼女の怒りも収まり、本来の、赤伯爵と黒男爵に告げられる状態まで落ち着いてきた。
そんな中で二人を代表して赤伯爵が喋りはじめる。
[──失礼した。それで、結局用件はなんだったのかな?]
彼の問いかけにアリスは恥ずかしげにもじもじすると、意を決したように瑠璃に抱きついて彼女を紹介する。
「えっと、あのね? ……赤おじさん、黒おじさん。アリスにお友だちができたの。瑠璃っていうんだよっ!」
[なるほど、アリスに友達が──ともだち? その娘がかい?]
「うん、そうだよ!」
[そ、そうか、そうか!]
アリスからの告白を聞いていた赤伯爵だったが、まさか彼女の口から生きている人間を友達にしたという言葉が飛び出るとは思わずに驚きをあらわにする。
が、すぐに落ち着きを取り戻すと瑠璃に優しく話しかける。
[それでお嬢さん? お名前を聞かせてもらっても良いかな?]
「るーは若狭瑠璃だよ」
そう言いながら瑠璃は自身の姉である悠里を見る。
そのことで赤伯爵と黒男爵の視線も彼女に移る。
彼らの視線で、言外に何者かと問われていると感じた悠里もまた自己紹介をはじめる。
「……私は若狭悠里。るーちゃんの姉です」
「ゆうりおねーちゃん、りーねえのお料理はすごく美味しいんだよ!」
彼女の自己紹介の後に嬉々とした様子で情報を上乗せするアリス。
彼女の発言に照れたのか、悠里はほんのりと顔を赤くしてアリスちゃんと呼びかける。
そんな二人の様子に赤伯爵は微笑ましいものを見るように顔を綻ばせる。
[うむ、うむ。良かったね、アリス]
「うんっ!」
アリスの幸せそうな様子に赤伯爵は満足そうに笑みを浮かべる。
そして、そのまま赤伯爵は悠里に話しかける。
[きみ、悠里といったね]
「……は、はい」
[きみと妹御に感謝を。もともと我等があの子の保護者のようなものだったが、我等ではあの子を本当の意味で笑顔にできなんだ]
「あっ、いえ……」
まさか悠里も、赤伯爵のような如何にも身分の高そうな人物が感謝の言葉を、しかも深々と頭を下げてまで行うとは思っていなかったようで逆に恐縮している。
赤伯爵は下げていた頭を上げると、次に晴明へと話しかける。
[デビルサマナーよ、貴様も良くやってくれた。どうやら貴様にあの子を預けたのは正解だったようだ。……まさかあの子が、
そう感慨深げに喋る赤伯爵。それに同意するように黒男爵も頷く。
[誠に、此度のことは褒美を与えねばならんな。それに宴の準備も、だ]
[まったくよな。では、褒美の件は追って伝えよう]
そうしてそのまま通信を切ろうとする赤伯爵と黒男爵だったが、その前にアリスから待ったの声がかかる。
「あ、まって。おじさんたちっ! 今日はおじさんたちにお願いがあったの」
[おや、そうだったのか。これは済まないことをしたね、アリス。それでお願いというのは?]
赤伯爵の問いかけに、アリスは若狭姉妹見て頷くとお願いを、恵飛須沢胡桃の件について告げる。
「おじさんたちにくるみおねーちゃんを助けてほしいの!」
[…………くるみ、おねーちゃん?]
アリスの胡桃を助けて、という言葉に訳が分からず目を丸くする赤伯爵たちだったが、そこで晴明が助け船を出す。
「その件に関しては、こちらから詳しく説明しよう」
[ふむ、そうか。では、そのくるみというのはなんなのだ?]
「あぁ、それについてだが、その前に赤伯爵。そちらの閣下が最近こちらに遊びに来たことは知っているか?」
[あぁ、知っているとも。まったくあのお方の放蕩癖にも困ったものだ。しかも、人間の小娘まで拾って────まさか?]
言葉の途中で嫌な可能性に思い至ったのか、赤伯爵は顔をしかめる。
そして晴明も赤伯爵の考えを肯定するように答える。
「そのまさか、だ。その閣下が連れ帰った少女の名前は恵飛須沢胡桃。ここにいるアリスを含めた全員の友人なんだ、これがな」
晴明の返答。そしてさらに付け足されるように告げられた、貴依からの情報を聞くことになった赤伯爵はやっぱりか、と痛みだした頭を抱える。
赤伯爵の様子にアリスは瞳に涙を浮かべながら、不安そうに話しかける。
「……おじさん、やっぱり、だめ?」
そんなアリスの様子に、赤伯爵は深くため息を吐くと、アリスを安心させるように話しかける。
[あぁ、あぁ、アリス。大丈夫だとも。我等に任せなさい。その娘御の安全は保証するとも]
赤伯爵の宣言を聞いてアリスはぱぁ、と満面の笑顔を花開かせる。
しかし、赤伯爵は安心したようにほっとしているアリスや、若狭姉妹に釘を刺すように一言告げる。
[だが、アリスよ。おじさんたちにも立場というものがある。だから、保証できるのはあくまで娘御の命だけ、だ。娘御が自ら修羅道に入るというのなら、それに関しては我等はどうすることもできん]
「……なんで?」
赤伯爵の言葉に不満を覚えたのか、アリスは不機嫌になりながら問い詰める。
そんなアリスの問い詰めに、赤伯爵は簡潔に、一言で答える。
[それが我等の、カオスの法だからだ]
「カオスの、法?」
[そう、カオスの法。我等は力を持つもの、力を貪欲に得ようとするものを是とする。故にその娘御が
赤伯爵の真剣な、例えアリスの願いであろうとも聞き入れることはできない、といわんばかりの意志のこもった言葉を聞いたアリスは、悲しそうにしょんぼりとしている。
そのアリスの顔を見た赤伯爵は、思わず前言を撤回しそうになるが、それでも、と鋼の意志を見せる。
[ともかく、娘御の命だけで納得しなさい。それではまた会おう]
そしてそのまま二人との通信は途絶える。
通信が切れたあと、辺りは重苦しい雰囲気に包まれるが、それを払拭するように晴明が喋る。
「ま、まぁ。少なくともこれで最悪の事態だけは回避できたのだから、今はこれで良し、とするべきだろう。な?」
「うん、そうだね……」
晴明が励ますように言葉を告げるが、それでも重苦しい雰囲気は払拭出来ず、しばらくの間そのままの空気が漂うのだった。