DDS 真・がっこう転生 MythLive 作:想いの力のその先へ
悍ましい気配とともに発現したシャドウ-悠里。
その姿は垂れ流される瘴気にも似たMAGと、金色に鈍く輝く瞳以外は、ほぼ悠里と同じ。と言っても過言ではないほどに似通っていた。
しかし、それも一瞬のこと。
彼女の気配が膨れ上がるとともに、その姿は人と鳥の合の子。まるで鳥人とでも言うべき姿へ変貌する。
その中で唯一、まだ人としての名残を残している顔を悠里に向けて、彼女はせせら笑う。
「……ふふ。無様なこと」
一方、笑われた当人である悠里は、あまりに非現実過ぎる事態の推移に、目を見開き絶句し、シャドウ-悠里を見上げている。
そんな悠里を小馬鹿にするように、シャドウ-悠里は――。
「あぁ、あぁ、本当に無様。そんな無様を晒す姉など、るーちゃんも要らないわよねぇ。……だから、早々に逝かせてあげるわ!」
そう言いながらシャドウ-悠里は、まるで伝承に出てくるハーピーのように腕と一体化した翼を天高く掲げると、そのまま振り下ろす。
すると、その翼から弾丸のように羽が悠里に向かって放たれた。
悠里は放たれた羽が、己の命を奪うことが出来るものだと直感的に理解する。が、目まぐるしく変わる状況と、何より本能的に感じている絶対的強者からの殺気により、完全に身体がすくみ動けなくなっている。
その中で唯一動かせたのは口、ただ悲鳴を上げるだけだった。
「――――ひっ!」
顔を青ざめ、悲鳴を上げる悠里。このままであれば、彼女の命は儚く散っていたであろう。だが――。
「――マハ・ラギオン!」
その力ある言葉とともに、複数の火球が殺到。
悠里目掛けて殺到していた羽の弾丸たちを一つ残らず焼滅させていく。
九死に一生を得た悠里は火球が飛んできた方向を見やる。そこには、ペルソナであるジャックランタンを顕現させた由紀の姿があった。
悠里と同じく、シャドウ-悠里もまた己の邪魔をした由紀を見つめ、忌々しそうに歯ぎしりする。
「……おのれ! きさま、私の邪魔をするか!」
悠里と同じ声で、怒声を、罵声を浴びせられた由紀は反射的に身を縮こませる。
シャドウ-悠里はともかくとして、悠里を怒らせると怖い。ということを身を持って理解していたからだ。
だが、彼女はすぐに戦闘中だから、と心を入れ換え、己に喝を入れ、奮起する。
「ふ、ふんだ! 本物のりーさんじゃないなら怖くないもん!」
そんな強がりとも取れる言葉を聞いた悠里は、肩の力ががくり、と抜けると同時に多分に呆れを含んだ声で由紀へ話し掛ける。
「――ゆきちゃん?」
「わひゃあ! ……ごめんなさいっ!」
だが、悠里に話し掛けられたことで怒られる。とでも思ったのか、由紀はしゃがみ込むとともに、ネコミミ帽子で頭を防御するように引っ張ってがくがくと震えている。
そんな由紀の姿にさらに毒気を抜かれる悠里。
シャドウ-悠里も同じ気持ちなようで、禍々しい空気の中に、少しだけ呆れの気配が混じっている。
そのまま周囲に弛緩した空気が流れる。が、悠里はそこで、先ほどのやり取りで身体の緊張が解けたのか、まともに動くようになっていることに気付く。
その時、悠里は由紀が目配せしていることにも気付いた。
――こちらに来て、と。
それを理解した悠里は真剣な表情を浮かべると、シャドウ-悠里に気取られないように足に力を込める。そして――。
「……なっ!」
シャドウ-悠里が由紀の行動に呆れている隙を付き、足で地面を力強く踏み抜くとそのままダッシュ――!
脇目も振らずに駆け抜け、由紀の後ろ。先ほどよりは多少なりとも安全な場所へ移動した。
悠里がこちらに走り込んできたことを確認した由紀は、立ち上がると振り返ることなく悠里へ話し掛ける。
「りーさん、大丈夫?」
「ええ、ありがとう。ゆきちゃん」
その二人のやり取りで、シャドウ-悠里はようやく由紀に謀られていたことに気付いた。
そのことからシャドウ-悠里は憤怒の表情で彼女を睨む。
「……きさまっ!」
「ふふ、油断しすぎじゃないかな? 兵は詭道なり、だよ?」
由紀はそんなシャドウ-悠里に対して、あえて挑発するように語り掛ける。
そのことに激昂したのか、シャドウ-悠里は声なき怒鳴り声を上げる。
「――!!」
「ゆ、ゆきちゃん?!」
悠里は、まさか由紀がそのような行動に出るとは思っていなかったようで、驚きとともに心配の声を上げる。
そんな悠里に、由紀はシャドウ-悠里を見据えつつ、安心させるために声を掛けた。
「りーさん、大丈夫だよ。これもまた、っやつ」
その由紀の言葉に、悠里は先ほど彼女が言った言葉を思い出す。
――兵は詭道なり。
これもかつての風林火山と同じく孫子の兵法の言葉であり、その意味は【戦いとは騙し合いである】と言うことだ。
例えば、銃を持った人間に真正面から立ち向かったとして、何の問題もなく制圧できるか?
まず無理だろう。接近する前に撃たれるのが関の山だ。
ならばどうすれば良いか?
その答え自体はそこまで難しくない。簡潔に言ってしまえば、銃を使わせない。これに尽きるからだ。もっとも、その行動をさせること自体が難しいとも言えるが。
それはともかくとして、どうすれば銃を使わせない。という行動を達成できるか? これを考えてみる。
例えば防弾シールド。これがあれば銃が無力化されたと考えて使わない可能性はある。
例えばスリングショットなどの投擲で銃を落とさせる。これでも無効化できる。
例えば意識外からの奇襲。これで銃を奪えばそれでも可能だろう。
そしてこれらの行動。これらが可能である必要はない。相手に可能である、または不可能である。と思い込ませれば良いのだ。
これが兵は詭道なり、の本質だ。
しかるに、今の由紀の行動を見てみると――。
まず始めにシャドウ-悠里の攻撃を妨害することで己の存在を誇示。悠里から目を逸らさせた。
次に悠里とのやり取りで、あえて道化を演じることによりシャドウ-悠里と、ついでに悠里からも緊張感を奪った。
そして、悠里を脱出させることと、それを煽ることにより、シャドウ-悠里から今度は冷静さを奪おうとしている。
即ち、この一連の行動はすべて由紀の策だったのだ。悠里の安全を確保するために、そして、自身が有利な立ち回りをするために。
しかし、ここでおかしいとは思わないだろうか?
なぜ、由紀が。
その答えは彼女へ勉学を教えていた、慈ではなくもう一人。大僧正の手によるものだった。
彼は通常の勉学を教える傍ら、このような戦いの駆け引きというものも由紀へ仕込んでいた。
いつの日か、由紀が一人で戦うことが来た日に、少しでも生存率を上げるために。何より兵法を教えること自体、大僧正にとって
そして、由紀自身も
人の上に立つ、それとともに戦う者としての才が――。
そのこともあり、由紀はめきめきと力をつけ、今、このようにシャドウ-悠里を翻弄している。
そのことに気付かないシャドウ-悠里は地団駄を踏み、由紀を睨み付ける。
「これ以上邪魔するなら、いくらゆきちゃんでも――」
「……――判断が遅いよ!」
由紀に警告のような言葉を発するシャドウ-悠里に対して、彼女はいつの間にか手に持っていたペルソナカードを砕き、新たなペルソナを顕現させる。
「――ガブリエル! ブフーラ、からのスラッシュ!」
「……きゃあぁぁぁぁぁっ!」
由紀が顕現させたガブリエルの一連の攻撃によって、シャドウ-悠里は凍り付けにされて身動きがとれない状況で翼を斬り裂かれる。
その切断部分からは血飛沫のようにMAGが噴き出していた。
だが、それを見て油断する由紀ではなかった。
彼女はさらに駄目押しとばかりの行動に移る。
「……きて! ジャック――」
そこで由紀は力を溜めるようにMAGを周囲に渦巻かせると、
「ブラザーズ! ――トライアングルスプレッド! あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その言葉とともに彼女の眼前には
「ペルソナァ! ――キングフロスト!」
その三枚、ジャックフロスト、ジャックランタン、
「な、ぁ……」
そのペルソナの威容にシャドウ-悠里は驚愕とともに二の句が告げなくなる。
それも仕方がない。本来このフロストはペルソナのため正確には違うとは言え、
身近な例で言えばクーフーリンやスカアハに比肩、ともすれば凌駕し、ジャアクフロストを超越する大悪魔なのだ。
そのような大いなる存在に、シャドウ。人の負としての側面。心の海より出でし集合的無意識という常識の欄外の存在とは言え、そこまで力を持たない者が見つめられ平静でいられるか?
まぁ、まず無理だろう。
現にシャドウ-悠里は恐怖により歯の根が合わないのか、がちがちと歯を鳴らせている。
そんな彼女へトドメを差すために由紀は力ある言葉を紡ぐ。
「……キングフロスト、キングブフーラ!」
そのままシャドウ-悠里はキングフロストが放った絶対零度の、フロスト族の姿をした猛吹雪に飲み込まれ調伏されるのだった。
それからしばらくして、由紀と悠里は大人しくなったシャドウ-悠里と相対していた。
まるで能面のような無表情で悠里を見つめるシャドウ-悠里。
その、己の一側面を見て悠里は、おずおずといった様子で話し掛ける。
「貴女は、私なのよね……?」
「…………」
悠里の問いかけに無言を貫くシャドウ-悠里。
そんな二人のやり取りを心配そうに見つめる由紀。
流石に話し合いの場で、武力を用いるわけにもいかないのだから、ある意味当然ではあるのだが。
そんな由紀の心配をよそに、悠里は端から見れば独り言のように話し掛ける。
「……正直、貴女が私、と言われても実感がわかないわ」
「…………」
「り、りーさん……」
悠里の否定とも取れる言葉に、一瞬だけ彼女へ顔を向けるシャドウ-悠里。そのやり取りをハラハラして見る由紀。
「でもね……」
そこで悠里がなにかを決心したかのように、シャドウへ、己の側面へ語り掛ける。
「確かに、何となく分かるの。……貴女は私なんだって」
「……!」
悠里の言葉に、ほんの少し反応を見せるシャドウ-悠里。
だが、悠里はそんな彼女の反応に、我関せずな様子で話続ける。
「私が蘆屋さんに抱いている気持ちが愛なのか、恋なのか。それともまた別の感情なのか。それは本当に分からないの。でも――」
そこまで話して悠里は一度口を閉じる。
そして、何度か深呼吸して自身の精神を落ち着かせると、意を決して続きを話す。
「……でも、貴女が言うように、くるみに嫉妬してたのは本当」
「りーさん……?!」
悠里の告白に驚く由紀。
そんな彼女を一瞬横目に見て、悠里は再びシャドウを、己の側面を見つめ語り掛ける。
「だって、そうじゃない? あそこまで、誰か一人を想って、あんなに綺麗で、可愛くて。……嫉妬するな、なんて無理よ」
悠里が胡桃に抱いていた感情。それは劣等感だった。
以前彼女は胡桃と二人で話したことがある。
その時に聞いた憧れの人、葛城紡との思い出。それを語る胡桃は、同姓の彼女ですら目を奪われるほどに綺麗だった。
恋とは、愛とは、これほど人を変えるのか。そう考えてしまうほどに。
それと同時にこうも思った。……私はここまで綺麗になれるのだろうか、と。
そう考えた時、なれる。と断言できない自分がいた。それが悔しかった。
なぜなら、まだ恋をしたことがなかったから。
それが劣等感として、彼女の心の奥底にこびりついていた。
それから目を逸らして、その結果――。
「その結果が、貴女なのね?」
その言葉にシャドウ-悠里は肯定するようにこくり、と頷く。
「……そうよね、本当に私ってバカ。自分の醜いところから目を逸らして、後悔して。その繰り返し」
「りーさん……」
「でも、いい加減向き合わないと、ね。……なんてったって、私はるーちゃんのおねえちゃんなんだから。あまり、情けないところは見せられない、わよね」
その言葉に今度は力強く頷くシャドウ。
その様子にくすり、と笑う悠里はシャドウに近づくとそのまま抱き締める。
「貴女が言ったように、貴女は私で、私は貴女。そんな当たり前のことを認めるのに、こんなに時間が掛かって……」
その時、シャドウの身体が輝きはじめる。
そのことに驚いて離れる悠里。
そして、シャドウはそのまま宙に浮き――。
――我は汝、汝は我。我は心の海より出でし者。
その言葉を引き継ぐように悠里がぽつり、と。かの者の名前を告げる。
「……イシス」
彼女の言葉とともにシャドウの身体は崩れ、その中からどこか神聖さを感じる褐色の肌の半人半鳥、同時にどこか悠里の面影を残す
そしてイシスは悠里を見て微笑むと、そのまま彼女の身体へと還っていく。
それと同時に悠里は崩れ落ちる。それを見て慌てて支える由紀。
「――りーさん!」
「……大丈夫よ、大丈夫。ゆきちゃん」
心配そうに顔を歪める由紀に、悠里はそう言いながら微笑む。
それはまるで聖母のようであった。
そのことにホッとため息をつく由紀。
だから、彼女は気付かなかった。悠里が最後にぽつり、と呟いたことに。
「……ごめんね、くるみ」
と、呟いたことに……。