DDS 真・がっこう転生 MythLive   作:想いの力のその先へ

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第八十話 不安と信頼

 胡桃が正気に戻ったあと、彼女の姿を見た大学生組と一悶着――とはいえ、事前に朱夏が説明したこともあって、多少驚かれた程度で収まっている――あったものの、現在は落ち着きを取り戻している。

 特に椎子は魔人化した胡桃の角や尻尾を興味深く観察しており、逆に胡桃がそのぶしつけな視線にたじろぐほどであった。

 

「えっと、その……。なん、です、か……?」

 

 椎子の視線にさらされた胡桃は思わずといった様子で、不自然な敬語を話す。

 そのことを受け、椎子もやっと自身が不審者のような扱いを受けていることに気づく。

 もっとも、だからどうした。といわんばかりに彼女は胡桃へと話し掛ける。

 

「いや、ふむ……。たしか、胡桃だったな。お前の頭にある角。……本物なのか?」

 

「いや、えっと……? ツノ……?」

 

 椎子に疑問を投げ掛けられて、胡桃は首をかしげると頭へ手を翳す。そして手になにか硬質なものが触れることに気づく。

 そこではじめて胡桃は自身に角が生えていることに気づいて驚きの声を上げる。

 

「おっ、おい! なんだよ、これぇ――!!」

 

 そう言って何度も角をペタペタと触る胡桃。

 そんな彼女を見て椎子は、気付いてなかったのか……。と呆れとも驚きとも取れる表情を浮かべる。

 

「……ちなみにだが。尻尾のことは流石に気付いてる、よな?」

 

 そう恐る恐る確認を取る椎子。

 彼女の確認に、胡桃はまさか。という表情を見せて手を後ろへ、臀部の方へ動かす。その手がなにやら固い、そしてなにか彼女自身が不思議な感触をするものに触れる。

 まず初めに感じたのは固いもの、という感触。次に感じたのは、確かに自身の臀部から伸びている筈なのに、()()()()()()()()()()()()()というもの。

 

 ある筈なのに、ない。

 そんなあり得ない感覚を味わった胡桃は、恐る恐る後ろを見る。

 だが、しかし。そこには確かにある竜種の物に見える尻尾。

 しかも、感覚はないくせに自身が動かそう、と考えた通りに動くときた。

 

「なっ、なんだよ。これ……ッ」

 

 自身から生えているモノに一種の悍ましさを感じ、顔を青くする胡桃。

 普通のヒトにはあり得ないモノ。それは即ち――。

 

 ――自身がヒトとして()()()()()()()となったということ。

 

 確かに胡桃は、彼女は力を得たいと考えルイ=サイファーの手をとった。

 そのことに後悔はない筈だった。でも……。

 

 太郎丸の姿を見て覚悟していた筈だった。

 だが、彼女の覚悟は……。あまりにも甘過ぎた、というほかなかった。

 

 姿が変わる。それは、言い換えれば今までの自身を()()()、と言うことだ。

 確かに彼女は間違いなく恵飛須沢胡桃だ。

 そのことに間違いも、勘違いもない。

 

 しかし同時に――。

 

 人間-恵飛須沢胡桃に角や尻尾があったか?

 

 ――否。

 

 人間-恵飛須沢胡桃の膂力はヒトを、パワード(デモニカ)スーツをまとったアレックスを超えるほどのモノだったか?

 

 ――否。

 

 ……人間-恵飛須沢胡桃は他の命を奪うことに、一切躊躇しなかったのか?

 

 ――否。

 

 恵飛須沢胡桃に尻尾や角などの部位はなかったし、いくら彼女が規格外だったとはいえ、デモニカスーツを着たアレックスを完全に凌駕するほどの膂力は持っていなかった。

 さらに言えば彼女の本質は心優しい少女であり、命を奪うことを躊躇しない、平然と出来るような精神は持ち合わせていなかった。

 事実、アウトブレイクが起きた当初から彼女は戦闘班として最前線に立っていたし、当時記憶を取り戻していなかったとはいえ、頭一つ飛び抜けていたアレックスに次ぐ戦績を打ち立てていた。

 しかし、それに反して精神は磨耗し、夜中に夢見の悪さから飛び起きることもままあった。

 

 それは彼女が弱いから……、などとは口が裂けても言えないだろう。

 そも、彼女は本来戦う者でも、ましてや命のやり取りをするために生きてきたわけではないのだ。

 

 そんな彼女が手に入れた力。悪魔として、魔人としての力――。

 確かにそれは、間違いなく人を超越した力だ。

 

 ……そう、()()()()()なのだ。

 

 彼女は既に完全な人間ではない。半人半魔とでも言うべき存在になってしまっている。

 しかし、恵飛須沢胡桃の精神は()()()()()だ。

 果たしてそんな精神状態の彼女が平静なままでいられるか?

 

「――あた、あたしは……!」

 

 ――いられるわけがない。

 

 彼女にとって()()()()だったこと。それが失われたのだから。

 ……想像してほしい。もし、あなたが急に人として逸脱した力を得たとして。

 これまでと同じような日常を送れるかどうかを。

 

 周囲から好奇の視線にさらされるかもしれない。心ない言葉を浴びせられるかもしれない。……家族から化け物を見るような目で見られるかもしれない。

 今までとは何もかもが変わってしまう世界(あなたの周り)で、果たして平静でいられるか?

 

 そも、人間とは追い詰められると近視眼的なりやすいものだ。

 今回の胡桃に関しても、そう。

 母親の仇討ちも出来ず、力も足りなかった。

 ならばどうすれば良いのか……?

 

 胡桃が冷静であったのならば、アレックスや晴明などに頼る。などという選択肢もあっただろう。

 しかし彼女はもっとも早く力を手に入れられる手段。即ち、悪魔合体を目指した。

 ……太郎丸という前例がいたから。ルイ=サイファーというモノ(悪魔)()そそのかれた(甘言に乗った)から。

 

 それが一概に悪いとは言えない。事実、力は得たのだから。それも破格と言える力を、だ。

 

 だが、いまの胡桃の胸中にある感情。それは力を得た高揚でも、全能感でもなく、ただ、ただ恐怖心だけだった。

 

 ――もし、学園生活部の仲間(みんな)に拒絶されたらどうしよう。それどころか、もし敵対されたら……。

 

 実際、彼女の本意ではないとは言え、朧気ながらも皆と殺しあった記憶があるのだ。

 今は正気に戻っている。だが、未来は――?

 再び暴走する、という可能性は否定できない。むしろ彼女(胡桃)自身が信じ切れないのだ。己が暴走しない、という可能性を。

 

 だからこそ彼女は恐怖する。皆に拒絶される可能性を。……自身が再び皆を傷付けてしまう可能性を。

 

 ――なら、ここを離れてしまえば良いのでは……?

 

 そんな益体もつかない考えが鎌首をもたげる。

 そうすれば()()()()()だけは防げる。

 そんなことを考えていた胡桃だったが、ふと、自身が暖かい()()()に包まれているかのような感覚を感じる。

 それと同時に耳元で囁かれる。

 

「くるみちゃん、大丈夫。……大丈夫だから、ね?」

 

「……ゆき?」

 

 暖かい感覚の正体。それは彼女を、胡桃を抱きしめていた由紀だった。

 

 ……自身の考えに没頭するあまり、胡桃は由紀に抱きしめられたことすら、気付いていなかったのだ。

 そのことに気付いて胡桃は内心嘆息する。

 

 冷静さを欠いたことに後悔していた筈なのに、今再び冷静さを欠いて、ハツカネズミのごとく思考がぐるぐると空回りしていたのだから。

 そして彼女は由紀に感謝する。

 もし、また一人で勝手に考えて、決め付けて、答えを出していたら……。

 

 ……その時は、皆と決定的な破局へと至っていただろう。

 だからこそ彼女は由紀に感謝し、その言葉を紡ぐ。それが今、自身に出来る精一杯のことだから。

 

「ありがと、ゆき。……お前は本当にすごいな」

 

「……え? そんなことないよ。私()()がすごいんじゃなくて、皆がすごいんだから、ね?」

 

 満面の笑みを浮かべながら、諭すように告げる由紀。

 彼女の言葉を聞いた胡桃は可笑しくなって吹き出す。

 

 ――そうだ、そうだった。本当にそう。考えれば簡単なことだった。

 

 確かに()()という意味ではアレックスが――秘密基地組が合流した後では晴明も――際立っていた。だが、それだけじゃなかった。

 

 りーさん、園芸部の悠里がいたからこそアウトブレイク初期では飢えることなく生き残ることが出来たし、その後も慈、めぐめえとともに事務的な裏方作業――電気や物資などの残量の把握や、やりくりなど――で皆を支えていた。

 

 めぐねえ、佐倉慈も事務作業についてもだが、学園側の唯一の大人の生き残りとして生活部の精神の支柱となり、授業などを通して非日常の中でも日常を作り上げてくれていた。

 

 柚村貴依もそうだ。彼女の人怖じしない性格で、なにかと生活部内で潤滑油としての役割を果たしていた。

 もし彼女がいなければ、悠里と胡桃の間で衝突が起きていた可能性だって否定できない。

 

 そしてゆき、丈槍由紀。彼女がいたからこそ『学園生活部』という名の生活集団が生まれ、彼女というカリスマがいたからこそ、意外と我の強い面々が纏まることが出来たのだ。

 実際、胡桃ももし由紀がいなかった場合の学園生活部を想像すると、途中で空中分解するか、めぐねえの下、薄氷の上で纏まるか。もしくはアレックスが武力をもって無理矢理纏めている様子しか想像できない。

 そして、その状態では今のような和気藹々とした生活部ではないのだけは容易に想像できる。

 

 ――つまり、由紀が言っていた『全員がすごい』というのは全くもってその通りであり、皆がいたからこそ学園生活部はここまで来れたのだ。

 

「そう、だな。……そうだよなっ!」

 

 涙に濡れ、震えた声で返事する胡桃。

 彼女にとって、その言葉は救いになった。自身がここにいて良いのだ、と。

 

 ――彼女自身が気付いていない心の奥底にあった不安。こことは別の可能性の世界。それは聖典世界の未来に於いて、成長した胡桃も同じように抱いていた不安。

 即ち、皆のためになにも出来なくなってしまうかもしれない。役立たず、足手まといになってしまうかもしれないという不安だった。

 

 他の仲間たち。学園生活部の面々が聞いたら鼻で笑うか、もしくは大丈夫か、と心配してくるかもしれない。まぁ、どちらにしても胡桃の不安、心配は杞憂でしかないだろう。

 しかし、それでも彼女はそう考えてしまうのだ。己の気質ゆえに。

 

 そもそも胡桃。彼女について男勝りな様子から快闊な、精神的にも強い女性として見られることが多いが、実際には少し違う。

 彼女が他人に見せる快闊な性格は、他の人間に弱いところを見せたくない。という感情の裏返しであり、実際に聖典世界。かの世界の成長した胡桃は苦楽をともにした学園生活部の仲間たちには弱いところを見せるが、逆に彼女の恩師。主治医でもある老医師には弱いところを見せようとはせず、それを見抜かれ、嘆息されている。

 

 そして彼女は、さらに根本的な部分で人の役に立ちたい。立たなければならないという強迫観念を心の奥底に抱いている。

 それが胡桃をアレックスに比べると劣りはするものの、戦闘班の中でも抜きん出た才を見せた原動力だったのだ。

 

 だが、今回に於いてはそれが悪い方向に作用してしまった。なぜなら、その精神性こそが彼女を焦らせ、冷静さを失わせてしまった原因だったのだから。

 

 もし、たらればの話しになるが……。

 彼女が自身を追い込みすぎる性格でなければ、また違う未来があったかもしれない。……もっとも、良い未来だけではなく、精神性が違うことから道半ばで果てる可能性も十分にあり得るが。

 

 とにもかくにも、そのような精神状態だった胡桃。もちろんそのままでは不味いことになってしまったかもしれないが……。

 

 しかし今は違う。

 今、彼女の周りには彼女が信頼し、そして信頼され認め合う仲間たちがいる。

 由紀との会話でそのことに気付かされた胡桃には最早迷いも、違うモノになってしまった後悔もない。あるのは、仲間たちとなにがあってもともにある。という不退転の決意。

 

 その答えを得た胡桃は、仲間たちを心配させないために笑みを浮かべる。

 その顔は憑き物が落ちたように綺麗な笑みであった。

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