(完結)成層圏にて燃えるもの【IS×DARKSOULS】 作:エーブリス
“お前と一緒だ”
その一言がシャルロットへ与えた衝撃は凄まじかった。
かの異端の銀騎士が愛用した大槌、あれで頭を叩かれたような…最早自分自身が潰れてしまうような非常に重い一撃が彼女の鼓動を狂わせた。
―――――そして次を考える。
私は失敗した、その後にどうなる?監獄か…粛清か…。若しくは更に酷い――考えたくもない、その前に【彼】が始末するのか…それならそれでいっその事そうしてほしい…。
冷えた空気が風呂場に流れる…北極や南極、寒冷地の厳しさの寒さではない…まるで氷河期のような…星から命を奪う、終焉の冷たさだ。何一つ纏わぬ裸の身体が冷えていくのを感じて尚、彼女は動けない。口ですら開くに開けぬ状態だ…この冷気は頭の中から順番に人を凍らせてゆく。
…突然、ドアの向こうで【彼】が動く気配がした。
何か物を物色しているようだ。しかしドアを開けれない彼女はそれだけの音ですら過敏に反応してしまう。
布を叩く音がした――――その直後に【彼】がとうとう口を開く。
着替えとタオルを用意した、と。
次に自分は部屋で待っているのでゆっくりしていろと言ったきり洗面所から出てしまった。
シャルロットは状況が理解出来なかった…何故自分をこのまま放って置くのか、そもそも彼は自分の目的について問い詰めに来たのではなかったのか?
幾つもの疑問を抱えたまま彼女は再びシャワーを浴び始めた。
その頃彼はモノの準備に取り掛かっていた。
舞台の小道具は多い方が良い、そう考えてか先ずは“保護者”から貰ったHDD3つと待機状態のアックスマンをノートパソコンを通して接続、ついでに(非常に雑な)説明書も忘れない。
慣れない事をしているので非常に覚束ない操作だが、案外単純な操作なので流石に彼女が上がってくる頃には全て終わっているだろうと踏んでさっさと作業を続ける。
…カチ、…カチ、…カチ、とPCの操作に慣れた人物からすれば全身を掻きむしりたくなるような速度の操作を一通り終えて、HDDにデータが流し込まれ始めた。表示によると4分後に終わる予定らしい。
ここで彼は携帯端末を手に取った…がすぐポケットに戻した。
“保護者”の協力を仰ぐことを考えたのだが、事情が事情…と言うか交渉材料が圧倒的に足りてないので協力して貰えるか怪しい上にそもそも手札が十分揃っているのでこれ以上の情報は要らない…まだ一部【彼】の中でも確定し切っていない情報があるが、そんなに多くの情報は無くても問題ない。
後は待つのみ…待つしかない。
夕方の一室、明かりも付けず薄暗い部屋で、木製の椅子に前かがみで座りながら静かに時を待つ。
―――――――――そうだ、何時ぞやのセシリアとの戦い…その前日と全く同じだ。
時は戻せないが進ませることも出来ない、急いだ所でしょうがないならば決して逸らず肉体ごと精神を静止させる。
只々、しかしチャンスを逃さない形で。
…やがてシャワーの音が止み、扉が開く音が響いてはまた暫しの静寂が訪れる。
そろそろだ。彼は組んだ指を強く握りしめ、視線を更に落とし込んで彼女が自分の前に姿を現すのをじっと待った。
――――――遂に扉が開く。
事前に持ってきた通り彼女の格好はジャージ姿だったが、その身体は制服を纏っていた時よりもずっと女らしかった。
こう書き記すと邪に感じるが、特に胸の変化が著しい…押し込んでいたのか、男装していた時とは比べ物にならないくらい膨らんでいる。
シャルロットは彼の前で立ち尽くしていた。余程諦観しきっているのだろう…だが彼は別に彼女を追い詰めるわけでもないので、気を使って座るように言った。
かなり怯えた動作だが素直に椅子に座ったのを確認して、【彼】スッと軽く息を吸って話題を振った。
先ずは本名についてである、まだシャルロットという本名を知らない彼はしかし流石にシャルルが女の名前で無いとは感じていたので今後の問答のためにも一番に聞いたのだ。
間をおいて、彼女が口を開く。
「うん…本当は、シャルロットって名前…。
お母さんが付けてくれたんだ」
ここに送った母親が、か?と彼は問う。
「ううん、僕の――――いや、私のお母さんはデュノア社とは関係ないよ。
お母さんが病気で亡くなった後にデュノア社に招かれたんだ。僕は本当の所は御曹司でもなんでもない、妾の子なんだ」
――――更なる事実が判明した。
彼女はどうやら社長の不倫相手との子らしい、【彼】は他の姉妹か兄弟よりも扱いの悪い一番下の子供か何かだと思っていたが…事実は想定よりかなりハードらしかった。
それでいてあのISの操縦練度…大体背景の想像がついてきた、会社の関係で様々な検査をする際にIS適正の高さも判明して、そこからいいように使われたのだろう。
終いには会社が第三世代ISに難航して経営難に陥ったので、娘を男に(本人の意思に関係なく)変装させてここに送り込み、第三世代ISまたは世にも珍しい男性パイロットのデータを持ち帰ってこいと言ったのだ。
社長夫人は現状ともかくとして社長は実の娘に散々である。とは言え不倫のスキャンダルで引きずり落とされるわけにもいかないだろうし彼にとってシャルロットは目の上のたん瘤なのだろう。
…社長は常日頃に自社のクリーンさを他の会社と同じように謳っていたのだろうが、その裏にはそんな彼女の存在がある、世の中何が変わっても嘘つきは変わらないと彼は感じた。
…以上の予想を【彼】はシャルロットに話して正否を問うと、彼女はゆっくりと首を縦に振った。正解らしい。
ここからが本番である…彼は先ほどのHDDをシャルロットに見せる。
彼女に聞かれる前に彼は自身のISのデータ…その写しであるとさっさと答えた。
「え…え!?
そんな!勝手に大丈夫なの!?」
さしものシャルロットも、まさか向こうから持ってくるとは思っておらず動揺する。
彼(そして“保護者”)にとってはこんな物、ただの“鉄くず”と“ロートル”の情報なので全くと言っていいほど問題は無かった。
…実を言うとアックスマンは第三世代どころか第2世代であるかも怪しい。
運用思想は第二世代だろうが、実の所はほぼ第一世代の時期に作られて使われずに放置された探索型の改造だ。戦闘用に多少動くようにしただけだ。
武器にしたって従来の火器に鉄塊のみ。
しかしな…と、彼は以上の事を踏まえて、もしそうでなくても(つまりアックスマンが最新技術の塊でも)自分はシャルロットにこの情報を渡すことをためらわなかったと答える。
彼女はまだ何も答えない…そして彼はまた言葉を続けた、ここでお前がコイツを持って帰ろうとするなら自分は抵抗せずそのまま彼女に渡す。何なら送ることもしようと。
一頻りしゃべり終わった後、彼はサッとHDDを彼女の前に差し出した。
「…っ!」
シャルロットは右手を浮かせて、HDDを受け取るかどうかの判断に迷う。
…それを見た彼は、だが…と一度ソレを引っ込めて再び話をつづけた。
そうだ、ここからが本当の提案だ。
彼は質問した…もしシャルロットが本社にこのデータを持ち帰ったとして、待遇の改善は見込めるのかと。彼女の返事を待たずに彼は聞いた、親父に愛があるように思えたのかと。
彼女は視線を落として黙りこくった。
間髪入れず質問を続ける…じゃあ親父の正妻は受け入れる様子があったのかと。
彼女は更に視線を落として、自分の右の頬を撫でた。
それを見た彼は殴られたのかと聞くと、シャルロットは「うん」と頷いて肯定する。
「僕は…泥棒猫の娘だって…」
酷い話である、仮に親の不倫が罪だったとしてその罪を子に追及させるなどと。
長生きな分こんな社会の不条理を多く見てきた彼は、だからこそソレに辟易していた。何よりシャルロットは仮初でも友だと言った人物である…彼は最低限の義理を通したいと考えていた。
【彼】はシャルロットに諭す、例え大いなる意思が自分の道を決めて居ようと結局その道を進むかどうかは己自身の意思であると。
嘗ての彼もそうだった…だが、最後に全てを決めたのは己の意思だと。
それに後悔したことが無いとは言わなかったが、ただ大いなる意思に隷属しなかったことは正解だったと考えている…彼は強く言った。
「己の、意思…?」
そうだ。強く静かに肯定する。
もしもシャルロットが本社に背くとしたら、それは途方もない試練の始まりだろう。IS学園の決まりで在学中は国家も企業も手を出せないが、その在学期間は少なくとも3年間である。その後は学園の保護もなく社会の荒波に放り出される訳なので本社が何をするか分かったものではない。
世界とはそういった孤立者を徹底的に追い詰めて行く…ありとあらゆる障壁を設け、あらゆる道に罠を置き、邪魔者など必要以上に揃えて孤立者を叩きに向かわせる。終いにはその者の向かう道に必ず求めた何かを置いてあるとは限らない。
…そんな世界でも、挑むのならば僅かだって可能性の光はある。確かに火継ぎの旅はそれこそ「人間性を捧げよ」「絶望をくべよ」等と揶揄される程に厳しいものであったし、果てにあるものは疑問だらけでもあった…しかし、だからって悲劇に嘆いても誰も見向きもしない…だからこそ一か八かの最後の手段を行使する価値があるのだ。
果てしない危険を冒してでも…だ。
POWER TO TEARER
…彼は最後に、シャルロットに問う。これからやりたい事があるのかと。
しかし16前後の少女には中々難しい問題だ…これまで希望が見えてなかったのだからなおさらだ。
そこで彼は質問を変える。
…会社に戻りたいと思うかと。どうせ両親2人に愛はない…尚も戻りたいと思うならコレ(HDD)を受け取れと。
彼はシャルロットの目の前にソレを差し出した。
ここから先は【彼】に決定権は無い。
反旗も隷属も…すべては彼女の意思だ、例え彼が落胆する結果だったとしても…それはちゃんと送り出さなければならない。檻から見た星空…そこに描かれた“未来”の為に。
彼女は深く考えた後―――――――――――――首を横に振った。
「僕は、僕の道は…僕自身で決めたい」
本当に最後の質問をする、地獄なんてものじゃない程過酷であると。
しかしシャルロットの意思は変わらない…彼女は自らの道を自らの手で決めたのだ。
よくやった!と、【彼】は彼女の肩をポンと撫でて挑む者への最大限の賛美を送った。やりたい事などこの長い先の中で考えれば良い。
ならばもうこのHDDは必要ない…それをシャルロットに確認すると彼女は「うん…!」と今度こそは力強く返信した。
それを見届けた彼は自身の雑多な荷物の中から鞘に収まったロングソードを取り出す。
HDDを全て地面に投げ捨て、ロングソードを鞘が付いたまま先端で何度も何度も叩き付け、全て叩き潰した!
流石にシャルロットもゾッとする中、彼はこの手に限ると言わんばかりの表情を浮かべた。
彼曰く、態々またノートパソコンに繋いでチマチマとデータを削除するより楽でいいと。
彼はHDDだった物の破片を蹴飛ばした。
「…流石に片付けた方がいいよ」
――――注意された彼は、HDDの破片を手で拾い集め、ゴミ箱に捨てた。
軽い掃除を終えた後【彼】は、そういえば夕食がまだであった事を思い出して、シャルロットに取り合えず自分が何か持ってくることを伝えた。
「そんな…流石に悪いよ、今着替えるから――――」
そう言って制服を抱えて洗面所に向かおうとするシャルロットを制止して、彼はベッドか椅子で待機しているように指示する。
何せ先の問答のおかげで大分精神的に疲弊したハズなのだ。食堂に向かう途中に倒れられては困ると、何なら寝て待っていても良いと彼女に休むよう促した。
彼の説得に折れたシャルロットはベッドに座り込む。
其処に彼が差し入れのペットボトル入りの緑茶を渡し、制服から私服に着替えるために洗面所へと向かった。
制服を脱ぎ散らかす途中、彼は洗面台の横にシャルロットへ渡したハズの化生の指輪が置いてある事に気が付いた。
…既にこの指輪の効果は幸運でも何でもない、そう判断した彼は本当に“幸運”のための指輪としてゴダの守護指輪――――は、目が赤くなったりと色々派手過ぎるので【竜鱗の指輪】と置き換えた。
そして彼は着替え終わり、洗面所を出てシャルロットに一言かけた。
少し出掛けると。
部屋を出ようとする直前の【彼】を彼女が「ねえ」と引き留める。
「その…ありがとう、兄さ――――い、今の無し!
…ありがとう、潤」
…彼はただ、もう寝ていろとだけ伝えて部屋を出た。
その直後に見かけたものと言えば、セシリアと箒に絡まれる一夏の悲痛な姿である。
あっちもあっちで大変だと苦笑いして彼は3人の後を追っかけた。
不死はお人よしという証拠もないが冷酷であるという証拠もあんまりない。
やりたいようにやる、多分それだけ。
とは言え、僕も不死人を冷淡なだけの警告者にはしたくありませんでした。