七草弘一との戦争が決定したわけだが、今すぐに開戦するわけではない。何故なら七草弘一に味方する者など、1人としていないのだから。弘一の悪行が明るみに出された。それを批判する者がいて賛同する家があるはずがない。
実際に九島家・一条家以外は、四葉家に援軍を出すとありがたい申し出をくれたが克也達は全て断った。理由として今回の問題は七草弘一と四葉家の個人的なしがらみである。このようなゴタゴタに他家の介入は不必要であり、余計な被害や後処理を押し付けられたくないからだ。
断り方はもっとオブラートに伝えている。要するに「他家の魔法師の命を奪いたくない」という方便だ。
賛同しなかった九島家と一条家は、七草弘一に味方しているのではない。内戦を起こしてしまえば、大亜連合や新ソ連が攻めてきてしまうのではないかと危惧しているのだ。それで今も克也は自室で言い争いを3人でしていた。
『本当にもう止められないのか?』
「何度も言わせるな将輝。四葉は止まらない」
『内戦を起こせば、他国が攻め込んでくる可能性がありますよ?』
一条家次期当主 一条将輝・九島家次期当主 九島光宣との映像会議で、克也は苛立ちを隠せなかった。気持ちを理解してもらえるとは鼻から思っていない。失わなければ実体験しなければ分かるはずがない。それが克也の本音だった。
「ならお前等は、妻が殺されて黙っていられるのか?」
『…無理だな』
『…僕も自制できるとは言い切れません』
「なら止まれるわけがないだろう」
『攻められたらどうするんですか?』
確かに攻められないという保証はない。弘一が大亜連合や新ソ連と繋がっていたのだから、四葉家が攻め込んでいる間に出撃を指示する可能性もある。
「そこまで心配するなら、お前達が日本海側を警戒すればいいだろう?」
『なんだと!?』
『…なるほど』
「別に驚く必要はないはずだ。言い出しっぺはそっちだからな」
将輝の反応が怒りを含んでいたことに、光宣も克也も気付いたが掘り返したりはしない。
『一条さん、ここは克也兄さんのご指示が的確かと。吟味してみてもよろしいのでは??』
『…光宣君がそう言うならそうしよう。だが克也、艦隊が出てくれば、一条家と九島家だけでは対抗できんぞ?』
「念のため達也から独立魔装大隊に、部隊を日本海側へ派遣する要請を出している。明日の昼頃には到着する予定だ。あと海軍も陸軍も全国に国内の半分が動員されている。元から大亜連合や新ソ連の侵攻の可能性は内々から出ていた。最近、活発に準備をしているとの報告もある。配備する時間が少し早くなっただけと考えれば、むしろ軍も国も焦る程度で済むさ」
『仕事が早いなおい』
先程までとは打って変わって苦笑する将輝に、光宣も克也も少しだけ表情が軽くなった。
「ということだから深刻に考える必要はない」
『他国が攻め込んでくるかもしれないというだけで、頭の痛い深刻な問題なんだがな』
「こいつは失礼」
最初の重苦しい雰囲気は何処かへ飛び去ってしまった。話題は国の運命を左右しかねないものだというのに3人は呑気だ。強力な魔法師だからということもあるかもしれないが。
『だが日本海側とはいえ、警戒するには範囲が広すぎる。何処に絞り込めばいい?』
「自分で考えろ」
『んな!』
克也からの人任せな言葉に、将輝は絶句して項垂れてしまう。その様子に光宣は困惑した笑みを浮かべていた。
「冗談だ。大亜連合はおそらく
『しかし太平洋側と東シナ海側から来られた場合はどうしますか?』
「戦力は一段落ちるが、それでもかなりの数が動員されているから気にしなくてもいい。操られたブラジル政府の軍の侵攻もあったことだしな」
『本当に用意周到だな』
『抜け目がありませんね』
「警戒するに越したことはないだろ?」
重い話だというのに3人の顔は同じだ。人の悪いという意味で。将輝は久々に暴れられる嬉しさ。光宣は体調が完全完治してから初めての実戦ということで、少なからず胸が高鳴っているらしい。
第三者に知られれば、「悪魔」と言われ恐れられそうな会議だ。
国の戦力を7割方使用することになるが、軍が四葉の要請を受諾したのは、大亜連合に不可思議な動きが見られるという情報を掴んでいたからだ。それが弘一の要請によるものなのか大亜連合独自の行動なのか。正確な判断はつかない。新ソ連は普段より少し活発化しているぐらいらしいが、油断はできないだろう。
2人とのやりとりを終えた克也は、少し休憩するためにベッドに寝転んだ。
数日後、克也達は会議室で作戦会議をしていた。作戦会議といっても配置などを決めるのではなく、四葉家の重鎮の誰を参加させるのかを話し合っている。
克也・達也・深雪・リーナの出陣は決定事項である。真夜も参加したがっているが、長期間実戦から遠く離れていることがネックだ。万が一にも倒れられては困る。文弥は貴重な戦力であるため参加が決定していた。問題は亜夜子だ。亜夜子はお世辞にも実戦向きだとは言えず、どちらかと言えば後方支援の方が適している。今回の戦いには参加させたくないというのが、克也・達也・深雪・文弥の思いなのだが…。
「本当に行くのか?」
克也は亜夜子に実戦に出て欲しくない。亜夜子は〈九校戦〉で確かに素晴らしい成績を残している。だがそれは高校生の行事の中の話であって、本当の意味での実戦ではない。〈死〉が常について回る戦場は、魔法をただ撃ち合い競い合うだけの遊びではない。〈命〉と〈命〉の駆け引きが行われる場所だ。
「ここで黙って弘一の暴動を見ているわけにはいかないんです」
亜夜子の眼は死の覚悟ができた魔法師の眼だ。だがそれが克也は気に入らなかった。〈死〉の覚悟など必要ない。必要なのは「必ず生きて帰ってくる」という気持ちだ。
「亜夜子、お前はどんな気持ちで行くつもりだ?」
「死ぬつもりで行きます」
「じゃあ来るな。死ぬつもりなら来る価値はない」
「え?」
亜夜子は覚悟の意味を拒否されるとは思っていなかったらしく、その言葉に反応できなかった。
「俺は死にに行く魔法師など連れて行く気は無い。それならここで俺達が弘一を撃つのを指をかじって見ていろ」
「おい克也!」
「克也お兄様!」
それだけ言って克也が部屋を出て行くのを、達也と深雪がその背中に声をかけるが無視される。亜夜子は何故断られたのか理解できず立ち尽くしていた。だが残りの4人は克也の言いたいことを理解していた。
「アヤコ、カツヤは貴女に死んで欲しくないから突き放しただけよ」
「え?」
リーナの言葉に亜夜子は、これまた意味が分からないと言葉を紡げなかった。そんな亜夜子にリーナは優しく微笑みながら話す。
「カツヤは全員が生きて戻ってくることを望んでいるの。死ぬ覚悟を決めていても、血の繋がりがある人が死ぬのはとても辛いわ。たとえ再従妹という距離であってもね」
「その通りだ亜夜子。克也は言葉足らずだが、伝えたいことを亜夜子に気付いて欲しかったんだ」
「だからこそ貴女に敢えてきつい言葉を使うことを選択したのよ」
達也と深雪も優しく話すので、気付けなかった自分への嫌悪感が薄くなっていくのを感じた。
「もう一度聞くぞ亜夜子。お前は何の目的で弘一と一線交えるつもりだ?」
「復讐を果たし、参加者全員で戻れるように援護することです」
「完璧だ」
亜夜子が敢えて自分たちが言わなかったもう一つの意味もしっかりと理解した返事に、達也は満足したように頷いた。
「理解してくれたみたいだな」
「克也お兄様、いつの間に?」
突然現れた克也に深雪が驚いて声をかける。
「亜夜子が理解してくれるのを待ってた。去ったと見せかけてそこにいる。ありふれた手口だよ」
「性格が悪いぞ克也」
「お前に言われるのは不本意だが事実だから言い返せないな。それに性格の悪さは、今に始まったことじゃないだろ?」
「そうだな俺が間違ってたよ」
結局、亜夜子の参戦を認めることになり、そこで会議は終了した。決定打になったのはリーナの言葉だろう。リーナが怒らず逆に諭すような言葉を、心のこもった言葉で伝えたことが大きかった。