七草邸。家と言っても〈十師族〉の一角を担うまた優秀な魔法師を抱える名家となれば、住宅の敷地面積は尋常ではない。サッカーコートありテニスコートあり巨大プールあり。極楽施設か?と突っ込みたくなるような土地の使い方だ。
これが弘一の趣味なのかそれとも先代・先々代から受け継いだのか。どちらでも構わないが自宅に金をかけるのであれば、もっと魔法社会に貢献しろと言いたくなる。
だが既に七草家は魔法社会にも一般社会にも広いパイプを持つことで、双方にも多大な影響力を持っている。それなりに貢献しているから、誰からも文句を言われなかったのだろう。
まあ、弘一は自らその歴史に幕を下ろしたわけだが…。
廊下を歩きながら飾られている花瓶や絵画などを見る限り、画家には興味の無い克也でも誰の絵なのかは分かる。関係者が持ち去らなかったのは、弘一の所有物だからだろうか。
通路を歩いていると、ところどころから時限爆弾とおぼしきタイマー音が聞こえる。
「深雪、《
「かしこまりました」
深雪は命じられると淀みなく携帯型CADを操作し、《
自分達の安全と味方の援護を兼ねた《
「さあ行こうか深雪」
「はい、克也お兄様」
2人は横に並びながら家の奥へと向かった。
深雪が《
《
確かに得意魔法なだけあって、2人はありえないほどの速度で強力な魔法を使用できるが、それだけ処理には負担がかかり隙ができる。そこを集中的に〈ジェネレーター〉もしくは〈強化人間〉は執拗に狙ってくるため、その分だけ防御に徹しなければならない。
傭兵部隊や黒羽家お抱えの魔法師がいても、自分の戦闘に精一杯なためなかなか3人を守ることができない。
「リーナ、遠距離は狙うな。自分の前方30m程度に意識を向けろ」
「仕方ないでしょ!?金属部品をつけてる奴等が遠くにいるんだから!」
リーナの得意魔法兼戦略級魔法《ヘビィ・メタル・バースト》は、金属を中心にして爆発させる魔法だ。〈ブリオネイク〉はそれ自体で爆発を起こさせることができるが、今は手元にないうえにそもそも効果範囲が狭すぎるので、今回の戦争のうよな広大な土地では不向きだ。
〈ブリオネイク〉は直線上にしか発動できない。さらに直接的なダメージを与える範囲は極端に狭い。だからこそ克也は、リーナのために新兵器
それでも魔法の性質上、金属がないと発動が難しい。リーナにとっては厳しい戦況なのが現実だった。
「もしかしたらこれはリーナさん対策なのかもしれませんね」
文弥が七草邸に対して9時の方向を向きながら殺到してくる敵へ、的確に《ダイレクト・ペイン》を発動させる。その間にも達也は文弥の言葉の意味を考えながら、《
達也の使っているCADは〈サード・アイ〉ではなく、《
そもそも《
「先頭開始から15分でこの戦況はどうなのだろうか」
「良くも悪くも五分五分でしょうね。いくら〈
リーナの言う通りこの3人がいなければ、あっという間に四葉家は撤退していただろう。それだけこの3人の存在が四葉家にとって大きいかがわかる。つまりはこの3人がいなければ、四葉家は〈十師族〉はもちろん〈師補十八家〉にも席を置くことはできない可能性がある。分家がいるにしても総合力では他の〈十師族〉には勝てない。
それを3人は理解している。それでもこうして先陣を切って危険を顧みず敵を屠っているのだ。力を見せつけるために。何より自分達の復讐のために。
「亜夜子は大丈夫か?」
「…大丈夫みたいです。姉さんが接触している奴等は、実力的に〈九校戦〉でギリギリ戦える程度らしいので問題ないようです」
文弥の返事が遅れたのは、無線で亜夜子とやり取りをしていたタイムラグによるものだ。だが達也はなんとも言い知れぬ違和感を抱いていた。
「何故その程度の魔法師をここに引き入れた?弘一の部下になっても足手まといにしかならないはずだ」
「少しでも戦力が欲しかったんじゃない?」
リーナの説明も理に適っていないわけではない。確かに弘一に味方する魔法師は限りなく少なかった。
いないことを望んだが、やはりどの世界にも危険な思想が正しいと思い込む輩は少なからずいるようで、少なくない数の魔法師が弘一の元に集まっていた。
「それならいいんだが…」
達也も自分の勘違いであってほしいと心から願った。
克也は深雪を連れて慎重に進みながら、弘一の書斎に向かっていた。廊下は幾重にも分岐して何度も合流しているが、克也は道を間違えることなく歩いて行く。その存在を一度視ている。移動する気配がないのであるなら、焦る必要もなく確実に仕留めることだけを考えればいい。
知ることもなかった廊下を歩きながら着実に近づく。しばらく歩くと木製の大きな二枚扉が現れた。その先には2人の人間がいるのを克也の眼は視ており、深雪も魔法師の存在を長年の経験で感じていた。
「ようこそ我が書斎へ」
扉を開ける。弘一は立ち上がって両手を広げながら、満面の笑みで2人を迎えた。
「減らず口を!」
「落ち着け深雪。感情を露わにするだけ今は無駄だ」
深雪が怒気をさらすが、克也は落ち着いて深雪の肩に手を置く。深雪はその手の暖かさで我を取り戻したのか。母親としてではなく、〈十師族〉 四葉家当主としての立ち位置で書斎にいる3人を見据える。
「よくここまでのことを1人でやってこれたな」
「私は手助けをしたまでです。何も私1人で成し遂げたわけではありません」
「謙遜だけはするか」
克也は自分1人で成し遂げたことを誇ると思っていたが、反対に謙遜するとは思っていなかった。謙遜したところで処断することに変わりはないのだが。
〈
「ここで死ぬか獄中で死ぬか今すぐ決めろ。今なら俺は我慢できるが深雪を抑えることはできない」
「一番怒っているのは貴方だと思っていましたよ」
「最初は怒ったさ。だが時間が経つ程怒りとは虚しい感情だと気付いた。怒りは人を変質させる。それは空想ではなく現実に有り得る」
克也は自分の経験を元に話している。一高前で水波が〈人間主義者〉に襲われているのを目にしたとき、抑えられない感情が噴き出した。自分の記憶はそこで途切れている。
「怒りや悲しみなどの負の感情は、人に与えてはならないものだと思った。そうは思わないか七宝?」
克也は弘一の後ろで、内面を全く伺わせない笑みを浮かべながら立っている青年に声をかけた。
「そんなことはどうでもいいんですよ四葉先輩。いえ、司波先輩。俺は自分の望みが叶えばそれでいいんです」
琢磨は何かに取り付かれたように話す。いや取り付かれたのではなく、のっとられたまたは洗脳されたように深雪には感じられた。
それでも克也は落ち着いた声音で尋ねる。
「望みか。お前の望みや野望は弘一と同じだというのか?」
「僕は魅せられました。真の魔法師だけの世界というものに。なんて素晴らしいんでしょうか!」
「…狂っています」
深雪の気持ちは理解できるが、弘一と組んでいる時点で既にいかれているのだ。
「そういうことで消えてください司波先輩」
琢磨は右腕を一閃した。すると克也の左腕が、音もなく肘の下から切り落とされる。深雪は驚いて何も行動できず、声ですら発せなかった。
「如何ですか?貴方を倒すためだけに僕が考えた近接戦闘魔法《
克也は興味深そうに、琢磨の右手に握られている刀と自分の傷口に何度も視線を向ける。
「面白い。振動魔法で作り出した刃を高速回転させて切り落とすか。原理はチェーンソーから取ったのか?」
「…痛みを感じないのですか?」
普通なら痛みでもだえ苦しんでいるはずが、何事もなかったかのように話す克也を見て、琢磨は驚くより恐怖していた。
痛みに慣れることは可能だ。だがそれには限度がある。
傷口から血を絶え間なく流しているというのに、先程までと何も変わらず話す様子は悪夢を見ているようだ。
「感じるさ痛みを。痛みを和らげることができる俺の魔法で抑えているが。だがこの痛みはあの時に比べれば、かすり傷のようなものだ」
そう、あの時の心の痛みに比べれば…。
「そんな魔法が?」
「俺の【固有魔法】だ」
《癒し》で痛みを和らげていたが、全員にバレないように使っていたので少し効果は薄かった。それでも気にならない程度には回復させることはできている。〈
僅か数秒で左腕は元に戻った。
その様子を弘一と琢磨は眼を見開き、深雪は得意気な顔をしていた。
「完治ではないがこの程度なら問題ないか。ところで深雪、何故お前が得意気な顔をしているんだ?」
「え?得意気な顔などしてなどおりませんよ?」
「そして何故に疑問系?」
2人の態度に琢磨の苛立ちは沸点に達し、自己加速術式で克也に肉薄する。しかし克也の突き出した右掌底で琢磨は吹き飛ばされた。壁に激突した琢磨は、崩れ落ちてきた研究資料に埋もれたがしばらくして立ち上がる。だがダメージは大きく足下がおぼつかない。
「お前が一高の後輩だろうと、水波を殺したことに間接的に関わっている。見逃すつもりはない」
「…〈師補十八家〉七宝家の長男を殺すというのですか?他に後継ぎはいませんよ?」
「生き延びたい」それが今琢磨の中に渦巻いている感情だ。魔法では体術では勝てないならば奇襲しかなかった。だが無理だった。
次元が違う。
そう思わされた。
「ご当主には俺から伝えておこう。『関わってはいけない人物と接触し、その上で共謀して四葉家の逆鱗に触れた』とな。それと最初の一撃で俺の首を飛ばさなかったのがお前の失態だ。消えろ」
克也はCADの引き金を引いて《燃焼》を発動させる。燃え尽きたことで、七宝琢磨という存在はこの世から消え去った。その様子を深雪は見ていたが、消える瞬間に眼を背けてしまった。たとえ家族同然だった水波を殺した人間と関わりがあり、間接的に手助けした憎む相手でも、目の前で人が燃えて消え去るのを見るのは耐え難かった。
克也は無表情に琢磨のいた場所を睨みつけた後、〈
「次はお前だ七草弘一」
それは死神による死の宣告のように書斎に響いた。