西安を消滅させてから僅か2日後、俺は佐渡に来ていた。戦闘が予想より激しいことは情報で得ていたが、目の当たりにするまでその惨劇を知りえなかった。
空爆と艦隊からの艦砲射撃によって、佐渡島の沿岸は原形を留めていない。砂浜も凹凸が見渡す限り続いている。血を吸い込んだ砂がないだけ幸運だと言えよう。敢えて砂浜に足を向けて歩くのは、自分の目でどのようなことになっているのかを知りたかったからだ。
たとえ砂浜に血を吸った砂がなかったとしても、魔法で証拠隠滅していればなくても仕方ない。被害の大きさが尋常ではないのが、簡易療養所の数でよく分かる。
その診療所には数多の怪我人が、点滴を受けながら簡素なベッドに寝かされている。これでもかなりの人数が戦線復帰にしたのだから、どれだけの被害があったのかが客観的に分かる図だ。テントの端から中を覗いていると、偶然通りかかった上司と目が合い視線だけで意図を伝える。すると察してくれたのか、俺を引き連れて奥のテントへと向かう。
「どうぞ」
開けられたドアを抜ける。そこには人工呼吸器を付けられた2人の男性が横たわっている。外傷はなく人工呼吸器さえなければ眠っているように見えるが、それは正しい表現ではない。
「植物人間」という医学用語で使われている状態が今の2人だ。
「目を覚ますのですか?」
「五分五分といったところだろうな。なんせまだ魔法演算領域の過剰使用による病気や副作用は、未解決な部部分が多い」
振り返らずに声を出す。ワンテンポ遅れることなく紡がれた言葉は、俺の希望を砕くには十分な威力だった。
「…敵の艦砲射撃を防いだと聞きましたが?」
「あまりの数に我々の兵器と魔法師の防衛力では不可能でした。お二方は迎撃を試みましたが、魔法の過剰使用によって昏睡状態になっている次第であります」
敬語に変わったのは克也の纏う雰囲気が、四葉家当主補佐としての立場に変化したのを敏感に感じ取った結果である。
「この状態では自分も手を出せません。そこで知り合いに頼みたいのですが構いませんか?」
「…どうされるのですか?」
「知り合いに【魔法演算領域のオーバーヒート】という研究を行った方がいますのでその方にお願いしたいのです。ただその研究法を用いても、上手く治癒できるかは不透明ですが」
魔法師としては手の施しようがないので、藁にもすがる思いでお願いしたい。だが医者としては実用化していない治療法を用いることに反対している。対局な感情によって板挟みに遭っている山中は、複雑な思いで思案に暮れていた。
「…それは完治するのですか?」
「未だに実用化されていないのでなんとも申せません。運が悪ければ魔法技能を失いますが運が良ければ完治します。ですがそれを決めるのは自分でも山中軍医でもありません。ましてや昏睡状態である本人の医師を聞けない以上、決めるのは一条家と九島家です」
「…分かりました。ご連絡は四葉家からお願いします」
「了解しました」
敬礼で返事を伝えその部屋を出た。
深雪・一条家・九島家は克也から緊急連絡をもらい、師族会議専用回線で会議を行っていた。
『つまり光宣様が今のままでは危険だということですね?』
『将輝が…』
「はい。それ故即刻治療しなければ、最悪魔法技能だけではなく人間としての人生を終えることになるでしょう」
深雪の報告に光宣の婚約者
「それを踏まえ、専門家を派遣しようと思っているのですがよろしいですか?」
『【魔法演算領域のオーバーヒート】について研究している方ですか?』
「その通りです。ただ実用化されていないので、どのような影響が出るのかはっきりとは申せません。最悪の場合は、魔法技能を失う可能性があります」
『そんなのはあんまりです!』
残酷な未来を突きつけられ愛梨は悲鳴を上げた。それは当たり前のことであり、むしろそのような反応をしない方が異常に思える。しかし吉祥寺は反対に、1人で右手をあごの下に置きながら考え込んでいた。
『
「お兄様が言う限りそれ以外に手はないと思われます」
吉祥寺は昔の名残で深雪のことを
『一条家はその提案に賛成します。次期当主の参謀としてそれ以外に手がないのであれば、僅かな希望に全てを賭ける以外にできることはありません。愛梨さん、僕は2人が笑顔で帰ってくるところをこの眼で見たいんです。たとえ魔法技能を失ったとしても、将輝と光宣君は将輝であり光宣君に代わりありません』
『…分かりました。九島家現当主の婚約者としてその提案に賛成します。深雪さん、必ず無事に2人を帰還させることを約束して下さい』
「分かりました。四葉家当主として約束いたします」
緊急師族会議を終えた深雪は、窓を開け北東の方角を見つめた。
「お兄様…」
深雪の兄を想う声は夕立の中に消える。不安を吐き出した深雪は津久葉家に夕歌を佐渡に送る命令をしたためた手紙を渡した後、樹里をあやしているリーナのいる部屋へと向かった。
部屋に入ると樹里を抱きながら優しく微笑んでいるリーナを見て、深雪の心も浄化されるかのように透き通っていった。
「はい、リーナ。樹里をありがとう」
「あらミユキ、話は終わったの?」
「吉祥寺君がすぐに納得してくれて愛梨さんを説得してくれたの」
「キチジョウジ…あの〈カーディナル・ジョージ〉のことだから上手く丸め込んだんでしょうね」
表現の悪さに深雪は苦笑を漏らし、樹里を受け取ってリーナの座る揺り椅子の正面に座った。リーナは悪戯好きな少女と同じような笑顔を浮かべているので、本心で思っていないことが分かったので深雪も咎めなかった。
「魔法演算領域の過剰使用ってそんな簡単になるものかしら」
ぽつりと呟かれたリーナの言葉に深雪は驚いていた。
「リーナはそんな経験ないの?」
「ワタシは魔法使用に対する副作用が小さいらしいからそんなことにはなりにくいらしいの。ミユキはあるの?」
「ううんないわ。ただ身内には4人いるから他人事とは思えないの。お母様・お母様のガーディアンの穂波さん・お兄様の大切な水波ちゃん・そして達也お兄様。これだけ身近な人が同じような最後を迎えていたら無視はできないでしょ?」
深雪の笑顔は悲しさに包まれておらず、全てを克服したそれの笑みだった。リーナにとってもそれは他人事で済まないのは事実であり、USNAに居た頃にも似たような事例があったのを記憶していた。だがそれでも自分はあんな風にはならないと思っていたし、この先もなりたくないと思っている。
だがそれはその人物を自分より下に見ていた。見下していたという事実であり、自分の愚かさを突きつけられた気がした。しかしそれを教えてくれたのは四葉家であり、今の夫である克也だったのだ。自分は助けられてばかりだと思っては居るが、それは四葉家にも当てはまる。
リーナの底なしの明るさと行動力。誰かの役に立ちたいという思いによって、水波と達也の死で打ちひしがれていた克也・深雪・そして四葉家は立ち直ったのだから。支えて支えられるという人間にとって、切っても切り離せない関係がここに作り出されている。
それを見て聞いて感じているから誰も口にしない。ただ唯一気付いていないリーナは例外だが…。
「それにしても深雪は誰かと付き合わないの?」
唐突な話題転換にも深雪は動じず凄むような笑みを浮かべた。
「まだ達也お兄様が亡くなってから少ししか経っていないのによくそんなこと言えるわねリーナ。もしかして私がお兄様を狙うとでも?」
「う…。狙ったら唯じゃおかないからね!」
「そんなリーナから奪うのも面白いかもしれないわね」
ちろっと舌を出す様子は小悪魔そのもだ。その様子にリーナは呆気にとられていたが、頭を勢いよく振って我に返る。
「ワタシの方が想ってるからね!」
「あら、想いは深さじゃなくて時間よ。それなら生まれた頃から一緒の私の方が長いから私の勝ちよ」
「違ぁぁぁぁう!ワタシのカツヤなのぉぉぉぉ!あんなことやこんなことしているんだからワタシの方が上よ!奥出なミユキにはできないようなこともできるからね!」
その言葉にカチンときたのか。深雪は樹里を苦笑しているシルヴィに渡して喰ってかかる。
「私だってお兄様の身体を見たことあるわ!筋肉で覆われた肉体に鍛えられた肩幅。そして女性を包む腕の優しさ。ああお兄様、いますぐ抱きしめて下さい」
「ちょっとミユキ、何言ってるの!?ワタシより先に見るなんて!」
「仕方ないでしょ兄妹なんだから!そういえば一緒にお風呂に入ってもらったこともあるわね。優しく身体を洗ってくれて、髪を労るようにドライヤーをあててくれて、髪をくくってくれたり。完成度が高くて負けないように頑張ったわ」
「ワタシはまだ一緒に入ったことないのに…先に入るだなんて…。でも負けないわよ。カツヤはワタシのものよ!」
「お兄様はものではないわよ。それにリーナ、貴女だけの人じゃないんだから!」
「…ここは退散した方が良いですね。止めたら私まで巻き込まれそう」
2人が普通の女性として喧嘩している様子を、脱力気味な笑顔で見ていたシルヴィは戦略的撤退を決めた。
「さすがにあの場所で口を挟んだら私の立場は消えてましたね」
樹里を抱えながら薄く笑うシルヴィは嬉しそうにしていた。深雪が当主としてでも淑女として育てられた話し方ではなく、一介の女性の立場で話し方で言い合っている様子が眩しかった。それもリーナのおかげなのかもしれない。
それに
そして2人の口論は夜中まで続いた。
その喧嘩に真夜が乱入したとかしてないとか。それを知っているのは当事者だけだだった。
翌朝、朝食の席で何故か勝ち誇っている真夜・少し紅潮している深雪・リーナの様子に、よそった炊き立ての白米を3人の前に置きながら首を捻っているシルヴィがいたそうだ。