〈九校戦〉参加者は選手だけで360名。裏方を加えると500名を超える。前々日に開かれる懇親会は必ずしも全員参加というわけではない。パーティーを欠席する者はいなくもないが9割以上が出席するため、必然的に懇親会は大規模なものとなる。
「お飲み物は如何ですか?」
克也と達也が2人で話していると、知った声が聞こえてきた。右に視線を向けると、ドリンクを載せたトレイを片手に載せているエリカが立っていた。
「「関係者とはこういうことか」」
克也と達也は全く同時に同じ言葉を口にする。
「達也くんは深雪か克也君に聞いたんだね。ビックリした?」
「驚いたよ」
楽しそうに尋ねるエリカに素直に穏やかに答える達也であった。そう言いながらエリカの服装を見つめている。おそらくどう言えばいいのか悩んでいるのだろう。仕方なく克也は助け船を出すことにした。
「エリカ、その服装とても似合ってるよ。可愛いじゃないか」
「でしょでしょ!克也君はわかってるね~。達也君はどう思う?」
達也は話を振られて困っていたが、予想外の援護射撃が来たので救われる。
「はいエリカ、可愛い格好をしてるわね」
「ありがとう深雪。克也君は褒めてくれたけど、達也君は褒めてくれないの」
少しすねるエリカに深雪は苦笑する。
「達也お兄様にそんなことを求めても駄目よエリカ。達也お兄様は表面的なことには囚われず、私たち自身を見てくれてるもの。もちろん克也お兄様もね」
克也と達也はアイコンタクトで、「それは過大評価で過小評価だな」と交わし合う。
「なるほどね。やっぱり達也君はコスプレに興味ないか…」
「…まるで俺がコスプレに興味があるみたいな言われようだな」
「気にしたら負けよ。それに克也君にそんな趣味あってもあたしは気にしないし。被害を被るとしたら市原先輩だしね」
素っ気なくあしらわれて勝手に決め付けられる克也と、何故かコスプレさせられるかもしれない鈴音であった。そんな落ち込んだ克也の肩に手を置いて慰めている達也。なんとも穏やかな光景である。
「それってコスプレなの?」
「男の子からしたらそう見えるんだって」
「男の子って、西城君のこと?」
「あんなやつがそんなこと言うと思う?ミキよ、コスプレだって言ったのは」
「「ミキ?」」
克也が深雪と2人して聞いたことのない名前を復唱する。
「あ、そうか2人は知らなかったんだっけ」
そう言うとエリカはトレイを持ちながら、なかなかのスピードで裏へと消えていった。
「どうしたんだろうな?」
克也の言葉と同じように、深雪も訳がわからないようで困惑している。友人とはいえ、出会ってからそれほど時間が経っているわけでもない。それにエリカの奔放さと快活さには、まだ誰もついていけていないのだ。呆気にとられるのも仕方ないことである。
「おそらく幹比古を呼びに行ったんだろう。名前ぐらいは知ってるだろ?」
少しばかり自慢気に達也が問いかけてきた。
「定期試験の筆記で二科生にも関わらず4位だったはず。確か達也と同じクラスだったな」
「それならわかる気がしますね」
克也がどうにか記憶領域から情報を引き出して、口にすると達也はゆっくりと頷いた。二科生でありながら筆記試験で上位に入れるのは本当に珍しい。何故なら魔法を利用できないと理論は理解しにくいからだ。
「エリカとは幼馴染らしい。克也と深雪は会ってないから紹介したいんじゃないか?」
挨拶したいと口にせずとも、気を利かせてくれたことがエリカらしいので納得する。
「深雪、ここにいたんだ」
「克也さんと達也さんもご一緒だったんですね」
人混みに消えていくエリカを呆然と見送っていると、仲良さ気に笑顔を浮かべながら雫とほのかが話しかけてきた。
「他のみんなは?」
「あそこにいるよ」
ほのかが残念な声で示す先には、ちらちらとこちらを伺う一高の〈九校戦〉メンバーがいた。
「深雪に話しかけたいけど、克也さんと達也さんがいるから話しかけにくいんじゃないかな」
「「俺たちは番犬か?」」
またしても達也と同時に同じ言葉を口にする。
「たぶん思われてるのは達也さんだけ」
「雫、何言ってるの!?きっとどうやって接したらいいのかわからないんですよ」
雫のフォローにならない言葉を、ほのかがフォローして克也と達也を慰めてくれる。
「バカバカしい。同じ一高で今はチームメイトなのにね」
突然話に入ってきたのは、幼馴染の五十里啓を連れた2年生の千代田花音だった。表情は言葉通りに呆れた様子である。
「分かっていても簡単に変えられないのが人の心だよ花音」
「それが許されるのは場合によりけりよ啓」
男女で互いに名前で呼び合うが、幼馴染なのでそれぐらい構わないだろう。
「どちらも正論ですね、しかし今はもっと簡単な解決策があります。深雪、克也と2人で行っておいで。終わったら俺の部屋に来たらいいよ。どうせ懇親会後にみんながそこに集まるだろうからね」
「…わかりました。克也お兄様・雫・ほのか、行きましょう」
深雪は達也の言葉に素直に従って克也達を誘う。
「ああ。達也、また後で」
克也は達也に軽く断りを入れて、チームメイトの元に向かった。
「将輝、どうしたの?」
「ジョージ、あの子のこと知ってるか?」
将輝の目線の先を見ると、見目麗しい少女が笑顔で一高メンバーと談笑している。
「彼女は司波深雪。出場種目は〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉と〈ミラージュ・バット〉で、一高1年のエースらしいよ」
ジョージと呼ばれた少年は、一高の情報は網羅しているとでも言うようによどみなく答える。
「珍しいね。将輝が女子に興味を持つなんて」
「よせよ。そんなんじゃないさ」
ジョージの茶々に苦笑で答える。
将輝と呼ばれた少年は一条将輝。凜々しい顔立ちで180cm弱の身長に、肩幅が広く引き締まった身体をしている。女子が求める男性の理想像と言われても過言ではない。その正体は〈十師族〉の一員である一条家の跡取りである。すなわち家柄も申し分ないというわけだ。
その隣に立っているのはジョージと呼ばれる少年、吉祥寺真紅朗。彼の外見は完全なモンゴロイドで、可愛らしいと言われるような容姿だ。
「右隣のイケメンは?」
「名前は四葉克也、名前の通りあの四葉の直系だよ。出場種目は〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉。1年男子のエースらしいけど、一種目だけしかエントリーしていないのが驚きだね。何かしらの理由があるのかもしれないけど。とりあえず将輝とぶつかるだろうから、注意しといたほうがいいよ」
「四葉克也ね。一高の生徒は名前に恐れてはいるが、人間性に惹かれている…か」
将輝の台詞に疑問符を浮かべた吉祥寺だったか、続きを聞くことはできなかった。何故ならこのタイミングで〈九校戦〉関係者の演説が始まったからだ。
「続いては九島烈様による激励を頂戴いたします」
暗いステージにライトが照らされ、克也は自分の眼を疑った。克也以外にも大勢の生徒が驚いていた理由は、そこに立っている人が若い女性だったからだ。何か手違いでもあったのだろうか。いや、違う。これは精神干渉魔法だ。会場すべてを覆うほどの大規模な魔法を発動させているのだ。
目立つものを用意して注意をそらすという〈改変〉は、魔法を使用した時に発生する〈事象改変〉とまでいかない些細なもの。何もしなくても自然に発生する〈現象〉だ。それを全員に対して、そして一斉に引き起こすための大規模である。けれども微かに弱く、それ故に気付くことが難しい魔法が使われている。
これがかつて〈最高〉にして、〈最功〉と謳われた《老師》の技術だ。それを一瞬にして見破った克也は、視線をとある場所に注力する。克也の凝視に気付いたのか。女性の背後に立つ老人がニヤリと笑った。まるでイタズラが成功して喜んでいるような、無邪気な子供の笑顔だ。老人が女性に何か囁くと、女性がステージから離れて突然老人が現れる。
気付かなかった者からすると、老師が突然空中から現れたように見えたことだろう。
「まずは悪ふざけに付き合わしてしまったことを謝罪しよう。今のは魔法というより手品の類いだ。その仕掛けに気付いた者は私が見た限り6人だけだった。何処の生徒かと言うつもりは無いがね。もし私がテロリストか何かで、この会場を破壊しようと目論んでいた場合、対処するために行動できたのはたったの6人だけということだ。使い方を間違った大魔法は使い方を工夫した小魔法に劣る。明後日からの〈九校戦〉で君たちの工夫を楽しみにしているよ」
九島烈の声は90歳を超えているにも関わらず若々しいものだった。
老師、やはり考えることが普通の魔法師と違う。なかなか面白い。〈九校戦〉はどうやら面白くなりそうだ。
克也と達也はそう思い薄く笑みを浮かべた。
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懇親会後、俺は達也が作業車で起動式のアレンジをすると言ったのでついてきていたのだが、いつの間にか日付を更新していた。
「そろそろ切り上げてもいいんじゃないかな?明日は特に何もなくても君たちは初参加だからね。気分転換してから戻ることをお勧めするよ」
作業車で指を走らせていたが、五十里先輩にそう言われたので、2人で部屋に戻って休むことにした。新人戦は大会4日目から8日目にかけて行われる。俺たちに余裕があるのは確かだった。明日、正確には今日から出場する選手のエンジニアはもう少し粘るらしい。挨拶をしてから作業車を下り、夏の夜の空気を胸一杯に吸い込む。
いくら8月といえども真夜中はそれなりに気温が下がる。さらに今日は湿度がかなり低いので、体感的に心地良い状態だった。しかし殺気らしきものを感じ、達也と2人してその方向に向かって走り出した。
「それでは間に合わない」
達也が呟いて右手を広げて前に突き出す。すると遠くで何かがバラバラになった音がして、その瞬間に雷らしき術式が3人の人間を襲った。
「誰だ!?」
叫ぶ声がしたので、達也と2人で雷らしき術式を使用した少年の前に現れる。
「達也…。それと君は?」
「初めまして吉田幹比古。俺は四葉克也、達也の幼馴染で克也と呼んでくれ。君のことはエリカや達也から聞いてるけど、実は君と話したいと思っていた。ついでに言うと、さっき援護したのは達也だよ」
「君が四葉克也なんだ。初めまして僕は吉田幹比古、幹比古と呼んでほしい。実は僕も同じことを思っていたよ」
幹比古と笑顔を向け合っている間、達也は倒した賊を見ていた。
「達也、どうだ?」
俺の質問に達也は予想とは違う答え方をする。
「流石だな幹比古。一撃で賊を行動不能にしている。見事な腕だ」
「でも、達也の援護がなければ僕は撃たれていた」
幹比古は落ち込んでいた。
「阿呆か」
「え?」
達也の言葉に驚く幹比古。まあ、いきなり阿呆と言われてはそんな反応をしてもおかしくない。
「援護がなかったらというのは仮定にすぎない。お前の術で賊の捕獲に成功したこれが唯一の事実だ。お前は何を本来の姿だと思っているんだ?まさか相手がどんな手練れであろうと、何人いようと誰の援護もなく1人で勝つことができる。まさかそんなことを基準にしてるんじゃないだろうな?」
達也の言葉に幹比古は驚いているらしく、言葉を発せていない。
「やれやれまったく。敢えてもう一度言おうお前は阿呆だ。なぜそこまで自分を否定しようとする。お前を否定するやつがいるなら、俺たちが制裁を加える」
「それは…。達也にはわからないよ。もうどうしようもないことなんだ」
幹比古は自虐に走り始めた。
「どうにかなるかもしれないぞ幹比古」
「え?」
俺の台詞に驚く幹比古。
「幹比古、君が気にしているのは術の発動速度じゃないか?」
「…エリカに聞いたのかい?」
「いいや」
「じゃあなんで!?」
自虐ループから抜け出した幹比古は怒鳴りながら聞いてくる。
「俺には術を発動させるスピードが遅く感じたんだ。詳しい話は達也に聞いてくれ」
「達也、どういうことだい?」
幹比古は俺の言葉通り達也に聞いた。達也から「面倒くさがらずに自分で言えよ」という視線を感じたが、どこ吹く風かとばかり夜風を楽しむふりをして無視した。自己紹介してすぐに相手の魔法を否定するのは失礼にも程がある。そんな人間から解説されても受け入れ難い。だからこそ達也に説明わ任せたのだ。いくら性格が悪い俺でも、何もしないほど人が悪いわけでは無い。
「幹比古、お前の術式には無駄が多すぎる」
「なんだって!?」
「お前自身ではなく、術式自体に問題があると言ったんだ」
「なんでそんなことが分かるんだよ!これは吉田家が長い年月をかけて編みだしたものだ!それを一度か二度見た程度でっ!」
幹比古は本気で怒っていた。当たり前だろう。達也が言ったことは、吉田家が血のにじむような訓練をして、ようやく作り上げたことを否定しているのだから。それに問題があると言われては、今までの努力を侮辱されたと受けとっても仕方がない。
「俺たちには分かるんだよ。
幹比古の怒りを受け止めてもなお穏やかに話す。そのおかげかどうかは分からないが、幹比古も落ち着きを取り戻したようだ。
「そんなことができるはずがない…」
いや、驚愕しているからなのかもしれない。あり得ないとでも言いたげな表情を浮かべていた。
「無理に信じてもらう必要はないさ。それよりこいつらを引き渡すのが先だ。俺たちが見ているから警備員を呼んできてくれないか?」
「え?うん、分かった」
幹比古は達也のお願いに素直に従ってくれた。
「達也、ちょっと言い過ぎじゃないか?あそこまで言う必要はないと思うけど」
「丸投げしてきた克也に言われたくはないが。確かに言い過ぎたかもな…」
「随分容赦のないアドバイスだな特尉」
突然の言葉にも俺と達也は驚きもしなかった。
「少佐、聞いておられたのですか?」
達也が敬礼しながら聞く。暗闇から現れたのは風間少佐だった。ちなみに風間少佐も九重先生の体術指南を受けているので、気配を偽り俺たちに気付かれないようにすることができる。ここに来ているのは知っていたので、いつか出会うだろうと予想していた。だからいきなり声をかけられてもさほど驚かなかった。さすがにこの瞬間に出会うとは思っていなかったが。
「あの少年も貴官と似たような悩みを抱えているようだな」
「あの程度なら自分は卒業済みです」
「つまり身に覚えがあると言うことか?」
達也は自分の立場が危うくなってきているのを感じたので、話を変えることにした。
「この者たちを任せてもよろしいですか?」
「引き受けよう。基地司令部にも連絡しておく。何か分かったら連絡する」
「よろしくお願いします」
俺と達也は風間少佐に任せて休むことにした。
〈九校戦〉初日の太陽も昇りきらないほどの早朝、達也にたたき起こされて体術の相手をさせられた。おそらく幹比古に説明するのが面倒くさくて、達也に全部任せたことで恨みを買ってしまったのだろう。ぼろぼろになる(正確には達也の気が済む)まで相手をさせられた。
達也はストレス解消ができたのが嬉しかったのか、普段より少し楽しそうに過ごしていた。深雪に何があったのか尋ねられたが、「わからない」と答えてその場を切り抜けた。もし俺と体術をしてストレス解消したのがばれたら、溜まる度に相手をさせられるかもしれない。避けるためには知らないことにしておくべきなのだ。
達也は深雪に「何かいいことでもあったのですか?」と聞かれていたが、いつも通り「特には何もないよ」と答えてくれたことに安堵した。
ちなみに深雪以外のメンバーは、達也の機嫌の良さに誰も気付いていなかった。