〈モノリス・コード〉での事故は、誰がどう見て考えても可笑しいものだった。試合開始直後に建物が《
このままでは新人戦と〈九校戦〉の優勝が霞むことになる。優勝するためには勝たなければならないが難しそうだ。それを加味して克人が大会委員本部と折衝中らしく、まだ状況が詳しく分からないらしい。
「ところで達也君、2人きりで話したいことがあるんだけどちょっといいかな?」
真由美に天幕の奥に連行される際、深雪によるきつい視線が突き刺さる。「不可抗力だ」とアイコンタクトで送った達也だったが、正確に伝わったかは不明である。
真由美が奥まった部屋に達也を連行して、遮音フィールドを作り上げてから質問してきた。
「今回の事故をどう思う?」
「四高の暴走ではないと思います。確信はありませんが」
「そう。それじゃあ今回邪魔してきているのは誰なのかな?春の一件の報復かな?」
「春の一件とは別件ですよ。開幕直前に不法侵入しようとした賊を克也と幹比古、いえ吉田と捕獲しましたので。今回手を出しているのは香港系の犯罪組織らしいです」
詳細は伝えずにあった出来事だけを話す。
「…初めて聞いたわ」
「駆けつけた警備員から口止めされていましたから。大会前に生徒の不安を煽りたくなかったのでしょう。そのお陰で当事者の俺たち以外は誰も知りません。もっとも渡辺先輩が大怪我をしている時点で大問題ですが」
「教えてくれてありがとう。この後も頑張ってね」
「大丈夫ですよ。〈ミラージ・バット〉のワンツーフィニッシュは、ほぼ確定ですから」
真由美の応援に不敵な言葉で達也は宣言するのだった。
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新人戦〈ミラージ・バット〉は、達也の宣言通りにほのかとスバルのワンツーフィニッシュで終えた。これにより達也が担当した選手は事実上無敗となり、〈九校戦〉の歴史に深く刻まれることになった。
その日の夜、達也は一高首脳陣に呼び出されてとある説明を受けていた。
「ということで達也君、〈モノリス・コード〉に出場してもらえませんか?」
克人の説得によって一高は、特別に〈モノリス・コード〉に出場させてもらうことができるようになった。〈十師族〉の権力乱用ではなく、〈九校戦〉に参加しているという権利を用いたのだ。
こちらに非がないのは運営委員会も承知している。かといって四高が100%悪いと決まった訳では無い。四高が出られないのならば、一高も出る必要は無いのではないかというのが理屈だったそうだ。ただ四高の悪質行為ではないと言いきれない現状では、一高の参加を認めることは当然とも考えられた。よって一高の復帰が認められることとなった。
四高の音沙汰がないのが不思議ではあるが。
「1つお聞きします。一科生のプライドを考慮しないとしても、代わりの選手がいるのに俺が出場してしまえば、後々精神的なしこりを残すと思いますが…」
達也は遠回しに拒否したが克人は許さなかった。
「甘えるな司波。お前は既に代表チームの一員だ。選手やスタッフであることに関係なく、お前は1年生200人の中から選ばれた11人のうちの1人。今回の非常事態に対してチームリーダーである七草はお前を代役として選んだ。チームの一員である以上、その義務を果たせ」
「しかし…」
「メンバーである以上、リーダーの決断に逆らうことは許されない。その決断に問題があるなら補佐する我々が止める。我々以外に異議を唱えることは許されない。そう、指名者であろうと当事者であろうと誰であろうとだ」
克人の言葉を達也はようやく理解した。
「司波、補欠であることに甘えるな。務めを果たせ。予備メンバーが反対するならば、俺たちが話をつける」
つまり「〈ウィード〉であることを逃げ道にするな。弱者の地位に甘えるな」と言っているのだ。それを理解した達也は覚悟を決めた。
「わかりました義務を果たします。それで俺以外のメンバーは誰ですか?」
「お前が決めろ」
「は?」
達也はとぼけたつもりはない。既に選ばれていると思ったからだ。
「チームメンバー以外から選んでもよろしいのですか?」
「構わん。例外に例外を積み重ねているんだ。あと1つや2つ増えたところで何も変わらんだろ」
「わかりました。では1-Aの四葉克也と1-Eの吉田幹比古をお願いします」
「わかった。とろこで司波、その人選の理由はなんだ?」
「理由は使う魔法を知っているからですよ。克也は幼馴染ですし、幹比古は同じクラスでよく魔法の話をしていましたから」
そう言うと達也は2人に事情説明するために、それぞれの部屋へ呼びに行った。
「まさか出ることになるとは思わなかったなぁ。達也のお願いなら聞くしかないけど」
ここは達也の部屋。いつものメンバーが集まって、先程の招集についての話し合いをしているところだ。内容を聞いた克也は平然としているが、幹比古の表情は対照的に暗かった。
「…達也、君は言ったよね?吉田家の術式には無駄が多すぎて、僕は満足に使えていないって」
「ああ」
幹比古の言葉に否定することも無く頷く達也を見て、レオ・エリカ・美月は顔を見合わせていた。精霊魔法をあまり知らなくても、由緒ある魔法を否定することが、どれだけしてはならないことかを知っていたので驚いたのだ。
「確かにあの時の術式には、術の正体をわかりにくくする偽装が施されていた。でもそれが達也の言う無駄に繋がっているんだろうね」
「CADの性能が高くなかった頃は通じただろうが、今はCADで高速化されているからな。偽装工作による術式の大型化は、処理速度の遅延に繋がる。そしてそれが魔法の発動速度に現れる」
「なるほどね。威力で勝っているはずの古式魔法が、現代魔法に適わないわけだ」
「それは違うぞ幹比古」
「え?」
達也の言葉に幹比古は驚いていた。
「古式魔法と現代魔法に大きな優劣はない。あるのは短所と長所だけだ。正面からぶつかり合えば、発動速度が速い現代魔法に軍配が上がるだろうが、死角からの隠密性や奇襲力なら、古式魔法に軍配が上がるだろう。九島閣下も仰っていたじゃないか。魔法は使い方次第だと」
「奇襲力ね。そんなことを言われたのは初めてだ。わかった。達也を信じるよ」
「ありがとう幹比古」
2人の間に新たな友情が芽生えた瞬間だった。
「フォーメーションだが俺がオフェンス、克也はディフェンス、幹比古には遊撃を頼みたい」
「うちの陣地に侵入なんてさせないさ」
「いいよ達也。でも遊撃は何をするの?」
「遊撃はオフェンスとディフェンスの両方を支援する役目だ。ここが機能しないとどれだけ強くても勝てない。責任重大だが頼むぞ幹比古」
「任せてよ達也。達也が驚くぐらいの支援をするよ」
どうやら幹比古もやる気になったようだ。
「幹比古、《感覚同調》は使えるか?」
「本当に君は何でも知ってるんだね。《五感同調》はまだ無理だけど一度に2つまでは使えるよ」
「《視覚》があれば十分だ。2人のCADは俺がすぐに調整するから任せろ」
そう言って達也は自分のを含めて、3人分のCADをわずか2時間で完成させた。
新人戦5日目が始まり、ついに克也たちの出番が来た。第一高校VS第八高校の試合が〈森林ステージ〉で開始される。普通であれば八高相手に〈森林ステージ〉は不利であるが、一高首脳陣や友人たちは気にしていなかった。
ステージが不利な理由は、八高が特に野外演習に力を入れているので、〈森林ステージ〉は彼らにとってホームグラウンドと同意義だ。八高に優位なセットリストになったのは偶然なのか。よもや再出場したチームは、お役御免という意味の大会委員からの嫌がらせか。
とはいえ、八雲の指導を受けている克也と達也からすれば大きな障害ではない。〈森林ステージ〉のような遮蔽物の多い環境は、忍術使いまたは忍者がもっとも得意とするフィールドと言っても過言ではないからだ。だから全員が勝つとしか思っていなかった。
案の定、試合は5分ほどで終了することとなる。八高の遊撃は、克也が遠距離から放った想子弾により戦闘不能。オフェンスは幹比古が作り出した《木霊迷路》で方向感覚を奪い、モノリスに近づけないように足止め。そしてディフェンスは達也の《共鳴》でダウンした。
「今のは《
「真由美、あれが何なのか分かるのか?」
「《
2人が話しているのは、達也が八高のディフェンスに放った魔法のことだ。達也は《
次の試合は一高VS二高で昨日の事故にも関わらず、〈市街地ステージ〉で行われていた。狭い通路に置かれたモノリスは、ある意味何処からも狙いやすい。このビルは一階層の高さが3m50cm、5階の床から3階の床まで約7m。余裕で専用魔法式の「鍵」の射程10m以内だ。
達也は幹比古の《感覚同調》の1つである《視覚同調》で、モノリスの位置を容易に知り得る。そして忍びの極意に近い動きで接近し、モノリスへ「鍵」を送り込む。次の瞬間には、魔法の発動を察知したディフェンスから撤退し、幹比古にコードの読み取りを任せる。幹比古は精霊から送られる信号を頼りに、澱みなくコードを打ち込み送信した。すると試合終了のサイレンが響き、一高は余裕で準決勝に駒を進めた。
一高VS九高の試合は準決勝第二試合に決定したが、休憩するわけにはいかない。準決勝第一試合に決勝でぶつかるであろう三高の試合があるためだ。試合は予想通り一方的で、ため息をつきたくなる内容だった。
試合は〈岩場ステージ〉で行われており八高は押されていた。三高陣地から悠然として進む将輝は、堂々と姿をさらして「進軍」していた。八高も黙って見ていたわけではなく、3人がかりで魔法を浴びせるが、集中砲火を浴びても将暉の〈移動型領域干渉〉によって無効化され、「進軍」は止めることはできていない。
1人が将輝を躱して三高陣地に向かって駆け出したが、無防備に背中を見せたことで攻撃を受ける。至近距離からの爆風によって吹き飛ばされ、同様に残りの2人も爆風で全滅した。
「《偏倚解放》か。《爆裂》といい派手な魔法が好きなやつだな」
「それにしても一条選手以外の魔法が見られなかったのは痛いね」
克也の苦笑気味な意見に、幹比古はネガティブ気味な意見を加えた。
「一条選手はともかく吉祥寺選手はだいたい予想できる。もう1人はわからないけど」
「吉祥寺選手が見つけた〈基本コード〉は加重系統プラスコード。出場種目は〈スピード・シューティング〉。ならば得意魔法は作用点に直接加重を掛ける魔法《
「なるほどね。吉祥寺真紅朗の名前は聞いたことあったけど、あの〈カーディナル・ジョージ〉だったのか」
「それよりまずは九高との試合だ」
達也の言葉に、克也と幹比古は頷いて本部に向かった。
一高VS九高の試合は〈渓谷ステージ〉で行われたが、ここは幹比古の独壇場だった。開始直後に両陣地を深い霧が覆い、試合状況が分からなったことで、観客席からブーイングが起きたがすぐに静まる。これだけの面積に魔法を作用させて維持することの難しさを、程度の差はあれどほぼ全員が理解していたからだ。
九高の選手は古式魔法に少し疎いようで対処しきれていない。この霧は味方選手だけに薄くまとわりつき、敵には濃くまとわりつく。視界が不十分により前に進めない九高の選手は、達也が近くを通ったことに気付いていない。モノリスの蓋が開いて地面に落ちた音を聞いて、ようやく自分たちの置かれている状況を理解した。
ディフェンスがモノリスに戻ったときには、達也は既に離脱している。しかもこの霧には幹比古の眼が数多あるのと同じで、コードを読み取ることは造作もない。達也達は一度も戦闘を行わず、決勝戦に進出し一高の新人戦優勝を決めた。
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達也と深雪と一緒に過ごしていると友人たちに思われていた克也は、とある人物に呼び出されていた。
「ご苦労様です」
「年上に向かってご苦労とは何事?」
克也を呼び出したのは遥だった。
「小野先生に運搬を依頼したのは俺ではなく九重先生ですよ。そろそろ預ってきている物をもらえませんか?依頼内容とともに」
「荷物は渡すけどあの依頼はしてないわよ。そんなことしたくないもの」
どうやら依頼は無料ではしてくれないようだ。
「仕方ありませんね。400kで手を打ちませんか?」
掲示した値段に眼を見開く遥。kは千を表す隠語である。
「そんな大金がどっからでるのよ!」
大声を出さず小声で驚きを表すという、高度なテクニックを見せつけてきた。
「俺は四葉ですよ?それぐらいのお金は口座に入っています。それに今出した金額も全財産の一割にもなりません。それでも断るなら結構です。どうしますか?」
「…はあ、わかったわ。1日ちょうだい」
「素晴らしい。1日ですか?」
手放しで褒められてまんざらでもなさそうな遥と別れ、達也たちの元に向かった。