〈九校戦〉が最終日を迎え、富士演習場は一層熱を発していた。今日の夕方5時にはすべての競技が終了する。
しかしこれは最後のプログラムではなく、ディナータイムにはパーティーが開かれる予定だ。出場者はほぼ強制的に出席させられるが、ここで毎年何組かのカップルが(遠・近にかかわらず)成立する。克也は関係ないと思っていたが、鈴音に「参加しますよね?」と笑顔で脅されては参加せざるを得なかった。抜け出せば後日何をされるか考えたくもない。
「達也君、昨日よりスッキリした顔してるね。よく眠れたの?」
「ああ、お陰様でな。昨日は早めに寝かせてもらったし、質のいい睡眠をとれたみたいだ。〈九校戦〉での疲れが全部吹っ飛んだよ」
エリカの勘の鋭い質問にぎこちない笑みを浮かべながら、説明する達也の横で克也は暗い顔をしていた。
「で、その反対に何で横の人はそんなに暗いの?」
「どうやらこの後のパーティーが嫌らしいぞ。出場選手はほぼ強制参加だから、よっぽどのことがない限り欠席は許されないらしい」
「ふ~ん。じゃあ達也君も?」
「だろうな。俺は参加する必要はないはずだが、行かなきゃ誰かに何か言われそうだし行っとくべきなんだろうな」
誰に言われるかは達也にも心当たりが多くあったので、指摘して名前を挙げる労力を惜しんだ。エリカと達也の会話に、さらに行く気が失せていく克也である。
「何で行きたくないの?行けばみんなからダンスを申し込まれそうなのに。あ、それともダンスが苦手だった?」
「…おいエリカ、ダンスぐらいはできるぞ。さんざん家でやらされていたからな。行きたくない理由は断った時の女子の顔だよ。それを考えるだけで憂鬱だ」
「うわぁ、ぜいたくな悩みだね。モテない男子を全員敵に回したよ今の発言」
そう言いながら隣に座っているレオと幹比古へ、意味有り気ににやつきながら顔を向ける。
「…なんだとこら。それは俺がモテないとでも言いてぇのか?」
「モテるモテないかは別にしても、誘われるよりはマシだよ。僕としてはむしろ有難いかな」
「そいつは優しすぎるぜ幹比古さんよ」
レオも今の発言にむかついたようで、こめかみをひくつかせていた。なんだかんだ言って正気を保っているらしく、無理な笑みを浮かべている。
「あら、誰もあんたのことだなんて言ってませんよ~。それとも自分はモテてるとでも言いたいの?オホホホホホ」
「このアマァ、黙っていたらいい気になりやがって。これでも山岳部1年人気ランキング2位なんだぞ。馬鹿にすんなよ?」
エリカの挑発に乗ったレオは、克也も知らない情報を持ち出してきた。
「…レオ、それはいつやってたんだ?それに投票数はいくらだよそれ」
「克也が〈九校戦〉の競技練習中にだぜ。3日間ぐらいいなかっただろ?そん時にやったんだよ。それに参加者は1年女子全員らしい。顔写真付きで部長と副部長が走り回ってたぜ。何でも毎年恒例行事で、3年生も年度初めの行事として楽しんでるみたいだ」
レオの暴露に開いた口が塞がらなかった。部長と副部長は暇人なのかと心の中で疑問に思ってしまう。
「ちょ、ちょっと待て。俺はそんなの知らないんだが。というより1年全員?ということは、エリカも美月もほのかも雫も深雪も知ってたのか?」
「ごめんね~黙ってて」
「すみませんオフレコで頼まれたので…」
「知ってましたよ」
「知ってた」
「もちろん私は克也お兄様に投票しました!」
約1名から違う返答が来たが、ここの全員は知っていたらしい。その反応に克也は脱力してしまった。
「いつの間にそんなことが…。で、1位は誰なんだレオ?」
「もちろん克也、お前だよ」
「んなっ!」
レオの報告にまたもや開いた口が塞がらなかった。
「いやぁすげぇよ克也は。もちろん投票は無記名だけどよ。全投票のうち6割以上持っていったぜ。ちなみに2位の俺は2割だ」
ある意味魂が抜けそうになるがなんとか抑えた克也だった。
「ちなみに私も克也君に入れたよ」
「私もです」
「わたしも」
「ほのかと一緒」
どうやらここにいる女子メンバー全員から指名されていたらしい。
「そういえば私の友人のエイミィとスバルも入れてましたよ」
深雪の追い打ちに、克也のメンタルHPは赤ゲージに突入した。
「深雪、これ以上克也を虐めてやるな。それ以上すれば、後々面倒なことになりそうだ」
達也が深雪だけでなく全員に注意を促す。
数日後、自宅の地下室で克也が魔法を適当に乱射してストレス発散させたのは別の話だ。その時の達也と深雪の引いた顔を、克也は忘れないだろう。
本戦〈モノリス・コード〉の一高選抜者は俺たちと違い、安心して見ることができるものだった。十文字先輩の《ファランクス》のせいなのかはわからないが…。存在感が桁違いで圧迫感が画面越しでも伝わってくるようだ。直接対峙すればどうなることやら。
〈モノリス・コード〉決勝戦は一高VS三高で新人戦と同じような組み合わせだったが、試合は準決勝以上の一方的展開になっていた。新人戦で将輝が八高にやったことを、そっくりやり返されることになった。繰り出された魔法を、十文字先輩が《ファランクス》で無効化する。その後、自身に移動・加速魔法をかけて《ファランクス》を纏い、ショルダータックルを喰らわせて全員をノックアウトさせた。
十文字先輩が画面越しに「俺はお前達よりも強い」とでも言っているかのようで、不敵に強面な表情に薄く笑った気がした。左拳を天に高々と掲げている姿は、王者と形容してもおかしくない風格があった。
〈九校戦〉後のパーティーで達也と壁際で雑談していると、将輝が深雪に話しかけているのが見えた。何故俺が達也と一緒にいるかというと、女子生徒から話しかけられるのを避ける為である。つまりは達也を番犬替わりにしていたわけだ。それでも何人かは話しかける猛者はいたのだが…。
その中でもローゼンの日本支社長から、達也が好意的に話しかけられたのには驚いた。メインは達也だったが、本心で達也の技術を褒めているようだったので、兄として鼻が少し高かった。
2人して将輝のもとに向かい、2人して挨拶をする。
「「2日ぶりだな将輝(一条)」」
俺たちが近づくと、将輝以外の三高生徒やその他の複数の生徒が男女問わずに離れていった。邪魔にならないように去ったのか。はたまた場違いだと感じたのか。達也の他人を寄せつけない雰囲気に恐れたのかは不明だ。
「克也に司波か」
「耳は大丈夫か?」
「心配ないし心配される筋合いもない」
将輝の素っ気無さに苦笑を浮かべてしまう俺だった。
「え、え〜と司波?まさか兄妹なのか!?」
将輝の驚きに俺はさらに苦笑してしまう。
「どうやら達也と深雪は、将輝から兄妹と思われていなかったらしいな」
俺の言葉に深雪がクスリと笑い、達也も苦笑いを浮かべて将輝は顔を引き攣らせていた。普段から図太い精神力を持つ友人たちに囲まれている俺からすれば、その初々しい反応が心地いい。
「深雪、将輝と踊ってきたらどうだ?一条の御曹司と踊れる機会はそうそうないからね」
「そうですね。一条さん、踊ってもらえますか?」
「…喜んで」
深雪と将輝がダンス会場であるホールの中心に向かう途中、将輝からの視線の中には感謝が含まれていた。その顔はすごく嬉しそうだったので、俺はまたもや苦笑を浮かべていた。達也と2人して壁際でドリンクを片手に、深雪と将輝のダンスを鑑賞していると声を掛けられた。意識をそちらに向けて振り返ると鈴音が立っていた。
「鈴音か。どうした?」
「えっと…」
聞くと顔を赤くしていたので何が言いたいのかわからず、達也の方を見ると、達也もほのかに声を掛けられていた。鈴音同様にほのかも同様に顔を赤くしている。
「あのぉ、お客様方?こういう時は男性の方からリード致しませんと…」
「エリカ、何故こんな所にいるんだ?仕事はいいのか?」
「お困りのお客様にアドバイスをするのも、ホール係の仕事ですので」
エリカのセリフに頭を抱えたくなる俺と達也であった。俺は達也と眼を合わせ、互いのパートナーに向かい合う。しかしなんと声を掛ければいいのか迷っていた。
「お客様方、そんなに難しくお考えになる必要はございませんが?」
エリカの言葉に俺たちは覚悟を決めた。
「「鈴音(ほのか)、踊らないか?」」
「「喜んで!」」
俺と達也の誘いに答えてくれるパートナーであった。
俺と達也はその1人で終わると思っていたのだが、それは早とちりだったようだ。その後の俺は、ほのか・雫・会長などの顔見知りと踊った。顔は知っているが、名前を知らない生徒とも踊らされる羽目になったのは言うまでもない。もちろん他校からも誘われたので、踊った人数は両手を越えている。
特にきつかったのは会長で、独特のステップで踊り演奏とずれているため合わせるのが重労働だ。しかし曲の流れからすると、まったく外れているわけでもなくむしろ綺麗に思える。達也も合わせるのが難しかったと言っていたので、俺がおかしいというわけではないだろう。1年前に一度踊らせてもらっているが、その時は別段変わりなく普通だった。この1年の間に何があったのか疑問に思う。
もちろん一番最後に深雪と踊ることで、これまでの全てを癒してもらった。全てを包み込んでくれるようで、言葉に表すことのできない幸せな時間だった。
達也より数曲長く踊っていたので、終わった後に飲食席に向かうと十文字先輩に連れられる姿が見えた。深雪と2人して追いかけるが、わざわざ話に紛れ込むわけにもいかず、物陰に隠れて話が終わるのを待ってから達也に話しかける。
「達也、十文字先輩と何かあったのか?」
「…いや、特に何もないよ」
「そうか」
何か隠している様子だったが、深追いしない方がよさそうなので話題を変えることにする。
「深雪、ラストの音楽が流れ始めたし達也と踊ったらどうだ?」
「克也お兄様はよろしいのですか?」
「さっき踊ったからね。それに俺は踊るより見ている方が好きだから」
「わかりました。達也お兄様、最後の曲を一緒に踊っていただけますか?」
「いいとも。正確さしか取り柄のない踊りだけどね」
深雪のお願いに、達也は快く引き受け踊り始める。2人の姿は不思議とそれが当たり前だと思えるほど自然な絵になっている。俺はそのダンスを見ながら、想子を熱で色を変えて花火のように2人の周りに放つ仕事をしていた。
想子によって作り出された仮想の花火は、匂いや熱は感じないので触れても気にならない。そのお陰なのか深雪からお礼を会釈で返された。花火に照らされた深雪はとても美しく、しかしどこか儚げに見える。そこで踊る達也は、穏やかな歳相応の少年の雰囲気だった。