克也が逃走したせいで深雪が暴走しそうになったが、その後は何事もなく楽しい海水浴になった。しかし克也たち3人が長時間且つ長距離の競泳から帰ってくると、砂浜で果物を食しているメンバーの中に達也とほのかの姿がなかった。
「達也とほのかは?」
「あそこよ」
エリカの指差す方向を見ると、手こぎボートで海面に浮かんでいた。何があったのか知りたくなる。
「どういう状況?」
「知らない方がいいよ」
エリカの言葉に恐怖が含まれているので余計気になる。おそらくは深雪が関係しているので、話を続けずに無理矢理終わらせたのだが…。
「良い雰囲気じゃない?」
幹比古の空気を読まぬ(めない?)一言でビーチは凍り付いた。比喩表現ではなく現実に。
「幹比古、おま!」
「バ、バカ!」
克也とエリカが焦っていると、右側から冷気が漂ってきた。
「吉田君、冷えたオレンジは如何?」
普段と変わらない笑顔でシャーベット状に凍らせたオレンジを差し出してきたので、幹比古はカクカクとロボットのように頷きながら受け取るしかなかった。
「ところで克也お兄様、2人でお話ししたいことがあるのですけど少しよろしいですか?」
深雪が眼の笑っていない笑顔で克也に話しかけてきたので、先ほどと同じように逃亡を図ろうとした。だがエリカと雫に逃亡進路を妨害されてしまう。進路変更しようとすると、深雪に腕を掴まれてそのまま連行されてしまった。
レオに視線で「助けて」と懇願したが、「俺じゃ無理」と返されたので、女性陣に向かって同じように向けたのだが、「自業自得」とでも言いたげな視線が返ってくるだけだった。
エリカに至っては悪い笑顔で手を振りながら…。克也は力なくうなだれて、深雪の後ろをついていくのだった。
深雪にこってり絞られた後、夕食はバーベキューだったので克也は行儀よくやけ食いしていた。深雪に何をされたのかは思い出したくないので、誰にも話さないことにしている。
克也は達也やレオとフードバトルを繰り広げたり、エリカとレオの痴話喧嘩に笑ったりしていた。笑いすぎて涙が零れることもあった。それは深雪・ほのか・美月もそうだったので、克也が笑い過ぎだということはないだろう。
食後に達也と幹比古が将棋で勝負し、女子5人がカードゲームをしている間、克也は星を眺めていた。カードゲームが美月の負けで終了した頃、雫が深雪を外に誘う。レオは夕食後ふら~とどこかへ行ってしまったが、彼のことなので心配はそれほどしていない男2人組である。
「達也、克也はどうしたの?」
「克也は星を眺めにベランダに出ている。初めて来た場所では星を見るのが癖らしい。四葉家当主の【固有魔法】《夜》を受け継いでいるその影響かもしれんな。…王手、あと十手で詰みだ」
「ロマンチストだね、ってええ、もう!?」
女性陣のカードゲームと克也のことを気にして集中力を欠いていた幹比古は、達也の無慈悲な宣告に悲鳴を上げるのだった。
エリカが敗者の美月に罰ゲームを課し、ほのかが達也を連れて出ていく。その結果、幹比古は1人になってしまったので克也の元に向かうことにした。
「幹比古か。どうした?」
音もなくベランダに出ると、幹比古の気配に気付いたのか振り返らずに聞いてきた。
「よくわかったね僕が来たって」
「それぐらいはな。これが俺の能力でもあるし、幹比古のようによく関わっている親しい友人なら尚更だよ」
その言葉に驚くより流石だと感心してしまう。克也の横の椅子に座ってから幹比古は聞くことにした。
「ねえ克也、君は四葉家の次期当主候補だけど本当に当主になりたいのかい?」
「どうしてそう思う?」
克也は北山家の家政婦である黒沢特製ノンアルコールトロピカルカクテルを、軽く口に含んでから聞き返す。その仕草に見とれながらも幹比古は答える。
「この4ヶ月、君を近くで見てきた。その中で当主になりたいと思っているようには見えなかったんだ。むしろ当主候補から降りたいと思っているように見えた。それは自分より当主に相応しい人がいるから、そんな風にしていたんじゃないかって。違うかい?」
幹比古は真剣に克也に聞く。幹比古の眼は真剣そのもので、はぐらかしていいものではないように思えた。
「…そうだよ幹比古。俺は当主になりたいとは思っていない。ましてや権力を振りかざそうとも思っていないししたくないんだ。小学生の頃までは自分が当主になるって思ってたけど、あることをきっかけにそう思わなくなったんだ。幹比古の言う通り、自分より相応しい人がいると気付いたからね」
「それは分家の人かい?」
「そうとも言えるかな。殺しがありの何の制約もない状態で戦えば、どっちが勝つか分からない。そう思う人がいることに気付いたからなんだ。それに俺は他人を引っ張るより、支える方が性に合ってるからな」
最後は苦笑しながら話す。克也の本心を聞けたことで幹比古はとても安心した。おそらく克也は、吉田家が余計なことをしない限り敵対することはない。四葉家ともぶつかることはないと直感した。
「ありがとう克也。その言葉が聞けて嬉しかったよ。この事を知っているのは僕だけかい?」
「こっちこそサンキューな気持ちがスッキリしたよ。知ってるのは幹比古を含めて4人だけだ。
「達也と司波さんが?ああ、なるほど2人が知っててもおかしくないか。幼馴染だもんね」
幹比古の勘違いに心が痛んだが、まだその時ではないと自分に言い聞かせる。
「幹比古、そろそろ部屋に戻ろうか。時間的にみんなも帰ってくるだろうし。それに風呂に入りたい」
そう言うと幹比古は腕時計を確認する。
「うわ、もうこんなに時間が経ってたのか気付かなかったよ。それにここのは風呂じゃなくて温泉だよ克也」
幹比古がニヤッとしながら言ってきた。
「時間というものは、集中しているとあっという間に過ぎていくもんだよ。というより揚げ足をとるな。幹比古、明日覚えとけよ?」
「酷いなぁ。克也のことだから明日の朝になったら忘れてそうだけど」
「この野郎」
幹比古と軽い言葉の応酬をしながら部屋に入ると、克也は眼を背けたくなった。
「克也、どうし…」
克也に尋ねながらその目線を辿り見ると、顔を真っ赤にして立ち尽くす。そこにはタンクトップをぎりぎりまでまくり上げ、ズボンも窮屈そうなものををはいている美月がいた。身体のラインが丸見えなので眼のやり場に困りエリカに尋ねた。
「…エリカ、これが罰ゲームか?」
「そうだよ。似合ってるでしょ?美月ならできると思ったんだ」
エリカの言葉に頭痛を覚える克也は、美月に助け船を出すことにした。
「エリカ。罰ゲームをするのは構わないんだが、美月の気持ちを考えてから何をするか決めた方がいいぞ。幹比古も可哀想になる」
助け船というより、エリカの船に克也が乗り込み悪知恵を与える。つまり援軍を送ったわけだ。
「なっ!克也、君はこっちの味方じゃないのか!?」
幹比古が憤慨し始めたのでちょっといじめることにした。
「俺は一言も美月と幹比古の味方とは言ってないぞ。それにエリカに乗った方が面白そうだしな」
悪い笑みを浮かべながら告げると、幹比古と美月は絶望を浮かべた。
数分後、全員がそろったので人工温泉に入浴し就寝した。男湯で克也と達也の身体の傷を見て、幹比古とレオが眼を丸くしていた。克也たちが何故それだけ強いのかを理解したようで、その話題を口にすることはしなかった。
翌日はほのかも深雪も何かしら吹っ切れたようで、前日より楽しそうだった。沖合で水上バイクの競争を男勢で勝負し、意外な結果に終わったので紹介しよう。
1位 レオ 2位 克也 3位 達也 4位 幹比古
レオの運転慣れに全員が度肝を抜かれていた。なんと2位の克也と5秒の差がつき、4位の幹比古とは10秒もあったのだ。幹比古が落ち込むには十分だろう。その後、克也が幹比古を後部座席に乗せ、時速80kmで直進してターンすると、幹比古が吹き飛ばされるという事故が発生した。今度はそれを遊びに変えることになった。
「魔法は使わずに飛ばされること」というルールが定められ、男勢が吹き飛ぶ様子を女勢が見て笑うという行事だ。最終的に誰が一番面白い吹っ飛び方をしたかという、予想外のイベントにまで発展することとなった。
1位 幹比古 2位 克也 3位 レオ 4位 達也
という結果である。飛ばされる方も飛ばす方も見ている方も楽しく止まらず、1時間ほどで男勢の体力が尽きた。
そして今4人は、パラソルの影で絶賛体力回復中である。
「…水面にたたきつけられた衝撃が強過ぎるぜ。ここまで体力を持っていかれるなんてよ」
「…そうだね。久々にここまで体力を使い果たしたよ」
「それはこっちもだ。4割ほど回復したとはいえ、またやれと言われても簡便だ。明日ならまだいいけど」
「さすがに明日もするのはよしてくれ。何故か精神的にくるものがある」
レオと幹比古はまだしんどそうだったが、克也と達也は平気な顔をしていた。
「本当に2人の体力は底なしだね。うらやましくなるよ」
「俺たちは九重先生から修行を受けているからな。差があるのは当たり前だ。レオと幹比古も魔法師の平均体力を大きく超えているし、落ち込むことはないと思うよ。俺と達也は特別だってだけさ」
2人を慰めながら克也は、魔法で水を飛ばし合っている少女たちに眼を向ける。こんな平和な日が続けばいいのにと思い、克也は潮風を胸に大きく吸い込んだ。
体力が回復した克也たちは、エリカの発案でビーチバレーをすることになった。奇数だったこともあり、雫のメイドである黒沢にも参加してもらう形で、5vs5で戦った。試合は接戦で楽しかった。達也のアタックにびびる幹比古、女子に怪我をさせないように威力を落として打つが、克也に簡単に拾われるレオなど。それぞれの性格が表れたので面白かった。
最終的にエリカが本気で打ったボールが、敵陣地のコート内にめり込み試合は終了した。
旅行から帰った後、達也は独立魔装大隊の訓練やFLTの飛行デバイスの発売のため、自宅を空けることが多くなった。その間は家の地下室で、克也と深雪は魔法力の競い合いをするのが日課になっている。
「克也お兄様は、やはり〈処理速度〉が私より速いです。〈処理速度〉が高いことが羨ましくなります」
「そんなことないさ。敵の魔法式を書き換える深雪の〈干渉強度〉には俺も勝てない。そこが俺の弱点なんだろうね。入学試験では〈処理速度〉より〈干渉強度〉が重要視されて、深雪が学年トップ。期末試験では〈処理速度〉が重要視されて俺がトップ。せめて試験は平等に測ってほしいものだ」
克也は愚痴をこぼしてしまう。総合的な魔法力でいえば深雪がわずかに克也より高い。順位変動があるのは嬉しいのだが、重要視項目が試験で変わると、素直に喜んで良いのかがわからない。
より正確なことを言えば、学期末試験の範囲が〈処理速度〉をメインに評価する魔法理論だったのだ。
入学試験
主席 深雪
僅差で次席 克也
三席 雫
四席 ほのか
筆記試験
1位 達也
僅差で2位 克也
3位 深雪
4位 ほのか
5位 雫
実技試験
1位 深雪
僅差で2位 克也
3位 雫
4位 ほのか
しかし期末試験では大番狂わせが起こってしまった。
学期末試験
主席 克也
僅差で次席 深雪
三席 ほのか
僅差で四席 雫
実技試験 1位 克也
僅差で2位 深雪
3位 ほのか
僅差で4位 雫
筆記試験
1位 達也
僅差で2位 克也
3位 深雪
4位 幹比古
5位 ほのか
僅差で6位 雫
二科生が理論分野でトップ5に2人もいることに、誰が予測できだだろうか。職員一同が慌ててしまい、達也が呼び出されたのは仕方がない。「四高に転校を勧められた」と聞いたときは、職員室を燃やしたり氷漬けにしたくなったが、さすがにそこは自制した克也と深雪だった。自制できた理由としては、達也や友人たちとの生活を危惧したためである。
「いいではありませんか学校の評価が全てではないのですから」
「そうだな。魔法師としての価値は成績だけじゃない。魔法社会に貢献できるかどうかなのも一理ある。ということで深雪、また勝負してもらってもいいか?負けるつもりはないぞ」
「かしこまりました。私も負けるつもりはありません」
2人してCADを構える。
「「3,2,1,GO!!」」
同時にカウントを口に出して魔法を発動し、互いの魔法が2人の中央でぶつかる。司波宅の地下室では、2人の強力な魔法師が魔法力を競い合っていた。
次話から横浜騒乱編へと入っていきます。