第22話 参加
新学期が始まったことで前生徒会は8月を以て解散した。新生徒会が発足して間がないが、ここで新生徒会のメンバー紹介をしておこう。
会長・中条あずさ
副会長・司波深雪
書記・光井ほのか
会計・五十里啓
一高の会計は権限の面で〈監査役〉に近く、会長と同学年から選ばれる慣例になっている。当初、あずさは克也に生徒会入会を打診したのだが、「
正確に克也が真夜から言われたのは、「1年生の間は生徒会に入らないでほしい」なのだが、説明が面倒くさかったらしく短縮して話したという流れだ。このことはもちろん達也と深雪も知っているが、初耳であるかのように聞いていた。
内容が教育に不適切であると判断された資料が、多数保存されている図書館の連続稼働日数記録を、達也はここ半月ほど更新していた。一高生徒であれば、誰でも使用可能であるのに普段ほぼ無人なのには理由がある。わざわざ害ある可能性ありと判断された書籍などを、趣味・興味本位もしくは研究活動の一環であっても、目を通そうと普通では思わないからである。だが逆にいえば、目を通すことが少ないからこそ発見に繋がることもある。
閑話休題
達也が記録を更新し続ける理由は、〈エメラルド・タブレット〉の文献を探しているからであり、自分の目標に役立つ内容を抜粋しようとしていたからだ。検索していると深雪がやってきて、鈴音から「魔法幾何学準備室まで来てほしい」という伝言を伝えるのだった。
「今月末に、魔法協会主催の〈論文コンペ〉があるのは知っていますね?」
入室して席について早々、達也は前置きなく廿楽に問いかけられていた。
「詳細は知りませんが」
「〈九校戦〉とは違って知名度はやや劣りますが、学校間の競争は勝るとも劣りません。なので〈九校戦〉で活躍できなかった他校や生徒が、雪辱を燃やしてやってきます。参加者はたった3人ですが、協力面でいえば〈九校戦〉をも超える人数を動員しますので、自然と参加者以外にも熱が入ります。そこで単刀直入に言います。司波君、〈論文コンペ〉の代表として参加してもらえませんか?」
「自分がですか?」
「君がです。参加予定だった平河君が体調を崩してしまいましてね。代役として君が選ばれたというわけです。詳しくは市原君から聞いてください」
達也が「参加します」と言ってもいないにも関わらず、廿楽は話は終わりかのように退室していった。廿楽は変わった魔法師ということもあり、一科生担当教員であるにもかかわらず、二科生に対する差別意識は全くない教師である。有望な生徒であれば、一科・二科にかかわらず指導するという物好きだ。
基本的に魔法科高校に勤務する教師などに、差別意識はないと言ってもいい。一科生を少なからず優先する人物もいなくはないが、基本的な立場は中立である。学生のように精神が未熟でない上に、教師として魔法師として未来の人材を育成する立場なのだから当然である。
にも関わらず、廿楽はその中でもある意味異端と言われるほどの変人として教師や生徒から認識されている。決して悪い人間ではなく、優しく思いやりがあり優秀な教師であることに間違いはないのだ。
以上のことを加味した上でマイペースという噂を事実だったのだと理解して、達也は何も言わずに廿楽を見送った。どう言った経緯で呼び出されたのかを聞けなかったので、達也は廿楽に言われた通りに同室していた鈴音に聞くのだった。
「何故俺なのか伺っても?」
「単刀直入に言いましょう。私達には発表会まであまり時間がありません。今参加してもらうには司波君しかいないと思ったからです」
「つまり市原先輩の発表テーマに、俺が適しているということですか?」
達也の質問に鈴音は不敵に笑う。普段の控えめな様子からは、到底考えられない素直に楽しそうな笑みだ。楽しみの中にも何故か獰猛な野獣のようなものが含まれている。
達也は鈴音と普段からそこまで関わりがない。生徒会と〈九校戦〉ではそれなりに会話などはしたが、それ以外はからっきしと言える。入学当初からの様子と学校生活で耳にした噂では、基本的に活発な行動はしない生徒だ。どちらかと言えば、少数の生徒と静かに会話を楽しむか、研究論文などを読み漁ることを好む性格。
そんな彼女からは別ベクトルなはずの印象を受けたため、達也は不思議と薄い笑みを浮かべていた。克也のおかげなのかと嬉しく思う達也である。
「私のテーマは〈重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性〉です」
達也の惚気?を知ってか知らずしてか。鈴音は驚くべき内容を口にする。その内容に珍しく達也が眼を見張った。よもや自分が取り組もうとしている課題を、当校の生徒が考えていたとは思わなかったのだ。
「このテーマに参加できるのは、同じテーマを研究している司波君しかいないと思っています。お願いできますか?」
「ええ、どうやら俺にもメリットがあるようですから協力させていただきます。あの時盗聴していたのは市原先輩だったんですね?」
「人聞きが悪いですね。関心を持っていたということにしておいてください」
達也の言葉に反論せず、笑顔を浮かべながら同音異義語で返す。2人の隣で楽しそうに話を聞く五十里の姿がある。
「それで俺は何をすればいいんですか?」
「まずは〈論文コンペ〉について知ることから始めましょうか」
そう言うと鈴音は壁のスイッチを操作し、スクリーンを映し出した。
「〈論文コンペ〉は簡易的な説明をすると、高校生が魔法学・魔法工学の研究成果を発表する場です。発表した論文の完成度が高ければ、世界に発信されることも多々あります。毎年レベルが高く、下手をすると〈九校戦〉以上の熾烈な争いになることもあります。〈武の九校戦〉に対して〈知の論文コンペ〉という感じですね。開催日は毎年10月の最終日曜と決められています。開催地は京都と横浜で交互に行われますが、今回は横浜国際会議場です。京都では理論的なテーマ、横浜では技術的なテーマが評価される傾向にあります」
幸い10月30日に予定が入っていなかったので、少し安堵した達也だった。達也的には評価内容が理論的・技術的のどちらでも問題はない。どちらも得意であり、高校生の誰にも負けないと誇れるほどなのだから。
「期限は再来週の日曜日。提出先は魔法協会関東支部ですが学校を通じての提出になります。廿楽先生に内容を確認していただく時間を考えると、来週の水曜日には仕上げた方がいいでしょうね。司波君にはCAD調整機と術式の開発をお願いしようと思っています」
そう締めくくり、細かな注意点を告げて話し合いは終了した。
「え?達也、〈論文コンペ〉の代表に選ばれたの?」
幹比古は心底驚いているようだ。〈論文コンペ〉は〈九校戦〉と違って、参加人数はたった3人なので選ばれることの話題性はかなり高い。ちなみにここはいつものカフェ〈アイネブリーゼ〉だ。達也が呼び出されたことを疑問に思い、深雪に説明を求めた友人たちが、何事かと思って聞き出そうとしたため集まっていた。
「ああ。正直、俺も驚いている」
「達也君、反応薄すぎ…」
「達也にしたらそれぐらい当然だって事だろ?」
「そうでもないさ。市原先輩のテーマが俺と違ってたら断ってたよ。もちろん頼まれたのなら多少の手伝いはするがな」
達也の反応にエリカは不満らしく文句を言う。レオは逆にその程度の反応に達也らしいと納得していた。
「それで達也、発表テーマは何だったんだい?」
「〈重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性〉だそうだ」
程度の差はあれど、どれだけ壮大な内容をテーマにしているかは全員が理解している。それでも驚きをあまり見せず、静かに2人の会話を待っていた。
「それって〈加重系魔法の三大難問〉の1つだよね?よくテーマにしたね」
幹比古はまだ驚き続けているらしい。全員が驚きと関心を達也に向けている間、克也と深雪は達也がこの上なく本気であると思っていた。
友人たちと別れて帰宅すると、自宅の駐車場にあまり見たくないよく知っているコミューターが駐車してあった。克也たちは顔を見合わせてから玄関を開けると、居間から足早に駆けてくる足音が聞こえてくる。
「お帰りなさい。相変わらず仲が良いのね」
からかい混じりに投げかけられた言葉に深雪は肩を振るわせ、克也と達也は苛立ちを含ませながら眼を細める。
「こちらにお帰りになるのは久しぶりですね。小百合さん」
達也の冷却された言葉に、3人にとって義理の母である小百合が居心地悪そうに眼を逸らす。自然な態度で迎えたのが悪かったのかと思い直す小百合だった。
「…ええ、仕事場に近い方が何かと都合が良いから」
「分かっています」
「悪気があって問いかけたわけじゃありませんよ」
辺り触りのない返事をして、3人とも靴を脱いで自宅に上がる。克也と達也の言葉は冷たい。いや、冷たくならざるを得ないと言うべきだろうか。彼女の立場と気持ちを考えれば、2人の気持ちも理解できなくはない。
「無理に俺たちを優しく出迎えようとしなくていいですよ。辛いのは小百合さんの方でしょうから」
「克也お兄様・達也お兄様、本日はどのようなお食事になられますか?」
克也は出迎え方に対して本心を伝える。反対に深雪は第三者がいないかのように振る舞っている。その行動ははしたないと思われるものだが、克也と達也は仕方ないことだとわかっていたので咎める様子はない。
克也は自分たちの実父の後妻である小百合と、あまり深く関わりたくないと思っている。別段、嫌いだからというわけではない。四葉家によって恋仲を強制的に壊されたことには同情している。強奪された相手の血を引き、自分の恋人の血を引いている子供を見れば、好ましい状況であるとは到底言えないだろう。
そのような心情になることは、小百合に何か問題があるわけではない。親しく接するには心の距離がある上に、邪見にできない立場に相手がいることも、関係修復を阻んでいると言える。
最も辛い立場にいるのは、克也たち三兄妹ではなく小百合なのだ。克也たちは総合的に判断して、小百合への対応としてやや距離を置くことにしているのだ。近すぎる距離は相手の気持ちを考えない自分勝手な行為、遠すぎるのは彼女を理解しようとしない愚かな行為である。
彼女がその距離をどう捉えるかはわからない。だが克也たちからすれば、それが正解に近い回答だと認識している。付かず離れずの距離を維持し、関係の修復を無理に行わない必要最低限の関係と距離で平行線を辿る。
本人たちではなく、そもそもの元凶である四葉家が改善を行うべきなのだ。
「ゆっくりでいいから着替えておいで」
達也に言われて嬉しそうに自室に向かう深雪。
「小百合さん、とにかく話をしましょう。深雪が下りてくるまでに終わらせたいので」
達也が居間に消えると小百合もその後を追う。2人が居間に消えたのを確認してから、克也は無表情で自室に戻っていった。
10分後、小百合は怒りながら帰って行った。
「達也、何かあったのか?」
「ちょっとしたいざこざかな。深雪、危機管理能力のない女性のフォローに行ってくる。夕食を克也と2人で作って待っていてくれ」
「分かりました」
「達也、気をつけろよ」
そう言って克也と深雪は、バイクにまたがった達也を見送った。
「で、小百合さんの用事は一体何だったんだ?魔法式を保存する機能を持つサンプルを持っていたらしいけど」
帰宅して風間とのやり取りを終えた後、克也は深雪特製のコーヒーを片手に聞いた。達也は箱を手元に置きながら話し始める。小百合を見送りに行ったときに襲撃され、撃退した後に箱を小百合に押し付けられたらしい。
これを持っているから狙われると思ったのだろう。おそらく達也が持っている方が正しいと考え直したのだろう。あんな危険な目に遭いたくないのが本心なのは間違いない。魔法師と関わりの強い仕事とはいえ、一般人でしかない小百合は魔法関連の事件に巻き込まれたくないのだ。普通の事件でも同じではあるだろうが。
余談だが、小百合は克也と達也の能力を非常に高く評価している。会社でもそれなりの立場にいる小百合は、毎年好成績を残している開発第三課に対して好印象があるのだ。だがあまりにも業績を上げ続ける部門であることも確かなので、いつか独立してしまうのではないかと危機感を抱いていたりする。
会社の黒字経営を続けるためにも確保しておきたい。そうするためには、ある程度の関係を築くことが必須となる。だが上記に記した複雑な私情と事情で、上手く働いていないのが現実である。
閑話休題
「仕事を手伝えというのはいつも通りだ。けど今回は意外と面白そうだよ」
「お引き受けになられるのですか?」
達也の言葉に深雪は不安そうに聞いた。
「物が物だけに知らんふりはできない。こうやってサンプルを預ったことだしね」
達也は箱から赤く光り輝く、宝石のような物体を持ち上げながら呟いた。
「…達也、それは
「ああ、そうだ」
克也の言葉に深く頷いたところをみると、よほど面倒なことに巻き込まれているらしい。達也だから仕方ないのだが。
「何故あの人がそんな物を?」
「軍の依頼だ。複製を注文されたらしい」
「「そんな無茶な」」
「無茶だとわかっていても、挑戦する価値があると思ったんだろう」
達也も深刻な顔をしながら答える。
「できることならこれを解き明かしたい」
明るく言う達也に克也と深雪は頷く。
「できるさ達也なら」
「できますよ達也お兄様なら」
抜群の信頼を向ける2人の眼と言葉に、少し恥ずかしくなる達也だった。
学校に対する論文提出を3日後に控えていた達也は、深夜にホームサーバーが攻撃を受けていることに気付いた。複数回路からの同時攻撃は、このような仕事を生業とする集団の可能性が高い。達也は即座に逆探知プログラムを立ち上げたが失敗した。
同時刻。自室でパソコンをいじっていた克也も、達也と同じように行動したが成果はなかった。
翌日。克也は遥に昨日の顛末を伝え、異常なことが起こっていないか聞いていた。ちなみに達也でないのは、五十里に呼ばれたため急遽克也が行くことになったからだ。
閑話休題
「あのね、そんなことが実際に起こっていても、一介の生徒に教えるわけないでしょ?それに貴方は四葉なのだから、当主様にお願いして調べてもらえばいいじゃない」
「仰る通りなんですが、対価を要求されますのであまり頼りたくはないんです。そうですね。では、小野先生が公安の捜査官だということを流しても良いですか?」
脅しをかけると涙目になったので、勝ったと思ったのは言うまでもない。
「…わかった。先月末から今月の初めにかけて、横浜・横須賀で相次いで密入国事件が起こっているわ」
「無関係とは思えないということですね?ありがとうございます。それでは」
そう言って克也は足早にカウンセリング室から出ていった。
「…ということがありましたが被害はありませんでした。時期的に考えて、〈論文コンペ〉の内容を盗み出そうとしたようです。五十里先輩は大丈夫ですか?」
生徒会室でメンバーの五十里に、達也は昨日の事態を説明していた。本当の狙いは他にあるのだが、そのことは素直に言えなかった。
「今のところは大丈夫だよ。この話を市原先輩にもしたほうがいいね」
「はい。警戒するに越したことはありませんから」
そこまで話していると、知り合い2人のうち1人がドアを開けた途端に飛び込んできた。
「お待たせ~啓」
「久しぶりだね達也君」
「…ええ、お久しぶりです」
五十里の頭を優しく撫でている花音を見て苦笑しながら、達也は摩莉に挨拶する。
「どうされたんですか?」
「〈論文コンペ〉の警備のことで話したいことがあったんだ」
「警備…ですか?」
摩莉の言葉に疑問を感じた達也は首をひねった。
「警備といっても会場ではないよ。そちらは魔法協会がプロを手配する。参加メンバーに護衛をつけるのが昔からの決まりでな。護衛には本人の意思が尊重される」
そこまで説明していると、当然とばかりに花音が会話に入り込んできた。
「啓はあたしが守る!」
その様子に3人が苦笑を浮かべる。
「五十里も文句はないからよしとしようか。市原には服部と克也君がつくことになっている」
「克也がですか?」
「服部は遠距離からの攻撃、克也君は近距離の攻撃に対応してもらおうと思ってね」
理屈は通っているが何か含んでいるようだったので、放って置ける疑問ではないと思い聞いてみた。
「委員長、克也を市原先輩の護衛にしたのは、2人をくっつけたかったからですよね?」
「…その気は無きにしも非ずだが。そ、そんなことはいいだろう!」
焦っているので半分近くがそういう気持ちだったようだ。まあ、人選は間違っていなかったので、達也はそれ以上ごねなかった。