最寄り駅から魔法科高校までの一本道は、学生や周辺住民から人気の商店街になっている。そこでは校内の購買部ではそろわない物をそろえることができる。こんなところで騒ぎを起こせばどうなるか考えたくもないのだが、現実はそれほど甘くはないらしい。
よもや同じ高校の制服を着ていたら驚くだろう。バイクの後ろから、ロケットエンジンで火を噴きながら遠ざかる後ろ姿を見ていた全員の脳内には、「何を考えてるの?」「事故が起こったら困る」「間違ってるぞ」など。三者三様の言葉が浮かび、困惑しているのは変わらなかった。
翌日の朝、達也が教室の自分の机に向かうと隣の席で美月が俯いていた。
「どうしたんだ?」
達也は美月を心配そうに集まっている友人たちに、挨拶をせずに聞いた。
「あ、達也君おはよう。何でも美月が視線を感じるんだってさ」
「視線とはストーカーとかの類いか?」
「いいえ、大きな網で囲んで何かをその中から見つけようとしている。そんな奇妙な視線なんです。勘違いかもしれませんけど」
いくら達也でもそれだけでは、何を意味しているのかはわからない。
「柴田さんの勘違いじゃないよ。今朝から校内の精霊が不自然に騒いでる。まるで自分たちの知らない何かが来ていることに怯えているみたいだ」
幹比古が美月の言葉に上乗せして説明してくれた。
「幹比古、それは我が国の術式か?」
「…我が国の術式じゃないと思う」
「克也にも頼んでおいたほうが良さそうだな」
「警戒できる人手があるのは助かるよ。よろしくね達也」
そう言って自分の席に戻り授業の準備を始めた。
達也たちが9人で下校するのは久しぶりのことで、普段より空気が明るく浮ついていた。それによって気付けたのは、克也・達也・レオ・幹比古・エリカの5人だけだった。
「久しぶりに寄らないか?」
「いいね、賛成!」
「そういや最近ここのコーヒーを飲んでなかったな」
「そうだね。達也が誘うから飲みたくなったよ」
エリカ・レオ・幹比古は積極的すぎることに深雪・雫・ほのか・美月は違和感を感じていない。いや、久しぶりに帰れたことが嬉しく、舞い上がっていると勘違いしていたのかもしれない。9人は仲良く〈アイネブリーゼ〉に入っていった。
コーヒーを飲んでいる間に、エリカとレオが少し間を開けて席を離れたことに不信感を感じたメンバーは一部を除いていなかった。
「幹比古、何してるんだ?」
幹比古がスケッチブックを広げているのを見た克也は声をかけた。
「ちょっと忘れないようにメモっておこうと思って」
「見つかるぞ。ほどほどにしとけ」
達也からも注意が放たれた。
翌日の昼食で待ち合わせしていると、絶賛ご機嫌斜め中のエリカが達也たちと座っていた。
「…エリカはまだ怒っているのか?」
エリカの不機嫌さを目にして、克也は不思議そうに達也に聞いた。
「そうらしくてな。対応に困ってるんだがどうにかしてくれないか?」
まさかの返しが丸投げであった。つまりはそれなりに達也の手にも余るのだろう。美月と幹比古は我関せずとしている。レオは何故か顔の数カ所に絆創膏を貼っており、機嫌が今まで以上に悪そうだった。
「深雪、ここは俺が出ない方が周りのためだと思うから頼むよ」
「分かりました。確かに今は女性が行くべきでしょうね」
深雪は快く引き受けてくれた。今この場でエリカに対抗できるのは、深雪だけだと誰もが思っている。魔法を使えば克也と達也だって勝つ見込みはあるが、こんなところで決闘を行うつもりは微塵もない。
「エリカ、機嫌を直してあげて。そうじゃないとみんな落ち着けないわ」
「分かってるんだけどね。ただあいつの言ってたことが信じられないの」
「『校内にいるからって安心するな』って言われたこと?」
エリカの機嫌の悪い理由は、尾行してきた男に逃げられたことではなく、言葉の意味を理解しようとして答えを得られていないことにだったらしい。
「エリカ、今はそれを考えたって仕方がない。あの男が100%信頼できるわけじゃないけど、だからといって警戒しなくていいというわけではないから今は待つしかないさ」
深雪の言葉でやや雰囲気に棘が消えたことで克也が応援に入る。
「…わかった頑張って機嫌直すわ。美月もミキもレオもごめんね。八つ当たりしてたみたい」
エリカも立ち直ってくれたらしく素直に謝った。彼女の人間性は素直で心優しいのだが、機嫌が悪いときはとことん不満をまき散らすので周囲は困惑する。そこがある意味エリカの欠点なのかもしれない。
克也が素直に謝ったエリカの頭を撫でると、恥ずかしさのあまり手から逃げるように美月に抱きついた。逃げたエリカの口角が僅かに上がっていたことに気付く者は、いつものメンバーの中にはいなかった。
放課後、克也はプレゼンの準備をしている鈴音の護衛中だったが、壬生・桐原・エリカ・レオが走り始めたのを視界の端に見つけた。嫌な感じがしたのでその背中を追いかける。
「すみません服部先輩、少し抜けます」
「え?お、おい四葉!」
服部が声をかけてきたが無視する。克也が追いついたときには、エリカが女子生徒が放ったダーツを打ち払った瞬間だった。割れて飛び散った物体から紫がかった煙が広がる。
「離れて!」
エリカが叫ぶが桐原は間に合わず吸い込んでしまった。ふらりと身体を揺らしたかと思うと片膝をつく。どうやら神経ガスの一種らしい。あまりの用意周到さに驚くが、想定外に俊敏なレオのおかげですぐに解決する。レオがタックルをかまして気絶させたのだ。レオを見るエリカの眼が力量を推し量っているそんな眼だったのだが、何を考えているのかまではわからなかった。
騒ぎを聞きつけて駆け付けた花音に克也たちはため息をつかれる。保健室で治療を受けている先輩方と、眠っている1年生を一瞥して言ってきた。
「市原先輩の護衛を放ってどっかに行ったと思ったら。あんたたちやり過ぎよ」
「俺は何もしてないんですけどね。それに倒れた桐原先輩を担いで帰ってきたのは俺なんですが」
念のために反論しておくがしない方が良かったと後悔する。
「確かにあんたがいなかったら桐原君を連れて帰ってこれなかったけど、護衛を放っていったことは間違いないでしょ」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「安宿先生、お手数ですがこの子が目を覚ましたら連絡してください」
そう言って元の場所に戻っていくので克也も後を追った。
仕事をそれなりにしていると安宿先生から連絡があった。
「千代田先輩、俺も行きます。今回は何を言われても引きませんよ」
そう言って渋々頷く千代田先輩に俺はついていき、護衛を服部先輩に頼んで保健室に向かった。
「一昨日は大丈夫だった?」
千代田先輩の言葉に少女は驚いていた。駅前で追いかけてきた相手が、彼女だと今更ながら気付いたらしい。
「何でデータを盗み出そうとしたの?」
「私の目的は盗む事じゃありません。データを書き換えようと思っただけです」
「…プレゼンを失敗させたかったの?」
千代田先輩が握り拳を強く握りしめる。よりによって幼馴染の晴れ舞台の邪魔をしようとしたのだから、感情が沸騰しても仕方ないだろう。俺も似たような気持ちだったからそれがよくわかる。
「失敗させたかったわけじゃありません。あいつが少しでも困惑している顔を見たかっただけです」
「それだけであんなことを?事によれば退学になってたかもしれないのよ?」
「それでも構いません!あいつが少しでも困惑している姿が見れるなら...」
その言葉に千代田先輩が困惑したらしく、五十里先輩が代わりに話し始めた。
「平河千秋君、君は平河小春先輩の妹さんだね?」
五十里先輩の言葉に嗚咽で震えていた肩が止まった。
「あの事故が起こったのは司波君のせいだと思ってる?」
「だってそうじゃないですか!あいつは分かってたのに何も言わなかった。それで小早川先輩を見殺しにしたんです。その所為で姉さんは責任を感じて…」
また泣き始めたが五十里先輩は話し続けた。
「あの事故は司波君の所為じゃないよ。気付けなかった僕たち技術スタッフ全員の責任だ」
「笑わせないでください」
その言葉に千代田先輩が怒りのあまり立ち上がるが、俺と五十里先輩で抑える。
「あいつだから気付けたんです。五十里先輩に分からなかったのに、他の人に分かるはずがないじゃないですか」
その言葉に俺は我慢できなくなったので、言いたいことを言うことにした。
「五十里先輩、失礼します。言わせてもらうけど達也なら何でも知ってて、何でも解決できるとでも思っているのか?」
俺の声音に普段から優しい笑顔を絶やさない安宿先生も、さすがにひくついていた。
「…あんたは?」
「失礼。自分は1-Aの四葉克也だ」
名前を聞いて同級生の顔が恐怖で覆い尽くされる。
「話を戻すけど、達也なら可能だと思うのか?」
「…ええ、思うわ!だってあいつなら分かったでしょ!何を仕掛けられていたのかがね!」
「君は馬鹿か?」
「なっ!」
俺の言葉に詰まる同級生。いきなりの罵倒を理解できていないのだろう。だがその程度で俺は言葉を止めるつもりはない。
「達也が何か仕組まれていると何故気付けると言いきれるんだ?デバイスチェックされるまでに平河小春先輩しか触ることはほぼ無い。それに何かあったとするなら、デバイスチェックされた時に何かがあったと疑うのが普通じゃないのか?平河小春先輩が犯人ではない限りね」
「そんなわけないでしょ!」
「だったら尚のこと達也なら分かると言うのは筋違いだ」
平河千秋は何も言い返さず、握り拳を作って俯いている。
「本来この世界に完璧な人間なんていない。人間は何かしら欠陥を抱えて生きているんだ。自分に足りないものを相手が補ってくれるから生活できている。君には欠陥がないとはっきり言えるのか?〈十師族〉だって不得意な魔法もある。自分のことを棚に上げて、自分より才能のある人間を逆恨みするなど、おこがましいとは思わないのか?」
俺の言葉に五十里先輩と千代田先輩は何も言わない。
「君は自分にないものを、達也が持っていることに嫉妬しているんだ。その感情を理解しているのに姉の復讐だと偽り、関係のない人間を巻き込んでいる。そんなことを小早川先輩や平河先輩が望んでいると思っているのか!?」
俺が声を荒げたことで、感情に想子が反応して異常なプレッシャーを全員に与える。
「四葉君、そこまで…」
千代田先輩の言葉を五十里先輩が止めた。
「啓…」
千代田先輩も幼馴染の行動の意味が理解できないわけではないので、それ以上何も言わなかった。俺は深呼吸して自分を落ち着かせる。同級生が寝ているベッドの横に置いてある椅子に腰かけて、同級生の手を握りながら話した。
「達也だってあんな風に生まれたかったわけじゃない。普通に生まれて普通に生きたかっただけだ。それでも達也は魔法師として生きることを決めた。そして魔法の技能を補えるだけの知識を取り込み、魔法社会からはじき出されないように必死であがいている。君はまだ自分のやりたいことが決まらずに手探りしている状態だと思う。でも君だって誰かに必要とされる日がきっと来る。いや、もう既に来ているはずだ」
同級生は理解できていない風な顔を向けてきた。俺は穏やかに微笑みながら伝える。
「君の両親やお姉さんや学校の友人だよ。君が大切だから。君に危険な目に遭ってほしくないからお姉さんは君を守ろうとしてるし、千代田先輩や五十里先輩もテロリストから引きはがそうとしてくれてる。この2人だけじゃない。さっき追いかけてきた壬生先輩・桐原先輩・エリカ・レオだって理由を知れば、きっとそう思ってくれるはずだ。だから復讐なんて小さな事にこだわらずに、自分がやるべき事を見つけなきゃ。今の自分に何ができるのか何をすべきなのかしっかりと考えてくれ」
言い終えると俺は保健室を出た。
「啓…」
「わかってるよ花音。四葉君は僕たちの気持ちを代弁してくれたんだ。壬生さん・桐原君・西城君・千葉さんの心もね。安宿先生、彼女をお願いします」
「ええ、彼女は大学付属の病院で預るから貴方たちはプレゼンの準備に戻りなさい。もうあまり日がないのでしょう?」
その言葉に五十里は頷いて花音を連れて戻っていった。
「…ということだったよ達也」
「なるほどそういう動機だったか」
克也の報告に頷く達也はそれほど気にしていないらしい。まあそのような粗末なハッキングツールで、邪魔されるような軟弱なセキュリティーは組んでいないと言いたいのだろう。
「それってただの逆恨みじゃないですか!」
「というより八つ当たり?」
「八つ当たりせずにはいられなかったんだろうね」
「お姉さんのことが大好きだったんでしょうね」
ほのか・雫・幹比古・美月の発言だが、一科と二科で見事に意見が分かれたのに驚く。だが口にしたのは別のことだった。
「誤解は解消済みだからもう大丈夫だと思うよ。それに周りをうろちょろしてるのは彼女だけじゃないし」
そう言うとほのか・雫・美月以外が納得してくれたので、その話はそれ以上話題にはならなかった。
翌日の昼食時。いつもの席に行くと、エリカとレオの姿がなかったので克也は何気なく聞いてみた。
「2人はどうしたんだ?居残りか?」
「いや、2人とも今日は休みだよ」
「珍しいな。このグループで一番病気にならなそうな2人だと思ったんだけど」
「俺もそう思ったさ。なんとなくだが2人とも病気じゃない気がするな」
達也の言葉の真意が知りたいらしく、幹比古が達也に聞き始めた。
「どういうことだい達也?」
「そう思っただけだよ幹比古。仮定の上に想像を重ねた意見だけど、案外レオがエリカにしごかれているんじゃないか?」
「何故そうお思いになられたのですか?達也お兄様」
深雪もよく分からないようだ。
「レオの潜在能力は一級品だからね。エリカならあいつを鍛えそうな気がするし、硬化魔法は剣と相性が良い」
「達也さん、それはどういうことですか?」
ほのかも食事の手を止めて会話に参加してきた。エリカとレオの休みの理由より、魔法について興味が湧いてきたのだろう。
「硬化魔法は〈九校戦〉で説明した通り、物体の相対位置を固定する魔法だ。刀などの刃の部分に使えば、技量にもよるけど普通に使うより何百倍も刃こぼれを抑えることができる」
「達也さん物知り」
説明を聞き終えた後雫がぽそっと感想を言った。それはここの全員の内心を代弁したものだった。
今朝も克也たち3人は九重寺にやってきていた。普段とは違うメニューを2人が終えた後、八雲が庫裏で突然切り出した。
「珍しいものを手に入れたみたいだね」
「…預かり物ですが」
知られているとは思わず、達也はワンテンポ遅れながらも答えた。
「だったら早めに然るべき場所に移すべきだ」
いつものひょろひょろとした雰囲気ではなく、臨戦態勢に近い空気を発して話す八雲に克也たちは気持ちを引き締めた。
「狙われているとは知りませんでした」
「なかなかの手練れだからね。ついでに忠告をしといてあげよう。敵を前にしたら方位に気をつけるんだよ?」
「方位...ですか?」
「これ以上は高くつくよ?」
克也の復唱に八雲は別種の嫌な空気を発しながら答えた。