魔法科高校の劣等生~双子の運命~リメイク版   作:ジーザス

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第35話 嫌悪

「くっ!」

 

達也は悔しそうに奥歯を噛み締める。そんな達也の様子を、克也と深雪は心配そうに見つめていた。

 

「さすがの達也君も苦戦しているみたいだね。人には得手不得手があるから、今回の技が君にできなくても気にする事はないよ」

 

その言葉を聞いて克也と深雪は、普段は敬意を払っている八雲を鋭く睨み付けた。2人の視線にさすがの八雲も冷や汗を浮かべている。普段の2人ならしないことだが、達也のことを悪く言われることに我慢ならなかったのだ。ここは九重寺の地下にある部屋の一室で、達也は対パラサイト用の《遠当て》の練習をしていた。

 

「先生、〈理〉の世界に当てることができたのであれば不可能ではないですよね?」

「そうだね。3日でできるようになったんだから、全く適正がないわけではないと思うよ?成功するかしないかどっちとはまだ言えないけどね。でも克也君はおそらくできないと思うよ。君は〈理〉の世界を現実と同じように視ることができても、そこに力を作用させることはできない。逆に達也君は視ることが難しいけど、そこに力を作用させることができる。だから君達2人がこの前のように協力すれば、良い結果になると思うんだけどねぇ」

「しかし先生、俺達の《あれ》は想子の消費が激しいんですが…」

「知ってるよ。それを制御できるようになれば、〈パラサイト〉を倒すことが楽になるさ」

 

理解したうえで、八雲は対抗策はそれだけかもしれないと言う。

 

「制御するにはどうすればいいかが分からないんです。最大出力で発射しなければ、想子不足で魔法式が破綻してしまいますから」

「それは現代魔法師じゃない僕からは何とも言えない。けど古式魔法にも君達と似た魔法があったのは知っている。だいぶ前に伝承者が伝える前に亡くなったらしいから、今はもう存在しない魔法だけどね。でも発動原理の記された巻物が存在しているとは聞いているよ。皮肉にも復活させようとしている輩がいるみたいだけどね」

 

八雲はおそらくどのように発動させるのかを知っているが、詳しくは教えてくれないだろう。古式魔法を現代魔法使用者に教えることはタブー視されている。しかし完全に禁止ではないので習うことは可能だ。

 

「先生、それにはどのようなことが書いてあるんですか?」

「詳しくは話せないけど、使用者の技量に合わせるみたいだ」

「2人の魔法演算領域を合わせた規模ではないと?」

「僕から言えるのはここまでだよ」

「ありがとございます先生。参考になりました」

 

3人そろってお辞儀をした。

 

 

 

 

 

〈パラサイト〉との衝突からかなり時間が経った2月の上旬。朝のニュースを見た3人は顔を曇らせた。

 

「これは…?」

「雫が教えてくれたのと同じだな」

「タイミングが良すぎないか?」

「ああ、良すぎる。おかしな話だ」

 

そのニュースの内容は、USNA政府関係者からの証言らしく匿名で公表されていた。

【①USNA政府は去年10月31日付けで、朝鮮半島南端にて使用された日本政府の秘密兵器の調査を開始。

 

②専門家の警告を無視し、研究者は魔法研究所において〈マイクロブラックホール実験〉を強行。

 

③その結果として次元に穴が空き、そこに存在する魔性を呼び出した。これにより取り憑かれた魔法師は吸血鬼となり、日本で被害が拡大している事件の犯人と判明。

 

④アメリカ政府は三重の責任を負っている。

 

1つ、無謀な魔法実験を強行した研究者を止められなかったこと。

 

2つ、リスクが高いと分かっていた実験に失敗したこと。

 

3つ、正気でない可能性が高いとはいえ、市民に被害を加えていること。

 

この不祥事の原因は、一部の暴走した魔法師を軍が統制できていなかったことであり、もう一度魔法という概念について考え直さなければならない】

 

要約すればそういうことだった。

 

「…達也、これは魔法師排斥が根本にあるんじゃないか?」

「だろうな。その情報をリークさせた政府関係者が、魔法に消極的な人物であれば話が繋がるんだが。とりあえずリーナに聞いてみよう」

 

達也の言葉に克也達は、同意であることを登校の準備で示すのだった。

 

 

 

「リーナ、話があるんだがいいか?」

 

克也が登校中のリーナに話しかける。学校に着けば同じクラスなのでわざわざ探す必要はない。だが偶然にも見かけたのであれば、話しかける方が懸命だ。

 

「タツヤ…。それにカツヤもミユキもどうしたの?」

「今朝のニュースのことなんだが」

「…なるほどね」

 

どうやらリーナも今朝のニュースを見ていたらしく、話をすぐに理解してくれた。

 

「あれは何処までが本当なんだ?」

「肝心なところは全て嘘っぱちよ」

「表面的には正しいのか?」

「ええ。それにあの情報は漏洩しないと書類にサインをさせられているから、流したのは実験関係者じゃないはずよ」

「ということは?」

「…〈七賢人〉よ。たぶんね」

「〈七賢人〉?」

「そう名乗っている組織がいるの。正体不明だけど」

 

アメリカ政府でも分からないとはよほどの組織なのだろうか。それとも一個人による組織と名前を出しているだけなのか。

 

「リーナ、肝心なところはと言ったが何が嘘なんだ?」

 

先程まで達也が聞いていたが考え込んでしまったので、克也が聞くことにした。

 

「…あの実験は研究者全員がやめるべきだと公言したわ。そして会議でも中止にするべきだという結論に至った」

「しかし実際には実験が行われてしまったと」

「ええ、全くもって可笑しな話よ」

「それで〈パラサイト〉が出現したのは意図した結果か?」

「本気で言っているなら怒るわよカツヤ。実験前はそんなことになるとは誰も推測なんてしてなかった。いえ、そんなものがいるとは考えていなかったわ。私は既に〈感染者〉を4人処断している。これが誰かが企んだ結果なら、ワタシはそいつを絶対に許さない」

 

リーナは1人の人間として怒っていた。

 

 

 

 

 

バレンタインの前日。七草邸の一室のキッチンで真由美が恐ろしい形相をしながらチョコを作る姿を、双子の妹は背後からこっそり覗いていた。

 

余談だが七草邸にはキッチンがいくつか設けられており、誰もがいつでも自由に使うことができる。

 

「泉美、お姉ちゃんは何をしていると思う?」

「…チョコレート作りなんでしょう。でも、あのお顔は普通ではありません…」

 

2人の視線の先では、魔女が毒鍋をかき混ぜている最中とも形容できそうな光景が広がっている。「うふふふふふふ」を越えて、「くっくっくっくっくっく」や「ふふふふふふふふ」という笑いが聞こえてきそうだった。

 

「それに見てよ泉美。お姉ちゃんが使ってるあのチョコ」

「…カカオ95%糖質ゼロのチョコレートですね。それにあの粉は…」

「…エスプレッソパウダーだね。お姉ちゃん、誰かに復讐でもする気なのかな?」

 

真由美が使っているチョコレートは、一般的に市販されている物ではない。ネットでしか買えない高級品であり、年間100箱しか出回らないプレミア物だ。そんな物を本命ではないであろう相手に送るとは、正気の沙汰ではないと双子は感じていた。

 

そして真由美による恐怖のチョコレート作りは、双子が寝付いた夜中まで続いたのだった。

 

 

 

 

 

「今朝はここまでにしようか達也君」

 

バレンタインデー当日の朝。ついに《遠当て》に成功した達也に八雲は止めを宣告した。

 

「先生、達也お兄様の体力消費が激しく感じるのですが」

「それは仕方ないよ深雪君。彼はそもそも普通では攻撃を当てることができない世界に、一時期的にとはいえ干渉しようとしているんだからね」

「そうなのですね。お別れの前に九重先生、これは普段のお礼です」

 

深雪が小さな手提げカバンから取り出したラッピングされた小箱を渡す。突如として受け取った八雲の顔がだらしなく歪む。

 

「おお、ありがとう深雪君。1年に1回しか深雪君からプレゼントをもらえないからね。毎年期待値もマックスだよ」

「…先生、弟子の方々が見ていますがいいんですか?」

「構わないよ。それにこの気持ちが衝動に任せて行動しなければ問題ないからね」

 

にやけたままそんなことをうそぶく八雲の言葉に、説得性がないのを感じて「処置なし」と克也と達也がため息をつく。すると弟子一同から無言の同意が寄せられた。ちなみに深雪は引き気味な笑顔で、八雲は今にも踊り出しそうだった。

 

 

 

「おはようございます克也さん・達也さん・深雪!」

「「「おはようほのか」」」 

 

登校中真っ先に会ったのはほのかだった。ほのかが達也に何か言おうとすると声をかけられる。

 

「おはようございます克也さん・達也さん・深雪さん」

「「「おはよう美月」」」

 

ほのかにしたように3人で挨拶を返すと、美月が俺に小箱を渡してきた。

 

「これは?」

「義理チョコです。克也さんには朝しか渡すタイミングがないと思いましたので」

「ありがとう。美味しくご賞味させていただきます」

 

俺の冗談めかした言葉に、美月は笑みを浮かべながら深雪の横に並んだ。少しして空気が気まずくなってきたので、そろそろ頃合いだなと思って深雪と目配せをする。

 

「美月、貴女は背中に何を付けているの?落としてあげるからこちらに来なさい」

 

何がなんだか分からない様子で深雪に連行されていく美月を、克也と達也の2人は微笑ましく見送った。そして次は俺の番だ。

 

「はい、もしもし。え?今すぐですか?分かりましたすぐに向かいます」

 

俺は携帯が鳴って呼び出された演技をして、2人から距離をとることにした。

 

「ごめん2人とも。部活の先輩に至急来てほしいと言われたから先に行く」

「何があったかは知らんが構わないぞ」

 

達也が後押ししてくれたおかげで、俺は自然に離れることが出来た。

 

 

 

「達也さん、少しだけお時間いただけますか?」

「いいよほのか」

 

克也達がいなくなりある程度時間が経った頃。ほのかが意を決して聞いてきたので、達也は二つ返事で答えた。

 

「こちらに来てもらえますか?」

 

ほのかが慌て気味に裏庭へと向かうのを背中を、遅れないように達也はついて行った。誰にも見えないところで、ほのかが達也に向き直る。

 

「あの、たちゅ…」

 

両手の手の平にラッピングした小箱を乗せながら、大切な人の言葉を噛んでしまったことの自分への怒りと噛んでしまったことの羞恥で、ほのかは顔を真っ赤にしながら俯いた。

 

「ありがとうほのか」

 

達也は顔を真っ赤にさせて俯いているほのかの手から、お礼を言いながら箱を受け取る。その代わりに小さな紙袋を置いた。予想外のことに羞恥を忘れて達也を見上げるほのか。

 

「…開けても良いですか?」

「いいよ」

 

達也の言葉に手を震わせながら包みを開けると、ほのかは硬直し無言で達也を見上げてきた。

 

「とりあえずお返し。来月とは別口だから期待して大丈夫だよ。さあ、ここは寒いから教室に戻ろうか」

 

すぐに背を向けた達也は、ほのかがその包みを抱きしめたことに気付かなかった。

 

 

 

達也はここで《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》を使って視ているべきだった。「それ」はほのかの気持ちに反応し、「それ」に自我が芽生え意識が宿るのに気付いたはずだったのだから。

 

 

 

俺は教室に向かいながら顔はいつも通りに。しかし内心はとても暗かった。今日、バレンタインデーにほのかが達也に渡してくるのは容易に予測できていた。そのため、俺達は何かを渡すと決めていた。しかしそれはほのかの心を弄ぶことになり、余計な心の傷を増やすことになると分かっていた。

 

だが受け取るだけではほのかがかわいそうだという結論に、俺と深雪は至った。おそらくほのかは達也からの「お礼」を受け取って喜ぶだろう。その様子を想像して、俺は虫歯のような疼痛を感じていた。

 

自分の席に向かうと、机にラッピングされた小箱が置かれている。首を傾げながら手に乗せて見つめていると、クラスメイトに声をかけられた。

 

「あれ、四葉はもう貰ったのか?羨ましいぞ」

「いや、これは置いてあったんだ。誰からなのかわからないんだ」

「置いてあった?さすがにこのクラスの人じゃないだろう。同じクラスだから直接渡せるはずだし」

「恥ずかしがり屋という可能性もあるけど分からないな。受け取らないのはあまりにも失礼だから、このプレゼントはありがたくもらっとくよ」

 

俺はそう言って登校前、深雪に何故か持っていくように言われた手提げバッグに小箱を入れた。しかしそれが引き金となり、他クラスからも他学年からもチョコレートをもらう羽目になった。手提げバッグがあって良かったと思った瞬間だ。

 

そしてクラスの男子から、嫉妬の視線を頂くことになったのは別の話だ。

 

 

 

その日の夜、机に置かれていた小箱を開けると、1つのチョコレートが入っており、その表面には一枚の花が描かれていた。達也は何か分かったようだが、このタイミングで克也が知ることはなかった。克也がこの意味を知ったかどうかは、本人のみぞ知る。

 

 

 

その頃達也も克也と同じ気持ちでいたが、レオと幹比古によって吹き飛ぶ。

 

「どうした達也?朝から暗い顔しやがって」

「色々あってな。それより昨日退院したばかりなのに元気そうだな」

「おうよ。体力が回復したのに退院させてもらえなくてさ。気持ちが有り余ってるんだよ」

「2人とも朝の挨拶はおはようだよ」

 

レオと2人で話していると、少し遅れて幹比古が現れた。

 

「ああ、おはよう幹比古」

「よう幹比古」

 

素直に従った達也だがレオは変わらずに自分流で挨拶する。そんなレオに幹比古は苦笑していた。

 

「おはようレオ。もうすっかり元通りだね」

「まあな。ようやく身体を動かせると思うと腕が鳴るぜ。ところで達也は兄妹喧嘩でもしたか?」

「レオ、2人がそんなことしないのは知ってるだろ?」

「冗談だよ幹比古。久しぶりの学校での絡みなんだぜ?大目に見てくれや」

 

いつも通りの会話に、思わず頬が緩むみ達也だった。

 

「遅かったな美月」

「ええ、部室に寄っていたものですから。おはようございます達也さん・レオ君・吉田君」

 

挨拶しながら3人に小箱を渡す。約1名やや不満そうだったが誰とは言わない。

 

「急いで退院すると思ったらこれが目的だったの?」

「なんだとこの野郎っ!」

「怒るということは図星?」

 

突然登場したエリカの言葉に怒ったレオだが、続く言葉に「ぐぬぬぬぬぬぬぬ」という歯ぎしりとうなり声を混ぜ合わせたような声を出していた。

 

「おはよう。エリカは渡さないのか?」

「おはよう達也君。あたしが渡したら面倒くさいことになるから、毎年誰にもあげてないわ」

 

どうやら本当に面倒くさいことがあったらしいので、達也はそれ以上深く聞かなかった。

 

 

 

浮ついた空気は昼食中や放課後でも続く。

 

例えば幼馴染に、義理チョコとは思えない本気のチョコらしき物を渡す風紀委員長と生徒会長会計。二科生にとっては敷居の高い一科生の教室に入って真っ赤な顔で渡し、今にも踊り出しそうな剣道・剣術のカップルなど。

 

今日だけは魔法師ではなく、何処にでもいる普通の少年少女だった。

 

 

 

放課後、達也は俺を臨時風紀委員として巡回に同行させていた。上級生が用事で来れないことを千代田先輩から聞いた達也は、風紀委員の経験がある俺を強制参加させていたのだ。俺がいないところで提案され、勝手に承諾されていたのは腑に落ちない。今日は部活がないので断らなかった俺だが、少しではあるが機嫌が悪い。巡回していると、よく知る上級生に呼び止められた。

 

「あら、克也君と達也君じゃない」

「お久しぶりです七草先輩」

「達也君はともかく。何で克也君が腕章を?」

「今日は部活が休みでして。見回りの風紀委員が足りないので、臨時としてやっています。強制的に任命されたてしまったので仕方なくですが」

 

俺の答えに納得したようだが、気になることを聞いてみる。

 

「ところでこの匂いは何ですか?」

「匂い?言われて初めて気付いたわ」

 

今気付いたようなふりをしているが、俺は今までの経験で達也は持ち前の洞察力で、七草先輩の嘘を見抜いた。そして一番気になることを聞く。

 

「何故か服部先輩が机に突っ伏しているようです。この匂いと関係あるのですか?」

「…も、もちろん毒物じゃないわよ」

 

七草先輩の焦りに俺達はため息をつきたくなった。俺達がどう対処しようかと悩んでいると、何処からともなく声が聞こえてきた。

 

「…四葉か司波、水…を…」

 

誰が発したのか分かっていたが、声が別人のように死んでいたのでそう思ってしまった。まるで砂漠で行き倒れている干からびた屍のようだ。

 

「少々お待ちを」

 

達也より俺の方が近かったので、ウォータークーラーから水を持ってきて手に握らせる。すると死にかけの病人のような速度で口にコップを持っていき、一気に飲み干して時計の秒針が半分回ったところでようやく動き始めた。

 

「四葉、礼を言う。では七草先輩、これで失礼させていただきます」

 

そう言うと服部先輩が立ち上がって去っていく。時折身体がフラッとしたり口元を手で抑えたりしていたが、大丈夫そうなので放っといてあげた。

 

「先輩に話があるんですが少し良いですか?」

「ここでは話しにくいこと?」

「はい。できれば3人だけで」

「…わかったわ」

 

七草先輩が移動しようとすると、声が聞こえてきたので動きを止めた。

 

「いたいた。スバル、いたよ!」

 

赤毛の元気そうな少女が叫んでいる。どうやらエイミィがスバルと2人で、俺たちを探していたらしい。

 

「これ受け取ってくれ」

 

スバルは少し顔を赤くして、手提げバックを俺と達也に渡してきた。

 

「「これは?」」

「〈九校戦〉1年女子チームからだよ。深雪とほのかの分はないけどね」

「あの2人は直接渡したいだろうからさ」

「余計なことをしたら凍らせられたり眠らせられたりするかもよ?」

「さすがにそこまで2人はしないさ。深雪に限って言えば、あの笑みで殺されるだろうけどね」

「ありえるかも〜。それじゃあね、2人ともばいばーい」

 

マシンガントークでこちらを圧倒し、さらには七草先輩を無視して去って行く。

 

「達也、この後は嫌な予感しかしないんだけど」

「同感だ。七草先輩、気を取り直して始めましょうか」

「…ええ。それよりも前にこれどうぞ」

 

七草先輩に向き合うと、無理矢理箱を押し付けられた。サイズに似つかわしくない異様なその重量感に眉を顰める。

 

「「これは?」」

「決まってるでしょ?」

「「…ありがとうございます」」

 

七草先輩の恐怖の笑顔の前に俺達は断る術もなく受け取る。受け取らねば精神がもたないと第六感が囁いたのだ。

 

「食べて?」

「「ここでですか?」」

「ええ。今食べて感想を聞かせて?」

「その前に場所を変えて話をしませんか?」

「…仕方ないわね。それじゃあ付いてきて」

 

空き部屋に入って遮音フィールドを張り終わると、七草先輩が話し始めると思ったが最初は飲み物の話だった。

 

「飲み物は何が良い?」

「俺達は別「飲み物は何がいい?」に…」

「…紅茶で」

「…コーヒーで」

 

俺達が答えて飲み物が渡された後、ようやく本題に入ることができた。

 

「話は吸血鬼のことかな?」

「はい。被害はどうなっていますか?」

「表面的には沈静化しているわ」

「表面的には?」

 

微妙な言葉を聞いて首を傾げてしまう。

 

「行方不明者が普段より多いから相手の動きが巧妙化したってことかしらね。一匹仕留めたから警戒されたのかも」

「…仕留めてはいませんが警戒されているのは事実でしょう。可能性の話ですが、彼らは〈共知覚〉を備えているのかもしれません」

「きょう…ちかく?」

 

耳慣れない用語に首を傾げる七草先輩に俺は説明する。

 

「〈共有感応知覚能力〉の一種ですよ。一卵性双生児に観測されることがあるらしいです」

「つまり一個体が見聞きしたことを、全員が経験として共有するということ?」

「あくまで憶測ですが…」

 

俺達は話し終えてコーヒーと紅茶を味わっていた。なかなかの味だったので、材料が良いのかそれとも七草先輩の腕が良いのか分からなかった。そこで聞こうと思ったが、真面目に答えてもらえるとは思わなかったのでやめておく。

 

「では俺達はこれで」

 

俺が立ち上がって去ろうとすると、七草先輩の腕が異常な速度できらめいて達也の腕を掴む。そして少し腰を浮かせた状態の達也の手が完全に立ち上がった俺の腕を掴んだ。達也の眼は「逃さないぞ。お前も残れ」と言わんばかりの光を発していた。〈目は口ほどに物を言う〉、なるほど言い得て妙というやつである。

 

「それじゃあティータイムを始めましょうか」

 

七草先輩が笑顔で言いながら、空いている方の手で椅子を指差す。俺達は七草先輩に隠さずため息をついて椅子に座った。渋々ラッピングされた箱をポケットから出すと、改めてその重さに眉をひそめる。明らかに箱のサイズと重量が釣り合っていない。ラッピングをほどいて包装紙を開けると、不気味な物体が鎮座していた。断じて俺達の知っているチョコレートではない。生成や合成に失敗した化学物質とも呼べる代物である。

 

開けた瞬間に立ち上る匂いは、先程服部先輩が突っ伏していた場所で嗅いだものと同じだ。その物体の色は黒いを通り越して、どす黒いと表すのが適切だろう。

 

いくら苦い物が好きな人間でも限度というものがある。というのに、この物体にはそれが欠如している。薬品とでも言いたくなるような物体を、次々と放り込んだ俺達は想定通りに死んだ(・・・)。半分ほど口に放り込むと服部先輩同様机に突っ伏し、達也は全て口に放り込んで噛み砕いて飲み込んだが、精神的ダメージが強かったようで背もたれに倒れ込んだ。

 

クラスメイトからもらったチョコを口に放り込み、なんとか難を凌いだが、まだ半分残っていることに絶望する。七草先輩を見ると笑顔で言われた。

 

「まだ半分残っているわよ?」

「…残りは家で食べてはダメですか?」

「ダメよ。完食して感想を頂戴」

 

満面の笑みで七草先輩に拒否され、何故このような仕打ちを受けるのかと思いながらも、残りを感情を殺して口に入れる。七草先輩の物を完食した後、2箱ほどクラスメイトからのチョコをほおばって苦みを遠ざけた。このような食べ方をしてしまったことに申し訳ないと思ったが、死にかけていたので許してもらおう。

 

俺達が食べ終えると七草先輩が満足そうに頷き、部屋を出て行く後姿を見ていることしかできなかった。その後俺達は風紀委員の仕事に戻ることはできず、集合時間に来ないことを不思議に思ったエリカ達一行に発見されてなんとか家に帰ったのだった。

 

 

 

夕食時には家庭で準備する規模とクオリティではない料理が作られていた。深雪はバレンタインデーとして、克也と達也にフォンダ・ショコラを作ってくれていたのだ。チョコを見ることを忌避していた克也と達也だったが、一口食べると真由美による恐怖が浄化され、記憶から消し去って綺麗に忘れることができた。

 

2人にはもったいな過ぎる妹かもしれない。

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