第4話 勧誘①
翌日の朝も体術の指導を受けるため、克也と達也は九重寺に向かった。今回は克也と達也の2人だけではなく、深雪も同行することになっている。理由としては、「九重先生に制服を見せておりませんので」ということだった。脳裏に顔をだらしなく崩した師匠の顔が浮かぶ。そんなことが容易に想像できるのだから悲しい。由緒正しい古式魔法の伝承者が、そんなことでいいのかと思ったことが一度や二度ではない。
3人で師匠の元へ向かう際、深雪は克也が達也と2人で向かった時と同じ魔法を、達也も同じ魔法を行使しながらだ。ちなみに克也も前回と同じ魔法を使ったことで10分後には目的地に到着した。
女性にとっては敷居の高い寺に、躊躇なく魔法を使いながら深雪が入っていく。いつも礼儀正しい彼女にしては相応しからぬ作法だが、主が「構わない」と鬱陶しいくらい繰り返すので、いい加減慣れてしまったのだ。
何故か寺に入っていく深雪の後ろに2人はいない。克也と達也は疲れて遅れていたわけではなく、門人に手荒な歓迎を受けていたのだ。前回と違い、素手ではなく武器ありでだ。もちろん殺傷能力の高い刀ではなく、棒術で使われる
「久しぶりだねぇ深雪君」
「先生!気配を消しながら忍び寄って、突然声をかけるのはやめてください!」
同じような悪戯を何度も繰り返されていたので、注意を払っていただけに驚き、無駄と分かっているが抗議をせずにいられなかった。
「僕は〈忍び〉だからねぇ。気配を消して忍び寄ってしまうのは、ある意味性みたいなものなんだけど?」
実年齢を知っていても見た目と雰囲気が若々しく、ひょうひょうとしているので例え方に迷ってしまう。
「今の時代、忍びという職業はありません」
「かもしれないね。それよりそれが第一高校の制服かい?」
「はい、昨日が入学式でした。先生にもお見せしようと思いマシテ…」
深雪のセリフが徐々にフェードアウトしていったのは、制服を見る八雲の眼が異常な光を発し始めていたからだ。深雪が後退りし始めると、八雲も1歩ずつ深雪のスピードに合わせて近寄る。
「清楚な空気が零れ落ちている。初々しい中にも微かな色香があって。まさに綻ばんとする花の蕾。萌えずる新緑の芽。そう…萌えだ!これは萌えだよぉぉぉぉぉ!むっ!?」
1人ヒートアップする八雲が突然身を翻し、瞬時に両手を頭上にかざす。パシッと音がしたかと思うと、八雲の両手には2人分の手刀が握られていた。
「「先生(師匠)、深雪が怯えてますので落ち着いてもらえませんか?」」
克也と達也は、それぞれ左手と右手を振り下ろした格好で同時にお願いする。2人の後ろには棍を粉砕されたり真っ二つに折られて、武器をなくした門人全員が白目をむいて倒れていた。深雪に八雲が気配を消して近づいているのを感じた克也は、達也に《念話》で伝えて最短記録で(文字通り容赦なく)門人を叩き潰して、八雲に手刀を振り落としたのだ。
「同時に攻撃とは、2人共せこいことするねぇ」
八雲は冷や汗をかきながら言葉を発したかと思うと、2人に攻撃を始めるのだった。
数分後、八雲を降参させた克也と達也は深雪の安全を確かめてから朝食をとっていた。
「いやぁ、あそこまでの完成度だったとはねぇ。僕も思い付きで昨日言っただけなのに、まさか予行演習なしで来るとは思わなかったよ。これは余計なことを言ってしまったかな」
深雪手作りのサンドウィッチを1つ食べ終えた八雲は、顔に少なくない後悔の表情を表しながら呟いていた。
「俺もあそこまでできるとは思っていませんでしたよ」
「俺も同感ですね。これほどシンクロしたことはありませんでした」
達也・克也の順番で返事をする。2人は手刀のお返しとばかりに突っ込んでくる八雲に、左右から攻撃を喰らわせていた。同時にではなく、わずかに攻撃のタイミングをずらしながら。捌ききれなくなった八雲が降参したのは、戦闘開始から30秒後のことであった。その間に克也と達也は、それぞれ7発と10発の拳と蹴りを八雲にお見まいしていた。
八雲が反撃できたのは3発だけ。うちわけは克也に2発に達也に1発。どれも避けられてしまったが。3人が話している間、深雪は克也と達也の世話をするのを楽しんでいた。
登校中、4人乗りのキャビネットの中で深雪が歯切れの悪い口調で話し始めた。深雪がこうなるのは珍しく、心地良い案件ではないのは確かだ。
「実はあの2人から連絡がありまして。入学祝いとして何が欲しいかと…」
あの2人とは、克也たち3人の父親である司波龍郎と後妻である司波小百合のことだ。深雪は毛嫌いしており、克也と達也は特に考えたことがない。克也は少なからず、小百合と深雪の複雑な関係による感情の壁があることに同情してはいるが。
「ああ、親父と小百合さんか」
達也はそれほど嫌悪感を含ませずに答えた。
「やはり達也お兄様には…何も…」
「いつも通りだ。深雪が気にすることはないよ」
達也は気にするなと深雪をなだめようとした。しかし深雪は抑えられないようだ。
「あの人たちは…」
すると深雪から低温の空気が流れだし、室温が急激に下がり始めた。規定温度を下回った車内に、季節外れの暖房が作動する。達也はなだめるように、深雪の手を握りながら頭を優しく撫でる。深雪は魔法を抑え始め、魔法を発動させてしまったことを恥じて俯く。
克也はその間、声が漏れないように遮音フィールドを張り巡らせていた。車内に盗撮カメラや盗聴器はないが万が一のために。
最寄駅から第一高校に向かう一本道を、3人で世間話をしながら歩いていると、後ろから声をかけられた。その相手は生徒会長の七草真由美だった。
「「「おはようございます会長」」」
「おはよう克也君・達也君・深雪さん。今日のお昼にお話ししたいことがあるので、生徒会室に来てもらえますか?」
「「「はい」」」
3人とも挨拶してから問題がないので、昼休みに伺うことを約束する。真由美の後ろ姿を見送りながら、克也は2人に聞いてみた。
「やけに親しく接してくるけど、入学式の日が初対面だよな?達也と深雪は」
克也の疑問に2人も同じ心境のようだった。