翌朝、廊下を歩いていた克也と達也はエリカ達に捕まって屋上に連行された。深雪を教室に送った後だったので、なんとか巻き込まずにすんでいる。何故克也が達也と一緒にいたのかは野暮なので追及はしない。
「話があるんだろ?何か話してくれないか?」
連行された後、数分間何も話してもらえなかったことで克也は会話を促した。時間を無駄にしたくなかったので、こちらから聞くことにしたのだ。
「達也、実はさ…」
怒られると思っているのだろうか。幹比古が怯えながら話し始める。だがすぐに止まってしまったので、助け船を出すことにした。
「あいつらに逃げられたか?別にそんなことでは怒らないさ。また捕まえるのは厄介だが」
「違うのよ克也君!」
「そうだぜ横からかっさわれたんだ!」
「相手は手強かったのか?」
エリカとレオの憤慨にも平然と聞き返す。この3人は実戦に出てもそれなりの成果を上げる腕を持っている。自分達でもそれなりに力を出さなければ、勝負にはならないと克也達は評価している。
殺しが許される場合なら、2人にとっては気にすることでは無いだろうが。
閑話休題
この3人が取り逃がすとは、余程の敵だったのかと聞きたくなったのだ。
「腕はたいしたことなかったんだけどよ。用意周到で殴ったらこっちが痺れるスーツなんて初めてだぜ」
「やったら硬いアーマー着込んでるし、切ったら粉が吹き飛ぶなんて。もっとリーチの長い武器持ってくるんだった」
報告というよりは愚痴に聞こえる2人だった。それよりもそれだけ特徴がある装備なら、相手が誰なのか達也には予想が付く。
「それに真っ黒な飛行船で持って行かれちゃったの!」
「なるほどな」
「達也、正体が分かるのか?」
達也が納得したとでも言いた気だったので、克也は気になって聞いてみた。
「直接やり合ったわけじゃないから推測でしかないけどな。おそらくは国防軍情報防諜第三課だろう。そういう面白装備を採用していて、ステルス仕様の飛行船を持っているとなるとそこだと思う」
達也の暴露に全員が驚く。よもや国の内部情報を教えて良いのかと思ったが、自分達を信用しているから話してくれたのだろうと思った。
「達也に面白装備なんて言われたくないだろうけどな」
「同感ね」
克也の言葉にエリカが納得顔で同意を示す。幹比古とレオは、なんとも言えない表情をしているが。達也が三課を知っているのは独立魔装大隊経由であり、七草家の息がかかった部署であることも知っているが、情報源を伝える気にはなれなかった。
「達也、それは情報部の独断かい?それとも誰かの陰謀かい?」
「それは分からないな」
「何処に連れて行かれたかも分からない?」
「絞り込まないと分からない。とりあえず教室に戻ろう。さすがに寒い」
この程度で音を上げるようなやわな鍛え方をしていないが、寒いのは事実で精神的なダメージを鑑みて校舎に戻ることにした。
1限目は一般教養だったので俺は20分ほどで終わらせ、胸ポケットから取り出した携帯端末でメールを送る。普通なら教員の叱責を受ける場面だが、周囲に迷惑をかけない行為はある程度許可されている。だから携帯端末を操作しても特に問題は無い。
内容は「七草家の息がかかった第三課に〈パラサイト〉を横取りされたので至急返却していただきたい」だ。送るとものの数分で返信が帰ってきたので受験生なのにいいのか?と思ってしまった。あの人なら勉強はほどほどでも大丈夫かもなと思い直す。だからそんな内容は返さなかった。
七草先輩からの返信には「第三課なんぞ知らないが、四葉の名前を出せば教えてくれるかもしれないから明日まで待ってほしい」と要約すればそう書いてあった。これでなんとかなると思い安心し、残り時間を睡眠に充てることにした俺は机に突っ伏した。
授業終了後、深雪に怒られたのは何故なのだろうか…。
翌日、七草先輩からのメールには「防諜第三課のスパイ収容施設が襲撃され、捕らえられていた〈パラサイト〉が殺された」と書かれていた。
今日は土曜日なので、学校があるのだがそれどころではなかった。達也が藤林に頼んで防諜第三課のスパイ収容施設の監視カメラをハッキングしてもらい、襲撃の様子を録画した映像を3人で見ていた。赤髪の小柄の人影が闇に紛れて侵入していく。警備員をひと睨みで気絶させ、扉を破壊して内部に入る。吐き出した息が白いのは、この〈パラサイト〉が拘束されている部屋が低温だからだろう。
三段ベッドの上に拘束されている〈パラサイト〉は、青山霊園で会った彼らだった。そしてマルテに赤髪が銃弾を撃ち込むと炎に包まれて消える。二度同じことを、上段と下段の〈パラサイト〉にも繰り返して部屋から出て行った。〈アンジー・シリウス〉の行動は「処刑」だ。宿主を殺された〈パラサイト〉のことを何も考えず、ただ殺しただけのように見える。
「…今のはリーナですよね?」
「…ああ」
深雪はリーナが《
『ハロー、聞こえているかな?聞こえていることを前提に話させて貰うよ』
流暢な日本語で話しかけてくるが、案の定こちらが回線を繋いでいないのを理解しているように話し始めた。
『まずは自己紹介からだね。僕の名前はレイモンド・セイジ・クラーク、〈七賢人〉の1人だ。君のことはシズクから聞いてるよカツヤ・タツヤ・ミユキ』
リーナの言っていたのが彼だとは思わなかったが、この回線に入り込めたのだから信用できるだろう。シズクの知り合いらしくあの情報源はこの人物のようだ。
『〈アンジー・シリウス〉にこの場所を教えたのは僕だけど、何故か彼女はその前から知っていたようだ』
「この場所」が第三課のスパイ収容施設を指しているのは容易に理解できたが、教える前に知っていたことには驚いた。一体何処から得たのだろうか。政府もしくは軍関連だろうか。しかしそれでは辻褄が合わない。政府が軍に教えていたのであれば、〈七賢人〉より情報収集能力が高いということになるからだ。あれだけ調べても彼らの情報が出なかったのだから。
『そこで君達に特ダネを提供しようと思っている。今回はお近づきの印に無料でお教えしよう。現在ステイツで猛威を振るい、日本にも広がり始めている魔法師排斥運動は、〈七賢人〉の1人ジード・セイジ・ヘイグが仕掛けたものだ。ジード・ヘイグまたの名を
次々と並ぶ知る名前に克也は愕然とし、達也は珍しく画面を覗き込んでいた。
『念のために言っておくけど、〈七賢人〉だからといって共謀はしてないからね。〈七賢人〉とは〈フリズスキャルヴ〉のアクセス権を持つ7人のオペレーターのことだ。〈フリズスキャルヴ〉については、詳しく話せないけどつまりはそういうことだ。話を戻すと、彼は【ブランシュ】と【無頭竜】を失って日本に干渉することができなかった。そこで〈パラサイト〉を送り込んだ。その騒ぎに紛れて工作拠点を再建するのが目的だよ。これを信じるか信じないかはそちら次第だ。これから告げることも君達に判断して貰って構わない。そちらの時間で2月19日の夜、第一高校の野外演習場に活動中の〈パラサイト〉を全体誘導するから殲滅して欲しい。この情報は〈アンジー・シリウス〉にも伝えてある。共闘するのも敵対するのもそちらの自由だ。頼んだよ〈
その言葉を最後に一方的な会話は終わった。達也は呼び名に眉をひそめていたが、克也は笑いを堪えるのに必死だった。達也に脇腹をつままれて気を取り直す。
「この情報が正しいのかどうかは明日の夜に分かるだろうから、とりあえず今日はいつも通りに過ごそう。そろそろ学校に行く時間だし」
「ということは明日行くのか?克也」
「行かなきゃならないだろうな。彼の言っていることが本当なら、この騒動を終わらせることができるだろうし。もしこれが俺達を陥れるための罠であっても、〈パラサイト〉を無視することはできない。エリカ達にも教えて協力してもらわないと」
「お供いたします」
「もちろんだよ深雪。さあ、行こうか。そろそろ本当に出ないと」
2人を連れて克也は学校に向かった。よもや翌日の夜に一騒動が起こるとは知らずに…。
「レオ、遅刻だよ」
「生真面目だな幹比古は」
実技の授業に遅れてきたレオを教員の代わりに幹比古が注意するが、さほど気にしていないようだ。
「達也は?」
「なんでもお客様だとか…」
「こんな時間からか?」
まさか2限目の時間に生徒に対して客が来るとは。よほどのことなのだろうか。達也なら誰が来てもおかしくはないと思っているレオ達は、気になりながらも授業に集中することにした。
「そんなことより早く終わらせましょ」
「そうだね今日のは苦労しそうだし。居残りになったなんて達也に知られたら呆れられそうだよ」
2人がCADのセッティングし始めたので、レオと美月も手伝い始めた。
達也は来賓である青木を送り出した後、よく知る人物を見かけたので声をかけることにした。
「リーナ、少しいいか?」
「何タツヤ?」
振り向いたリーナの顔はかなりやつれていた。スパイ収容施設を襲撃したことが精神的なダメージを与えているのだろか。達也にとってはどうでもいいことではあったが。
「話は聞いたか?」
「ええ」
「誰か分かったか?」
「いいえ」
会話はかなり言葉を省いたものだったが、リーナは今日の夜の話を分かってくれたらしい。そしてレイモンドはリーナの前に姿をさらすことはなかったがそれは当然だろう。同じ国の人間に対して〈七賢人〉の1人である自分が、〈スターズ〉総隊長であるリーナに姿をさらすはずがなかった。
「今回は馴れ合わないわよタツヤ」
「分かっている。お前が背負っている重荷は、俺達とは比べものにはならないからな」
達也が話し終えるとリーナは背を向けて離れて行く。それを達也は少し心配そうに見送った。
「達也、来客とは誰だったんだ?」
達也は〈パラサイト〉と交戦する前に一度帰宅していた。戦闘準備を整えた後、時間があったのでリビングでくつろいでいたところ、克也に聞かれていた。
「よく知ってたな。エリカ達にでも聞いたのか?」
「いや、A組でも噂になってたんだ。達也に来客なんて誰なんだろうって」
「なるほどな。来客は青木さんだったよ」
「何故四葉家の使者が?」
本家の執事は、(克也を除く)司波兄妹と可能な限り接触しないようにしているはずなのに、向こうから近づくのかと不思議に思っての問いだった。
「叔母上からの指示らしい。〈3H〉を買い取りたいと言ってきた」
「買い取っておいたのは正解だったな達也。それにしても叔母上は何をされるつもりだったんだろう。まあ普段生活しているだけなら遭遇することのない敵だから、サンプルにしたいのは理解できるが」
「実験にでも使うつもりだったんだろうな。あれは特殊だから理解できないわけじゃない。そろそろ行こうか」
達也の言葉に頷いて、克也達は一高の野外演習場に向かった。