克也達はエリカ一行と合流し、3mの塀を跳び越えて演習場に侵入した。警備システムがないのは夜に野外演習場に入ることが危険だと知っている人間と、関わりたくない人間が周辺に多いからだ。
侵入すると中の空気は張り詰めていた。どうやら舞台の準備は整っているようだ。慎重に歩いて森の奥深くに向かっていると、美月・ほのか・ピクシーに呼び止められた。
『現在、進行方向から右手30度にオーラ光が見えます』
『男性2人と女性1人です。映像を転送します』
『3体の同胞を確認』
ほのかの魔法によって全員の携帯端末に、ほのかの眼で見たリアルタイムの映像が送られてくる。後方支援こそ本領である美月とほのかのおかげで即座に追跡側が発見できていた。克也と達也が視界を広げれば可能だったが、2人ほど鮮明には視えず発見も遅れていただろう。
ほのかと美月には、校舎の屋上から演習場を監視してもらっている。2人はお世辞にも実戦における対人魔法はあまり上手くない。後方支援であれば克也達の力になれるとわかって、今回の討伐に自主参加している。
彼女達は守られてばかりでは意味が無いと、大きな事件が起きる度にずっと思っていた。入学直後の討論会襲撃・外部による〈九校戦〉への介入・大亜連合による横浜襲撃。その度に自分は何も出来ず、守られて待つことしか出来なかった。
克也達からすれば適材適所だと判断できるが、人間の心はそう簡単に割り切れるものではない。美月からすれば、誰もが視認できないもしくは辛うじて視認できる〈パラサイト〉から、友人の危機を救うことができる唯一の機会だ。普段の恩返しをすることもできる。
ほのかにすれば美月以上の思いがあったことだろう。自分の達也への想いが暴走したが故に、〈パラサイト〉がピクシーとして覚醒する原因を作った。他人事として放っておける事柄ではない。少なくとも、ピクシー以外の〈パラサイト〉を討伐するまでは役に立ちたい。その思いで後方支援を担っていた。
そんな美少女2人を、幹比古が周囲の敵から守る役目を任されている。今の幹比古なら2人を守りつつ敵を屠ることなど容易い。それほどにまで魔法力の扱いは卓越していた。元々、〈神童〉と呼ばれるほどの実力者だった。魔法の扱いを思い出した彼は、《十師族》に遅れを取らないほどの手練に成長している。
『仮面の女の子が、みんなの反対側から〈パラサイト〉に向かってます!』
「このスピードと殺気。まさかあいつは宿主を殺すつもりか!?」
美月の報告通りに視界を広げると、濃密な想子をまとって接近しているのが視えて、全員に聞こえるように克也は毒づく。全員に許可を貰ってから、達也と2人で全力疾走で向かった。
ここに集っているのは自分達と今は敵である存在、そして今回のターゲットである〈パラサイト〉。克也一行とリーナはそう考えていた。しかし実際には九島烈が差し向けた〈抜刀隊〉とそれを単身追走する人物という、5つのグループがこの演習場に集結していた。
克也達は九島烈が〈パラサイト〉に興味を持ち、利用するつもりであるなど知る由もない。自分達が知らないことを想定して行動するなど、如何に2人であっても簡単にできるはずがなかった。
森の中心付近でリーナが〈パラサイト〉に斬りかかるのを、俺はなんとか想子の仮想の壁で防ぐ。だがリーナの魔法《
「うおっ!?」
レオが気付いたときにはドカーン!とでも音が出そうな衝撃が俺達を襲い、折り重なるように地面に崩れてしまった。
「いてててて、何だぁ?」
「「克也お兄様(君)?」」
「いてててて。やあ、みんな」
驚いて眼を見開いている全員に軽く挨拶する。
「レオ、すまん」
「構わねぇけどよ。なんて勢いで飛んでくんだ?俺じゃなかったら死んでるぜ」
「エリカなら避けてただろうし、深雪なら慣性中和の魔法で止めてくれたさ」
「それは暗に俺が避けれなければ魔法も使えないやつって言いてぇのか?」
レオは悪い笑みを浮かべながら克也に問いかける。克也もレオの楽しそうな顔を見て苦笑するしかなかった。
「まったく悪意しかないなレオ」
「それで克也君、何があったの?」
「恥ずかしながらあの赤髪の仮面少女に吹き飛ばされて、慣性中和の魔法を使う暇もなくここまで飛ばされてきたのさ」
「…そう。で、そいつはあそこね?」
エリカが自己加速術式で向かったのに気付いてから、俺はその背中を追いかけた。到着するとエリカが五十里先輩に作ってもらい、達也に調整させた〈大蛇丸〉のダウンサイジングバージョンである〈ミヅチ丸〉を振りかぶり、〈パラサイト〉を一閃して胴を薙いだ。
エリカに念動を撃とうとした〈パラサイト〉に、達也が《部分分解》で四肢を撃ち抜いて地を這わせ、想子の塊を撃ち出して〈パラサイト〉の想子を吹き飛ばす。俺・達也・幹比古の3人で話し合った結果、〈パラサイト〉は霊子の塊でありながら魔法を使う際に、想子を消費して弱体化するのではという仮説を立てていた。
「幹比古!」
通信機を使わずとも木の精霊を使って、俺達を見聞きしている幹比古に合図を送る。すると雷撃が〈パラサイト〉を襲い、皮膚に幾何学模様と文字が刻まれる。その間に達也がもう1匹に《遠当て》を使い、もう一度幹比古が雷撃で封印する。近くで幹比古とは違う雷撃が走ったので見てみると、〈パラサイト〉が黒焦げになっており、本体はどこかに飛び去った後だと理解する。
「アンジー・シリウス、頼むから封印前に殺さないでくれないか?後始末が面倒くさい」
声をかけると、その場を去ろうとしていたリーナが立ち止まって返事をしてきた。
「私には関係ない」
「シリウスの任務か。それを重々承知した上でのお願いだ」
「それは任務には含まれない。脱走兵であろうがそうでなかろうが、私の任務は処刑だけだ」
それだけ言い残して森の中に姿を消した。
「今のはリーナだよね?姿とか声は別人だけど」
「分かるのか?」
「なんとなくだけどね。呼吸とか仕草が似てたから」
エリカの言葉に驚くが同時に納得もする。エリカのように相手の動きを観察する戦闘スタイルの人間にすれば、相手の癖を覚えるのは当たり前のことなのだろう。それでも《
「リーナに言ったのもエリカにも当てはまるぞ」
「それは難しいお願いだね克也君」
「可能な限りでいい。不可能であれば殺しても構わない」
「オッケー」
エリカと話している間に達也が先にリーナを追い、俺達は少し遅れて走っていた。突然立ち止まると、深雪・レオ・ピクシーもほぼ同時に立ち止まって真剣な顔をする。
「囲まれているというよりそう思わせているみたいだな。どうする克也?」
「潰そうか。邪魔されるのは嫌いだし、どんな目に遭うのかを教えてやる。深雪、達也の元に迎え」
「分かりました。お気を付けて」
想子を活性化させ、〈ブラッド・リターン〉をホルスターから抜き出す。深雪が走り去るのと同時に戦闘が始まった。
「《
レオが音声コマンドでCADを操作して敵と交戦し始める。俺は《偏倚解放》でまとめて5人ほど戦闘不能にさせて横を見た。すると殴り合っていたレオが敵の攻撃を避けた瞬間、不可解な動きで足を滑らせる。体勢を立て直したばかりのレオに襲いかかる人影に向かって鋭い剣筋が襲い、追撃とばかりにレオのフックアッパーが直撃して吹き飛んだ。
「克也君、達也君が合流しろだってさ」
「じゃあ任せる。気をつけろよ」
エリカからの言付けをもらい、その言葉を残し向かう道中にリーナが2体の〈パラサイト〉を殺すのを視てため息をつく。どうやら言葉通り、処刑だけを目的しているようで容赦なく行っている。
やれやれ本当に言葉通りにするとは。後で苦労するだけだってのに。そう思いながらも足の回転を速めて達也の元に向かった。
達也の元に到着するとひどい有様だった。克也達は知らないが地面に倒れている男達は、九島家の息がかかった部隊の戦闘員でなのだが10人中8人が死亡している。残り2人も立つことができないほどの重症だ。何があったのか想像もできない。
「深雪、これは?」
「今、お兄様とリーナが対峙している〈パラサイト〉のせいです」
深雪の言葉通り、達也とリーナは6体の〈パラサイト〉と戦闘中であった。既に片付けた人数と比べると、ピクシーに聞いていた数より増えている。
「リーナ、待て!」
克也の制止を無視してリーナが魔法を放った。その半分は達也によって無効化されたが、リーナの攻撃を受けた3体の〈パラサイト〉は絶命し、達也の魔法によって貫かれた3体の〈パラサイト〉が自爆した。
『レオ、気をつけて!』
『エリカちゃん、そっちに〈パラサイト〉の本体が!』
突然幹比古と美月から2人に緊急通信が入り、同時に驚愕していた。
「次兄上、〈パラサイト〉がこちらに向かっているようです!」
先程まで気持ちの上で剣先を向けあっていた兄に伝えると、修次はあまり〈パラサイト〉について知らないらしく首を傾げていた。だがエリカの言葉に緊張感を抱いたのは〈抜刀隊〉だった。エリカの背後の土がめくれ上がり、人影が飛び出したのとほぼ同時に、〈抜刀隊〉の後ろからも同じように人影が現れる。エリカの背後に現れた人影は、エリカに跳びかからずピクシーを狙っている。
鉈を《硬化魔法》で防いで跳ね上げるが、レオの筋力でもそれだけでは間合いを十分に取ることはできない。もう一度振り下ろそうとする襲撃者の胸から、刀の先が突き出ており動きを止めた。エリカは「しまった」という表情をしている。どうやら克也の注意を思い出したようだが、時既に遅しでありどうしようもなかった。
〈抜刀隊〉の後ろから現れた襲撃者は、修次の綺麗なフォームから繰り出された前蹴りによって吹き飛ばされ、慎重に近づいてきた修次の目の前で破裂した。霊子の塊が抜け出したことにその場にいた誰もが気付かなかった。
「ごめん克也君、1体は殺しちゃった。残りは自爆したみたい」
『気にするなエリカ。2人に怪我がないならそれでいい。すまないがピクシーをこちらに合流させてくれないか?』
「わかった。ピクシー、克也君が合流しろだって」
『了解しました』
エリカの言葉にピクシーは素直に頷いた。
『幹比古、ほのかとピクシーのフォローを頼む』
『わかった』
『わかりました』
『それとエリカ・レオ、お前達はそこを動くな。その場にいる全員に伝えてくれ』
「了解」
「わかったぜ」
そう伝えて克也は音声ユニットの通信を切る。どうやら〈パラサイト〉は、自分達が思っているより用意周到のようだ。正直、対応策が見つからないので対処が遅れて後手に回ってしまう。だがここで仕留めなければもはやどうすることもできないだろう。
この世界に引きずり込まれた〈パラサイト〉は16体。その内の1体はピクシーの中に、2体は先程の戦闘で封印済み。そして6体はリーナに、1体はエリカに宿主を殺されて本体を解放。残り4体も自爆して本体を解放。合計11体が宿主を失い、仕留めなければならない相手だ。ピクシーに引かれ、集まった彼らは元は一つの存在。よって一つの存在に戻り敵を排除しようと合体していた。
11の頭を持つ大蛇のような存在、〈
「あれは何!?」
「視えるのか?」
「見えてはいないけど。そこに何か『力』みたいなものが集まってるのがわかる。あれは一体何なの?」
「貴女がお兄様方の言うことを聞かなかった結果よ。あれだけ殺すなと言ったのにどう責任を取るつもり?」
リーナの質問に底冷えするような声音で答える深雪に、克也は少なからず恐れを感じていた。
「脱走者を処断すること。それがワタシの存在意義よ!ならワタシが倒すわ!」
リーナが《
「幹比古、こちらの状況は見えているか?」
魔法で攻撃を防ぎながら音声ユニットで連絡する。
『見えているけど…。どうしたの?』
「数秒でいい。動きを封じれないか?」
『…無理ではないけど。5秒も保たないと思うよ?』
「それだけあれば十分だ。頼む。カウントはそっちでいい」
『わかった…いくよ。3、2、1、今!』
合図とともに対妖魔術式《
残り5秒。
克也が魔法演算領域を達也の規模に合わせて魔法式を構築。克也が視ている状況を達也に送り込み、達也がそれを視て照準を定める。
4秒
一高での戦闘とは違い小さい規模で構築される。それでも1人では処理できないほどの情報量が、2人の魔法演算領域を往復する。
3秒。
起動式が魔法式として展開される。
2秒。
全身から溢れた想子が活性化し、克也と達也の左手と右手に集まる。
1秒。
〈
0秒。
〈
《
克也と達也が八雲にヒントを貰い、新しく考案した精神干渉魔法だ。八雲は2人のどちらかに魔法演算領域を合わせると言ったが、規模の大きい方か小さい方かとは言わなかった。威力は落ちるが、2人の負担が激減すると判明したので達也に合わせることにしたのだ。
《
「…リーナ、今見たことは他言無用だ」
少し疲弊しながら克也はリーナに話し掛けた。
「…いきなり何?」
深刻な表情に声音で言われたら誰でも動じるだろう。その相手が敵である克也であれば尚更だ。
「その代わりというわけなんだが。リーナが〈アンジー・シリウス〉の正体であることを話さないと家名に誓おう。これはこの場にいる全員が対象だ」
「...いいわよ。ワタシにとっても悪い話じゃないし。それにカツヤとタツヤのことは内緒にしてあげる」
「ありがとうリーナ」
その言葉を残し、克也と達也は2体の〈パラサイト〉を置いてある場所に向かうことにした。しかしそこには先客がいた。
「これは九島閣下、お目にかかれて光栄に存じます。私は黒羽亜夜子と申します。今回は黒羽家の使いとしてではなく、四葉家当主の使いとしてやって参りました」
「四葉家の代理の方か。なるほど道理で若さの割にしっかりとした空気をお持ちのはずだ」
2人の空気は敵対してはいなかった。かといって友好的とも言えない空気である。何故ならそう話す少女の眼は強い光を放ちすぎていたから。
九島家の一団は少なからず敵意を抱いていたが、四葉家の一団は敵意どころか感情を表していなかった。興味なしとでも表した方が的確だろうか。その理由は亜夜子が敵意を示していないのが大きいだろう。
「お互い時間があまりないようですので交渉しませんか?閣下。ここには2体の封印済みがあるので、それぞれ1体ずつ持ち帰るのは如何でしょう?そちらも欲しているようですし、こちらの当主も望んでおられるので」
「いいだろう。もらえるのであればそれで構わない」
2人は部下に〈パラサイト〉を回収させ、背を向けて闇の中に消えていった。
しばらくして克也と達也がその場に着くと何もなく、すると音声ユニットが鳴ったので出る。
『すみません達也さん』
『ごめんなさい達也さん』
「2人とも気にするな。そもそも見張りを置いていなかった俺達が悪い。それに後のことを考えていなかったしな」
美月とほのかにそう伝えてから音声ユニットを切る。
「達也、これはまさか」
「断言はできない。だがおそらくそうだろうな」
森を抜ける風に紛れて鴉の羽が、夜空に飛んでいくのを克也と達也は捉えている。そしてそれがある人物からのメッセージであることにも気付いていた。
克也達がエリカとレオに出会った頃には、修次と〈抜刀隊〉が撤収していた。互いに労って幹比古達と合流し、校門を出た時間は21時を過ぎていたため、守衛から不審な眼を向けられた。しかし深雪の(恐怖の)笑顔に、何も言わずに引き下がるのだった。