文弥と亜夜子が訪れてから数日後の夜、俺は自室で四葉の秘匿回線を使って亜夜子と話をしていた。
「今日はどんな話題を持ってきてくれたんだ?」
『単刀直入ですね克也さん。それでは結婚相手が見つかりませんよ?』
「…それ、達也が叔母上に言われてたよ。双子だから仕方ないと思ってくれ」
『構いませんわ。なんなら私が立候補してもよろしくてよ?』
「それはそれで魅力的だね」
『ひゃい!?』
画面越しに亜夜子から奇声が聞こえた。やけに顔を赤くしているがどうしたのだろうか。
「まあ、叔母上がどう言うかわからないけどね」
『確かにそうですね...。コホン、では本題に入りましょうか。4月25日、来週の水曜日ですね。一高へ国会議員が視察に訪れます』
「民権党の神田議員かい?」
『よくお分かりですね克也さん』
「意外性と面白みがないからがっかりだよ」
予想通りで言葉通り落胆した表情で俺は答え、訪問理由を考えていた。
「生徒が軍と癒着していることを確認したいんだろうね。魔法科高校の卒業生が、軍と関係のある施設に進学や就職する割合を考えると、反対派でなくともそう思ってしまっても仕方ないさ。卒業生の4割は、俺達が思っている以上に多い。このくらいなら亜夜子も分かっていただろう?」
『…お褒めの言葉として受け取っておきます』
「事実、褒めているんだけど」
『分かってやっていますか?』
「どういうこと?」
『…何もありません。取りあえずお伝えしました』
「ありがとう参考になったよ」
『ではお手並み拝見させていただきますね』
楽しげな笑みを浮かべる亜夜子に、俺は礼を言って電話を切る。そしてそのまま対策準備に入った。
翌日の4月20日。俺は始業前に達也・深雪・五十里先輩・中条先輩を呼び出し、昨日もらった情報を話した。
「神田議員が来るのは面倒くさいことになりかねんな」
「四葉君、その情報はどこから?」
「実家からです。
もっともらしい嘘をつき、黒羽家のことは話さないようにした。あの2人が四葉家の分家であることを公にするのは、次期当主候補から次期当主を決定し、当主の座を継承した後になるだろう。公にしないこともありえるが、それを決めるのは次期当主だ。今の俺が考えることではない。
「おそらく神田議員は魔法科高校のカリキュラムが軍事教育化していると、魔法社会の現状を世論に訴えたいのだと思います。高校が軍と癒着し、学校側が軍属するよう強制していると示したいのでしょう。表向きの理由としては、〈国に圧力をかけられて渋々従っている〉という感じですね。魔法師を擁護しつつ、自分達は解放しようとしていると好感度上昇が目的なのは見え見えです。勿論根底には魔法排斥がありますがね」
「なるほど。そうすればその情報を公開した自分達に資金援助が入り、これからも動きやすくなるからかな」
「そうだと思われます。そこで今回はこれを逆に利用してやろうと思いまして。少し派手なデモンストレーションをしたいと思っています」
俺はそう言いながら、昨日のうちに作成していた設計図と説明書を、全員に見えるように机の上に広げた。
「…これが?」
「少し…?」
「これは…」
五十里先輩・中条先輩・達也は呆れながら呟く。驚くのは普通であり、平常心でいられる方が不思議だ。なんせ俺の出した設計図は、〈加重系魔法三大難問〉の一つ〈常駐型重力熱核融合炉〉に近い装置だったのだから。
「効果は抜群だろうけどできるのかい?」
「現段階で完全な再現は不可能です。ですが達也の目標にも繋がり、当校に訪れる国会議員を驚かせ、さらには生徒の意識向上に繋がればいいなと。費用は多少かかりますが、これだけのメリットを無視してしない手はないと思います。資金が学校側の想定を超えれば、もちろん四葉家が補填させていただきますが」
「四葉君の心意気は理解できました。疑っているわけではないですけど、本当に成功できるんですか?」
この質問は誰もが思っていることだ。だがこの計画の目的は成功させることではない。神田議員への宣戦布告を意味しているのがメインだ。といっても追い返すためだけを目的にするより、成功させることを目指してもいいだろう。短時間の成功であっても、参加した生徒の自信にも繋がる。同じ学び舎にいる生徒の刺激にもなると思っている。
「我が校の生徒が協力すれば、一時的にとはいえ短時間なら実験炉を動かすことは可能だと思います。神田議員の来訪を度外視しても、やることに大きな意味があると俺は考えます」
「僕は賛成だ。神田議員を追い返す力にもなり、自分の勉強にもなるからね。むしろやるべきだと思う。中条さんはどうかな?」
「私も賛成です。一高生徒会長としてではなく、1人の魔法師として興味があります」
「俺も賛成だな。自分の目標に繋がることを除外しても面白そうだ」
「私も賛成です」
全員が賛成してくれたことで、後は職員の許可をもらうだけとなった。
「参加メンバーは俺と達也で考えますので、放課後にまたここにお願いします。ご足労をおかけしました」
先輩2人に礼を言い、3人で教室に戻った。
放課後。始業前に話していたように、生徒会役員・克也・参加メンバーが生徒会室へ集まっていた。
「実験は条件付きで許可がおりました」
「四葉君、その条件とは何かな?」
「廿楽先生が監督として参加されることです」
「そういうことで私が責任者になりました。それで四葉君、参加者は誰にするのですか?」
廿楽が席に座って質問してきたので、克也は予定通りに放課後までに達也と考えた案を伝えていく。廿楽がニコニコしながらもソワソワして話を聞いている。魔法師としても教師としても中々にズレた廿楽は、この実験を行うことに意味があると感じているようだ。集まった人間の中で一番ワクワクしていたのは廿楽である。それはだが見てもわかるほどに。
「ガンマ線フィルターは光井さんに頼もうと思っています。電磁波の振動数をコントロールする魔法を最も得意としているのは、当校では彼女ですから。頼んだよほのか」
「頑張ります」
ほのかの真剣な顔に克也は安心して話を続ける。
「クーロン力制御は五十里先輩に。中性子バリアは達也の従妹の桜井さんに頼みます」
「1年生で大丈夫ですか?」
廿楽の懸念は魔法力の不足についてではなく、複雑で強力な魔法を使えるのかどうかという不安からのものだった。
「問題ありません。対物理防壁魔法に関しては自分のお墨付きですよ」
「そうですか」
廿楽が納得の息を吐いたのは、四葉家直系の魔法師による評価ではなく、第一高校の先輩としての評価であると理解したからだ。克也の魔法力は誰もがそれを疑わない上に知っている。そんな生徒からの太鼓判ともなれば、外部の専門家より信頼に値するのだ。
「第四態相転移は決まっていませんが、重力制御は自分と深雪が担当します」
「妥当な人選だと思います」
一高で最も高い魔法力を持つのは、3年を除いて克也と深雪であると廿楽も理解していた。だからその配置に文句を言うつもりもない。3年生を含めたとしてもトップクラスなのは変わらないが。
「会長には全体を見ていてもらいます。問題は第四態相転移を誰に頼むかですが…」
「克也兄様、第四態相転移を
「泉美、
「はい、2人でなら可能だと思います」
「わかった。2人の阿吽の呼吸なら心配ないだろう。泉美、実験のことを達也が説明するから香澄を呼んできて欲しい」
泉美が香澄を生徒会室に連れて来た後、達也が概要を説明して準備が始まった。4日間という短い期間だが、実験炉さえ完成すれば、あとは全員で魔法を互いに阻害しないように工夫するだけで終わりだ。
手伝いには友人や知り合いが参加してくれたおかげで、3日後にはリハーサルを終了させて本番を待つだけになった。
そして4月25日、それは魔法に関わる人物にとって好ましいことはない招かれざる客だった。彼らはアポなしでやってきて、取材の許可を求めることだろう。「報道の自由」や「知られたくない情報があるから許可しない」という都合の良い言い分を引き合いにして、入校許可を無理矢理得ようと考えているはずだ。
魔法科高校に限らず、魔法の資料や情報を保管する施設は関係者以外の立ち入りを厳重に禁止している。国から委託されたものがあるのだから当然である。万が一漏洩すれば責任問題に発展するだけでなく、その情報を利用されれば自国の危機に繋がりかねない。
だからこそ権力の強い政治家や大手の社長であっても、事前許可がなければ立ち入ることは困難だ。となれば一介の政治家やマスコミであれば、入校許可が下りるはずがない。だがそれをわかった上で彼らは入校許可を求めることだろう。
「…来たか」
「さっきのざわめきは克也さんが言ってた人達?」
「だろうね。じゃなきゃこんな空気にはならないはずだよ」
校門付近に止められた黒塗りのセダンから、自信に満ち溢れた様子で降りて歩いてくるスーツ姿の男達。それを教室の窓枠に偶然腰かけていた克也が、視界の隅に見つけて思わず呟く。思わず零れてしまった葉に、近くで談笑していた雫が不安そうな表情で問いかけたのだった。
「やはりあれをしなければなりませんか?克也お兄様」
「そのために手伝ってもらったからね。あいつが来ようが来まいがやることは変わらないさ。でも今は授業に集中しようか」
ほのかと深雪を安心させるように言って、予鈴が鳴ったことで授業に集中させる。その後姿を、雫は優しく微笑みながら見守っていた。
『実験を開始します』
5限目、校庭に設置された拡声器から達也の声が響くと集まった生徒が話を止めた。校舎からは、学年問わずに鑑賞する生徒が固唾を飲んで見守っている。
遠くから見ているだけでは我慢しきれなくなった生徒が校庭に集まり、余計に参加メンバーへプレッシャーがかかる。参加者は目の前の実験に集中しているため、見られていることは知っていてもプレッシャーを感じなかった。
それに参加者は大抵が〈九校戦〉に出場して好成績を残している。あの試合での注目やプレッシャーを考えれば、今の注目など春のそよ風程にも感じない。だから一介の生徒に見られたところで動じるはずもない。
午後の授業を実習ではなく座学に切り替えたのは、教師による神田議員への抵抗ではない。実験を見たがる生徒と職員が多いだろうと、校長と教頭が判断した結果だ。予想通りに全学年全クラスが、講師を含めて廊下から校庭を見ている。校長と教頭の判断は正しかったと言えるだろう。
神田議員一行と大勢の生徒が見守る中、実験は達也の声と共に開始された。
『重力制御』
深雪が重力制御魔法を発動させ、重水・軽水の混合水が中心を空洞にし、水槽の内側全面に張り付く。
『第四態相転移』
泉美と香澄が相転移魔法を発動させ、液体を第四態つまりプラズマに変化させる。重水素プラズマ・水素プラズマ・酸素プラズマが発生する。
『中性子バリア及びガンマ線フィルター』
水波が重力制御魔法と第四態相転移魔法の間に中性子バリアを挿入する。更にほのかが中性子バリアと第四態相転移力場の間に、ガンマ線フィルターを挿入する。ほのかのおかげで、発生した熱を誰もが知覚することができる。この魔法は発動までの工程が複雑なので、ほのかのような多工程の魔法を得意とする魔法師にしか扱えない。そしてこの学校で最も多工程な魔法を使えるのはほのかだった。
『重力制御』
克也が重力制御魔法を発動させたことで、全ての魔法が互いの魔法に作用されることがなくなり、全員の魔法発動と制御が容易になる。水槽の赤道部分にはめ込まれた金属環は、球形水槽に存在する物質を計測し、その結果をデータとして達也の隣に置かれた機械に送られる。
その機械がデータを起動式に変換して、深雪と克也にほぼリアルタイムで送る。そのおかげで、微妙に変化する対象領域内の質量に対応した重力魔法を、2人が安定的に発動できるのだ。
『クーロン力制御』
達也の言葉に五十里がクーロン力制御魔法を発動させ、物質の化学反応を促進させる。それにより淡い光が発生し、数分間輝き続けたことで生徒がどよめく。可能な限り球形水槽は頑丈な材料を使ったが、やはり耐久力不足だったようで形が少しずつ崩れ始めていた。
『実験終了』
達也の言葉に克也と五十里が第二の重力制御魔法とクーロン力制御魔法を解除すると、容器内の光が消えた。
『ガンマ線フィルター及び重力制御解除。中性子バリアは継続』
魔法を解除するとほのかはほっと息を吐いた。どうやら彼女でもこの魔法は発動継続が難しく、長時間使用すると疲労を引き起こすらしい。克也が《癒し》をほのかに施しながら、最後まで実験の様子を見守る。
ロボ研が操るアームが、容器の頂上に設置された空気穴にダクトを繋ぐ。ダクトの先にはガス成分分析機が付いており、蓋を開けると気圧差で容器からガスが吹き出して、分析機に流れ込む。
『気体成分・水蒸気・水素・重水素・及びヘリウム・トリチウム。その他放射性物質の混合は観測されません!』
高らかに分析機の前に陣取った少年から、簡易測定の結果が伝えられた。簡易とはいっても成分比が計算されないだけで、存在する物質を測定できないわけではない。
そしてその声を発した少年の名前は隅守賢人という。達也が入学式の日に誘導した少年であり、ロボ研での一騒動の原因でもあった少年だ。今回は彼が実験の概要を知り合いから聞いて、達也に参加を懇願したという経緯である。魔法工学の知識が豊富だったため、達也も今回の実験に特別に許可していた。
『注水を開始してください。中性子バリア解除』
別のダクトから水が注水され、容器が水に満たされると水波が中性子バリアを解除する。ついでに水波にも《癒し》を施す。その様子を見守っていた生徒は、実験結果がどうだったのか早く聞きたくてうずうずしていた。
達也が全員を労いながらそれぞれの意思を確認し、最後に五十里と頷きマイクをあずさに渡す。首を振って受け取らないあずさを克也と深雪が笑顔で脅すと、恐怖によって観念してマイクを握った。
『…〈常駐型重力制御魔法を中核技術とする継続熱核融合実験〉は、所期の目標を達成しました。実験は成功です』
最初の言葉が震えていたのは、克也と深雪の脅しのせいだったかもしれないが、あずさの報告に校内の生徒全員が歓声を上げた。それは一高全体が震えたかのような錯覚を参加者に与えた。
翌日、克也達が行った〈実験〉がニュースサイトにアップされ、何故か参加したメンバーより見守っていた生徒の方が喜んでいた。
克也としてその〈実験〉の批評は、好意的な意見と否定的な意見が半々であると考えていた。しかし思った以上に評価が高いことと、予想より好意的な意見が多いことに克也と達也は驚いていた。そして最も脅かせたのは、ローゼンの日本支社長が高評価を与えたことである。エリカと幹比古は微妙な顔をしていたが。
しかし喜ぶ生徒の中に混ざれない生徒がいたのも、事実だと言うことを忘れてはならない。その〈実験〉が一騒動起こすとは、克也・達也・深雪も思いもしなかった。