「やれやれまったく。四葉君、何があったの?」
俺が香澄と琢磨を風紀委員本部に強制連行してきた後、千代田先輩が心底機嫌が悪そうに聞いてきた。
「自分も最初から見ていたわけではないので。詳しくは分かりませんが…」
そう言って俺は意識を、事件発生時の頃に戻しながら話し始めた。
俺が部活連の副会頭として巡回していると、遠くで人だかりができているのを見つけた。何事かと思い向かうと、香澄と琢磨が言い争っている。突如2人がCADを取り出し、魔法を放とうとしたので止めに入った。
「2人ともCADを降ろせ」
「そこの2人、一体何をしている!」
同時に反対側から俺と同じように引き留める声が聞こえた。香澄は操作を止めたが、琢磨は制止を無視して魔法を発動させる。その瞬間に俺は振動魔法《耳鳴り》を放つ。魔法を発動させかけていた琢磨の三半規管を揺らして、魔法式を強制停止させる。
俺の魔法発動速度は校内で3年を含めてトップを誇る。故に〈師補十八家〉の息子であり、首席入学した琢磨の後から発動させても先に行使することができる。それによって琢磨は脳震盪を起こして地面に片膝をついていた。
「〈神速〉…」
香澄がいつの間にか知れ渡っている俺の二つ名を呟いたが、それを視線を向けずに背中で無視する。
「1-A 七宝琢磨並びに1-C 七草香澄、部活連副会頭の権限を以て連行させてもらう。風紀委員会本部まで同行願うが、妙な行動をすればその時点で罰則処分とする」
俺の言葉に香澄は固まって動こうとはしなかった。
「香澄」
「克也兄…」
香澄が俺の名前を呼びながらうなだれるのを見てため息をつきたかったが、連行するのが先だったので飲み込んでおく。
「森崎、2人を俺に任せてもらえるか?」
「構わない。止めたのはお前だからしたいようにしてくれ」
「ありがとう」
案外聞き分けの良い森崎に感謝して、立ち尽くす香澄の肩を優しくたたいて着いてくるように促す。着いてきているのを確認しながら、膝を着いた七宝の状態を確認する。
「立てるか?」
「…ええ、大丈夫です」
「そうか、なら俺の後に付いてこい。みんなは自分の仕事に戻ってくれ。もう集まる必要は無い」
七宝が返事をしたので、ギャラリーに部活動に戻るよう説得した後、2人を連れて風紀委員会本部に向かった。
「という経緯です」
「はあ、早速やらかしてくれたわね2人とも。特に香澄、貴女は風紀委員でしょ何をやっているのよ」
俺の説明にため息をつきながら香澄を叱る千代田先輩に、俺は「貴女も人のこと言えませんよ」と心の中で呟く。口にした瞬間に魔法が飛んできそうなので、言えるのは心の中だけだ。たとえ飛んできたとしても、簡単に無効化できるので問題ないのだが…。
「香澄はCADを使おうとしただけですから、罰則を受けるだけで済みます。問題は七宝ですね。魔法を発動させたので停学は確定で、最悪の場合は退学処分の可能性があります。七宝、お前は俺と森崎の制止が聞こえなかったのか?《
最初は騒動を聞いてやってきた達也・執行部の十三束・風紀委員長の千代田先輩に説明し、その後は七宝に向かって話していた。俺の言葉を聞いて、自分がしたことの責任をようやく感じてくれたらしく、反省した表情を浮かべる。
「で、原因は何?2人とも正直に言いなさい」
「七宝君に侮辱されました」
「七草から許しがたい侮辱を受けました」
「はあ。四葉君、これどうしたらいいと思う?」
自分で聞いときながら、相手が悪いと張り合う2人にうんざりして俺に責任を押し付けてきた。まあ騒動を鎮火したのは俺なのだから、無責任に千代田先輩に押しつける気はない。それを踏まえて文句を言わずに答える。
「一番手っ取り早いのは、決闘をさせて勝負を付けることですね。自分が正しいと思っているなら、勝つという気持ちが誰より強いはずですから。負けるのを覚悟で臨んでもらうべきだと思います。2人はどうしたい?」
「…私は正直戦いたくありません。自分が正しいと思っているのは事実ですが、勝負までして決める必要は無いと思います」
「なるほどな。七宝は?」
「俺は戦いたいです。自分が正しいと証明してみせます」
「このまま話し合っても平行線を辿るだけか。らちがあかんな」
面倒くさいが一肌脱ぐことにした。
「わかった。じゃあ、俺が香澄の代わりに戦おう」
「「「「「…え?」」」」」」
俺を除く全員が同じ言葉を同時に発した。
「いやいやいや、それはダメだよ四葉君!2人の争いに君が関わる必要はないんじゃないの!?」
「確かにそうだ。俺だって自分が出る必要は無いと思っている」
「なら…」
「だが香澄は戦いたくないんだろ?争いたくないと言っている生徒を無理矢理戦わせるわけにはいかない。それも女子生徒だ」
嫌がっている相手に無理強いさせて喜ぶような癖を、生憎俺は持ち合わせていない。俺の眼の本気具合に、十三束も何も言えず固まっていた。
「だが克也、お前が本気を出せば七宝は死ぬぞ」
達也の言葉に俺を除く全員が息を飲む。俺の実力を知らない生徒は一高にはいない。ましてや入学して1ヶ月も経っていない1年生でも、知らない生徒の方が少ないだろう。魔法を学ぶ者であれば、〈九校戦〉は無視できない行事であり、〈十師族〉の直系の名前を知らないわけがない。
「…分かりました。その勝負をお受けします」
「七宝、いいのか?」
「ええ、俺が正しいことを証明してみせます」
十三束の心配にも七宝は耳を貸さず俺を見てきた。その眼の光は虚勢ではなく、本気で戦う魔法師の眼だった。
「七宝、今回は特別だぞ。次からは手は貸さんからな」
「分かっています」
「ならいい。それとお前の勝利条件は、俺にお前の力を認めさせることだ。そのためならどんな手段を用いても構わない。俺を殺すつもりで来なければお前は死ぬと思え」
俺の脅しに少しだけ恐怖した七宝だが、すぐに先程の眼で睨んできた。それが心地良くにやついてしまう。
「委員長、これに承認印をお願いします」
達也が渡した書類に、風紀委員長の許可を表す承認印を押してもらう。生徒会長からも承認印をもらうため、俺は達也と共に生徒会室に向かう途中で場所を指定する。
「場所は第二演習室で15分後に開始です」
そう伝えてから生徒会室に向かった。
「達也、ピクシーに頼んでロボ研のガレージからバイク部までの想子観測機のデータを消すように、あとで頼んでおいてくれないか?」
廊下を歩きながら達也に頼む。対決を行うことが決定した時点で、七宝と香澄のゴタゴタはほぼ解決したと言える。だからデータを処分しても問題ないと俺は判断した。
「構わない。だが七宝と何処までやるつもりだ?」
「別に頭にきたから懲らしめてやろうと思ったわけじゃないさ。ただあいつの心を正しい方向に戻してやりたいんだ。正義感があるのは良いことだけど、ねじ曲がっていたらそれは悪と大差ない上に周りを巻き込んでしまう。そのことに気付いて欲しいから、俺は香澄の代わりに戦うことにしたんだよ」
これは偽りのない本心だ。決して惨めな思いをさせるために決闘の代役を受けたわけではない。
「後輩思いなんだな克也は」
「それは良い意味だよな達也?」
「それ以外にどう解釈するんだ?」
生徒会室に向かいながら話していると、最後の方はもはやじゃれ合いになっていたが楽しかったので気にしなかった。中条先輩に承認印をもらい第二演習室に向かう。生徒会室にいた深雪・ほのか・五十里先輩・中条先輩が参加し、結果8人が俺と七宝の試合を観戦することになった。
第二演習場に到着し、〈ブラッド・リターン〉が正常に作動するのを確認して七宝と対面する。
「審判は自分、司波達也が務めます。試合は非公式とし高校生活に影響しないことを約束する。克也が七宝を認めれば七宝の勝ち、認めさせることが出来ずに七宝が戦闘不能になれば克也の勝ちとする。直接攻撃は禁止、致死性の攻撃または回復不可能な攻撃も禁止する。ルールに違反すればその場で失格とし、それなりの罰を与えるからそのつもりで。双方構えて…始め!」
達也の合図とともに七宝が脇に抱えていた本を床に落とし、《
だがその程度のことなら克也は先読みできている。切り札とそれ以外の方法を予測すれば、普通の魔法を放たれても対処は容易い。七宝が驚いているところを見ると、手応えがあったが平然としていることに衝撃を受けているのか。自分のこの魔法に自信があったのに、あっさりと破られたことに対する恐怖だろうか。
この歳で《
正確には同級生が前者、上級生が後者である。克也の〈領域干渉〉を貫通するのは、並大抵のことでは不可能である。完成してしまえば、深雪でも簡単には解除できないほど強固なほどだ。それを知らない下級生からすれば、現実逃避したくなるだろう。現に香澄は魂が抜けた表情で試合を見ていた。
七宝は圧縮空気弾を何十発と撃ち出しているが、一向に〈領域干渉〉が緩む気配がしないので焦っていた。《
精神的ダメージの蓄積は魔法発動の妨げになる。魔法を普通に発動させるだけで、精神には負荷がかかり疲労が溜まるが、恐怖や緊張は余計に精神を疲弊させる。それが顕著に琢磨に現れ始めていた。しかし琢磨は、精神的ダメージの蓄積による魔法発動の阻害によるものではなく、焦りによるものだと勘違いしていた。
くそ!なんで圧縮空気弾が生成できないんだ!焦りによるものではないのか?ならどうすれば発動させることができる?もうあれを使うしかないのか?いや、あれは俺の切り札だ。それを今出せば手の打ちようがなくなる。だが出し惜しみをして負ける方が情けない!
使うなら今だ!
琢磨は一度深呼吸し、両膝を床に付いて本を一度閉じる。再び開くと、全ページが紙切れとなって克也に向かって襲いかかる。七宝家切り札の一つ《ミリオン・エッジ》を発動させた。
克也は琢磨が両膝をつくのを見た瞬間に笑みを浮かべる。
ようやく使う気になったかな。出したくなかったけど、出し惜しみで負けるのは恥ずかしいと思ったんだろう。〈領域干渉〉で防ぎきれるが、力量差を見せつけるために魔法を使わせてもらうけど。
克也はそう心の中で呟きながら〈ブラッド・リターン〉をホルスターから瞬時に抜き出し、照準を定めて《
《
これは達也が1年前の服部との試合で使用した、想子の波の合成を応用したものだ。魔法師が想子を可聴音波や可視光線と同じように認識するなら、「攻撃を受けた」と錯覚させ、「痛み」を引き起こすのではないかと仮説を立てたのだ。
実際に使用するのは初めてだが、七宝が気絶しているところを見ると仮説は正しかったようだ。文弥が実際に《固有魔法》として似た魔法を使っているので、新魔法というわけではないのだが。
「勝者、四葉克也」
達也が宣言して試合は終了した。
「さすがだね四葉君」
「驚いたよ。四葉君はパワースタイルだと思ってたけど、僕の勘違いだったみたいだ」
五十里と十三束の称賛に軽く礼をしておく。
「香澄、これでいいか?」
「十分すぎます。…克也兄の手を煩わせてごめんなさい」
「気にしないでくれ香澄。これは俺が言い出したことだし、七宝に気付かせるのが目的だったから」
「目的?」
香澄は言葉の意味が理解できないという風に首を傾げていた。
「俺は七宝に気付いて欲しかったんだ。一匹狼にならずに周りと協調し、困難に立ち向かうことが必要だってことを。才能だけじゃいつかは限界が来る。努力が実を結べば才能に勝る力を持つことがあるということを知れば、七宝も小さなことでいざこざを起こさずに済むってことをね」
壁際に背を預けて気を失っている琢磨を見ながら、克也はこの試合の目的を香澄だけでなく集った全員に話した。
その日の夜、達也は用事があると言い出て行ってしまった。夜も更けている。入浴して寝るだけの自由時間に、四葉からの秘匿回線の呼び出し音で、俺は暫しの幸福な時間を奪われた。
「叔母上、どうされたのですか?」
『昨日のことを話にね。ところで達也さんは?』
「用事があると言って何処かに行ってしまいました」
『あらあら。女性にでも会いに行ったのでしょうか』
「…叔母上、滅多なことを仰らないで下さい」
叔母の言葉を真に受けた深雪が周囲を凍てつかせ始めたので、《癒し》で深雪を抑えながら抗議した。
『冗談ですよ克也。では本題に入りましょうか。昨日は大活躍でしたね』
「ありがとうございます叔母上。亜夜子の情報が無ければ手も足も出ませんでしたが」
『そうですね。今回ばかりは亜夜子さんにお礼をするべきかもしれません。でも同時に克也のご友人の魔法力には驚かされたわ。特にガンマ線フィルターを使ったお嬢さん』
「ええ、彼女はおそらくもっとも多工程な魔法を使用できる生徒だと思います。この1年の騒動や事件は無駄ではなかったのでしょうね。彼女だけでなく吉田家・千葉家・硬化魔法を得意とする友人達も、有り得ないほど魔法力を伸ばしています」
言葉通り幹比古・エリカ・レオもかなり実力を伸ばしている。その結果が幹比古の一科への転科である。
『そうね。でもそれは貴方達にも当てはまるのではなくて?』
「そうでしょうね。俺も達也も深雪も去年よりはるかに成長しているのが、自分達でも分かるほどですから。本来言うべきではないですが言わせていただきます。吸血鬼がやってきたおかげで俺達は実力を伸ばすことができました。そこは感謝してもいいかもしれません。もし来ていなければ今回の実験は成功しなかったでしょう」
不謹慎ではあるがそう思ってしまう。吸血鬼による被害者とその遺族への気持ちを無視した発言だ。第三者や関係者が聞けば、罵詈雑言を怒声と一緒に浴びせたことだろう。だが幸いにも今はそれを聞く者はいない。
『それは言うべきではありませんが、事実ですから仕方ありませんね。ある意味そこだけは感謝していいかもしれません。そうそう、あの〈実験〉の評価を見て百山先生が野党に対して抗議文を送りました。その結果、反魔法師派はしばらく自由に活動できなくなったようです』
「つまり都合よく利用されたということですか?」
『ええ、でも生活しやすくなるのであればいいでしょう?それじゃあまたね』
叔母との電話を終えてソファーに座る。叔母との会話は精神力を大幅に使うので、あまり頻繁には連絡したくないが叔母から来るのは仕方ない。ソファーに背を預けてリラックスしていると、いつの間にか眠り込んでしまった。
「克也兄様、コーヒーをお持ちしました。克也兄様?」
自分の問いかけに答えないので前に回り込むと、克也は眼を閉じて眠っていた。
「深雪姉様、どうされますか?」
「眠らせてあげましょう。今日は短時間とはいえ戦闘をしたのだから」
「かしこまりました」
深雪姉様の言葉を聞いて、私はもう一度克也様を見る。幸せそうに寝ているので思わず頬を緩めてしまった。克也様は普段からソファーが好きなので、わずかでも時間があると座って眠る癖がある。
克也様曰く「ソファーは人を悪くする物」だそうです。
口癖のように言っていますが、それを達也兄様と深雪姉様の3人で「それはない」と反論しています。しかし一向に応えた様子はなく、むしろ「この気持ちを知らないのはもったいない」と言い出す有様だったと思い出します。ソファーで寝ている寝顔は自分と同じか年下のように見えて、普段とのギャップでドキッとしてしまいます。
水波はそれが一種の恋であると気付いていない。普段とのギャップがありすぎるから、そう感じているだけだと思い込んでいた。
達也が帰宅する頃には克也は眼を覚ましていた。
「今日の用事はなんだったんだ達也?」
「七宝に余計な知識を与え、あんな性格にした人を少し脅してきた。独立魔装大隊の力を借りてなんとかしたが、謎の奴らに狙われていた」
「謎?」
「テレビ番組の飛行船がハイジャックされていたし、調べる前に消してしまったから知る術はないさ」
「なるほど。それじゃあ仕方ないか。そろそろいい時間だし寝ようか?」
克也の就寝合図に3人が動き出した。
《