第45話 困惑
6月最終週。達也は生徒会での自分の仕事を終わらせて、久々の山岳部で身体を動かしていた。
「なあ達也、何で桜井さんはこの部活に入ったんだ?」
「いきなりだなレオ。別に構わないが。入部を希望した理由は、身体を動かしたいからと言っていたな。そのことなら今日来る予定だった俺じゃなくて、いつもいる克也に聞けば良かったんじゃないのか?」
「まあそうなんだけどよ。今日聞こうと思ったら、バレーボール部の練習試合に連行されたらしくて聞けなかったんだ。桜井さんのあの魔法力なら、各クラブから勧誘されたんじゃないのか?」
練習前のウォーミングアップ中にレオが話しかけてきた。レオの言うとおり、今日は克也がバレーボール部に行っているため、山岳部には来ていない。克也はこことバレー部を掛け持ちしており、1週間に1回ずつ両方の部活に顔を出している。
余談だが克也が入部しているバレー部は、魔法の使用が禁止されており、身体能力のみで戦う昔ながらのスポーツだ。試合には必ず想子測定器が設置されている。厳しく検査され違反した場合は、使用した魔法のグレードに応じて使用者またはチーム全員が罰を受ける。
閑話休題
「入学上位者だから勧誘されまくってうんざりしたらしくて、勧誘されなかったこの部に敢えて入部したらしい。それと料理が好きらしいから、料理部にも入部しているらしいぞ」
「へぇ~なかなか賢い選択したんだな」
レオは達也の建前の説明に納得したらしく、林間走に集中し始めた。水波が部活動をしている本当の理由は、護衛対象である克也と時間を合わせるためだ。水波にとって最優先なのは、自分でも達也でも深雪でもなく克也なので仕方ない。水波も今日は料理部に顔を出しているため、今日ここにはいなかった。
今学期は珍しく(当たり前?)何事も起きなかったので、克也達は普通の高校生として学校生活を謳歌していた。〈九校戦〉出場選手は既に決定しており、選手に伝えるだけだったので仕事はかなり楽だった。克也が選手として出場するのは決定事項だったが、今回はエンジニアとしてもとは本人も思わなかった。生徒会室は前年度と比べて温和な空気で包まれている。
今日7月2日月曜日、予想外の通知が来るまでは…。
その日の放課後。克也達が生徒会室のドアを開けると、重苦しい空気が流れ出してきたので足を止めた。発生源を見てみるとうなだれる五十里とあずさがいた。
「…何があったんですか?」
代表してドアを開けた克也が聞いてみた。
「…大会委員から連絡が来ました。しかしそれは、〈九校戦〉の競技変更を知らせるものでした」
「何が変わったんですか?」
「3種目です。〈スピード・シューティング〉・〈クラウド・ボール〉・〈バトル・ボード〉が外されて、新たに〈ロアー・アンド・ガンナー〉・〈シールド・ダウン〉・〈スティープルチェース・クロスカントリー〉が追加されました」
「…かなり大幅な変更ですね」
あずさの悲鳴の報告に、克也は納得と同時に競技内容にうんざりした。
「しかも掛け持ちができるのは、〈スティープルチェース・クロスカントリー〉だけなんです!それに〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉・〈ロアー・アンド・ガンナー〉、〈シールド・ダウン〉がソロとペアに別れているんです!」
「…厄介ですね。また戦術発案と選手選考からやり直しですか。まだ出場選手に伝えていなかったので、本人を失望させることにならなくてよかったのが僅かな救いです」
競技変更となると、魔法特性によっては選ばれている生徒より、選ばれなかった生徒の方が得意という可能性もある。また、かけもちが許される競技とそうではない競技があるとなれば、誰をどれを優先するべきなのかを考慮しなければならない。
「克也お兄様、〈ロアー・アンド・ガンナー〉・〈シールド・ダウン〉は名前を見ればなんとなくは理解できます。しかし〈スティープルチェース・クロスカントリー〉は、一体どのような競技なのですか?」
「俺の知っているルールがそのまま適用されるとは思えないけど。〈スティープルチェース・クロスカントリー〉は、障害物競走をクロスカントリーで行う競技だ。陸軍の山岳・森林訓練に採用されている軍事訓練の一種だよ。障害物は自然にあるもの自体を使用したり、魔法による攻撃や銃撃もある。〈九校戦〉だから魔法や弾丸が飛んでくることはないだろうから心配しなくてもいい。それにしても軍事色がやけに濃い気がするな。〈スティープルチェース・クロスカントリー〉は、軍以外ましてや高校生にやらせるような競技じゃない。運営委員は一体何を考えているのだろうか。…まさかね」
「克也、気付いたか?」
「達也もか?」
「ああ、おそらく〈横浜事変〉の影響だろう。あの事件で魔法師が実戦不足だと痛感させられたから、今回の〈九校戦〉で少しでも慣れさせたいんだろうな」
達也の説明に4人が難色を示した。〈横浜事変〉と聞いた全員は少なからず不快な思いになる。なんせ五十里は瀕死の傷を負ったし、達也は軍に在籍していることが判明している。
「〈横浜事変〉が起こって間がないから押し通すことができたって訳か」
「ちなみに〈スティープルチェース・クロスカントリー〉は、2年生・3年生なら誰でも参加可能だよ。ゴールすれば全員がポイントをもらえるから、実質1年生以外は強制的に全員参加だろうね」
五十里の補足にため息をつく。各校も可能な限り選手を参加させてくるだろうから、準備を急がなければならない。
「クロスカントリーは危険ですから準備が難しくなります。障害物の予測は不可能なので、まずは森林コースを問題なく走れるように訓練して、当日の障害物は選手個人の判断に任せましょう。しかし今はクロスカントリーより、他の種目の参加選手を決めるのが最優先事項です」
達也の言葉に五十里は頷いて校内の名簿を取り出し、生徒の選考を始めたので手伝うことにした。一方あずさはその日は、ずっと落ち込み作業を一切手伝わなかった。
その日の夜。俺は夕飯を早めに終わらせ、将輝と電話で競技変更について話し合っていた。
「将輝、競技変更を聞いたか?」
『ああ、〈ロアー・アンド・ガンナー〉と〈シールド・ダウン〉はまだ理解できる。だが〈スティープルチェース・クロスカントリー〉だけは異質だ』
「将輝もそう思うか?」
『…俺は感じただけだがジョージがそう言っていた』
「〈カーディナル・ジョージ〉か。彼がそう言ったなら間違いないだろう。達也と同じ意見だからな」
『あいつもか?』
「そうだ。〈横浜事変〉の影響だろうって言ってた」
『…〈横浜事変〉か』
将輝が〈横浜事変〉という単語に対して腑に落ちない表情を一瞬していたが、今はそれを聞いている場合ではないと思って忘れることにした。
「1ヶ月後を楽しみにしてるよ将輝。今回も〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉に出場するから待ってろよ?」
『それはこっちの台詞だ。今度こそぎゃふんと言わせてやるから覚悟してろよ?』
互いに宣戦布告をして電話を切り、俺はそのまま十文字家に電話をつなげた。
『四葉か。どうした?』
予想外に電話に出たのは十文字先輩だった。
「夜分に申し訳ありません。克人さんの意見を伺いたいと思いましてご連絡させていただきました」
『構わない。だがそこまでかしこまられては、ぎくしゃくして話しづらい。普通に話してくれ』
校内では十文字先輩、校外では克人さんと呼び変えたのだがお気に召さなかったようだ。学校では一生徒の先輩・後輩の関係。私生活では〈十師族〉として対等な関係であるという俺の心情を理解しているようで、話を拗らせるようなことはしなかった。
「分かりました。では早速お聞きします。今年の〈九校戦〉の競技種目を知っていますか?」
『ああ、先程七草からのメールで見た。それで聞きたいこととは何だ?』
「競技種目について何か感じませんでしたか?」
『…軍事色がやけに濃いと思った。特に〈スティープルチェース・クロスカントリー〉は危険すぎる。高校生にさせるような競技ではない』
「十文字先輩もそうお考えなのですね?」
『も?どういうことだ四葉』
十文字先輩が食いついてくれたので隠さずに答える。
「先程一条将輝と電話で、競技についての意見を交換し合っていました。その時に〈カーディナル・ジョージ〉が危険だと言っていたと教えていただきました。達也と自分も同じ意見です」
『なるほどな。お前達がそう言うなら間違いは無いだろう。で、この競技になった理由はなんと言っていた?』
「〈カーディナル・ジョージ〉と一条将輝からは何も言われていませんが、俺と達也は〈横浜事変〉が影響しているのではと考えています」
『【〈横浜事変〉での被害は、魔法師の実戦経験不足であると認識した。今回の〈九校戦〉に軍事メニューである3つを競技とすれば、実戦経験を少なからず得られる】と考察するのが妥当か』
「ええ、それで間違いは無いと思います。まだ仮説の段階ですので周囲には内密にお願いします」
『承知した。四葉も頑張れ。OBとして健闘を期待する』
「ありがとうございます」
俺は電話を切ってリビングに向かった。
「克也、誰と電話していたんだ?」
「将輝と十文字先輩だよ」
「一条と十文字先輩か。どうだったんだ?」
「十文字先輩はすぐ俺達の仮説に辿り着いてくれた。将輝は少々抜けているところがあるから時間がかかるだろうけど、きっと分かってくれるはずだ」
俺と達也が話していると、水波が戸惑いながら話しかけてきた。
「達也様、メールが届いております」
戸惑っているためか「兄様」ではなく「様」になっており、本人もそのことに気付いていなかった。
「メール?誰から?」
「差出人が書いていないので分かりません」
「無い?とりあえずこっちに回してくれ」
「かしこまりました」
戸惑っていた理由が分かり、達也の声にも訝しさが含まれていた。メールは暗号化されており、四葉の暗号解読キーでは解除されず、独立魔装大隊の暗号解読キーで見ることができた。
「達也、これは彼女からか?」
「これだけの高度なネットワーク技術を持っているのは、その人だろうが断定はできない。本人が送ったのか命令されて送ってきたのか。今の状態では判断が付かないからな」
メールの内容を読むと驚愕する。
「…一体何を考えてるんだ?本当に」
「新兵器の開発にそれの利用か。〈九校戦〉競技種目の変更が国防軍の圧力であるのは、変更後の競技種目である程度予想済みだったが。九島家が秘密裏に開発した新兵器を、〈スティープルチェース・クロスカントリー〉で使用するつもりだったのは予想外だ」
「お兄様方、どうされますか?」
「まだこれが真実だと決まったわけじゃないからどうしようもない。それに匿名なのが腑に落ちない。もっともらしい事柄に嘘を紛れ込ますのは、戦術として初歩中の初歩だからね。達也、先生に相談した方が良くないか?」
「その方が良いと俺も思う。今から行って明日の朝に話す時間をもらえるように頼んでくるから、克也はこのメールを頼む」
達也はバイクにまたがり九重寺に向かった。
「克也お兄様、これはどうされますか?」
「コピーをとって本体を葉山さんに送るよ。水波、これを暗号強度は最大で葉山さんに送って欲しい」
「かしこまりました」
水波に頼んだあと、俺は風呂に向かった。
翌日の早朝、水波を家に残して3人は九重寺に向かった。大事な話をしたいと昨日の夜に言ったにもかかわらず、山門をくぐった瞬間には門人から攻撃を受けた。克也と達也は想定済みだったので驚くこともなく、入学式翌日の記録を大幅に更新し、
「それじゃあ話は中でしようか」
有無を言わせず部屋に向かう八雲の背に克也達は着いていく。部屋に到着して、4人が静かに座り込む。深雪が電磁波と音波を遮断する障壁を張ったのを確認してから、3人で深々と頭を下げる。
「師匠、今回は面倒な案件を持ち込んでしまい申し訳ありません」
「構わないよ。僕も個人的に調べていたからね。しかし九島家も危ないことを考えたものだ。今更言わなくても分かってるだろうけど〈スティープルチェース・クロスカントリー〉、あれは危険だと断言できる」
「…先生でもそうお考えですか?」
「そうだよ。その危険な競技で新兵器の性能実験をしようだなんて、正気を失っているのかと思ってしまうね」
八雲の辛らつな言葉に3人は息を飲んだ。
「師匠は九島家の計画を知っていたのですか?新兵器の正体とか」
「〈P兵器〉と呼ばれているようだけど、詳細は不明だ」
八雲でも分からないと言うのであれば、諦めるしかないと克也は思ったが、予想外の言葉に思考は中断された。
「奈良へ行く必要があるね」
「旧第九研ですか?」
「僕にとっても因縁の場所だよ」
八雲の眼は強い光を放っており、克也達は早朝とはいえ真夏にもかかわらず、寒気がして背中を汗が伝っていくのを感じた。