昼休み。いつものメンバーに断りを入れて、生徒会室に3人で向かった。生徒会室のドアをノックをすると音もなく鍵が解除されたので流れるように入室する。
「失礼します」
「「失礼します」」
深雪が一礼してから克也と達也も一礼をする。深雪の洗練された礼は、克也たち2人には到底真似できないものだ。それを表すかのように生徒会の面々は見とれていた。克也たちが動き出すと全員が我に返る。
克也と達也が下座に腰をかけると、深雪は不満そうだった。しかし今の主役は自分だとわかっていたので、声を上げることを我慢している。全員の食事の準備が整うと、真由美は説明を始めた。
「入学式でも紹介しましたけど、もう一度紹介させてもらいますね。私の隣が会計の市原鈴音。通称リンちゃん」
「…私のことをそう呼ぶのは会長だけです」
そう反論する鈴音は、整っているが顔の各パーツがシャープである。スラリと伸びた身長に加えて、手足がモデル並みにスマートである。美少女というよりは、美人と表現するのが相応しいだろう。
「その隣は風紀委員長の渡辺摩莉」
鈴音の反論を無視して紹介を続ける真由美に、文句を言わないのはそれが日常茶飯事だからだろうか。
「それから書記の中条あずさ。通称あーちゃん」
「会長、お願いですから下級生の前で『あーちゃん』は止めてください。私にも先輩としての立場というものがあるんです」
童顔で幼い印象のあずさは、確かに『あーちゃん』だろう。
「もう1人副会長のはんぞー君を加えたメンバーが、今期の生徒会役員です」
これも無視する真由美。
「わたしは違うがな」
摩莉が追加情報を補足してくれる。真由美の『はんぞーくん』が漢字ではなく、ひらがなで聞こえたのは発音的に気のせいではないだろう。
「これは毎年恒例なのですが、新入生総代を務めた生徒には役員になってもらっています。深雪さん、引き受けていただけますか?」
「承りました。未熟者ですが精一杯努力いたしますので、よろしくお願いします」
真由美の依頼に深雪は快く引き受けた。これで終わりかと思っていた克也たちだったが早とちりしすぎたようだ。
「そういえば、風紀委員の生徒会推薦枠が1人空いていたな」
「摩莉、それは人選中でしょ?」
「この場にいるのも何かの縁だ。達也君ではどうかな?」
摩莉が予想外の提案を始めた。誰もが深雪の勧誘で終わる要件だと思っていたので、完全にスキを突かれる。
「…ナイスよっ!」
「はあ?」
真由美の言葉に、つい言葉が漏れてしまう達也であった。
「生徒会は1-E 司波達也君を推薦します!」
「ちょっと待ってください。俺はまだ認めていませんよ?それに俺より克也にすべきではないのですか?」
達也の意見に2人は耳を貸すつもりはないようだ。無視ではなく聞いてはいるが、意見を聞かないという感じである。
「克也君より達也君の方が適任だからだよ」
「なんでも最初は初めてよ!」
何を言っても無駄のようだ。形だけの抵抗を少しだけしたかった達也だったが、時間が来たので諦めることになってしまう。
「続きは放課後でいいかな?」
「…わかりました」
このまま有耶無耶に終わらせていい案件ではない。放課後にもう一度訪れることになった。生徒会室を出る際、人数分の視線の中に一つだけ、温度の違うものが混ざっていた。克也は気のせいだと思うことにして、誰の視線なのかを確認しなかった。
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放課後、克也からは達也の顔色が悪く見えた。授業の結果が芳しくなかったかもしれないし、エリカとレオの痴話喧嘩に疲れたのかもしれない。そのことは克也も達也自身ではないので、本人から直接聞かない限り知りえない。双子でも自分とは性格が真反対なので、何を考えているのかわからない時があるのだ。
生徒会室に入ると、昼休みにはいなかった男子生徒が窓際で3人に背を向けて立っていた。
「よ、来たな」
摩莉から親し気な挨拶があった。するとその男子生徒が、克也と深雪に近づいてきて自己紹介し始めた。
「副会長の服部刑部です。司波さん、生徒会にようこそ。四葉君もよろしく」
達也に挨拶しない服部に顔を顰める深雪は、まだ自制してくれているようだ。そのことに安堵しながらも、克也はいつ爆発するのか不安で仕方がない様子である。
「それじゃあ達也君、風紀委員本部に行こうか」
「待ってください渡辺先輩」
達也を誘って向かおうとする摩莉に声をかける服部。その声は先ほど聞いたものとは違って固く感じられる。どうみても良い言葉は聞こえないだろうと克也は半分諦めていた。
「一体なんだ?服部刑部少丞半蔵副会長」
「フルネームで呼ばないでください!」
克也たちにとって耳慣れない名称を発した摩莉に、頬を紅潮させて叫ぶ副会長。克也と達也が2人して真由美を見ると、視線に対して「ん?」と首を傾げている。
まさか「はんぞー君」が本名だったとは。克也と深雪にとっては予想外だった。
「名前なんて別にいいだろ?」
「まあまあ摩莉も落ち着いて。はんぞー君にも譲れないものもあるんでしょう」
そう言う真由美に、機械の操作をしていた鈴音とあずさを含めた全員から鋭い視線が突き刺さる。しかし真由美の余裕の笑みは崩れない。鈴音とあずさも参加したのは、普段からあだ名で呼ばれているからだろう。普段の仕返しとばかりに睨みつけている。
その視線を気にせずニッコリとしている真由美。恐ろしく度胸のあるのか、面の皮が厚いとでも言うのか。数分の間、摩莉と言い合い?を繰り広げていた服部が、達也に冷たい視線を向けながら話し始めた。
「その二科生を風紀委員に任命するのは反対です。過去に〈
服部の差別用語に眉を吊り上げる摩莉の瞳が鋭くなる。その瞳はまるで、獰猛な肉食動物が獲物を見つけた瞬間そのものだ。分かっていて発言したのか無意識だったのか。それは本人のみ知ることだ。
「私の前でその言葉を使うとはいい度胸だな。だが強さには色々あるんだ。彼には魔法式の展開式を直接読み取る技術がある」
「ありえない!基礎単一工程の魔法式でも、アルファベット3万字相当の情報量があるんですよ!?そんなことが一瞬でできるはずがない!」
服部の言う通り、普通なら理解できるわけがない。
普通ならば…。
「確かに普通なら理解できないさ。だができるとなれば、彼がいることで強力な抑止力になる。今まで罪状が確定せず、不起訴になっていた生徒にも有効だ。そして彼を推薦する理由はもう1つある。ニ科生が風紀委員になった例は、お前の言う通りこれまで一度もなかった。つまりニ科生に対しても、一科生が取り締まってきたということだ。これは一科とニ科の溝を深めることになっている。達也君が風紀委員になれば、良い方向に傾くかもしれないと思っているんだよ」
摩莉の熱弁に気圧されながらも、服部は自分の意見を押し通そうとする。服部はその亀裂の存在を認識しているものの、別段修復しなくてもいいと考える派閥だ。わざわざ時間と労力をつぎ込んでまで、直す必要はないと言っているのと等しい。
「会長、私は副会長として司波達也の風紀委員就任に反対します。渡辺先輩の主張に一理あることは認めますが、魔法力で劣る二科生に風紀委員は務まりません」
「確かに兄は魔法実技の成績が芳しくありません。しかし実戦なら誰にも負けません!」
深雪は黙っていられなくなったのだろう。感情的になり喰ってかかる。その気持ちが克也には痛いほどよくわかる。だがここで感情的にはなってはいけないと、自分を抑え込んでいた。
「司波さん、身内を過大評価してはなりません。身贔屓に眼を曇らせてはならないのです。魔法師は常に冷静でいなければなりません」
幼い子供に諭すように語り掛ける。だがこれはむしろ逆効果で、深雪はさらにヒートアップしていく。克也も深雪と同意見だったので止めようとはしなかった。
「お言葉ですが私は眼を曇らせてはおりません!兄が本当の力を以てすれば…」
すると達也が深雪を抑えて服部に近づいて行く。近づいてくる二科生に服部は苛立ちを覚えていた。「何故こんな奴が風紀委員なんかに」と思ったとしても仕方がないだろう。不自然に堂々と近寄ってくるのだから。
「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか?」
突然の申し込みに眼を見張る生徒会役員。
「思い上がるなよ…補欠の分際で!」
罵倒された本人は苦笑を浮かべている。その程度の罵倒は聞き飽きたとでも言うように。
「何が可笑しい!」
「魔法師は冷静を心掛けるべきなんでしょう?別に風紀委員になりたいわけではないですよ。ただ深雪の眼が曇っていないことを証明する為ならばやむを得ません」
独り言のように呟く達也に服部は挑発されていると感じる。
「いいだろう。身の程をわきまえる必要性を教えてやる」
苛立ちを抑えながら了承した。いや、苛立ちを超えて憤怒が含まれていた。それに対して、克也は文句を言うつもりもなかった。
真由美によって模擬戦の許可が下り、指定された場所に移動する。克也の前を、真由美・摩莉・あずさ・服部が歩いている。そして何故か横には鈴音が…。ちなみに深雪はCADを預けた場所に取りに行く達也の付き添いだ。
「克也君、本当に大丈夫なの?」
真由美がスピードを落として、服部に聞こえないように聞いてきた。顔には不安の色が見えたが、何も考えずに自信満々に答える。
「もちろん大丈夫ですよ。あいつが負けることなんてありえませんから」
克也の微塵も揺らがない言葉と表情に、真由美は毒気を抜かれていた。そうしているうちに指定の場所に到着する。試合の準備をしていると達也と深雪が到着した。達也の準備が終わるのを待って摩利は説明を始める。
「ルールを説明するぞ。相手を死に至らしめる直接・間接的な攻撃は禁止だ。相手の身体を損壊させるような攻撃も同様に禁止。相手を気絶させる程度の攻撃は許可する。勝敗はどちらかが負けを認めるか、審判が続行不能と判断した場合に決する。合図があるまでCADの操作は禁止する。ルールに違反した場合はその時点で失格とする。ルールに従わない者は、私が力尽くで止めるから覚悟しておくこと」
双方の確認をすると摩莉は腕を振り下ろして合図した。
「始め!」
この勝負に瞬殺という言葉がこれほど似合うことはないだろう。それほどの時間で勝敗は決していた。服部は何をされたのか理解せぬまま気を失っている。
「…勝者、司波達也!」
達也は一礼するとCADをケースにしまうために動き出した。
「待て。今のは自己加速術式を予め展開していたのか?」
摩莉から疑いをかけられたが、別段やましいことはないので達也が素直に答える。
「いいえ。今のは正真正銘、自分の身体的な技術です」
「俺も証言しますよあれは体術です。魔法特有の〈事象改変〉は見られなかったはずですから。俺と達也は〈忍術使い〉九重八雲先生の指導を受けています」
全員驚いているようで呆気にとられていた。魔法師で知らなければ、無知と言われるほど有名な名前だ。そんな人物から指導を受けているのであれば、これほど疑う余地はない。
「あの九重先生にか!?」
「それにしても服部君は何故倒れたの?あの魔法も忍術?想子の波動そのものを放ったようにしか見えなかったのだけど?」
真由美は服部が倒れた理由を聞く。生徒会長ならば、達也の行動を一目見ただけで何をしたかわかるはずだ。だが魔法だという先入観によって冷静さを失っていたため、答えを知りたいという欲望が漏れていた。
「忍術ではありませんが、想子の波動そのものというのは正解です。あれは振動の基礎単一系魔法で、想子の波を作り出しただけです」
「それだけじゃ服部君が倒れた理由がわからないのだけれど…」
「酔ったんですよ」
「酔った?何に?」
達也は真由美の質問に流れるように答える。
「魔法師は想子を可視光線や可聴音波と同じように認識します。予期せぬ想子の波にさらされた魔法師は、実際に自分の身体が揺さぶられたと錯覚します。その錯覚が肉体に影響したんです。服部先輩は『揺さぶられた』と錯覚し、激しい船酔いのようなものになったというわけです」
「魔法師は普段から想子の波にさらされているから慣れているはずよ?魔法師が気を失うほど強力な波動をどうやって…」
「波の合成…ですね?振動数の違う魔法を3連続で作り出し、3つの波が服部君の位置でちょうど重なるように調整して、三角波のような強力な波を作り出したのでしょう。よくそんな精密な演算ができますね」
「お見事です市原先輩」
達也の説明に深雪は誇らしげに見つめている。達也の説明を聞いて、真由美は納得するように微笑んだ。簡単な魔法であったが故に真由美は混乱していただけで、よくよく考えれば真由美は既に答えを得ていた。鈴音は達也の演算能力に呆れているが、それを初見で見抜いた観察力の方がすごいのではないかと克也は思った。
しかし鈴音の疑問は別にあるらしい。
「それだけの処理速度があれば、実技の評価が低いはずはありませんが…。座標・強度・持続時間に加えて、振動数まで変数化するとなると。…まさかそれを自ら実行しているというのですか?」
驚愕に言葉を失った鈴音に、達也は肩をすくめながら片付けを再開した。
「〈多変数化〉は〈処理速度〉としても〈演算規模〉としても〈干渉強度〉としても、学校では評価されない項目ですからね」
「…実技試験における魔法力の評価は、魔法を発動する速度・魔法式の規模・対象物の情報を書き換える強度で決まる。…なるほど。司波さんが言っていたのはこういうことか」
未だに驚きで硬直するメンバーの後ろから声が聞こえた。振り返ると、壁に預けていた背中を持ち上げている服部がいる。
「司波さん、先ほどは失礼しました。以後このようなことがないように気をつけます」
服部は深雪に非礼を詫びると達也に眼を向ける。次は負けないという意思が伝わってくるように達也は感じた。服部は上級生に一礼してから試合会場を出て行く。服部の素直に言葉にしない態度に生徒会役員が苦笑を浮かべた。
「いろいろ予定外のイベントが起こったが。それじゃあ、当初の予定通りに風紀委員本部に行こうか」
誘い(脅迫?)に困惑している達也の意思を無視しながら、摩莉は達也の腕を掴んで歩いていく。何故か深雪から咎めるような視線を受ける達也。「何故俺が巻き込まれなければならないのかわからない」という視線を克也は感じていた。