第48話 想定外
〈九校戦〉が終了した後、克也と達也は夏休みの残りの大半を自宅のCAD調整室で過ごしている。ろくに睡眠も食事も取らないまま、何かに取り付かれたかのように仕事をしている様子を見て、深雪と水波は不安になっていた。
だから深雪と水波は、週末に客人を迎える気にはなれなかった。2人が精神的に疲弊しているのを知っていたからだ。だが2人が通すように言ったため、今日のところは仕方なく通した。たとえその客人が心を許せる人物であったとしても。
「文弥・亜夜子、よく来たね」
「こんばんは克也兄さん・達也兄さん・深雪姉さん・桜井さん」
社交辞令を軽く交わして、早速本題に入ることにした。
「今回はどうしたんだ?」
「当主様から直々にお預かりしてきました」
文弥は背広の内ポケットから、当主直筆の封筒をソファーに座っている俺達の前に出した。達也がそれを読むと眉をひそめ、俺に渡してきたので読むと同じように眉をしかめる。
「…文弥はここに書かれた内容を知っているのか?」
「ええ、知っています」
「
「僕達もそう聞いています」
「言葉の文ではないんだな?」
「でもなんで叔母上が
「その件に関しては私が伝言を預かっています」
亜夜子の言葉に俺達は驚いた。書面にも残せないような重要なことであれば、確かにデータなどで送るよりは秘匿性が高い。だがわざわざ文弥や亜夜子に言伝を頼む必要性はないはずだ。
つまり今から聞かされる言葉は、これまでのものとは別種の何かだと俺達は感じ取っていた。
「今回のお仕事はお断りになっても構わないそうです」
亜夜子の言葉に今度こそ驚愕する。これまでの仕事を叔母は、俺達に命令という形で取ってきた。それが今回は
「…叔母上に『承りました』とお伝えしてくれ」
「分かりました」
「情報は入っているのか?」
「限定的ではありますが得られています。捕縛対象は現在、京都方面に逃走したと想定されます」
「協力者は?」
「九の各家と対立関係である〈伝統派〉が裏に付いていると見られます」
「ありがとう参考になった」
重い表情で達也は答えるのだった。
文弥と亜夜子を見送った後、俺はソファーに座っていたが沈み込んでいくような錯覚に陥っていた。
「克也、どうした?」
「今回の叔母上の判断が理解できない。何故命令ではなく
「克也、それは考えすぎだ。現に四葉家は俺達の危機に手を貸してくれている」
「それだけじゃない。何故俺には参加を認めてくれない?協力せず達也1人で追い込めというのか?」
叔母からの文には、俺に達也との協力を禁止するという命令が加えられている。
「今、それを考えても仕方ない。それより生徒会選挙のことを考えるのが先だ」
達也は俺の悪いループから抜け出させるために、話をずらしていった。
今年の〈論文コンペ〉まで残り1ヶ月と少しだが、校内はそのことより生徒会選挙のことで盛り上がっていた。深雪と達也は誰を生徒会員にするか迷っていたが、知り合いに毎度毎度聞かれるため少しイライラしていた。
「それで達也君、今年は〈論文コンペ〉に出ないの?」
「別に去年も出たかったわけじゃない。今回は単に間に合わなかっただけだ」
「どういうこと?」
「今新しいテーマに取り組んでいるんだが思いのほか難航していてな。今回は出ない予定なんだ」
「どんなテーマなの?」
「エリカ、あまり追求しすぎたら相手の機嫌を損ねるぞ。達也はそんなことで機嫌を害したりはしないけど」
やんわりと克也がエリカの質問を止める。今達也が取り組んでいるのは克也の新魔法だ。正確には克也が魔法式の基礎設計をするのだが、まだこの段階で苦戦している。振動魔法の設計を根本的に変えることは、容易ではないことを達也は知っていた。克也が自分の限界を超えたいと思っているのを、この1年半の間ずっと感じ続けている。
克也がみんなが寝静まったあとも考え続けていたのも知っているし、悩んで思い詰めていたのも知っている。基礎設計が作れず、悔し涙を流している姿を後ろから見たこともあった。そんなこともあってか達也は克也の気持ちに応えたいと思い、自分の目標を一度頭から追い出して、克也の魔法開発を最優先事項としている。
「今回はサポートは頼まれてないの?」
「今は頼まれてないがこれから頼まれるだろうな」
「達也なら引く手数多だからね。そのうち魔法に関係ないことまで頼まれるかも」
「おお、その通りだ幹比古。おそらく雑用だぜ?」
「レオ、お前とは一度みっちり話し合わなければならないようだな」
「おお怖、遠慮しとくぜ」
レオの本気で嫌がっている様子に、昼食中にもかかわらず全員分の笑い声が響いた。
その日の夜、達也は克也に頼んである人物に連絡を取ってもらっていた。克也は協力するなと真夜に言われているが、言いつけを守るつもりはない。言いつけに背いてでも達也に仕事を成功させるため、克也は友人に助けを求めた。
「やあ、光宣。今大丈夫か?」
『克也兄さんお久しぶりです!今は大丈夫ですよ』
画面には超絶美形の少年が映っている。そしてその顔は満面の笑みを浮かべている。人懐っこい様子はまるで猫が尻尾を振っているようだ。
「お願いがあるんだけどいいかな?」
『お願いですか?構いませんよ。克也兄さんのお願いは可能な限り聞きたいですし』
純粋な好意で言ってもらえるのは人間としてとても嬉しい。それも信頼している友人からなら尚更に。
「じゃあお言葉に甘えて。閣下との面会を設置してもらえないか?」
『お祖父様にですか?何のために?』
「今は秘密。このことを知られたくないから藤林さんから伝えてもらえないかな?達也が藤林さんに頼んで面会を閣下に願ったという形で」
『つまり四葉家に知られたくないわけですね?わかりました響子姉さんに伝えておきます』
「ありがとう光宣。そっちに行ったときに会えると良いな。その時を楽しみにしてる」
電話を切りベッドに倒れ込む。閣下と話ができたとしても協力を得られるとは考えにくい。光宣なら個人的な感情で動いてくれるだろうが、九島家自体は難しいだろう。
9月28日金曜日の夜、光宣から連絡があった。
『こんばんは克也兄さん。この前の件でお知らせしたくてお電話しました』
「こんばんは光宣。で、どうだった?」
『お祖父様は面談に応じると仰っています。日時は10月6日土曜日の18時に生駒の九島本邸だそうです。大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫だ。俺の部活が入っているが家の用事と言えば問題ない」
『分かりました。1週間後を楽しみにしてます』
光宣は嬉しそうに笑顔を浮かべて電話を切った。
「達也、そういうことだけどいいか?」
「もちろんだ助かった。ということで叔母上にも連絡しないとな」
数分後、四葉本家に電話をかけると葉山が出たので少々驚く。
『達也殿、誠に申し訳ないが奥様はただいま都合が悪い』
「時間帯も考えず突然の連絡しているので当然です。先日の依頼についてお伝えしていただきたいのですが」
『伺いましょう』
「先程、九島家と面談する許可が閣下から降りたと、
本当は違うのだが、光宣にもそう伝えているから口を滑らせるようなことはないと思っている。達也が藤林のことを少尉と呼ばなかったのは、軍の上司と部下の関係ではなく、藤林家の令嬢としての関係を示していたからだ。
『ほう、なかなか面白いことを考えましたな達也殿。独立魔装大隊の助力はいらないのですか?』
「ここで少佐の力を借りるわけにはいきません。それに今回は四葉家と周某の因縁です。周某が〈伝統派〉に匿われているのであれば、敵対している九島家の力を借りるのが効率的でしょう」
『ギブアンドテイクということですな。分かりましたお伝えしておきましょう。それから一々こちらに報告しなくても構わないと奥様は仰っております。ご自分の判断で行動せよとのことです。お気を付けて』
電話が切れると達也は手応えを感じていた。
「俺の判断で行動して良いか。つまりは克也を参加させても構わないということだ。克也、手伝ってくれるか?」
「水臭いな達也は。頼まれなくてもやるに決まってるだろ?」
2人の仲の良さを深雪と水波は嬉しそうに見ていた。
9月29日土曜日。生徒会長選挙が行われ、予想通り深雪が生徒会長に選ばれた。割り当てはこうだ。
生徒会長・司波深雪
副会長・四葉克也
副会長・七草泉美
書記・桜井水波
会計・光井ほのか
この
花音の後任を風紀委員長には幹比古が。次期部活連会頭候補だった克也が生徒会に異動になったため、空いた席に何故か雫が部活連会頭に就任した。
後になってわかったことだが、以外にも雫はパワータイプの魔法が得意且つ好きなのが判明することになる。その能力を見込まれて部活連会頭に選出されたと、克也達はほのかからこっそりと知らされたのだった。
数日後、地下室から出てきた克也と達也は家の中をうかがう人ではない何かを感じていた。
「達也、これは化成体か?」
「いや、人造精霊だろう。想子でのみ構成されているから簡単に消せる。克也、1匹頼む」
「了解」
達也は《
「お兄様方!」
階段の上に現れた深雪が2人に駆け寄ってくる。
「今のに気付いたか?」
「いえ、お二人が魔法を放ったのを感じたので。もしかしたらと思いました」
「たぶん周某の仕事の影響だよ深雪。やつの部下か匿っている一味の仕業かわからないけど。文弥達がつけられたかな?」
「文弥君達がですか?」
「2人が気付かないわけがないから、たぶん意図的に連れてきたんだろうな。それも本家の命を受けてね」
文弥と亜夜子が悪いわけではないと伝えておく。いくら深雪でも克也と達也と同様に心を許している相手であっても、危害を加えられたとなれば黙ってはいない。そう思った克也の判断だった。
厄介なと達也は思ったが、仕事を受けた後であるのでどうしようもない。今断れば確実に何か制裁を加えられると達也はそう思った。
翌日の朝、克也と達也は九重寺に行って昨日の話をしていた。もちろん「悪戯」を仕掛けられたのは言うまでもない。
「また厄介事に巻き込まれているみたいだね2人とも」
「…知っておられたのですか?」
「弟子が勝手に出歩いて確保してきたからね。少なからず
どうやら昨日の監視の敵は複数だったようだ。
「どんな奴らだったんですか先生?」
「彼らは〈伝統派〉に雇われた野良の魔法師だよ」
「野良…ですか?」
「この国にいたんですね。フリーの魔法師ということですか?」
「そうとも言うね。でもその数は少なくないと思うよ」
「大勢いるということですか?」
「物は考え用だよ達也。去年から密入国や逃亡・亡命が増えている。この国にそういった輩が大勢いてもおかしくはないさ。たぶんその手引きをしたのもこれまでの事件も、すべては今回の黒幕の仕業だろうね」
達也は克也の説明に自分の知識不足を恥じた。
「克也君の言う通りだと思うよ。今回は下手をすると、超局所的な〈横浜事変〉並の荒事になるかもしれない」
八雲の指摘に克也と達也は、任務の難易度を大幅に上方修正するのだった。