翌日、克也達は朝早くにホテルをチェックアウトして、九島本邸を訪れていた。
「おはようございます」
「おはよう光宣。体調は良いのか?」
「はい、今日は大丈夫です」
小さなハンドバッグを持った光宣の額に克也が手を当て、《
「確かに嘘じゃなさそうだ。本当に想子が安定している。今日は何処に向かうんだ?」
「〈伝統派〉の大きな拠点は、春日大社から少し奥に向かったところにあるのですが、そこは駅の近くですので最後に行くことにします。最後に行けるように飛ばし飛ばしですが、拠点があると思われる場所に向かいましょう」
「よろしく光宣」
九島家が準備したリムジンに乗り込み、光宣に任せて目的地へ向かう。リムジンに乗る際、光宣がCADを左右の腕に巻いているのが目に入る。
「光宣、お前はもしかして2つの汎用型CADを使うのか?」
「ええ、99個じゃ足りなくて2つ使用しています。両手で操作するのは難しいですが、FLTの完全思考操作型補助デバイスを開発してくれたおかげで随分楽になりました。これを開発した〈トーラス・シルバー〉は天才ですよ」
「その通りだな。その人がいなければ、俺達魔法師はここまで魔法を使いこなすことはできなかった」
克也は達也が〈トーラス・シルバー〉の片割れだと気付かれないように、言葉を慎重に選んで答えた。
「皆さんはどこまで〈伝統派〉のことを知っていますか?」
「九重八雲先生からある程度は聞いている。旧第九研に参加したが当てにしていた成果が得られず、研究所閉鎖後に逆恨みで流派を越え、無節操に結束した古式魔法師の集団だとか」
「その説明でほぼ合っていますが呼び方は適切ではありません。〈伝統派〉とは彼らが勝手に呼び出した名前で、本物の伝統を継承する術者からすれば、自分達も標的になると怯えています。〈異端派〉や〈外法派〉と呼んだ方が良いでしょうね。本物の伝承者達は僕達の立場を理解してくれていますから、偽物を駆逐することに参加してくれています」
「彼らは自分達こそ正しい〈伝統派〉であると示したいんだろう。体良く言えば、利害の一致というやつだ」
「参加してくれているとはいえ、旧第九研が原因で自分達に被害が来ています。今回ばかりは仕方なくでしょう」
重い話をしながらもリムジンは目的地へ向かっていた。
光宣が最初に4人を連れてきたのは、〈葛城古道〉と呼ばれる散策路だった。リムジンを出口で待たせるように運転手に伝え、立乗り式電動ロボットスクーターに乗って向かおうと、光宣は克也一行に提案した。
ロボットスクーターに乗るためには、原付免許(昔から呼び方は変わらない)が必要で、2人乗りの場合は小型二輪免許が必要になる。生憎深雪も水波も持っていなかったので、光宣1人・克也と水波・達也と深雪という順に乗り込むことになった。
ちなみに光宣・達也は普通二輪免許を。克也に至っては大型二輪・普通自動車免許まで取得している。普通であれば18歳以上でなければ取得できないのだが、名前で押し通していた。もちろん法的に正しい方法で取得しているのだが、年齢とやり方がアウトなのでグレーゾーンであるのは確かである。
閑話休題
光宣が先頭で道案内し、その後ろに克也ペア・達也ペアで進むのは、当然のフォーメーションである。しかし深雪の乗り方に問題があった。2人乗りのロボットスクーターは2人が横に並んで立って運転者がハンドルを握り、同乗者は前に取り付けられた安全バーを掴む。
水波はそうしていたのだが、深雪は嬉しそうに達也に抱きついていたのだ。付いてきているか確認する度に、ストレスが溜まっていく水波だった。
「水波、俺がちゃんと視てるから振り向かなくても大丈夫だよ。それにそこまでストレスを溜められると俺が困る」
そう言いながら水波に《癒し》を施しながら諭す。水波は自分の心が軽くなっていくのを実感した。
「分かりました克也兄様」
こんなに近くで克也様と一緒にいられることを嬉しく思わなきゃ。
克也に答えながら心の中で嬉しそうに呟く。本当は深雪の真似をして抱きつきたいのだが、こんな人目があるところでする勇気は無かった。そして未だに自分の気持ちに気付いていない水波であった。
水波が精神的ダメージと感情的回復を同時に受け、深雪が幸せ満開だったロボットスクーターによる散策は終了した。2人ともやや不満そうで、克也と達也は気付いていたが気付かないふりをしていた。そのあといくつか回ったが、どの捜索も空振りに終わりそして時刻は午後3時。一行は奈良公園で小休止していた。
「よかったらこれをどうぞ」
光宣は朝持っていた小さなハンドバッグから、サンドウィッチを取り出して4人に渡した。
「これは?」
「響子姉さんが朝作ってくれたんです。『食事をする時間がないだろうから持って行きなさい』と。その通りだったので怒られずに済みました」
「かたじけない。それでは頂くとしよう」
全員が口にしたのは卵サンドだった。別々の味にすると、取り合いや食べられない食材があるかもしれないという、藤林の配慮であると全員が理解する。その程度で喧嘩するような幼稚さは持ち合わせていないが、藤林の気持ちをありがたく頂くことにした。一口食べると全員が行動を一瞬止める。
「これは凄いな。店に出したら即完売だぞ」
「同感だ。深雪と水波にもしかしたら勝っているかもしれない」
「水波ちゃん、帰ったら研究しましょう。負けていられないわ」
「まったく同じ気持ちです深雪姉様」
克也と達也の呟きに深雪と水波は女心を刺激され、何故か藤林と競い合うことになっている。自分の姉が褒められて光宣は嬉しそうに4人を見ていた。
軽食を胃袋に納め、遊歩道の手前までは楽しく話していたが、克也が立ち止まって達也が遅れて立ち止まる。深雪・水波は不思議そうに首を傾げていた。
「克也兄さん、これは…」
「精神干渉魔法となれば、これは結界だな」
「敵襲ですか?」
深雪の呟きに水波はCADを取り出し、克也の横に立って臨戦態勢をとる。
「高位の術者がいるようですね。克也兄さんにここまで悟らせないとはかなりの腕前です」
「古式魔法にはこのようなテクニックが豊富に存在するようだな」
「状況に応じて魔法を使い分ける現代魔法師と違って、特定の魔法を極めた者が人望を集めるのが古式魔法師なんだろうさ」
「さすがにここまで早く克也兄さんに気付かれるとは思っていなかったようですね。自分達の隠業によほど自信があったようです」
光宣が呟くと同時に、隠しきれない気配が木々の間から漏れ出した。
「俺もなかなか気付けなかった。なにより俺よりも感受性に優れている深雪に、まったく気付かせなかったのは評価してやる。だが邪魔するようだから、排除することに変わりはない」
克也が気配が漏れ出した辺りに、《
反対側では光宣が歩き出し、その身体に向かって襲撃者が魔法を放つが、貫通して何のダメージも与えずに霧散し、その間に10人が倒されている。
「《
敵を圧倒していく光宣の戦いに夢中になっている水波に説明する。どうやら敵は光宣が憎む敵である九島家であると察したらしく、深雪と水波を攻撃していなかった。そこまで考えていると、自分の敵が5人になったので集中することにする。
といっても克也は人を殺すための魔法しかほぼ使えず、捕獲するための魔法は持ち合わせていない。捕獲するには圧縮想子弾か《偏倚解放》しかないが、この魔法は高速で絶えず動き回る敵には通用しにくい。
だから克也は達也と取り組んでいる魔法とは別に、新しく考案した魔法を発動させた。
【範囲測定 横5m 縦6m 高さ2m 包囲完了】
想子の壁が長方形方に構築され敵5人を取り囲む。
【敵体内想子構造体照準 照準完了】
想子そのものを魔法式の影響下に設定。
【魔法式 構築】
想子を活性化させ魔法式を構築する。
【起動式 展開】
魔法式が起動式に展開される。
【《
ここまでで使用した時間はゼロコンマ5秒。克也の処理能力と発動速度があって使用できる大魔法だ。
「「「「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」」」
強制的に想子を吸い出され、苦痛に悲鳴を上げる5人の敵襲。後遺症が起こらない程度まで想子を吸いだして燃やしていく。そして《
「…今のは何だ?」
「まさか、そんな…」
達也と光宣は強力な魔法が放たれたのを感じたため振り向くと、克也に群がっていた敵の身体から炎が上がっているのを見た。しかし敵の身体が燃えていないのを見て、さらに驚愕する。完全に身体が炎に包まれていたはずなのに、火傷をしていなかったため不思議に思ったのだ。だがそのことを今聞く時間は無かった。
「克也兄さん、ここから離れましょう。人目に付けば面倒くさいことになるでしょうから、響子姉さんに頼んで回収してもらいます」
「頼んだ」
「ところでまだ時間はおありですか?」
「ああ、まだ3時間ほどある」
達也に眼を向けると代わりに答えてくれた。
「それでしたら温泉に入られませんか?」
「な、何!?お、温泉だと!?」
「…ええ、この近くにありますからどうかと思いまして」
「行くに決まってるだろ。それを行かずして何処に行くというのか」
克也の変貌ぶりに光宣は困惑し、達也は兄の暴走が始まったと頭を抱え、深雪は兄の無邪気な喜びに笑いを堪えていた。水波は驚きで眼を丸くしていたが。
「…光宣、克也を抑えるために連れて行ってくれるか?」
「喜んで」
達也のお願いに素直に従い、電話で藤林に襲撃されたことを連絡する。変なスイッチを押さないでくれよと達也が思ったかは分からない。達也でさえ克也のつぼを完全に把握できていないことを、付き合いの短い光宣に求めるのは野暮である。
温泉を満喫(特に克也)し、男3人はロビーで克也の魔法について話していた。もちろん遮音フィルターを張って。
「克也、あの魔法は何だ?」
「僕も聞きたいです」
「魔法名は《
「敵の身体が燃えていたように見えたのは、想子を吸い出しながら燃やしている瞬間を錯覚していたのか…」
「…よくそんな魔法を考えつきましたね克也兄さん」
「俺には敵を捕獲する魔法がないからな。人を殺すための魔法しか使えないから、殺さずに無力化する魔法を使えるようになりたかったんだ」
「なるほど。克也の得意な圧縮想子弾や《偏倚解放》は、動き回る敵には狙いが定められないから効果が薄い」
「ご名答」
温泉からご機嫌になって出てきた2人と合流し、リムジンで駅まで送ってもらい別れることになった。
「また会えますか?」
「用事は終わってないから会うことになるかな。それに論文コンペもあるから会えないということはないと思う。また頼むよ光宣」
「分かりましたその時を楽しみにしています」
さみしそうに聞いてくる光宣に優しく答え、リムジンに乗って帰って行く光宣を見送ってから帰宅した。
家に帰った光宣は烈と偶然会った。
「お帰り光宣。楽しかったか?」
「ただいま帰りましたお祖父様。はい、非常に楽しかったです。それに克也兄さんの魔法力には驚かされました」
「ほう、何かあったのかね?」
「〈伝統派〉と思われる敵と交戦した際、新魔法で敵を倒していました」
「さすがは四葉家当主の
烈は事実を隠して答えたが、孫の喜ぶ姿を見て一般人と変わらない優しい笑みを浮かべていた。
東京に戻った3人は夕食を外で済まして帰宅した。私服に着替えて一段落していると、電話が鳴ったので出る。
「藤林さんですか。どうされました?」
『あら達也君、お帰りなさい』
「お帰りなさい」と家の人間でもない人に言われるのは違和感があったが、気持ちだけ受け取ることにした。
「ありがとうございます。連絡を頂いたのは今日のあれですか?」
『その通りあれよ。5人を襲った集団について情報が出たから伝えようと思って』
「ご足労をおかけします」
被害に遭ったとはいえ、仕事を増やしてしまったことに申し訳なさを感じていた。本人は気にしていないようなので、好意に甘えることにする。
「やはり〈伝統派〉の古式魔法師でしたか?」
『その通り。〈伝統派〉の実行部隊で間違いないけど、その中に大陸からの亡命道士が混ざっていたの。〈パラサイドール〉開発のために、九島家が保護した魔法師が含まれていたのは遺憾だわ。ごめんね4人とも迷惑をかけて』
「そんなことは気にしてはいません。藤林さんが謝ることでは無いと思います」
藤林の謝罪をばっさりと切り落としながらも慰める。
『今回の襲撃は情報部の管轄になりました。なので独立魔装大隊は動けません。今回は達也君を含めた4人がマークされているわ。九重先生の手は借りられないの?』
「もう既に身近を見張ってもらっています。それにこれ以上師匠を関わらせるわけにはいきません」
『どうして?』
「師匠は九島家とも〈伝統派〉とも因縁が深すぎます。師匠が参加すれば、師匠の同門が動き出して最悪の場合は比叡山まで動くかもしれません。そうなればもはや内戦です。俺達では対処できませんし、〈十師族〉でも収拾がつかなくなるでしょう。周公瑾の背後にいる黒幕の思うつぼです」
『…黒幕がいるというの?』
「これは克也と2人で出した仮説ですがそれが自然でしょう」
『わかったわ。でももし危険になったら言って頂戴。隊員の生命確保の為の行動は、軍規でも許可されているから』
「分かりました」
藤林の言葉に達也は敬礼で応えた。これは決して嫌みではなく、もしもの場合は隊の一員として行動するという意味であり、藤林を安心させるためだった。
《