克也達が生駒から戻った次の日の夜。七草家当主 七草弘一は長女 真由美のボディーガードであり、腹心である名倉三郎を呼び出していた。周公瑾との関係を四葉に知られてはならないと始末を命じ、これを名倉は了承した。
克也と達也はある日、1時間目と2時間目の間の休み時間に、幹比古から風紀委員会本部まで呼び出されていた。
「時間が無いから手短に言わせてもらうよ。昨日の帰りに柴田さんが狙われた」
「美月が?そんな風には見えなかったが」
克也は美月が狙われる可能性は低く、むしろ幹比古が狙われると思っていた。
「柴田さんは気付いていない。けどおかしいよ2人とも。何であんな奴に狙われなきゃいけないんだ!?」
「犯人が分かったのか?」
「あいつらは裏の魔法師だった」
〈裏〉とは汚れ仕事を専門とする人物を表す隠語だ。
「教えてくれないか?何故〈論文コンペ〉に関係ない柴田さんが狙われる?このままじゃ僕は柴田さんを守りようがない!」
「詳しくは言えない」
「達也!」
「俺もだ幹比古」
「克也まで…。それは四葉関係だからかい?」
「それも言えない。わかってくれ幹比古。これは極秘の仕事なんだ。今言えるのは去年の〈横浜事変〉の工作員を手引きした人物を追っていて、〈伝統派〉に匿われている可能性があるということだけだ」
〈伝統派〉という言葉に幹比古は反応した。どうやら心当たりがあるらしい。
「2人とも夜に話せないかな?柴田さんを送ったあと戻ってくるから」
「「わかった」」
幹比古と約束して教室に向かった。
夜7時半、幹比古は学校に戻ってきて朝の話を始めた。
「まずは吉田家の立場をはっきりさせておくよ。〈伝統派〉を名乗る奴らは、良くも悪くも古式魔法師の一大派閥だ。吉田家は旧第九研に参加した〈伝統派〉とは考え方が違う。力を増せば良いと考えている奴らとは違い、僕らは神への信仰心を第一にしているからね。そんな奴らと手を取り合えるわけがない。僕か吉田家が全面協力できると思うけど、極秘のことを話すわけにはいかないから僕個人が協力するよ。今回の論文コンペの近くには〈伝統派〉の拠点がある。現地の状況確認のために警備チ-ムを派遣する予定だったけど、僕もそこに加わろうと思う」
「それはありがたいな。その間に達也が広く回れば不都合は生じない。で、幹比古はどうするんだ?」
「僕は囮だ。派手に探査用の式を打って、連中の神経を目一杯逆なでしてやろうと思う。手を出してくれば正当防衛成立だからね」
「穏やかじゃないな幹比古。一科生になってから好戦的になったんじゃないか?」
冗談めかしてにやつきながら聞くと、慌て始めたので真顔に戻して聞いた。
「冗談は横に置いといて。戦力差は大丈夫か?」
「心配しなくても大丈夫。もしこっちの戦力を越えるような人数を出してくれば、他の諸流派が黙っていないからね」
「作戦勝ちを狙うのか」
「ところで克也、さっき
「ああ、それはな…」
克也は事情を説明したが、敵の捕獲は四葉家からの要請ではないと上手く誤魔化してからしっかりと伝えておいた。
翌日の放課後。生徒会室には生徒会メンバーと風紀委員長である幹比古が集まり、現地の下調べの話し合いをしていた。
「ここが会場である新国際会議場です。周囲の交通量はそれほど多くありませんから、ゲリラや工作員が潜むのは難しいと思われます。しかし周囲には自然が多くあります。それなりの準備をすれば、短期間なら潜むことは可能ではないかと。近くに隠れるところがなければ、ある程度離れた場所に拠点を作る可能性があると僕は思います」
幹比古が地図を指さしながら説明を始める。そして打ち合わせ済みの合いの手を深雪が言う。
「つまり広範囲を調べておくべきだと吉田君は言いたいのですね?」
「ええ、去年の二の舞はごめんですから」
去年の〈論文コンペ〉で、何があったかを泉美や水波は知っている。幹比古の話がおかしいとは思わず、正しい判断だったと思っていた。それに水波は〈伝統派〉に関わっていたので、口を挟むようなことはしなかった。
「下調べは僕と達也と誰にするかですが」
「私も行きます。生徒会長として応援に来る生徒のために、ホテルの方と詳しく話しておきたいですから」
「その考えは間違いじゃないと思う。生徒会長なら全体のことをある程度把握しておく必要があるからな」
事情を知らないほのかや雫は、克也の言葉に説得力を感じていた。
「克也はどうする?」
「俺はプレゼンの状況を把握しているから残って指示を出すよ。泉美の腕を疑っているわけじゃないが、行事のことを知っている上級生が多くいても不都合はない。今後の進行やスケジュール管理の対策になるからね。それに来年の予行演習にもなる」
「分かった。学校のことはお前に任せる」
これも打ち合わせ済みだったので問題なかった。
「日程はどうする?」
「ぎりぎりだけどコンペの前日の土日はどうかな?もし拠点が置かれていて破壊に成功すれば、1週間で修復は不可能だろうから」
「ナイスアイデアだ。水波、ホテルの予約を3人分で頼む」
「かしこまりました」
達也の言葉を聞いて、水波はタブレットを操作しホテル予約のためにネットを検索し始める。一連の流れをおかしいと思った人物は1人もいなかった。
その日の帰り、コミューターの中で真由美のボディーガードだった名倉三郎が、事件に巻き込まれ命を落としたというニュース記事を眼にした。そして死因は他殺による出血死。克也達は事件を早く解決しなければならないと思った。そして達也は葉山に「北山家と九重寺」の手助けをしてもらうよう要請した。そのおかげで一高周辺では事件らしきことも無く、事情を知らなければ平和だと思える日常だった。
達也・深雪・幹比古が下見という名目の伝統派討伐に向かった日。克也はほのか・雫・美月の4人で昼食をとっていたのだが、普通ならここにいるはずの2人がいないので、当然そっちに話が流れていった。
「エリカさんと西城君はまだ実習中なんですか?」
「今日は2人ともお休みだそうですよ。なんでも家の用事だとか」
「エリカの場合はありえるな。しかしレオの場合はどうなんだろう」
「どうしてですか?」
「千葉家ならエリカのように実力のある娘の力を借りてでも、解決したい事件があるんじゃないかって」
「そんな事件あったの?」
「可能性の話だよ。千葉家は警察と繋がりが深いからね。案外エリカが風邪を引いてたりして」
3人はエリカが風邪を引いて寝込んでいる姿を想像し、声を出して笑った。
「ありえませんけど想像したら笑っちゃいました」
「私も」
「私もです」
「俺もだよ。まあ、そんなことは無いと思うけどあったら見てみたいな」
そんな本人に聞かれたら眼で殺されるような話をしたおかげで、エリカとレオが欠席して、京都に行っていることを知られずに済んだ昼休みだった。
放課後、克也は生徒会室で生徒会長代理としての仕事と達也の代わりとして事務処理をしていた。深雪が不在の間、克也が生徒会長代理であることが校内に発表されたのは3日前だが、反対する生徒も職員もいなかった。
深雪に勝るとも劣らない卓越した魔法力、達也には及ばないがそれでも十分な魔法知識。さらには人徳もあるのだから反対するわけがない。克也が生徒会長であるべきだと考える生徒がいるほどだ。
「克也兄様、五十里先輩がお呼びでした。何でもCADの調子が悪いとか」
ある程度の事務処理を終えた頃、泉美が音声ユニットから耳を離して緊急の連絡を克也に伝えてきた。
「何処でかな?」
「中庭だそうです」
「行ってくる。その間に処理済みの書類を職員室に届けてきておいて欲しい。ほのかは生徒会室の管理をよろしく」
「任せて下さい」
「分かりました」
事務処理していた書類を、終了した一部の書類を整理した分だけ泉美に渡して中庭に向かった。書類を受け取った泉美の顔は、構ってもらえた子犬のようだ。水波は料理クラブに顔を出しており、克也は普通なら山岳部に行っているはずなのだが、代理としての仕事を任されていたので、休みの許可をもらっていた。
余談だが生徒会に与えられる書類は、紙媒体のものとデータカードとして送られてくるものがある。データカードの仕事は、達也が下見(討伐)の前に終了させていたためする必要はなかった。
中庭に向かうと〈論文コンペ〉出場者や護衛の先輩が集まっていた。その辺りは空気が張り詰めており、僅かながらに嫌な予感がする。
「五十里先輩、どうされたんですか?」
「四葉君、ごめんね急に呼び出して。実はCADの調子が悪くて見て欲しいんだ」
「具体的な症状とかはありますか?」
「術式の発動が遅かったり発動しても干渉力が弱いとかかな」
「それならソフトに異常があるかもしれませんね。見せてもらってもいいですか?」
「もちろんだよ。そのつもりで呼んだからね」
五十里の許可を得てCADを調整機に繋いで内部を見る。克也の調整能力は達也には劣るが、校内で2番目の腕であるため、達也がいなかったり仕事が多かった場合、克也にこういった仕事が回ってくる。
腕が良いので職員までが達也と克也にCAD調整を頼みにきて、「契約を結ばないか」と契約書まで持ってくる始末だ。もちろん2人は、「ライセンスが取れるまでは誰とも契約を結ばない」と断っている。もちろんライセンスがなくても、調整できるだけの技術があれば作業をするのは可能だ。だが調整を生業としている者から、白い眼で見られることがあるので断っているのだ。魔工技士のライセンス取得を目指す2人からすれば、愚弄するような行動は控えたいのだった。
しばらくキーボードを叩き、CADを見ていると予想通りソフトに問題があった。
「五十里先輩、やはり問題はソフトにありました」
「何が原因だった?」
「アップデートした際のゴミが散らばっていますね。ここ5年程の間に製作されたCADは残りにくくなっていますが、完全に残らないということはないので、これまでの破片がたまっていたのでしょう。処理を行いますので少しお待ちください」
「頼むよ四葉君」
キーボードを叩きながら五十里に時間をもらってゴミを取り除く。作業時間は5分もかかっていない。克也の処理方法に魔工師志望の生徒は興味深げに見て、自分も使えるようになろうと学んでいたが、魔法師志望の生徒は呆気にとられて見ていた。
「これでほぼ取れました。全てではありませんが普段より使いやすくなったはずです。試してもらえますか?」
「使ってみるよ」
五十里が魔法式を発動させると何の問題もなく機能した。
「さすがだね四葉君。以前より発動が速いし干渉力が強くなったよ。これで準備が進められる」
「力になれてなよかったです。論文コンペの前にもう一度調整するようにお願いします。平河さん・ケント、あとは頼むよ」
2人に任せて克也は生徒会室に帰って行った。
生徒会室に帰ると、満面の笑みの泉美に迎えられる。どうやら克也が活躍したことが何より嬉しいらしい。どうやら先に五十里から連絡がきていたようだ。泉美の純粋な好意に頬を緩める。
「お帰りなさいませ克也兄様」
「ただいま泉美」
「何が原因だったんですか?」
「アップデートした際のゴミがソフトに残ってて、それが作動の妨げになっていたみたいだ。どうやら学校にそういう細かいことも、仕事に入れるよう要請しないと駄目みたいだな」
生徒会長専用の椅子に座り、事務処理を再開しようとすると泉美に止められる。
「一度ご休憩されてはいかがですか?」
「その方がいいですよ克也さん。ずっと働き詰めですから」
泉美とほのかの言葉を聞き、時計に視線を向けると午後5時を過ぎている。どうやら2時間ほどぶっ通しで働いていたらしい。
「そうだね少し休もうか。ほのかも泉美も少し休憩しよう。ピクシー、お茶を頼む」
『かしこまりました』
2人を誘いピクシーに頼んでから長机の椅子に座る。数分後にはピクシーが克也にはコーヒーを、ほのかにはホットミルクティー、泉美にはホットレモンティーを出してくれた。ピクシーは普段から達也の言うことを優先的に聞くが、今は達也の命令によって数人の命令を吟味し、自分で判断を出すようになっている。
克也はコーヒーと紅茶をどちらも飲む。だが周期的に飲むものが変わる。入学試験までは紅茶を飲み、入学式からはコーヒーを飲んでいる。
閑話休題。
「達也さんと深雪と吉田君は、今頃どうしているでしょうか」
「しっかりと下見(討伐)しているか、カフェで俺達みたいに飲み物を頼んで休憩しているかもね」
「会議場の近くに美味しいカフェはあるでしょうか」
「それを踏まえての下見(討伐)をしてたらいいな。開催時に行けたらラッキーだ」
克也の冗談にほのかと泉美は声を上げて笑う。この時達也達は〈伝統派〉と交戦しており、幹比古達も同じように交戦中だったのを克也は知らなかった。