翌日の夕方。達也は帰宅すると強制的に寛がされていた。
「光宣君の原因は何だったのですか?体調を崩した光宣君を視た達也お兄様の動揺は、尋常ではありませんでした」
「…ショッキングな話だから心を強く持って欲しい。光宣は【調整体】だ。克也は知っていたんだろ?」
「ああ、初めて治療したときに気付いた」
深雪が寛がさせていた達也に突然聞き、達也は一拍置いてから説明を始めた。達也は克也がそれほど動揺していないことに気付いたらしいが、流石に克也も次の言葉には驚愕せずにいられなかった。
「光宣は藤林さんと異父姉弟だ」
「…達也、それは本当か?それなら血が濃すぎるというのが病弱の原因になるのか?」
「断定はできない。だが読み取った遺伝子情報はそうだった」
深雪の驚きように克也達は気付かず、光宣の正体に驚き続けるのだった。
10月27日土曜日。〈論文コンペ〉前日を迎えたが、克也達は出場者とは違う緊張感を持っていた。今日、周公瑾を捕獲しなければ今後の捕獲確率は格段に下がってしまう。そのため達也は今日捕獲すると決めており、克也は達也について行くことにした。
「文弥・亜夜子、準備は良いか?」
克也と達也は、黒羽家が仕事の際に常用しているホテルの一室で話していた。2人が頷くのを見て情報を聞き出す。
「奴は何処にいる?」
「信じられないことですが、国防陸軍宇治第二補給基地に匿われているようです」
「どれだけ探しても見つからないわけだ」
克也と達也の硬質な声に文弥はしっかりと応えたが、亜夜子は腰を抜かして床にへたり込んでいた。克也のこの声は、相手を敵と認識して消し去ることを決めた際に出す。口調もそれに合わせてきつくなっていく。達也の場合は、怒りが一定の水準に達したことを表している。
宇治にあるこの基地は地域色が濃いためか、古式魔法師が多く配備されている。だから周公瑾がそこにいたとしても不思議はない。そのことを思い出していれば、もっと早くに見つけられていたのだが。今更それを考えても時間の無駄だ。
「達也、先に行っててくれ。俺は亜夜子を治療してから行く。それに俺が行く場所と達也が向かう場所は違うからな。一緒に行動していては効率が悪い。基地に突っ込んでいてくれても構わない」
「分かった後で会おう」
達也はヘルメットを持って裏口に駐めてあるバイクに向かった。
亜夜子を抱き上げてベットに寝かせる。
「亜夜子、大丈夫か?すまない2人がいるのにあんな声を出してしまって」
「…いえ、克也さんは間違っていませんから気にしないで下さい」
「ありがとう亜夜子。文弥、行ってくるから後を頼む」
「分かりましたお気をつけて。その前に一つ聞いてもいいですか克也兄さん?」
亜夜子の無事を確認して部屋を出て行こうとしたが、文弥に止められてしまう。
「手短に頼む。何だ?」
「今回の作戦において、克也兄さんは参加を禁止されていたのではないですか?」
「確かにその通りだ。だが叔母上は達也の判断に任せると言っていた。だから達也の意思で俺を参加させても、叔母上の命令に逆らったことにはならない。隙間をついた苦しい言い訳だけどね。今は奴を捕獲することが最優先事項だ」
文弥の見送りを遠慮し、達也と同じように裏口に向かいながら携帯端末で将輝に連絡する。
『克也か。どうした?』
「今京都に来ているんだろ?宇治二子塚公園南西の入り口で、17時まで達也が待ってるから向かってくれ」
『17時だと!?分かった。今から向かうがお前はどうする?』
「俺は別行動だ。周公瑾が逃げるであろう方角で待ち伏せする」
『気をつけろよ』
「分かってる」
電話の際は声を普段のものに戻したが、感情は怒りで包まれていた。その気持ちを表に出さないように抑えつけながら、平等院鳳凰堂のすぐ側に架かる宇治橋の東側に向かった。
到着するとバイクに乗るために着ていたライダースーツを脱ぎ、パーカーと長ズボンをはいて荷物をコインロッカーに、バイクを駐輪場に置いてくる。奴がやって来るまで観光客の振りをして待つことにした。
17時になり、達也は将輝と合流して基地へ突入していたが砲弾の雨を受けていた。
「おい、しょっぱなから実弾で撃ってきやがったぞ!」
「やれやれ何を考えているのやら」
将輝の〈対物障壁〉で身を防いだ2人は、危機感と嫌悪感を抱いていた。
「おいおい、今度は戦車まで出してきやがった。近くには民家があるってのに正気か!?」
「操られているんだろうな」
「何故分かる?」
「普通なら侵入者を見つければ、投稿勧告をするか拘束弾でも撃てば良いはずだ。だが今回は最初から実弾だった。それに効果が無いと気付いて即座に重機関銃へ変更した。俺達の足止めか殺人で時間を稼ぐという考えなんだろう。それにあの不自然な表情と虚ろな眼をしているのを踏まえると、操られていると考えるのが妥当だ」
互いに正体をばらさないようにフルフェイスヘルメットを被り、名前を呼び合っていないため、余計に愛想がない会話になっていた。
「このままじゃ周公瑾に…奴だ!」
「何?」
一条の視線を辿ると車を急発進させ逃げるのが見えた。しかし同時に周の想子に異物が混じっているのが視える。
これは…あなたの思いを無駄にはしない!
『克也、周がそっちに逃げた。俺達も向かうが少しの間時間を稼いでくれ』
克也に《念話》で伝え、迫ってくる敵を将暉と2人で殲滅しに正面から突っ込んだ。
『了解』
達也からの連絡を受けて、意識を西側から向かってくる敵に向ける。まだ見えてはいないが、国内のものではない想子が近づいているのは感じていた。十数分後、セダンに乗っている美貌の青年を見て彼が周公瑾だと確信し、車の進行を妨げるように車道の真ん中に立つ。
「四葉克也!?何故ここに!」
周の叫び声は克也に聞こえなかったが、克也がここにいることに驚いているのは容易に想像できた。容赦なく殺すために右手に想子を集めボンネットに突っ込む。爆発する瞬間に周が飛び出したため、まともなダメージを与えられなかった。
「よく避けたなあの一瞬で」
「…〈
「気にしていない。巻き込んででもお前を殺せれば補って余りあるだろう?」
「…卑怯者ですね」
「お前ほどではないさ。それに爆発させたところで死ななかったから気にする必要は無い」
「どういうことか教えてもらいましょうかっ!」
その言葉と同時に黒いハンカチを広げ、影獣を何体も吐き出して克也を攻撃するが、ことごとく克也の展開した《
「燃えた?いや、燃やし尽くされたので…っ!」
言葉を最後まで発せなかったのは、克也が圧縮想子弾を周の足を狙って撃ったのを避けたためだ。克也は笑みを浮かべたまま首を傾げる。当たったはずだと思ったが、俊敏に動いた周に違和感を覚えての行為だ。その笑みは〈横浜事変〉の際、鈴音が捕まったときに見せたあの天使の笑みだった。
周は冷や汗をこれでもかというほどかいていた。爆発する瞬間に車から飛び出したときには、《
私の《
「俺が正確にお前の足を狙えたことに驚いているんだろうが、生憎教えるつもりはない。死ね」
その言葉通りに圧縮空気弾と圧縮想子弾を同時に発射する。ぎりぎりのところで避けるが、なにしろ数が多く数発が身体を掠めていく。着地するとバランスを崩したので足下を見ると、圧縮空気弾か圧縮想子弾なのかは分からないが、着弾した痕があり地面が数cmえぐれていた。
それを見て別の意味で冷や汗が吹き出る。それを喰らえば間違いなく死ぬと思い周りを見渡す。何故か人影がなくなっている。あれほど密集していたはずなのに全員が消えている。そこでようやく周は、自分が術中にはまっていることに気付いた。
「私に何をしたのですか?」
「ようやく気付いたか。別にお前自身にかけたわけじゃない。この辺りに来ないように人払いをしただけだ。正確には人を寄せ付けない結界を張っているだけだがな。それとお前がさっきまで見ていた人影は、全て幻影であると教えといてやる。冥土の土産というやつだ」
「…あれが幻影だというのですか?人間と言われても疑えないほどですが」
幹比古に頼んで2つの魔法を同時行使してもらっているため、あまり時間をかけたくはない。だが動揺を誘うためには説明した方が良いと克也は思った。
「俺も事前に言われていなければ信じていただろうな。あの幻影は、光を水の精霊と風の精霊に頼んで反射と屈折を利用したものだ。俺がお前を捕まえるために開発した魔法でな。名前はないんだが、今回しか使わないだろうからつける必要が無い」
「…古式魔法師の力を借りていたというわけですか。古式魔法師が古式魔法師の魔法に惑わされるとは皮肉な話ですね。ですが私はここでは死にません!」
周はこれまでの戦闘で最大数の影獣を作り出し、克也に向かって吐き出して、その隙を突き下流に向かって逃走した。普通に魔法で攻撃すれば、逃走を防ぐことはできたが敢えてしなかった。達也の仕事であると同時に、下流では2人が待機しているのを知っていたからだ。
『周がそっちに行った。任せるよ』
『こっちでも視て確認した。幹比古にありがとうと伝えておいてくれ』
『了解』
《念話》で達也と会話し、こちらを水の精霊で見ているであろう幹比古に、約束していた想子波で周波数を作って送ると、結界と魔法が解除された。携帯端末を取り出して連絡する。
「ご苦労様。予定通り誘導できたことに感謝する。達也からも礼があるぞ」
『どういたしまして。それにしても凄かったね克也。見てて鳥肌が立ったよ』
「それが俺の役目だからな」
『ところで敵は大丈夫なの?』
「達也と将輝がいるから大丈夫だよ。俺は今から帰る。30分後に着くと思うから気を張らなくていい」
そう言い通話を切る。そのまま達也達がいるであろう下流を見てから、戦闘の痕跡を残さないよう黒羽家に連絡し、周が乗ってきたセダンは《燃焼》で燃去しておく。
魔法の使用は想子観測機で見つかるのだが、藤林に頼んでここら一帯を一時的にハッキングしてもらい、データを書き換えてもらっている。到着した黒羽家お抱えの会社に橋の修理を任せ、観光客の振りをして荷物とバイクを取りに向かった。
「そこまでだ周公瑾。この前はよくも一条の跡取りであるこの俺を虚仮にしてくれたな」
克也から逃げた周は、川原を誰にも見つからずに走り続けていた。突如そんな声が前方から聞こえたので、足の進行方向を変更し川に飛び込もうとするが、目の前で爆発が起き水しぶきが飛び散る。
「一条家の《爆裂》を前にして水の中に飛び込むのは、爆弾の山に自ら飛び込むのと同じだ」
背後からの声に眼を向けると、一条将輝とは違う種類の本能的に危険だと感じる人間が立っていた。
「司波達也…」
名前を呼んだ瞬間に周の両ふくらはぎが内側からはじける。《爆裂》の改良型である局所的な《限定爆裂》だ。
「ここまでだな」
「フフハハハハハハ!私はこんなことでは滅びない!死しても私は生き続ける!」
「一条、下がれ!」
将輝が一歩近づくと、周は不自然な動作で立ち上がり叫び始めた。達也は指示して大きく距離をとり、将輝もその声を聞いて反射的に距離をとる。周の身体がはじけ、鮮血が飛び散るが赤い血が赤い炎となる。
「ハハハハハハハ!」
燃えさかる炎の中で哄笑が聞こえる。それは火が消えるまで続いた。
「終わったのか?」
「ああ、終わった。これで〈論文コンペ〉は何も起きずに終わるだろう」
「そうだなそろそろ帰ろう。夜までには家に帰りたい」
将輝の言葉に同感のようで、達也はバイクを駐車している場所に2人で向かった。
翌日、克也は〈論文コンペ〉の応援を休み、水波と共に四葉家本家に来ていた。もちろんアポなしでだが、そんなことを気にしている暇はなかった。
今すぐにでも分家の当主達に怒りをぶつけないと、本家を燃やしてしまいそうだ。会合が開かれている一室に、克也は苛立ちを隠さず向かっており、使用人をびびらせていたが気にしなかった。
「ということで達也には問題が無いと思います。いかがですか?」
「…認めないわけにはいかんだろう」
「この能力は確かにおしい」
「今回は合格だ。今回はな」
「我々はもう少し落ち着くべきだと」
「最終的な判断は速すぎる」
「…」
分家の当主が論文コンペ以上の重要な会議をしていると、ドアがノックされる。一番近くに座っていた黒羽家当主 黒羽貢が開けると1人の使用人が用件を述べた。
「先程、克也様がお見えになられました」
「克也様が?用件は何と?」
「分かりかねます。とりあえず入室の許可が欲しいとのことです」
「ご当主様、どうされますか?」
「構いません。連れてきて下さい」
「かしこまりました」
使用人が克也を迎えに部屋を出る。すると分家の当主達がざわめきだした。
「何故克也様がお越しになられるのだ?」
「今回の任務の詳細を伝えに来たのでしょうか?」
「それなら既に話したはず。っ!なんだこの異様な圧力は!」
壁を隔てでもなお尋常ではない圧力が、自分達を襲っているのを感じた。当主達は誰が放っているのか分かっていたのだが、口にすることはできなかった。
葉山でさえ厳しい眼をして真夜を守るように立つ。その本人がドアを開けて入ってきたことで、さらに吹き付ける圧力が増す。
「克也、どうしたの?」
「叔母上は黙っていて下さい」
「克也様、今の発言は…」
「黙れ」
「がっ!」
真夜の問いかけに辛らつな言葉を発した克也に、椎葉家当主が立ち上がり叱責しようとすると、克也が想子をまとわせた左腕を一振りして、椎葉家当主を壁にたたきつけた。ただ腕を振っただけで大人を吹き飛ばした現実に、他の当主達は怯えはじめる。
「今回の任務は何ですか?達也の忠誠心を試すためだったようですが、いくらなんでもおかしくないでしょうか」
「…今回の任務は克也様のお考えの通り、達也殿の忠誠心を試すためです」
「それだけではないでしょう。真実を教えてください」
「ですから忠誠心を…」
「いい加減にしてください。椎葉家当主のようになりますか?それともここで死にますか?」
ドアから1歩入った状態で、克也は部屋を見渡して威圧し続ける。
「克也様!それはなんでもやり過ぎなのではございませんか!?」
「やり過ぎ?達也を四葉家から追放し、達也の存在を無きものにしようと暗躍した皆さんが言えることなのでしょうか。最後にはこの世から消すつもりだったのでしょう?達也がいなくなれば俺と深雪が世界を壊します。ここで死のうが世界を壊され死んでいくのとでは何も変わりません」
新発田家当主の言葉にさらに圧力を高めながら聞く。克也の心理状態は不安定であり、魔法力が暴走しかけているため、想子が光宣以上に活性化して感情が具現化していた。
「…今我々を殺せば四葉家は滅亡します。それでもよろしいのですか?」
「構わない。俺と深雪から達也を奪うのであれば、それなりの制裁を加える」
「…我々はここで殺されるわけにはいかないのです。ですから抵抗させていただきます」
「そうか。ならば致し方ない」
真柴家当主の言葉に克也は覚悟を決め、新魔法を発動させるために〈ブラッド・リターン〉ではない特化型CADをホルスターから抜き出して、真柴家当主に向ける。発動させようとすると、誰かが正面から抱きついてきたため魔法式が破綻する。
「水波?」
「おやめください克也兄様!」
「どくんだ水波!こいつらは達也を無きものにしようとした。絶対に許さない!」
「それでもダメです!そんなことをして達也兄様と深雪姉様が、お喜びになるとお思いですか!?」
「2人に憎まれたって良い!達也と暮らせるならそれでいい!だからどくんだ水波!」
「お断りします!私は克也兄様にそんなことをして欲しくありません!たとえ貴方に憎まれようと恨まれようと命をかけて止めます!これが私が誓った証です!」
水波は分家の当主と四葉家当主の真夜の前で克也にキスをした。その行動に克也は肩を強ばらせたため、荒々しく吹き荒れていた想子の風が収まった。
「…水波?」
「たとえ私の命が今この瞬間消えようと、私は
「水波…」
覚悟を決めた水波の顔を見て、克也は自分の行動の浅はかさを自覚し、水波の小さく細い身体を抱きしめた。
「…叔母上、達也は何があっても四葉から追い出させはしません。殺させはしません。これは俺・深雪・水波の思いです。これだけは何があろうと覆りはしません。失礼します」
ドアを出る前に椎葉家当主に《癒し》を施し、気絶から目を覚まさせる。水波の肩を抱いて帰宅するために、達也から借りた車を置いている駐車場に向かった。
克也が水波を連れて部屋を出て行ったあと、しばらくして黒羽貢が口を開いた。
「…達也が四葉家の【罪の象徴】であるなら、克也様は【償いの象徴】。達也の処理は破棄いたしましょう。それが四葉家の安定と繁栄に繋がります」
「「「「「「異議無し」」」」」
黒羽家当主の言葉に、反対論を唱える残りの分家の当主は1人もいなかった。克也の魔法力に怯えたという側面もあったが、四葉家の発展を望んだという理由が大きかっただろう。
達也を追放すれば克也も深雪も四葉から離れる。3人を失えば、四葉家の権威は失墜し、〈十師族〉から格下げになるだろうと予想していた。だがそれでも達也を四葉にいさせてはならないと思い、今回の任務を与えた。それが知られれば克也の怒りを買うことも分かっていたが、それでも試したのだ。覚悟をしていたが甘かったことを認識させられ、克也の言い分を受け入れるしかなかった。
分家の当主達が討論している間、真夜は意味ありげな笑みを浮かべて明後日の方向を見ていた。